ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

ロマンス(Ⅱ)

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アカイロ/ロマンス(Ⅱ) ◆tu4bghlMIw


そして、青白い蝶が集まり一迅の光を成し――ボクの身体を貫いた。

……ボク、何か悪い事を言っちゃったのかな? 
知らない内に相手を傷付けてしまう……よくある事だ。
何気なく口にした言葉が他人を大いに掻き乱すトリガーになっているなんて良くある事だもの。

全く、それだからお調子者だなんて言われちゃうんだ。
いつもプロデューサーに注意されてばかりのボクの欠点。
ああ……勢いよく突っ走って、いつも笑って、豪快に……それだけじゃダメなのかなぁ。

……雪歩。

一瞬、フッとユニットを組んでいる彼女の横顔が頭を過ぎったような気がした。
雪歩は今、どこで何をしているのだろう。
突然ボクがいなくなって、悲しんでいたりしないかな。心細くて泣いてしまったりはしていないだろうか。

そんな疑問がボクの心の中にぼんやりと灯る。
でも少しして、そんな不安に感じる事なんてないんじゃないか――そんな意識だけが健在化する。
雪歩は……確かに臆病で、泣き虫で……引っ込み思案な所はある。
色々考えすぎて頭がグチャグチャになって訳の分からない事を言ったり、穴を掘り出したり……。
でも、本当はとっても芯が強くて、優しい……凄くいい子なんだ。

会いたかったなぁ……雪歩。
そしてもう一度、ボクと雪歩と二人でステージの上へ――


――ドクン。

最後に……身体のどこかで小さな鼓動が響いたような気がした。
肉と血と骨を伝い、振動は波紋となって広がって行く。
幾千幾億もの細胞を通り抜け、皮膚へと達する。

終着点は全ての止まった世界。
放物線を描く幾何学模様も、神経質なまでに直角な部屋もそこにはない。
在るのは虚無だけ。無い筈のモノが在るだけ。
満ちて、空虚で、呼吸が行われない真っ暗な空間だけがボクを抱き締めている。


全てが――停止する。


                 §


「……ユメイ、さん?」
「あっ……!」 

桂は自分の枕元から響いた小さな物音にぱちり、と瞳を開いた。

確かに桂は眠っていたのだが、当然このような状況だ。熟睡など出来る訳もない。
暖かいベッドや布団などの寝具は平屋の中から見つけ出す事は出来なかった。
結局、桂には居間の畳の上という絶好のスペースが与えられたのだが、その眠りは所詮うたたねだ。  
大の和風好きである桂であっても、睡眠時に襲撃されるという事がどういう意味を持っているのか……それぐらいは分かる。

「桂、ちゃん」

身を捩りふと隣を見ると、そこには肩を震わせるユメイの姿があった。
何かあったのだろうか、酷く取り乱しているような……。

「ユメイさん、どうしたの? 眠れないの?」 
「ううん、桂ちゃん。何でもないの、そう何でも……」

取り繕うように「何でもない」と繰り返すユメイの言葉を寝ぼけた頭に流し込みながら、桂は身体を起こす。
その様子に少しだけ、違和感を覚えなくもない。
桂の知っているユメイはいつも月影のように、彼女を見守ってくれる女性だった。
一緒にいるだけで安心出来るような、お母さんのような温もりに溢れた相手だったのだ。
だけど、今のユメイには少しだけ違った印象を感じてしまう。若干の焦燥と狼狽……そして、揺れる想い。

「……いたっ! ううー身体中がミシミシ言ってるよ……」
「今日一日、色々な事があったんだものね。桂ちゃんは女の子なんだから自分の身体を労わってあげないとダメよ」
「ユメイさんだって……」

ふくらはぎと太もも、それと腰……背中も痛い。
今日一日色々な事があって疲れが溜まっていたのだろう。
またさすがに野宿よりはマシとはいえ、何も下に敷かず眠れば筋肉に痛みが走るのも無理はない。

窓が一つに、押入れがあるだけの六畳間。
数年以上新しいモノと代えていないのだろう。明らかに畳は古くなっており、少しだけカビの臭いもする。
青々としたい草の感触と畳に寝転ぶ感覚が桂は大好きだった。
そうでなくても古い家はどことなく、懐かしい気持ちを桂に呼び起こさせるのだ。
遠い、遠い……忘れてしまうほど昔の記憶を。

「わ、と……アルちゃんと碧ちゃんは……」

桂が左右を見回すと、ぐーすか寝息を立てて眠る二人の姿がすぐさま散見出来た。
アルはまるで猫のように部屋の隅で丸くなっていた。
呼吸の度に背中が大きく膨らんでは萎む様は、まるでカゴの中で眠るロシアンブルーのようだった。

一方で、かなりダイナミックな寝相を披露しているのが碧だ。
イビキこそ立てていないものの、部屋のド真ん中で大きく大の字を描くように爆睡中である。

皺にならないよう、ご愛用のリンデンバウムの制服をハンガーに掛けているため上半身は下着が丸見えだ。
何故こんな所だけ神経質なのか、首を傾げたくなるが文句を言うまでの事でもない。
そんな訳で、碧が寝返りを打つ度にカップに覆われた彼女の豊かな膨らみが波を打つように揺れる。振動する。
持たざる者である桂にとっては、思わず戦慄を覚えざるに入られない光景だった。

まぁ、確かに桂達一行は全員が女性とはいえ、コレは流石にないんじゃないかと密かに思ったりもするのだが。

「……二人ともよく寝てるや。真ちゃんがいないのは……ああ、そっか。今、真ちゃんが見張りの時間だからなんだね」
「……うん」

ぼんやりと、まるで夢遊病者のように虚ろな声色でユメイは首肯する。
返事が妙に歯切れが悪いとも思ったのだが、単純に疲れが溜まっているのだろうと桂は判断した。

「ねぇ、桂ちゃん。一つ……さっき、聞けなかった事があるの」
「ん? どーしたの、ユメイさん。そんな畏まっちゃってさ」

声を潜め、沈痛な面持ちでユメイが訊いた。

「だって……変な事を聞いて桂ちゃんが嫌な思いをしたらわたしが辛いもの」
「あははー心配性なんだね、ユメイさんは」

思わず、桂の口元が綻び小さな笑い声が漏れた。
そして、同時に湧き上がる「大切にされている」という実感。
彼女がどうして、ここまで自分の事を考えてくれるのかは分からない。
だけど、その感覚は非常に嬉しいものだ。思わず、頬が緩んでしまいそうになるような暖かい気持ちに溢れている。


「あのね、サクヤさんの事」 
「あっ……」

桂の表情に一瞬、翳りのようなモノが差し込んだ。
大切な人の名前だ。もう居なくなってしまった――死んでしまった人の名前だ。

愛する者のために、桂は人としての人生を捨てた。
鬼として、永遠を生きる民となる決意を固めた彼女の瞳は爛々と黄金の月のように輝いている。
老いる事のない「不老不死」というなの呪縛に捕らわれるとしても、桂には一分の後悔もなかった。
サクヤと一緒に生きて行けるならば、他に何も――

だがその後サクヤは死に、桂はただ一人取り残されてしまった。
彼女に与えられたのは呪われた血と、金色の瞳。鬼の血。そして最愛の人の腕。
サクヤとの思い出が走馬灯のように過ぎ去っていく。

だが、そんな変化も一時の事だ。
すぐさま桂は我に帰ったようにいつもの笑顔を携え、ユメイに返事をしようとする。 


「サ、サクヤさん? サクヤさんは……」  

言葉に――ならなかった。
考えている事は沢山ある。何を話せばいいのかも分かっている。
自分とアルが襲われた経緯や、その前後のエピソード。
再会してから自分とユメイはそれなりに話もしたりはした。
しかし、元の世界の知り合い――つまり、浅間サクヤ若杉葛についての話は一切していないのだ。
大切な人が死んでしまった、という事実を再確認する事はとても辛い事なのだから――


「ごめんなさい。忘れてちょうだい、桂ちゃん」
「でもっ……!」
「いいの、変な事を聞いたわたしが悪かったんだから」
「そんなっ! ご、ごめんね、ユメイさん……気を遣わせちゃって……」
「ううん、桂ちゃんが謝ったりする必要はないのよ。全部わたしが、悪いんだから」

桂の心情を察知したのか、ユメイは一度尋ねた事柄をすぐさま取り下げた。
そして、狼狽する桂に対して穏やかな笑みを浮かべた。 
それはお母さんのような優しくて柔らかい暖かさに満ちていて―― 


「そ、そうだっ。ユメイさん、血……わたしの血を飲んで」

これは素晴らしい思い付きだと思った。
ユメイさんに自分の血をあげた事は今まで一度もなかったが、オハシラサマである彼女には贄の血は大きな力を与えるだろう。
それにユメイさんはただでさえ、ずっと見張りをしていて疲れているはずだ。
この空間でも彼女が力を使い過ぎれば蛍のように消えてしまうのかどうかは分からないが、少なくともマイナスにはならないと思う。
ただ、自分がちょっと我慢するだけでいい。とっておきのアイディアだった。

「ダメよ。だって桂ちゃんはアルちゃんにも沢山血をあげているでしょう。それに……」
「……あっ」
ユメイの視線が桂の「右腕」に一瞬注がれた事を、桂は見逃さなかった。
そう、見れば誰にだって分かってしまう。
明らかに不釣合いのこの腕が今は桂の右腕なのだ。愛する人――浅間サクヤの腕。

「こ、これは……だ、大丈夫だよっ! だから、ほら……」
「でも、桂ちゃん」
「ユメイさん!」

アル達が起きてしまうのではないかと心配になるような大きな声が桂の唇から漏れてしまった。
思わず桂は口元を両手で覆ってしまった。
そしてすぐさま二人の様子を伺うと、どちらもまだスースーと寝息を立てて眠っている。

「……仕方のない子ね」

大きな声で『ユメイさん』と名前を呼んだ桂を、何故かユメイは少しだけ寂しそうな顔をしながら眺めた。
桂には何故、彼女がそんな表情をするのかよく分からなかった。

何かを――忘れているような気がする。だけど思い出せない。
自分はユメイさんに対して他の呼び方をしていた…………ような気もする。
だがそれは結局、曖昧な予感に過ぎない。
覗き込む度に模様の変わるカレイドのようなものだ。
実際に桂の抜け落ちた記憶の中で何があったのか――枝分かれする世界は、ただ推測する事しか出来ない。

「本当に、いいの?」
「ユメイさんになら……」 
「分かったわ。桂ちゃん、あなたの血を頂戴」 
「うん、いいよ……ユメイさん」


やっぱり、少しだけ――ユメイさんが悲しい眼をしていた気がするのはどうしてだったんだろう。


ユメイさんの手がわたしの髪をゆっくりと掻き分ける。
触れ合った肌と肌を通して、ユメイさんの温もりが伝わって来る。

ドクン、ドクン。
心臓がせっかちなスピードで鼓動を鳴らす。
わたしの眼はユメイさんに釘付けになってしまう。
どうして、こんなにドキドキするんだろう。
確かに初めてユメイさんに血をあげるんだけど……不思議な感覚だ。

「は――」 

首筋へ静かに吐息が触れた。 
皮膚の上にくすぐったい感触が広がって、染み込んでいくような感覚だ。 

「んっ……」 
「ああっ……」 

ユメイさんのしっとりと濡れた唇がゆっくりわたしの首筋に押し当てられた。
舌先が触れるだけで、ユメイさんの指先がわたしに触れるだけで、身体が熱くなる。
カッと心臓の奥の奥、全身の細胞までもがユメイさんが触れている部分を凄く意識しているみたいだった。


「あっ……ぁ……はぁっ……」


一瞬、鋭い痛みが走ったけれど、すぐに無くなってしまった。
ユメイさんの白い花の香りを含んだ吐息がじんわりとわたしの中に広がっていく。
優しくて、暖かくて、冷たくて。
傷が帯びた熱を心地よい温度で癒してくれる。


「んっ…………ぁ……はっ……」 


漏れ出した血液をユメイさんが嚥下していく。
真っ白な喉元が液体が流れ落ちる度に上下する様がとても扇情的だった。
器となっているのはこっちの筈なのに、満たされて行くのはわたしの方だ。
指先からスーッと温度が消えていくと同時に、暖かい何が流れ込んでくる。

「ユ……メイさん」 
「桂ちゃん? もしかして、痛かった?」
「……ううん、そんなことないよ。ただ……」
「ただ?」

心配そうな表情でユメイさんがわたしの顔を覗きこんだ。
整った容姿、蝶の髪留め、柔らかそうな髪。少しだけ赤みを増した頬。
女のわたしでもドキッとしてしまうほど、ユメイさんは綺麗で、そして――


「わたし……今凄く、幸せだな……って」


今にも泣き出しそうなくらい、儚い顔付きでわたしを見ている。
ユメイさんの手が後ろからわたしをギュッと抱きしめる。
境界線みたいな身体が邪魔だ。気持ちよくて、ポワポワして……少しだけ、眠くなって来た。

「……桂ちゃん」

ユメイさんが驚いたような声をあげた。
頭の裏側にぼんやりとした靄が掛かっているみたいだ。

わたしは、泣いていた。
どうしてかなんて分からない。
痛い所なんてないし、悲しくもない。
ただただ、暖かい光に包まれていただけなのに、何で……どうして?


ユメイさんの温もりに抱かれて、暖かい夢を見ているわたし。
差し込む月光は夜の帳を明るく照らしている。
キラキラと瞬く星は、泡沫の雫のようだ。白い花の香りがわたしの頭をバカにしてしまう。
空ろなまま、深いまどろみの中へと連れて行かれてしまうのだ。


「……おやすみなさい、桂ちゃん」


ああ、何でだろう。
傍にいるのはユメイさんなのに。
こんな優しさを貰って、大事にされているのに。


今、わたしはどうして――サクヤさんに会いたい、って思っているんだろう。


こんなの失礼だ。
ユメイさんを馬鹿にしているみたいだよ。
でも、愛しい気持ちが伝わって来る度に、胸の奥が満たされていく度に――

消えてしまった、一番大切な人の顔が瞼の裏側から顔を出すんだ。


「サクヤ……さん、会いたい……会いたいよ……」
「桂、ちゃんっ……」

ユメイさんの温もりに抱かれて、暖かい夢を見ているわたし。
差し込む月光は夜の帳を明るく照らしている。
キラキラと瞬く星は、泡沫の雫のようだ。白い花の香りがわたしの頭をバカにしてしまう。
空ろなまま、深いまどろみの中へと連れて行かれてしまうのだ。


「……おやすみなさい、桂ちゃん」


ああ、何でだろう。
傍にいるのはユメイさんなのに。
こんな優しさを貰って、大事にされているのに。


今、わたしはどうして――サクヤさんに会いたい、って思っているんだろう。


こんなの失礼だ。
ユメイさんを馬鹿にしているみたいだよ。
でも、愛しい気持ちが伝わって来る度に、胸の奥が満たされていく度に――

消えてしまった、一番大切な人の顔が瞼の裏側から顔を出すんだ。


「サクヤ……さん、会いたい……会いたいよ……」
「桂、ちゃんっ……」


『どうして、ユメイさんはわたしをこんなに大切にしてくれるんだろう』


理由が分からない。何で、どうして?
記憶の海を浚っても、掌に触れるモノは何もない。
瞼の奥が紅の光で満ちる。忘却の彼方に全ては放り出されてしまう。


――――たいせつなひとが、いなくなってしまった。


どこかで聞いたようなフレーズが一瞬、頭の奥をチラ付いた。
この「たいせつなひと」はいったい誰だったのだろう。
わたしは、どうしてこんなに全てを思い出す事を拒否しているのだろう。


だけど、すぐにその感慨は闇の中へと押し込まれてしまう。
幻視行への到達はまだ見ぬ未来へと先送りされるのだ。 


そしてわたしは、いつかの夢のように――独り、暗い世界へと落ちて行った。  


                 §

ゆっくりと揺れる世界があった。

空には星と月。
ボクは紺碧の画用紙を鮮やかに彩る天体の流れを淡々と眺めていた。

「真ちゃん!」

誰かの、声が聞こえる。

聞き覚えのある声だ。
だけどそれが誰なのか、一番大事な事だけが分からない。

「大丈夫!? しっかりして!!」

ガクガクとボクの身体をその声の主は揺さ振る。
この時、ようやくボクに話し掛けて来た相手が誰だったのかが分かった。


「み……どり、ちゃ……ん」
「真ちゃん!?」

壊れたラジオみたいに途切れ途切れで掠れた声がボクの口から漏れた。
ちゃんとした音になっているかな?
発声はアイドルにとって、とっても大事な要素の一つなのに。

なんだろう……ちゃんとした声が出せないのが、こんなに悲しい事だったなんて。
当たり前のようにあったものが、突然のように無くなってしまう事が――こんなに辛い経験だったなんて。

喉がちゃんと喉としての機能を果たしてくれない。
全身の感覚は虚ろだ。
ぼんやりと光って消えていく蛍のように、気を抜いたら指の先から光になって溶けてしまいそう。


「な……なに、コレ!? どこにも傷が……ない!? でも、真ちゃんは……! 誰がこんな事を……」


碧ちゃんがボクの身体を抱きしめながら、狼狽を露にする。
ユメイさんの月光蝶は相手を傷付けるための力――とは正確には言えないのだろう。

アレは、彼女の白い花と白い蝶は――《力》を削り取るのだ。

《力》とはもちろん、異能の力でもあるし、人が人として持ち合わせている生命力なのだろう。
まさか特殊な力を持った異常な相手にしか使えない不便な能力、という訳でもないのだ。
ただ癒すだけではなく、対象を守ったり癒したり、何も無い所から物質を出現させる事も出来る――それがユメイさんの能力なのだ。

舞い散る粉雪に掌を差し出せば、結晶は一瞬で水滴に戻ってしまう。
それはフッと一瞬で「雪」という概念が消滅してしまう事とよく似ていた。
もしくは、湖の底から浮かび上がって来た泡でもいいだろう。
つまり、触ればパチンと弾ける泡沫の雫だ。
水蒸気が蒸発する時に周囲の温度を持っていってしまうように、あの白い蝶と白い花、そして白い光は《力》を奪い去る。


「ユメ……イ、さんが…………」
「へ……な、ユ、ユメイちゃん!? そんな、嘘……でしょ!?」

必死に、声を絞り出した。
でも、ボクはいったい何がしたくてユメイさんの名前を出したんだろう?

確かにこんな眼に合わされたから――というのは一つの理由だと思う。
何故、ユメイさんがボクを攻撃した意味が分からないのだ。
得体の知れないモノが目の前に立ち塞がった時、雑多な感情が湧き出すよりも未知の存在に対する不安の方が先を行く。


だからボクは思うんだ。
突然襲われて、命を奪われる――そんなシチュエーションで相手を憎めと言われたって難しい。
ソレよりもボクの心に津波のように押し寄せるのは沢山のやり残した事、心残りばかりだ。


雪歩とのユニットでもっと歌いたかった。
それにたった一人で残していくやよいの事も心配だ。

今、やよいはどこで誰といるんだろう?
プッチャンが一緒に居てくれるなら、平気なのだろうか。
誰かに意地悪されたりはしていないかな。誰かに守って貰えているかな……。


もっと元気よく踊って、ボク達を見てくれる人に笑顔をプレゼントしたかった。
でも今、この瞬間、ボクには喝采もライトの輝きもない。
だけど、差し込む光は月光。
大きくて真ん丸い月は、まるでステージ最上段に設置されたサスペンションライトみたいだ。
漆黒の空はいわばホリゾント幕。地面に寝そべったボクだけのステージは――空に用意されていた。


もう、声は出せない。
ダンスをするのだって無理だ。だけど、ボクは歌う。

心の奥底で、誰に届ける訳でもない歌を……!

りのちゃんが最期まで自分自身を貫き通したように――
ボクも最期までアイドルとしての菊地真であり続けたいと思うんだ。



アンコールもない。
一曲だけの、しかも最後まで歌い切れるかどうかも分からないステージだ。


女性を守る王子様として……誰かに手を差し伸べてあげる事は出来なかった。
ボクには力が足りなかったのだろうか。
思い残す事もなく何もかもを終える事なんて、出来る訳がなくて。

結局言葉に出来ない想いだけが積み重なっている。
そして、ただボクは願い続けるんだ。


もっと……もっと……もっと……生きていたかった。笑っていたかったって――







【菊地真@THE IDOLM@STER 死亡】


                 §

「起きろ、桂ッ!!」 
「……ふぇ!?」

気持ちよく眠っている所で喚き立てる大声を聞いて桂はカッと瞳を見開いた。
開けた視界の先には自分の顔を覗き込むアルの顔。
同時にこれ以上の睡眠を許さないためなのか、天上に取り付けられた蛍光灯が煌々とした光を放っている。

大きな瞳とアメジスト色の髪、小さな体躯に秘めた大いなる力。
魔導書『ネクロノミコン』の原典であるアル・アジフが圧し掛からんばかりの具合で桂を叩き起こしたのだ。

そしていくらなんでも近過ぎるだろう、と思うほどの距離まで頭を近づけたアルが桂が起きたのを確認すると再度勢いよく口を開いた。               


「汝よ、真とユメイが何処へ行ったか知っておるか!?」
「へ……ち、近いよ……アルちゃん」

そりゃあ直線距離にして30cmぐらいしか離れていないのだ。
女の子同士とはいえど、これは危険な間合いだと思う。

「ええい、今はそんな細かい事を話している場合ではないというに!
 まったく、ぐーすか気持ち良さそうに眠りおって。涎まで垂らして汝はどんな夢を見ておったのだ!?」
「え……どんなって、そりゃあ……えへへへへ」
「何故笑うのだ、この大うつけが! 汝は未だに気が抜けたままだと見える!」
「そ、そんな事ないよ。わ、わたしはいつだって大真面目だよ?……たぶん」


思わず、いつものノリで桂はアルの言葉に応じてしまう。
アルが疑わしげな眼差しでこちらを見るが、気にしないようにスルーする。
間違った事は言っていない筈だ。多分。
しかしこのやり取り。
見る人が見れば漫才のようだと称するかもしれない、と桂は思った。
いや、彼女としてはそれよりも落語とか寄席っぽい感じの方が好みではあるのだが。
さすがに日本の古典芸能であるこの二つをアルに要求するのは酷というモノだろう。
どうせなら、自分一人で披露した方がいい。

「と、とにかく……えっと、真ちゃんとユメイさんがいないの? あれ……っていうか、アルちゃんとわたししかいないよ?」

桂は部屋の中を見回しながら言った。
そう、どう見ても室内にいるのは自分とアルの二人だけだ。
デイパックも桂達の物だけしか残っていない。真やユメイだけではなく、碧の姿も見えないが……。


「いや、これは碧からの言伝なのだ。妾が目覚めた時には既に二人の姿は――」
「桂ちゃん、アルちゃん!! 無事!?」


アルが口を開き掛けた――その時、碧が血相を変えて室内へと飛び込んで来た。
服装はリンデンバウムのウェイトレス姿。髪の毛は頭の後ろでしっかりと結い上げたポニーテール。
そして右手には物質化させたハルバード型のエレメント、青天霹靂が握られていた。

「碧っ!」
「あー良かった。二人は……無事だったみたいね」
「ど、どうしたの碧ちゃん? 真ちゃんとユメイさんは……」

頬を掻きながら碧がホッと胸を撫で下ろした。
桂とアルは碧の態度から只ならぬ予感を感じ取る。

「……落ち着いて、聞いてね」

沈痛な面持ちで碧が一語一語を噛み締めるように言葉を発した。
差し込むは月光。照らすは蛍の名を持った文明の光。
踏み締めた畳の感触は固く、自分がそこにいる事をはっきりと自覚させてくれる。
その代わり、突き付けられる現実はいつだって唐突だ。
存在する事が当然なモノがいきなり目の前から消失してしまう――それは、決して珍しい出来事ではない。

桂達はごくり、と沈黙に耐え切れず息を呑んだ。
碧は必死に言葉を探している。そして数秒後、


「真ちゃんが――殺されてた」


顔面を苦渋の色に染めて、搾り出すように碧が呟いた。


「「――ッ!?」」


声にならない叫びが小さな家屋のリビングを貫いた。
桂も、アルも端正なその顔を歪ませ、大きく瞳を慟哭させる。

あまりの事態に二人とも、何が起こったかを消化し切れずにいた。
見張りに付いていた人間が殺された――だが、小屋からはほとんど離れていなかった筈だ。
しかも、それならばどうして自分達はピンピンしているのだ? 
様々な事に説明が付かない。


「ま、真ちゃんが――ッ!? え、じゃ、じゃあユメイさんも……!?」
「……いや、それがさ。ユメイちゃんはまだ見つけられてないんだ」
「そんなっ……!」

桂が絶望の呻きを漏らした。
思わず、ユメイに噛まれた首筋の傷跡に桂は手を当てた。
しかし、撫で擦るように確認してみるもそこには皮膚が切れた痕跡は一切存在しない。
綺麗サッパリ治されている――つまり、自分が眠ってしまった後に月光蝶の力で治療してくれたという事だろうか。

しかし彼女が消えてしまったという事は一人だけで、彼女が襲来した殺人者に対処した可能性も考えられる訳だ。
ユメイの性格ならば、自分やアルに何も言わずに戦おうとするとも十分に考えられる。
だとしたら既に……!?


「真ちゃんが死んでいた場所は本当にここから目と鼻の先。ただまぁちょっと見つけ難い場所だったとは思うけど。
 それでも、しっかりとこの家は見える場所だし、声を出せば十分に届く距離だった」
「くっ……その間合いで音もなく真に声を上げる暇も与えず殺害しただと!? 下手人は相当の手錬と見るべきか――」
「ううん。違うの、それがね……」


碧が桂を一瞥してから、少しだけ考えるような仕草を取った。
何故自分を見たのか、いったい何を思索しているのかと桂は首を傾げるが当然のように答えは出ない。
いったい何が……?


「アルちゃん、ちょっと来て」
「…………どういう事だ。何故、妾だけ……?」
「いいからさ。碧ちゃんからの一生のお願い」


両手を顔の前で付き合わせる俗に言う「お願い」のニュアンスを持つ仕草。
碧は訝しげな表情を浮かべるアルを手招きした。

これはつまり、桂には聞かせられない――という事だろう。
それほど真の身体は酷い有様になっているのだろうか。
「ごめんね」と小さく碧が謝るものの、桂は少しだけ腑に落ちない気分だった。
自分もサクヤの血を身体に取り込み、経験こそほとんど無いがそれなりに戦えるようにはなったと思う。
守られる事が嫌な訳ではない。ただ自分も一緒に戦いたい、そう思うだけ――


「…………冗談を言っているのではないのだな」
「……うん、間違いないよ。間違いじゃ……ないんだ」
「となると……いかんな。真を弔ってやりたいが……まずはユメイを探す事が先決か……ん?」

そこまで言い掛けてアルがぴくりと眉を動かした。

「碧、桂を頼む」
「……一人で大丈夫?」
「桂を連れて行く訳にもいくまい。かといって、妾と汝だけで出掛ける訳にもいかん。
 今、ユメイの《力》を感じ取った。幸いにもまだ十分追いつける位置にいる。
 とはいえ、さすがに桂を一人にはさせられないからの――となると、選択肢は一つだけしかあるまい」
「……了解。とりあえず、桂ちゃんの事はドーンとこの碧ちゃんに任せなさいって!」


碧が笑顔と共に、自身の胸を叩いた。
しかし、完全に一人話から除外されてしまっている桂はまるで面白くない。
何故二人は自分を仲間外れにするのだろう。
どうも、真の死体が――という感じではない。
その他にも何か……どうしても桂には言えない「秘密」を二人が抱えているような、そんな感覚だ。

「……まぁ、そういう訳だ、桂よ。すまんな……気を悪くしたのなら謝る」

アルがくるり、と桂の方に向き直り謝罪する。

「ううん、いいの。その代わり……約束」
「約束?」
「絶対に――ユメイさんとアルちゃん、一緒に帰って来て」

桂のその言葉に、一瞬アルは顔を顰めた。
隣の碧も浮かない表情のまま、言葉を発しようとはしない。
ただ桂が思った事は大好きな人達が悲しむ姿を見たくない、という純粋な想いだった。

今も、真が死んでしまったという事実を信じたくはない。
悲しい。涙が溢れてしまいそうだ。
でも全てを理解し、正常な感覚で、物事に対処する事など出来る訳がない。

ユメイも、真も、どちらも桂にとっては大切な人だ。
どちらかを蔑ろにする事も、どちらかを特別扱いする事も桂には出来なかった。


「……分かった。約束だ! だから汝はここで大人しくしておれ。妾はあやつを連れてすぐに帰って来る!」


アルが大きく頷き、そして胸を張った。

217:アカイロ/ロマンス 投下順 217:アカイロ/ロマンス(Ⅲ)
時系列順
羽藤柚明
杉浦碧
羽藤桂
アル・アジフ
菊地真
深優・グリーア
吾妻玲二


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