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団結(Ⅱ)

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団結(Ⅱ) ◆LxH6hCs9JU


 鐘の音を聞いたのは……いち、にぃ……八人かな。

 いやはや、誰にとて惑いは訪れるものさ。

 どれだけ強いを芯を持っていたとしても……だって彼らは、人間なのだから。


 ◇ ◇ ◇


 《トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナPROJECT① 違和感×再会》


 北西の地、ダウンタウン。
 煉瓦造りの建物が多く見られる街路を、一人の少女が疾駆していた。
 駆ける足は音を消し、気配を悟られぬように。
 無音の中に意識を没し、行動を隠密に徹し。
 トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、西の地を目指していた。

「さて、教会まであと少しといったところですか」

 銀のポニーテールを風に靡かせ、トーニャは方位磁石片手に進む道を確認する。
 病院にてドクター・ウェストを発見した彼女は、次なる目的として教会を選んだ。

「とっとと調査を済ませないと、あのマッドサイエンティストがなにをしでかすかわかったもんじゃないですし」

 これまでの疲れが祟り眠りに落ちたドクター・ウェストは、未だ目覚めていない。
 叩き起こすのが手っ取り早いか、とも思ったが、彼は必要な人材だ。
 いざというときに手元を狂わされても面倒なので、今は休養期間として病院に放置している。
 ……勝手にふらつかないよう、ある程度の拘束はしておいたが。

「しかしさすがに僻地ですねー。まったく人気がないとは……ま、そのほうがやりやすいですが」

 ドクター・ウェストを病院に置いて、トーニャはなにをしているのかといえば、もちろん隠密としての任務だ。
 神宮司奏に与えられた隠密という役職は、なにもドクター・ウェストの捜索のみが目的ではない。
 このゲームを覆すための情報収集、舞台上での暗躍こそが、今のトーニャの職務である。

「私は有能なロシアンスパイですから。ただいたずらに時間を浪費するなんて、馬鹿馬鹿しい」

 隠密としての職務を全うするには、ドクター・ウェストが眠りから覚めるのを待つ時間も惜しい。
 限られた期限を有効に、後々必要となってくるであろう情報は、とことんまで欲張って得る。

「……如月君もおさらばしてしまったわけですし。このままのペースが続けば将来も危ういですからね」

 一日目の終わりを告げる第四回放送は、つい先ほど聞き終えた。
 今回告げられた死者の中には、如月双七、一乃谷刀子、そして柚原このみなどの名があった。
 先に挙げられた加藤虎太郎、一乃谷愁厳も合わされば、これで総数はゼロ。
 トーニャの知人である神沢学園在籍者は、二日目を待たずして全滅してしまった。

「だからといって、感傷に浸る私ではございません。でなけりゃこんな役職、貧乏籤にしかなりませんから」

 スパイだからこそ、感情は殺す。スパイだからこそ、感情を殺せる。
 こういった場では、肉体のみならず精神の負担も足枷となるのだから、これができるできないでは大きく違う。
 今、ここに立っているのは神沢学園生徒会のトーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナではない。
 かといって、ロシアンスパイの肩書きを持つアントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナでもない。
 極上生徒会会長神宮司奏に雇われた隠密、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナとして、事を進めるのだ。

「今頃ボスたちはどうしているのやら……まあ、あのグッピーは相変わらず筋肉なのでしょうが」

 スパイも隠密も、クールなハートを持ってこそ成り立つ。しかし、機械というわけではない。
 感情のコントロールは一時のもの。仕事に支障を来たさぬためのもの。悼んだり慈しんだりは、当然する。
 あのおかしな日本寺院で別れた三人組と一体は、今頃どうしているのか。トーニャは昔を懐かしんだ。

「禁止エリアにはなにか秘密があるかもしれない……と言っていたのも、ボスでしたね」

 トーニャが教会を目指す理由は、自らの仮説と奏が提唱した推論にある。
 地図上に明記された施設には、なんらかのギミックが隠されている。
 これは、寺院の大仏や大聖堂の転移装置を見れば明らかだ。
 そしてもう一つ、トーニャが今回気にかけたのは禁止エリアのおかしな配列である。

「今回はG-1とA-7ですか。まったくこんな僻地を封鎖して……主催者はなにを考えているのやら」

 機会は四度、数は八。
 殺し合いに怯え隠れる弱者を燻り出すのが目的であるはずの禁止エリアシステムだが、その配置には些か疑問点がある。
 小まめにチェックを続けてきた地図を眺めつつ、トーニャは渋い顔で唸った。

「この配置、意図的に施設を避けているように思えます。私たちが隠れ家としやすそうな場所を、どうしてわざわざ避けるんでしょう?」

 島の端っこであったり、山奥であったり、極力進行ルートの妨害にならないよう、禁止エリアはバラけて配置してある。
 偶然であるはずはない。主催者たちはこちらの動きを逐一監視し、それに合わせて禁止エリアを選んでいるに違いないのだから。
 ひょっとしたら、禁止エリアとは単なる防波堤で、主催者としてもこれによる影響は必要最低限に留めたいと思っているのか。
 敵の目的がわからぬ以上、詮索は下手な推理にしかならない。だが、施設になにかがあるのが確定とするならば。

「地図と睨めっこしてみれば、この教会だけが異質に見えてしまう。この配置、まるで禁止エリアに守られているようじゃありませんか」

 A-1とB-2、共に北西の僻地。電車も通っておらず、訪れる者も少なそうな地区に、禁止エリアが斜めにかけられている。
 そして狭間には、教会と野外球場という施設が、包囲されるように聳えていた。

「チラッと覗いてみましたが、まさかマウンドが割れて地下から巨大ロボットが……なんて仕掛けはないでしょう。あの球場は」

 トーニャは空いた時間で施設の下調べを行い、そして教会にあたりをつけた。
 街の様式を見れば、場違いなところに建っていそうな教会だが、この施設には一つ引っかかりがある。
 開幕式で音頭を取り、第一回放送で痛烈なアピールをしてくれた、言峰綺礼という名の男。
 彼が自称する肩書きは、神父であったはずだ。

「まさかラスボスが神父だから教会がラスダン……なんてのは筋肉の発想でしょうが、怪しいのは事実ですし」

 時間は有限、だからこそ物事はスマートに。トーニャは独り言を打ち切り、西へと進んでいく。
 このまま直進すればA-1に激突、禁止エリアのトラップに引っかかるだろうが、かといってスラム街を迂回する時間も惜しい。
 幸いにも地図上のエリアは正方形に区分されており、それゆえ移動には斜めという概念が存在する。
 A-1とB-2は一見封鎖されているように見えるが、角が重なり合う部分を切り込んでいけば、突破は可能なのである。

「な~んて、裏技みたいな真似ができたら楽なんでしょうがね。本当のゲームじゃないんだから、そんなん無理に決まってるでしょうが!」

 トーニャは現実と非現実の区別を明確にできる女だ。そんな大それた博打は打たない。
 彼女が今いるのはC-2。ダウンタウンとスラム街、二つの顔を見せる寂れた街だ。
 北の方角数百メートル、あるいは数十メートルに禁止エリアを置き、なるべく遠回りにならぬよう、病院から迂回して教会を目指している。

「まあ、中にはそんなはっちゃけた移動をしちゃってる人もいるかもで――っ」

 虚空と会話しながら疾駆していたトーニャが、途端に息を殺す。
 気配を断ち、音を無に帰し、存在を闇に溶け込ませた。
 人を見た。
 前方、ろくに舗装もされていない砂利道を、今にも転びそうな足取りで走る人影がある。
 その正体が誰であれ、隠密として活動中のトーニャはやり過ごすことを腹に決めていたが、

「……こんな真夜中に散歩ですか? 私を隠密に任命しておきながら、そんな寝巻き姿で」

 発見した人影の正体が、隠密を統べる首魁、極上生徒会会長神宮司奏とあっては、見過ごすわけにもいかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 《神宮司奏PROJECT① 蘭堂りの×神宮司奏》


 神宮司奏の肉体は、確かに眠っていたはずだった。
 意識は夢の中に、現から隔離された世界で、心は一切の干渉を受けることなく安逸に浸っているはずだった。
 なのに、声は彼女の心をノックして。
 聴覚を介さず、直接心に響きかけてきた。

 それは、伝心。
 神宮司の一族のみが持ち得る、人の魂に干渉する力。
 奏の心に呼びかけたのは、紛れもなく神宮司の異能による声。
 彼女が愛してやまない、蘭堂りのからのメッセージだった。

(りの……! あなたは……どうして……どうして!?)

 きっかけを思い出しながら、奏は夜のスラム街を走る。
 パジャマ姿のまま、素足のまま、手を血で汚したまま、人を殴った感触を残したまま、人を刺した感触を残したまま。
 泣きじゃくる子供の形相で、指針もなしに仲間からの遁走を続けていた。

 眠りの最中、奏に届けられたりのからのメッセージ……それは感謝の意を含む、遺言だった。
 りのの伝心が終了してすぐ、彼女の死を裏付ける放送が届けられた。
 奏はどちらも受け止め、絶句した。

 ……いや、辿り着いたこの結果を鑑みれば、錯乱したと言ったほうが正しいのかもしれない。

 事実、奏には自分の行いが理解できていなかった。
 なぜネムを殴ったのかも、なぜ真人を刺したのかも、なぜやよいを刺そうとしたのかも。
 ひょっとしたら、思ってしまったのかもしれない。
 みんなを殺して、最後の一人になれば……天の恩恵が授かれる、りのが救えるかもしれない、と。
 愚かにも、淡い希望に縋り、既に泣いていたのかもしれない。

(ちがう……わたしは!)

 神宮司奏、という人物について客観的に考えてみる。
 成績優秀、性格温厚、才色兼備、天然系のおっとり生徒会長としてその名を轟かせている。
 宮神島に越してきた蘭堂りのを寵愛し、生活面に至るまでを甲斐甲斐しく世話してきた。
 妹のようでいて、愛娘のようでもあって、恋人にも等しい感情を向けていた。

 誰も、知らなかった。
 真人も、やよいも、ネムも。
 神宮司奏にとって、蘭堂りのという存在がどれだけ大きいのかを。

(いや……だめ! わたしは……もう……っ)

 知らなかったのは、周りの人間だけではなかったのかもしれない。
 知らなかったのは、奏もだった。
 失って初めて気づくものに、奏はいま気づいた。

 ――血を、見たことがなかったから?
 ――殺人鬼に、出会ったことがなかったから?
 ――誰かの死に、直面したことがなかったから?
 ――放送で呼ばれた人が、本当に死んでいるか信じられなかったから?

 少女の心は迷走する。
 神宮司の血に蝕まれ、閉じ込められ、殻が出来上がる。
 奏は自らの殻に篭り、外には敵意を飛ばす。
 喪失感からくる絶望、絶望からくる喪失感を、殺意に変換してまで。
 奏は、抜け出す術を模索していた。

「……こんな真夜中に散歩ですか? 私を隠密に任命しておきながら、そんな寝巻き姿で」

 その、途中。
 未だ一点の光明も見えない奏の前に、見知った人影が現れた。
 一本に結った銀髪を、月光に照らし風に靡かせる。
 射抜くような鋭い眼光は、敵意の表れであるかのように、奏へと向けられる。

「トーニャ、さん」

 道を阻むように、トーニャ・アントニーナ・ニキーチナは立っていた。
 別れたときと変わらぬ毅然とした態度で、奏を見据えている。

「随分と声が震えていますね。顔も病人みたいですよ。幽霊でも見ましたか?」

 徹底したリアリズムを追及し、離別という方法を取った彼女の表情は、あのときと変わらず凍っている。
 相手がかつての仲間だとしても、その様子が豹変していたならば、然るべき対応を取る。
 奏が隠密に見定めた有能な人材が、期待を損なうことなく、しかし今は壁となって屹立していた。

「おや、手が汚れているようですね。赤いような黒いような……土汚れというわけではないでしょう」

 一歩、トーニャは勇ましい歩みを見せる。
 一歩、奏が後退する。

「血……ですね」

 眼差しが、血で汚れた両手に向けられ、奏はまた退く。
 断罪者を前にした罪人の心持で、奏はトーニャに恐れを抱いた。

「答えなさい、神宮司奏。いったいなにがあったんですか」

 トーニャの冷厳なる一声が、奏の恐怖心を抉る。
 たまらず、逃げ出した。

「――――」

 ギュッと目を閉じ、火の粉のように振りかかる言霊を置き去りにする。
 来た道を引き返し、迷路の終着点はまた遠のく。
 導きの手を差し伸べてくれる人はいなく、心は子供のように泣きじゃくる。
 もう、なにも考えられない。

(りの……)

 既に喪失したはずの存在が、心を満たす。脳内を占領する。意識を奪う。
 現実を受け入れたからといって、この苦しみから逃れられるわけではなく、
 現実を否定したからといって、取り零した可能性が戻るわけではない。
 八方塞の迷い路を、ただがむらしゃらに。

「あっ……」

 そうこうしていると、また別の存在に巡り会った。
 教会への道を引き返した先に、同じく教会から逃げ出してきた少女を見る。
 追いかけてきた、というわけではない。それが不思議と、すぐわかった。

「ネム、さん」

 奏と同じパジャマを着て、奏と同じく素足のまま、奏と同一の狼狽した顔色を纏い、
 ネムは息を切らしながら、逆送する奏と巡り会った。

「違う」

 姿も様子も変わり果ててしまった少女が二人、対面する。
 しかしそれは、神宮司奏と記憶喪失のネムによる邂逅ではない。


 奏はそこで初めて、ネムが――ファルとしての記憶を取り戻したのだと知る。
 当然のように、喜びも、感慨も、なにも浮かんでは来なかった。


 ◇ ◇ ◇


 《ファルシータ・フォーセットPROJECT② 偽りの自分×本当の自分》


 着替えも済まさず、靴も履かず、衝動に身を任せていたら、いつの間にか外にいた。
 舗装されていない道を走ってきたからだろうか。足裏がじくじくと痛みを訴え、土の感触が不快感に変わる。
 火災現場からその身一つで逃げ出してきた、そんな慌しさや騒がしさを内包して、動悸が速まる。
 目の前には、己と同じ境遇に置かれた神宮時奏が立っていた。
 彼女はなぜ、ここにいるのだろう。解答は得られない。

 では……自分は?

(私は、どうしてここにいるんだろう?)

 声を聞き、眠りから覚め、誰かに殴られた、全てを思い出し、別れを告げて、ここにいる。
 経緯はわかっている。だがなぜ、こんな逃げるような形で外を出歩いているのか。

 答えなどわかりきっている――自身がファルシータ・フォーセットだからだ。

(私はもう、ネムじゃないんだ。なら、あそこにいられないのは当然じゃない……)

 奏と真人が与えてくれたネムの名は、二人に返さなければならない。
 この名前はもう、ファルシータを取り戻した身で持っていてはいけないものだから。
 あの場で存在を共有していいのは、ネムだけだ。ファルシータの居場所はない。

(だって、真人さんややよいさんにとってファルシータ・フォーセットは……邪悪でしかないから)

 取り戻した過去、ファルシータ・フォーセットという本当の自分。その真理も。
 全て理解し直して、自分はあそこにいていい人間ではないと直感した。
 ファルシータ・フォーセットは、どう足掻いても彼らの仲間には成り得ないから。

(あの人たちには、わからない。わかってなんかもらえない。私の価値観も、私が見ている世界も)

 世界は、誰かが誰かを利用することによって成り立っている。
 多くの人々が『助け合い』と言うだろう行為も、結局は誰かが誰かを利用しているだけなのだ。
 この殺し合いのゲームなど、典型的だ。だからこそこの価値観は表に出て、誰にとっても理解のしやすいものとなる。
 最後の一人となるために、一人は残りのみんなを利用して、それが六十四人分。
 そうやって、世界は成り立つ。ゲームも、進行できる。これは、世の真理だ。

(けれど、違うわ)

 自らが認める、酷い自分を知ってもらうまでもなく……彼らの価値観は、自分とは相容れないと悟ってしまった。
 名無しの少女にネムという名を授け、仲間であることを認めてくれた彼らは、一切の懐疑心など持っていなかったから。
 クリス・ヴェルティンのように、自分とは異なる視点で世界を見ているのだろう。
 彼らは、誰かを利用してなんていない。助け合っているのだ。それが仲間なのだと、ネムに教えてくれていた。

(そうか、だから私は……逃げ出してきたんだ)

 ファルとしての記憶を取り戻しても、ネムとして培ってきた感情や経験は消えないから。
 だから、ネムとファルの意識が混在したこの身は……あそこにいてはいけない、と警鐘を鳴らしたのだ。

「ネムさん……記憶が、戻ったの?」
「……ええ。私の本当の名前は、ファル。はじめまして、になるのかしらね」

 奏はどうしてここにいるのだろうか。疑問は湧くも、今は自分のことで精一杯だった。

「……けど、ごめんなさい。記憶を取り戻して早々だけど……私は、あなたを恨んでる」

 ネムの名を返上し、ファルとして接さなければならない。
 毅然と、真摯に、生き方を変えなければならない。
 歌のために、幸せになるために、人間として当たり前の願望のために。

「あなたに貰ったネムのせいで……私は、私の世界は、歪んでしまった」

 わかっているはずなのに……それがままならなかった。

「私は酷い人間なのよ。誰かを利用することでしか生きていけない。それをお互い様だと思ってる。
 あなたたちの築いてきた人間関係だって、結局は誰かが誰かを利用し合ってできている。
 そうとしか思えない。そうとしか思えないのが自然なはずなのに……私は」

 神宮司奏や井ノ原真人、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナやダンセイニ、高槻やよいプッチャン
 彼らと過ごしたネムは、肉体はファルでも心はファルではない。
 見ていた世界も、全然違うものだった。

「こんな自分を、どうしようもなく……どうしようもなく……間違ってる、って。思えてしまうの」

 ネムによる、ファルシータ・フォーセットの否定。
 虚構の世界で築き上げてきたもう一人の自分が、なによりも高潔であった自尊心を粉々に破壊する。
 ありえるはずがなかった、恋人のクリスですら変えることのできなかった世界観を、ネムが変えてしまった。

(私は、この変わりように驚いているんだと思う。そして、変わるべきではないとも思ってる)

 未知への恐れ、他者への恐れ、自分への恐れ、歩いたことのない道が、不安の重圧となって迫る。
 漠然と、これは違う、と念じる。同時に、奏たちと出会わなければこうはならなかった、とも。

(だって、私はネムではなくファルシータなのだから)

 結局、ここに立っているのはファルシータ・フォーセットなのだ。
 ネムなど、ここにはいない……いや、最初からいなかった。いなかったことにするべきだ。
 そうすれば、光に縋ることも、新たな価値観を得る必要も、幸せへの道が遠のく心配も、消える。
 失った翼を、取り戻すことができる。

「ねえ、奏さん。あなたは――」
「知らない」

 ファルはファルとして、奏に接することをやめない。
 しかしその語りは、奏の冷え切った声によって中断される。

「あなたの世界なんて、知らない。ううん、私にとってはどうでもいい。
 あなたが誰であれ、私にとってあなたは、あなたでしか、ない!」

 奏の顔は、俯いていた。確固たる眼差しを向けるファルとは対照的に、地面に視線を落としながら、続ける。

「私はもう、なにも考えられない。なにもかも。なにもかも。なにも、かも……全部!
 教えて……りのを失った私は、いったいどうすればいいの……?
 あの子は、どうして。どうして…………力を自覚してまで、あんな震えた心を伝えてまで……」

 言葉の勢いは次第に衰え、奏は膝を折る。
 絶望を背負い込むかのように、愕然と頭を垂れた。
 彼女の身に、いったいどんな心境の変化が起こったのか。
 ファルは知らない。知ろうともしない。どうでもよかった。
 ただ、神宮司奏についての真理を得る。

 奏はファルをネムとして利用し、しかしファルは奏を利用しない。
 これ以上は――利用価値もないのだと。

「……そうね。ここでは、殺し合いが当たり前だったのよね。それも、思い出した」

 膝を折ったまま、地面に手をつける奏。もはや動く気力もないらしい。
 今いる世界が歌で上を目指すべき舞台ではなく、殺し合いのゲームだというのであれば。
 やるべきことは、もうこれしかないのだろう。
 じくり、じくり、と砂利道を突き進む。
 ファルの身は、奏へとにじり寄る。
 なにをしようとしているのか、自分でもよくわかっていなかった。
 殺し合いという現実を、微かに思い出したその華奢な体で、奏へと迫る。

(やっぱり、私はこういう人間なんだ)

 どこまでも貪欲で、歪んでいて、けれどそれでも、突き進む道は王道だと信じて疑わない。
 理解者は一人いてくれれば十分だから、このまま歩み、ときには走る。
 これがファルシータ・フォーセットとしての生き方なのだと、彼女はようやく思い出した。

 が、

「――ようやく本性を表しましたね名無しさん。いえ、ファルシータ・フォーセット!」

 理解を深めるファルの眼前に、明確な敵意を持った……『外敵』が遮った。


 ◇ ◇ ◇


 《プッチャンPROJECT① 神宮司奏について×ハイタッチ》


「前にも言ったよな。りのは……俺の妹だって」

 ダンセイニと真人先導のもと、やよいとプッチャンは教会周辺のスラム街を闊歩していた。
 唐突に去っていった奏とネムを探すため、周囲の危険も顧みずに奔走する。
 やよいは捜索のための足として、疲れを知らぬパペット人形のプッチャンは語り部として、互いに口と耳を寄せ合った。

「それとは別によ、りのや俺、会長さんの家系ってのはちょっと特殊でな。いろいろ宿命やらなんやらがあるのさ」

 葛木宗一郎の死を回避できなかったあのときと同じく、プッチャンはらしくもない陰鬱な影を纏い、身の上話を切り出す。

「神宮司家っていうんだけどよ。俺やりのの母親はその血筋でな。神宮司の力ってもんを受け継いでた。
 これがまたよくわかんねぇ力でなぁ。説明するにも難しいほどさ。ま、そこは肝心なとこじゃないから省くけどよ」

 やよいも足を動かしながら、口は動かさず、プッチャンの語りを黙々と聞いていた。

「りのの母親は神宮司家の中でも一番の能力者で、その娘であるりのもすげぇ力を持ってるって言われてた。
 さっき、放送の前に響いてきた声は……りのの中に眠ってた力に違いない。あいつは、力を自覚して、使ったんだ」

 綴る言葉はハキハキと、決して小さくはない。
 背を見せながら前方を行く真人とダンセイニも、聞き逃してはいないだろう。

「よりにもよって、死に際に。わざわざ、遺言なんて残すためによ……。
 あんなメッセージで殺し合いをやめるような奴が、いるとでも思ってんのかよ……いるわけ、ねぇじゃねぇか」

 この人形の体は、涙を流すことができない。悲しみを和らげることは、難しいのだ。
 相棒のときにあれだけ味わった痛みが、プッチャンの魂を再び抉る。

「けど、私の胸にはちゃんと届きました。りのさんのメッセージ、ぜったい無駄なんかじゃありません!」

 やよいは、強い眼差しでそう言い切った。
 彼女はりの以上に純粋だ。生活苦のせいだろうか。幼いながら、人の痛みも理解できている。
 よくできた子だと感心する一方で、プッチャンにとってはそれが羨ましくもあった。

「……会長さんは、りのの心の声を聞いたんだ。りのが死んだってことも、あの人はちゃんとわかってた。
 だから、あんな風になっちまったのかもしれねぇ。そうに違いないんだ……」

 真人が足を止め、振り向き様に訊く。

「プッチャンよ。おまえにゃ、なんで奏がああなっちまったか、わかるってのか?」
「ああ、わかるよ。神宮司奏は、いろんなもんを背負ってた」

 彼女の歩んできた人生、神宮司本家での立ち位置などは、桂聖奈の口から度々聞いていた。
 彼女がなにを目指し、どんな生き方を志して、宮神学園や極上生徒会を作ったのか。
 どういった意図があって、りのを宮神島に招き入れたのか。
 プッチャンは、知っているからこそ理解できた。

「それも……りのが死んじまって、背負いきれなくなったんだ。背負ってたもの全部に、押し潰されちまったんだよ」

 幼い頃から神宮司家の重圧に押し潰され、友達も満足に作れず、学校にも行けず、籠の鳥として暮らしていた。
 金城奈々穂という導き手が現れなければ、彼女は今でも神宮司家の傀儡として、極上生徒会の発足もなかっただろう。

「極上生徒会会長としてでもない、ミスター・ポピットとしてでもない。
 奏は奏として、りのの死を悼んだ。りののために、全てを捨てたんだ。
 たとえ衝動的なもんだったとしても、奏にとってりのはそれだけでかいんだ」

 奏はもう、極上生徒会の会長にも、ミスター・ポピットにも、神宮司家当主にも戻れない。
 りのの死に捕縛された、生きた屍として……その身を自ら滅ぼそうとしている。

「だからって、俺たちを殺そうとしたのか? それがりののためになると思ったのかよ、奏は」
「俺たちゃ仲間だ。みんながそう認め合ってた。けどよ、どんなに頑張ったってりの以上にはなれねぇんだ」
「……プッチャンは、どうなんですか?」

 いつしか、全員がその場に足を止め、プッチャンに視線を委ねていた。
 投げかけられたやよいの質問に、今度はプッチャンが聞き手に回る。

「私、プッチャンがりのさんのことをどれだけ気にかけてたか知ってます。
 けど、プッチャンはまだ私たちといてくれてます。プッチャンは……りのさんが死んじゃって……」

 言葉はそこで途切れた。
 やよいには、それ以上告げることができなかった。
 プッチャンも、今は語るべきではないと悟っていた。
 真人とダンセイニも、不思議と口を挟まなかった。

「俺は……悲しいよ。大切な人がいなくなっちまったら、そりゃ悲しいさ。ただよ……それだけだ」

 プッチャンにとっての『死』の概念は、多くの人間が持つ『死』とは似て非なるものである。
 望んだこととはいえ、この身を思えば……なにもかもが、虚しく思えてくる。

(りのがいなくなって、俺もお役御免かな……なんて、今はとてもじゃねぇが納得することはできねぇ)

 プッチャンは自分の手で頬を殴り、強引に喝を入れる。
 せめて気分だけでも入れ替えようと、プッチャンは頭上高く手を突き上げた。

「やよい、ハイタッチだ!」
「え、え?」
「ハ、イ、タッ、チ!」
「は、はい! ハイ、タ~ッチ!」

 やよいの左掌と、プッチャンの小枝のような右手が、触れ合う。
 期待していた音は鳴らず、感触だけがお互いの手に残る。
 だが、これでいい。やよいとプッチャンのハイタッチは、こういうものなのだ。

「ちっ、また辛気臭いムードにしちまったぜ。みんなぁ! とっとと二人を探すぞ!」
「うっうー! りょーかいでーす!」
「おっしゃー! やったるぜー!」
「てけり・り!」

 決意を新たに、プッチャンは仲間たちと共に行く。


 ◇ ◇ ◇

214:団結(Ⅰ) 投下順 214:団結(Ⅲ)
時系列順
ドクター・ウェスト
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ
高槻やよい
ファルシータ・フォーセット
井ノ原真人
神宮司奏
ナイア
すず


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