Cyberpunk2077倉庫

文学【Literature】

最終更新:

cp77warehouse

- view
管理者のみ編集可

文学【Literature】

※『読む』クリックすると内容が表示されます。

●毎秒1000の鼓動

+ 読む
我が目を疑った。一瞬、眠っている間にジェシカが俺の目を欠陥品のキロシにでも取り替えたのかと思ったが、彼女がそんなことをするはずはない。俺はもう一度、まばたきをした。間違いない。そこには確かに、フタの開いた状態のジェイソンのクローム頭蓋があった。そしてその中には、先ほどまで完璧な人工スキンによって隠されていた電子脳が…

フューチャーテックCEOの息子、夢にまで見た理想の相手のジェイソンは、アンドロイドだった。こんなことって…

俺は間の抜けた顔をしたままそこに座り、ジェイソンも同じような表情で俺を見返した。美しい青い目、俺のハートを射抜いたこの目は、感情アルゴリズムに制御されたまがい物だったのか? この瞳の奥に、真実と呼べるものは何もなかったのか? …ただの一度も?

「アレックス! …待ってくれ、違うんだ!」その声に妙にリアルな動揺を滲ませて訴えるジェイソン。俺は、彼のことを信じたかった。心の底から信じようと努力した。

「確かに… 勘違いをしてたみたいだ」不安と苛立ちの入り混じった気持ちで答える。「ついてないな… 最初で最後に惚れた相手が、歩く電子基板だったなんて!」

「違う、そうじゃ――」ジェイソンはそこで唐突に言葉に詰まり、困ったように笑ってみせた。「待て、今… “惚れた”って言ったか?」

心肺インプラントの鼓動がどんどん速くなる。俺は赤くなった。俺は間違っているのか? ボルトとワイヤーとプラスチックでできた体に、本物のジェイソン・カダレスが残っているとしたら? 俺の人工心臓を作った彼の父親なら、息子の脳だって作れるかもしれない。でも… いったい何のために?

●ドクター・ハボック&ラドン

+ 読む
あらすじ

バッテリースフィアは壊滅の危機にあった。街の半分はイリニアンに占拠され、彼らの持ち込んだテクノラットの害により、住民のほとんどが心を無くしたゾンビの群れと化してしまったのだ。惑星Xからの侵入者に抵抗する者たちは、ついに最後の砦、バッテリーアリーナへと追い込まれる。命運尽きたかと思われたその時… 何年も行方知れずだった、あの伝説の傭兵コンビが帰ってきた! 葉巻を吹かし、きらめくクロームアーマーに身を包んだドクター・ハボックとラドンは、押し寄せる敵を容赦なく始末する。筋骨隆々の体にレーザー砲を備えたハボックと、放射性ガスに変身できる相棒のラドンに敵う者などいるのだろうか?

今のところ、答えはノーだ。エイブ・フロストのベストセラー小説『キブルとスコップ』に登場したコンピューターゲームの世界が、ローズ・テノリオとマルトーニ・エレアザルの手によってコミック化! バッテリーアリーナでくり広げられるぶっちぎりのアクションとバイオレンスを今すぐ体験しよう! 『ドクター・ハボック&ラドン』は好評発売中!

●『林檎の樹の木陰にて』バージニア・グランチェスター著

+ 読む
私の一番古い記憶は景色や音ではなく、匂いだった。腐りかけの林檎が放つ、強烈で、目まいがする甘い香り。4歳ごろの記憶だろう。夏の間を祖父母の家で過ごしていた時のことだ。祖父母は小さな果樹園を持っていて、その柵のそばに、年老いた大きな林檎の樹があった。その年はあまりに多くの実がなったため、余分にできたそれらは放置されていたのだ。私たちは林檎が落ちていくのをただ眺め、そこで腐るに任せていた。

今となっては信じ難いことだ――バイオテクノロジーを駆使するまでもなく、植物が自然に育つ世界があったなんて。林檎がごくありふれたもので、すべての子供がその形や味を本能的に知っていた時代。祖父のような一般人が、食糧を余らせていた時代があったのだ。

私は時々、あの果樹園のことを思い出す。甘く、眠気を誘うあの香りが鼻をくすぐる。だが私の口には、苦みが感じられるばかりだ。

●ティタニア・クロニクルズ: 第1巻

+ 読む
「あなたは何もわかってない」緑色の髪をした女は軽く鼻を鳴らし、からかうように笑みを浮かべた。「私は色んな世界を旅してきたけど、そのどれもが虚構の上に築かれた世界だった。ひとつ残らずね。だけど… ここまで頑なに真実から目を背けようとする住民に出会うのは初めてかもしれない」

ヴィサンは体の内に怒りがこみ上げるのを感じ、そして思った――理想郷ティタニアを知らないよそ者の分際で、この女はよくもずけずけと批判ができる。ここは何百万という人々の幸福を保証してくれる世界だと言うのに。「真実から目を背けていると言うなら、それはむしろお前の方だ!」ヴィサンはついに怒りを爆発させた。「ティタニアは不平等の存在しない豊かな世界だ! 人類史上初めて、全人口が特権階級となった社会なんだぞ!」
女は優しく微笑み、琥珀色の瞳をいたずらっぽく輝かせる。「へえ、本当に?」彼女はたずねた。「ではなぜあなたは… “カンヅメ工場”、だったかしら? そこでの仕事に不満があるの?」

ヴィサンは必死に平静を保とうとした。しかし、なぜこんな見知らぬ女の言葉に心を乱されるのか、自分でもわからなかった。もしかしたら、この異邦人が理想社会の価値を理解できないのは、彼女のせいではないのかもしれない。彼女が故郷と呼ぶ場所は、聞いたところずいぶんと原始的な世界のようだった。封建的支配が長く続き、毒された社会。そう考えれば、彼女は子供のようなものだ。知性はあれど、幼稚で偏狭。

「社会にはこういった仕事を担う人間が必要だ」とヴィサンは説明する。「幸い、ロボット工学の進歩によって製造工程は完全自動化され、人の手を離れている。おかげで我々が行うのは監督業務だけになった。だからさっきの質問に答えるなら、私は不満など抱いていない。仕事はロボットがやってくれる。いや、待てよ… “ロボット”が何かはわかるよな?」

「ええ、もちろん。私の故郷にも似たものがあったから。と言っても、材料は粘土や石だけど」ライム色の髪の女は生意気な態度を崩さずに言った。「結構なことね。この世界は単純労働から解放されている。でもそれなら… あなたのような労働者には以前のような価値がないということでは? あなたの上に立って仕事の進み具合を監督し、あなたの役割を定める人間はいないのでしょう?」

返事はなかった。女は金色の目を輝かせ、困惑した様子で黙り込むヴィサンをあざ笑った。「ごめんなさい」女は気まずそうな笑みを作る。「あなたはこの… “キギョウ”って言った? その組織の“平等な”メンバーなのかもしれない。だけど私がここで見たものは… あなたが語ったことと全く異なるわ」

●ミュージカル『企業戦争』

+ 読む
「紛れもない名作!」 – ジギーQ
「芸術的かつ歴史に忠実な傑作!」 – カリナ・リー
「爆発が盛りだくさん」 – ジリアン・ジョーダン、N54ニュース

第1幕

時は第四次企業戦争下。サブロウ・アラサカはアラサカ軍を指揮する息子、ケイの働きぶりに不満を抱いていた。サブロウはケイに告げる。敵を打ち倒し、後継者としての資質を示してみせよ。冷酷な父に認められることは、ケイが何よりも望んでいることだった。そこで彼は計略を練り、戦争勃発の責任をミリテク社になすりつけようと画策する。だがそんな彼らの会話を、ミリテクエージェントにしてドナルド・ランディ将軍の養女であるサラが聞いていた。そしてサラは決心する。この凄惨な争いを速やかに終結させるには、ケイを暗殺するしかない――。ランディ将軍は娘の思いを受け止め、決行を指示する。

それから間もなくのことだ。サブロウの崇拝者である青年、アンドリューがナイトシティにやって来る。彼の夢はこの世界に生存する最後のカモメを見つけること。アラサカ社の船に潜り込もうとしたアンドリューだったが、警備に発見されて捕らえられ、嘲笑の的にされる。

奇しくも同じ日、船を視察することになっていたケイを、サラが襲撃しようとしていた。標的の姿を捕らえ、銃を構えるサラ。しかし、不意にアンドリューと目が合ってしまった。時が止まり、火花が散る。2人の間に恋が芽生えた。一瞬の間を置き、我に返ったサラは銃弾を放つ。しかしその弾はケイではなく、身を挺してケイを守ろうとしたアンドリューに当たってしまった。結果、ミリテクエージェントたちは逃走を余儀なくされる。

ケイは若き2人が目を合わせたその瞬間、恋のきらめきが生まれたことに気づいていた。命を救ってくれた礼を装い、サラをおびき寄せるためにアンドリューを利用しようと画策する。ケイは科学者チームに命じて、アンドリューの撃たれた傷の手当てをさせるとともに、核爆弾を搭載した人工心臓を移植させた。何も知らずに感謝するアンドリューを、ケイは正式にアラサカ軍に迎え入れる。密航の理由を知っていた彼は、海洋生態系を破壊し、カモメを絶滅の危機に追いやったのはミリテクだと吹き込み、アンドリューを入隊させたのだった。

第2幕

サラはランディ将軍のもとに戻っていた。将軍は暗殺に失敗したかわいい娘を許し、挽回のチャンスとして、アラサカ・タワーへの最終攻撃の指揮官となり、悪夢のような戦争に終止符を打つよう命じる。

たった一瞬の出会いでも、お互いのことが頭を離れなかったサラとアンドリュー。サイバー空間で互いを探すことを同時に思いつき、幸運にも仮想世界のサンゴ礁で再会を果たす。ほとばしる互いへの愛に夢中になりかけた2人だったが… 自分たちが結ばれることはないとすぐに悟る。現実世界のサンゴ礁を破壊したのはミリテク社だと信じるアンドリューを見て、サラは彼がアラサカ軍に加わったことに気づく。

最終決戦に向け、両社の準備が進む。自分たちの報われぬ恋を嘆くアンドリューとサラ。兵士たちに待ち受ける運命を憂慮するランディ将軍。これが父に認められる最後のチャンスだと息子に言い渡すサブロウ。そして勝利を収める自信のないケイは、ミリテク社を装ってアラサカ・タワーを爆破し、そこで命を落とすことで父の愛を確かめようと決意するのだった。

サラの部隊がアラサカ・タワーへの侵攻を開始する。だが戦場で再会した愛し合う2人は、互いを傷つけることができない。ケイはアンドリューの心臓に仕込んだ爆弾を起爆しようとするが、装置の不具合で失敗に終わる。そこでケイは代わりに、サラを撃ち殺す。それを見たアンドリューの心臓は悲しみに打ちひしがれ、胸の爆弾が起爆――爆発の直前、アンドリューが空を見上げると、そこには舞い上がるカモメの姿があった。核爆発でタワーは吹き飛び、青年はカモメの夢とともに消えたのだった。

アンドリューの哀歌

果てなき海の夢を見た
アラサカの指揮のもと
でも夢は霧と消え
そして僕は沈んでいく

もう何も見たくない
灰色の海に覆われて
目に映るは暗い深淵だけ
クロームの心臓が痛みにうなる

アラサカに魂を売った
血と嘆きの愚かな人生
生きる力を失った今
コーポラットが産声をあげる!

●クライムブロック

+ 読む
マクレーンはキロシを使い、部屋のスキャンを手早く行った。この遺体も、彼らがこれまでに見てきた何十という遺体と変わりない。死人の目は恐怖に固まり、その靱帯、ワイヤー、腸が床にばらまかれている――そんな光景を見ても、マクレーンはもはや何も感じなかった。

「俺は長く生き過ぎたんだ」と彼は考える。「しかも早死にしなかった警官ってのは、大抵が気づけば道を踏みはずしてる」

「この事件は1+1よりも単純明快さ」彼はマリノウスキー捜査官に囁いた。「サイバーサイコだ。窓から入って来たんだろう。被害者が中から入れたようだな――つまり知り合いか。ガラスに指紋がべったりだ」

「まさか…」マリノウスキーは信じられずに首を振った。「じゃあ11階までどうやって上がって来たって言うんです?」

「見ろ。窓枠に跡が残ってるだろ? クライミングスパイクさ。最近のガキどもはこの手のインプラントをつけて、ルーフトッピングとかってくだらない遊びで手軽なスリルを楽しんでるんだよ…」

マリノウスキーは窓辺に歩み寄り、上官がいともたやすく見つけた証拠に目をやった。マクレーンはタバコに火を点け、生気のない死体の目を再び見つめる。面識はなかったが、マクレーンはその男のことをずいぶん前から知っているような気がした。だがそれでも… 特別な感慨はない。哀れみも、同情の念も。それはただの死体であり、もはや人ではないのだ。

その時だ。考えに耽っていたマクレーンは、マリノウスキーの不安げな声で現実に引き戻される。「あの… ボス? 窓の外側についてる指紋ですけど… これ… あなたの指紋です」

マクレーンは短く笑い声をあげた。「お前がそんな冗談を言う奴だったとは知らなかったぞ、マリノウスキー」にやけながらそう言い、袖をまくって手首を出す。「そもそも… 道具もないのにどうやって上がってきたって言うんだ?」

だがマリノウスキーが返事をするよりも前に、マクレーンは背筋に不吉な予感が走るのを感じた。この部屋、遺体、血の匂い… マクレーンは衝動に突き動かされ、被害者のポケットに手を伸ばす。中から出てきたのは1枚の写真。彼自身の顔が、彼を見つめ返していた。

マリノウスキーがゆっくりと銃を抜く。「信じていたのに」マリノウスキーは悲痛な声で、震えながら言った。「ずっと憧れていた先輩が… 殺人犯だなんて」

「ど… どうなってるんだ」かろうじて聞こえるほどの小さな声で、マクレーンはつぶやいた。そして別の何かが、彼の言葉と、思考をもかき消していく… 奇妙で、原始的な力が。「わからない。理解できない… 生まれて初めて…」

そして――銃声が鳴り響いた。

●『ソロの手引き』モーガン・ブラックハンド著

+ 読む
はじめに

自分には伝説的ソロになる資質がある。そう思ってんのか? まあ、そうだろう。でなきゃこんなもの読んでないよな? お前はリスペクトを求めてる。恐怖を。頂点に立つ術を。「銃を撃つまでもなく、視線ひとつで勝負は決まる」――俺の言葉だが、耳にしたことがあるだろう。ひとつ教えてやる。これは誇張でなく事実だ。そして、お前にだってできる。ただし、 数えきれないほどの地獄を見て生還できるだけの根性が必要だ。何千という戦闘、何百万という銃弾、何百ガロンもの流血(自分のを含む)--それを乗り越えないといけない。それと腕のいいリパーも必要になる。信頼できて、生涯の付き合いができる奴が必要だ。「まだ生きてるなんて奇跡だな」って毎週言ってくれる奴がな。

最近はデカい銃と合皮コート、マイクロミサイルランチャーを持ったガキどもが、やり手のソロを気取ってやがる。だがな、すまし顔でチンピラを何人か始末したぐらいじゃ一人前のソロとは呼べない。殺しなんて誰にでもできる。とあるロッカーボーイは企業のクズどもを部隊まるごと吹っ飛ばした。それでそいつはソロになれたか? いいや、死人になっただけだ。

さて。ここまで聞いてもまだ、自分はソロの歴史に名を刻めるって自信があるか?

いいだろう。ならこの本はお前にうってつけだ。

●セックスとクローム

+ 読む
快感の波が私の体に押し寄せ、海水が砂に染み込むように私の全身の穴を満たしていく。もっと… もっと! いったいどれほど長く、この首に彼の吐息を感じたいと願っていたことか。彼の手がこの腰に回され、彼の指がこの唇をなでることを求めたことか。私たちの体は野生の舞いの如く絡み合い、ベッドの軋むリズムに合わせてどんどん加速し、二人の肌はネオンのきらめきに照らされる。私に自分のうめき声は聞こえない。だが喉の渇きが、確かに声をあげていることを示す。自分の手が何をしているのか認識できない。だが爪の下の血が、彼の背中に強くしがみついていることを教える。彼はもはや、私に口づけをしていない。噛み、吸い付き、より強く体を押しつけ、動物のように荒々しく私を支配する。部屋はとても暑かった。彼のクロームがオーバーヒートを起こし、シーツが汗まみれになった私たちの体に貼りつくほどに…

●同人小説: 情熱のオムレツ

+ 読む
チラウラだけど、気に入ってくれるといいな。:* Samuraiの最後のコンサートを見た後に書いたんだけど、どうしてもシェアしたくなって xDD
ジョニケリ最高!!! xDDD :* :* :* ;)

*


ジョニーは窓辺に座り、ホットココアをすすりながら、日が沈もうとしている外を眺めていた。赤く染まった空は企業体制を崩壊させる爆弾を思い起こさせ、命のはかなさを思い出させてくれる。彼はこの時間帯が好きだった。物思いに耽っていた彼だが、突然漂ってきたベーコンの匂いで我に返った。ジョニーはマグカップを放り、悪態をついた。オルトの奴がまた得意げに朝食を作ってるに違いないからだ。ジョニーは黒い髪をかき上げながらうなった。あの女、いい加減放っておいてくれ!
ジョニーはしけた気分で、歯を食いしばりながら、下に降りて朝食を食べるためにドッグタグを付け、少しメイクをした。そしてキッチンに降りた途端、ジョニーはあぜんとした! そこにいたのは、オルトではなく… ケリー・ユーロダインだったのだ!
「いったい何してるんだ!!!???」ジョニーは仰天して尋ね、目元にかかった黒髪を払った。ケリーは片手にフライパンを持ち、ジョニーの大げさな反応に驚いているようだった。
「え… 卵を焼いてやってるんだけど…」と言う彼の顔はペパロニのように真っ赤になった。ほどなくして、2人の美男子ロッカーはベーコンが焦げる匂いに気づいた。ケリーは深い茶色の瞳をナノバーナーに向け、それを消そうとしたが、誤ってさらに火力を上げてしまい、ナノストーブ全体が勢いよく炎に包まれてしまった!!
ケリーが大慌てで火を消そうとしているのを眺めながら、ジョニーは静かに思った。「こんなに不器用なバカがどうして俺のバンドにいるんだ?」と。しかしケリーのことを嘲ったり、笑ったりする間もなく、突如大きな衝突音が聞こえ、ジョニーのすぐそばに人影が現れた… なんと、その正体はトシロウ! 悪名高いアラサカの企業チンピラだ!!!
「終わりだ、シルヴァーハンド!」日本人エージェントは邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、銀腕の男を撃った。「ダメだ」とジョニーは思った。今死ぬわけにいかない。まだ倒さなきゃいけない企業が、やり残したことがたくさんある… ケリーに… ケリーに愛してると伝えないと… そう、床に倒れて血を吐き出し、苦痛で汗だらけの二頭筋と腹筋を動かしながら、黒髪のロッカーはケリーを愛していることに気づいたのだ… たとえ彼が朝食をうまく作れなくても。しかし、もう自分の気持ちを伝える時間はなかった… 痛みが増し、動くことも話すこともできなかった… そして――暗闇…
しかし、最後の力を振り絞ってケリーに視線を向けたジョニーは、彼がそばにひざまずき、ステーキナイフで手首を切るのを目にした。
  • 待て… お前… 何を… ジョニーはひどく苦しみながら聞いた。
いいから黙って飲め、バカ。助けてやるんだ。俺は半分悪魔、半分天使で、俺の血は永遠の命をもたらす。トシロウのことは、企業のクズを始末するのに使う、別の悪魔の力で瞬殺してやった。
「ユーロダイン、クレイジーな野郎だ…」ジョニーは半分意識を失いながらも、鉄っぽい血の味を味わい、ケリーの細い目の奥をじっと見つめた… 「ケリー、聞いてくれ… 愛してるんだ、お前を… (ゴホッ)バカなお前を…」そしてジョニーは気を失い、汗まみれの黒髪が額にかかった。
「わかってる」とケリーは言い、涙目で微笑んだ… そしてジョニーの唇に自分の唇を重ね、心を込めてやさしくキスをした。涙が頬を伝わり落ちる… ケリーは微笑み、深呼吸するとジョニーの耳元にささやいた。「これでずっと一緒にいられるな」…<3 <3 <3

リリー・シルヴァーハンド、2021年

●イーリアス

+ 読む
…我が母、銀の足の女神テティスによれば、我を死に導く運命の道は二つ。
ここに留まりトロイアの都市にて戦えば、我が帰還は叶わずとも不滅の名誉が手に入ろう。
されど故郷へ帰還すれば、栄光こそ失えど、早死にの憂き目を逃れ長き余生を送れよう。
ならば他の者どもにも、海を渡り故郷へ帰れと進言しよう。険しきイリオスを勝ち取れる希望など、もはや残されていないのだから…

ホメロス

●キブルとスコップ

+ 読む
キブルは浮かない表情で、海藻色の酒が入ったグラスを見つめた。バーテンダーが間違って毒でも入れてくれりゃいいのに… 心のどこかではそんなことを望んでいた。「なんでだ、チューマ…」彼は陰鬱な調子で言った。「学校じゃ才能があると言われてたんだぞ。演技の素質があるって。あれはみんな嘘っぱちだったってことか?」

「そうは言っても、世界には何十億って人間がいるんだ」スコップは肩をすくめた。「みんながみんな成功するってわけにはいかない」

キブルは嗅覚ブースターをオンにして酒のにおいを嗅いだ。トイレの湿ったモップのような悪臭だ(それよりひどいかもしれない)。そして、なぜか突然、1週間前に話をした傭兵のことを思い出した。彼もよく行く、人気のパンクバーでのことだ。いや、“話をした”というのは正確ではない。それは決して穏やかな出来事ではなかったのだ。傭兵は彼を叩きのめし、また自分のテキーラをこぼしたら、扁桃腺の間に銃弾を撃ち込んでやると脅したのだ。

やってられるか、と彼は思った。こっちは安酒、向こうはテキーラ。無職の負け犬に腕利き傭兵。後者が世界を牛耳っている。キブルのような人間は舞台のセットだ。彼らを背景にして、サンデヴィスタンを持った傭兵たちがスターのスポットライトを浴びる。キブルの胸が決意で満ちた。背景のシミでいるのはこれまでだ。

「なぜだ? どうして俺たちがこんな目に遭う?」彼は不愉快そうに顔を歪めてたずねた。「この街で得をするのは血に飢えた暴力人間ばかりだ。誰にも危害を加えない平凡な俺たちが、どうしてこんなゴキブリの小便をありがたがらなきゃならない?」

スコップは再び肩をすくめた。「さあな。嫌なら、銃とエッジーなジャケットでも買ったらどうだ?」皮肉めいたトーンで無関心そうに提案する。「そしてギャングのたまり場を襲撃すりゃいい。生涯最高にパンクなひと時を4分半ぐらいは味わえるはずだ」

「この街はどうなってんだ?」キブルの不満は止まらない。「世界はひっくり返っちまった! 俺たちみたいなのが何十億人っている。何十億って役立たずや腰抜けが… いや、腰抜けじゃない。当たり前のことを望んでるだけだ! 安全な暮らし… 普通の人生を!」

スコップはまた皮肉で返そうと考え、既に口を開けて待ち構えていた――が、思いとどまり、別のことを話し始めた。「人生…」彼はゆっくり、重々しく繰り返した。「こういうのはどうだ? 世界中の人たちに、もうひとつの人生を売るんだ。エッジランナー気分を味わいつつ、本物みたいに死ぬことのない人生を」

キブルは鼻で笑い、ようやく口に含んだ“ゴキブリの小便”を吐き出した。「チューマ。夢を壊して悪いが、そういう商売ならとっくに始めてる奴がいるぜ。『ブラッディ・バウトIV』は知ってるか? 他にもごまんとある、“コンピューターゲーム”は?」

スコップが意地悪く笑う。「その『ブラッディ・バウトIV』やごまんとある他のゲームは、ハイブリッドブレインダンスシステム用に設計されてるのか? そうだな、俺が先週発明したやつみたいに?」

●クローム・ナイト・ラブ

+ 読む
夕陽にきらめくクローマンのマスク。それはまるで、腐りきったこの街を照らす希望の光のようだった。ルシールの鼓動が早くなる。足は震え、それまで感じたこともない勢いで体中に熱い血が巡っていく。

クローマンがルシールを見る。力強く男らしいシルエットが、血まみれの死体の上にそびえていた。ついさっきルシールに襲い掛かり、彼女の貞節を汚そうとしたコーポの死体だ。

「私、どうしてこんなことに?」様々な考えが彼女の頭を駆け巡る。「なぜ彼が? なぜ私が?」いくつもの疑問が次々と押し寄せる。しかし、いざ聞こうと口を開くと、ひとつの質問しか出てこなかった。「あなたは誰なの?」

クローマンの冷たい金属の手がルシールに触れ、彼女はその感触に思わずたじろぐ。「それは言えない。私の秘密を知れば、奴らは君を捕まえに来る。あらゆる手を使って秘密を暴こうとし… 君は殺されてしまう」

「それでも構わない! 愛してる… あなたを愛してるの!」

彼の表情、クロームのマスクの下にある、本物の顔は見て取れない。だがルシールは聞き取った。彼の低い声に、感情が確かに揺れ動くのを。

「君は夢に恋してるのさ。このマスクの下に潜む顔を知りはしない」

「あなたがどんな顔でも構わない」

「醜い顔だったら?」

「手術代なら出せるわ」

「アンドロイドだったら?」

「それでも構わない!」

「なら、もし…」クローマンは突然、素早い動きでマスクを外した。そこに現れたのはなんと… ダミタ・デ・ラ・ヴェリの顔だった!「…女だったら?」

ルシールは呆然と立ち尽くした。激しい感情の嵐が、彼女の中を駆け巡っていく――。だが嵐はすぐに収まった。ルシールは穏やかな笑みを浮かべて、救世主の顔に両手で触れる。心のもやが晴れていくのがわかる。ようやく、はっきりと見えたのだ。「何度言えばわかってくれるの?」ルシールはすねたように笑い、優しくささやいた。「あなたのことを愛してるって」

●オデュッセイア

+ 読む
そなたの生まれを、そして名を述べよ、
生まれし時に父母より授かりし名があろう
(いかなる身分の者でも、
生まれし全ての者に名は与えられよう)
そなたはいずれの街、いずれの地からやって来たのか、
その地にはいかなる民がいた?
己の心を持ち、自ら進む素晴らしき船にそなたを乗せ、
滞りなく故郷へ送るために聞かせてくれ
針路を定める舵輪もなく、舵取りもおらぬその船は、
人の知性を持つかの如く波間を行く
あらゆる海岸、あらゆる湾、
太陽に照らされし全ての地、
空を覆う雲や暗闇が立ち込めようと、
恐れを知らず闇を、雲を切り裂き進むのだ
嵐が吹き、海原が激しく荒れようと、
波も嵐も物ともせぬだろう
波にそびえし恐ろしき神さえかわし、
無事に海を渡り、波間を行き来する、
怒りの燃える中、悠々と海を渡るのだ
そうしてあらゆる人々を各地へ送り届けていると、
我が父からこのような話を聞いた
災難の訪れを予見する、恐ろしき話である
ネプチューンが怒り、その命により、
船は大波のさなかに呑まれ
その怒りの爆発により、山々が積み上がり、
誇り高き塔が地中に埋められるだろう、と。
だが神々がこのようなことを行おうと、行うまいと、
それは永遠なる意志のままであろう。
だがともかく告げてくれ、そなたはいかなる地から渡り着いたのか
どのような習慣があり、どのような海岸を目にしたのか
荒々しき蛮人が武器を振りかざす土地、
あるいは温かく手を差し伸べる愛情深き者たちの土地か?
また、そなたがトロイアの運命を気にかけるのはなぜか、
なぜ胸を打たれ、涙を流すのかを聞かせてくれまいか?

ホメロス

●緑の死神

+ 読む
くたびれた老人はノーマッドの少年の目を覗き込んだ。まるで、彼の思考を読み取ろうとするかのように。「誤解するな」と老人は言った。「突然の来客を歓迎しないわけではない。だが砂漠の真ん中でひとり暮らす人間には、ぶしつけな質問をされても仕方ないと思え」

少年は目を合わせる代わりに、不安げな視線を窓の向うに投げかけた。夜空の向こうから彼を追ってやって来る、戦闘ドローンの大軍を恐れているかのように。「僕は… 逃げてるんだ」少し迷ってから、彼はそう言った。「イエロー・クリークからずっと、グリーン・ファントムに追われてる」

老人は微動だにしなかったが、口の端だけが微かにひくついた。何かを知っている、という反応だ。「恐れることはない」老人は優しく告げた。「グリーン・ファントムが狙うのは極悪非道な犯罪者だけだ。その心に後悔の念があるのなら、お前を許し、2度目のチャンスを与えてくれるだろう」

すると、少年は不安げな振る舞いを一変させ、反抗的な笑みを浮かべた。「後悔なんてしてない。それにあんた… ベラベラ喋ってるけど、本当は何もわかってないんだ」

「そんなことはない。私も一度、ファントムに会ったことがあるからな」

驚いた少年の目が一瞬、大きく見開かれる。その様子は、何か尋ねようとしてすんでのところでそれをこらえたかのようだった。

「もう遅い」と老人は告げる。「そろそろ寝た方がいい。疲れも溜まっているはずだ。逃げ続けると言うのなら、体力を蓄えておく必要もあるだろう。今夜は私の家で休むといい」

少年は礼も言わずに無言で立ち上がり、ベッドが用意された寝室へと進んだ。部屋は暗く、赤外線オプティクスのスイッチを入れる少年。その直後、彼の体が硬直した… ベッドに死体が横たわっていたのだ。彼はゆっくりと死体に近づいた。冷たい血だまりの中で、しおれた手が不自然な角度にねじれている… その虚ろな目は… ついさっき隣室で話していた老人のものだった。

突然、周囲の壁がこの世のものとは思えないオリーブ色に輝き始めた。少年の背後には何者かの気配がする。「後悔がないのなら」感情を伴わない冷たい声が告げた。「なぜ逃げた?」

そして暗闇。ノーマッドの少年の世界は、闇の底へと落ちていった。

●月光のミュータント

+ 読む
それは何の変哲もない夜に起きた。黒く分厚い煙霧が街を呑み込み、 そこに暮らす人々の肺や心臓に忍び込んだ。酸性雨が何千という窓に降り注がれ、町並みはまるでピアノの鍵盤のように白黒の世界と化した。そして30年の歳月が流れ… 全てはそのままだった。俺は窓辺に立ち、続けざまに何本もタバコを吸う。終戦以来ずっと会っていない、ある女の記憶が思考を邪魔していた。

その時、誰かが扉をノックした。ちょうど彼女が… 30年前にそうしたように。

「どうぞ」しわがれた声を絞り出し、壁のパネルに手を伸ばした。金属扉が音もなくスライドし、来訪者の姿が明らかになる。ネオミリ・スタイルの真っ黒なドレスに身を包んだ細身の女。部屋に入る女の体が揺れるのに合わせ、金メッキの腰がきらめいていた。漆黒の唇、だがその瞳は… 捕食動物のような黄色い瞳は俺の目を射抜き、全身をスキャンした。その瞬間、体から魂をもぎ取られるような感覚に襲われる。俺は思わず唇をゆがめ、醜い笑みを浮かべた――魂など、遠い昔に失ったではないか。戦場に置いてきたのだ。義母の墓に添えた花と共に。

「誰かに命を狙われてる」沈黙を破り、女は単刀直入にそう告げた。その声の魅惑的な響きに、思考が曇らされる。そしてそのせいか、その時点で彼女に3本目の手があることに気づけなかった――痛恨のミスだ

「あり得ない」 意地悪く笑いながら俺は言った。「そんなイイ唇とケツをした女を、誰が殺すって言うんだ? おまけにコーポときてる」

女は黄色い目を少しだけ細める。そして目にも留まらぬ速さで、マシンガンをピタリと俺に向けた。「わからないのね」彼女は静かに告げた。銃口は俺の眉間に固定されている。「あなたのことを言ってるのよ。何も覚えてないの… 兄さん?」

その瞬間、記憶が蘇った。戦争の悪夢… エウゼビオの血、擦り切れたワイヤー、マーガレットが死ぬ2日前に受け取った、バクのぬいぐるみの残骸… そして、マーガレットの父親の最期の言葉――生まれてすぐに捨てられた、異形の双子の妹の存在。俺はその妹を探し出すと約束したんだ。

だがもう遅い。向こうが俺を見つけてしまった。

●“ワトソンの娼夫”の日記

+ 読む
月曜
あームカつく! ようやくジギーの番組に出られるとこだったのに、ステージに上がる直前で俺の出番が突然キャンセルされた。どっかの病院が襲撃されたから、犠牲者についての特集をやるんだってさ! そんな話、1週間後には誰も覚えてないだろ! こっちは番組に出るためにキャリアの半分をかけてきたんだ。そいつらはただ死んだだけじゃないか! ま、ステージには乗り込んでやったけどね。俺を誰だと思ってやがる、って。でもセキュリティに手酷くやられたせいで、撮ったBDデータはダメになったみたいだ。

火曜
もういよいようんざりして、退役軍人の酷い扱いについて役所に抗議をしに行った。人工胎児で作ったドレスを身に着けて、喉が痛くなるまで声を張り上げて歩いてたら、『ウェット・ドリーム』の監督が俺に気づいてセクシーだって言ってくれた <3 だからSCSMに寄りかかって、自分のケツを叩きながら、ナニで喉を詰まらせるジェスチャーをしてやったんだ :O その時点で完全に俺に惚れてたね。その後は監督の家に連れてかれて、キングベッドに縛られたまま、ベッドの支柱が全部壊れるまで激しくファックした。監督はエディーを山ほどくれて、次の日の同じ時間会う約束をしたんだ。うまくイケば、彼の次のBDに出れるかも? ;P

水曜
ルース・ゼンとケンカした。企業戦争か何かで核爆発が起きた時、子供を助けて死んでった一般市民がいたって話をしてたんだ。あいつ、テレビ界じゃタフぶってるけど、やたらとメソメソしてるから、とりあえずなぐさめてやろうと思ってさ。そいつらは立派だ、俺のファンにしてやってもいい、惜しいチンコを亡くしたって言ったんだ。そしたらアホみたいな笑顔で、俺に「くたばれ」って… バカ女が

木曜
IあhaハアーaA!!11!1

金曜
クソ、もう上も下もわからない… ぶっ飛びすぎた。どうやらブツに何かが混じってたみたいで、それがめちゃめちゃヤバかった。全然記憶ないけど、どこもかしこも小便臭いし、トイレには馬のマスクがある。たぶん俺がそいつをかぶって、乗り回されたんだろうな。そういえば、やたらとヒザが痛い。相手は誰だっけ? 火曜に会った監督ならいいけど、3号室のクズだったら最悪だ。

●『クロームと己』 - 匿名著者による小説の抜粋

+ 読む
私たちは替えの利く、使い捨ての存在でしかない。その事実に気づくのは、早ければ早いほどいい。なぜなら人生の時間は有限だからだ。しかも私たちを取り囲み、私たちの体に埋め込まれた大量のテクノロジーによって、その長さは極めて正確に計れるようになっている。結構なことではないか。そうだろう? だが考えてみてほしい。ほんの数十年前まで人は肉体に縛られ、肉体こそが個人の存在を正当化し、アイデンティティを形作るものだった。インプラントは侵略的なものであり、現実との決定的かつフィジカルな繋がりを損なう危険なものと考えられていた時代から、まだ100年も経っていないのだ。ところが今はどうだ? 肉体はスペアパーツの1つと化し、自分という存在はアップグレード可能なものとなった。そして今ここにいる自分は、刻一刻と、古いものになっていく。では自分とはいったい何なのか? 替えの利く、使い捨ての存在だ。それを感じ、知ることで、自由を取り戻すことができるのだ。

●WYSIWYG: What You Slot Is What You Got/スロットする記憶

+ 読む
女は額にかかったスミレ色の髪を払い、部屋の反対側に立っている銀色のタトゥーの男にウインクした。とぼけた感じのあざとい笑顔を見せながら。今ここにいる女はルーシー・マーレイ。コスモテックCEOの能天気な娘。ホットピンクの車に夢中で、IQは靴のサイズと同程度しかない。このキャラクターを崩すわけにはいかないのだ――仕事をやり遂げるまでは。

「ちょっとぉ!」彼女は媚びるような声を出す。「来てくれて嬉しい! せっかくパパが誕生日にこのカフェを買ってくれたのに、誰も来てくれなくて」

男はまんまと彼女の策略にかかった。彼はルーシーの方を見て、少々大げさながらも優しく同情したような表情を見せ、カウンターの方へと歩き出す。ルーシーは彼の体の有機部位をさっとスキャンし、密かに睡眠剤の入った注射針を構えた。それから男の方へ三歩進み、これまで何十回とやってきたように、つまずいたふりをする。当然、男は倒れかけた彼女を抱きとめる。と、その瞬間、男の有機組織が露出した部分には針が刺さっていた。息を呑むことも叫ぶことも、こちらを見ることさえもなく、男は床に倒れ込んだ。ルーシーの顔に再び笑みが浮かぶ。今度は、勝利の笑みだ。

「ピーター、目標を確保した」さっきまでの浮ついた調子とはうって変わった声で、奥の部屋に叫ぶ。「デッキの準備はいい?」

ルーシーは答えを待たずにコスモ・グラスをかけ、神経データ取得プログラムを起動する。彼女はもはやルーシー・マーレイではない。8u88leGum(バブルガム)の名で知られる腕利きネットランナー、ナイトシティ随一のデータ泥棒だ。だが彼女が本来の自分でいる時間は長くない。もう少し経てば、彼女は銀色のタトゥーの男になる。

*


8u88leGumはこの仕事が大好きだった。人の記憶に侵入するのは、ハードコアブレインダンスの高揚感と似ている。対象の手足が自分のものになり、その思考や価値観、振る舞いが自分に取り込まれる。今回も同じだ。タトゥーの男の意識が彼女の意識を覆っていき、ルーシー・マーレイを最後のひとかけらまで押し出していく…

彼の名はマーク・コリンズ。もう使われていない地下鉄用トンネルを歩いている。空気がカビ臭い。コリンズの嫌いな臭いだ。
――この辺りのはずだ。「あんたの神経系がどうなってるわからないから、声に出して言うぞ」彼は独り言のように呟いた。「もうすぐ俺の意識に入り込んでくるんだろう? 我々が今回の依頼主だ。あんたと安全にコンタクトを取る方法はこれしかなかった。間もなくコスモテックの真下に着く。あんたの親父が地下5階に隠してるものをよく見てくれ… 俺たちを救えるのは、あんたしかいない」

●『サヨナラ・ステーション』ルーク・スティールマン著

+ 読む
始める前に、ひとつ聞きたいことがある… いま読んでいるこの本がどんな経緯をたどってそこにたどり着いたか、考えたことはあるか? その本がどこから、誰によって運ばれてきたかを考えたことは?

もちろんないだろう。そんなこと普通は誰も気にしない。だが、それは実にもったいない。そこには最高に面白い話が隠されているのだ。

少し前の時代まで、貨物輸送の多くは船で行われていた。安価で速く、(比較的)安全な手段だったからだ。ところが第四次企業戦争中にアラサカ社のとある天才が、AI制御による自己複製型機雷を海に放つという戦略を考えた。名案のようだが、これが大きな問題を引き起こしたのだ。

AIに設定されていた目標はただ1つ、「敵船を破壊せよ」。シンプルなものだろう? アラサカおよび自由州連合軍の船が颯爽と航海するなか、新合衆国およびミリテク軍の船は次々と撃破されていく。しかし杓子定規なAIは、味方船に敵が乗船している可能性が「決してゼロではない」という理由で、味方の船まで攻撃対象と認識してしまった。失態に気づいたアラサカの間抜けどもは当然、大慌ててソフトウェアのアップデートを試みる――が、しかし。AIはそれをマルウェアと判断し拒絶。こうして、想像力の足りない数人の愚行を発端に、航行不能な機雷まみれの海が誕生した。

というわけで、最初の質問に戻ってみよう。その本はどうやってあなたの手元に渡ったのか? 読者が発行元の所在地であるシカゴ在住の場合は除くとして、ネットはバートモスによって破壊されているから電子版でもないはずだ。飛行機だろうか? だが空輸はコストが莫大だから考えにくい。ならば車か? この線は除外できないが、それより有力なのは列車だろう。

列車が現在まで生き残るだなんて(そう、ガタンゴトンのあの列車だ)驚きだと思わないか? 去年には約2万5000キロもの線路が新たに敷設された。それには東京と上海を繋ぐ地下トンネルも含まれており、この路線を走る装甲列車は最高速度なら2都市間を5時間で走行することが可能だ。これはぜひとも乗ってみなければ。そう思った私は2日後、東京にいて、サヨナラ駅のプラットフォームに立っていた…

記事メニュー
ウィキ募集バナー