ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

al fine -

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秘密 - da capo/al fine - ◆wYjszMXgAo


……何を話せばいいのか。どうしたらいいのか。
馬鹿ばかりやってた俺にはこういう時の勝手など分かるはずもなく。
ただ話そうとして口を開き、何もそこから出るものはなく静寂は揺るぎはしない。

  静かな静かな空間の中で、私と彼は向かい合う。
  必要な事はとても簡単だと思う。
  ……だけど、それを切り出すことの意味は私にはとても大きい意味を持つ。

いや、出ようとする言葉はあるのだ。
……しかしそれは、この場を濁し、先延ばしにしようとする為のものでしかない。

  ……向かい合うよりも、今までの利害のみの関係を維持しよう。
  ただただ、少し落ち着いてもらえばどうにかなるかもしれないのだから。

怪我の調子はどうなっているんだ――――?
  まずは何か、暖かいものでも飲みましょう――――?


 ……そんな、向き合うべきものから目を逸らした台詞では現状は変わらない。変えられない。
 それは俺も彼女もお互いに分かっているだろう/それは私も彼もお互いに分かっていると思う。
 ならば何を交わすべきか。


分かっている。
俺達の間柄か、ファントムとの関わり方か。
そのいずれもが向かい合うべきであり、しかし俺はそれに対して切り出せない。

  利害の一致というだけで繋がっていたはずの私達の関係。
  そこに、私だけに隠しきれていない彼の復讐心が棘を差し込んだ。

……どちらに踏み込もうとも、俺達の関係は崩壊する。
今の関係を見直すことになろうと、俺がファントムへ滾らせる復讐心の矛先をどうすることになろうと。
……その先にあるのは、最早損得を度外視した領域での話だ。
そうなればこれまでの様な、利害だけのパートナーではいられなくなる。
どう転ぶにせよ、最早普通の会話を交わせなくなってしまう可能性だってあるのだ。
俺は、それを恐れている。

  きっと、ここから先はもう利害の一致というだけで誤魔化すことはできないだろう。
  それはつまり、私と彼がパートナーである理由を失わせる結果になる。
  ……私は、それを恐れている。

認めよう。
理解者を得て、俺は弱くなった。
どれだけの間忘れていたかも知れない、涙さえ見せることになった。
……だからこそ、また俺は強くならねばならない。
必要とあれば、彼女を斬り捨てなくてはならないのだ。

  果たして、理由もなくそこに居ていいのか。
  ……理由がなければ、そこに居てはいけないのか。
  どうしても忘れられない、哀しくて、何よりも安心した光景が私の頭にくっきりと浮かび上がる。

……そしてあの暗い闇の中で一人きり、またも俺は必死に手を伸ばすのだろう。
そこにはあるのは復讐、そして理樹のことだけだ。
……復讐と言う明確な目的があるうちはいい。
それが終わればまた元通り。
ただ理樹のため、理樹のため――――、機械のように動き続ける。
それだけの話だ。

  不意にクリスが、私にその言葉を告げる為に近づいてくる。
  ……全て、思い出したと。
  今までありがとう、と、ごめん、と、それだけを言いたいが為に。
  それだけで私は私の居場所と意義を全て失い、譲り渡さざるを得なかった。
  姉さんに。
  だってもう私にそこにいる理由はなく、彼の隣には居るべき理由のある人が微笑んでいるのだから。

……何を恐れる必要がある。
決めただろう、理樹を、鈴を強くして生きて返すと。
大切な、大切なあいつらより優先するものなんて、ないはずなんだ。
……だから、その為に俺は一人でもやりとげる、その為に余計なものは必要ない!
たとえそれが復讐であっても……、だ。そのはずだ。

  ……私は彼に、失った居場所を求めているのかもしれない。
  それをはっきりと自覚する。
  それがどれだけ酷い行為かも、……思い知る。
  だけど、だからこそ――――、

……そう、俺は復讐という人間らしい感情を取り戻すほどになってしまっているのだ。
だがしかし、彼女はそれを抑える鞘ともなっている。
彼女が居るからこそ、俺は今までの俺に近い状態で留まれている。

  だからこそ、私は彼に言わなければいけない。伝えなければいけない。
  ……感情をぶつける事を躊躇ってちゃいけない、と。
  そうしないと、彼が私と同じ結末を迎えてしまいそうだから。

彼女は一体、俺にとって何なのだろうか。
俺を弱くしながらも、強いままで止め置く楔。

  彼の奥底で燻り広がる復讐の炎。
  それはつまり、失った人が本当に大切だったことの裏返し。
  だったら、それを絶対に否定しちゃいけない。
  大切な人の為の想いが、行動が、失われる辛さを味わって欲しくない。
  例え誰が復讐など許されない事だ、なんて談じても。
  彼自身が認めなかったとしても。
  ……私だけは、それを肯定しよう。

だからこそ――――迂闊なことは言えない。
言葉に詰まり、そこにあるのは時計の刻む定期的な音のみだ。
話すべき事は形を見せながらも、言葉という形に捉えようとするとぬるりと抜け出てしまう。

  だから、私は彼に伝えようと思う。
  一人の女の子の一つの結末を。
  せめて、彼が同じ結末を見届けることのない様に。

……そんな折だった。
不意に、彼女からの声が届いたのは。
その顔に浮かぶのはどういう表情なのか。
……言葉にすることなど出来はしない。
だけど、それでも。

  ……それは誰にも伝えたことのない、秘密。
  お婆ちゃんにも知らせず、クリスが自分で気付くまで続けられた道化のお話。
  だから厳密には彼も知っているけれど、それでも自分からこれを伝えるのは初めてだ。
  これを伝える事の意味。
  ……それは、私には色々な意味で重い。本当に、本当に。
  だけど、それでも。

 それでも彼女は話し始める/それでも私は話し始める。
 後悔だけはなくとも、ただ空虚な心だけの残る。
 頑張って、頑張って、頑張って。
 その果てに報われることのなかった物語を。


「……話をしましょうか。今までの事と、そしてこれからの事について」


彼女はゆっくりとその手を髪に触れさせる。

  私は無理にでもリボンに手をかける。

 ぱさり、という音がして、戦いの中で切られ、肩よりも少しだけ長い程度の髪が宙に舞う。

そこにいるのは俺の知らぬ表情をした少女だった。

  久しぶりにもかかわらず、これだけで私の意思は切り替わる。

……その顔に、佇まいに。ただただ目を奪われた。

  私が私でいるために必要だったのは、結局この程度でしかない。


「あらためて、……私はアル。
 ……トルティニタの姉、アリエッタ・フィーネ『だった』ものよ」


果たして彼女は俺の知る少女なのか。
……それにすら答えは出ず、俺は呆けた表情でその少女を見つめていることしか出来ない。
相対してみれば、一見髪を頭のやや横に結った『トルタ』と似ているのは顔だけのようにも思える。
穏やかで落ち着いた口調からして、あのどことなく人を引っ張る強さを持った彼女の影すら見当たらなかった。

  私は、アリエッタ。
  偽りに塗り固められているようで、それでもトルティニタの半身でもある存在。
  トルティニタは私が大好きで、もう一人の自分と考えていて。
  だからこそ、あの子は私の立場が自分でないことをとても思い悩んでいたの。

「ふふ、ちょっと驚いたかな。急にこんな風に話し出したりしたんだものね。
 ……でもきっと、違和感はないんじゃないかな。とりあえず驚かす意図はないの、ごめんね」

  ……目の前の人は、僅かに目を見開いて何も言い出さない。
  ううん、もしかしたら何も言えないのかもしれないね。
  もしそうなら……、ちょっと都合がいいかも。
  まずは、私の話を聞いてもらいたいから。

「……それでも、今は敢えてこのままアルとして話させてもらうね?
 そうでもしないと……、ちょっと、納得できないかもしれないもの」

  私が『アル』でもある事、それは今までの何よりの証拠。
  さあ、語りましょう。
  その想い、その喜び、その辛さ。
  全ての果てに、せめてその結末を歩んでもらわない為に――――。


「……話はね、今から3年前に遡るの。
 『私』とクリスが離れ離れになる、その時に。
 クリスの空に雨が降り始めた時に――――」


◇ ◇ ◇


話の内容は、予想していたものよりも大分複雑だった。
心のどこかで知りたいと思っていたトルタの過去。

ずっとずっと、幼い頃から共にあった三人。
クリス、トルタ、アル。
ずっと続くと思っていたその日々は、ある日終焉を迎えることになる。
……クリスはアルを選び、トルタを選ばなかったからだ。

それを聴いた瞬間、正直な話、俺は僅かにクリスに黒い感情を覚えた。
しょうがない、と『アル』は言う。
アルには何もなく、トルタには歌がある。
だからこそ、クリスは支えるべきなのはアルだと思ったのだろう、と。

……それでも、トルタを放っておくべきなのかといえば、違う。
ずっと、アルよりも前からクリスに好意を抱いていたトルタを捨て置いていいのかと。
しかしそれとは関係なく彼女の話は進み、俺はその感情を消さざるを得なかった。
感情とは別の割り切りで彼女はそれに納得していたのだし、
彼女の口から出るクリスへの感情を知っていく度に、黒い感情を抱いたことが恥ずかしくならざるを得ない。

……そう、その想いはそれ程に尊かった。

並び歩くトルタの想いが届く事はなく、共に天上を見つめる以外の思い出など一つもない日々。
それでもまだ、彼女はそこに幸せを見出していたのかもしれない。
……アリエッタが事故で意識を取り戻さなくなるまでは。

車に轢かれ、アリエッタはベッドで寝たきりになり。
……クリスはその現実を認められずに『事故にあった』記憶を失った。
そしてあたかも自分を責めるかのように、悲しみを表すかのように彼は雨を見るようになる。
永遠の雨を。

だから。
だからトルタは、アルの振りをし続けることを選択した。
アルは元気に今も故郷で生活しているのだと。
そんなお話を信じているクリスにそれを気付かせないために、トルタは嘘をつき続ける。
3年間――――、3年間もの間、だ。

ただ、クリスを守る為に。
無償の想いをひたすらに注ぎ込む。
週一回『アルからの手紙』を書き、日常生活ではクリスの幻覚や言動をフォローし続ける毎日。
そして、年1回のペースでアリエッタとしてクリスに会いに行く。
……決して、彼女自身の想いを表に出すことはない。その余地はない。
事故の前のアリエッタは料理が得意でパン屋に勤める予定だったから、それを悟られない為にトルタ自身も苦手だった料理を習い、パン作りに精を出した。
……こんな生活の為に、悩みを告げられる親しい友人も作れず、買い食いをしたり遊んだり、学生らしいことをする余裕もなかったそうだ。

……少なくとも、俺の3年間はそうではなかった。
例えあの虚構の世界でどんな思いをしていようとも、本当の世界の学生生活は楽しいものだった。
バスターズの皆との、騒がしくも笑いあえたあの日々は、本当に。

……トルタには、それすら無かったのだ。


――――その果ての結末が、クリスの記憶の復活という形で訪れる。
年が明けて数日。
年末年始の僅かな間、会わなかった。
それだけで唐突にこれまでの3年間をねぎらわれ、そこで終わりだ。

……そしてアリエッタは目覚め、最早トルタには隣を歩くことすら許されない。居場所はない。
どこか遠くから彼らを見守り続けるしかなかった。

そんな時にこの殺し合いに呼びこまれた――――、と、それを告げて『アル』は溜息を吐く。
静かに、長く長く。
……何かに区切りをつけるように。


報われない。ただただ、報われないとそう思う。
……それでも俺は彼女の境遇について何の反応も出来なかった。
慰めることも、憤ることも。

何故なら――――、語る彼女の顔は穏やかなままで、満足そうな顔をしていたからだ。
それがアリエッタの演技によるものか、トルティニタの本心によるものかは全く判別がつかない。
彼女の嘘と演技は完璧だ。
……だけど、どちらにせよ言える事はある。

無理をしてでもここまで完璧な演技をする程に。
あるいは、本心からそれを喜べる程に。
……トルタは、クリスとアルの事が好きで、大切だったのだと。

それだけは紛れもない事実なのだ。


この事に関して俺の介入できる余地は全くない。
既に終わった出来事であり、変えようのない関係であり、何よりトルタ本人がそれを望まない。
彼女自身が受け入れ、納得した以上はもう過去の思い出でしかないのだ。


だからこそ、過去を象徴する『アリエッタ』の姿と口調で伝える彼女は如何なる心中で俺に語りかけているのだろうか。
……その強さは届いても、その内側までは分からない。

何故。
どうして。
何の為に。

俺の為にそうするのか――――。


その答えは、彼女自身の口からもたらされる。


「――――ファントム」


  ……私は、敢えてその名前を口にする。
  途端に恭介の動きが一旦止まってしまった。
  それでも、私は言葉を止めない。
  もしかしたらそれが、彼の心を抉るかもしれない。
  そのせいでまた、私が居てもいい所が失われるかもしれない。

  ……拒絶されてもいい。
  ただ、伝えておきたい事がある。それが最後になるとしても。

「恭介。あなたはきっと、その男への復讐を考えているのでしょう?
 隠さなくてもいいよ。あなたがどれだけ鈴のことを大切に想っていたか。
 ……あなたの憎しみはその証拠なんだから」


嗚呼……、やはり気付かれていたのか。
……やめてくれ、その目で見ないでくれ。
お前の側にいると俺の中の黒い炎が消えちまう。
そして、氷のような鋭さも溶けちまう。
鈴の復讐と理樹への願い。そのどちらもが、霧霞の向こうに見えなくなる。

「……どうやって、気付いたんだ?」

  ……分かるの、それくらい。
  あなたの失ったもの、その大きさは隠しきれるものじゃない。
  他の誰でもない私だからこそ分かる。
  ……死別と離別という違いはあるけど、私も大切な人を失ったから。

「……私は、嘘つきだから。だから他の人の嘘にも敏感になれたの。
 ――――恭介」

『アリエッタ』が俺に、確かに見覚えのある表情でじっと見つめてくる。
それはアリエッタとトルティニタが互いの半身であるが故に、共通する部分なのかもしれない。
……ならば、アリエッタを選んだクリスの気持ちも少しだけ理解できる気さえした。

彼女達は同じくらいに優しくて、どうしようもなく甘えそうになる。
最早見分けがつかないのにそれでも敢えてどちらかを選ばねばならないとしたら、何某かの区別のつく部分だけで判断しなければならないだろう。
……それはきっと、とても辛かったに違いない。
きっとその優しさは、選ばなくともなお献身という形で自分を助け続けるのだから。

「……やめろ」

だからお前は邪魔なんだ/どれだけそれに救われたろう。
ここまで邪魔になるのなら/だからこそ今の俺を見せたくない。
いっその事出会いたくなんてなかった/俺が、俺でいられなくなっちまう。

……そんな事はない。そんな事はないんだ。
お前に出会えて感謝している。そして、俺を俺でいさせてくれている。
それでもだ――――!


「……おい、トルタ。
 じゃあ言ってやるよ、俺が、どんな事をずっと考えていたのか――――!」

理不尽な怒りの覚え方によって生じた激情が、どうしようもなく醜い自分を彼女に刻み込もうとする。
制止する理性の壁とは別の部分で堤防が決壊する。
言うなという意思に反して感情が暴れだす。
きっとそれを告げれば彼女は俺を軽蔑する。
もはや関係を修復する事は叶わない。

違う、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めてくれ――――、

一瞬湧き上がる強すぎる衝動を、しかし一つの思考が粉砕した。
……ああ、嫌われてしまえばそれで終わりだ。
最早彼女を断ち切る事は容易となり、後は今まで通り彼女も含めて理樹と鈴の為に全てを捨てればいいだけだ。
それで全ては元通り。

  恭介の目が怖い。
  ……だけど、私はその視線で射殺されても構わない。
  それも含めて初めて彼は彼自身であり、その原因となる想いを否定してほしくはなかったから。


「……俺はキャル・ディヴェンスを殺す。
 まずファントムの奴を四肢を膾切りにして、歯を全て抜いて、目と耳を片方ずつ潰して、肋骨から丁寧に肉を剥ぎ取ってやる。
 その体の上に何百キロもの重しを置いて動けなくした目の前で、それ以上にキャルを辛い目にあわせてやりたいんだ。
 ファントムの目の前で、惨たらしく。
 鈴に奴がやりやがった、その全てを越えるだけの見せしめを与えて苦しませるんだ……。
 ……はは、はははははは、はははは……」

――――言ってしまった。
これで全て終わりだ。

「ははっ、あはははははっ、ははははははははは……っ!」

……ああ、笑えすぎて涙が出てきちまう。
どす黒い感情を見せてしまった以上、彼女は俺に幻滅しただろう。
復讐を公言した以上、彼女は俺との協定にメリットを見出さない。
感情も理性もどちらの面でも、既に俺といる理由はないのだ。

だから彼女はここを去っていって、……それでいい。
俺にとっても彼女にとっても、それぞれの目的がずれた以上は別行動した方が利益は大きいはずだ。
如月たちが帰ってきたら、彼女を託してここを出て行こう。
……ああ、それでいい、そのはずだ。


「それでいいの。
 私みたいに、ちょっとしたことではすぐ泣くのに……、本当に泣きたい時には泣けない人間になっちゃうよ」

  ……『アリエッタ』の表情のままで私は本当に告げたい事だけを告げる。
  この話を誰かにする事に、どれだけの覚悟が必要だったろうか。
  その割には湧き上がる感情もなく……、ただ、喪失感と開放感だけが残っている。
  ……クリスが記憶を取り戻したと告げた時よりもなお。
  あの時はまだ、感情を彼にぶつける事ができたというのに。

……どういう事だろうか。
いまだ彼女は立ち去らない。
彼女は静かに静かに言葉を綴りだす。
……俺の何もかもを認めるように。

  ……空洞に入り込んでくるのは今まで私がクリスに抱いていた感情とは別の起源のものだ。
  どうにかしてその穴を埋めようと、私は目の前のものに縋りつく。
  私はこの人の助けになろう。どんな形でもいい。
  憎しみを抑える鞘としてでもいい。
  邪魔になるならば憎しみを肥やし、燃え盛らせる為に殺されてもいい。
  彼が本当に望むならば、私は離れる事も厭わない。

  そして私は許せない。
  あの恭介に、ここまでに憎悪を抱かせるファントムを。
  ……そう、そして感情の埋め合わせに彼を利用しようとする自分自身を。

  だからこそ、心の底から彼の力になりたい。
  彼のあらゆる感情と衝動を受け止めよう。
  ……無理をする辛さは、よく知っているのだから。

「恭介。あなたの中で煮詰まっているその感情を隠すことはないよ。
 どす黒くてもいい、醜くてもいい。脆くたっていい。
 そんなものはないほうがおかしいし、堪える必要もないの。
 ……私は少なくとも、それを受け入れるから。共有できるから。
 大切な人が手の届かない所にいるのは……寂しすぎるもの」

  ……ああ、そうか。
  私は多分、とうとう認めてしまったんだ。
  クリスはもう二度と私と共にいることはないって。

……ようやく理解する。
何故、彼女がこの話をしたのかを。

俺の為。
確かに動機はそれだったのだろう。
だが――――、それ以上に。

  おかしいね。
  あれだけ私は彼の事が好きだったはずなのに。
  ……ううん、だからこそ。

――――彼女は、救いを求めていた。
目の前の髪を解いた少女は穏やかな表情を浮かべたまま、そこに一切の綻びは見られない。
……だけど、そのあまりにも分厚い雨霧の向こうに、確かに肩を震わせるトルティニタの存在を感じた。

その震えをとめたくて肩に手を伸ばそうとして、やめる。
……俺が助けるべきを見誤るな。
何の為に、どれだけの犠牲を払ってきたのか。
それは、俺にとって理樹が掛け替えのない仲間、いや、それ以上の存在である“リトルバスターズ”だからに他ならない。
ああ、それでも。

  だからこそ私にできるのは、ここまで。
  今も私はクリスの事を愛している。
  これは今後一生変わる事はないだろう。
  それでも、私は彼のいない道を歩んでいかなくてはならない。
  ……だけど。

俺にとって、彼女の存在は確かに救いと成り得ている。
だから彼女には進ませたくない。
暗い昏い闇の中で、痛みと暑さと苦しさと、狭さと気持ち悪さと寂しさに押し押されながら。
……誰に知られる事もなく、それでも何か出来ると信じて這いずり回る無限の回廊を。

  一人はやっぱり……、辛いよ。
  あなたもそうなんだよね、きっと。
  そして、あなたは私にとって大切なものになりつつあるのかもしれない。
  だから。


俺のできるのは、ただ――――、

  私のできるのは、ただ――――、


「……お前はトルタだ。トルティニタだ。
 アリエッタじゃない、髪を変えても、服を着替えてもトルタなんだ。
 それでいい、そのままでいいんだ……」

「……私は、あなたの全てを認める。
 たった一人で大切な人たちを助けようとしたその頑張りも。
 喪った人の為に復讐を求める、その心も。
 全て、あってもいいものだから。私が……、全部手伝うから」

 良く似ている者として、それぞれを認め合う。
 互いを互いの支えとして、自分を認めてくれた人に寄りかかり精一杯立っていようとするだけだ。

 ……その、取っ掛かりとして。
 どちらともなく、ただ、その手を握った。
 それだけだった。


その途端、俺の中の何かは軽くなる。
……まるで見えない何かが支えてくれているかのように。
そして――――、

「……あ、れ?」

ぽろぽろと、ぽろぽろと。
表情を変えぬまま、彼女の瞳から流れ出す水滴は止むことはない。
まるで降り止まない雨のように。

彼女がいつか言った言葉を思い出す。

……あなただって、幸せにならなくちゃいけない。
報われない想いなんて、私は認めない!

そこに、どれだけの想いが込められているかなど考えるまでもない。
……誰も彼女を認めなかった。
その辛さを俺は知っている。

いつかの時彼女は俺の涙を受け止めた。
ならば、今度は俺の番だ。

……本来は俺が言うべきではないのだろう。
だがそれでも、彼女が彼女としてある為にはこの言葉をかける必要があるはずだ。
もはや存在意義をなくした仮面は、被っている必要はないのだと告げなければならない。
彼女が彼女でなくなったスイッチは、実に単純だった。

「……なあ」
「……ごめんね、急に泣き出しちゃって」


――――言葉が出てこない。
何でこんな時に限ってボキャブラリーが貧困になるんだ俺は!

それでもどうにかして、言葉を搾り出す。
最低限だけど、伝えたい言葉は伝えられるように。

「……リボンをしていた方が、お前に似合ってると思うぜ」


  ――――それは、私がトルタであることを認める言葉。
  アリエッタとトルティニタ、私がどちらであるのか。
  境界が溶け合い曖昧になり、私にすら真実が分からなくなったあの日々の終焉を意味していた。

  それがどれだけ哀しくて、どれだけ嬉しかったか。
  ……到底言葉では表す事はできないだろう。


  それに報いる為に私が彼にできる事は何なのか。
  無力で足手纏いな私にもできる事。
  それは、きっと、この程度しかない。

「覚えておいて。
 ……もし私があなたの隣にいられなくなった後でも、私はあなたの苦しみを一緒に担おうとしたという事実を。
 その確かにあった事実はきっと、あなたの救いになれると思うから」

  恭介の顔は確かに歪む。
  ……罪悪感と嬉しさとが相混ざった感情が浮かび上がる中、彼の言わんとする事を遮って私は早口で全て伝えきる。

「そんな事を……」

「ごめんなさい、でもこれだけは事実。
 これからあなたが一人で道を進む必要はないって、それだけだから」

  ……この殺し合いで私が生き残れる可能性は、きっと低いだろう。
  いや、低いに違いないはずだ。
  足を怪我した以上まともな戦力にもならないし、他の人と交流する機会だって少ない。
  果たせる役割が少ない以上、このゲームの場においては『事実上死んだ』といっても過言ではないのだ。
  それが分からないほど愚かじゃない。
  だから、今のうちに伝えておかねばならない。
  たとえ一人になったとしても、彼が彼のままで居られるように。


 ……その言葉を境に、ただ場には沈黙が満ちる。


  不意に、恭介がどこか遠くを見つめて何事かを呟きだした。

「……なあ、覚えているか? 初めて会ったときに言ったよな。
 最後に残ったのが俺たちなら、一騎打ちをして優勝を決めよう……、って」

「……うん、覚えてるよ」

  ――――そんな事を話した事もあった。
  今となっては……、もう、どうでもいい気にもなっている。
  どんな結末であろうと、彼が私を突き放さない限りは覚悟できそうだから。

「……思ったんだけどな。
 確か主催の連中は、このゲームに時間制限を施していない。
 少なくとも今の所は何も言ってないはずだ」

「そう言えば……、そうだったかもしれないわね」

  ……彼が見つめているものは何か。
  手を伸ばしたいと思っている光景は何なのか。
  薄々分かるが故に、私は敢えてそれを明言しない。
  ……希望というのはある意味、最も辛い責め苦なのだから。

「ああ、……だから。
 もし時間制限がなくて、最後の二人が首輪を外して禁止エリアを無効化していて、尚且つ争う気もないのなら。
 ……このゲームの終わりはどうなるんだろうな」

「……分からないよ」

前提条件が多すぎる、夢の果てのそのまた果て。
俺は何を口にしているのだろうか。
こんな事を話しても意味はない。
もっと建設的に、今からどう動くかなどを話し合ったほうがいいに決まっているのに。

「……はは、そうだな。その通りだ」

それでも俺は何かを口にしようとして――――、

「なあトルタ。もし俺たちが最後の二人になっちまった場合は、敢えて戦いなんかせずに――――、」

……ようやく、自制を働かせる事ができた。
夢は夢、俺たちは今を生きている。
大切な大切な人達の為に、まだまだできる事はあるに違いない。
それらを一つ一つ、しっかりと話し合うことにしよう。

「……いや、何でもない。何でもないんだ。
 ……気にしないでくれ」

  それでいいの。
  ……今は、今を生きましょう。
  私は再度髪を結んで、ようやくトルティニタとしての言葉を紡ぎだす。
  少し無愛想かもしれないけど、それでも面倒見のいいトルタとして。

「……じゃ、始めましょうか。
 これからの事を、これからの為に。何をすべきかまとめていきましょ。
 恭介の言葉を借りるなら、ミッションスタート、かな」


……そう言う彼女の笑顔に、俺はこれまで救われてきた。
今ここに至るに当たって、強く強く思うことが一つある。

――――この手を汚させる訳にはいかない。
俺の中では未だに薄れる事すらなく、どす黒く醜く淀んだ感情が確かに鎮座している。
彼女はそれを認め、手伝うといってくれた。
そんな彼女だからこそ、俺は彼女に俺の復讐を付き合せたくない。

……ならば、どうすべきか。
彼女の信頼を裏切ってでも、俺は彼女を引き離すべきなのかもしれない。

気付く。
……それはまさしく、俺が理樹や鈴を救う為に幾度となく繰り返した思考と同じだ。
大切だからこそ、引き離す事を考える。
確実に確実に、彼女の存在は大きくなり過ぎていた。

しかし、この心地良さを失うことに怯えたまま――――、


今は答えの出ない問いを頭の片隅に、俺はただ彼女と意見を酌み交わし続けている。



170:モノの価値は人それぞれ 投下順 171:Third Battle/賭博黙示録(前編)
181:一人の隠密として、一人の姉として 時系列順
165:日ハ沈ム、駒ハ踊ル 棗恭介
トルティニタ=フィーネ
143:第二回放送 神は慈悲深く、されど人の子は 言峰綺礼


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