Q:

 前回の聖杯戦争で、東京は焼けました。誰のせいでしょう?


A:


「そいつは難しい問いだな。単一の原因ではないのは確かだ。
 もちろん最後のトドメとなったのは祓葉さ。
 俺たちの予測を超える速度で成長した彼女は、最終的に全てを焼き払う剣を手に入れた。
 俺自身は拝めずに終わってしまったが、最後に残ったものを一掃したのは、彼女であるのは間違いないだろう。

 ただ、その前の段階でなぁ……。
 どうにも火力の高いサーヴァントが多かったのもあって、その巻き添えって側面もある。
 どいつもこいつも、一般人や建物の被害を顧みず、派手にぶっ放してくれたのはある。
 蛇杖堂の爺様の私兵も、結果的にはかなりの大暴れをした。
 ガーンドレッドの魔術師どもが〈脱出王〉を始末しようと、広範囲を吹っ飛ばすトラップを多用していた時期もある。
 まあ、一言では言い尽くせねぇよ。

 ……俺かい?
 俺の所はささやかなものさ。
 なにしろ抱えていたサーヴァントはアサシンだ。
 広範囲攻撃なんてものには縁がないのは分かるだろう?
 もちろん、色々と策は練らせてもらったがね。
 うちは『手駒』ごとまとめて焼き払われるばかりの、被害者だったよ」


楪依里朱の答え

「はァ? そんなの決まってるじゃない。
 最後のことだけを言うなら祓葉だけど……
 ノクトよ。ほとんどあいつひとりのせい。どうせ本人はしらばっくれるだろうけどね?」



『私はあの戦いを途中からしか知らない。なので推測が混じるが。
 最も責を問われるべき者を一人挙げるのであれば、それはノクト・サムスタンプだろう。
 期せずして彼の握っていた手札の一枚を知ることができた今、それ以外の結論にはならない』


赤坂亜切の答え

「だれか一人と言うなら、ノクトだろうね。
 あのみっともない男が面倒なことをしてくれて、それでみんなタガが外れたんだ。
 他のみんなを責めるのは酷というものさ。おそらく、そうでもしなければ身を守れなかったんだからね」


〈脱出王〉の答え

「んー。私を追い回して雑な罠を空振りしまくってたガーンドレッドの人たちも面倒だったけど……
 やっぱそれよりもノクトだよねぇ!
 観客のはずの一般人をけしかけてくるんだもん、やんなっちゃったよ。
 他のみんなも、多少は迷ったりしたようだけど、結局最後は容赦なくなぎ倒すしさ。
 まあそのおかげで、私も本当に魅せたい観客――つまり、あの子の存在に気付けたのはあるんだけどね!」


蛇杖堂寂句の答え

「ふざけた問いをするな。
 あの詐欺師に決まっておろう。
 そもそもにおいて、私も、赤坂の小僧の飼い主も、この東京がホームグラウンドだ。
 楪の一族にとっても、一時的にでも当主を派遣できる、貴重な縁ある土地だったはずだ。
 我々は、可能ならば東京という都市を損ねたくはなかったのだ。
 東京を温存したまま、聖杯戦争を終わらせたかったのだ。
 それが多くの者にとっての暗黙の了解だったのだ。

 それを、あいつが、台無しにした。
 雇い主とどういう話をつけたのかは知らないが、あの傭兵は『東京そのもの』を武器として振るった。
 我らは護身のために振り下ろされた武器を打ち払い、結果、東京は砕け散った。

 我が蛇杖堂家の実行部隊についても、雑に使い潰してくれおって……。
 それで結局はあの白き厄災に殺されたというのだから、迷惑千万な無能よ」



  ★ ★ ★



「…………マジかよ…………」

お昼過ぎ。
彼にとっての日常の、いつもの通りに起床したノクト・サムスタンプは、ベッドの上で文字通り頭を抱えた。

恋に狂えるバーサーカー、ロミオが居ない。
まあそれはある程度は覚悟していたことだった。
あの気まぐれな男は、意識して嘘をつくような人物ではないが、約束をした所でそれを守り切る能力がない。
主従を結ぶ霊的なリンクは健在で、ノクトの寝ているうちに倒されてしまった、などという最悪は回避できている。

だが……
サーヴァントと繋がる不可視の絆を探ると、ノクトにとっては馴染み深い、魔術的な違和感を伝えてくる。

「……大胆な奴らだな。
 まさか普通の魔術師が英霊相手にそんな無謀をする訳がないし、となると、本命はキャスターか。勘弁して欲しいぜ」

何らかの魔術的な契約が、英霊ロミオと結ばれている。
これが並大抵の魔術師ならばそこまで看破することは出来ないだろうが、あいにくとノクトは並大抵ではない。
まさしく彼の専門分野である。
そして、恋するロミオの困った性状と合わせて考えると、ごく少ないパターンの範囲に可能性を絞り込める。

「使い魔からの情報と合わせると……あー。なるほどな。
 よし見当はついた。
 まだ『仕込み』が終わってねぇんだがな。しょうがねぇか」

ノクト・サムスタンプは、その巨躯をベッドから起こす。
半裸のまま晒された褐色の肌には、びっしりと刻まれた複雑な刺青。
服を着る間も惜しんでスマートフォンを手に取り、どこかへと電話をかける。

『……誰だ? この番号を知る者は限られるはずだが』
「おう、社長さんかい? 俺だよ、俺」
『お前は誰だと聞いている。悪戯や間違い電話なら切るぞ』
「いい反応だ。きっちり『効いて』いるな」
『だから悪戯なら……』
「――ノクト・サムスタンプの名において命じる。『目覚めよ』」

電話の向こうから聞こえてきていた、不機嫌さを隠そうともしない、どこか尊大な男の声は。
ノクトが電話越しに『力ある言葉』を放った途端、豹変した。

『――何か御用でしょうか、ご主人様』
「お前の力と知恵を借りたい。取り次いで欲しい相手がいる。 
 あと、適当な肩書きが欲しい。向こうが無視できない名乗りを上げたい」
『なんなりと用意しましょう。もう少し詳しいお話をお聞かせ願えますか』

ノクトに社長と呼ばれた男は、ノクトの急な無茶振りに怒ることもなく、淡々と従順に言葉を返す。
まさしく忠実な奴隷。比喩でもなく生殺与奪の権すら握られた、哀れな傀儡である。

実に一ヵ月。
この東京という街は、ノクト・サムスタンプという男に、実に一ヵ月もの仕込みの時間を与えてしまった。
手間もかかり、乱発もできない契約魔術であるが……その長い手は、深く、クリティカルな所にまで届いていた。



  ★ ★ ★



英霊ゲオルグ・ファウスト……もしくは、プリテンダー・メフィストフェレスは、不機嫌だった。

〈天使〉との対談のアポイントメントと、聖杯戦争におけるある種の協力関係を取り付けた直後。
彼の下に、無視の出来ない急な一報が入ったのである。

『ごめんねぇ、ヨハンちゃん。アタシも断り切れなくって』
「それは構わないのですが、どういうものなのですか、『特別相談役』という役職は」
『アタシも初めて聞いた肩書きよォ。そんなヒトが居るなんて今までウワサにも聞いたことはないわ』

顔なじみの、テレビ局の敏腕プロデューサーである。
何故かオカマ言葉である以外は極めて優秀な人物であり、多方面に顔の利く便利な男だ。
アイドルのプロデューサーであるファウストにとっては貴重なコネクションであり、今後の活動の要のひとつになる相手だった。
例の爆発炎上悪魔降臨オーディションも、彼との縁で得たチャンスだったのだ。

その便利な協力者が、『それよりも上』から振られた無理難題として、とある要件を持ってきた。
テレビ局の『特別相談役』とやらが、アイドル煌星満天、およびそのプロデューサーと、直接面会したいと言うのだ。
それもあまりにも急な日時を指定して。

過剰なおもてなしは不要、そちらの事務所にこちらから伺います、そうお時間は取らせません……
などと、気を使ったようなことを言っては来ているが。
背後にテレビ局の社長の影をチラつかせてのソレは、「断ったら今後どうなるか分かっているだろうな?」という、脅しでもある。
今後も何かとテレビ局の影響力を利用したいファウストたちには、とりあえずは従うという選択肢しかない。

「前情報なしで挑むしかありませんか……分かりました。お手数をかけて申し訳ありません」
『何か困ったことになったら言ってね、アタシはヨハンちゃんの味方のつもりだから』

困惑するテレビ局プロデューサーに重ねて礼を述べると、電話を切る。
気持ちは有難いが、その『特別相談役』とやらと本格的に対立した場合、一社員に過ぎない彼にできることは無いだろう。
煌星満天を擁する事務所は短期間のうちに広い交友関係を築いていたが、会社のトップの篭絡などにはまだ手が回っていない。
むしろスピードを優先して番組制作の現場とのコネクションを優先したのだが、裏目に出てしまったらしい。
大きなため息をつく。

「あ、あの、プロデューサー、大丈夫……なんだよね?」
「安請け合いをしたいところですが、まだ何がどうなるか分からない、というのが本音ですね」

心配そうに電話を見守っていた煌星満天の問いかけに、プロデューサーは軽く首を振る。
かなりの厄介事が向こうから押し掛けてきた。それは間違いない。
しかしその、厄介事の種類が絞り切れない。

よりによって今日という日に何かが起きる理由については、心当たりならひとつある。
しかしあまりにも早い。ありえないくらいに早い。
コトが起きてから向こうが用意したにしては、どう考えても早すぎる。
ならばこの可能性は除外しても良いのか。

ではたまたまタイミングが合致したというだけで、他の聖杯戦争関係者からのアプローチか。
元々、煌星満天が悪魔化する姿を世に示した時から、何らかの形で他の主従が接触してくる可能性は覚悟していた。
弱みを握って脅すにせよ、同盟を提案してくるせよ、ハメて倒そうとしてくるにせよ。
それらはいつか必ず来るはずのものだった。
では、それが今来たということなのか。

あるいは聖杯戦争関係者以外でも、あれだけ目立った煌星満天に、思惑をもって近づく者があってもおかしくはない。
造られた偽りの世界とはいえ、この東京に生きる人々は、それぞれに考えて立ち回って自分の人生を生きている。
先ほどの番組プロデューサーもそうだ。
特にアイドルとしての知名度を求めるこの主従にとって、そういった一般人の動きは無視できない。
下心からの枕営業の提案などであれば高い代償を支払わせる所だが、立場を濫用してのサインの求めなどであれば応える価値もある。

何が来ても、それぞれ対応するための備えは一応用意してある。
しかし、安請け合いは出来ない。無責任に「大丈夫です」とは言えない。

悪魔は意外と、嘘はつかないものなのだ。
嘘をつくことが出来ない、と言い換えてもいい。
誤解を招く言葉を計算づくで口にすることはあっても。
重要な情報を意図的に伏せることはあっても。
全くの嘘と分かっていることを、自覚をもって言うことはしないものなのだ。

がちゃり、と扉が開く。
事務所の女事務員が、顔を覗かせる。

「あの、CEO」
「なんですか急に」
「お客様がお見えになりました。応接室でお待ち頂いています」
「もう来たのですか?!」

いくら何でも早い。予告された時刻よりさらに一回り早い。
この事務所はキャスター・ゲオルグ・ファウストの……プリテンダー・メフィストフェレスの『工房』である。
そのつもりで予め備えておけば、入ってくる者全てを直接見ているが如く認識可能ではあるのだが。
どうやらその猶予すらも与えてもらえないらしい。
英霊は腹を括る。

「では行きますよ、煌星さん」
「は、はいっ!!」

こういう場には不向きなコミュ障アイドルだが、同席を指示されてしまっては仕方がない。
彼は後ろに煌星満天を引き連れて、応接室へと向かう。
果たして、そこには……

「よぉ、お邪魔してるぜ。
 面白い会社だな。精霊が受付嬢をしてるなんてよ。ありゃ人工霊か?」
「……貴方は」
「どうやら御招待されたようだったんでな、来てやったぞ。
 どうした、お前も笑えよ。計画通りだろう?」

嫌でも目を引く、巨躯の男が、陽気に、しかし油断のならない目つきで笑っていた。



  ★ ★ ★



座っているから分かりづらいが、推定身長190cm程度の巨体。安物のソファが軋みを上げている。
プロレスラーと言われても納得してしまうはちきれんばかりの筋肉を、仕立てのいいスーツに押し込んでいる。
肌の色は日本人ではありえない褐色。
複雑な紋様を描く刺青が顔や手に見えて、おそらくほぼ全身に及んでいる。

「……とんでもない人ですね。あれ全部『契約書』ですか。
 全体像を見ないと断定できませんが、何かしらの上位存在との重大な契約。それもおそらく一柱ではなく複数」

契約魔術に長けたファウストは、その刺青の真価を一目で見抜いた。
違反をすれば命くらいは簡単に消し飛ぶような、あまりに強烈な魔術的な契約だ。
それによる恩恵も、おそらくそれに見合うレベルのもの。
己の工房たる事務所の中であれば負けることはあるまいが、それでも力押しは避けるべき相手と認識した。

どう見てもカタギではありえない。
隠す気もなく裏の、魔術の世界の住人。
それが『特別相談役』なる、よく分からない、しかし無視もできない肩書きを名乗って、自分の工房に乗り込んできている。

「おや、君も来たのかい!?」
「手間を掛けさせるな、ロミオ。
 せめて一報くらいは入れてくれ」
「それは済まなかった!
 何しろ愛しの『ジュリエット』と出会えてしまったんだ、多少のことは許してくれないか!」
「まあこっちも期待してないがね」

いつの間にか実体化していた英霊ロミオと、気安く言葉を交わす。
間違いない。
ファウストが一度は無さそうだと捨てかけた、第一の可能性。
サーヴァントを奪われたマスターが、向こうからやってきたのだ。

英霊ロミオと交わした契約の中には、知らない第三者がいる場では基本的に姿を隠せ、という条文がある。
煌星満天を守るために致し方ないと判断された時のみ、出てくることが許されている。
そのロミオが何のためらいもなく、緊張感もなく出てくる。
そんな相手はロミオの本来のマスター以外にはありえない。
ようやく理解が追いついた煌星満天が、声を上げる。

「えーっと、つまりこの人、えーーっ!?」
「煌星さんは黙っていてくれませんが。
 ……笑いはしませんが、驚かされました。想定よりもだいぶ早い」
「ノクト・サムスタンプだ。
 お察しの通り、そこのバーサーカーを召喚した魔術師だ。聖杯を巡って戦うライバル同士ってことになるな」
「私はキャスター。英霊戦争の習いで、名を伏せる失礼はお許し下さい。
 仮初の名として『ヨハン』と名乗っております。
 そちらの煌星さんに召喚され、彼女のプロデューサー業を務めております」
「……偶然の一致か? あんま気分は良くねえな。
 ああ、悪いが握手は無しだ。そんなつまらないペテンは無しにしようぜ、お互いにな」

ノクトと名乗った巨漢は何やらよく分からないことを呟きつつ、差し出された右手を拒絶する。
契約を弄ぶ魔術師たちにとって、握手に乗じて何かを仕込むなんてことは初歩の初歩。
プロデューサーはわざとらしく嘆息してみせる。

「他意はなかったのですがね。まあいいでしょう。
 しかし話が早いのは確かです。
 そこのロミオさんは既に我々との契約下にあります。この意味はお分かりですね?」
「俺だってこの時代ではそこそこやれる方だっていう自負があるがね。
 英霊、それもキャスター相手に魔術比べを挑むほど無謀じゃないさ。
 俺の実力では、お前がバーサーカーと交わした契約を解呪することは出来ない。その認識でこの場に臨ませてもらっている」
「では……」
「なので、違うアプローチをすることにした」

敗北を認めつつ、畳みかけようとしたプロデューサーを遮って、魔術師は笑う。
底意地の悪い笑みを浮かべて、そして言い放った。

「――既に東京のテレビ局全て、そのトップ陣を押さえさせてもらった。
 この急ごしらえの名刺の会社の社長だけじゃない。
 全てだ。
 なのでもし俺がその気になれば……例えば、アイドルひとり干すことくらい、簡単だ。
 そっちが路上ライブだけで頑張るんだ、とか言い出したら、尻尾巻いて逃げ帰ることしか出来ないがね」



  ★ ★ ★



「――ほ、干すって、困りますそんなの!」
「煌星さんはまだ黙っていて下さい」
「――ノクト、キミと言えども彼女を困らせるようなら、僕もキミの敵になるぞ?」
「てめぇも黙ってろ。
 せめて最後まで話をさせろ。心配しなくても悪いようにはならねえよ、多分な」

双方の役立たずの脊髄反射の発言を、双方の智将が素早く止める。
素早く互いに目配せを交わす。
互いに主導権を握りたい状況ではあるが、まずは互いの足手まといへの対処が先決だった。

「こうなったら駆け引きとか抜きでぶっちゃけちまうとな。
 俺としても、いっそこのまま同盟でも結べれば有難いんだ。
 さっき言ったのはただの牽制だ。
 万が一、最悪のケンカ別れになったらそういうこともできるぞ、というだけの話だ」
「それは分かります。
 そのカードを持っていて、我々と本格的に敵対するのであれば、予告なしに切った方が確実だ。
 こうして出向いて警告してくれている時点で、そちらにそれ以上の思惑があることはすぐに分かります」
「てか、悠長に駆け引きとかしてたら、お互い面倒なことになりそうだな。
 ここはひとつ、腹を括って、お互いの手札をオープンしてしまおう」
「その方が良さそうですね」

これがノクトとヨハン、二人きりでの面会であったのならば、事実ひとつ確認するのに熾烈な探り合いがあったのだろうが。
いつ暴発するか分からない無能な味方の前では、双方ともにそれを諦めた。
視線を交わすだけで、お互いにそれを悟っていた。

「俺にとって芸能活動への干渉は、まあそんなことも出来る、くらいの余技でな。
 本当は報道関係を支配したくてテレビ局に手を突っ込んでいたんだ。まだ完全とは言い難い段階だがな。
 ちなみに『特別相談役』ってのは、俺の影響力の誇示のためについさっき捏造させた、何の意味もない肩書きだ」
「十分過ぎるアピールですよ。
 貴方にそれができる、というだけのことで、私たちは強硬策を選ぶことが出来ない。
 特にアイドルにとってはスキャンダルは大きなダメージになります。
 仮にそれが根も葉もないものだったとしても、手痛い損害を受けてしまう」
「そういう使い方も視野には入っていた。
 またそれとは別の話として、同時進行で、俺はそっちの嬢ちゃんのことも探っていた。例の番組を発端としてな」
「ああなるほど。
 それで手筈が良かったのですか」
「事務所の位置も確認して、近くに宿も押さえて、さあどう交渉するかなって時に、ロミオがお前らに引っ掛かった。
 まあ結果オーライだ。互いに利用する気だって言うんだから、話もスムーズだ」
「ですね」
「確認するぞ。
 そこの嬢ちゃんが起こしたあの現象は、お前の宝具の影響ってことでいいんだな?」
「はい。私の宝具です。
 魔術師の使う魔術ではなく」
「他者強化型の宝具。ある種の能力の委譲。
 それで、戦力にはなるのか? 実際の戦闘において」
「現時点では目晦まし程度ですね。ただ、まだまだここから、大きく伸びる余地がある」
「成長型の能力か。納得だ。
 お前はその能力を使って、聖杯戦争を勝ち抜けると思っているんだな?
 神話に名を残す英雄だろうと、英霊の座を騙して抜けてきた神霊だろうと、真っ向勝負が可能だと」
「はい。理論上、それだけの出力は期待できるはずです。
 彼女の能力を最大限まで育てきることができれば、ですが」
「成長の条件は」
「知名度です。
 この東京における、アイドル煌星満天の知名度。
 英霊が受ける土地ごとの知名度補正を、より極端にしたものと思って頂きたい」
「なるほど。そのためにもアイドル活動で人気を獲得したいと」
「はい」
「そしてそのための時間稼ぎ、成長途中の護身のために、ロミオの戦力が欲しかったと」
「はい。
 こちらとしてもロミオさんが彼女に惚れ込んで付いてきたのは計算外でしたが、渡りに船でした」
「……ちょ、ちょっと、プロデューサー!?
 さっきから聞いてたけど、そういうのって認めちゃっていいの!?
 もっとこう、普段の調子で曖昧に誤魔化したりとか……!」
「ここは駆け引きに使う部分ではないものでしてね」
「可愛いお嬢ちゃんだなぁ。素直で分かりやすいぜ」

あまりにも怒涛の勢いで開示される自陣営の秘密の数々に、煌星満天は我慢しきれなくなって声を上げるが。
プロデューサーからは片手で払うように宥められ、褐色の巨漢にはニンマリとした笑みを向けられただけだった。
ちなみにノクト・サムスタンプという男、意識して笑って見せると、かえって怖く見える。
咄嗟に悲鳴を上げずに耐えた煌星満天のことは、褒めてやってもいいくらいだろう。

「こちらからもロミオについて説明しよう。
 こと白兵戦に限れば一騎当千、一対一で互いに手の届く距離なら、誰が相手でも負ける気がしない。
 こないだも、えーっと何て言ったっけな、ギリシャ神話の大英雄のセイバー相手に、真正面から挑んで完勝した」
「ほう。そこまでとは」
「ただし、相手を瞬殺できるようなタイプではない。基本的に戦闘は長引くと思っておけ。
 向こうが搦め手や飛び道具を使ってきた時にどうなるかは、まだ正直、データが揃っていない」
「なるほど、彼も成長型ですか」
「こちらは一回毎にリセットされるようだがな。
 まあそれでも、初期状態でも誰が相手でも瞬殺はされないくらいの実力は期待していい」
「十分でしょう」
「既に分かっているかと思うが、こいつは困った性質を持っている。
 女なら誰を見ても『ジュリエット』にしちまうんだ」
「嗚呼、それは心外な言われようだぞ、マスター!
 僕の心は常に『ジュリエット』一筋だ!
 悪戯な運命が何度でも僕らを引き裂くだけで、星がまた同じ所を巡るように、僕の心はいつだって変わりはしない!」
「……と、当人は言っているが、まあ、そういうことだ。
 幸か不幸か、今までの『ジュリエット』はどれも『短命』でな。
 なので大した保証にもならないが……俺の知る限り、生きている『ジュリエット』を置いて浮気したことはない。
 気休め程度に、頭の片隅に入れておいてくれ」
「いえ、十分過ぎる情報です。ありがとうございます」

プロデューサーは頭を下げる。
どうやら互いに似たタイプの思考の持ち主。
こんな所であえて嘘を混ぜる理由がない。
ひょっとしたらロミオはまた新たな恋を見つけて走り去ってしまうのかもしれないが、仮にそうなっても、ノクトの責任ではない。

「ロミオは当面、お前らに貸しておく。
 上手く使ってやってくれ。くれぐれも雑に使い潰すんじゃないぞ。お前らにとっても得難い戦力のはずだ」
「よろしいのですか?」
「ちと厄介な相手が複数居てな。
 俺としても手札が足りずに困っていたんだ。
 成長型の能力は、多少迂遠ではあるが、状況を打破する切り札にもなりえる。
 先行投資のつもりで、貸しにしておくさ。
 俺の持つテレビ局上層部へのコネクションで、お嬢ちゃんの仕事を支援してやってもいい」
「それはまた利子の取り立てが怖いですね」
「困ったときはお互い様だろう?
 それにお前らにとっても、いずれ対立するはずの相手だしな。
 無為無策で襲われるよりは、俺の助言が聞ける体制でいたいはずだ」
「英霊を手放して、貴方自身はどうされるのですか」
「やれることは限られちまうが、しばらくはサーヴァントなしで暗躍するさ。
 正面からのケンカで勝てるほどじゃないが、逃げ隠れするならいくつか手はある」

至極最もなプロデューサーの問いに、ノクトは己の顔面の刺青を指さして答える。
何らかの高位の超自然存在との契約。
なるほど、英霊を真正面から打破できるモノはほとんど居ないだろうが、逃げに徹するなら勝算がない訳ではない。

「この契約を抱えているおかげで、昼夜逆転生活を強いられていてね。
 さっきロミオの自由を許してしまっていたのも、そのせいだ。
 俺が寝ている間にもそれなり以上の判断ができる同盟相手を、探していたんだ」
「そして私が御眼鏡に叶ったと。なるほど理解しました。
 ところで、こちらからも質問よろしいですか?」
「何だい?」

あまりにも高速の情報交換と意図の確認が一通り済んだ、その一瞬の隙を狙い済まして。
キラリと眼鏡を光らせて、悪魔は鋭く言葉で刺した。

「何回目ですか? この聖杯戦争」




  ★ ★ ★




数秒の沈黙。
破ったのはやはり、煌星満天だった。

「何回目って……プロデューサー、一体、何を言って」
「…………やられたな。
 つまらないカマ掛け、そうだろう?」
「はい。
 ダメで元々だったので、適当に言って見ました。まさかとは思っていたのですが」
「確か二回目だったよね、マスター?
 嗚呼、運命の悪戯で、一度は破れたはずの想いに再び向き合うマスター!
 僕にとっては初めての舞台ではあるのだが!」
「お前は黙ってろロミオ。話がややこしくなる」

短い刹那に、驚きと、焦りと、納得と、自嘲の笑みと、コロコロと表情を変えたノクト・サムスタンプは。
観念したかのように溜息をついた。

「悪いな、正直まだ侮っていた。
 まさかこんなに素早く見抜かれるとは思っていなかった」
「違和感は最初からあったのですが、そうですね、一番の要素は、貴方が用意周到過ぎたことでしょうか。
 いかに一ヵ月ほどの時間があったとしても、最初から確信を持って動いていなければ届かない所に手を届かせていた。
 まるで、既に何度か経験していたかのように」
「そこのバーサーカーがネタバレしてくれた通り、まだたったの二回目だよ。
 それも一回目は七人のマスターと七騎の英霊からなる、ごく普通の聖杯戦争だった。
 主従の組み合わせもシャッフルされちまったし、情報や経験の優位なんてほとんど残っちゃいねぇよ。
 まあ、お前たちみたいな『新規参加組』と比べれば、多少は心構えも違うんだろうけどな」
「では先ほどおっしゃっていた、煌星さんの成長に期待する『厄介な相手』というのも」
「悪いがそこから先は、流石の俺も口が堅くなるぞ。
 今の時点では欲張り過ぎだ。せめて信頼と実績を稼いだ後にしろ。これから知る機会はいくらでもあるはずだ」
「失礼致しました」

隣で聞いていた煌星満天にとっては、よく分からないやりとり。
かろうじて彼女にも理解できたのは、このノクトという男にとって、この聖杯戦争は二回目だということ。
そして、既に契約で縛ったロミオとともに、どうやら当面、共闘することになるらしい、ということだった。

「……えっ、待って、つまりそこの変質者だけじゃなくって、この怖い人とも組むの?!」
「声に出てしまってますよ煌星さん」
「わはは、素直な嬢ちゃんだ。
 すまんなあ、生まれついての強面で」
「ああ愛しのジュリエット、怯えることはないよ! この男はこう見えて、恋に生きる一途な男なのさ!」
「え……恋、ですか……?!」
「余計なこと吹き込むんじゃねぇよ」
「それはもう、死の運命すらも覆して挑む第二の挑戦さ!
 彼の恋路の険しさと言ったら、並大抵の神話では太刀打ちなんてできないほどさ!」
「そこの狂人の戯言は真面目に聞くんじゃねぇぞ。
 バーサーカーとは会話ができねぇってのが聖杯戦争の常識だ」

経験豊富な先達として、常識まで教えてくれる。
そんな厳つい外見の愉快な同盟相手は、どこか楽しそうに煌星満天を見やる。

「ただまあ……俺としても、気になるな。
 お嬢ちゃん、あんた、トップアイドルになるんだって?」
「は、はい。その、まだ道のりは遠いですけど……そのつもりです」
「この俺の心も、奪ってみるか?」

からかうような問いかけに、少女は一瞬だけ悩んだ。
一瞬だけだった。
迷いと不安を振り払うかのように、大きな声で応える。

「い……いつか必ずっ! なので、が、頑張りますっ!!」
「いい返事だ。期待してるぜ。
 ……なのでそうだな。ここはお嬢ちゃんに選んでもらうか」
「え? 選ぶ?」

ドサドサドサッ。
満天が首を捻ったその瞬間、ノクトは応接間のテーブルの上に、いくつかの書類をぶちまけた。
何かの企画書である。それも複数。

「さっきも言ったが、俺はここしばらく、報道関係を押さえようと奔走していてな……。
 なので、今すぐアイドルに回せる仕事ってのは限られちまうんだが。
 確か『報道バラエティ』って言う番組ジャンルだったか?
 話題急上昇中のアイドルでもなんとかねじ込めそうな仕事をいくつか持ってきた」
「手が早いですね」
「こういうのは鮮度が大事だからな。そして本人にやる気が無けりゃなんともならん。
 危険が無いとは言わないが、そうでもなけりゃ知名度アップは望めないだろう?
 最悪、ロミオがついてりゃ死ぬことはねえだろうし」

嫌な予感が煌星満天の背筋を伝う。
ノクト・サムスタンプはニンマリと笑う。例の無表情より百倍怖い、あの笑顔で。

「さあ選択の時間だ。どちらも被害甚大な現地からの体当たりレポート。
 アドリブ勝負の自己アピールチャンスだ。
 リアクション芸が映える話題のアイドルにピッタリの仕事。

 東京を揺るがす二つの災厄。『蝗害』と『半グレ集団の大規模抗争』。

 どっちに行ってみたい? どちらも嫌だ、は通らないからな」

どちらとも無縁の煌星満天ですら、どちらも聞いたことのある特大の災厄。
可能な限り避けて通ってきた、見えている特大地雷。

「…………嫌ァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

あまりの無茶振りに、煌星満天は天井を仰いで、ちょっとだけ泣いた。



【台東区・芸能事務所/一日目・夕方】

【煌星満天】
[状態]:健康、色々ありすぎて動揺したりふわふわしたりで心がとても忙しい
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
1:どっちもやだーーーーーーーー!
2:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
[備考]
 聖杯戦争が二回目であることを知りました。

 ノクトの持ち込んだ『蝗害の現地リポート』『半グレ抗争の現地リポート』のどちらを選ぶかは、後続の書き手にお任せします。


【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:健康
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:輪堂天梨と同盟を結びつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
1:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
2:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
3:天梨に纏わり付いている"まがい物"の気配は……面倒だな。
[備考]
 ロミオと契約を結んでいます。
 ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
 聖杯戦争が二回目であることを知りました。

 輪堂天梨との対談の日時や場所を決めて既に彼女に連絡しています。
 具体的な日時や場所は後続の書き手にお任せします。


【バーサーカー(ロミオ )】
[状態]:健康、恋
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
[備考]
 現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
 ファウストと契約を結んでいます。



  ★ ★ ★



前回の聖杯戦争で組んだ『アサシン』は本当に良いパートナーだった。
ノクト・サムスタンプは、考えても仕方ないことと理解しつつ、それでも何度でも考えてしまう。
あいつが今回も手元に居てくれれば、こんな相手と泥縄で組んで、こんな茶番を演じずとも済んだろうに。

と言っても、一般論で言えば、あまりアタリとは言い難いサーヴァントではあった。
そもそもアサシンである。マスター狙いの一手に特化したような、ほとんどハズレのクラスである。
さらに言えばそのアサシンの中でも、彼は殺傷力に恵まれてはいなかった。
もちろん英霊として座に刻まれるくらいだから基本的な身体能力はある。
けれど肝心の宝具が、殺傷力とは異なる方向に特化していた。

さらに言えば、そのアサシンの持つ能力は、ノクトの元々持っていたスキルとだいぶ被る性質があった。
多少の方向性の違いはあったが、どちらもヒトを支配し利用するもの。
サーヴァントとマスターで能力が被るなんてことは、普通、嘆いてしかるべき事態である。
多くの場合、どちらかの持ち味が損なわれてしまう。

それでも、他ならぬノクト・サムスタンプにとっては、彼はベストなパートナーだった。
思考の回転の速さ。
ノクトの意図を素早く察する聡明さ。
汚れ仕事を厭わない、その非情さ。
ノクトが昼夜逆転生活で寝ている間についても、全ての判断を任せて問題がないくらいの代理人でもあった。

何より――ノクトの魔術と重なる部分のある、そのアサシンの宝具は。
他の主従に大きな混乱と疑心暗鬼を生み出した。

手間と時間がかかり連発は出来ないが、一般人を深く強くコントロールできるノクトの契約魔術。
用途は限定されるが、多くの一般人を一瞬でコントロール下に置けるアサシンの宝具。
この組み合わせは、他の主従からはどこまでがサーヴァントの仕業で、どこからがマスターの魔術かの判断を困難にした。
数多の一般人が一瞬で深く強く支配されるとの、幻想を描き出した。

結果として、多くの場合、降りかかる火の粉を払うために、過剰な反撃が行われ、数多の犠牲が出ることになった。
東京という街も、その過程で多くが焼けた。

「ほんと、お前が居てくれたらなあ……。
 偉大なるハサン・サッバーハ。
 暗殺教団の中興の祖。
 人呼んで、『継代』のハサン」

もはや縁の繋がっていない、かつての相棒の名を、彼は誰にも聞こえない小さな声で呼んだ。


【台東区・芸能事務所/一日目・夕方】

【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
1:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
2:とりあえず突撃レポート、行ってみようか?
3:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
4:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
[備考]
 東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。

 東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
 煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。

 前回の聖杯戦争で従えていたアサシンは、『継代のハサン』でした。
 今回ミロクの所で召喚された継代のハサンには、前回の記憶は残っていないようです。



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最終更新:2024年10月20日 15:32