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降り止まない雨などここにはないから(前編)

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降り止まない雨などここにはないから(前編)◆wYjszMXgAo


俺の作戦。
それを成し遂げる覚悟は既にある。
懸念していた問題点は理想に近い形でクリアした。
仲間の存在による信頼される可能性の裏づけ。
同時に心強い味方も得ることができた。

――――さあ、はじめよう。
棗恭介の、人生最大のミッションを。


見せてやるさ。
これが、俺の選択だ。





互いの情報を開示しつつ草原から歩き続け、とりあえず休憩できそうな場所を見つけて俺たちは足を休めることにする。
ここは駅前にあった喫茶店だ。
ロータリーは広く、見晴らしがいい。
また、中世風の建物の高さもそれほどない。
ここならば襲撃されても即座に気付けるはずだ。
狙撃の可能性を考慮し、狙われにくい位置取りを定めて椅子に座る。

……と、不意に俺の側に座る少女が呆けたような顔をして呟いた。

「……やっぱり、似てる……?」

――――似てる?
どういうことだろうか、と思ってすぐ、彼女はこちらを向いて何でもないというかのように手を振った。
曰く。

「――――似てるの、私の来た所から。
 ……趣味の悪い事に」

……成程。
彼女が何を思ったのかは俺には分からない。
気になりはするが、それ以上に関しては彼女が語らなければ知りえないし、聞き出すつもりもない。
それよりなすべき事はいくらでもある。まずはそれをこなすとしよう。


「……さて、じゃあ現状を整理するぞ、トルタ」

髪を結った少女――――トルティニタ=フィーネと目と目を合わせて俺は告げる。
現状の俺のパートナーであり、同時に後に敵になるかもしれない少女。
……とりあえず利害の一致から信頼を得る事はできた。
問題は、ここからだ。

「まず、俺達の方針の確認からだ。肝心な事だからな、復唱できるか?」


――――俺は、不思議な共感を彼女に抱いている。
それは俺と彼女の境遇の近さから故か。
彼女がどんな過去を抱いているのか、正確には知りはしない。
クリスという幼馴染――――どうやら、彼女の姉の恋人らしい――――に献身的に尽くしてきたということが分かっているくらいだ。

……多分、ではあるが。
彼女の想いがどんなものかということや、その道程を知りたいという気持ちが俺のどこかにある。
それを否定してもしょうがない。
……何故か、という問いへの答えらしきものは一応ある。
境遇の似た俺が救いを求めているからかもしれない。
あのバスの中で、今ももがき続けているだろう俺の体。
その奮闘が報われることがあるという実例に縋りたいのだろうか。
それとも、まったく別の理由なのだろうか。

――――分かっているさ。
救済なんかを求めても、結局は何も変わらない。
俺のできる事、なすべき事は依然としてそこにあるままだ。
感傷は捨てろ。
下手に彼女に入れ込むな。

……いつか相対する時に辛くなるだけだ。
そして、何より。

「まず殺し合いに乗っていない人たちと接触して情報交換。
 で、その人たちとの交流後に会った集団には偽の情報を流して疑惑を振りまく。
 その繰り返し……よね?
 終盤になってはじめて私たち自身が動き始めるんだっけ」

……彼女は頭がいい。
いずれ敵となった時、後れを取るわけにはいかないのだから。



「OK。じゃあ、例外となる場合は?」
「……私たちの探し人に会った場合には合流、保護。その仲間は機を見て排除。
 そして、中盤以降になってもそれが達成できなかった場合、最も安全なチームに合流。
 ……あとは、」

トルタはそこまで口にして黙り込む。
……基本的に、いい子なんだろうな。
頭は回るし、手を汚す覚悟もある。だが、それ以上に大切な人間の不幸を考えたくない。
……それでいいんだ。
お前は人間なんだからな。割り切れなくて当然だ。
だから、俺がそこは担おう。
――――俺は、すでにやってはいけないことにも手を染めているのだから。

……謙吾。
古式の事を許せとは言わないさ。
お前を打たせないためにはあれが最も効果的だが、同時に最も卑劣だとも分かってやったんだ。
……俺はそういうことが平気でできる人間なんだよ。
常に冷徹であれ。
だから、俺は容赦なくその可能性を口にしよう。

「仮にどちらかの探し人の死亡が確認できた場合は、もう一方のサポートに徹する、だ」

強く言い切る。
うつむいていたトルタはしかし、こくんと頷くとあらためて俺の目を見据える。
いい表情だ。
しっかりと現実を考慮できている。
そして、冷静な判断力も失っていない。


「万一脱出への糸口を確保できたなら、そちらに動くのよね」

……俺の言ったことをちゃんと覚えている。
彼女と会えたのは本当に僥倖だ。
感情を持ちながらもそれに流されず、目の前の事についてしっかり割り切って考えられる人間。
良くも悪くも俺の仲間たちにはいないタイプだ。

鈴も謙吾も、小毬も能美も三枝も西園も。
どいつもこいつも根っこじゃ自分の感情に正直な連中ばかりだからな。
理樹と真人辺りなら理屈では割り切れるかもしれないが、やはり感情がそれに納得しないだろう。
来ヶ谷は物事については割り切って考えるが、それよりも自分の趣味を優先するタイプだし。

……ああ、会いたいな。
皆と会って、楽しく野球でもしたい。

込みあがってくる感情を押し込める。
俺はそれを切り捨てたんだ。
鈴を、一人孤独に追いやることで。
そんな泣き言を言っている暇があるなら、現状を切り抜ける方策の一つでも考えろ。

心に刻み、俺はヒュウ、と口笛を吹いて笑いかけてみせる。

「ああ。俺はツイてるな、理解力の高いパートナーと早々に会えるなんて」
「誉めても何もでないよ。……それよりも、確認の意図を教えてくれるかな?」

……全く、容赦がないな、はは。
――――本当に、俺とトルタは似ている。
思考の展開が、大体同じ所に行き着くなんて、な。

……苦笑する。
敢えて笑うのではなく、自然に浮かんでくる笑いだ。
その笑いを引っ込め、真面目な顔を作る。
……これは一番肝心な前提条件だ。
何をするに当たっても、まず念等においてもらわねばならない。

「話が早いな。まあ、以上のミッションをこなすに当たって、心がけて欲しい事が一つある」

たとえそれが酷であっても、俺たちが判断を間違える訳にはいかないんだから。
息を吸い込み、一息で告げる。

「……常に最悪の事態を考えて判断してくれ。
 それこそ、……交渉相手が既にクリスを殺害していたり、あるいは人質にしていたりする可能性を、だ」


◇ ◇ ◇

「ちょっと、それ、……どういうことなの!?」

恭介が告げた言葉の内容に、私の感情は一気に昂る。
さすがに今のは聞いてヘラヘラしているわけにはいかない。
……いや、分かっている。
充分ありえる事態だ。
だけどそれでも、感情は納得してくれない。
クリスが死ぬなんて事は考えたくない……!

「落ち着いてくれ、あくまで心掛けの話だ。
 ……いいか、最悪の事態を想定していれば、少なくとも動揺を抑えることはできるんだ。
 言い換えるなら、最悪さえ覚悟しておけば、それ以上悪い事態が起こる可能性はない」

冷静なまま告げられたその言葉を聞いて、一気に頭が冷める。
――――そう、その通りだ。
何が起こっても冷静であるように努める。
動揺は付け入る隙だ、敵の前でそんな醜態を曝す訳には行かない。
今は目の前にいるのが味方と分かっている恭介だからまだいいんだけど、
実際の場で興奮すればろくなことにはならないはず。
恭介が言っているのはそうならない為の確認というわけか。

「……う、うん。それはそうだけど」
「あらためて言うが、俺たちは基本的に殺し合いにのっていない連中との情報交換を武器にする。
 ……つまりだ。俺たちは、誰よりも殺し合いに乗っていない人間らしくする必要があるんだ。
 そうでもしないと信用されない。
 だから慎重に慎重を期す必要がある」
「……分かったわ」

考えてみれば当然の話。
相手がどんな『最悪』の手札を切ってきても、こちらが対抗する手段は物理的排除を除けば交渉しかないのだ。
交渉という駆け引きの場において動揺し、弱みを曝せば敗北するのは必至。

……同時、私たちの武器である『情報』の信頼性を下げる訳にはいかないのも道理。
私たちの武器となる情報は、『私たちが殺し合いに乗っていない』からこそ信頼され、意味を成す。
私たち自身への信頼を失えば、武器の威力は激減する。
信頼を失わない為にも慎重な行動が必要とされる。

駆け引きにおける弱点を曝さない為。
そして、信頼を確保する為。
常に最悪の想定をするのは、主にその二点が理由という訳か。


「ま、そういう訳だ。
 これからの俺たちは、あくまで『殺し合いに乗っていない』人間の思考を元に行動する。
 だけど、それをする前にいくつか決めておきたい事があるんだ」
「……慎重を期すという事は、緊急時の取り決めについてとか?
 あとはこれからの具体的な行動ね」

緊急時にパニックになってもやはり私たちのやり方にとっては致命的。
そして、これからの具体的な行動の案。
それらをあらかじめ決めておくことに異論はない。
恭介の言ったとおり、慎重を期すに越したことはないんだから。

「その通り。
 あの会場で起こった異常事態のとおり、ここでは何が起こってもおかしくない。
 ……だけど、必ずそこに介入するものが一つある」

介入するもの?
あ、そうか。
たとえこれから何が起こっても、それは全てあの言峰とか神崎とかいう人の思惑の下にあるはず。
そして、それよりもっとミクロなやり取りでも変わらないものがある。

「……人間の意志、ね」

「そうだ。逆に言えば、起こる事全てに誰かの思惑が関わっている。
 例えば、『偶然』流れ弾に当たって殺されるヤツがいたとしよう。
 それでも弾を発射した人間は確かに存在するんだよ、どういう意図で発射したかは別にしてもな」
「……つまり、あらかじめ会場内の人間の思考を分類しておけば、緊急事態を引き起こされても対処できるって事?」

私の言葉に恭介は頷き、腕を組む。
……その頭の中にはどれだけ展望があるのだろう。
人を引っ張っていく力に関しては、この人はたぶん相当なものがあるような気がする。

「ある程度は、だけどな。
 だけど考えておくに越したことはないさ。
 これから接触する人間を選ぶ上でも考えておくべきだろ?」

……そうか。
あらかじめ思考の分類をしておけば、緊急時だけじゃなくて、実際に誰かとの交流の際にも流用できる。
殺し合いという異常な状況下。
そんな中で人間がどんな行動を取り得るかを考えておいて損はない。

思い当たって恭介を見てみれば、にやりと笑って机の上に出したメモ帳になにやらいろいろ書き込んでいってる。

「大雑把に分ければ、大体こんなとこだろ」

そして書き終えたメモには、こんなことが書かれていた。

『1.このゲームを否定し、積極的にゲームを破壊もしくは脱出をしようとする人物。
 2.このゲームを否定するが、ゲームの脱出や破壊よりも人命の保護を優先する人物。
 3.とりあえずは保身を考え、殺し合いにはのらない人物。
 4.ゲームをどうこうするよりも、自身の信念や趣味、大切な人間を優先する人物。
 5.そもそもゲームに興味がなかったり、理解力を持ち合わせていない人物』

……参加者の分類。
その中でも、殺し合いに乗っていないと思われる人物の思考を分類したみたい。

「ここまでが『ゲームに乗っていない人物』だ。基本的に俺達が交流するのはこの面子だな。
 ちなみに、数字が少ないほど優先順位は上がる。
 何か質問は?」

大体言いたい事はわかる。だけど、ちょっと聞いておきたい事もあるので素直に聞いておくことにしよう。
肝心なのは、分類することそのものではなくその後にどうするか、なんだし。

「……1と2の違いは? 分類する意味はあるの?」
「そうだな、一つづつ説明していこうか。
 まず1に分類される人間たちは、殺し合いそのものをどうこうしようとしている訳だ。
 ……言うまでもないが、殺人なんてしないに越したことはないんだ。
 我ながら甘いと思うけどな……」

恭介はそこまで言うと、何か遠い眼をする。
……甘い。
確かにそうかもしれない。
だけど、私もやはり出来れば殺したくなんてないし、クリスに誰かを殺させたくもない。
恭介の考えは、当然のものだ。
私は彼を擁護しようとして、……しかし口を噤むことにする。
それを言ってしまえば、覚悟に揺らぎが出そうな気がして。
そして、彼に余計な感情を抱いてしまいそうな気がして。

そんな私に気付いているのかいないのか、恭介はつらつらと言葉を連ねる。
……本当に、この発想力というか思考の速さは素直に凄いと言える。

「何にせよ、できる限り脱出に近い人間に好印象を与えておくに越したことはない。
 という訳で最優先接触対象だ。
 偽の情報を与えるよりも、こいつらには本当の情報を与えておいた方がいいかもな。
 場合や能力によりけりではあるが……」

……結局明言はしなかったけど、恭介は多分できる事なら皆で脱出したいと思っているんだろう。
だけど、リアリストゆえにそんな可能性を斬って捨てている。
……不器用だと思う。

何にせよ、私としても脱出の可能性の芽を潰すことに意味があるとは思えないので同意する。
ついでに、彼の言い分から推察できる事項を口にすることにした。
……私が何も考えていないとは思われたくないし。

「なるほど。じゃあ、2の人間には偽の情報を与えるのね?」
「そういうことだな。 
 2の連中は場合によってはゲームに乗った人間を殺すのに躊躇わない奴もいるだろう。
 そういった連中を減らすついでに、同士討ちさせるのを狙うんだ。
 3の連中も似たようなもんだろ。
 消極的な分、効果の程は期待できないけどな」

撹乱作戦のメインターゲットは、これら2・に分類される人間について。
それを把握し、次の分類の人間に目を通す。
4、5の人間たちはかなり癖のある人間たちだ。
いわゆるトリックスター的な動きをするかもしれないので、行動が読めない。

「……4や5は? かなり特殊な状況でしょう?」
「ま、それはそうなんだけどな。
 それでも考えておくに越したことはないだろ。
 4は……場合によるな。
 利用できそうかできなさそうかで判断する。
 5は論外だ。
 接触するだけ時間の無駄だな」

無難だけど、現状それ以上詳しく対処を考えることも出来ないみたいだ。
むしろ対処を考えておくべきなのは、ゲームに乗った人間たちというわけか。

「了解したわ。じゃあ、次はゲームに乗った人物よね。
 この人たちは交流云々よりも、緊急時のマニュアルみたいな感じかな?」

私の言葉に頷きながら、しかし恭介は顔をしかめた。
……確かに、危険性を考えれば遭遇しないに越したことはない。
だけど、

「そいつらの情報も得る必要はあるけど、出来る限り避けたくもある。
 ……難しいな、そのさじ加減は」

そう、撹乱をするためには彼らの情報を得る必要がある。
他の参加者から情報を得られればいいけど、私たちが襲撃される可能性も高い。
どうにか生き残れればいいんだけど。
私がそんな事を考えている間に恭介はやはりペンを走らせていく。

『6.ゲームに乗り、誰かを優勝させる為に積極的に殺害を行う人物。
 7.ゲームに乗ったが、優勝以外の何かに興味を示す人物。
 8.ゲームに乗り、自身が優勝する為に積極的に殺害を行う人物。
 9.ゲームに乗ったが、脱出組の中に潜んで暗躍する人物』

「大体こんなとこか。
 さっきの通り、接触の優先順位は数字が少ないほど上。
 まず、6に関しては……」

「私も大体分かってきたから、確認の意味で言わせてもらってもいい?
 ……何もしていないみたいで嫌だし」

さっきから恭介ばっかり喋っている気がする。
私としても、少しは使えるところを見せておきたいと思う。
私も、少しは力になれるのだから。

「お? そうか、じゃあ言ってみろ」
「……6の人たちは多分、探している人たちがいるはず。
 つまり交渉の余地がある。
 奇襲でもされない限り、情報交換の余地はあるかな?
 私たちは戦略上、人の情報を多く手に入れられるでしょうから……」
「ああ、ゲームに乗った連中の中でも扱いやすい面子だな。
 尤も、情報だけ搾り取られて殺される、なんてことにならないようにしないといけないが」

恭介の肯定。
それに満足しながら、私は言葉を繋いでいく。

「……うん。
 7も似たような理由で交渉は出来るけど、6に比べて確実性がないのが欠点よね。
 8は問答無用だから交渉の余地なしって事かな」

7の優勝以外に興味があるっていうのは、実際ありえるどうかは考えにくいけど。
とりあえず、恭介の考えは考えておくに越したことはないってことだろう。

「そして、一番の問題が9。……俺達みたいな連中だ。
 正直、ボロを出すまで手の打ち様がない。
 ……だが、その分直接的な脅威は少ない。
 言動や行動に注意すれば、見抜くことも不可能じゃないだろう」
「恭介、貴方が常に最悪を考えろと言った理由もそこにあるのよね」

確認を取ると、恭介は真面目な顔を更に引き締め肯定した。
私たちのような思考を持っているなら、やはり慎重を期すはず。
ジリ貧の戦いになりそうだと思う。
……だけど、引く訳にはいかない。
クリスの命がかかってるんだから。

「ああ。だから、とりあえず誰のどんな言葉でも深読みするくらいはしてくれ。
 怪しいと思ったらすぐに相談しよう」

それは同意。
……だけど、不安要素がある。
恭介と話し合うのは問題ない。信頼できるのは分かっている。
だけど、どこかの集団と合流した時に彼との会話の中の問題になりそうな言葉を聞かれたら。

「……でも、もし集団内でそう何度も話しかけていたら不自然に思われないかな。
 それに会話の内容を万一聴かれでもしたら……」

……信頼を失ってしまう可能性もある。
そうなれば、私たちの作戦は失敗に終わる。
対策を考えなければいけない。
考え込む私と恭介。
と、不意に恭介がぽんと手を売っていたずらっぽく笑う。

「……そう、だな。
 ……お、そうだ。符丁でも使うか!」
「符丁?」

……って、なに?

「簡単に言えば暗号みたいなもんだよ。
 トラトラトラで我奇襲ニ成功セリ、みたいな感じでな。
 要するに、他人には分からない俺達だけが意味の分かる言葉さ。
 もちろん話の流れでおかしく感じられないようなのがいいな」

言うなり、恭介は顎に手を当てて考え込む。
数十秒経っただろうか、不意に手を打ち鳴らして何故か楽しそうに告げる。

「こんな感じでどうだ?
 例えば、名簿の上から10番目の人を怪しいと思ったとする。
 その場合はこう言うんだ。
 『10分くらいなら待てますから』
 ってな」
「えーと。
 ……『分』が名簿で何番目の人かで、『待つ』が怪しいと思うってこと?」
「OK。呑み込みが早くて助かる。
 そんな感じで時間と動詞の組み合わせで状況を伝えられるようにすれば怪しまれにくいはずだ。
 どうだ、スパイごっこみたいで楽しいだろ」

玩具を見つけた子供のような恭介の笑い方。
まるで状況にそぐわないのに、何故か自然に感じられた。
……本来の彼はそんな感じなんだろう。
こんな状況でなければ、彼は面倒見が良くて皆を楽しいことに引きずりまわすようなリーダーに収まるに違いない。
クリスとはまた違うマイペースさに、私は何となく苦笑してしまった。

「……男の子ってそうなのかな。
 良く分からないよ」
「……あ、すまん。ちょっと空気読めてなかったか」

謝る彼に、気にしていないとばかりに手を振りながら私は同意してみせた。

「……ふふ、でも、何となくそんな気もするわね」


◇ ◇ ◇

俺たちはしばらくいくつかの符丁を互いに考え、一通り揃った所で別の議題に移ることにした。
こればっかりに気を取られる訳にも行かないしな。

「……ま、こんなとこか」

「そうね、とりあえずこれだけあれば用は足せそうだけど。
 ……でも、これはバレない様にする為の工作でしょう?
 万一が起こった後の事も考えておかないといけないと思うな」

そう、その必要もある。
とはいえ、だ。

「……まあ、そうなったら俺達にできることなんて殆どないけどな」

所詮、俺たちは一般人だ。
せいぜいできることといったら、襲撃時に即座に安全圏まで逃走するくらいだろう。

「そうよね……。
 一応、今のところの私たちにとって何かが起こるとしたら、二人がバラバラになることくらい?
 考えたくないけど、どっちかが死んじゃったりしたらもう一方が自分の目的を果たすだけだし。
 あとは、どっちかが怪我を負って動けなくなるとか……」
「……もし俺が動けなくなったら遠慮なく見捨ててくれ。
 出来れば理樹や鈴の保護を頼みたいけど、さすがにそこまで迷惑はかけられないしな」

……トルタにはトルタの、クリスを救うという目的がある。
後を託すなんて事は期待できない。
……だからこそ、俺は万全で事に臨まなければならない。
いざという時に俺が頼れるのは、……俺だけなんだから。
そう考えていた時、不意にトルタが話しかけてくる。

「……私が動けなくなったら? 貴方はどうする?

成程な。
……これは取引、……いや、保険、か?
どちらかが動けなくなった時への対策か。
あらかじめ協定を交わしておくつもりだろうか。
まあ、俺の答えは決まっている。

「さあ、な。出来れば協力したいけど、状況による。
 ……ただ、怨まれても仕方ない選択はするかもしれない。
 それは覚悟してくれ」

トルタは有能だ。
……それ故に、命が大切とか言うつもりは今更ないが、できる限り見捨てたくはない。
考察において意見交換できる相手を失わないように努めるのは道理だろう。

……しかし、そういう割り切りとは別の思考が脳裏に存在する。
やはり俺はトルタの事が気に入ってるんだろう。
それを否定するつもりはない。

もちろんそんな言葉は口にしない。
トルタがいざという時俺を見捨てられるようにする為だ。
だが。

「……じゃあ、私もそうするわ。
 状況次第では見捨てずに協力する。
 貴方の言ってるのはそういうことでしょう?」
「……まあ、そうだな」

思いもよらぬ返事に何となく照れ臭くなって鼻をかく。
……まったく、調子が崩れるな。

とにかく話題を切り替えよう。
話を先に進めることに越したことはない。

「……で、何らかの状況でバラバラになった場合、出来ればどこかに集合したいと思うんだが」

襲撃時にバラバラに逃げれば追跡者を交わせる可能性も上がる。
集合場所を決めておけば、後々別の機会でも役に立つこともあるかもしれないしな。

「異論はないわ。私としても、協力者がいるに越したことないのは充分に分かったし。
 ……そうなると、どこか目印になる場所が必要よね。
 この地図の施設のどこかにする?」
「……いや、それはまずい。
 地図の上の施設は目立ちすぎる。
 危険な連中が襲撃をかけるにはもってこいだ。
 一つ案があるんだ、聞いてくれるか?」

あからさまに目立つ施設はそれだけで居場所を知らせているようなものだ。
探索程度ならともかく、緊急時の避難場所には適さないだろう。
こうした集合場所は、地図上では分からないが、しかし分かりやすい所が望ましい。
考え、一つの案を思いつく。
……俺たちの今後の行動範囲や交通の便を考えると、この案はかなり安全かつ使いやすいはずだ。

「……地図を見る限り、この会場には列車が走っている。
 それを目印にしよう」
「駅で待ち合わせってこと? それも目立つんじゃないかな」

その通りだトルタ。駅は列車を利用しようとする人間が集まる。
だからこそ情報交換にはもってこいだが、しかし緊急時の退避場所には不向きだ。
必ず、そこに襲撃をかけようと考える人間も出てくるだろう。
そこで、こうだ。

「ああ。だからそれはない。
 ……仮にはぐれた場合、はぐれた地点の最寄の線路に沿って歩き続けるんだ。
 駅についたらそこから引き返す。
 そうすれば、はぐれた地点近辺の路線上のどこかで会える筈だ。
 もし禁止エリアにその区域が指定された場合は北回りで迂回。
 あ、B-7からF-7に関しては東回りな。北回りは出来ないし」

つまり、だ。
この会場内にある駅を左からそれぞれA、B、C、Dと振ることにする。
A~B区間近辺ではぐれた場合はAとBの間を往復し続ける。B~C区間近辺ならBとCの間を。
こうすれば集合場所は特定されずに邂逅することが可能になる訳だ。

「後で詳しく言うけど、俺は基本的に列車の沿線を行動範囲にしようと考えている。
 これならその範囲からもさほど離れていないし、問題なく合流できるだろ」 

「……行動範囲云々はともかくとして。よくそんなにアイデアが湧くわね、恭介」
「はは、ま、いろんなムチャやってきたからな。
 トルタもしかし良くついてこられるぜ、バスターズに勧誘したいくらいだよ」

まあ、俺が生きていたのなら……な。
今の俺は幽霊みたいなもんだ。
死の間際であの二人を生かすためだけにどうにか踏ん張っているだけの存在でしかない。
……この事実を言う必要はないか。
余計な情報を与えれば、彼女の思考にも乱れが発生する。
色々な意味でそれは好ましくない。

「……恭介の仲間なら確かに会ってみたいかな」

……仲間か。
もう、俺を受け入れてくれるかどうかは微妙だな。
特に謙吾は俺を許さないだろう。
後戻りは、出来ないんだ。

……だから。

「俺も、クリスって奴に会ってみたいよ。トルタの大切な奴ならな」

せめて、トルタが大切な仲間に受け入れられるところを見たいとは思う。
たとえ後々、理樹たちを優勝させる為に俺が彼女たちを手にかけることになったとしても。






037:吊り天秤は大きく傾く 投下順 038:降り止まない雨などここにはないから(後編)
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016:私と貴方は似ている。 棗恭介
トルティニタ=フィーネ

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