団結(Ⅰ) ◆LxH6hCs9JU
さて、そろそろ鐘が鳴り始めるね。
長い長い鐘の音が、この虚像の水面に浮かび上がる。
音が鳴り止むとき……信仰を捨てていないのは誰と、誰かな?
◇ ◇ ◇
《高槻やよいPROJECT① もやし×結成》
その日、高槻やよいは酷く飢えていた。
765プロのアイドル候補生として、スタート地点に立ってから幾数日。
デビューの達しは未だ訪れず、妹と弟の給食費は未払いが続き、家系は圧迫、ウエスト回りの心配もなくなった。
765プロのアイドル候補生として、スタート地点に立ってから幾数日。
デビューの達しは未だ訪れず、妹と弟の給食費は未払いが続き、家系は圧迫、ウエスト回りの心配もなくなった。
「うっうー。今日も事務所の掃除をしながらデビューのお呼びを待つ仕事が始まりますー」
貧困の渦中に置かれている身を嘆きながら、しかし折れず、やよいは夢へと邁進していた。
ぐきゅるるー、という空腹の調べを耳に残しながら、ついに力尽き、事務所のソファーに倒れこんだ。
ぐきゅるるー、という空腹の調べを耳に残しながら、ついに力尽き、事務所のソファーに倒れこんだ。
「今日という日まで頑張ってきました。けどもうおしまいみたいです。ああ、貧乏は人を殺すんですね」
貧乏が飢餓を呼び、飢餓が死を運ぶ。やよいは世の理を学習しながら、他界への道を幻視した。
ソファーに顔を埋めながら、壁画の天使が舞い降りてくるのを待つ。
ソファーに顔を埋めながら、壁画の天使が舞い降りてくるのを待つ。
かつては専属のプロデューサーを待つ立場であった彼女が、貧しさのあまり死のうとしていた!
しかしそのとき、救いの手は差し伸べられた!
もやしである!
しかしそのとき、救いの手は差し伸べられた!
もやしである!
「君が高槻やよいさんだね? ボクは菊地真。君とユニットを組むって話になってたと思うんだけど……」
「私は如月千早です。自己紹介したいところだけれど……どうやらそれどころじゃないみたい」
「うっうー。おなかが減って今にも死にそうです。なにか食べ物を恵んでくださいー」
「食べ物って言われても、ボクたちもなにも持ってないよね」
「ええ。でもたしか、冷蔵庫にもやしがあったかも」
「もやしがあっても、ねぇ」
「もやしじゃ、ねぇ」
「な……な、な、ななななななにを言うんですか!?」
「私は如月千早です。自己紹介したいところだけれど……どうやらそれどころじゃないみたい」
「うっうー。おなかが減って今にも死にそうです。なにか食べ物を恵んでくださいー」
「食べ物って言われても、ボクたちもなにも持ってないよね」
「ええ。でもたしか、冷蔵庫にもやしがあったかも」
「もやしがあっても、ねぇ」
「もやしじゃ、ねぇ」
「な……な、な、ななななななにを言うんですか!?」
トリオでのデビューという吉報を届けに来た、菊地真と如月千早。
彼女らは765プロ備え付けの冷蔵庫から、もやし1パック12円を取り出し、やよいの前に差し出した。
貧乏人にもやし、それつまり水を得た魚である。
やよいはもやしを入手すると即座に台所へと向かい、フライパンを用意し、コンロに火をつけ、油を注ぎ、もやしを投入する。
彼女らは765プロ備え付けの冷蔵庫から、もやし1パック12円を取り出し、やよいの前に差し出した。
貧乏人にもやし、それつまり水を得た魚である。
やよいはもやしを入手すると即座に台所へと向かい、フライパンを用意し、コンロに火をつけ、油を注ぎ、もやしを投入する。
「うっうー! もやしいための完成で~す。さっそくいただきまーす」
真と千早の二人は、料亭の女将もびっくりなフライパン捌きに度肝を抜かれ、やよいを称賛した。
やよいは、もやし調達の足掛かりとなった二人に心の底から感謝を覚え、同時に心酔した。
その後は、三人で仲良くもやしいためを食べ、意気投合した。
少女の飢えを救い、三人の仲を取り持った神々しき食材にあやかり、ユニット名はそこから貰うことになった。
真と千早の二人は、料亭の女将もびっくりなフライパン捌きに度肝を抜かれ、やよいを称賛した。
やよいは、もやし調達の足掛かりとなった二人に心の底から感謝を覚え、同時に心酔した。
その後は、三人で仲良くもやしいためを食べ、意気投合した。
少女の飢えを救い、三人の仲を取り持った神々しき食材にあやかり、ユニット名はそこから貰うことになった。
これが、765プロが誇る期待の新人ユニット『もやし祭り』の馴れ初めである。
「……………………というのが、私のアイドルデビューの経緯です! もう、もやしさまさまですっ!」
「いや、ウソだろそれ」
「えぇ~!? す、少しは信じてくれたっていいじゃないですか~!」
「いや、ウソだろそれ」
「えぇ~!? す、少しは信じてくれたっていいじゃないですか~!」
教会寄宿舎の台所で、幼い二つの声が飛んでいた。
会話という形を取りながら、傍目には独り言や腹話術と取られるだろう行為を続ける少女こそ、高槻やよいである。
会話という形を取りながら、傍目には独り言や腹話術と取られるだろう行為を続ける少女こそ、高槻やよいである。
「だいたいなんだよもやし祭りって。アイドルっつーよりお笑い芸人のセンスだろうがよ」
「ち、違いますからね!? さっきのは嘘っていうか冗談で、私たちの本当のユニット名は――」
「おいおい、今さら恥ずかしそうな顔すんなよな。なぁ、期待の新人アイドル『もやし祭り』のやよいちゃんよぉ」
「うう~、プッチャンがいじめますぅ」
「ち、違いますからね!? さっきのは嘘っていうか冗談で、私たちの本当のユニット名は――」
「おいおい、今さら恥ずかしそうな顔すんなよな。なぁ、期待の新人アイドル『もやし祭り』のやよいちゃんよぉ」
「うう~、プッチャンがいじめますぅ」
右手に嵌めた不細工なパペット人形、プッチャンと朗らかな会話を続ける現在の時刻は、零時直前。
元気が取り得の負けん気アイドルは眠気を堪え、夜食を拵えようと台所にやって来た。
中学生にして料理自慢でもあるやよいとしては、支給された食料をそのまま夜食とするのは忍びない。
どうせなら食材を用意し、レシピを練り、調理を施したいとして調達したのが、
それはともかく、じゃかじゃかじゃ~ん! 今晩のおかずはもやしでーす!」
元気が取り得の負けん気アイドルは眠気を堪え、夜食を拵えようと台所にやって来た。
中学生にして料理自慢でもあるやよいとしては、支給された食料をそのまま夜食とするのは忍びない。
どうせなら食材を用意し、レシピを練り、調理を施したいとして調達したのが、
それはともかく、じゃかじゃかじゃ~ん! 今晩のおかずはもやしでーす!」
もやし(1パック12円)だった。
「じゃかじゃかじゃ~ん、ってもなぁ。冷蔵庫の中にはなぜかもやししか入ってねぇ。っていうか夕飯作るのに使っちまったんだけどな」
「うっうー。野菜室の奥のほうにワンパックだけ残ってたんです。きっとこれは、もやしを夜食にしろというもやしの神様のお達しに違いありません!」
「なんてこった、やよいはもやし教のもやし神を崇めるもやし教祖だったのか。俺の知ってるやよいは遠くに行っちまったんだなぁ……しみじみするぜ」
「うっうー。野菜室の奥のほうにワンパックだけ残ってたんです。きっとこれは、もやしを夜食にしろというもやしの神様のお達しに違いありません!」
「なんてこった、やよいはもやし教のもやし神を崇めるもやし教祖だったのか。俺の知ってるやよいは遠くに行っちまったんだなぁ……しみじみするぜ」
夕方、神宮司奏らの一行と合流したやよいは、みんなで夕飯を取る際に寄宿舎の食材を使い果たしていた。
故に今の今まで保存食でもないかと探し回っていたわけだが、駄目元で冷蔵庫を漁ってみれば、どういうわけかもやしがワンパックだけ残されていたのだ。
故に今の今まで保存食でもないかと探し回っていたわけだが、駄目元で冷蔵庫を漁ってみれば、どういうわけかもやしがワンパックだけ残されていたのだ。
家事など母親任せが当たり前な年頃のやよいだが、彼女は家庭の都合もあって歳不相応に料理が上手い。
料理の他にも洗濯、掃除、特売、節約、叱咤などなど……若輩ながら良妻賢母の名を欲しいがままにするほどだ。
特に、安い食材を値段以上に美味しく仕上げることに関しては右に出る者がいないとされる。
料理の他にも洗濯、掃除、特売、節約、叱咤などなど……若輩ながら良妻賢母の名を欲しいがままにするほどだ。
特に、安い食材を値段以上に美味しく仕上げることに関しては右に出る者がいないとされる。
「もやしはすごいんですよ。安いし、育つし、高くないし、美味しいし、安いし、安いし……じゅうにえんで買えますから!」
「あー、はいはい。もやしがスゲーってのはわかったから、早く作っちまおうぜ。俺もはらぺこだよ」
「あー、はいはい。もやしがスゲーってのはわかったから、早く作っちまおうぜ。俺もはらぺこだよ」
夕闇に蟠っていた彼女の憂鬱は、西日と共に海へと沈めてきた。
今では持ち前の明るさを取り戻し、むしろいつも以上に元気を振り絞って、冗談を交えることすらできるようになった。
傍らに、いや右手に、プッチャンが付いてくれていたから。これがまず第一。
プッチャン以外にも、この教会ではたくさんの仲間に出会えた。
やよいはその出会いを刻み、過去の出会いと照らし合わせて、この出会いもやはり素敵なものだったと、幸福を噛み締める。
今では持ち前の明るさを取り戻し、むしろいつも以上に元気を振り絞って、冗談を交えることすらできるようになった。
傍らに、いや右手に、プッチャンが付いてくれていたから。これがまず第一。
プッチャン以外にも、この教会ではたくさんの仲間に出会えた。
やよいはその出会いを刻み、過去の出会いと照らし合わせて、この出会いもやはり素敵なものだったと、幸福を噛み締める。
(葛木先生。私、きっとみんなと帰りますから。みんながみんな、帰りたい場所に。だから……)
誰もが皆、帰るべき場所を探して奔走していたはずだ。
やよいも、プッチャンも、葛木宗一郎も――帰るべき場所を探して、駆け抜けた。
駆け抜けて、やよいとプッチャンはまだ止まってはいない。
突っ走れば、いずれはゴールに辿り着く。
そう信じて、今は懸命にもやしを炒めるのだった。
やよいも、プッチャンも、葛木宗一郎も――帰るべき場所を探して、駆け抜けた。
駆け抜けて、やよいとプッチャンはまだ止まってはいない。
突っ走れば、いずれはゴールに辿り着く。
そう信じて、今は懸命にもやしを炒めるのだった。
「おーい、やよい。ニヤニヤしながら料理してると怪我するぞ」
「え? に、ニヤニヤなんてしてませんよ」
「いーや、してるね。まったくよだれまで垂らして、いやしんぼめ」
「ニヤニヤはしてたかもですけど、よだれは垂らしてません!」
「お、認めたなやよい君?」
「あ、あうぅぅ~」
「え? に、ニヤニヤなんてしてませんよ」
「いーや、してるね。まったくよだれまで垂らして、いやしんぼめ」
「ニヤニヤはしてたかもですけど、よだれは垂らしてません!」
「お、認めたなやよい君?」
「あ、あうぅぅ~」
やよいとプッチャンのクッキングは続く。これが終われば、寝ずの番をしている二人とお夜食タイムだ。
それが終われば一眠りして、朝になって、目覚めた二人と合流してまた次の指針を練る。
漠然と未来図を導き出し、しばらくはこんな安穏が続くのだろう、と二人が思い始めた、
それが終われば一眠りして、朝になって、目覚めた二人と合流してまた次の指針を練る。
漠然と未来図を導き出し、しばらくはこんな安穏が続くのだろう、と二人が思い始めた、
刹那、
「……あれ?」
やよいの胸に、声ならざる声が響き渡ってきた……。
◇ ◇ ◇
《ファルシータ・フォーセットPROJECT① 音×夢》
世界は天と地に隔てられた。
翼を持つ者と翼を持たぬ者、上下に別れて人生を過ごす。
純白無垢な天使の翼を持つ者たちは、足下のハネナシになど目もくれない。
翼を持たぬ地上人は、遥か頭上のツバサモチたちを見上げ続ける。
翼を持つ者と翼を持たぬ者、上下に別れて人生を過ごす。
純白無垢な天使の翼を持つ者たちは、足下のハネナシになど目もくれない。
翼を持たぬ地上人は、遥か頭上のツバサモチたちを見上げ続ける。
――彼らは、彼女らは、私が失ってしまったものを持っている。
天を見上げる少女の瞳には、嫉妬の色が灯っていた。
翼をなくした少女は、翼を求める。翼を持つ者に焦がれ、惹かれていく。
翼をなくした少女は、翼を求める。翼を持つ者に焦がれ、惹かれていく。
――私の翼は、どこにいってしまったの?
さまよい、とまどい、さがしあるいて、たどりつけない。
どこにあるのか、本当に存在するのか、なにを欲しているのか、薄れていく。
この心は偽りだ。幾重にも重ねたガラスに映される、虚構の象だ。
どこにあるのか、本当に存在するのか、なにを欲しているのか、薄れていく。
この心は偽りだ。幾重にも重ねたガラスに映される、虚構の象だ。
――わからない。私が欲しいのは、どんな色の翼?
淀んだ黒か、清純な白か、新品か本物か、求めていたものとなくしたものは同一か、否か。
どんな色の翼も手元にはない。視界にも存在しない。世界図の上には置かれていない。
このまま偽物であり続けるのか、偽物として生き続けることができるのか、疑問に思う。
――それでも彼らは……私の音色に合わさって、消えていく。
どんな色の翼も手元にはない。視界にも存在しない。世界図の上には置かれていない。
このまま偽物であり続けるのか、偽物として生き続けることができるのか、疑問に思う。
――それでも彼らは……私の音色に合わさって、消えていく。
恐れか、幻か。失った夢と取り戻した音が齎す出会いは、翼持ちえぬ者たちの語らい。
ああ、しかし彼らは翼を失ったわけではない。元から持っていなかったのだ。
強請り、勝ち取るには、所有者が。探求し、掴み得るには、過去の自分が。
ああ、しかし彼らは翼を失ったわけではない。元から持っていなかったのだ。
強請り、勝ち取るには、所有者が。探求し、掴み得るには、過去の自分が。
――教えて、ファルシータ・フォーセット。あなたは、どんな色の翼で空を羽ばたいていたの?
問い。自分に、他者に、音に、夢に、過去に。
ただ答えを知りたくて。答えを得た先を考えずに。がむしゃらに。
ただ答えを知りたくて。答えを得た先を考えずに。がむしゃらに。
――みんなに、みんなにとっての、極上な日々を目指して欲しい。それだけが、私の望みです――
声の訪れが、錯綜する少女の心を立ち止まらせた。
翼を持つ者の声が、翼を失った嘆きを知らせている。
翼を持つ者の声が、翼を失った嘆きを知らせている。
――あなたは、どうしてそんな風に笑っているの?
ぼんやりと浮かぶ笑顔。少女の眼差しを浴びる小さな体が、囁いていた。
永久に、心地よく、全身の隅々まで、浸透していく……。
――私の持っていた翼は、本当に極上と呼べるような代物だったかしら?
永久に、心地よく、全身の隅々まで、浸透していく……。
――私の持っていた翼は、本当に極上と呼べるような代物だったかしら?
「……う…………うぅん……」
細かな身震いの後、少女の肢体はのそのそとベッドを這っていく。
覚醒しない意識の中で視線を廻らせ、ここが一時の安住の地であることを再確認した。
覚醒しない意識の中で視線を廻らせ、ここが一時の安住の地であることを再確認した。
(……気のせいかしら。誰かの、声が聞こえたような……気がしたのだけれど……)
眠りについていた少女、ネムは、枕元に置いておいた時計をぼんやりと眺める。
短針は十二の数字を指し示し、僅か右へと傾いている。
誰もが寝静まる深夜の時刻だ。こんな時間に目覚めるのもおかしなものだろう。
短針は十二の数字を指し示し、僅か右へと傾いている。
誰もが寝静まる深夜の時刻だ。こんな時間に目覚めるのもおかしなものだろう。
(ねむい……わ。寝ましょう…………あら?)
夢と現の区別がつかぬまま、再度まどろみに溶け込もうとした少女を、違和感が呼び起こす。
教会裏に位置する寄宿舎、その一室、二人部屋、ベッドの上、午前零時過ぎ、記憶喪失中の自身。
不完全な覚醒を迎えた少女ネムの意識の中で、得体の知れない警鐘が鳴らされる。
なにかが欠けているような、そうでないような、判然としない違和感が寝ぼけ眼を叩いていた。
教会裏に位置する寄宿舎、その一室、二人部屋、ベッドの上、午前零時過ぎ、記憶喪失中の自身。
不完全な覚醒を迎えた少女ネムの意識の中で、得体の知れない警鐘が鳴らされる。
なにかが欠けているような、そうでないような、判然としない違和感が寝ぼけ眼を叩いていた。
(なにかしら……なにか……なに……か……)
その正体を掴み取ろうと、ベッドから起き上がる。
床に足を着き、部屋の入り口に視線をやった、
床に足を着き、部屋の入り口に視線をやった、
刹那、
「ッ!?」
ネムの後頭部に、なんらかの鈍器が叩きつけられた。
◇ ◇ ◇
《井ノ原真人PROJECT① 筋トレ×信心》
「ふんっ! ふんっ!」
月光を透過するステンドグラスに彩られ、健康的な汗を迸らせる姿が一つ。
集合の地でもあった礼拝堂内で、僧衣を纏った井ノ原真人はただひたすらにヒンズースクワットを続けていた。
集合の地でもあった礼拝堂内で、僧衣を纏った井ノ原真人はただひたすらにヒンズースクワットを続けていた。
「……いいかげん、筋トレで気を紛らわせるのも面倒になってきやがったぜ」
その回数が百を越える頃合になって、真人は筋肉の躍動を止める。
程よい疲労感を肉体に与え、冴え渡った頭で現在の時刻を確認する。
程よい疲労感を肉体に与え、冴え渡った頭で現在の時刻を確認する。
時計の短針は頂点から右へ傾き、殺し合いが二日目に突入したことを知らせていた。
先の放送でも、その進捗具合が語られ……ついに残り人数が二十四名にまで減少したことが発覚した。
告げられた死者の中には、人伝による聞き知った名がいくつか。
そして、真人の親友や救いたかった少女の名も、その中に含まれていた。
先の放送でも、その進捗具合が語られ……ついに残り人数が二十四名にまで減少したことが発覚した。
告げられた死者の中には、人伝による聞き知った名がいくつか。
そして、真人の親友や救いたかった少女の名も、その中に含まれていた。
「恭介……このみ……おまえら、どうしてそんなバッタバッタ逝きやがるんだよ」
棗恭介。真人の親友、もしくは悪友、腐れ縁とも呼べる対等な存在。
先に死んだ理樹と鈴の訃報を受け、彼はなにを思ったのか。
この地では結局巡り合うことのなかったリトルバスターズが、六時間ごとに真人の感傷を促す。
先に死んだ理樹と鈴の訃報を受け、彼はなにを思ったのか。
この地では結局巡り合うことのなかったリトルバスターズが、六時間ごとに真人の感傷を促す。
「行儀よく一人ずつ順番に呼ばれやがって。おまえらそんなお利口さんだったかよ。
次は来ヶ谷か? それとも俺か? へっ……笑えやしねぇ」
次は来ヶ谷か? それとも俺か? へっ……笑えやしねぇ」
謙吾のときも、鈴のときも、理樹のときも、等しく味わった思いだ。
自身既に一度死んだ身であるとしても、前回の殺し合いの記憶を持つ者であるとしても、友達の死は振り払えない。
かといって嘆きの渕に陥るのも、愚にしかならないことを真人は理解していた。
絶対に信じ続けるという信念のもとに、真人は雁字搦めの迷路から脱出する術を模索する。
自身既に一度死んだ身であるとしても、前回の殺し合いの記憶を持つ者であるとしても、友達の死は振り払えない。
かといって嘆きの渕に陥るのも、愚にしかならないことを真人は理解していた。
絶対に信じ続けるという信念のもとに、真人は雁字搦めの迷路から脱出する術を模索する。
「このみ。おまえは笑って逝けたのか? 誰にも信じられずに逝っちまったんなら……悔しすぎるぜ」
柚原このみ。真人と筋肉の触れ合いを経験した、泣きっ面の女の子。
殺し合いの冒頭から過酷な運命を背負わされた彼女は、この地でも味方を得られず、ひとりぼっちで果ててしまったのだろうか。
あのとき、トーニャの制止を振り切ってこのみを追いかけていれば……と、真人の胸に後悔という名のしこりが残る。
殺し合いの冒頭から過酷な運命を背負わされた彼女は、この地でも味方を得られず、ひとりぼっちで果ててしまったのだろうか。
あのとき、トーニャの制止を振り切ってこのみを追いかけていれば……と、真人の胸に後悔という名のしこりが残る。
死んでいった者の境遇。考えても事なきだ。事実として受け止め、しかしドライに突き進まなければならない。
真人は頭上に聳える十字架、大仰なステンドグラス、閉ざされた懺悔室へと視線を廻らせ、最後にらしくない溜め息をつく。
真人は頭上に聳える十字架、大仰なステンドグラス、閉ざされた懺悔室へと視線を廻らせ、最後にらしくない溜め息をつく。
「笑えねぇな……笑えねぇよ、こんなままじゃ。どうにかしなきゃならねぇ……」
呟く真人の胸中を語るものは、なにもなく。代わりに、礼拝堂の扉が古めかしい音を奏でた。
振り向き入り口のほうを眺めると、小さな影が大きな扉を押している様がある。
高槻やよいだった。
振り向き入り口のほうを眺めると、小さな影が大きな扉を押している様がある。
高槻やよいだった。
「やよいか。どうしたよ」
「真人さん……えと、その」
「真人さん……えと、その」
礼拝堂へと足を踏み込んだやよいは、どこか元気がなかった。
夜食を調達すると意気込んでいた彼女も、台所辺りで放送を耳にしたのだろう。
いや、おそらくは第四回目となる定時放送だけではなく、その直前に起こった臨時の放送も聞いたに違いない。
俯き気味に口を閉ざす、お調子者の影を潜めたプッチャンが、なによりの証拠だった。
夜食を調達すると意気込んでいた彼女も、台所辺りで放送を耳にしたのだろう。
いや、おそらくは第四回目となる定時放送だけではなく、その直前に起こった臨時の放送も聞いたに違いない。
俯き気味に口を閉ざす、お調子者の影を潜めたプッチャンが、なによりの証拠だった。
「おまえら二人とも、元気が取り得だったろうがよ。こんなときこそ笑わなけりゃ、やってらんねぇぜ」
「はい。でも……そういう真人さんも、笑ってないです」
「……さすがの俺も、結構くるもんがあるのさ」
「はい。でも……そういう真人さんも、笑ってないです」
「……さすがの俺も、結構くるもんがあるのさ」
やよいは、真人が理樹を亡くしたことを知っている。プッチャンが蘭堂りのを亡くしたことも知っている。
真人も、プッチャンが蘭堂りのを亡くしたことを知っている。やよいがそれを気にかけていることも、わかっている。
この場で最も辛い思いをしているのは、プッチャンなのだと。二人は漠然と捉えていた。
口を噤んだプッチャンは、ひたすらなにかに耐えているようで、どこか儚い。
長時間連れ添ってきたやよいも、空元気はお手の物の真人も、不用意に声をかけられなかった。
真人も、プッチャンが蘭堂りのを亡くしたことを知っている。やよいがそれを気にかけていることも、わかっている。
この場で最も辛い思いをしているのは、プッチャンなのだと。二人は漠然と捉えていた。
口を噤んだプッチャンは、ひたすらなにかに耐えているようで、どこか儚い。
長時間連れ添ってきたやよいも、空元気はお手の物の真人も、不用意に声をかけられなかった。
(無理もねぇか。どういうからくりか知らねぇが、放送の前にあんな声が響いてきたんじゃ)
放送の直前に起こった、摩訶不思議な現象。
それが、蘭堂りのを名乗る少女からの、心に直接響きかけてくるメッセージだった。
それが、蘭堂りのを名乗る少女からの、心に直接響きかけてくるメッセージだった。
真人はプッチャンとりのの関係を詳しくは知らない。あのメッセージを聞いたプッチャンが、なにを思うかも。
ただ、二人の関係が単なる親戚や親友に留まらないということだけは容易に想像がつく。
自分たちのような……リトルバスターズに等しい絆を、彼と彼女は持っていたに違いないのだ。
ただ、二人の関係が単なる親戚や親友に留まらないということだけは容易に想像がつく。
自分たちのような……リトルバスターズに等しい絆を、彼と彼女は持っていたに違いないのだ。
「……すまねぇな。辛気臭いムードにしちまってよ。ったく、最後の最後まで……とんだ愚妹だぜ……」
搾り出されたプッチャンの声は、やはり覇気がない。
人形の身にしょぼくれた影を落とし、感情を押し殺しているようにも見えた。
人形の身にしょぼくれた影を落とし、感情を押し殺しているようにも見えた。
真人はそんなプッチャンを見てなにを思ったか、身につけている僧衣を肌蹴だした。
筋骨粒々な上半身が露になり、やよいがビクッと反応する。
肌を露出したままずんずんと入り口まで歩み、やよいとプッチャンの眼前まで躍り出た。
筋骨粒々な上半身が露になり、やよいがビクッと反応する。
肌を露出したままずんずんと入り口まで歩み、やよいとプッチャンの眼前まで躍り出た。
「元気出しな。ほれ、俺の筋肉を分けてやるからよ」
「……いや、ここは空気読めよバカ筋肉」
「へっ、俺には結局、これしかねぇってことさ」
「……いや、ここは空気読めよバカ筋肉」
「へっ、俺には結局、これしかねぇってことさ」
真人なりの気づかいは、筋肉に精通していない常人には伝わらないものだ。
ただやよいもプッチャンも嫌な顔だけはせず、真人の行動に対し苦笑いを浮かべている。
ただやよいもプッチャンも嫌な顔だけはせず、真人の行動に対し苦笑いを浮かべている。
(ったく、厳しいぜ。筋肉で全部解決できるようなら話は早いんだがよ……それに)
りのの死を知ったプッチャンの様子を鑑みて、真人は今は眠っているはずの神宮司奏を思い出す。
彼女も蘭堂りのの知り合いだ。
間柄は生徒会長と書記、程度のものしか把握していないが、彼女はりのの死をどう受け止めるのだろうか。
真人が奏を思い浮かべたそのとき、礼拝堂の扉がまた古めかしいを音をたてた。
彼女も蘭堂りのの知り合いだ。
間柄は生徒会長と書記、程度のものしか把握していないが、彼女はりのの死をどう受け止めるのだろうか。
真人が奏を思い浮かべたそのとき、礼拝堂の扉がまた古めかしいを音をたてた。
人ひとりがようやく通れるような微かな隙間を作り、神宮司奏が躊躇いがちに入ってくる。
パジャマ姿のまま、顔は青ざめ、肩を落とし、暗い雰囲気を纏っていた。
声をかける、かけられる以前に、奏の心理状態が読み取れてしまった。
真人とやよい、プッチャンは皆閉口し、かける言葉を見失う。
パジャマ姿のまま、顔は青ざめ、肩を落とし、暗い雰囲気を纏っていた。
声をかける、かけられる以前に、奏の心理状態が読み取れてしまった。
真人とやよい、プッチャンは皆閉口し、かける言葉を見失う。
「…………あ、の」
擦れた言葉を漏らす奏。随分と様変わりしてしまった声に、やよいとプッチャンは絶句した。
大切な人の死は、精神に痛手を与える。そんな当たり前のことを強く噛み締め、真人は奏に歩み寄る。
大切な人の死は、精神に痛手を与える。そんな当たり前のことを強く噛み締め、真人は奏に歩み寄る。
(やりきれねぇよな。誰だって、こんな気分にはなりたくねぇ。だからこそ、信じることが大切だってのによ……)
剥き出しの筋肉に対して奏は反応も疎かに、棒立ちのまま真人を迎え入れる。
真人は筋肉を見せつけるようにして、元気を出せ、と訴えかけるが効果はない。
真人は筋肉を見せつけるようにして、元気を出せ、と訴えかけるが効果はない。
「放送、聴いたのか?」
「…………はい」
「…………はい」
奏の憔悴ぶりを見れば、質問するまでもなかった。彼女が負った痛みは、筋肉で癒せる範囲を超えている。
真人は舌打ちし、奏にかけるべき言葉を模索する。筋肉を見せつけるだけでは駄目だと悟ったからだ。
真人は舌打ちし、奏にかけるべき言葉を模索する。筋肉を見せつけるだけでは駄目だと悟ったからだ。
(みんなの痛みはわかるがよ。それじゃあ駄目なんだよ。トーニャみてぇに酷にはなれねぇが、それでも……)
悲しみは背負わなければならない。しかし同時に乗り越えられなければ、明日は迎えられないから。
真人はどうにかして奏から活力を取り戻そうと、ない知恵を絞って、途中、
真人はどうにかして奏から活力を取り戻そうと、ない知恵を絞って、途中、
ざくり、
という音を受けて――意識が飛んだ。
思考が途絶えて、訪れた現実に目を白黒させる。
思考が途絶えて、訪れた現実に目を白黒させる。
「……あ?」
露出した上半身の胸元の辺りが、赤く染まっている。包丁が刺さっていた。
包丁の柄には、か細い諸手が添えられていて、それを辿っていくと狼狽した奏の顔があった。
包丁の柄には、か細い諸手が添えられていて、それを辿っていくと狼狽した奏の顔があった。
「りのが、死んじゃった……」
朦朧とする意識の渦中で、奏そう呟くのを、真人は確かに聞いた。
◇ ◇ ◇
《高槻やよいPROJECT② 凶刃×変動》
目の前の光景を事実として受け入れて、しかしこれが現実であるなどとは、すぐには受容できなかった。
包丁で胸を刺され倒れ伏した真人。凶器を握るのは奏の手。幻だと切って捨てたくなるのが当たり前だった。
包丁で胸を刺され倒れ伏した真人。凶器を握るのは奏の手。幻だと切って捨てたくなるのが当たり前だった。
(真人さんが、奏さんに刺され……え、え? それって、どういう……?)
怖がることも、怯えることもできなかった。事態の訪れがあまりにも突然すぎて。
真人を刺した奏は、視線を立ち尽くすやよいへと流す。未だ手に凶刃を握り締めたまま。
あれは、夕食を作るのに使った包丁だ。さっきまでもやしを炒めていた台所にあった包丁だ。
それをどうして奏が、真人を刺すための道具として使っているのか、やよいにはわからなかった。
殺傷道具を持つ奏が、幽鬼のようににじり寄って来る。顔を直視することができなかった。
奏がどんな表情でこの行動に及んでいるのか、それすらも窺えず、やよいは尻餅をつく。
やよいが動けなくなっても、奏は止まらなかった。その目的を考えることが、できないまま。
真人を刺した奏は、視線を立ち尽くすやよいへと流す。未だ手に凶刃を握り締めたまま。
あれは、夕食を作るのに使った包丁だ。さっきまでもやしを炒めていた台所にあった包丁だ。
それをどうして奏が、真人を刺すための道具として使っているのか、やよいにはわからなかった。
殺傷道具を持つ奏が、幽鬼のようににじり寄って来る。顔を直視することができなかった。
奏がどんな表情でこの行動に及んでいるのか、それすらも窺えず、やよいは尻餅をつく。
やよいが動けなくなっても、奏は止まらなかった。その目的を考えることが、できないまま。
「ひ、あ……」
気づけば、奏の身はやよいの眼前にあり、
真人の血が付着した包丁は、やよいの頭上にあり、
今まさに、振り下ろされた。
真人の血が付着した包丁は、やよいの頭上にあり、
今まさに、振り下ろされた。
「――!」
反射的に目を瞑るやよいに、回避行動は取れない。
代わりに、右手が動いた。やよいとは別の意思を持った者が、振り下ろされる凶刃に向かっていく。
代わりに、右手が動いた。やよいとは別の意思を持った者が、振り下ろされる凶刃に向かっていく。
やよいの右手に、僅かな衝撃が与えられる。痛みを覚えるほどではなく、かといって感覚が麻痺してしまったわけでもない。
やよいがおそるおそる目を開けると、右手のプッチャンが――その小さな諸手で、包丁の刃を受け止めている光景が映し出された。
やよいがおそるおそる目を開けると、右手のプッチャンが――その小さな諸手で、包丁の刃を受け止めている光景が映し出された。
「……冗談にしても笑えねぇぜ、会長さん!」
まるで時代劇で見られる真剣白羽取りのように、プッチャンは受け止めた包丁を力任せに叩き折った。
奏は折れた包丁を手から取り零し、今にも泣き出しそうな顔で後ずさりする。
奏は折れた包丁を手から取り零し、今にも泣き出しそうな顔で後ずさりする。
――酷い顔だった。血色は悪く、目元はくすみ、唇は青く、瞳は揺れ、全身が微動している
奏の変わりようを見て、やよいはなんとなく理解してしまった。
奏が及んだ恐慌の意味を、殺意の正体を。
奏の変わりようを見て、やよいはなんとなく理解してしまった。
奏が及んだ恐慌の意味を、殺意の正体を。
「……っ」
奏は言葉をなくして、礼拝堂から走り去っていった。
プッチャンはそれを止めず、やよいも起き上がるのが精一杯で、すぐには追いかけることができなかった。
プッチャンはそれを止めず、やよいも起き上がるのが精一杯で、すぐには追いかけることができなかった。
「ちくしょう。いったいなにがどうなってやがんだ」
「奏さん……」
「奏さん……」
一連の事態の唐突さに、やよいとプッチャンは成す術もなく緘口する。
原因の究明も、将来のための打開もままならぬまま、奏が消えた扉を見つめていた。
原因の究明も、将来のための打開もままならぬまま、奏が消えた扉を見つめていた。
「……ぐっ、は」
「! 真人さんっ」
「おい真人! 生きてるか!?」
「! 真人さんっ」
「おい真人! 生きてるか!?」
刺された胸元を押さえながら、真人が起き上がる。
やよいの目では軽傷なのか致命傷なのか判然とせず、赤い濁点と滴り落ちる血が、不安を駆り立てた。
当の真人は、苦痛を示すかのように強張った顔つきをしている。
やよいの目では軽傷なのか致命傷なのか判然とせず、赤い濁点と滴り落ちる血が、不安を駆り立てた。
当の真人は、苦痛を示すかのように強張った顔つきをしている。
「生きてるかだと? 俺の筋肉の分厚さを見てんなこと聞いてんのか? へっ、余裕よ余裕」
「で、でも! いっぱい血が出てます……」
「いくらおめーが筋肉バカでも、とっとと止血しなきゃ死んじまうよ!」
「で、でも! いっぱい血が出てます……」
「いくらおめーが筋肉バカでも、とっとと止血しなきゃ死んじまうよ!」
プッチャンの診断を受けて、やよいの不安はさらに膨れ上がった。
つられるように顔色を青ざめ、小柄な身形でありながらよろめく真人に肩を貸す。
つられるように顔色を青ざめ、小柄な身形でありながらよろめく真人に肩を貸す。
「んなもん後だ。なんだかよくわかんねぇが、あのまま奏を放っておくわけにもいかねぇだろ」
真人の足は、礼拝堂の外へと向いていた。
一歩を力弱く、しかし二歩目は自らの意思で、三歩目はやよいの身から離れ力強く踏み込む。
奏を追いかけたいという気持ちはやよいも同じだが、負傷した真人をこのままにしておくのも納得がいかない。
どうしたらいいのか、わからない。やよいは動転したまま真人の側を右往左往し、そして気づく。
一歩を力弱く、しかし二歩目は自らの意思で、三歩目はやよいの身から離れ力強く踏み込む。
奏を追いかけたいという気持ちはやよいも同じだが、負傷した真人をこのままにしておくのも納得がいかない。
どうしたらいいのか、わからない。やよいは動転したまま真人の側を右往左往し、そして気づく。
「あ」
礼拝堂の入り口に、人影がある。
一瞬、奏が戻ってきたのかとも思ったが、違う。
一瞬、奏が戻ってきたのかとも思ったが、違う。
「ネム……」
奏とおそろいのパジャマを着込んだ、プラチナブロンドの少女。
記憶を失い、音夢という仮初の名を貰い受けた、陽炎のような存在。
ネムは、奏と同じように肩を落とし、顔を俯かせ、やよいたちと顔を合わせぬようにして、礼拝堂の入り口に棒立ちしている。
記憶を失い、音夢という仮初の名を貰い受けた、陽炎のような存在。
ネムは、奏と同じように肩を落とし、顔を俯かせ、やよいたちと顔を合わせぬようにして、礼拝堂の入り口に棒立ちしている。
「違う」
開口一番に否定の意を表し、その声は沈んでいる。
「私は、あなたたちの知ってるネムじゃない」
やよいは奏の一件で動揺したまま、ネムの突然の来訪を迎えた。
「私は、私の、本当の名前は……ファル。ファルシータ・フォーセット」
続けざまに発せられた告白も、耳に入れる。
「全部、思い出したの。いいえ、思い出してしまった。だから……ここで、おしまい」
ネムが自分の名前を思い出した、過去を取り戻したのだと知って、やよいの混乱は加速する。
プッチャンも、真人も、やよいと同様にネムの告白を聞くことしかできなかった。
プッチャンも、真人も、やよいと同様にネムの告白を聞くことしかできなかった。
「……さようなら」
誰にでも理解できる、別れの言葉を残して、ネムが去る。
まるで最初から誰もいなかったかのように、礼拝堂の扉は閉ざされた。
やよいたち三人は中に取り残されたまま、音と時が過ぎ去るのを待つ。
まるで最初から誰もいなかったかのように、礼拝堂の扉は閉ざされた。
やよいたち三人は中に取り残されたまま、音と時が過ぎ去るのを待つ。
数秒、あるいは数分経っただろうか。
「本当に、わけわかんねーよ」
転機を越えてまず一声、プッチャンが投げやりに漏らした。
事態の急転さと不可解さに憤りを覚えながら、パペットの身をわなわなと震わせる。
事態の急転さと不可解さに憤りを覚えながら、パペットの身をわなわなと震わせる。
「わけわかんねーのは、俺だって同じだよ」
「私もです。奏さんも、ネムさんも、どうして……」
「私もです。奏さんも、ネムさんも、どうして……」
この場に賢者はいない。誰もが当事者として、人間関係の変動に翻弄される。
奏が真人を刺した。奏がやよいを刺そうとした。ネムがファルを思い出した。
発端や理由はなんだったのか。それを知りたいとは思えど、真実には辿り着けない。
ただ、謎を謎のままにしておく気にはなれない。
真人とプッチャンとて、翻弄されたからといって匙を投げたりはしないだろう。
やよい自身、
奏が真人を刺した。奏がやよいを刺そうとした。ネムがファルを思い出した。
発端や理由はなんだったのか。それを知りたいとは思えど、真実には辿り着けない。
ただ、謎を謎のままにしておく気にはなれない。
真人とプッチャンとて、翻弄されたからといって匙を投げたりはしないだろう。
やよい自身、
(奏さんは、きっと……)
奏の凶行の意味を悟ってしまったから、それを確かめたいと、どうにかしたいと願っている。
このままにはしておけない。流されるままではいけない。
このままにはしておけない。流されるままではいけない。
(だって、私たち仲間だから。ネムさんだって、それを認めてくれた)
つい先刻、寝付けないからといって寄宿舎を散歩していたネムは、やよいに不思議な質問をした。
あの質問が、ひょっとしたらネムの取り戻した過去に関連しているのかもしれない。
けれどやよいは、それを知らない。知らなくとも、あの言葉は自然と出てきたのだ。
あの質問が、ひょっとしたらネムの取り戻した過去に関連しているのかもしれない。
けれどやよいは、それを知らない。知らなくとも、あの言葉は自然と出てきたのだ。
仲間だから。
理由なんて、ただそれだけでいい。一緒にいるだけで強いものだから、それでいい。
子供っぽい幻想だと笑われようと、それで突き抜けることができたならば、明日には極上の日差しが待っている。
子供っぽい幻想だと笑われようと、それで突き抜けることができたならば、明日には極上の日差しが待っている。
(蘭堂りのさん……メッセージ、私にも届きました! だから私、諦めません!)
やよいの瞳に、決意の色が灯る。背筋をピンと伸ばし、決意を行動に示す。
やよいの気持ちは、プッチャンにも伝わったのだろう。ニヒルに口元を歪め、視点をやよいと同じくする。
礼拝堂の、外へ。
やよいの気持ちは、プッチャンにも伝わったのだろう。ニヒルに口元を歪め、視点をやよいと同じくする。
礼拝堂の、外へ。
「……わけわかんなくても、いいです! 真人さん、二人を追いかけましょう!」
菊地真や伊藤誠と離別し、葛木宗一郎と死に別れ、それでも新たな仲間を得ることができたやよいにとって――今は極上に変わりないのだから。
「……いや、ちょっと待て」
「おー……って、ふぇ?」
「おー……って、ふぇ?」
意気込むやよいの勢いを削ぐように、真人が制止を求める。
出鼻を挫かれたやよいは、神妙な顔つきの真人を見やり、その歩が向かう場所に追従する。
彼が足を向けたのは、礼拝堂の外ではなく中……閉ざされた懺悔室の前だった。
出鼻を挫かれたやよいは、神妙な顔つきの真人を見やり、その歩が向かう場所に追従する。
彼が足を向けたのは、礼拝堂の外ではなく中……閉ざされた懺悔室の前だった。
「……そういうことかよ」
懺悔室の黒い扉を正面に置きながら、真人がしかめっ面を浮かべる。
これが刺された胸の痛みではないことくらい、やよいにもわかった。
真人と同じ視点を持てば、懺悔室の扉に下げられたプレートを見れば、
これが刺された胸の痛みではないことくらい、やよいにもわかった。
真人と同じ視点を持てば、懺悔室の扉に下げられたプレートを見れば、
その文面が、いつの間にか変わっていることを知れば。
真人は懺悔室の扉を一瞥した後、再び足を礼拝堂の入り口へと向けた。
やよいとプッチャンも、それに付き従う。
古書店の主と思しき者からのメッセージは……今は、考えないほうがいいのだろう。
やよいとプッチャンも、それに付き従う。
古書店の主と思しき者からのメッセージは……今は、考えないほうがいいのだろう。
「てけり・り」
やよいたちが礼拝堂から外に出ると、ダンセイニが待ち構えていた。
放送によって恭介らの訃報を受けた真人は、見張りを外のダンセイニに任せ、今まで礼拝堂内で気を紛らわせるための筋トレをしていたのだった。
放送によって恭介らの訃報を受けた真人は、見張りを外のダンセイニに任せ、今まで礼拝堂内で気を紛らわせるための筋トレをしていたのだった。
「ダンセイニ。奏とネム、どっち行ったかわかるか?」
「てけり・り」
「てけり・り」
ダンセイニは真人の変わり果てた姿に多少驚きを見せ、しかしその意志ある言葉を受けて、返答代わりの方向を示す。
コンパスで確認してみれば、ダンセイニが示したのは南の方角だった。
コンパスで確認してみれば、ダンセイニが示したのは南の方角だった。
「禁止エリアに突っ込むかもしれねぇ。真人、こりゃ急いだほうがよさそうだぜ」
「言われるまでもねぇ。走るぞやよい。ダンセイニは俺に捕まってろ」
「はい!」
「てけり・り」
「言われるまでもねぇ。走るぞやよい。ダンセイニは俺に捕まってろ」
「はい!」
「てけり・り」
謎と、悲しみと、憤りを心に溜めて、やよいたちの追撃が始まる。
◇ ◇ ◇
212:今、出来る事 | 投下順 | 214:団結(Ⅱ) |
時系列順 | ||
204:ウェストくん、首輪を片手間ではずすの巻 | ドクター・ウェスト | |
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ | ||
200:mirage lullaby | 高槻やよい | |
ファルシータ・フォーセット | ||
井ノ原真人 | ||
神宮司奏 | ||
210:第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(後編) | ナイア | |
すず |