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1507●安保法制成立
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1507●安保法制成立
14年7月、政府は従来の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行っていた。そして15年の国会では、これを法制化することが内閣の最大の課題であった。
自民・公明の与党協議を経て、5月14日、法案が閣議決定された。法案は、関連する法の改正案10本の束ね法案である「平和安全法制整備法」と新法である国際平和支援法の2本立てとなった。中でも重要なのは、次の4法であった。
①改正武力攻撃事態法:個別的自衛権に加えて集団的自衛権を行使できる条件を定めた。日本が直接攻撃を受けた場合ではなくても、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、「日本の村立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態(存立危機事態)と政府が判断すれば海外で武力行使できるようにする。
②重要影響事態法:周辺事態法の改正法で、従来自衛隊による米軍への支援の条件となっていた「周辺事態」概念を撤廃し、世界中で、しかも米軍以外の他国軍にも支援が可能となるようにするものである。
③改正PKO協力法:PKO以外にも自衛隊による海外での復興支援活動が可能になるとともに、駆けつけ警護、任務遂行のための武器使用ができるようになる。
④国際平和支援法:戦争中の他国軍を自衛隊が後方支援することを許すとともに、従来のような個別法を待たず常時派遣を可能とするものである。自公協議で、公明党が主張したことにより、「国会の事前承認」が派遣の条件に加わった。
要するに米軍との協力を念頭に、世界のどこへでも自衛隊が展開し武力行使ができるように、従来の制約を取り払った体制づくりを目指すということである。
閣議決定後の記者会見で、安倍はアルジェリアやシリアなどでのテロで日本人が犠牲になったことや北朝鮮による弾道ミサイルの脅威などを挙げ安全保障環境の厳しさを訴え、「切れ目のない対応をしっかり整えていくこと、(日米の)同盟関係がしっかりしているということは、抑止力につながっていく」と同法の意義を訴えた。
なお、法案提出の前の4月27日に、日米両政府は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を18年ぶりに改定している。軍備増強を進め、海洋進出を活発化させる中国を念頭に、離島防衛などで自衛隊と米国の協力関係を強化、米軍への後方支援の地理的制約もなくし、自衛隊の米軍への協力を地球規模に拡大していくもので、安保法制を先取りするものとなっていた。
安全保障関連法案の国会提出以来、国会で政府と野党の間で激しい論戦が交わされた。政府は、北朝鮮の核の脅威や、中国の海洋進出などを挙げて、「安全保障環境が変わった」と主張した。対して民主党、共産党などは、政府が長年維持してきた憲法解釈を閣議決定だけで変更したことは「立憲主義に反する」と批判。衆院憲法審査会の参考人質疑で、自民党が推薦した学者が「法案は憲法違反だ」と断じたこともあり、憲法論争が活発化した。
法案をめぐる国会での与野党の論戦や攻防の一方で、国会の外では学生でつくる「SEALDs」に、多くの市民も加わり、安保法案反対の群衆が国会議事堂前を埋め、「70年安保闘争」以来の盛り上がりを見せた。8月30日には、安全保障関連法案に反対する市民が全国で一斉に抗議の声を上げた。国会周辺では、市民団体「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」主催のデモに十二万人(主催者発表)が参加し、法案反対デモとしては最大規模となった。一斉行動の呼び掛けに応じた各地でのデモや集会は、少なくとも200カ所以上に及んだという。国会周辺では、官庁街の歩道や日比谷公園など六カ所にステージや街宣車を置き、野党党首や学者、作家、法律家などが法案の廃案を訴えた。機動隊が車両を並べ、柵で規制したが、メーンステージがある国会正門前は歩道に収まりきらず、車道も人の波で埋まった。音楽家の坂本龍一も予告なしに国会前に現れ、「壊されようとしている民主主義と憲法を取り戻す」ことを訴えた。
しかし、与党が圧倒的多数を占める国会を動かすことはできなかった。
衆参両院で約216時間に及ぶ審議の末、9月19日未明、参院本会議で野党の反対を押し切る形で採決が行われ、自民・公明両党などの賛成多数で法案は可決成立した。
★2015年
14年7月、政府は従来の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行っていた。そして15年の国会では、これを法制化することが内閣の最大の課題であった。
自民・公明の与党協議を経て、5月14日、法案が閣議決定された。法案は、関連する法の改正案10本の束ね法案である「平和安全法制整備法」と新法である国際平和支援法の2本立てとなった。中でも重要なのは、次の4法であった。
①改正武力攻撃事態法:個別的自衛権に加えて集団的自衛権を行使できる条件を定めた。日本が直接攻撃を受けた場合ではなくても、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、「日本の村立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態(存立危機事態)と政府が判断すれば海外で武力行使できるようにする。
②重要影響事態法:周辺事態法の改正法で、従来自衛隊による米軍への支援の条件となっていた「周辺事態」概念を撤廃し、世界中で、しかも米軍以外の他国軍にも支援が可能となるようにするものである。
③改正PKO協力法:PKO以外にも自衛隊による海外での復興支援活動が可能になるとともに、駆けつけ警護、任務遂行のための武器使用ができるようになる。
④国際平和支援法:戦争中の他国軍を自衛隊が後方支援することを許すとともに、従来のような個別法を待たず常時派遣を可能とするものである。自公協議で、公明党が主張したことにより、「国会の事前承認」が派遣の条件に加わった。
要するに米軍との協力を念頭に、世界のどこへでも自衛隊が展開し武力行使ができるように、従来の制約を取り払った体制づくりを目指すということである。
閣議決定後の記者会見で、安倍はアルジェリアやシリアなどでのテロで日本人が犠牲になったことや北朝鮮による弾道ミサイルの脅威などを挙げ安全保障環境の厳しさを訴え、「切れ目のない対応をしっかり整えていくこと、(日米の)同盟関係がしっかりしているということは、抑止力につながっていく」と同法の意義を訴えた。
なお、法案提出の前の4月27日に、日米両政府は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を18年ぶりに改定している。軍備増強を進め、海洋進出を活発化させる中国を念頭に、離島防衛などで自衛隊と米国の協力関係を強化、米軍への後方支援の地理的制約もなくし、自衛隊の米軍への協力を地球規模に拡大していくもので、安保法制を先取りするものとなっていた。
安全保障関連法案の国会提出以来、国会で政府と野党の間で激しい論戦が交わされた。政府は、北朝鮮の核の脅威や、中国の海洋進出などを挙げて、「安全保障環境が変わった」と主張した。対して民主党、共産党などは、政府が長年維持してきた憲法解釈を閣議決定だけで変更したことは「立憲主義に反する」と批判。衆院憲法審査会の参考人質疑で、自民党が推薦した学者が「法案は憲法違反だ」と断じたこともあり、憲法論争が活発化した。
法案をめぐる国会での与野党の論戦や攻防の一方で、国会の外では学生でつくる「SEALDs」に、多くの市民も加わり、安保法案反対の群衆が国会議事堂前を埋め、「70年安保闘争」以来の盛り上がりを見せた。8月30日には、安全保障関連法案に反対する市民が全国で一斉に抗議の声を上げた。国会周辺では、市民団体「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」主催のデモに十二万人(主催者発表)が参加し、法案反対デモとしては最大規模となった。一斉行動の呼び掛けに応じた各地でのデモや集会は、少なくとも200カ所以上に及んだという。国会周辺では、官庁街の歩道や日比谷公園など六カ所にステージや街宣車を置き、野党党首や学者、作家、法律家などが法案の廃案を訴えた。機動隊が車両を並べ、柵で規制したが、メーンステージがある国会正門前は歩道に収まりきらず、車道も人の波で埋まった。音楽家の坂本龍一も予告なしに国会前に現れ、「壊されようとしている民主主義と憲法を取り戻す」ことを訴えた。
しかし、与党が圧倒的多数を占める国会を動かすことはできなかった。
衆参両院で約216時間に及ぶ審議の末、9月19日未明、参院本会議で野党の反対を押し切る形で採決が行われ、自民・公明両党などの賛成多数で法案は可決成立した。
★2015年