ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

賭博黙示録(後編)

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

Third Battle/賭博黙示録(後編) ◆wYjszMXgAo



斯くして鳴らされた開幕の喇叭は留まることを知らず重奏し続ける。

『――――レイズだ。さて、そろそろ引き際ではないのかね?』
「……フォルドだ、ここは退くさ……」

強者たる言峰綺礼との血を伴わぬ争いは、それ故に緊張を途切れさせることはない。
ただ、掴みかけた答えを探り当てるように、共に支えあう二人は大敵に挑む。

「……私はストレート。一人勝ちよ」
「結果的に……、俺と言峰の駆け引きは無意味だった訳か」
『了解だ、認めようトルティニタ・フィーネ。君の勝利だ』

然して、言峰はのらりくらりと勝利にこだわらないからこそ、次第に押される。
愉悦の為に彼は全力を注ぐのだから。

『ふむ……フォルドだ。あとは君たちで決着をつけたまえ』
「……えーと、私がフォルドするから、恭介にコイン渡しておく事にするね」
「……せっかくコインが増えたばかりなんだから、もう少し大事に使っておくべきだと思うんだが……」

――――押されていく。

『……コールだ』
「ぐ……」
『虚栄が仇となったな、しかしそれもいい経験だろう?』

……それも全て、カレの待ち望む一時の為の布石だと知ることもなく。
少年は少女の為に勇気を示し、少女は少年を守ることに喜びを覚える。

「レイズ。さて、どう見るの、言峰綺礼?」
『……フォルド、と答えておこう』

コインはただただ積みあがっていく。その事に少年も少女も一抹の不安を抱きながら。

「フォルド。……ごめん、恭介……」
「ここは退いておくのが最適解だ、気にする事はないさ」
『……両者共に退くと物足りなくあるものだな』

だからそれを顧みず、増えゆく希望に溺れていく。

そして――――、


来るべき崩壊は訪れる。


「……コール。私の手札は、3のスリー・オブ・ア・カインド……!」


少女が勝てる、と信じ託した一撃。
それは奇しくも彼女の側にいる少年がかつて敵を打ち倒したそのものであり。
……しかし。

『フラッシュだ。……読み違えたな、少女よ』

いともあっさりと、脆く容易く崩れ去る。


「……え?」


――――トルタの掌から、札が木の葉のように舞い落ちる。
……勝てると信じた。
言峰の賭けた金額は現在トルタの持つコインの7割方相当、3000枚強。
あからさまな強気な言動、交換した枚数は0。

その全てが、ハッタリだと読んだはずなのに。
あまりにも怪し過ぎて、そんな事はないと確信したのに。

……単純な話だ。
こんなのは偶然が重なって、たまたま言峰の手に最初からフラッシュが完成したという運の産物でしかない。
そこにセオリーで動いた彼女の非は全くなく、ただ運命を廻す女神の悪戯を憎むことしか出来はしないのだ。


「……トルタ、しっかりしろ! 気を取り直せ、次で挽回すればいいんだ!」

……心配するような恭介の声に、ようやくトルタは気を取り直すことが叶う。

「大……丈夫。うん、まだまだ取り返せるよね……」

……しかし、事実は変わらない。
二人のうちいずれかさえ勝利すれば良かった為。
連携しあうことができた為。
言峰が遊ぶ余裕を見せていた為。
恭介とトルタは順調に枚数を増やしてきていた。
その数はもうすぐ合計で9000、目標の10000にも達する。
それが急激に2/3まで減ったのだ、その心理的影響は決して軽くはない。


――――この、転落の一瞬こそが賭けの本性である。

一度落ちてしまえばそこはもう油塗れの坂の上。
あとは余程の運と這い上がる意志の強さがない限り、ずるずる、ずるずるとひたすら奈落へ堕ちていくだけだ。
その時の表情、言動、行動。
……ありとあらゆる要素は言峰綺礼の愉悦となって、彼の力と化すことだろう。

声もなく、しかし言峰は確かに笑う。嗤う。哂う。
嘲い続ける。

深く。深く。
誰よりも何よりも愉しそうに――――。


◇ ◇ ◇


そして予感は的中する。

『……ベットだ。100枚でいかがかな?』
「……余計な気遣いよ。コール」
「OK、コール。……トルタに同じでだ」


……一度勢いのついた落下を止めるには能わない。

悔しそうに、自分が情けないとの意思を露に。
震えそうな手でぎゅう、と手札を握り締める。
1000枚単位で賭けていた先刻の姿は既にそこになく、なけなしのコインを捻り出す少女の姿がそこにある。
彼女自身は気遣いと言ったが、しかしその100枚は事実上最後の賭け金だ。
現在持つコインは恭介は6500枚強、トルタは100枚と数十枚。
相場を考えてもトルタのレイズ可能な金額は、もはや場違いとしか言えないレベルだ。
最初と同じく、事実上は恭介と言峰の一騎打ちという形になる。

……あっけない、と言峰は思う。
合計額で見れば少しずつ先刻の大負けを取り戻してきているものの、それはやはり恭介とトルタの連携があってこそのもの。
その連携にしてもトルタは負け続きでサポートに徹し、恭介がそれ以上の働きでカバーするという歪な構造に成り下がった。
このままトルタが賭ける資格を失うならば、単騎の恭介はいずれ敗北必死だろう。
今はその姿を見ていて愉しいのは事実だが、出来ればもう少し長く続かせたかったというのが本音だ。

自らの手札を交換しながら、ならば、と言峰は考える。
放送もだいぶ近づいたことだし、そろそろ本題を切り出す頃かもしれないと。
このポーカーはあくまで余興だ、こうした駆け引きも中々に面白かったが潮時かもしれない。
好機が来たなら一気に叩き潰しつつ、勢いで相手にその話を持ちかけようと決める。

……待ちに待ち望んだ愉悦に溢るる切開のその時を。

来た。

――――破顔とは、こういう表情を示すのだ、と、その見本を。
人形越しが故に誰にも気づかれる事もなく、言峰綺礼はその顔に刻む。


……見回せば、二人共に様子は芳しくない。
トルタは俯き、恭介はそんな彼女に僅かに目配せをして下唇に力を込めている。


先刻から続くアイコンタクトから察するに、恐らくどちらにもいい手札が来ていない。
それを見抜けぬほど言峰綺礼の眼力は未熟ではない。
だからこそ――――、始める為に告げる。
絶望を孕む言の葉を。

『……ふむ、ならばレイズだ』

「――――ッ!」

この時点でのレイズ。
それの意味するものはつまり、とうとうトルタを完全に排除しようとしているということだ。
理解していないはずはなく、トルタはびくりと肩を震わせつつも気丈に言峰を睨みつける。

そして、追い詰めに追い詰められた彼女を守らんと、果敢に切り込む少年が一人。
……当然だ。
もはや、トルタには賭けるべきコインはない筈なのに、更なる上乗せを加えようというのだから。

「……何だと? 何を賭けるつもりだ、言峰……」


……その言葉を待ち望んでいたと言わんばかりに。
ただ――――言峰は紡ぎだす。
さあ、来るべき時は今まさに。

『――――なに、簡単なものだ。……権利だよ』

「……権利? 放送で言っていたあれの事……?」

そんなものではない、と。
……確実に、根本から、不可逆の。
それだけの意味を持ちうる『賭け金』で、抉る、抉る、抉る。
トルティニタ・フィーネの傷を抉じ開ける。

切開する。


『いや、それとは別のものだよトルティニタ・フィーネ。
 ……感謝したまえ。
 私はここに“アリエッタ・フィーネの【体】に干渉する権利”をレイズとして提示する』



「――――ぁ、」



……比喩でなしに時が凍る。
トルタの全思考は瞬間とは言え考えることを放棄する。
時間とは主観であり、周囲の一切合財を認識する観測者の思考が停滞するならばそれはまさしく時間停止であるだろう。

「トル……、」

恭介は何某かを言おうとして、

「あぁぁああぁああああぁぁぁあああぁああっ!!」

「……く、」

――――しかし、口にすることなど出来はしない。
足の怪我すら見向きもせず躍り上がらんとし、しかしその場に倒れこむトルタを止めることなど出来ようか。
アル。
アリエッタ。

……その言葉が、名前が、存在が。
どれだけ彼女にとって掛け替えのないものであったか、どれだけ彼女を苛んだか、どれ程の重みを持つのか。
……既に恭介は、そんなものは知らないというには踏み込みすぎている。

今ここで彼女を止めるのは、それこそ彼女の望みでないと。
自分に告げてくれた時の様に彼女自身から答えない限り、触れてはいけない聖域を蹂躙された痛みが分かるからこそ。
彼女は言峰に、自分がファントムに抱くのとよく似ている何かを抱いているのだと。
恭介は動き出しそうになる体を必死に止める。

激昂するトルタは今にも泣き出しそうな声で、それでも毅然と神の代行者に立ち向かう。

「言峰、綺礼……っ!! あなた、私やクリスに飽き足らず、ようやく目覚めた姉さんまで……っ!」


ああ、それだ。それが見たかったのだ。
実に、いい。
全てを曝け出さんと、嘘の奥の奥の奥に秘めた脆さと弱さと崩れやすさと嫉妬と欺瞞とエゴと心の底からの愛情と。
それらに圧し掛かられ潰され耐え忍び堪えんとする自我の鎖の鬩ぎあいは真に尊い混沌だ。

『そう、その通りだ。……だからこそ君の心配を失くそうというのだよ。
 君たちが勝てば、アリエッタ嬢の【体】への干渉の悉くを今後一切我々は行わないことを確約しよう」

――――故に、その調整は丁寧に丁寧に行なわなければならない。
完全に絶望させても、完全に開き直られても面白くない。
僅かな希望をちらつかせて、酸の沼を渡らせ針の山を歩かせ炎の駕籠に揺らせなければ実に勿体ないというものだ。

「…………! ……本当、なんでしょうね」

だからこそ、伝える言葉は真実を。
一つ一つの言霊の重みというのは確かなる存在感を以ってヒトの魂に圧し掛かる。
真実というどうしようもない鎖と鉄球の下、ソレは絶望に追い落とされたその後も苦痛と疲労を保証するのだ。

――――何故、あの時掴めなかったのかと。
いくら後悔しても飽き足りぬ永劫の責め苦に嘆き嘆き嘆き続けよ。


「落ち着けトルタ、罠だ! ……冷静になれ、何処までが本当かの保証もない」

……勿論そう考えるのも道理だ。
現に、ある一面ではそれは正しい。
言葉というものは便利なものだ、決して嘘は言わずとも、全てを言わないだけで聞く者に勝手な思い込みを抱かせる。
……アリエッタの【体】以外に干渉しないとは一言も言っていないのに、それに気づいているのかいないのか。
……実に愉快ではないか、まさしく道化。

だがしかし、罠と分かっていても譲れぬものはある。
たとえ勝機はないと感づいていたとしても、時として騎士は風車に突撃せねばならないのだ。
だからこそ――――、道化ゆえに人間は素晴らしい。

「……ごめんね、恭介。これだけは譲れない。
 アルは、姉さんは私の半身。……私そのものといってもいいくらい、大切な人なの」

「……ああ、知ってるさ」

僅かに涙を湛えたまま、肩さえ震わせあまりにも弱々しく。
それでも少女は覚悟を示す。

「……だから。それが姉さんの為なら、私は躊躇わない。
 私の持つもので姉さんの安全に相当するのはたった一つしかないとしても」

下す。
あまりにも愚かで、誰よりも高潔なその決断を。

「……私の首輪でコールするわ、言峰綺礼。負けたらその時はこれを好きにして構わないから」


それの意味するものは、少年に告げた誓いを反故にすることだと。
少年を選ばなかったのだと、分かっていながらも。



「トルタッ!」

――――誰かの必死に止めようとする声が届く。
少女のどこかはそれに歓びを感じつつ、それでもなお大切であり続ける半身の為に振り返る事はしない。

……否、一度だけ振り返る。
気遣いさえ苦しくなるからと、しかしそれでも嬉しいと。
僅かに笑みを見せつつも、呼びかけを無視して少女は自分勝手なお願いをする。
確かにそこには自分の名前を、存在を認められた喜びが込められており。
――――それ故に、名残惜しさと切なさ、悔しさもまた、滲み出るのを避けられていない。

「……ごめん、恭介。助けるって言ったのにね。
 ……あなただけでも逃げて。こんな私の我がままには、あなたを巻き込めない。
 ……巻き込みたくない。
 そして、何分間でもいいから、このゲームが終わるまで私の側から離れてて。
 もし私の首輪が爆発したのなら……、そんな光景、あなたには見せたくないの」

……その頬から、涙が一筋滑り落ちる。
顔にはしかし穏やかで、今にも儚く霧散しそうな笑顔を浮かべながら。
契約でもなく、利用でもなく。

……ただただ、親愛ゆえに、お願いすることしか少女には出来はしないのだ。

「……もし私が勝ったら、また会えるから。
 だから、ゲームが終わるまでの何分間かだけでもいいの。……逃げて、お願い……」

その顔に一瞬口を開くのを止め、ぎゅう、と手を握り締める少年。
それを見届けて、彼に何某かを言わせる暇も与えず少女は一人、神父に向かい直る。
絶望の中での最後の光として選んだであろう、姉への想いだけを縁にするかのように。

「……もう、いいわ。始めましょう、最後のゲームを」

『いい覚悟だ、トルティニタ・フィーネ。……では、札の開示を――――」


……そうして、一つの報われない結末が紡がれようする。
最後まで一人、たった一人。
願わくば、彼女が最後のその時まで抱いたその想いが、決して誰にも愚弄されぬ様――――、



「待てよ」



――――願う以前に、出来ることはまだまだある事を示してみせるは影一つ。

悠然と、泰然と。
戦地に向かうは数多の策を培いし抵抗者。
打ち破る、打ち破る。
さあ少年よ、全力で心身を尽くし、打破せよ進撃せよ望むものを掴み取れ――――!

そう、君にはその意思が確かにあるのだから!

にやりと口端を歪めつつ、棗恭介は不適に臆せず代行者の前に立ちはだかる。
それは勇気か無謀かはたまた蛮勇か。
見極めるには今はまだ早く、しかし指を突き付け己が戦意を捻じ込み刻み込んでいく。


「俺のベットはまだ終了していない。だろ? 言峰。
 ……勝手にゲームを進めるなよ」


トルタが息を呑む傍らで、嗚呼、と言峰は思う。
何と。
何と、面白いのだろうと。
これでこそ人間、その本質こそが言峰の愉悦となるのだ。
いつの世も人間は、自分の予想を超える行動をする。
何故なら――――、

『ふむ……。だが棗恭介、この状況で君はどうするつもりかな?
 君たちが先刻から、役なしの場合はサインを送りあっているのに私が気付かないとでも思ったのかね?』

先刻の最初のベット。その時の恭介のサインは間違いなくロクな札がきていないことを示していたのだから。
それでも敢えてこの場に踏み込んできたのは何故か。
もしかしたらカード交換で良い役が完成した可能性もあるが、それは結果論でしかない。
言峰のレイズした条件は、言峰本人の役の強さを示唆するものでもある。
この上なお踏み込むとするなら理由はたったの一つしかありえない。


「へぇ……、あんたにはそう見えたのかよ。
 まあ、そう思うなら勝手に思っといてくれよ」

不敵な笑みを湛えた彼の後ろにいる一人の少女。
彼女を孤独にせず、なお死地から奪還しようとする試みに他ならない。

素晴らしくいい具合に熟成し始めたご馳走を前に、言峰綺礼はただ待ち受ける。

果たして如何なる行動を、感情を見せてくれるのか。
それら全てを咀嚼し飲み込まんと、今にもお子様ランチを待ちきれない子供のような表情で。

「さて、俺もそろそろ気楽に本気を出すか。
 どうするつもりかなんて一つしかないしな。……レイズだよ」

……まさしく。
過剰すぎる自信と共に告げられたのは、望み通りのアンティパスタ。


「……トルタが賭けたのは自分の首輪だ。だからまず、俺はこのティトゥスの首輪を……賭ける。
 そしてレイズ。……今まで俺たちの手に入れたコインも全て、賭ける」

強気な言葉がもたらすのは、これまでの彼らの成果の全てを費やした大打撃。
分かっていても逃げること適わないハッタリの鉄槌。
たとえ実際がどうであったとしても、相手に『ここは退くべきだ』と思わせれば恭介の勝ち。
一歩間違えれば奈落へ落ちる細い細い綱渡りだ。


『それで終わりかね? 宜しい、では勝負と――――』

急かす言葉とは裏腹に、待ち望むは更なる累積。
まだだ。まだまだ。
こんなものではないだろう。
見せてみせろ、人間として全ての尊厳を以って泥中に溺れ対岸を求むその姿を……!

「何勘違いしてるんだ? まだ俺のベットは終了してないぜ」

好機と見たか挑発と見たか。
自分の意図が気付かれていると分かっているのだろう、棗恭介は攻める。
視線で射抜く。
挙動で穿つ。
仕草で斬る。
態度で潰す。
呼吸で叩く。
言葉で砕く。
攻める、攻める、攻める攻める攻める攻める攻める攻める攻める攻める攻める攻める――――!

駆け引きの全ての要素を展開し己が牙を突き立てる!

『おや、これ以上何を賭けるというのかね?
 君は自らの保身を考えたまえ、それがトルティニタ嬢の望みでもあるだろう?』

涙に濡れ、乞い願う様なトルタのその顔に、口の動きだけで、馬鹿、と伝えた後、恭介はあらためて言峰に向き直り言葉の刃を重奏させる。
それ自体がトルタに僅かばかりの歓喜と巻き込んだという絶望を味合わせる事に気付いているだろうに、なお。
この背反する感情の鬩ぎ合いこそ至高にして究極の馳走なのだ。
ああ、それが結果的に言峰自身の身を焼き尽くしたとしても、自身の手でそんな状況を作り出すという愉悦に勝る苦痛などでは決してありえない。

ただそれでも、棗恭介はその言葉を止める事はない。
たった一人の少女の為に。

「おいおい、俺がそんなケチ臭い人間に見えるのか、心外だな。
 ……だったらこのデジタルカメラも賭けようか」

ぎり、と歯を噛み合わせながら余裕の表情を形作り、恭介はデイパックの中からそれを取り出す。
彼が持つ首輪の設計図の収められたデジタルカメラ。
それをこの場に提示するという事は、彼の本気の度合いを示している事だろう。

――――首輪を外す鍵となるやもしれない、とっておきの交渉の切り札を。
言峰の心を揺るがす為に、容赦なく使い倒す。

『いいのかね? それは君がとても重視していたものだろうに』

……それ以上の価値を、トルティニタ・フィーネに見出して。
同時に、確実に確実に。
想定通りとは言えども避け得ないはずだ。
どれだけ冷静であっても、余裕があっても無理な話だ。
恭介が強力な役を揃えたのではないかという疑念が、言峰綺礼の中に浮かび上がって来ないはずはない――――!

恭介は口端を吊り上げ、言葉を無視して更に攻め続ける。

「……ついでにこいつも行っとくか。SIG SAUER P226。
 ゲーム開始時からの相棒だが、賭けとくことにするよ」

物量で畳み掛けるシンプルさというのは抗しようもない。

……退け、と。
降りろ、と。

それだけを念じて、恭介は己の身を守る武器すらその場に差し出す。
否、武器として突き刺していく。
僅かでも疑念を抱かせて、それを膨らませる為に。

本当に、恭介はトルティニタを取り戻したいからこそ賭け金の吊り上げをしているのか?
そこまでの思い入れを抱いたのか?
こちらが『コイン以外』の条件を賭けの場に提示したからこそ、食いついてきているのではないか?
だとするなら、冷静な判断力で以って確実に勝てる要素があるからこそ勝負に出ているのではないか?

そんな思い込みは、しかし徐々に判断力を奪っていく。
確かに言峰はあまりに余裕を持っており揺らぐことはない。
完成された自我というのはそれほどまでに強固。
それでも彼の理性に穴を開け、その奥の何某かに勝負する事を無駄だと思わせられたのなら。
その価値はきっと、あるはずだ。

……無論、言峰は望めば恭介の手札を知る事はできるだろう。
だが彼はそれをしない、と恭介は確信している。遊びとは言えこれは真剣なゲームだ。
そこに無粋な既得権益を持ち込むつもりなら、神父として、何より監督役としての沽券に関わるのだから。

「トンプソンコンテンダー、清浦の形見だな。……こいつもレイズだ」

だが、現実は無常だ。

恭介の怒涛の攻めにも限界はすぐに訪れる。物資は次第に尽きようとする。
あの侍を打ち破りさえした、一撃だけに特化した必殺にして必滅の銃。
これさえも言峰綺礼に届くかどうかは怪しい。
だが、それでも武器にせねばなるまい。

ああ、だけど、だけど。
言峰綺礼は未だ悠然とそこに在る。
その一旦、一抹でさえ揺るがすことができたのかも分からない。
それほど遠い高みに言峰綺礼は位置している。

……たとえそうであったとしても。
ここで退くという選択肢はありえない。
何故なら棗恭介はトルティニタ・フィーネを信じて、彼女を孤独にさせたくないと、信頼に応えたいと思ってしまったのだから……!

そして。
彼の想いとは無関係に、言峰の本質は恭介がある言葉を口にするかどうかは今か今かと待ち望んでいる。
言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。

両者の思惑は今ここに一致する。

命の輝きを、今ここに示してみせろ、棗恭介。


「……レイズだ。賭けるぜ、俺の首輪を。……言峰綺礼ッ!」

――――言った。


『――――素晴らしい』


「……馬鹿だよ。馬鹿だよ、恭介……」

誰かの嘆くような涙声の呟きも、今は遠い。
まるで虚像のような薄っぺらさで現実感がない。
目の前の人形のそのまた奥の大敵を見据えるので精一杯だ。

……負けるわけにはいかない。
何としてもここで自分たちの勝利を掴み取るのだ。
もう二度と彼女の傷を抉らせない為にも。
胸の空洞を開かせない為にも。

言峰綺礼に、宣戦布告を叩き込む――――!


「……今から独り言を言うぜ、どうせ俺の妄言だ、取るに足りないな。
 トルタも一緒に、聞いてくれると助かる」

「……え?」

涙のあとの残るトルタに頷き、恭介はようやくそれを伝えていく。
……安易に伝えればきっと、決意が鈍ってしまう。
それを恐れるが故に敢えてずっと考え、悩み、秘めていたことを。

「……あんたの態度を見ていて確信したぜ。
 あんたは徹底的に『自分が愉しむ』事を優先している。
 放送だけじゃない、今ここにいることもそうだ。
 ……俺たちに何をやらせる訳でもなく、ただ混乱を巻き起こして悦に浸っているだけ。
 正直……、何が目的なのかさっぱり分からなかったよ」

直に言峰と会話し、ますます強くなったその考え。
彼の態度から得られた情報を、ひたすらに疑いぬいた可能性と統合し、一本の仮説と為していく。

「だったら逆に考えればいい。目的は愉悦そのものだ。
 あんた達が最初に言った通り、この殺し合いはゲームだ。
 ルールに乗っ取って、参加者という名の駒は生き残りを強制される」

『……続けたまえ』

人形越しに届く言峰の語調は全く変わらない。
……だが。

「……ここで、この『ゲーム』の開始前に神崎が言っていた『お前たち主催者も駒』という発言を組み込めば、筋は通る。
 あんたも所詮はルールに従って動くことしか出来ない。
 俺達との違いは駒であることに楽しみを感じているかいないかって、その位だろうな」

だが、恭介には壁よりなお厚い空間の向こうにいる言峰が、にぃ……、と笑みを深くする光景を幻視した。

「そして、それは要するにこのゲームにも『プレイヤー』がいるってことだ。
 ゲーム、つまり競う要素がある以上はプレイヤーは最低でも二人。
 対戦相手のいないゲームなんて面白くないからな」

勿論これは恭介が一方的に喋っているだけの内容だ。
実際にはそんな事はないのかもしれないし、当たっていたとしても一部だけなのかもしれない。


「だけど、誰かが優勝する、という最終目的はそれにはそぐわない。
 だってそうだろ、俺たち参加者は一緒くたにここに集められただけ。
 別に対立する二つの陣営に分かれているわけじゃない以上、誰が優勝するか、なんてのは些細なことでしかないんだ」

だが、そんなのは瑣末事でしかないだろう。
今重要なのは彼が主催者に向けて、そして傍らの少女に向けてこう呼びかけているという事なのだ。

「だから俺たちはこう推測できる。
 『優勝』ってのは、どっちか片方のプレイヤーの勝利条件にしか過ぎない、ってな。
 つまり。
 つまりだ……!」

……告げられた思惑以外にも、道はあるのだろう? 、と。
ただ、それだけを。

「このゲームの脱出方法は優勝するだけじゃないって事だ!
 ああ、返事の必要はないぜ、言峰。
 お前にその意味はないし、そもそも立場上答えられないだろうしな」

「……恭介、それって……」

呆然としたトルタに目と目を合わせ、無言のままに己の意思を伝える。
……自分は、この道を選び直すと。
口にして告げることは、確かに棗恭介を構成する『何か』を打ち砕くと分かっていながらも。

「希望が見える限り。……俺は、たった一人だけしか助けられない道は選ばない……!」


――――それは、決意の破棄だ。
直枝理樹のために全てを捨てると誓った、何でも為してきた。
……いつしかその思考は破綻し、掛け違えた矛盾は何かを圧迫し続けている。

破綻する前に戻りたかった。
大切なあの少年を自分の手で助けたい。その想いは今も確かに根付いている。
しかしそれはもう叶わない。
得難く捨て難い、もう一つの何かを見出してしまったのだから。

その時点で少年の為だけに何もかもを捧げるという彼の今まで歩んできた道は崩れ、その残滓の上で何処へ向かうとも知れぬ闇の中を彷徨ってきた。
目を逸らし続けてきた現実をようやく自覚する。

……だが、両方とも救えないと誰が決めた?
ならば両方とも自分の手で救えばいい、それだけの話だ。

そう。
新たな決意を以って、今までの道を引き継ぎながら別の所を目指す事に何の迷いがあろうか!

どれだけ小さな光明だろうとも、見当たれば縁とするに充分だ。
そこに道が見当たらなくとも。
……彼女とならば、本当に辿り着きたかった場所に辿り着けるような気さえしたのだから。

誰も彼も自分の大切な仲間たちと共に脱出する、最初からずっと願っていたその想いの行き着く先へ。


「……トルタ。ついて来てくれるか?」

少年はゆっくりと、目と口を開いたままの少女に手を差し伸べる。
その手を取ってくれることを期待して。いや、確信して。
彼女が必要だ、と、名前を呼んで証明する。

「いい加減嘘をつく時間は終わりにしようぜ。
 理樹も、クリスも俺が、俺たちが助けてやる! 誰か一人なんて選択はなしだ。
 そして利用するとかしないとかは関係無しに、如月や桂、アルみたいなお人好しな連中と、今度こそ本当の仲間になろう。
 糸口が掴めた以上、烏月だって手を貸してくれるかもしれないしな。
 どうせやせ我慢するのなら、本当に進みたい道を進もう。
 今度こそ報われるその道を……だ」

ぼろぼろと、ぼろぼろと。
――――少女は涙で顔をクシャクシャにして、それでも強く頷いて見せた。

「うん。……うん!」

二人で手を取り合い、見据えるは人形を支配する代行者の影。
望むべき道を進む為にも、まずはこの男を退けねばならない。
既に二人とも手は尽くした。
後は男の動向がせめて自分たちの望んだほうであることを祈るだけ。

もし、この時点で言峰綺礼が退くのであれば――――。



……そんな甘い見通しは、この男には通用しない。
人の成し得るあらゆる分野を収め学び体得し、全ての悪性をも肯定する神罰の代行者は、高望みの塊、傲慢なるバベルを破戒するに躊躇いはない――――!


『来たまえ……、私は自らの愉悦の為に、ただ躊躇いなく君達の抱くその全てを打ち倒すとしよう』

「吠え面かくなよ、オッサン! そのうち直に殴り込みに行ってやる、待っていやがれ……!」

そして決着のその時は訪れる。



「『コールだ……!』」






斯くして、一人の希望はただただ現実に蹂躙される。

『真に残念だが――――、棗恭介。どうやら君の負けのようだ』


恭介の手札は、ストレート。
言峰の手札は、フルハウス。

どう見ても、何度見ても間違えようのない一つの結末がそこにあった。

棗恭介は、言峰綺礼に敗北した。

それだけ。

それだけの結末だ。

――――静寂がただ、夢を謳う欲望の館に満ち始める。

少年は何一つ言葉をもらさず、ただ、少女に差し伸べたはずの手を眺めていた。
眺め続けていた。

◇ ◇ ◇




そして静寂はもう一つの結末によって破られる。

「――――そうね。そしてあなたも負けたの、言峰綺礼」

「だ、そうだ。真に残念だったな」


どうしようもない、トルティニタ・フィーネの勝利という現実がただただそこに具現化していた。

一人の希望ではなく、二人の希望ならば現実の蹂躙に立ち向かいうるのだと。
それを証拠立てるかのように、少女の手には4種の札が揃っている。
剣と聖杯と棍棒と、そして道化師の刻印が、くっきりと。

その瞬間に初めて、言峰の声色に動揺が走る。

『な……、フォー・オブ・ア・カインドだと……?」

――――エースを3枚、ジョーカーを1枚。
全ての役の中でも三位の強さに位置する、強力無比な力の象徴がトルティニタ・フィーネの手の中にあった。


だが何故だ。
何故、彼女の手にそれがあるのか。

理解はできる。だが納得は出来ない。
彼女は持ち札に希望がなかったからこそ、嘆いたのではないか。
泣き、気丈に振る舞い、僅かに喜び、打ちのめされ、乞い願い、救いを少年に託したのではなかったのか。

何故。
何故。
何故――――。 


その疑問は単純明快な解に打ち砕かれる。

「ごめんなさい。それも全て、嘘なの」

にこりと笑うトルタの笑みには先刻までの翳りは全く見られない。
まるで、被っていた仮面を脱ぎ捨てたように。

『な……、』

見れば、棗恭介も腕を組んで相変わらずの飄々とした顔を浮かべている。
何処となく安堵が見え隠れするとはいえ、それはむしろ作戦を無事に終了させられた、という時の顔に良く似ていた。

彼らがこの結末に至るに用いた要因は二つ。
ここに至ってようやくその存在に思い至る。

どちらも言峰が知っているはずだったものだ。
まず一つ目は、トリックとも呼べないトリック、その正体。

『……そうか、符丁――――』

思い至ると同時。
くっくと笑いながら恭介が告げるのは、実に明快な意思疎通のその過程だ。

「……『逃げる』と『分』の組み合わせ。それも『何分』って形で具体的な主語を特定していない。
 こいつの意味するのは……『目の前の奴』は『信頼できる』、ってこと。
 つまり状況を鑑みれば、今回の場合は『何があろうと自分を頼れ』、だ。
 ……トルタが俺に伝えたかったのはな」

50音順の名簿と動詞を組み合わせた暗号。
たとえ存在を知っていても意識しなければ気付かないし、よしんば気付かれていてもその全てを把握している可能性は低い。
……トルタは主催陣に対してこう判断したのだ。

監視員がどれだけいるかは分からないが、仮に少ないとすれば島全域の監視の最中に細かい符丁の内容まで記録するかどうかというと、怪しい。
多いとしても、おそらく彼らの上役にあたるであろう言峰にまでその内容が伝わる可能性は低いだろう。
いずれにせよ細かい内容が伝わっていなければ充分実用に値する訳で、最後の逆転を引き込む為にトルタは敢えて符丁で恭介に連絡を取ったのである。
万一伝わらなくても、逃げてもらって構わないと思っていた以上構わなかったのだ。


そして、トルタの役割が伏兵だとするなら恭介は陽動を担うことを行動で示してみせた。
彼は無謀な勢いとハッタリだけでベットを重ね、言峰に張り合おうとしていたわけではない。
自分達は勝てるという確信を頼りに、言峰への挽回の手はずを整える。
勝利した際の見返りを限界まで引き出すために、挑発しつつ勝負に持ち込ませる。
彼の役割は、いわば目晦ましであり囮だった。


そして、何よりの要因は『トルティニタ・フィーネ』という少女の存在そのものだ。
……言峰綺礼は洞察力に長けている。恐らく、この殺し合いの“駒”の中ではトップクラスに。

とは言えそれはあくまで傷を開くことのみに特化しており、その他も含む駆け引きという概念の全てにおいて真の一流という訳ではない。
それでも努力で辿り着く所までは神速の勢いで辿り着く彼のその能力は相当なものがあるだろう。
……しかしながら。

トルタの嘘は、真の一流だった。

人の心に精通した言峰綺礼すら欺き通す、3年間休みなく続いたトルタの演技。
言峰綺礼の修めたありとあらゆる駆け引きは、真の一流に達しなかったが故に真の一流たる嘘つきの嘘を見破る事はできなかった。
そして、ポーカーとは嘘つきこそが真の勝利を手にするゲームなのである。
本当のポーカーフェイスとは、無表情ではなくあらゆる感情を駆使して思惑を悟らせないものであるべきだ。

そんな嘘さえも認め、信じた者がいる。
それが……、言峰綺礼の真の敗因だった。


「俺は……嘘や演技も含めてトルタを信じた。それだけの話さ」

――――少女は振り返らなかった。
それは決して少年を選択しなかったのではなく、きっと彼ならば言葉にせずとも隣で道を切り開いてくれると信じたから。

――――少年は突き進んだ。
確かに自分だけでは手が届かなかろうと、きっと少女なら背中を支えて押してくれると信じたから。

少女だけならば、如何に強い力を持っていたとしても、正面から代行者と向かい合う気概があったかどうか。
少年だけならば、如何に壁を穿つ勇気があったとしても、力を及ばせることが出来たかどうか。

……二人が揃っていたからこそ、今彼らは確かにここにいる。
その覚悟に相応しい褒賞を受け取りながら。

「……俺たちは嘘つきだ。どれだけそれを止めようとしても、そこから逃げることは叶わない。
 だけどな、……嘘をついて何が悪いんだ?
 俺はそれを認めるぜ、いくらでも嘘をついてやる。そして誰かの嘘も認めてやるさ」

それがトルタにとってどれ程の救いの言葉になったか、彼が理解できるか定かではない。
……ただ、少し笑みを浮かべる彼女を気遣うように、今は彼が言峰と相対する。


『……先刻の口上すら嘘……という訳か?』

大方は納得した。
だが、いくつか腑に落ちないことも言峰には残っている。
……『優勝以外の条件』を告げたあの時の恭介の言葉。
そこに嘘があったとは思えず、問えば恭介の返事はそれを肯定する内容だった。

「……本気さ、一つだけ保証できないだけだ。
 クレタ人のパラドックスを知ってるか?
 嘘つきが自分は嘘つきじゃないって言ってもな、何の保証にもならないんだよ」

その事に言峰はらしくない安堵の吐息を吐き、彼らの行く末を思い浮かべそれを抉ることを夢想する。
おくびにも出しはしなかったが。


そして、全ての褒賞をトルタが受け取り終える。
アリエッタの体に関する誓いはこの場で確かめる事はできないが、残りの賭け金――――、
恭介のコインと提示した支給品に相当する額のコインの合計額を手渡されるや否や、

「……姉さん。やったよ」

……それだけ口にして、トルタはその場に糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

その背を支え、先程の問いに対する答えの続きを込めて恭介は高く高く宣言する。

「……言峰、嘘つきが真実を口にしちゃいけないなんて事もないんだぜ。
 さあ、ゲームセットだ! 結果は見ての通り……!」

締めは二人合わせての小さな呟きを。
力を合わせて強敵を撃退したその証を共に口に。


「「俺/私たちの、勝利。お前/あなたの負けだよ、言峰綺礼……!」」


171:Third Battle/賭博黙示録(前編) 投下順 171:この魂に憐れみを -Kyrie Eleison-
時系列順
棗恭介
トルティニタ=フィーネ
言峰綺礼


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー