.


 (……ポーン、ポーン、ポーン、ポーン♪)

 (プンプンプンプーン♪ プンプンプンプーン♪ プンプンプンプーン、プーン、プン♪)



輪堂天梨の、勇気りんりんラジオ~~~~~っ!」



 (ラジオー…… ラジオー…… ラジオー……)
 (エコー)



◇◇



「さあ今週も始まりました、『輪堂天梨の勇気りんりんラジオ』~!
 MCを務めます、Angel Marchの輪堂天梨です。現在ニューシングル『彗星のラピス』発売中! 皆さんぜひ買ってくださいね~っ」

「今回の放送ぶんは録音でお届けしております。
 何かとつらいニュースの多い昨今ですが、みんなで乗り切っていきましょうね」

「私はただのしがないいちアイドルですけど、私の声がリスナーの皆さんの心を少しでも元気にできたら嬉しいです。
 タイトルにもなってますが、勇気りんりん、ってことでね。改編も乗り越えたことだし、また一年間わいわいやっていけたらなって思います」


「……いやー、最近身の回りでいろいろ大変なことが多くて、なんだかてんやわんやしてるんですよね実は」

「えっ。お前はいっつも大変なことになってるだろって?
 や、やかましわー! そういうのじゃなくて、えぇっと……あーうー、なんて言えばいいんだろ」

「自分の常識ががらっと変わるような出会いがここ最近だけで何回もあって。
 お仕事だったり、プライベートだったり、いや~世界って広いんだなあって思うことばっかりです」

「前から気になってた子と偶然仲良くなれて、実は今も心がほわほわしてたり。えへ」

「一応名前は伏せときますけど、同じアイドルの子です。だから友達であると同時に、ライバル。ふふっ、なんか少年漫画みたいでいいよね」

「たぶんこれ放送してる頃には情報出てるのかな。
 近々いっしょに仕事することになってるので、みんな楽しみにしててね。
 私も個人的に推しちゃってるくらいおもしろい子なんだけど、私も先輩として負けられないですから。ガチで行きますよ、その時は」

「――エンジェのセンターが最強なんだってこと、見せちゃいます」


「……なんて。これで負けたらかっこ悪すぎますけどね」

「さ、それじゃコーナー行きましょー!
 天使がなんでもズバッとお答え! エンジェリック・お悩み相談のコーナー!!」

「えー。東京都在住、ラジオネーム『うすめのレモンサワー』さん。
 "最近ゴールデンレトリバーをお迎えしました。よかったら天梨ちゃんに名前を付けてほしいです"」

「いやハガキ出す前に名前付けてあげなさーい!? 逆にいまなんて呼んでるの!?
 あと今回録音だから放送までもっとラグあるからね? ……ってツッコんでも届かないのか。録音だから」

「えーっと、ワンちゃんのお名前ですね。皆さん知っての通り私、ネーミングセンスがその……アレでしてぇ……。
 最近も友達にあだ名を付ける機会があったんですけど、ふだんクールなその子に一瞬"マジかこいつ"みたいな反応させちゃって……。
 まあ、でもでもこの天梨さんに名付けをご所望とのことですからね。付けますよ。え~、え~……」

「…………『わんこくん』! とかどうでしょうか~! 女の子だったら『ちゃん』で! あれ? これ結構いいのでは?」

「うふふ、えへへ。
 いいことすると気分がいいですね。さっ、次のお便りに参りましょー!」



◇◇



「…………吐き気を催すほど面白くないんだけど、和人はこれを聴いて喜ぶのか?」
『トークの質が平均を大いに下回っている。この内容で人々を魅了できるのは流石と言う他ないな』

 新宿区、某ラジオ局で天梨のラジオ収録は行われていた。
 情勢がこの有様なのに決行するのかと思わないでもなかったが、それを言うなら大体の都市機能がそうだ。
 大方、聖杯戦争の趨勢がNPCの動向に左右されないように何かしらの強制力が働いているのだろう。
 天梨が収録している向かい側のパイプ椅子にシャクシャインが足を組んで座り、隣にはホムンクルス36号のフラスコがちょんと載っている。

 スタッフのいる中で実体化している異様な状況だが、特に彼らが騒いでいる様子はない。
 天梨は反対したものの、これはホムンクルスが彼女を説得して押し通させた形だった。
 詐称者を従える悪魔との"勝負"。それがもたらした成長の度合いを推し測るために、この人造生命は一計を案じた。

『だが十分な収穫だ。
 今の天梨は、NPC程度ならいとも簡単に言うことを聞かせられるようだな』
「…………」

 言うなれば、彼女が無自覚に撒き散らしている魅了魔術に指向性を持たせる実験である。
 本来なら収録現場に部外者、それも明らかに一般人(カタギ)とは思えないギャラリーが侵入するなど言うまでもなく言語道断だ。

 だが現に今、シャクシャインとホムンクルスは平然とそこに同席できており、そのことを周りが不思議に思っている節も見えない。
 これは、輪堂天梨の魅了が今や"不可能を可能にさせる"領域の力に達していることを示していた。
 対人でどの程度活きるかは未知数であるものの、少なくともNPC程度ではもはや天使の声に逆らえない。
 天梨にしてみれば複雑だろうが……、一般人まで戦略に組み込む手合いが存在するこの東京聖杯戦争で、彼ら相手に無条件で優位を取れるという事実はかなりの戦術的価値を持つ。

 シャクシャインがこれ見よがしにイペタムを取り出してみても、やはり反応は変わらなかった。
 天使の意思はあらゆる事象に優先して彼らの脳を魅了し、染め上げているようだ。
 魔術師の世界ではこの程度基礎技能の延長でしかなかろうが、魔術に覚醒して半日足らずで此処まで到った前例は恐らくないだろう。

『愚かなりノクト・サムスタンプ。あの男が凡夫と嗤った天使は、今や立派にその天敵だ。ふむ、これが"愉快"という感情か』
「根暗人形君は算盤弾きがお好きなようで。つくづく君らのことは好きになれそうにないね」

 微笑みはせずとも嘲りを弄してみせるホムンクルス。
 それに嫌気混じりの嘆息をしながら、シャクシャインはマイクに向けて明朗に喋る天梨の姿を見ていた。
 『い……いい!? くれぐれもヘンなことしちゃダメだよ、絶対ダメだからね……!!』とか『ほむっちも! スタッフさんたちにこれ以上迷惑かけたら後でお説教! わかった!?』とか喚いていたのが嘘のように、その喋りには淀みがない。

 シャクシャインがさり気なくイペタムを抜いていることに気付けば流石にぎょっとするが、それでも一瞬も声を詰まらせない。
 ジェスチャーで『しまって! 早く!!』とわちゃわちゃ指示してくる間もお便りを読んでは、つまらないトークを繰り広げ続けている。
 惜しむらくは神が彼女にトークセンスを与えなかったことだが、年単位で続いているらしい辺り、これはこれで需要があるのだろう。

 無論、シャクシャインにはまったくもってどうでもいいことであった。
 アイドルだの芸能活動だの、はっきり言って一寸ほどの興味もない。
 それどころか目に見えて戦況が加速した今日、こんな何の得にもならない時間に精を出したがる気持ちが欠片も理解できないほどだ。
 この様子だと長くても数日で都市は燃え尽き、聖杯戦争は終演を迎える。
 そのことが分かっていないのか、それとも分かった上で無駄に興じ続けているのか。
 冷めた眼で、シャクシャインは己が主を見つめていた。とんだ茶番だ。文字通りの意味で、である。

「――受け手がいないと分かっていながら、よくもああまで愛想振り撒けるもんだ」

 輪堂天梨は、常に炎の中にいる。
 顔の見えない誰かの悪意が、いつだとてその一挙一動を嘲笑っている。
 そんな状況で、こんな和気藹々とした番組など成り立つわけがないのだ。普通に考えて。
 そして事実――、この『輪堂天梨の勇気りんりんラジオ』の実情は様々な配慮に裏打ちされて成り立っていた。

『群馬県在住、ラジオネーム『わんタンメン』さん!
 えー、"今年の花粉症が今から怖すぎます。天梨ちゃんは毎年どういう対策を行っていますか"とのことで――』

 アイドルのラジオ番組であることを踏まえても、あまりに当たり障りのない質問。
 これは番組側からの彼女への配慮だ。それを天梨が喜ぶかどうかは別として。

 今、天梨が読んでいるメールはすべて制作スタッフ達が事前に用意したものだ。
 それを責めることはできない。今の彼女の状況で舞い込むおたよりなど、その大半が悪意に塗れていよう。
 アイヌの復讐者は現代の世俗になどさらさら興味がなかったが、それでも分かるほどに天梨の現状と読み上げるメールの牧歌的さはちぐはぐだった。
 日向の天使は光届く範囲を照らすもの。故にその光明は、顔の見えない遠い相手には及ばない。
 無論、それが分からない天梨ではないだろう。トップアイドルとして芸能界を歩んできた彼女は、炎上の当事者は、シャクシャインなどより余程早く違和感に気付けている筈だ。
 だというのに精神的動揺を一切外に出さず、平常通りの笑顔とテンションで、パーソナリティの立場に徹しきる。
 演者としてはさぞかし立派なのであろうが、シャクシャインに言わせればその姿勢は憐れなほどに痛ましい。足のもげた猫が餌をねだって鳴いているような惨めさがあった。

『苛立っているのか?』

 眉が動く。
 殺意を込めて今しがた納めたばかりの妖刀の柄に手を掛ける。
 その行為に意味がないことは、彼が誰より分かっている。
 令呪の命令がホムンクルスへの加害を禁止している以上、どんな脅しも虚仮威し以上の意味は持たない。

「……別に。クソつまらない無駄話を延々聞かされてたら、そりゃ気悪くもなるだろ」

 強制力を引きちぎるほどの憤怒を引き出せれば話は別だが、そうなれば天梨も黙って見てはいないだろう。
 わざわざ自分から不快な思いをしに行くこともない。陰気な人形の戯言など、好きに言わせておけばいい。
 そう自分に言い聞かせて会話の兆しを打ち切り、シャクシャインはか細い舌打ちをひとつ鳴らした。

 何かがおかしくなっている。
 ずっと前から分かっていたことだ。
 和人に対する憤怒も殺意も微塵たりとて衰えていないのに、そこにあの少女の姿が並ぶだけで途端に取るべき選択ができなくなっていく。
 何故? 決まっている。少し露悪的な言葉をぶつけて揺さぶってやれば落ちると思っていたあの娘が、いつまで経っても穢せないからだ。

 今日を迎えるまでおよそ一ヶ月。悪魔の囁きは、一度たりとて実を結ばなかった。
 女を口説くのと一緒だ。落とす自信があればあるほど、落とせなかった時の焦燥はより強くなる。
 絶対に落としてやると息巻いて相手を注視する。眼差しを注ぎ、陥穽を探し、その深淵を覗き込む。
 そうしている間に――いつの間にか、復讐者のどこかが狂っていた。
 無様な背伸び、空元気とばかり思っていた輝きが、汚泥のような怨嗟で満たされた脳裏で一縷の光となって存在感を持ち始めた。


 ――あなたも、私と、勝負してくれる?


 言われるまでもない。
 穢してやる。おまえは花だ、大和にただ一輪咲く日向の花だ。だから摘み取らねばならない。
 なのにああ何故、それが貶められている光景にこうも不快を覚えてしまうのか。
 醜悪な民族の末裔の尊厳など墜ちていけばいくほどいいというのに、この腕は隙あらば刀を抜きたがる。


 ――輪堂天梨は貴殿にとって、もはや他の者とは違う、例外の存在と化している。


 分かっているさ、そんなこと。
 だから穢すんだ。だから挑むんだ。
 あの女より尊いものはこの世に存在しない。
 ならばそれを踏み躙れば、俺の憎悪に焼き尽くせないものはないだろう?
 穢れてくれよ、輪堂天梨。
 日の丸を背負う日向の天使。もっとも白く、もっとも優しいおまえ。
 心ではそう祈っているのに、その飛翔が翳る瞬間に立ち会うたび何故こうも不可解な熱を覚えるのか。

 解らない。解らないが、解ってはならない気がした。
 自分と彼女の"勝負"において、この不可解の名を理解することは決定的な敗北になる確信がある。
 恐ろしい女だ――改めてそう思う。もはや、シャクシャインは欠片も己の要石を舐めていない。

 日向の天使は誰も灼かない。
 その輝きは満天の慈愛。この世のすべてを抱擁して受け入れる、御遣いの翼。
 間違いなく優しさの極北だが、それ故に心の闇を骨子として生きるモノにはこれ以上なく極悪だ。
 天梨の光は、彼らの憎しみを破綻させてしまう。この怒りも哀しみも、何もかもが輝きの中に溶かされ消える。

 "聖人"だ。だから悪魔にとっては、それが"怪物"よりも恐ろしい。
 純善なる純白の洗礼は、悪魔をさえも赦してしまう。
 赦し抱き留めて、神の身許へと連れ去ってしまう。

 ――憎むべき和人に救われて、アイヌの悪鬼が魂を保てる筈がないのだから。

 知るな、想うな、この違和を魂の裡に閉じ込めろ。
 剣だけでは殺せぬ女。そうしては意味のない宿敵。
 ホムンクルスの介在など、狂人どもの諍いなど此処の戦いには微塵も関係ない。

 輪堂天梨はシャクシャインの地獄へ堕ちてはならない。
 シャクシャインは輪堂天梨の翼に抱かれてはならない。
 それだけ。それまで。天使と悪魔の戦争は、煌星満天の登壇する前から既に始まっている。

 アイヌの悪鬼にとって、これは生前の戦いの続きなのだ。
 百度鏖殺しても飽き足りない醜穢なる大和民族。
 時代は違えど、場所は違えど、大和と蝦夷の戦いは地続きの線上にある。
 だから負けられない。それは、歩んだ道筋と抱いた悲憤すべての否定になるから。

(……なら見なきゃいいだろ、って話なんだけどな)

 目を閉じ、耳を塞ぎ、一方的に悪意だけ叩き付けて勝てばいい。
 理屈では確かにそうだ。しかしそうして勝っても、自分はそれを誇れないと確信があった。

(――鬱陶しいことに、あいつは俺を"見て"やがる。
 なら俺もそうしてやるよ。見て、理解して、その上で天から引きずり下ろしてやる)

 触れれば砕ける雑魚を相手にお利口な最善策など取って勝ったら笑い者だ。
 なんだおまえ、そんなに天使が怖かったのかと嗤われることは請け合いである。
 だからシャクシャインは、完全に勝つために、不合理に徹するのだ。
 天梨を見る。輝きを見る。自分の陥穽には目を向けず、さりとて敵のことは理解する。

 彼の好敵手であった男が聞けば、何だそれはと鼻で笑うような回り道。
 要するに――このシャクシャインという男は、堕ちて尚、不器用な男だったのだ。
 天梨のことを笑えないくらいには、己の在り方に縛られた男なのであった。

『次が最後のおたよりです。
 大阪府在住、ラジオネーム『匿名希望』さん』

 そんな復讐者の考えなど知らぬまま、天使は仕事をこなし続ける。
 相手に見えもしないのに笑顔を浮かべて、弾んだ声でメールを読む。

 されど、運命の悪戯とは時に盤面の外から訪れるもの。
 あらゆる思惑とも、因縁とも関係なく――

『ファンも仲間も悲しませながら稼いだお金で食べるご飯は美味しいです、か――……』

 ――白い翼を穢す悪意が、無垢な偶像の視界へ飛び込んだ。



◇◇



 周りの大人達が、急にざわめき出した。
 それを見て、ああ、ミスがあったんだ、と思った。

 私だって分かってる。
 今の私が天使のままアイドルを続けるには、番組なんてやるには、優しい嘘が不可欠だ。
 当たり障りない内容のおたより。所在地も、ラジオネームも、全部でたらめ。
 優しいスタッフさん達が用意してくれた、私を天使たらしめるための嘘の文章。
 事前に聞かされてはいたし、寂しいけれど自分が悪いんだから仕方ないと思うことにしてた。

 実際、番組側で用意してるだろって疑いの声はあちこちからあがっていた。
 嘘をつくのは心苦しかったけど、その分少しでもみんなに楽しんでもらえるように頑張ってきたつもり。
 今日もその筈だった。でも、どこかで"本来の"おたよりが紛れ込んでしまったんだろう。
 嘘偽りのない生の声。輪堂天梨に対して向けられる、本物の感情。――――悪意。

(一旦収録中断かなぁ。あ、スタッフさん怒られてる……後で私から謝っておかないと)

 別に怒ってるわけじゃない。
 誓って本当だ。ミスは誰にでもあるものだし、元を辿れば嫌われ者の私が悪いんだから。
 でも――私の中にあった熱が急速に冷めてくのを感じてしまってるのは否めなかった。

 いろんなことのあった一日だった。
 後にも先にも、今日ほど濃厚な一日はなかったかもしれない。

 なんだかすごい子と会って、満天ちゃんと電話して。
 怖い思いをして、ほむっちに会って、友達になって。
 それから――満天ちゃんと、勝負をした。

 嬉しいことより怖いことや緊張したことの方が多かった気がするけど、それでも楽しかった。
 友達ができたのなんて久しぶりだった。私に"勝負だ"なんて言ってくれた人は、はじめてだった。
 あの子に勝ちたい。越されたくない。いつまでも、あの子の憧れの天使でいたい。
 自分の中にそんな欲望があること自体びっくりで。でもその天使らしくない"熱"が、なんだかやけに嬉しくて。


 ……でも別に、私の何が変わったわけでもないんだと。
 今、この手の中にある一通のメールは、私の幼稚な思い上がりを一言で糾弾していた。


 きっと、こうなる前にできることはあった筈なんだ。
 輝くことは楽しかった。ちやほやされると、もっと頑張ろうって気分になった。
 やればやるほど上達していく歌とダンスが誇らしかった。
 視界の果てまで続く握手会の列に笑みがこぼれた。エンジェの不動のセンターと呼ばれて、踊り出したくなるほど嬉しかった。
 私の後ろにいる人たちが、どんな顔で自分を見ているかなんて、考えたこともなかった。

 何かを変えられたかもしれない。
 私が、成功に酔っていなかったら。
 私の影に隠れた人たちの顔を見られていたら。
 エンジェの中で炎があがった時に、"みんな"を守るだけじゃなく、一人ひとりの心に寄り添ってあげられていたら。

 そんなひとつひとつを、何もうまくできなかった先が今の私だ。
 仲間に嫌われて。社会に嫌われて。笑われて、叩かれて、ズルをしなくちゃステージにも立てない。
 私に憧れてくれるあの子には口が裂けても言えないけれど。
 こんな人間になんか憧れないほうがいいよって、冗談でもなくそう思う。

 "天使のままでいたい"。
 それは、私の最後の逃げだ。
 だってそれさえなくなったら、私には本当に何もない。
 勉強ができるわけじゃない。芸能活動のために、そっちは蔑ろにしてしまったから。
 人に好かれるのは得意だったけど、こんなに悪名が広がっちゃったらこれも無いのと一緒だ。

 私には、天使であること以外何もない。
 この翼をもがれてしまったら、後に残るのは嫌われ者の女の子ひとり。
 ちやほやされるのは気持ちよかった。好きって言ってもらえるのは嬉しかった。
 自分がそれしか持ってないことに、こうなるまでついぞ気付けなかった。


 みんな、勘違いしてる。
 私は、そんな強くなんかないんだよ。
 むしろ逆。私は何も持ってない。
 それでも私は、きっと誰より馬鹿だから。
 ちょっと運命的な出来事や、楽しいことがあるだけで、簡単に酔っぱらえてしまう。
 つらい現実も、自分の愚かさも忘れて。思い上がって、千鳥足で歩いて、すっ転んで、そこでようやく思い出す。

 手の中にあるこのメールが、そのいい証拠。
 今日の現実、のぼせを冷ますバケツ一杯の氷水。

 胸の奥が、きゅうっと苦しくなる。
 息がうまく吸えなくなって、頭もくらくらしてくる。
 そして、心のなかにじわりと黒いものが広がっていく。
 決して委ねちゃいけない色。私の最後に残った翼を、奪い去ってしまう闇色の墨汁が。

 息をしよう。
 すう、はあ。すう、はあ。
 ステージでターンをするように。
 ステップを踏んで、次の歌詞に備えるように。
 言い聞かせよう。私を保とう。誰も傷つけない優しい光を。
 慣れた処理法。感情の分別のつけ方。汚いものはゴミ箱に。綺麗なものだけ、後は要らない。

 そうして、曇りかけた表情を律して。
 まばたきの難しくなった瞳を、なるべく溢れないように閉ざして。
 そして、そして――


『君はもう少し、自分のために怒ることを覚えてもいいのではないか?』


 頭のなかに、声がした。
 大事な、友達の声だった。

 収録を中止しようと駆け寄ってくるスタッフさんを、気付けばすっと手で制していた。
 心臓が、聴いたこともないような早さで高鳴っている。
 怖い。死ぬほど怖い。本当に死にそうになった時よりずっと怖かった。

 でも――だけど――。

「…………みてて」

 録音回ってるのに、私は知らず呟いていた。
 満天ちゃんと同じ、私なんかを褒めてくれた子。
 ちっちゃくて、ちょっと変わった新しい友達に向けて。
 そしてきっと、私が勝たなくちゃいけないもうひとりのライバル、つまり"彼"に対しても。

 ――息をしよう。
 すう、はあ。すう、はあ。
 ステージでターンをするように。
 ステップを踏んで、次の歌詞に備えるように。
 いや――新しい一歩を踏み出すように。


「――――――――この際だから、ちゃんと言っときます」



◇◇



「私、輪堂天梨は、アイドルをしてただけです。
 誰かとそういう関係になったことなんて一回もありません」

「みなさんが聞いたり言ったりしてる噂は、ぜんぶ事実無根です。
 ほんっっっとうに迷惑してます。正直、ちょっとだけ、怒ってます」

「私の噂で悲しんでる人、傷ついてる人、たくさんいると思います。
 たとえ噂が嘘でも、私がみなさんを悲しませちゃったのは事実です。なので、それは心から謝ります。
 私のせいでつらい思いをさせてごめんなさい。みなさんを笑顔にできなかったのは、私の責任です」

「でも、少しだけ」

「ほんの少しだけでいいので、私も怒ったり悲しんだりするんだってこと、考えてもらえたら嬉しいです。
 嘘の話で笑われたり、叩かれたり、ひどい言葉をぶつけられたりすると、ちゃんと傷つきます。
 今までは事務所の方針で発言を控えてましたけど、今日は少し言わせてください。ごめんね」

「私の噂を信じるのはいいです。ぜんぶ調べて証拠を出せとか、そんなことは言いません。
 でも、心のなかにちょっとでいいので、私のことを信じる気持ちも持ってほしいなって」

「ごめんね。ほんとに、ごめんなさい。
 みんなに楽しんでもらうためのラジオでこんなこと、言いたくないんです。
 だけど――自分のために怒ってもいいって言ってくれた友達がいるから」

「少しだけ、今日は生意気なこと言っちゃいます。
 天使だって、怒るときはあってもいいかなって」

「今日の放送で私を嫌いになった人、心から謝ります。引き止めることなんてできません。
 でも、誰かを推すって……何かを好きになるって、とっても素晴らしいことだから。
 私じゃなくてもいいので、いつかまた誰かのことを好きになってあげてください。その時は、顔は見えなくても、心から応援します」

「はい、じゃあ真面目なお話は終わり!
 もうこれ以上は言わないです! ていうか私頭悪いので、こういうこと言うのヤなんですほんとは!
 ぜんぶ事実無根って言ったけど、私がめっちゃ馬鹿なのだけは合ってます! 英語はbe動詞でやめました! そんくらい!」

「ちなみにごはんは毎日おいしいです! 私ひつまぶしが大好きなんです。
 えへ。どんなにつらい時でも、ついついごはんは食べちゃいますよね。
 なんか最近ストレスもあっておなかむちむちしてきた気がして……や、ダイエットとかほんとできないんですよ私。
 レッスンしてたら自動で痩せるでしょー! の精神で騙し騙し女の子の尊厳を保ってる感じで。ふふ」

「というわけで次のコーナー行ってみましょう! えー、『天使の"これ良すぎ!"』のコーナ~~~!!!」



◇◇



『ふむ。外的刺激を貪欲に取り込んで昇華させることも才能の一つということか』

 スタジオ内は大わらわだった。
 それもその筈だ。
 これは完全に、輪堂天梨の暴走である。
 魅了されていて尚――いや、魅了されているからこそだろう。
 日向の天使が一歩踏み出し、安全のヴェールから抜け出した事実にスタッフ諸氏はてんやわんや。
 そんな光景を横目に、ホムンクルス36号は感心したように独りごちていた。

『大局に影響を及ぼすほどの変化とは言い難いが、一歩は一歩だ。
 感情なき我が身ではあるが、私の稀有な友が顔のない有象無象どもに嬲られているというのはいい気はしない。
 無抵抗のまま穢されるだけの翼から害虫を振り払えた事実は素直に評価しよう。うむ』
「……君さぁ、本当に余計なことしてくれるよな」

 ホムンクルスは、きっと本気で言っているのだ。
 それが分かるからこそシャクシャインは舌打ちを禁じ得ない。
 本当に余計なことをしてくれる。鬱屈を優しさで補い続けるだけの生き物が、不器用なりに放出のすべを覚えてしまった。

 ホムンクルス36号が確認した、輪堂天梨の"成長"。
 魅了に指向性を持たせ、NPC程度であれば従順に従わせられる力。
 この程度なら、ある程度修練した魔術師なら誰でも到れる程度の境地。
 ――されど太陽に対抗し得る〈恒星の資格者〉が、それしきで止まる筈がない。
 煌星満天というもうひとつの星と競い合った成果を、ホムンクルスの助言は意図せず引き出してしまっていた。

 証拠に、見える。
 天梨の背中から伸びる回路の翼。
 淡く輝く光の天翼が、あの時よりもっと大きく伸びているのが見て取れる。

 十二時過ぎの悪魔が艱難辛苦を前にした時、その爆音を巨大化させるように。
 日向の天使もまた、それに応じるように翼を肥大化させていく。
 〈恒星の資格者〉はせめぎ合う。在り方の清濁はどうあれ、競い合い高め合っていることには変わりない。
 彼女達は太陽とも月とも違う。他者を必要とせず完成される星ではなく、他者を踏み台として磨き上げられていく星。
 なればこそ、ひとつの接触が万に通じる天変を生む。
 もはや天梨も、恐らくは満天も先ほどのままの存在ではない。
 彼女達はシンデレラ。どちらが舞踏会の主役かを、笑顔のまま爽やかに争い合って成長する。

『心外だな。私とて、友の一挙一動に声をあげるだけではないぞ』

 ホムンクルスは、自分が友として投げかけた言葉が天使に進化を与えた事実を正確には認識せぬまま、そう言った。

『――アサシンがアンジェリカ・アルロニカらを捕捉した。
 天梨の収録が完了次第、会談の場を拵え、今後の指針を正式に定めるとしよう』

 忘れるなかれ。
 これはアイドル達のサクセスストーリーではなく、あくまで聖杯戦争だ。
 そのことを、天使の友人たる人造生命体は当然弁えている。
 物語は続く。誰も無関係ではいられない。新たな縁の結ばれる場所が、静かに設けられようとしていた。



◇◇



「おいおい」

 アサシン――〈継代〉の山の翁は、その惨状を前に立ち尽くしていた。
 港区・六本木。かつてセレブのお膝下として知られた都市は、今や廃墟と焼け野原の広がる死地となっている。
 聖杯戦争の過熱化は充分に予想できることだったし、彼もそれを想定した上で動くよう心がけてはいた。
 だがこれには流石に言葉を失うしかない。どんな馬鹿が何をしたら、こんなことになるというのか。つくづく不味い仕事を受けてしまったものだと自分の運命を呪わずにはいられなかった。

 けたたましく響くサイレンやヘリコプターの飛行音を尻目に、継代のハサンは影の如く身を躍らせる。
 顔を捨てた結果である筈の髑髏面に、苦虫を噛み潰したような渋い表情が浮かんで見えた。

(空気が悪いな、そこかしこに毒素が充満してやがる。
 呪い……いや、そういう兵器でもぶちかました結果かね。何にせよ、"やらかした"野郎は相当な厄ネタだなこりゃ)

 規格外の火力と、それを一切の配慮なく炸裂させられる精神性。
 この時ばかりは自分が戦士でなく暗殺者であることに感謝した。
 こんな真似が可能な輩と正面切って揉めるなど断じて御免だ、命がいくつあっても足りやしない。
 無辜の民の犠牲など気にする柄じゃないのは彼も同じだが、それでも何が起きたかも知らぬまま蒸発させられた此処の住民達には同情を禁じ得なかった。

 いずれにせよ、長居は禁物と見て間違いない。
 目立った気配こそないが、火に誘われてやって来た新手とかち合う危険は否定できまい。
 利用できるNPCが死に絶え、遮蔽物も瓦礫同然の廃墟しか見当たらない今の六本木は己にとってあまりにもアウェーだ。
 それに、今はこなすべき主命(オーダー)もある。正直あまり会いたくない手合いなのだが、主の意向とあっては仕方がない。いつの世も無理難題を押し付けられるのは暗殺者の常だなあ、と暗殺教団の中興の祖たる男は肩を竦めた。

(キナ臭い兆しがある。本当はそっちに首を突っ込みたいんだが……ま、優先順位って奴さな)

 ――アンジェリカ・アルロニカの主従と、ホムンクルス36号の尖兵〈継代〉のハサン。
 病院戦で別れたっきりの彼らが再会を果たす、およそ半刻ほど前の一幕である。



◇◇



 港区での激戦を、命からがら生き延びて。
 心に生の実感と、わずかな寂寞を抱えながら。
 アンジェリカ・アルロニカとそのサーヴァント、天若日子は千代田区に逃げ延びていた。
 流石にあの後も港区に留まり続ける気にはなれなかった。赤騎士も祓葉も去ったが、次がないとは限らないのだ。
 休息も兼ねて今後の見通しを話し合おうということでふたりは一致した。
 都市の真実と、本当の主役。蛇杖堂寂句を狂わせ、アンジェリカの脳にも消えない記憶を刻み込んだ白き神。
 アレを深く識った上で、今まで通りの聖杯戦争を続けるなんて不可能だ。少なくともアンジェリカは、そこまで強い人間にはなれそうもなかった。

 どこか軽食でも取れそうな場所を探して、腰を落ち着けながら話そう。
 そう考え、なるだけ人混みを避けながら裏路地を歩いていた時のことだ。

(――アンジェ)
(ん。正直もうちょっとタイミング考えてほしかったけど、手間が省けたね)

 天若日子の警戒の声に、アンジェリカも念話で応える。
 その人物は、あまりにも当然のように待ち構えていた。
 電線の上、鴉の並ぶそこに立つ、黒尽くめの怪人。
 髑髏の仮面という分かりやすすぎる特徴があるにも関わらず佇まいは自然そのもので、ともすれば"見えているのに"背景の一要素と流してしまいそうなほどに違和感がない。
 もし彼が本気で世界に紛れようとしていたならば、きっとアンジェリカ達は此奴が行動を起こすまで一切気付くことが出来なかっただろう。
 それほどまでに卓越した暗殺者。生涯をその生き方に捧げ、身を粉にして暗闇に紛れた一体の死神――

「誰かと思えば、久しぶりではないかアサシン。息災のようで何よりだ」
「悪かったって。そう怒るなよ。言っとくが、アレに関しちゃこっちにも言い分があンぞ」

 ――〈山の翁(ハサン・サッバーハ)〉。ホムンクルス36号という狂人が従える、暗躍の怪物である。

 数時間前、忘れもしない蛇杖堂記念病院での激戦。
 そこで別れたきりになってはいたが、ホムンクルスの陣営とアンジェリカ達は同盟を締結している。
 この陰謀蠢き暴力飛び交う針音都市の中で、数少ない背中を預け合える相手というわけだ。
 もっともこのアサシンに背後を渡す気など、この通り彼女達にはさらさらないのだったが。

「つーかよく生きて帰れたもんだよ。
 前門の暴君、後門の飛蝗。正直生き延びてるにしても四肢の一本はイカれてるもんだと思ってたんだが」

 とはいえこれに関しては、彼――継代のハサンの主張にも一理ある。現に天若日子が「ぐむ……」って顔をしてる。
 あの状況でホムンクルスの言に従わず、撤退どころか進撃を選ぶなんて狂気の沙汰だ。
 さりとてもしアンジェリカがあそこで退いていたなら、彼女は今頃飛蝗の毒でとっくにあの世に召されていただろう。
 そう考えると結果オーライと言う他はない。現に雷光の継嗣は生を繋ぎ、暴君から知見を授かって此処に立っているのだから。

 閑話休題。

「積もる話もあるだろ。周囲には人払いを敷いておいた。此処でなら、お互いゆっくり久闊を叙せるってもんさ」

 同盟と言えば聞こえはいいが、絆ではなく打算で結び付いた関係である。
 ホムンクルスの凶手が単なる安否確認のために骨を折るわけがない。
 彼には彼の要件があって、こうしてわざわざ接触を図ってきたと判断するのが利口だ。

 そしてそれは、アンジェリカの側も同じである。
 こうして口では不満を言いつつも、実際確かに手間は省けたのだ。

「……ドクター・ジャックにいろいろ聞いたよ。
 あいつは"ホムンクルスを頼れ"って言ってた。自分なら語らないことを伝えるだろうって」
「うんざりするほど正確なアドバイスだな。まぁ確かに、ウチの大将はそういう御仁だ」

 ガーンドレッドの庇護を捨てて、自らの意思で歩き出した無垢の狂人。
 その不安定さまで見越した助言に仮面の裏で舌を巻く。
 実際継代も、彼のめちゃくちゃな歩み方にはずいぶん胃壁を削られた。
 アサシンクラスが数時間の内に複数回も正面戦闘をさせられてきた時点で言うに及ばずという話である。

 とはいえ、此処までは継代からしても予想していた範疇の内容だ。
 蛇杖堂寂句の膝下から生還した時点で、あの魔人に何か吹き込まれていることは確実。
 であれば自軍の大将、ホムンクルス36号について話が伸びるのは容易に想像できた。
 が――それも此処までの話。アンジェリカの続く言葉には、さしもの継代も一瞬言葉を失った。

「あと、神寂祓葉に会ったよ」
「…………、マジ?」
「マジ。会ったし、話したし、一緒に戦った。六本木の件はあんたも知ってるでしょ?」

 その名を知らない筈がない。
 三十六番目のホムンクルスを灼き、死を超えて歩む狂人へ変生させた始原の太陽。
 継代のハサンは未だ都市の神の顔を知らないが、それでも規格外の存在であるということは嫌というほど分かっている。
 だから驚くと同時に納得した。六本木を消し飛ばしたどこぞの誰かの大戦(おおいくさ)。
 馬鹿げていると呆れたあの惨状に、世界の神が一枚噛んでいたというなら納得できる。
 そこに巻き込まれながら生き延びたアンジェリカ達の幸運には慄くしかなかったが、思いがけない拾い物をした気分だった。

「……オーケー、オーケー。
 その話は大将同伴で聞いた方が良さそうだな。焦らすようだが、後でじっくり聞かせてくれ」

 アンジェリカの顔を見るに――どうやら灼かれている様子はない。
 これは継代にとって幸いだった。如何に利害の一致で結ばれた共闘関係とはいえ、狂人の身内などひとりで充分だ。

 祓葉については、継代も興味はある。
 というより、知っておかねばならないと思っている。
 対峙したことがなくとも分かる。この都市の主役は件の娘だ。
 そこを見誤れば確実に何処かで地雷を踏む。神の顔を知らぬままでは、その箱庭は馳せられない。
 その点、アンジェリカ・アルロニカの持ち帰ってきた情報はまさに得難い果実であった。
 これは是が非でも聞かねばならない。実のところ、彼の中でアンジェリカら主従の持つ価値は決して高くなかったのだが、こうなると話は別だ。

「満足したなら、次は貴様が聞かせよ。何のために手ずから我らへ逢いに来た? 安否を案ずるような殊勝な質ではあるまいに」
「辛辣すぎて涙が出そうだが……まあ間違っちゃいない。お察しの通り大将のご命令だよ。
 こっちもあの後いろいろあってな――結論から言うと、新しく同盟相手が増えた。大将はお前らとそいつを会わせたがってる」
「何?」

 天若日子が眉を顰めるのも頷ける話だ。
 自分達に同盟を申し入れた舌の根の乾かぬ内に、一言の相談もなく見知らぬ誰かと手を結んでいたというのだから、義理を重んじる誇り高い神が不快に思うのは詮無きことである。
 露骨に剣呑な眼差しを向けてくる彼をどうどう、と制しながら、継代のハサンは続けた。

「輪堂天梨って娘だ。歳はアンジェリカ嬢と同じか一個下ってところだな。
 職業はアイドル。この国で一ヶ月過ごしてきたんだったら、名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」
「輪堂、って……なんかすっごいネットで叩かれてる、あの?」
「おう、それだ。とはいえ人柄は心配しなくていい。ウチの大将が友と呼んでべったり懐いてるって言えば伝わるだろ」
「……えっ。あの祓葉大好きっ子クラブ代表みたいな奴が……?」

 天若日子はともかく、アンジェリカにとってそれはだいぶキャッチーな人物紹介となったらしい。
 無理もない。祓葉を知り、それに灼かれた狂人達を知る者からすれば、彼らが他の誰かに好意を抱く事態は想像すら出来まい。
 実際継代自身、未だにどういう理屈なのかピンと来ていないくらいなのだ。
 しかし、事実としてホムンクルス36号は輪堂天梨を友と呼び、彼女もその親愛に応える姿勢を示している。
 どれほど信じ難くとも事実は事実だ。狂人の心理というやつは、どうあがいても正気のままでは分からないのである。

「おい貴様。まさかとは思うが、私やアンジェの話をその娘にべらべら吹聴したわけではあるまいな?」
「そうする気なら流石に止めたさ。名前だけは教えちまったが、そこはこうして遠路はるばる伝えに来たのを汲んで大目に見てくれ」

 いかんせん、ホムンクルスは人の心が分からない。
 更に彼の"友"も、心は分かるが人が良すぎる。
 そういう点では、"大将"が名前の開示程度に留めてくれたのはひと安心だった。
 流石に天梨へ全部明かしていたなら、アンジェリカ達との今後の関係性は望めなかったろう。
 アンジェリカ・アルロニカは未熟で青いところのある娘だが、彼女を護る天津の神はそうではない。
 というか、彼が居なければ話はもっとずっと容易いのだ。天若日子は見事に、暗殺者の悪知恵を阻む防波堤として機能していた。

 とはいえ、そこで頭を悩ませずに済むのはありがたい。
 継代のハサンから見ても、この同盟の新たな参加者は信に足る人物であった。

「大将の言をそのまま借りるが、あんたらと輪堂天梨は多分馬が合う。
 天梨は卑劣を嫌い、素朴な善心を抱き、不合理に傷を負うことを良しとできる人間だ。
 サーヴァントの方はちょっと難物だが、それを除いても相性なら俺達以上だろう。そこについては、重ねて言うが心配無用だ」

 ――そう、およそ肩を預け合う人間として、この都市で輪堂天梨の右に出る善人はまず居ない。
 そして彼女の持つ"資質"も見逃せない。もっとも其処に関しては、一言忠告しておく必要はあったが。

「ただし気を付けろ。あいつは、神寂祓葉の"同類"だ」

 恒星の資格者。
 太陽に迫り得るもの。
 盲目の狂信を寄せ続ける筈の〈はじまりの六人〉、その一角を誑かした日向の天使。
 その光は誰も灼かないが、光自体に害がなくとも、星の存在感が良からぬモノを引き寄せる可能性までは否定できない。

 これは誠意ではなく"保険"だ。
 後になって聞いていないと憤られては敵わない。
 大成した天使が世界に何をもたらすか、継代やホムンクルスはおろか、当の彼女自身さえ理解していないのだ。
 故にこの警告は大きな意味を持つ。祓葉を知る少女には、その意図が過不足なく伝わった。
 強すぎる光は世界にとって毒になる。蠱毒の都市が誕生したように、彼女達の存在は有るだけで理を否定し、狂わせる。
 その証拠に、アンジェリカは一瞬黙った。継代の言葉を噛みしめるように沈黙し……こく、と重々しく頷いた。
 そう、分からない筈がない。分かるに決まっている。何故なら彼女は既に、原初の極星を知っているから。

「――――分かった。案内してくれる? アサシン」

 理解した上で一歩、足を前に出す。
 進むために。祓葉の箱庭を、あの哀しき神の物語を生きるために。

(……あめわか。いいよね?)
(アンジェが良いと思うのなら、私はその決断に寄り添おう。
 ……いや、こいつは本当に相変わらず気に入らんが。許されるなら三発くらい殴りたいが)
(ありがと。まあ殴るか蹴るかは、コインが落ちてから決めよっか)

 ――――無垢を知り、暴君と死合い、神を憐れんだ少女は、天の御遣いへと歩み寄る。



◇◇



【新宿区・ラジオ局/一日目・夜間】

【輪堂天梨】
[状態]:健康、胸がどきどき、だけどちょっとだけすっきり
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:やっちゃったぁ……。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"を行使できるようになりました。
 持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 →魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。

【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:苛立ち、全身に被弾(行動に支障なし)、霊基強化
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:――上等だよ、天梨。
1:鼠どもが裏切ればすぐにでも惨殺する。……余計な真似しやがって、糞どもが。
2:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
3:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
4:青き騎兵(カスター)もいずれ殺す。
5:煌星満天は機会があれば殺す。
6:このクソ人形マジで口開けば余計なことしか言わねえな……(殺してえ~~~)
[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
 最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。

※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
 現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
 対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。


【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(小)、肉体強化、"成長"
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし。
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:天梨の収録終わりを待ちつつ、アンジェリカ・アルロニカとの再会に備える。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:アサシンの特性を理解。次からは、もう少し戦場を整える。
3:アンジェリカ陣営と天梨陣営の接触を図りたい。
4:……ほむっち。か。
5:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
[備考]
※アンジェリカと同盟を組みました。
※継代のハサンが前回ノクト・サムスタンプのサーヴァント"アサシン"であったことに気付いています。
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
 どの程度それが進むか、どんな結果を生み出すかは後の書き手さんにおまかせします。
※継代のハサンをアンジェリカ達と合流させるために放出しました。



【千代田区・路地裏/一日目・夜間】

【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:ダメージ(小)、霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:アンジェリカ・アルロニカ達を案内する。
1:正面戦闘は懲り懲り。
2:戦闘にはプランと策が必要。それを理解してくれればそれでいい。
3:神寂祓葉の話は聞く価値がある。アンジェリカ陣営との会談が済み次第、次の行動へ。
4:大規模な戦の気配があるが……さて、どうするかね。
[備考]

【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、罪悪感、疲労(大)、祓葉への複雑な感情、〈喚戦〉(小康状態)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:アサシン(〈継代〉のハサン)についていく。
1:なんで人間なんだよ、おまえ。
2:ホムンクルスに会う。そして、話をする。
3:あー……きついなあ、戦うって。
4:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。できれば名前も聞きたくない。ほんとに。
5:輪堂天梨……あんまり、いい話聞かないけど。
[備考]
ミロクと同盟を組みました。
前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
外見、性別を知り、何をどこまで知ったかは後続に任せます。

蛇杖堂寂句の手術により、傷は大方癒やされました。
それに際して霊薬と覚醒剤(寂句による改良版)を投与されており、とりあえず行動に支障はないようです。
アーチャー(天若日子)が監視していたので、少なくとも悪いものは入れられてません。

神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。

【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:アンジェを支える。
1:アサシンが気に入らない。が……うむ、奴はともかくあの赤子は避けて通れぬ相手か。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]



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最終更新:2025年04月28日 18:27