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賭博黙示録(前編)

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Third Battle/賭博黙示録(前編) ◆wYjszMXgAo



豪奢な空間、亡者達の見果てぬドリームワールドの扉。
キンキラキンに輝くお金と見栄の成れの果て。

……そんな衆人の抱くイメージとは裏腹に、その場所は静かに穏やかに来客を歓迎する。
クラシックな基調に整えられた内装は、彼ら以外誰もいない事も相まって馴染みの喫茶店のような雰囲気でただ己が役を果たすのを待ち望んでいた。
立ち入るのは二人の男女。
先刻まで両者の間にあった緊張感は最早なく、それぞれが頷きあって一つの装置の前に辿り着いた。

トルタの過去の話を終え、棗恭介トルティニタ・フィーネは具体的にこれからどうするかという事を話し合い、決断を下す。
……ひとまずカジノの景品を確保すべし、と。
如月双七アル・アジフ羽藤桂に外の捜索を任せた以上、こちらとしても本分は果たさねばならないだろう。
第4回放送。
その時が訪れるまで不用意に動いて合流を妨げる必要性は微塵もない。
おそらく放送などの折や、何らかの事態が起これば向こうも連絡を入れてくるだろう。
携帯電話を持つアル達は元より、もし公衆電話などが見つかれば如月双七との接触も可能なはずだ。
外部の情報を手に入れる事は可能。
ならば、こちらはこちらで防備を固めておくべきだろう。

とは言えとりあえず物品の少ない現状は、セキュリティコントロールルームの機材を用いての防護くらいしかできはしない。
カジノの各所に仕掛けられた赤外線センサーに侵入者が引っかかれば、自ずとカジノ内に警報が響くようになっている。
そうなった場合、セキュリティコントロールルームに即座に帰還して監視カメラで対策を練る事くらいはできるだろう。
防火隔壁やスプリンクラーを作動させればある程度の足止めも望めるはずだ。
勿論逃走ルートは完璧に押さえてある。
その上で、実際に逃走するか侵入者と相対するかを決めればいい。

勿論、懸念はある。
例えば発電所などがあるからして、この島にはライフラインが通っている事は確実だと恭介は推測している。
……それを破壊されればこちらのプランは脆くも崩れ去る事だろう。
だからこそその為にも、最悪の場合、即ちセキュリティコントロールルームすら寄る事をしない時の逃走ルートは構築済みだ。
ライフラインを遮断すればこのカジノは地下である以上、照明等にも確実に問題が発生するはず。
一部のゲームなども動かなくなる事だろう。
それを察知したら即座に予定通りのルートを経由して最短経路で脱出。
裏口のスターブライトで一目散に禁止エリアに向かい、携帯電話のアプリを起動させて様子を見ればいい。
次の連絡の時にこれらの事項をアル達に伝えておけば、合流も容易だろう。

またそれらとは別に、今回の放送についての考察は一つの結論が出ている。
……主催者達も一枚岩ではないということだ。

明らかに混乱と参加者への挑発を狙っていた言峰のそれに対し、神崎の放送はあまりに事務的だ。
前者が担うのが殺し合いの促進なら、後者はそれの調整といったところか。
この時点で参加者の減少が加速するのは望ましくないと判断したのだろう。

……まだ恭介は己のこのゲームへの考察を、トルタには伝えていない。
が、ある程度それは形は見えてきている。

これらの意味する事が、それぞれの盤上の“駒”としての動きだという可能性は高い。
ルークが縦と横にしか進めないように、ビショップが斜めにしか進めないように。
この殺し合いがゲームだとするならば、各々に果たすべき役割があるわけだ。
ゲームを盛り上げる為に、そして戦術の幅を広げる為に。

ならば、と恭介は考える。
『殺し合いを促進する=優勝させる事が勝利条件』側の駒が言峰であるのなら。
『殺し合いを停滞させる=優勝以外が勝利条件』側の駒が神埼なのではないか、と。

これなら神埼が中立に徹そうとする理由も説明可能だ。
基本的に、参加者に最初に与えられる情報は『優勝すれば生き延びられる』だけ。
ゲームだとするならば、それ以外の勝利条件を開示すれば全く盛り上がらなくなるだろう。
参加者が探してこそ意味がある、という訳だ。
つまり、神埼の立場は優勝以外の勝利条件を模索させつつも、しかし情報は開示できない、という微妙なもの。
もし彼と接触できるなら、『優勝以外の条件』で脱出する算段が見えてくるかもしれない。

……とは言ってもあくまで神埼の役割がそうであるというだけの可能性であって、神埼本人の意思はそこにない。
もし彼が立場上その動きを担っていても、彼が協力的である保証はない以上当てにすべきではないだろう。


――――それだけを考えて、恭介はこの事に関する考察を打ち切った。
今為すべきは現実に起こりうることの対処だ。
その為にも、カジノの景品を手に入れることを考えねばならない。
最優先事項はUSBメモリであるが、それ以外のアイテムも上手く使えば自分たちの装備の強化に役立ってくれるだろう。

例えば、と恭介は景品の一覧に眼を向ける。
そこにあるのは一つの音楽家の名前だった。

――――レノン。

それは虚構の世界にて恭介が意のままに操る事のできた猫の名前だ。
もしそれが思った通りのものならば、直接的な戦闘力は望めないだろうが偵察には非常に有効だ。
要するに、自立行動可能な遠隔探査装置。そう考えればいい。
これを手に入れられれば警備も容易になるだろう。


こうした意図の下に彼らは今ひとつのスイッチの前に立っている。
ディーラーロボを起動させる、その為の装置。
各々に半分ずつカジノのコインを分配し、為すべき事を為す為に。

その手にあるのはそれぞれ250枚相当。
当初は不要な支給品をコインに換えるつもりだったが、幸か不幸かどれにも使用価値を見出せた。
現状の装備をこれ以上減らすのは流石に愚かと考え、偶然カジノに放置されていたコインのみを元手にする事に決定したのだ。


「……さて、始めようぜ」

「……うん」

互いの手を重ね、そのスイッチを、押す。
……特に何の変哲もない、ただのプラスチックの塊だ。
然して、それがどのような意味を持つのかも知る事はなく。

押した。


――――静寂が満ちる。

何も変わる事はなく、ただただ沈黙が支配する。

「……恭介」

「どういう事だ……?」

顔を見合わせて首を捻るも何も変わる事はない。
もしかして何かの手順が必要なのか、それともそもそも何かの罠だったのか。
後者の可能性に関してはゲームである以上主催もルールは遵守すると考えたい。
だからこそ否定したい所だが、0ではないというのが難しい所だ。

不安が二人の間に満ち、耐えかねて何かを口にしようとした、その時。

『成程な。
 コレが起動させられたという事は、ようやくこのヒトという種の根源、その醜悪なる本質を
 剥き出させる空間に立ち入る者が現れたという事か』

ぽん、とそれぞれの肩に一つずつ小さく冷たい手が置かれ、聞き覚えのある野太い声が届く。


「……誰だッ!」

顔を引きつらせるトルタを守るように間に割り入ってみれば、その目の前にいたのは。

「……女の……子……?」

『ほう……。これはこれは、よりによって君達かね。
 実に愉しい一時を過ごせそうだ、我らが御父に感謝を』

長い髪の一部を所謂ツインテール状に纏め、残りは流したままの黄色がかった制服を着た少女がそこにいた。
……否、少女といっていいものだろうか。
その肌や目こそ人間そのものではあるが、耳を覆う妙なカバーは決してヒトのものではない。
まさしくその正体は人形なのだろう。
しかしソレはそうした事実を全く感じさせない表情をその顔に深く深く掘り込んでいく。
どこかで見た愉悦の表情を。
場所が場所なら、最強の吸血鬼と間違えても可笑しくないその声と共に。
右手を腰の後ろに、左手を僅かに掲げたその独特なポーズを見せつけながら。

『……ふむ、では早速始めようではないかね。
 そして見せてくれ、君達が破滅に追い落とされ足掻き藻掻き、
 希望と絶望の狭間にて己の矮小さと卑小さに打ち拉がれ夢の果てを見据えることすら苦痛となるその瞬間を、な」

……その口上に二人は即座に直感する。
目の前にいるのが何者であるのかを。

場が、一気に冷え切り緊迫。
……その最中、恭介は眼光で相手を射抜くかのように、少女の人形の向こうにいる誰かに言葉を叩きつける。
誰かのおかげか、唐突な事態にも既にその意思は揺らぐ事無く、確かに自分の為すべきことを過たずに選択できるようになっているのだ。
それは確かに宣戦布告であり、その存在に相対する決意表明である。


「……麻婆豆腐は美味かったか? 言峰、綺礼……!」


『――――ほう』

少女の姿をしたソレが、よりいっそう破顔する。
まるでその対応こそが、自分が望んでいるものであるかのように。

『では問おう。何故君はそれだけの確信と共に断言できるのかね?』

その深く昏い笑みに向かい合い、棗恭介は自明であるかのように推理を述べる。
この程度は分かって当然であると言わんばかりに。

「簡単な話だ、放送の時お前は何かを食っていた。
 ……あの時鳴っていた何かを打ち合わせる音、あんな澄んだ音が出るのは景徳鎮どうしをぶつけた時くらいなもんだ。
 つまり、あんたはレンゲと皿で何かしらの中華料理を食っていたんだ」

淡々と、淡々と。
傍らにいるトルタと確かめ合うように視線を交わしながら、目の前の存在に告げていく。

「……そして、あんたの咀嚼音と乱れた吐息。
 前者からは食ってる料理の状態を知ることが出来る。
 あんたが食ってたのはスープの多い、柔らかい何かに間違いない。
 後はあんたの息が乱れたってとこから辛い何かだって事までは想定できる」

一息。

「……ここまで材料が揃えば、推理は簡単だ。
 生憎俺のボキャブラリーでそれに該当する料理は一つしかなかった。それだけだ」

パン、パンと手を打ち鳴らす音がした。
見れば、人形が褒め称えるかのように。
歓迎するかのように悠然と一歩踏み出した。

『……見事と言っておこうか、棗恭介。
 だがしかし、ここで話しているのが言峰綺礼だと何故確信できるのかな?」

「そっちに関してはそもそもあんた、隠すつもりもないだろ。
 最初っから自分はこの子を遠くから操作しています、なんてニュアンスが滲み出てるぜ
 しかも対応が柔軟すぎる。どう考えても人間が機械の向こうで喋っている以外に解答はない」

……その言葉を聞き、人形――――、いや、言峰綺礼は喜色を隠す事無くゆっくりと立場を明確にする。
彼が訪れたその理由を語りだす。

『成程……、成程、確かにな。全く的を射た意見だよ。
 おっと、そんな目でみる必要はないだろう?
 まあ、余興のようなものだ、小手調べと考えてくれたまえ』

睨みつけるトルタを受け流しながら、言峰は自身の目的を果たす為に語り――――、

『……さて、本題に入るとしよう。
 いくら進行は神崎黎人が主体とはいえ、私も放送までには彼らのところに向かわなくてはならないのでね。
 ああ、何故私が出向いたかは疑問だろうから答えておこう。
 まずこのロボット、引いてはカジノの使用法の説明だ。そして――――、』

ただ、決定的な一言を告げる。

『そうだな、しいて言うなら娯楽だよ』

◇ ◇ ◇


ポーカー。

コントラクト・ブリッジ、ジン・ラミーと並び世界三大トランプゲームの一角に位置するこのゲームは同時にギャンブルとしての歴史も古い。
一説によると19世紀半ばには既に賭博として用いられていた事もあるのだとか。
勿論それに順じ、そのルールは今もなお多様化し、どのルールを採用するかについても作戦は大いに変わってくる事だろう。

最も基本的で、全ての札を隠してプレイするクローズドポーカー。
一部の札だけを公開してプレイするスタッドポーカー。
札の強さを逆転させてプレイするローポーカー。
自分の札を相手だけ見えるようにして、自分自身は見ずにプレイするインディアンポーカー。

他にも多々の様式があり、ジョーカーの有無でも全く性質は変わってくるのだが、そのどれもに共通するルール、プレイの手順がある。
プレイヤーに札を配り、たった一度だけ手札を交換して役を作るのだ。
無論、その役を作り上げるのにも高度な戦略戦術計算力、そして運が必要とされる。
……だが、ポーカーの醍醐味は結果的な役の強弱を比べることだけではない。
役を比べるその際に賭けた金額や相手の態度、言動から自分以外のプレイヤーの作った役の強さを想定し、駆け引きをする。
勝てると思ったらより賭け金を吊り上げ、負けると思えば潔く引く。
ブラフを駆使し相手を退かせ、時に真実で勝負を仕掛け徹底的に叩きのめす。
……それこそが、ポーカーというゲームなのだ。

賭けのやり方も交えて、それを一般的なルールであるクローズドポーカーを用いて説明しよう。
なに、実にシンプルなルールだ。
役を覚えるのがやや手間がかかるくらいで、初心者でも簡単に参加できる。

まず、ディーラーがプレイヤーに5枚ずつ、裏返しでカードを配る。
この際ディーラーはプレイヤーを兼ねていても構わない。
全員に配り終わり、それぞれの札をプレイヤーが確認したら1回目のベットタイムだ。

この時配られた札を見て、どの役を作りやすいかを見極める。
その『作れそうな』役の強さに応じて、ベット――――賭け金をディーラーから時計回りで順に提示していくのだ。
もちろん、ノーペア(役なし)になりそうだったり、相手に勝つ自信のない役ならこの時点でフォルド(ゲームを降りる)しても構わない。
尤もブラフ次第ではその回でも勝利できる可能性はある以上、必ず降りなければならないという訳ではないが。

そうしてプレイヤー全員がベットし終わった時、残っているのはこの回のゲームに参加するものだけだ。
その面子で今度はレイズ(賭け金を吊り上げる)、コール(前の相手と同額を賭ける)、フォルドのいずれかを選択する。
これはフォルドしなかったプレイヤー全員の賭け金が同額になるまで続けられる。
一度ベットしてしまった上でフォルドを選んだ場合、賭け金は没収されるのは言うまでもない。
ちなみに、この時一人を除いて他のプレイヤーが全員降りたなら、そのプレイヤーの一人勝ちである。


そしてこれからが本番である。
各々の5枚のカードのうち、任意の何枚かと山札の同数のカードを交換し、役を完成させる。
これを終えた後、完成した役の強さによって駆け引きを始めるのだ。
2回目のベットタイム。これこそゲームの真髄なのである。

前のベットタイムと同じ様に、順番に『レイズ、コール、フォルド』をプレイヤーは選択していく。
単純に自分の札に自信があるから強気な金額を提示してもいい。
自信がないからこそ、相手に降りてもらいたいが為にブラフを仕掛けてレイズするのもアリだ。
無難にフォルドだって立派な選択肢である。
ポーカーではゲーム中の会話も認められているため、口八丁でどうにかする事も可能だろう。

こうして全てのプレイヤーの賭け金が再度同額になったとき、ようやく決着の瞬間が訪れる。
役の強さを見比べ、その中の最強の役を完成させたたった一人がこのゲームでの賭け金全てを手に入れることが出来るのだ。
途中でフォルドしたもの、そして実際に役を比べ合ったもの。
そうした敗者は何も得る事はなく、儲けられるのは残酷にも一人。
それが、ポーカーだ。

尤も、先述の通り他のプレイヤーが全員フォルドしたなら、敢えて役を比べるまでもなく勝てる。

その意味で全員に希望はある。
これが役を揃えるだけのゲームにはない魅力だろう。

このゲームでの役の強さは、以下の通り。
下記のものほど強力な役とされている。

ノーペア:通称ブタとも。役ができていない状態。
ワンペア:同じ数字のカード2枚のペア一組(残り3枚は問わない)。
ツーペア:同じ数字のカード2枚からなるペアが二つ(残り1枚は問わない)。
スリー・オブ・ア・カインド(日本ではスリーカードの通称が一般的):同じ数字のカード3枚(残り2枚は問わない)。
ストレート:3~7のように、5枚のカードの数字が連続していること(スートは問わない)。
フラッシュ:5枚全てが同じスート(数字は問わない)。
フルハウス:ワンペアとスリーカードの組み合わせ。
フォー・オブ・ア・カインド(日本ではフォーカードの通称が一般的):同じ数字のカード4枚(残り1枚は問わない)。
ストレートフラッシュ:ストレートで、かつフラッシュ。
ロイヤルストレートフラッシュ:10、ジャック、クイーン、キング、エースの組み合わせで、かつフラッシュ。
ファイブ・オブ・ア・カインド(日本ではファイブカードの通称が一般的):同じ数字のカード4枚とワイルドカード(ジョーカー)が1枚。

これらを揃え、競い合わせるのだ。


……では、実戦を御覧頂こう。
参加者は三名。
棗恭介、トルティニタ・フィーネ、言峰綺礼。

三柱の織り成すカードの舞踊を、とくと御覧あれ――――。

◇ ◇ ◇



『せっかくの機会だ、次の放送までしばし私が君達の相手を勤めようではないかね。
 機械相手に賭けをしても面白くないだろう?』

カジノのゲームの動かし方、ディーラーロボの運用方法。
それら全てを説明した後、唐突に言峰はそんな事を言い出した。


当然、何かの罠と言う可能性は充分ある。
そもそも言峰の賭けの能力は未知数とは言え、下手すれば機械よりも強い実力者をわざわざ相手取る事になるのではないか。
実際自分達はカジノのコインを必要としているのだし、そんな不利な条件をわざわざ汲んでやる必要はない。

故に、ふざけるな、と言おうとしたものの、恭介はしかし考えを改める。
言峰は明らかに何か干渉しようとしている。
ならば、これは好機であるのに間違いはない。
娯楽と言い切った言峰の真意を問いたださねばならないし、何より情報が手に入る可能性もある。

……そこで、運の要素だけでなく、相手との駆け引きの場ともなりうるポーカーを提示した。

故に、使用するカードも新品であることを、中身を自分の目で全て検め確認したうえで了解を出す。
妙な模様や磁気加工の痕跡などもなく、明らかに細工はされていない。

ワイルドカードはあり、クローズドポーカー。参加者は3人。
……そんなルールの提示にも言峰はあっさり頷き、故に滞りなくゲームは開始される。

そんな言峰の様子を見て、恐らくは真剣に勝負をするつもりだろう、と恭介は推察する。
勿論イカサマに長けている可能性もあるが、ロボットの動きを見るにややぎこちない上、言峰自身が、

『神父として、そして監督役として。
 私は小手先の詐欺を一切合財行なわない事を神前と規律に誓おう』

と告げた為、一応の信頼をすることにした。
神父として云々はともかく、ゲームの駒であるならルールの遵守は絶対のはずだ。
なればこそ、規律に誓ったという発言はある程度信ずるに値すると考える。

現に、今のところイカサマを行おうとする雰囲気はない。
彼も彼なりに、ゲームに向かい合っている可能性は高いだろう。
……ただし、それはあくまで遊びを真剣に行なうに過ぎない。
結局は言峰の操るロボがディーラーである以上、彼の側のコインは無尽蔵なのだから。

そして始まった初回のゲーム。
配られた5枚のカードを元に、まずは言峰が己の賭け金を宣言する。


『ベット。50枚を賭けよう。次は君の手番だ、トルティニタ・フィーネ』

……トルタ、恭介共に持っているコインは250枚。
全体の1/5という事で、初回の賭け金としては無難な所だろうか。
その言葉を聞き、恭介は確信する。
……相手の目的が娯楽という事に相違はないらしい。
叩き潰すのが目的ではなく、あくまで適正な範囲で対処しようとしているからだ。

そんな事を脳の片隅に置きつつ、恭介はトルタのほうを見る。
と、彼女は思案し、一つの言葉を告げた。

「……コール。私もそれで問題ないわ」

それだけを紡いだ後、トルタは恭介にアイコンタクトで接触する。

――――無難な手札だ、と。

何も言わずともお互いにある程度の意志は汲めるようになっている。
故に、それを利用して二人で連携をしながら言峰からコインを搾り取ろうと言う算段だ。
何せこちらは二人。
ポーカーと言うゲームの『勝利者が全ての賭け金を手にする』という性質上、どちらかが勝ちさえすれば結果的にコインは戻ってくる。

事実上、1対2の戦いだと言えるだろう。
だがそれでも言峰はそれでもまだ遊ぶ余裕を残しているのが空恐ろしい。

……それは無尽蔵のコインという気負うものの少なさよりも、実力によるものが大きいからだ。
絶対的な自我を確立し、いつ如何なる時でも揺らぐことのない真の強者。

ティトゥスや理性の怪物に相通じる何かを、言峰綺礼は持っている。

それも当然だ。
言峰綺礼と言う男は超一流には決して達さずとも、その手前までは恐るべき速度で何物をも飲み込んでいく存在なのだから。
それは賭けに置いても変わることはない。
そうした『努力で辿り着ける範囲の極限』に加え、十年前に自己の起源を認めることで辿り着いた最果ての心の境地は、ただただ悠然とそこにある。

それでもなお食らいつき、少しずつでも立ち向かわんと。
棗恭介は最初の攻撃を仕掛け始める。

「レイズだ。……追加50枚、計100枚を賭けるぜ。どうだ?」

現在の恭介の手札はスペード3、ダイヤ3、ダイヤ4、ハート6、クローバー11。
カード交換前で既にワンペアが揃っているという好機だ。
ここで強気に出ない理由はない。

言峰の人形を睨みつければ、やはり態度は変わらない。
相変わらずを笑みを浮かべせたまま、少女の顔に不釣合いな野太い声を呟きだす。

『良かろう、コールだ。トルティニタ・フィーネ、君はどうするかね?』

……その視線からトルタを守りたい衝動に駆られるが、しかし恭介はそれに耐える。
この戦いは彼女自身も望んだことなのだ。
足を怪我し、戦線に臨む事の出来ないトルタ。
せめてこのような場くらいでは力になりたいと、共同で戦うことを申し出た。
……それを否定することなど、恭介に出来はしない。

「……構わないわ、コールよ。さあ、さっさとカード交換に移りましょ」

恭介をちらりと横目で見つめ、お互いに頷くのを確認する。
これは恭介に任せたと言うサインだ。
駄目元のカード交換でいい役が揃えばよし、そうでなければ自信のある恭介に後を託す。
……ルール上完全な意思交換は出来ずとも、この程度の事は容易なことだ。

『承知した。さあ、救いとなる札を手渡そう。そして斬り捨てられる何某かを哀れみと共に寄越し給え』

冗長な言葉を無視し、トルタが2枚を、言峰が1枚を交換するのを確認し、恭介は己の手札を取捨選択する。

まず、既に揃っている2の2枚は手元に残すのは確定だ。
これがあるだけでブタという事態は避けられるし、交換でもう一つのペアがくればツーペアを、
残りの2のカードが来ればスリー・オブ・ア・カインドを狙うことも可能だからである。
余程運がよければフォー・オブ・ア・カインドを拝むことも出来るだろうが、まず無理だろう。
他の役――――、ストレートやフラッシュを狙うにはスートも数字もバラバラだし、それ以前に2を残す時点で完成は不可能。
よって、交換する枚数は2以外の3枚全てだ。

……結果。
恭介の手元の札は、スペード3、ダイヤ3、ハート3、スペード5、ダイヤ13。
幸先の良いスタート、文句なしのスリー・オブ・ア・カインドが完成することとなる。
計5枚を要するストレートより上位の役など滅多に完成しない以上、現実的な役としては最も信頼に足る役といっても過言ではない。

……だが、もしもと言う事もある。
言峰とトルタの動向を確認してから全てを決断すべきだと判断。

……と。

『……レイズだ。150枚を提示する』

ディーラーでもある言峰が、金額の吊り上げを宣言した。
その途端トルタの顔がくしゃりと歪む。
……既に、最初に持っていたコインの半分以上の額が提示されている。
トルタの手にした役ではそこまでの金額を信頼するに値しなかったのだろう。
客観的に見たならそれは自明のように思われた。
言峰も当然それを理解したのか、愉悦の篭った声色でトルタに決断を促している。

『さあ少女よ、君はどうするのかね?
 無謀と勇気は別物だ、如何なる道を選ぼうと私は君に惜しみない賞賛を贈るだろう』

それを言い終える前に割り込んで、トルタはしっかりと選択を告げた。

「……フォルド。私は降りるわ」

既にその顔に悔しさは浮かんでいない。
後の事は頼んだと、仲間に純然たる信頼を寄せる相貌がそこにある。

「……恭介」

無論、それに答えない理由はない。
ニヤリと口端を歪め、二本指を振って返す恭介を見届けて、トルタはポーカーテーブルの上に自身の5枚のカードを伏せる。

トルタが降りた以上、初戦は恭介と言峰の一騎打ち。
……できればこれを制し、波に乗りたいがどうするか。

考える、考える、考える。
言峰の持つ手札が何かを考える。

レイズしたと言う事は何かしらの役が揃った可能性が高い。
だが、ブラフである可能性もある。
……言峰の態度はそれ自体がポーカーフェイスの様であり、どちら寄りかは全く見分けがつかない。
ならば、真実であると言う前提の下で考えた方が最悪の場合は回避できるだろう。

……着目すべきは、交換した枚数だ。
1枚。
果たして如何なる意図の元にそれを交換したのか考えねばならない。

大前提として必要な要素は、言峰に最初に配られた手札は、あと一枚交換するだけで役が完成する状態だった――――という事だ。
この時点でその時完成していた役からワンペアとスリー・オブ・ア・カインドは消える。
どちらも4枚も必要ない役だからだ。

そしてもう一つ考慮すべきなのは、言峰の役が実際完成したか、カード交換が成功したか否かということ。
仮に成功した場合、言峰の今持つ可能性のある役は5枚で完成する役。
ストレート、フラッシュ、フルハウス、(ロイヤル)ストレートフラッシュ、ファイブ・オブ・ア・カインド。
失敗した場合は、ノーペア、ワンペア、ツーペア、スリー・オブ・ア・カインド、フォー・オブ・ア・カインド。

このうち、フルハウス以上の役は考慮しなくてもいいだろう。
強力すぎてどう行動しようが対処できない。
そもそも言峰は遊んでいるとはいえ真剣な訳で、だからこそセオリー通りに強力な役なら勝負を仕掛けてくるだろうと考える。
それがせいぜい150枚程度で留まっているというのは、強力な役を揃えていない可能性が高いということだ。

そして、それを前提とした場合にカード交換に失敗した場合の言峰の役を考える。
……いずれも恭介の完成させたスリー・オブ・ア・カインド以下の役。
最悪、引き分けだ。要するに大方勝てるだろう。
……ただ、もし相手がスリー・オブ・ア・カインドを完成させているなら恭介の負けだ。
同じ役の場合はその役を構成するカードの数値で強弱が決まる。
恭介の完成させたスリー・オブ・ア・カインドの3と言う数値は、下から2番目の弱さなのだ。
……それでもやはり、勝てる可能性は高い数値を叩き出す点は変わらないが。

つまり考えるべきは、言峰はストレートもしくはフラッシュを完成させたか否か、だ。

ならば決定の余地は、恭介の行動から言峰は何を見出したかだろう。
相手の立場になり、チェス盤をひっくり返して考える。

……言峰が見た要素は二つ。
恭介が最初の時点でレイズしたことと、3枚のカードを交換したこと。
この2つから、最初にワンペアが揃っていたのが見抜かれているのは確実だろう。
最低で、ワンペア。
考え得る他の可能性はツーペア、スリー・オブ・ア・カインド、フルハウス、フォー・オブ・ア・カインド、ファイブ・オブ・ア・カインド。
これは相手の読みで保証されているはずだ。
しかしそれ以上の確証は得られていないのではないだろう、と恭介は判断する。

……その上で。
先述の通りランダムに3枚交換しただけでは5枚全てを要する役が完成する可能性は低い。
つまり、こちらが揃えたカードは最高でスリー・オブ・ア・カインドだと言峰は見込むはずである。
だからこそ、150枚という中途半端な数で様子見に出ているのだろう。
つまりそれは、言峰がストレートやフラッシュを完成させているならば在り得ない判断だ。


故に、次の一手で棗恭介は勝負を仕掛ける――――!


「……レイズだ! 200枚、これでどうだ……ッ!」


トルタが驚くのを尻目に、恭介は自身満々に言う。言ってのける。
万一自分より強いスリー・オブ・ア・カインドを完成させている可能性を前にしても臆さず、
総枚数の4/5という具体的数値で以って自分のカードは強力だというその自負を相手に叩きつける――――!

――――されど、それを覆してこそ悪性の担い手――――!


『来るがいい……、コールだ!!』


開示は刹那。
決着は一瞬。
明暗は転換する。



スペード3、ダイヤ3、ハート3、スペード5、ダイヤ13


ダイヤ1、スペード6、ハート6、クラブ10、ダイヤ10



「……退いときゃ良かったのにな。しかしビビったぜ、正直な……」

『ふむ……、成程な。認めよう棗恭介、私の敗北だ。
 だが、これは初戦だ。まだまだ先は長いぞ?」

「……心臓に悪いな、あんたはほんとに強いよ。
 ……それでも立ち止まってる暇はないのが厳しいな。
 さあ、続きを始めようぜ、言峰。こんなのはまだまだいくらでもあるんだろ?」

『くく……、さて、どうだかな。いずれにせよ私を楽しませてくれるには違いないだろう?』

「……やれやれ。ここからが本当のゲームスタート、か」


171:秘密 - da capo/al fine - 投下順 171:Third Battle/賭博黙示録(後編)
時系列順
棗恭介
トルティニタ=フィーネ
言峰綺礼


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