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団結(Ⅲ)

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団結(Ⅲ) ◆LxH6hCs9JU



 人間は多くの神々に触れ、初めて自らの歩む道を見定める。

 ただ、僕が掌握するこの世界には存在しない道理だけれどね。

 だからこそ僕は期待しているのさ。彼らが見せる、精一杯の足掻きを……。


 ◇ ◇ ◇


 《トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナPROJECT② 処断×感応》


 トーニャの観察眼は、揺ぎない殺意の波動を捉えた。
 発信者はいつぞやの記憶喪失少女。その本名はファルシータ・フォーセット
 今まさに、神宮司奏に毒牙を向けんと迫っていた魔性の女である。

「話は聞かせてもらいました。今さらですが、あなたが本当に記憶喪失だったということは認めましょう」

 トーニャは奏とファルの間に降り立ち、障壁として君臨する。
 人妖能力、キキーモラを発動。背中から蛇のような管を伸ばし、先端の金属錘を武器として向ける。
 対象はもちろん、敵と見定めたファルだ。

「ただ、それだけです。やはりあなたは信用ならざる女だった。切り捨てて然るべき存在に違いなかったと、ようやく確信が持てましたよ」

 奏に向けた殺意は、倍の殺意でもってトーニャが送り返す。
 場慣れしたトーニャが放つ威圧感に、ファルは一転して気圧される。
 じりじりと後退し、よろめいた挙句に尻餅をついた。

 格が違う。
 敵意を向ける側も、向けられる側も、傍から傍観する者も、満場一致でそう判断しただろう。
 戦いというものを理解し、人を傷つける術を持ち、殺しの真理も会得しているトーニャと、覚悟だけのファルとではなにもかもが違う。
 殺し合いに発展すればどちらが勝利を掴むかなど、問題にしても簡単すぎる。

「故に私はあなたを切り捨てます。弁明の言葉があるなら聞きましょう」

 トーニャに慈悲の心はない。
 元より信用ならなかった相手、交友も浅ければ人材としての執着もない。
 己の生存という目的を、最終的なラインまで見据え行動を選択しているトーニャは、なにも博愛主義者というわけではないのだ。
 足手まといは切り捨てる。有能な人間は使う。善意で救助を行ったりはしない。
 他者を犠牲にしなければならない場面が訪れたならば、迷わず決断する。

 今はもう全員亡き者となった、神沢学園の学友たちであったとしても。
 生きて、サーシャの下に帰るためならば。

 トーニャは、より確実な生還への道を模索し、取捨選択を行っているだけなのだ。
 ここでファルを切り捨てるのも、トーニャが追求するリアリズムの一環でしかない。

「……言葉も出ませんか。ハッ、いい醜態ですね。罰が当たったと思うなら、悔い改めながら逝きなさい」

 背中から伸びるキキーモラを、硬直したファルへと伸ばす。
 恐怖に支配されたファルは、抵抗の意思すら示せず、目尻に涙を溜める。
 キキーモラがファルの体を抉る……寸前、トーニャは咄嗟に軌道を変えた。
 キキーモラは方向を転換し、トーニャの背後へ。
 鞭のようなしなやかさで、トーニャの後頭部に激突しようとしていた飛石を打ち落とす。

「……なんの真似ですか?」

 声に怒気を込めて、トーニャは振り向き様に問うた。
 背後から放たれた投石は、攻撃の意志に沿うことなくどこぞへと弾き飛ばされた。
 しかし投石を行った張本人は、翳した手を宙に置いたまま、自身が犯人であると誇示するかのように、身を震わせている。

「彼女を殺してほしくない、なんて甘ったれた言葉を吐きたいわけではなさそうですね」

 トーニャの後頭部を狙い石を投げたのは、奏だった。
 本人驚愕の表情で、トーニャへの敵意を放ち続ける。
 それはおそらく、トーニャ個人に対してではない。
 神宮司奏の周囲一帯、つまりは自分以外の世界に向けて。

「……私に死んでほしい、ですか。まさか、あなたにそんな殺気が放てるとは思いませんでしたよ」

 なにがあったかは知らない。知る必要もない。
 先導者としての輝きを放っていたかつての神宮司奏は――とっくに死んでいる。
 未練も感傷も湧かず、トーニャは嘲笑うかのようにキキーモラの先端を向けた。

「これは称賛です。同時に憐れみでもあります。奏さん、あなたはとんだ大馬鹿者です」

 瞬間、トーニャが識別する敵のカテゴリーに、奏が参入する。
 神宮司奏とファルシータ・フォーセット、この二人は既に、トーニャにとっての害悪でしかない。
 処断は可及的速やかに、迷いを生まぬうちに。

「せめて、楽に――さようなら」

 トーニャの表情から、憐憫が消える。
 殺人者としての無表情に徹し、害を除去する作業に移行。
 キキーモラの矛先は、まずファルへ。
 糸の集合体である管、その先端に備えられた錘で穿てば、息の根は止められる。
 相手は弱者だ。威力のないキキーモラでも、額や目、喉や口内など、狙いをつければ殺害は容易。
 ファルに回避の意志はない。あったとしても、戦闘力を持たない彼女では対処できない。

 キキーモラの躍動は刹那の時を数え……やがて、激突した。
 共有した触覚から、トーニャ本体にもその振動が伝わる。
 キキーモラが穿ったのは、相手の背部。
 壁のように肉厚で、汗による滑りを伴った、見ているだけでも暑苦しい――

「なっ!?」

 衝突後、気づく。
 キキーモラが穿った背中は、ファルのものではなかった。
 明らかに少女のものではない、重厚な筋肉の背中が、トーニャの視界に映る。
 向いているのは背部ゆえ、その顔は窺えなかったが……背中だけでも判別はついた。
 ファルを守るように、キキーモラの攻撃の狭間に、井ノ原真人が割って入ったのだ。

「真人さん!」
「会長! ネム!」
「てけり・り!」

 トーニャが真人という乱入者に気づくと、さらに三人分の声が来訪を知らせた。
 見れば、修道女の服を纏った小柄な女の子が一人。手には不細工な人形を嵌めている。
 彼女に付き従っているのは、寺院で別れたスライム、ダンセイニだ。変わらず筋肉スーツを纏っている。

 見知らぬ少女と見知った軟体生物の介入にトーニャは意識を奪われ、また真人へと視線を戻す。
 彼もまた、寺院で喧嘩別れした元仲間の一人だ。
 ファルを信じると豪語し、再会して早々、その決意を崩さぬ守護の態度を保っている。
 トーニャは呆れると同時に、憤慨した。
 背中に負った傷と、滴り落ちる血が自分の非であると知り、焦りは増す。

「……井ノ原さんっ、あなたは、まだ!」

 キキーモラによる再攻撃は仕掛けない。
 真人はなにを思ってファルを救いに入ったのか、見極める必要があった。

「よう……古狸。相変わらずギスギスした筋肉してんな。プロテインが足りてねぇんじゃねぇか?」
「会って早々ですか。今はあなたの戯言につき合ってやれる気分でも状況でもありません。そこを退きなさいッ!」
「嫌だね」

 トーニャに背中を向けたまま、真人は動かない。。
 顔を、視線を、意識を、眼前で怯える少女に集中させ、トーニャには振り向かない。

「……っ!」

 真人はファルだけを見て、トーニャのほうを見ようとはしなかった。
 口元が歪む。手が汗ばむ。キキーモラがぶれる。真人の登場でなにかが崩れる。

「なあ、ネム……おまえ、こんなとこでどうしたよ。あのおっかねぇ狸になんかされたか?」

 いくら分厚い筋肉を纏おうと、キキーモラに抉られたのだ。
 背中は激痛で苛まれているはずなのに、真人は痛がりもせず、ファルとの対話に臨んでいる。

「ち、がっ……わた、しは……ファル、シータ……」
「んなこたぁどうだっていいさ。ネムはネムだ」

 真人はネムの真の名前を知っているのか、その本性を知っているのだろうか、再会したばかりのトーニャにはわからない。
 真人自身は敵か味方か、そんな大事なことも見極められず、身動きが取れない。
 トーニャは真人とファルの会話に耳を欹てつつ、正解を探し求める。

「まったくよ。揃いも揃って馬鹿やりやがって。ちったぁ落ち着けってんだ。なんだったら、みんなで遊ぶか?」

 そこで、真人は初めてトーニャのほうを向いた。その視界には、奏やダンセイニたちも含まれている。
 真人が身に纏う僧衣は肌蹴ており、露出した上半身には二つ、背中に裂傷と、胸の辺りに刺傷が刻まれていた。
 見るも無残な血の濁点が、トーニャの不安を駆り立てる。やはり、自分が去った後、なにかが起こったのだ。

「筋肉イェイイェイ! 筋肉イェイイェイ!」

 おそらくはその一番の被害者であろう真人は、なぜか重傷を押してまで笑みを振り撒き、馬鹿をやっている。
 全身の筋肉をむきっ、と膨張させ、笑顔で腕を振るう。独特なリズムで、上腕二等筋の素晴らしさを誇示するかの如く。
 本人にはみんなで一緒にやろう、という意図があったのだろうが、彼の意に同調する者は一人もいなかった。

「おいコラてめぇら。どうして筋肉祭りに参加しねぇ」

 一同のノリの悪さに腹を立て、真人は笑顔から一転、無愛想な表情を作る。
 それすらも、彼の仕掛けるアプローチの一環なのだということがわかった。
 真人は自分なりに、この場を納めようとしているに過ぎない。
 やはり、彼の唱える信心はまったく変わってなどいなかった。

「相変わらずですね、グッピーは。まったく……こっちが馬鹿らしくなってきますよ」
「んだとぉ……まるで俺の筋肉はあの頃からまるで成長していない、とでも言いたげだなぁ!?」
「数時間やそこらで筋肉が成長するわけないでしょう! その空っぽな脳みそも含めてね! そして!」

 失笑混じりの無碍な挨拶、それに対する相変わらずの返答を受け、トーニャが激昂する。

「あなたは、変わらず大馬鹿なグッピーです! いいえ、グッピーは返上してプランクトンでしたね!
 ダンセイニ以下、木魚で一喜一憂、善人と悪人の区別もつかない、いつだっておちゃらけて!
 それで何事も上手くいくとお思いですか!? この世はラブアンドピースアンドマッスルですか!?
 はっ、ちゃんちゃらおかしいわ! 筋肉で理想が叶えられるなら、世はボディビルダーの天下ですよ!
 井ノ原真人! あなたはいったいなにがしたいんですか!? いたずらに場を掻き乱すだけなんですか!?
 ファルシータ・フォーセットがどんな女か、神宮司奏がなにをしたのか、一切合切説明できますか!?
 この場を収めようと言うのなら、まずは私を納得させてみなさい! それができないのなら――」

 トーニャと真人が向かい合う。柔らかな眼差しと厳格な眼差しが、衝突を果たす。
 トーニャの敵意は再び殺意へと昇華され、改めて井ノ原真人へと向けられた。

「――その暑苦しい理想ごと、ここで私がズバッと切り捨てます!」

 言葉に嘘はない。心に偽りはない。
 確固たるトーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナの意志として。
 真人に、説明という名の決断を要求する。

「…………」

 真人は態度を変えず、しかし即答は返せずに、沈黙に至る。
 トーニャは短気を起こさずに、座して待った。
 ファルは真人の背後で、震えたまま事態を見つめている。
 人形を嵌めた少女も同じく、事の成り行きを窺っていた。
 ダンセイニは内面が読めず、ただ存在だけをこの場に置いている。

「……私が」

 硬直した場の雰囲気に罅を入れたのは、奏の痩せ細った声だった。
 声色に、トーニャを隠密に使命したときのような凄みは残されていない。
 全員の視線が奏へと誘導され、三者三様の求めを訴える。

「私が、真人さんを刺したんです。ネムさんも、殴り殺したつもりでした。高槻さんも、刺し殺そうとして……」

 奏の口から、信じられないような告白が囁かれる。
 彼女の血塗れた手が刺傷の証だとするならば、真人の胸の傷とも辻褄が合う。
 しかしながら、トーニャにはなぜ奏が凶行に走ったのか、という肝心の答えが見えてこない。

「そうすれば、権利が貰えると思ったから。死んでしまったりのに、もう一度会えるって、思ってしまったから」

 ――権利。
 その一言で、全ての合点がいった。
 第一回放送の折に、言峰綺礼がチラつかせた希望への糸口。
 見え透いた罠と、多くの者が切って捨てたであろう甘言を、奏は今になって受け入れたのだ。

 ……はたして、本当にそうだろうか?
 一度でも聡明と見極めた彼女が、一時の言霊に翻弄され、人心を支配されてりなどされるものだろうか?
 トーニャが神宮司奏という人物を理解していなかった、と言えばそれまでだ。
 だが、トーニャは心のどこかではまだ……奏を認めている。完全に見限れずにいる。

(権利なんて、そんな言葉は……たぶん、彼女にとっての口実。逃げ道にしかなっていない)

 奏の口から漏れているのは、間違いなく虚言だ。
 トーニャは見抜いた。しかし奏本人は、自分の言が偽りであると気づいていない。
 彼女自身、惑いの中から抜け出せず、出口を欲して足掻いているのだ。

「私は……私は、りのに――!」

 りの、という人物への感情が膨れ上がる。
 蘭堂りの――放送か、その直前に齎された伝心か、あるいはその両方が、奏に転機を与えた。
 転んだ結果が、今の泣きじゃくる子供なのだと、トーニャはようやく理解して、

「――けぇ~ん~りぃ~? うわぁ~らわせるぬぅ~わぁ~であ~る!」

 投げかける言葉を選ぶ間もなく、来なくてもいい人物が来てしまった。


 ◇ ◇ ◇


 《ドクター・ウェストPROJECT① お邪魔虫×玉砕》


「ぎゅわーん! ぎゅぎゅぎぎぎぃじゃぎゅわぁぁん! じゃっじゃっじゃじゃじゅわぁぁぁんっ!!」

 口を窄め、さらに尖らせ、声を騒音へと、強引に変化させる。
 左手は肩の横に、右手はへその辺りに、ギターを持っているような仕草で、仮初の音を口ずさんで奏でる。
 登場の際にはロックでエレキなギターがつきものだが、あいにく今は所持しておらず、代用品も見当たらない。
 だからといって己のアイデンティティを崩壊させるわけにはいかず、故にエアギターでもって登場を果たす。

「どぅわーっはっはっはっは! ドォクタァァ――――ッ! ウェェェストッッ!!」

 存在自体が公害、発する言動は全て放送禁止ワード、誰もが認めるキ○ガイ。
 奇抜な緑の頭髪と、汚れやらなにやらですっかり色合わせてしまった白衣を纏う、キチ○イ。
 真性のキチガイ、ドクター・ウェストが混乱の舞台に現れた。

「ドクター・ウェスト! あなた、病院に縛り付けておいたはずなのにどうしてここに!?」
「ふふん。ロシアの妖精、ふわふわ☆トーニャよ。あれしきの縄で我輩のフリーダムを封印できたと思ったであるか?
 甘い! 蜂蜜がけのケーキにきな粉をまぶし、トドメと言わんばかりベリーを添えたスイーツよりも甘いのである!
 アーカムシティではゴキ○リと称されることもままある我輩、あれしきの拘束が解けずしてどうするか!
 意識を取り戻した我輩の衝動は休まることを知らず、天才的嗅覚で持って常に騒ぎを嗅ぎつけるのであ~る!」

 トーニャの疑問を、怒涛の舌技で返すウェスト。
 彼が目覚めたのは、つい先刻のことだ。

 首輪の謎を究明、途端に蓄積していた疲労から眠りに落ち、目覚めてみれば時刻は零時過ぎ。
 病室にトーニャや九鬼の姿はなく、置き手紙を見れば、可愛い筆跡で『教会に行ってきます☆』とある。
 追いかけようにもウェストの身は荒縄で簀巻きにされており、つまりは待っていろということなのだろうが、彼は容認しなかった。

「ホント言うと今の今まで探し回り、全力疾走を続けたこともあって傷口が開けかけであるが、まあ問題ない。
 それはそうとそこのパジャマっ子よ! そっちのおでこが出ているほうである!
 主催者連中の言う権利を鵜呑みにするなど言語道断! 馬鹿みたい! へそで茶が沸かせるのである!
 奴らの甘言に支配されるなど、いくら凡人とはいえ愚の骨頂であるということがなぜわからん!?
 しぃ~かもしかも! 死者を甦らせようなどとは! 千羽烏月のような愚か者がまだいたとはさすがの我輩も驚愕!
 トーニャや井ノ原真人にも話したであるが、この殺し合いに勝ち抜いたからといってご褒美は一切ない!
 待っているのはモルモットとしての過酷な運命か、生け贄としての死であると、我輩自信を持って断言できるのである!」

 トーニャを発見して早々、形成されていたのは修羅場のムードだった。
 しばし様子を窺うつもりでいたウェストだったが、奏の口から出た言葉を聞けば、黙ってはいられない。
 死者蘇生の可能性を幻視する――かつての、医学の徒であった頃の自分と重なる輩は、心情的にもプライド的にも見過ごせなかった。

「母ちゃんのように口を酸っぱくして言おう! この地で語っていい夢は、努力・根性・勝利のみ!
 我輩、生業こそ悪の科学者であるが、最近ダークヒーロー路線もいいなぁ、と志すようになってきたのである!
 だからこそ天才は凡才を叱り、諭す。よいか、凶行の先に待つ未来など――」

 己の自尊心を誇示する意味を持って、ドクター・ウェストが奏へと言葉を送り、

「わかっています!」

 しかしその饒舌は、奏の口から飛び出した怒鳴り声によって一蹴される。
 ウェストは言葉を遮られ、口ごもる。彼にそうさせるだけの力が、奏の言葉にはあった。

「そんなことは、わかってるんです。だから、私は……こんなところまで来てしまった」

 奏の言霊は、皆の心に直接響きかけてくるような、不思議な色を伴っていた。
 どことなく不可解な感触に、ウェストは首を傾げつつも反論に移れない。

「もう、引き返すこともできないから」

 それは他の者も同様だった。
 みんなただ奏の言葉に耳を傾けるだけで、身動き一つ取れないでいる。
 魔術か、霊力か、はたまた人妖能力によるものか――ウェストは思考をめぐらせるが、答えは出てこない。

 そもそも、修羅場の一因と見て間違いないだろうこの少女は、いったい何者なのか。
 度重なるイベントに、巻き込まれては疲労、巻き込まれては気絶を繰り返してきたウェストである。
 元々真人と行動を共にしていたはずのトーニャが、なぜ牙を向いていたのか。
 ダンセイニの傍らにいるちびっ子シスターは、パジャマ姿のプラチナブロンドはどこの誰なのか。

(ぐぬぬ……さ、さすがの我輩も混乱してきたのである。やはり登場するならもっと状況を見極めるべきであった……)

 奏の意に反発するようにして、思わず飛び出してしまったウェストだったが、その存在は酷くお邪魔虫だ。
 現在の情勢も、個々の素性も、形成されている人間関係すら把握できずに、ただ喚き散らしている。
 普段は他人の迷惑など省みないウェストだが、今回ばかりは自分が空気を読めていなかったと自覚してしまう。

「……ありがとう。ごめんなさい。さようなら」

 と、自己中心的な思考の輪を回る間に……奏の口から、最後の言葉が放たれた。
 感謝、謝罪、別離。
 三種の意味を持つ言霊を、順番に吐き出して、皆に届けた。
 そのどれに対する返答も待たずに、奏は後ろを振り向いた。誰にも素顔を見せないように。
 一歩、二歩、泰然とした歩みで進んでいく。この場の誰からも距離を置くようにして。
 遠ざかっていく奏を、誰も追うことができなかった。
 待ってくれ、という声をかけることもできなかった。
 饒舌な者も、口下手な者も、自重しない者も、声を間借りしている者も、てけり・りとしか言えない者も、全員。
 まるで、彼女の言霊に支配されたかのように――誰もが、神宮司奏の失踪を見届けた。


 ◇ ◇ ◇


 《ファルシータ・フォーセットPROJECT③ もっと上へ×羽ばたくための翼》


 私は酷い人間なのよ――と、呟いたのは誰にだったろうか。
 自らの価値観を理解し、それが多くの人々の持つ価値観と食い違っていると自覚し、それでも彼女の世界は変わらなかった。

 ただ、幸せを掴むために誰かを利用する。
 こんなことは、世界中の誰もがやっている当たり前のことなのだ。
 他のみんなはただ言い方を変えているだけ、助力と利用は同義なのだ。

 彼女――ファルシータ・フォーセットにとっては、歌が。
 幸せへの道を進むための、唯一の翼だった。

 歌のためならば、なんでもやった。
 才能を売り物に学院の席や住居を得て、上を目指すための土台とした。
 功績を挙げれば、彼女の才能を買った学院側も地位と名誉を得る。
 素晴らしき循環だと、ファルは当たり前のように思っていた。
 自身の歌の魅力をさらに引き出せる音に出会ったならば、その奏者に取り入った。
 利用価値を共有できるよう、偽りの愛情を芽生え、植え付け、歪んだ恋愛関係を築き上げた。
 さらなる心の繋がりが必要だと判断すれば、女としての肉体とて、躊躇なく捧げた。
 肉体が繋がることにより、心もまた深く繋がる。邪だとは思うが、本心ではない。

 ファルにとっては、それが他者に送れる純正の愛なのだから。

「結局のところ、人は一人では生きていけないの。私も、あなたも。皆が皆、誰かを利用しているんじゃないの?」

 ……違う。
 と、ベッドの上の彼は言っただろう。
 ファルの歪んだ愛情を、そのまま受け止めてくれるだけの器量は、彼にはなかった。

「それは言葉を変えているだけ。していることは同じでしょ?」

 ……きっとみんなは、君のように考えていない。
 と、俯いた彼は言っただろう。
 わかっている。自分以外の世界とはそういうものだ。
 ただ、自身が愛情を傾ける彼にだけは、この価値観を共有してほしかった。
 一緒に、同じステージに上り詰めるために。

「じゃあ、どう思っているっていうの?」

 ……助け合ってるんだよ。お互いに尊敬し合って、感謝して、相手のためになにかしてあげたいから、してあげるんだ。
 と、彼は心にも思っていないことを言っただろう。
 思わず笑いたくなってくるような、洒落た言葉だった。
 理想と幻想が綯い交ぜになった、痛みを知らぬ偽善者の発言に過ぎない。
 彼の本質は、その逆だった。だからそのさらに逆をいくファルに、こんなことを言ったのだ。

「助け合う……ね。同じだって言ってるのに。
 それに、私だって他人を尊敬することくらいはあるよ。
 ……もっとも、私は誰にも感謝はしないけどね」

 互いに利用し合っているのだから、当然だ。
 彼は言葉を失った。ファルの愛情を捉えて、しかしすぐには決断を出せず、懊悩した。

 ――結局その後、彼はファルと共に歩むことを決めた。
 たった一人の愛しい男、クリス・ヴェルティンを思い出す。
 そして、消した。

 彼とはもう、縁はないだろうと思ったから。
 ここでは、彼の奏でるフォルテールの音などなんの役にも立ちはしない。
 だって、生きていなければ歌は歌えないのだから。





「死んでしまったら、終わりだから。……私は、幸せになりたいのよ」

 ――金縛りのような雰囲気が解かれ、まずファルが第一声を発した。
 去っていった奏を気にかけつつも、その場にいた全員の視線が、ファルに集中する。

「私は歌うことで、今まで生きてきた。幼い頃は路上で歌って、その金で生きてきたこともあったわ。
 孤児院に入って、生きるために歌わなくなっても、自分を認めてもらうために私は歌い続けてきた」
 波乱に富んだ人生であったと、綴る詩に思いが凝縮されていた。
 集まる視線に、憐憫の情が混じっていることがわかる。
 それすらも利用してしまえば、守ってもらえるだろうか。
 とまで考えて、ファルは首を振る。

「でも、だからといって歌は手段ではなく、いつだって目的だった」

 今はただ、自分の歌に対する情熱を知ってもらいたい。
 歌を通した生への執着を、わかってもらいたい。

「歌うことが好きで、歌うことを生涯の仕事としていけたら、どんなにいいかとも思ってる。
 そのための努力を惜しんだことはないわ。いつだって練習して、人間関係にも気を配ったり」

 クリスに、自分の価値観を受け止めてもらいたいと思ったあのときと同じように。
 ファルは、ここにいる人たちと上を目指したいと――そう思うようになっていたのだから。

「それも全て、歌を歌って生きていきたいから」

 俯いていたファルの顔が、持ち上がる。
 目尻に涙はない。確固たる眼差しが、これがファルシータ・フォーセットであると告げていた。

「……ね、酷い人間でしょう? 私は私のことしか考えていない。あなたたちとは根本的に違うの。
 そして、これが普通だとも思ってる。信じられないかもしれないけれど、世界ってそういうものなのよ」

 嘲笑を交え、一同の侮蔑を誘うような表情を形作った。
 実際、トーニャあたりは嫌な顔をしただろう。だがこのとき、ファルの視線は真人に固定されていた。
 彼はファルが語る間も、じりじりと歩を進め、彼女に近づいてきていたのだ。
 眼前にまで到達し、傷だらけの筋肉を露出させながら、口を開く。

「ネム……いや、ファル」

 糾弾だろう、おそらくは。
 ファルは観念したように、背の高い彼の顔を見上げた。
 ここが一種の終焉の地であると、心のどこかで受け入れていた。

「……別に、それでいいんじゃねぇか?」

 それなのに。
 真人はさらっと、ファルの本心の半分も理解していないような顔つきで、問い返してきた。

「幸せになりたいとか、生きて夢目指したいだとか、そんなん誰だって同じだろうがよ。
 でなけりゃ、今頃みんな適当にドンパチやって派手にのたれ死んでるさ。
 みんな生きるために頑張ってんだ。俺も、俺たちも、おまえも。それが、違うわけわるか」

 腕組みをし、口元をにやっと歪める真人の表情は、本気だった。

「違うのよ。ネムとして少しでも生きてしまったからわかる。
 あなたたちはみんなを助けようとして行動しているけれど、私は私しか助けようとしていない。
 一を選べと言われたら、私は全をあっさり切り捨てる。そういう酷い人間なの。あなたたちとは……」

 真人は、いつだって本気だった。
 冗談を言うときも、仲間を追いかけるときも、説得するときも。
 筋肉馬鹿だから、話が通じないだけなのだろうか。

「でもよ、そんな場面はこの先訪れねーだろ。だっておまえは、とっくに知ってるじゃねぇか」

 違う。この人は馬鹿だけど馬鹿じゃないんだ。
 と、ファルはようやく、井ノ原真人という人間を掴んだ。

「他の誰かを切り捨てたって得はねぇ。それで最後の一人になろうが、幸せなんてやってこねぇんだからよ」
「うむ。そうであるぞファルとやら。我輩の仮説は概ね正しい。生きて帰りたいならば、反逆の徒となる他ないであるな」

 真人と肩を並べる暑苦しい筋肉がもう一人。
 ドクター・ウェストは、調子のいい笑みで真人の意に同調した。
 その後ろでは、トーニャとやよい、ダンセイニまでもが呆れている。

「利用したいってんならすりゃいいさ。仲間としてな。こっちは勝手に、おまえを助けるからよ。
 一人で踏ん張るよりは、よっぽど楽だろ? だって、一人じゃ誰を利用することもできねぇじゃねぇか」

 あっ、とファルの口から声が漏れる。
 たしかにそのとおりだ。ファルの持つ価値観は、他者がいて初めて成り立つ。
 ここで皆の否定を受けてまで孤立しても、明日はない。

 ……それじゃあ、なぜ自分はこんな告白をしているのだろうか?
 場の流れ、とも。勢い、とも。記憶が戻った喜び、とも。判然としない。
 やっぱり、クリスのときと同じだったんだと思う。

「な。おまえもそうだろ――トーニャ」

 真人の暑苦しい笑みが、トーニャのほうに向く。彼女はそれを、しかめっ面で返した。

「井ノ原さん……あなたまさか、私に全て丸投げするつもりですか?」
「へっ……よせよ。仲間入りてぇんだろ? 筋肉に出てるぜ」
「ええい、変なことぬかすなこの筋肉スカウター!」

 ぷっ、とファルの口元が僅かに笑む。
 そんな空気でも気分でもないはずなのに、自然と場が和んだ。
 得体の知れぬ居心地の良さを感じて、これはネムとしての錯覚ではないかと疑ったりもした。
 結論は、出てこない。

 ただ、やはり――愛しいと。
 理解の共有を目指すことは、一種の愛に違いないのかもしれないと、

「そうね……そうなのかもね」

 胸元に手をやり、祈るようにファルは目を閉じる。

「ここでの私は、あなたたちを愛してしまったのかもしれない」

 告げた言葉に、真人が呆けた顔を作った。
 他の者たちもなにやら仰天している。意味を履き違えているのだろう。
 それがおかしくて、やはり悪くない、とも思えてしまう。

「感謝はしない。だけど、やっぱり利用させてもらう。あなたたちは、それを許容できるおひとよしみたいだし」

 悪びれた風に、ファルは手を差し伸べた。
 真人はまた一笑して、その手を掴み取った。
「あなたたちと共にいることが、幸せに繋がると信じて――私は、翼を預けるわ」

 この翼をもがれては、生きていけないから。
 だからファルは、信頼の足る人間に翼を預けるのだ。
 そしていつか、その翼を共有できる人と出会うために。


 ◇ ◇ ◇


 《神宮司奏PROJECT② 神宮司奏として×境界線》


 進む道。楽しい思い出が甦ってくる。
 憧れだった学園生活。親友との漫談。後輩との交流。神宮司関係者との駆け引き。
 全てに、得がたい喜びがあったことを覚えている。

 中でもやはり、りのとの思い出は格別だった。
 妹のように慕い、連れ添った後輩の女の子。
 彼女の母である、蘭堂ちえりに託された恩人の娘。
 自らを生け贄に差し出してでも、神宮司の宿命から遠ざけると誓った。

 そんな彼女が、神宮司とはまったく関係のない場所で死んでしまった。
 絶望するしかなかった。けれど諦めきれずにいた。だから衝動に走った。
 それはおそらく、『神宮司奏』としての性だったのだろう。

 残念なことに、『極上生徒会会長』としての性は、それを容認しなかった。
 宮神学園で培ってきた博愛思想は、暴力に訴え他者を切り捨てることなど良しとしない。
 教会を出てすぐ押し寄せてきた重圧が、後悔という名の証に違いなかった。
 考えようによっては、神宮司奏の肉体には三つの精神が宿っていたと言える。
 蘭堂ちえりからりのを託された、学園生活や友達に憧れを抱いた、神宮司奏。
 宮神学園在籍者の全てに愛を振り撒き、みんなの極上な日々を信条とした、極上生徒会会長。
 宿命と向き合い、いつかは立ち向かわなければならないと知りながら、せめてりのだけはと願う、神宮司家次期頭首。

 今は、三つの内のどれでもない。
 どのように生きるのが正解だったのか、奏にはわからない。
 大切な人がいなくなってしまった世界では、もう――。

「……私は昔から、人騒がせな性格だったんだと思うんです」

 寂れたスラム街の奥深くへと、奏の身が溶け込んでいく。
 夜に埋没するように、常闇を追い求めるように、亡霊のように。

「壁を作って、勝手に人を信じて、奈々穂にもよく叱られました。生まれを呪ったこともありました」

 独り言を言霊に移しながら、どこかを目指して進む。
 歩みは遅く、追走を待ち望んでいるかのような、浮ついた足取りが見て取れた。

「けれど、私は目を背けませんでした。宮神学園に身を置きつつも、神宮司奏として生きることを選びました」

 たったったっ……という足音が、背後から聞こえてきていることにも気づいていた。
 歩幅は短い少女のもの。元気な躍動。振り返らざるとも、高槻やよいのものだと察知できた。

「それがどんなに過酷な人生だとしても……りのや奈々穂が、学園のみんなが笑ってくれるなら」

 だから、この言霊を送る。想いを込めた言の葉を、力に乗せて。

「私の住む世界と、みんなの住む世界は違いすぎるから」

 やよいや真人は、追いかけてきてくれた。トーニャは、叱咤してくれた。
 自身の周りで動く世界を見て、諦めもついた。

「だから、みなさんと一緒に過ごした期間は、宝物にして持っていきたいんです」

 ――もう、迷惑をかけることはやめにしよう。
 みんなには、せめて。
 極上な歩みを続けてほしいから。

「バカヤロォォォォ!!」

 背後から、幼い声が飛ぶ。
 舌足らずだが荒々しい口調のそれは、やよいではなくプッチャンのものだろう。
 奏は足を止め、振り向いた。

 僅か、一歩後退すれば、首もとの機械が電子音を奏でる。

 ピッ、と。確認して、奏はまた一歩前進した。

 ここが、境目だ。

 この境界を越えれば――りのと同じ場所にいける。


 ◇ ◇ ◇


214:団結(Ⅱ) 投下順 214:団結(Ⅳ)
時系列順
ドクター・ウェスト
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ
高槻やよい
ファルシータ・フォーセット
井ノ原真人
神宮司奏
ナイア
すず


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