いっしょ/It's Show(中編) ◆LxH6hCs9JU
――話はまた戻って。
「え、えんたーていめんと……?」
説教壇の前から放たれるトーニャの突拍子もない発言に、やよいとプッチャンが間の抜けた復唱を返す。
ファルは言葉なくトーニャの言を反芻し、その意味を探り取ろうとしていたが、解には至らない。
ドクター・ウェストは、キョトンとしていた。
ファルは言葉なくトーニャの言を反芻し、その意味を探り取ろうとしていたが、解には至らない。
ドクター・ウェストは、キョトンとしていた。
「エンタメで納得できないのならば、〝物語〟や〝作品〟とでも言い表しましょうか。呼称については、各々の自由です」
「あー……トーニャさんよ。もうちょっと要領よく説明してくれねぇか?」
「そうですね。では、ここでもう一度みなさんに質問を投げてみましょう。
やよいさんやファルさんは先ほど、この催しを〝殺し合い〟と言いましたが……それはいったい、誰にとっての話ですか?」
「あー……トーニャさんよ。もうちょっと要領よく説明してくれねぇか?」
「そうですね。では、ここでもう一度みなさんに質問を投げてみましょう。
やよいさんやファルさんは先ほど、この催しを〝殺し合い〟と言いましたが……それはいったい、誰にとっての話ですか?」
トーニャの問いに、殺し合いという解答を用意した三者が目配せし合う。
視線で合図を交わし、ややあってプッチャンがそれに答えた。
視線で合図を交わし、ややあってプッチャンがそれに答えた。
「そりゃあ、当事者である俺らだろ。殺し合ってるのは俺たちだけで、他は高みの見物を決め込んでるだけだ」
「その通り。では、その高みの見物を決め込んでいる者たち……主催関係者各人たちにとって、この催しは〝なんだ〟と思いますか?」
「その通り。では、その高みの見物を決め込んでいる者たち……主催関係者各人たちにとって、この催しは〝なんだ〟と思いますか?」
トーニャはプッチャンの返答をまた質問で返し、これにはウェストが挙手でもって反応した。
「それこそ我輩が提唱した〝儀式〟に他ならないのであ~る!
〝殺し合い〟はあくまでも我輩たち参加者にとっての視点、奴等にとっては目的のための手段でしかない!
それをエンタメだの物語だの、まったくもって凡人の発想というものは理解しがたい!
マッスル☆トーニャよ、貴様の発言には真意が窺えぬゆえ、この大天才を納得させるだけの説得力プリィィズ!」
〝殺し合い〟はあくまでも我輩たち参加者にとっての視点、奴等にとっては目的のための手段でしかない!
それをエンタメだの物語だの、まったくもって凡人の発想というものは理解しがたい!
マッスル☆トーニャよ、貴様の発言には真意が窺えぬゆえ、この大天才を納得させるだけの説得力プリィィズ!」
一々オーバーリアクションなウェストに辟易した様子を見せ、トーニャは一度嘆息した。
「いいでしょう。ではドクター・ウェストにもう一度お聞きしますが、〝儀式〟というのはいったい誰の視点ですか?」
「貴様の耳はなんのためについている!? 天才の唱える高尚な論に聞き惚れるためではないのか!?」
「主催者、と主張したいのはわかりました。では再三問い直しますが、主催者の〝誰〟ですか?」
「ぶぅわぁーひゃっひゃっひゃ! 誰であるか、だとぅ!? 愚問、まったくもって愚問! そんなもの――」
「言峰綺礼という神父ですか? 神崎黎人という学生ですか? 炎凪という第三の存在ですか? それとも例の古書店店主ですか?」
「決まってあろうが! それは――……それはぁ……うむ。我輩ちょっと耳が遠いのである。ワンモアチャンス……」
「貴様の耳はなんのためについている!? 天才の唱える高尚な論に聞き惚れるためではないのか!?」
「主催者、と主張したいのはわかりました。では再三問い直しますが、主催者の〝誰〟ですか?」
「ぶぅわぁーひゃっひゃっひゃ! 誰であるか、だとぅ!? 愚問、まったくもって愚問! そんなもの――」
「言峰綺礼という神父ですか? 神崎黎人という学生ですか? 炎凪という第三の存在ですか? それとも例の古書店店主ですか?」
「決まってあろうが! それは――……それはぁ……うむ。我輩ちょっと耳が遠いのである。ワンモアチャンス……」
問答の末、ウェストの語調が弱々しく萎んでいった。
これは、トーニャがウェストを論破したと見ていいのだろうか。
ぐぬぬ……としゃがみ込んで唸り始めたウェストをよそに、トーニャが続ける。
これは、トーニャがウェストを論破したと見ていいのだろうか。
ぐぬぬ……としゃがみ込んで唸り始めたウェストをよそに、トーニャが続ける。
「前提として、この催しを企画した主催者には目的が存在するはずです。
私が疑問に思ったのは、その目的が〝個人〟のものであるのか、それとも〝組織〟のものであるのかという点です。
最初に彼らと邂逅した舞台を思い出してください。
言峰綺礼という男は〝神父〟であり、〝聖杯戦争なる催しの監査役〟であり、〝神崎黎人の補佐〟です。
対して神崎黎人は〝主催者〟を名乗り、〝言峰綺礼は補佐〟と断言し、〝藤乃静留の知り合い〟である素振りを見せていました。
当時は考えもしませんでしたが……並行世界の概念や、懺悔室の奥で出会った人物たちの存在を鑑みて、私はこう思い至ったんです」
私が疑問に思ったのは、その目的が〝個人〟のものであるのか、それとも〝組織〟のものであるのかという点です。
最初に彼らと邂逅した舞台を思い出してください。
言峰綺礼という男は〝神父〟であり、〝聖杯戦争なる催しの監査役〟であり、〝神崎黎人の補佐〟です。
対して神崎黎人は〝主催者〟を名乗り、〝言峰綺礼は補佐〟と断言し、〝藤乃静留の知り合い〟である素振りを見せていました。
当時は考えもしませんでしたが……並行世界の概念や、懺悔室の奥で出会った人物たちの存在を鑑みて、私はこう思い至ったんです」
一拍置いて、トーニャは告げる。
「――はたして神崎黎人と言峰綺礼は絶対の協力関係にあると言えるのか?
それこそ本人たちの言うとおり、大いなる者の尖兵でしかないのではないか?
だとしたら、〝儀式〟という目論見を抱いているのは……誰なのか」
それこそ本人たちの言うとおり、大いなる者の尖兵でしかないのではないか?
だとしたら、〝儀式〟という目論見を抱いているのは……誰なのか」
◇ ◇ ◇
「――ほほう。こんな状況下で下着ドロが現れたと。いやはや世も末ですねぇ」
寄宿舎の集団食堂にて、四人と二体の滞在者が会していた。
それというのも――放送が近いという理由もあるが――ファルが浴場で遭遇した非常事態を解決するためだ。
トーニャは相談役として、ファルとやよいから事情を聴衆し、ふむ、と唸る。
それというのも――放送が近いという理由もあるが――ファルが浴場で遭遇した非常事態を解決するためだ。
トーニャは相談役として、ファルとやよいから事情を聴衆し、ふむ、と唸る。
「つまり、今のファルさんはいわゆる『ぱんつはいてない』状態であると……」
「……問題視すべき点はそこではないでしょう? ねぇ、トーニャさん……?」
「おお、こわいこわい。まあ、同じ女としてこれは見過ごせない事件ではあります」
「……問題視すべき点はそこではないでしょう? ねぇ、トーニャさん……?」
「おお、こわいこわい。まあ、同じ女としてこれは見過ごせない事件ではあります」
ファルは凄みを利かせた笑顔でトーニャを牽制するが、彼女もなかなかの手練のようで、これは軽くいなされた。
隣でびくびくしているやよいには可愛げすら覚えて、古狸と称されていた頭脳担当に向きなおる。
隣でびくびくしているやよいには可愛げすら覚えて、古狸と称されていた頭脳担当に向きなおる。
「お二人が入浴している間は、私が終始このレーダーをチェックしていました。
ですので、外部からの侵入者という線はないかと思われます。
首輪の解除者だとしたら例外ですが、そんな偉業を成し遂げてまで下着ドロに勤しむ変態はいないでしょう」
ですので、外部からの侵入者という線はないかと思われます。
首輪の解除者だとしたら例外ですが、そんな偉業を成し遂げてまで下着ドロに勤しむ変態はいないでしょう」
トーニャは首輪探知レーダーを翳し、もっとも危ぶまれる可能性を潰していく。
やよいが寄宿舎から回収して回った大量の電池のおかげで、レーダーは常時稼働中だ。
もし教会付近に他の参加者が接近したとしたら、すぐさま察知することが可能なのである。
やよいが寄宿舎から回収して回った大量の電池のおかげで、レーダーは常時稼働中だ。
もし教会付近に他の参加者が接近したとしたら、すぐさま察知することが可能なのである。
例外があるとすれば、探知対象である首輪を解除できた者か、ダンセイニのように元々首輪を備えていない者。
もしくは、既にレーダーに登録済みの者だけだ。
このレーダーの機能の一つとして、一度探知した首輪は任意で機械に覚えさせることができる。
覚えた対象には反応しなくなり、付近にいても警報を鳴らすことはない。グループ行動するなら必須の機能だった。
もしくは、既にレーダーに登録済みの者だけだ。
このレーダーの機能の一つとして、一度探知した首輪は任意で機械に覚えさせることができる。
覚えた対象には反応しなくなり、付近にいても警報を鳴らすことはない。グループ行動するなら必須の機能だった。
トーニャたちが把握し切っているわけではないが、このレーダーには菊地真や小牧愛佳といった以前の所有者、
井ノ原真人や神宮司奏らの反応も既に登録済みであり、この場にいる四人に関しては語るまでもない。
つまり、外部からの侵入者でないにしても、登録済みの人間ならばレーダーに探知されることなく寄宿舎を徘徊できるのだ。
井ノ原真人や神宮司奏らの反応も既に登録済みであり、この場にいる四人に関しては語るまでもない。
つまり、外部からの侵入者でないにしても、登録済みの人間ならばレーダーに探知されることなく寄宿舎を徘徊できるのだ。
「さて……ここまでくれば聡明なみなさんのことです。既にお察しでしょうが、犯人は一人しか考えられません」
トーニャが辛辣に告げ、視線をわずか下方へと傾ける。
ファルとやよいも続き、トーニャと同じく下方を見やる。
いずれの視線も険しく、罪を憎むような攻撃性が秘められていた。
そしてその矛を向けられた罪人というのが、
ファルとやよいも続き、トーニャと同じく下方を見やる。
いずれの視線も険しく、罪を憎むような攻撃性が秘められていた。
そしてその矛を向けられた罪人というのが、
「なにやら熱烈な視線を感じる我輩のこの扱いはなに!?」
キキーモラによって体を拘束されている、ドクター・ウェストだった。
「簡単な話です。私とファルさんとやよいさんは女の子。あなたは男の子。ほーら」
「なにが、ほーら、なのか四百字詰め原稿用紙百枚分に書き記して提示していただきたい!
あー、嫌だ嫌だ。貴様の心はもう既に、幼少の頃の純粋さを喪失してしまった模様。
理由としては無二の親友に裏切られ、変態ヤクザ辺りに輪姦されたのが妥当な線かと思われ。
ぬぅぅぅぅ! そりゃあとことん荒みきったりして当然であるか! うっうっ、全世界で感動の涙」
「なにが、ほーら、なのか四百字詰め原稿用紙百枚分に書き記して提示していただきたい!
あー、嫌だ嫌だ。貴様の心はもう既に、幼少の頃の純粋さを喪失してしまった模様。
理由としては無二の親友に裏切られ、変態ヤクザ辺りに輪姦されたのが妥当な線かと思われ。
ぬぅぅぅぅ! そりゃあとことん荒みきったりして当然であるか! うっうっ、全世界で感動の涙」
縛られた身で抗議と皮肉を訴えるウェストだったが、女性陣の視線はツンドラのように凍てついている。
憐憫の情を一点に集中させつつも、そこには女の尊厳をかけた怒りが内包されていて、ウェストは恐怖した。
憐憫の情を一点に集中させつつも、そこには女の尊厳をかけた怒りが内包されていて、ウェストは恐怖した。
「お二人の入浴中、私がレーダーをチェックしていたのは、この食堂でのことです。プッチャンとダンセイニも一緒でした」
疑いようのない事実を告げて、トーニャは深く溜め息をついた後、断言する。
「ちなみにそのとき、彼は食堂にはいませんでした」
「決定的ね」
「嫌な事件でした」
「惨劇は止められないとな!?」
「決定的ね」
「嫌な事件でした」
「惨劇は止められないとな!?」
もはや誰もが、ウェストこそ下着泥棒の犯人――つまり変態――であると認めてしまっていた。
往生際の悪いウェストは、それでも必死に弁明を試みようと声を荒げる。
往生際の悪いウェストは、それでも必死に弁明を試みようと声を荒げる。
「ええい、そこまで言われるのなら我輩とて言いたいことがあるのである!
貴様らはこのドクター・ウェスト様を最低の変態野郎などと思っているようだが、それこそ笑止!
なにが悲しくて、貴様らのようなちんちくりんの群れでハァハァしなければならないのであるか!?
高槻やよいとマッスル☆トーニャは言うに及ばず、ファルシータ・フォーセットとてギリギリ及第点レベルではないか!」
貴様らはこのドクター・ウェスト様を最低の変態野郎などと思っているようだが、それこそ笑止!
なにが悲しくて、貴様らのようなちんちくりんの群れでハァハァしなければならないのであるか!?
高槻やよいとマッスル☆トーニャは言うに及ばず、ファルシータ・フォーセットとてギリギリ及第点レベルではないか!」
この問題発言に、女性陣の表情が凍りついた。
険しさを奥に引っ込め、傍目には恬淡としている無色透明な顔つきで、ウェストを三方向から注視する。
その言い表しがたい迫力に、ウェストの恐怖心は加速するばかりだった。
険しさを奥に引っ込め、傍目には恬淡としている無色透明な顔つきで、ウェストを三方向から注視する。
その言い表しがたい迫力に、ウェストの恐怖心は加速するばかりだった。
「おっと、ドクター・ウェストさんよぉ……今の発言、紳士として聞き捨てならねぇなぁ」
それは助け舟か追い討ちか、糾弾を間際にされたウェストへ、プッチャンが厳格な声を落とした。
「わかっちゃいねぇ。あんた、わかっちゃいねぇよ。トーニャはともかく、やよいはまだ発展途上なんだぜ?
たとえ72でも、年齢が違ってくりゃあ可能性も違ってくる。将来性ってもんを侮っちゃいけねぇのさ。
宮神学園でたくさんの女の子に囲まれていた、このプッチャン様が断言しよう!
ファルは十分だ! やよいは将来育つ! トーニャは……………………」
たとえ72でも、年齢が違ってくりゃあ可能性も違ってくる。将来性ってもんを侮っちゃいけねぇのさ。
宮神学園でたくさんの女の子に囲まれていた、このプッチャン様が断言しよう!
ファルは十分だ! やよいは将来育つ! トーニャは……………………」
俺にだって、わからないことぐらいある……とでも言いたげな表情で、プッチャンは目を伏せた。
「言ってみろよ……ああん……?」
長い沈黙を侮辱と受け取ったトーニャは、やよいの右手に嵌ったプッチャンの首を乱暴に締め上げる。
出荷間際の鶏のような悲鳴が轟き、止めに入ろうとしたやよいは、しかしトーニャの迫力に気圧されてしまう。
プッチャンと立場を同じくするウェストは、判決を持つ罪人の心持ちで、奥歯をガタガタと震わせていた。
出荷間際の鶏のような悲鳴が轟き、止めに入ろうとしたやよいは、しかしトーニャの迫力に気圧されてしまう。
プッチャンと立場を同じくするウェストは、判決を持つ罪人の心持ちで、奥歯をガタガタと震わせていた。
「まあ、それはともかく」
プッチャンへの仕打ちが一通り終了すると、トーニャは改めてウェストへと向きなおった。
ついに制裁が加えられるか、と誰もが思ったところで、キキーモラが躍動する。
トーニャの人妖能力たる拘束具は、巻尺のように反動をつけて縮み、ウェストの捕縛を解いた。
まさかの無罪放免かと思いきや、トーニャは怒気をそのままに、ウェストにさらなる通告を成す。
ついに制裁が加えられるか、と誰もが思ったところで、キキーモラが躍動する。
トーニャの人妖能力たる拘束具は、巻尺のように反動をつけて縮み、ウェストの捕縛を解いた。
まさかの無罪放免かと思いきや、トーニャは怒気をそのままに、ウェストにさらなる通告を成す。
「チャンスをあげましょう。今から十分で、己が無実であるという証拠を持ってきなさい。さすれば神もお許しになられるでしょう」
まるで聖母のように慈悲深い言葉――とは誰も思わず、課せられたタイムリミットにトーニャの容赦のなさを見た。
しかしウェストはこれを正統なチャンスと受け取り、一時的な自由を得た身でオーバーに爆笑を唱える。
しかしウェストはこれを正統なチャンスと受け取り、一時的な自由を得た身でオーバーに爆笑を唱える。
「のっひゃーっはっはっはっはっはっは! ほざきおったなこんの脳筋娘が!
この大・天・才ッ! ドォクタァ――ッ! ウェェストッ!! 様にかかればそのくらい朝飯前!
朝飯前どころか昨日の夕飯前どころか昼飯前どころか朝飯前であり……なに? 戻った?
それともこれは、一日食事を抜いて、ぶっ通しってこと? 我輩にもわからぬ」
この大・天・才ッ! ドォクタァ――ッ! ウェェストッ!! 様にかかればそのくらい朝飯前!
朝飯前どころか昨日の夕飯前どころか昼飯前どころか朝飯前であり……なに? 戻った?
それともこれは、一日食事を抜いて、ぶっ通しってこと? 我輩にもわからぬ」
ウェストが小首を傾げ、ファルはその仕草にイラッときて、トーニャは人妖能力を再発動させる。
伸ばされたキキーモラはやよいの右手にあったパペット人形を絡め取り、ウェストの右手へと運んでいった。
次いで、ダンセイニがウェストの肩へとよじ登る。
伸ばされたキキーモラはやよいの右手にあったパペット人形を絡め取り、ウェストの右手へと運んでいった。
次いで、ダンセイニがウェストの肩へとよじ登る。
「監視役として、プッチャンとダンセイニを同行させましょう。被告人を野放しにしておくほど甘くはありませんので」
「ふはははは! 我輩という大天才に自由を与えた時点で既に甘し! 甘すぎて糖尿病の気配アリ!
そんなに甘いものが好きならサッカリン等を大量に摂取しているがいいさ、この衆愚が!」
「ふはははは! 我輩という大天才に自由を与えた時点で既に甘し! 甘すぎて糖尿病の気配アリ!
そんなに甘いものが好きならサッカリン等を大量に摂取しているがいいさ、この衆愚が!」
ウェストは不快に呵呵大笑し、プッチャンとダンセイニを同伴したまま食堂を出て行った。
廊下の先に消えても馬鹿笑いの響きはやまず、残った女性陣はげんなりした表情で一斉にため息をつく。
廊下の先に消えても馬鹿笑いの響きはやまず、残った女性陣はげんなりした表情で一斉にため息をつく。
「……ちなみに、本当にぱんつはいてないんですか?」
「代えの下着くらいなら、客室の箪笥から適当に拝借したわよ」
「まあ、そうですよね。常識的に考えて」
「代えの下着くらいなら、客室の箪笥から適当に拝借したわよ」
「まあ、そうですよね。常識的に考えて」
トーニャはつまらなそうに吐き捨て、適当な椅子に腰掛けた。
「さて、美少女三人でリリヤンでもしますか? それともパヤパヤしますか?」
「リリヤンってなんですか?」
「仲の良い女の子同士でやる、手芸遊びですよ」
「パヤパヤというのは?」
「パヤパヤはパヤパヤですよ」
「リリヤンってなんですか?」
「仲の良い女の子同士でやる、手芸遊びですよ」
「パヤパヤというのは?」
「パヤパヤはパヤパヤですよ」
怒りを治め、纏う雰囲気すら一変させたトーニャは、つかみどころがない。
ファルもやよいもどう会話を成せばいいのか、判然としない部分があった。
ファルもやよいもどう会話を成せばいいのか、判然としない部分があった。
なにより――入浴前に彼女が提唱した仮説の件もある。
このままここでこうしていることが最良なのか、という不安がないわけでもない。
やよいに関しては、大切な友人の安否が気にかかっているのもあるだろう。
ファルとしても、かつての愛情の対象がどうしているかは気になるところだ。
このままここでこうしていることが最良なのか、という不安がないわけでもない。
やよいに関しては、大切な友人の安否が気にかかっているのもあるだろう。
ファルとしても、かつての愛情の対象がどうしているかは気になるところだ。
(けれど、こんな気持ちになってしまっては負けなのよね。真人さんと奏さんが教えてくれたように……)
ファルは数時間前の出来事を、教訓のように覚えている。
人は弱く、しかし生き延びるためには、神宮司奏のように弱いままではいられない。
信を見極め、信を貫き、しかし愚者にはならないよう、井ノ原真人のようにまっすぐ生きなければならない。
思いは、やよいやトーニャ、プッチャンやダンセイニ、ドクター・ウェストとて同じはずだった。
人は弱く、しかし生き延びるためには、神宮司奏のように弱いままではいられない。
信を見極め、信を貫き、しかし愚者にはならないよう、井ノ原真人のようにまっすぐ生きなければならない。
思いは、やよいやトーニャ、プッチャンやダンセイニ、ドクター・ウェストとて同じはずだった。
「設けた時間もわずかですし……そうですね、それじゃあ一つ、私のお願いを聞いてくれませんか?」
持て余した待ち時間を有効に使うため、トーニャのほうから提案を持ちかけた。
請われる側となったファルとやよいは互いに目配せし、トーニャの発する声に注意を促す。
請われる側となったファルとやよいは互いに目配せし、トーニャの発する声に注意を促す。
「あなたたち二人の歌を――私に聴かせてもらえませんか?」
それは、二人にとっても願ってもない話だった。
◇ ◇ ◇
――話はまたまた戻って。
「トーニャさんは……あの二人が仲間同士と呼べる関係にはない、と考えているの?」
未だ説教壇の前で語り部を続けるトーニャに、ファルが問い返す。
彼女の突拍子もない仮説が、どういう意図を含んでいるのか計り切れなかった。
彼女の突拍子もない仮説が、どういう意図を含んでいるのか計り切れなかった。
「答える前に今一度確認しておきたいのですが、みなさんはここに来る以前、あの二人や炎凪なる存在と面識がありましたか?」
沈黙が三秒、トーニャは答えを否と受け取る。
「ないでしょう。ですが、参加者の中には確実に彼らを知っている者がいます。藤乃静留がその一例ですね。
さらにつけ加えますと、私とドクター・ウェストは懺悔室の向こうで、かつての知人に遭遇しました」
さらにつけ加えますと、私とドクター・ウェストは懺悔室の向こうで、かつての知人に遭遇しました」
トーニャの言に、ファルたちがどよめく。
「本当かよ、それ……」
「ええ。もっとも、やよいさんや菊地真さんと同じく並行世界の……という可能性が高いですが」
「ええ。もっとも、やよいさんや菊地真さんと同じく並行世界の……という可能性が高いですが」
やよいが苦い顔を浮かべる。
彼女が始めて教会を訪れた一件はファルも耳にしており、その際別れた菊地真の消息は未だにつかめていない。
彼女が始めて教会を訪れた一件はファルも耳にしており、その際別れた菊地真の消息は未だにつかめていない。
「古書店の店主……というのも、ひょっとしたら参加者の誰かのお知り合いかもしれません。
この催しを始めた団体は、このように参加者各人の関係者たちによって構成されているとも考えられます。
ともなれば、いったいどのようにして調和を取っているのか?
黒幕たる存在がリーダーとして統率を図っているケースも考えられますが、組織というものはそこまで単純ではありません。
幹部から末端まで、一人一人が計画に加担する目的を持っているのが道理です。
このような難解な企てを実行に移すとしたら、調和の取れたピラミッド社会などありえないわけです」
この催しを始めた団体は、このように参加者各人の関係者たちによって構成されているとも考えられます。
ともなれば、いったいどのようにして調和を取っているのか?
黒幕たる存在がリーダーとして統率を図っているケースも考えられますが、組織というものはそこまで単純ではありません。
幹部から末端まで、一人一人が計画に加担する目的を持っているのが道理です。
このような難解な企てを実行に移すとしたら、調和の取れたピラミッド社会などありえないわけです」
唸り声をあげていたウェストまでもが真剣に聞き入り、トーニャの論は続く。
「つまり、末端はともかくとして、この企画を始めたグループにトップは存在しない。
頂点には複数の人間が会しており、彼らは皆対等、そしてそれぞれが異なる目的を持っている……と私は考えます」
頂点には複数の人間が会しており、彼らは皆対等、そしてそれぞれが異なる目的を持っている……と私は考えます」
怒涛の論述は、そこで一拍の間を置く。
聞き手に回っていたやよいたちは黙り込み、トーニャの呈した論の整合性はいかほどか、と各々考え込んだ。
しばらくして、ファルが遠慮がちに手を上げる。
聞き手に回っていたやよいたちは黙り込み、トーニャの呈した論の整合性はいかほどか、と各々考え込んだ。
しばらくして、ファルが遠慮がちに手を上げる。
「……そういう話なら、ひとつ思い出したことがあるわ」
確信の乏しさを意味する控えめな挙手が、皆の視線を買う。
トーニャはファルに発言を促し、やよいやウェストも耳を傾けた。
トーニャはファルに発言を促し、やよいやウェストも耳を傾けた。
「主催者という枠組みは同じでも、各人の目的は別……というのなら、〝儀式〟の視点を持っているのは神崎黎人のほうだと思うの」
「ほほう。なにか根拠はおありですか?」
「ほほう。なにか根拠はおありですか?」
ファルが首肯する。
「消去法よ。私には、もう一方の主催者……言峰綺礼が〝儀式〟なんて高尚な目的を持っているとは思えないの。
あの始まりの舞台で人が死んだとき……彼は、心の底から愉しそうな顔を浮かべていたわ。
見せしめにされた人が死ぬのを見てじゃない、〝突然の死を前に動揺する私たちを見て〟」
あの始まりの舞台で人が死んだとき……彼は、心の底から愉しそうな顔を浮かべていたわ。
見せしめにされた人が死ぬのを見てじゃない、〝突然の死を前に動揺する私たちを見て〟」
一時は記憶を失っていたファルだが、記憶を取り戻した今となっては、だからこそ鮮明に思い出せる。
殺し合いという事実を決定づける最初の惨劇の場、あそこにいた人間たちの様子を。
殺し合いという事実を決定づける最初の惨劇の場、あそこにいた人間たちの様子を。
「……私が言うのもなんだけれど、あれは他人の不幸を蜜の味と考える類の人間よ。
そうね……同類みたいなものだから、と言ってしまってもいいわ。あの手の人間は、たくさん見てきたし」
そうね……同類みたいなものだから、と言ってしまってもいいわ。あの手の人間は、たくさん見てきたし」
たかだか十数年の人生で、ファルは人間の醜い部分に多く触れてきた。
生きるために他人を利用し、勝ち上がるために他者を蹴落とし、それでも、そうだからこそ、社会は回る。
生きていく上での方法としてではなく、その方法自体を目的、愉悦と捉える人間も、少なからずいるものだ。
幼い頃から他人の顔色を窺って生きてきたファルは、言峰がそういった類の人間である気がしてならなかった。
生きるために他人を利用し、勝ち上がるために他者を蹴落とし、それでも、そうだからこそ、社会は回る。
生きていく上での方法としてではなく、その方法自体を目的、愉悦と捉える人間も、少なからずいるものだ。
幼い頃から他人の顔色を窺って生きてきたファルは、言峰がそういった類の人間である気がしてならなかった。
「トーニャさんとウェストさんの話が真実と仮定するならば、この催しを〝ゲーム〟と考えている者こそ、あの言峰綺礼ではないかしら?」
「なるほど……。直感という域は出ませんが、なかなか納得できる論でもあります。人間観察がお得意で?」
「他人の内情を読み取るのには、自信があるの。私が生きていく上で磨いてきた、処世術みたいなものね」
「なるほど……。直感という域は出ませんが、なかなか納得できる論でもあります。人間観察がお得意で?」
「他人の内情を読み取るのには、自信があるの。私が生きていく上で磨いてきた、処世術みたいなものね」
確証には欠けるが手応えは確かな仮説、とファルは自らの考察を受け止める。
井ノ原真人が最後まで残した『信じる』という願いは、信を預ける人間の内情を読み取って、初めて受け継げる思いだ。
自らを偽って生きてきたファルだからこそ、他人の本音と建前に敏感であり、『疑う』と『信じる』を使い分けることができる。
井ノ原真人が最後まで残した『信じる』という願いは、信を預ける人間の内情を読み取って、初めて受け継げる思いだ。
自らを偽って生きてきたファルだからこそ、他人の本音と建前に敏感であり、『疑う』と『信じる』を使い分けることができる。
祖国で愛情の対象としていたクリス・ヴェルティンは、『信じる』に値する人間だった。
この場に集うやよい、トーニャ、プッチャン、ダンセイニ、ドクター・ウェストも、『信じる』ことができる。
しかし言峰綺礼や神崎黎人は……『疑う』ことしかできない、決して利用や信用に値する人間ではないと、それだけは断言できた。
この場に集うやよい、トーニャ、プッチャン、ダンセイニ、ドクター・ウェストも、『信じる』ことができる。
しかし言峰綺礼や神崎黎人は……『疑う』ことしかできない、決して利用や信用に値する人間ではないと、それだけは断言できた。
「では、私たちが〝殺し合い〟、言峰綺礼が〝ゲーム〟、神崎黎人が〝儀式〟の視点を持っていると仮定します。
なら、三回目と四回目の放送に出てきた炎凪なる存在は……いったい誰の側なんでしょうか?」
なら、三回目と四回目の放送に出てきた炎凪なる存在は……いったい誰の側なんでしょうか?」
これについては、誰もが閉口した。
一同の中に炎凪の名を知る者はおらず、他二人の主催者との関連性も不明、容姿すらわからぬ声だけの存在だった。
三回目の放送でいきなり存在を知らしめたかと思えば、四回目では参加者に激励の言葉を送るなど、行動も不可解極まる。
さすがのファルも、たった二度の放送という少ない判断材料では、炎凪の内情を読み取るには至らなかった。
一同の中に炎凪の名を知る者はおらず、他二人の主催者との関連性も不明、容姿すらわからぬ声だけの存在だった。
三回目の放送でいきなり存在を知らしめたかと思えば、四回目では参加者に激励の言葉を送るなど、行動も不可解極まる。
さすがのファルも、たった二度の放送という少ない判断材料では、炎凪の内情を読み取るには至らなかった。
「まあ、これについては保留にしましょう。結論を出すにはヒントが少なすぎます。
考えるべきは、第四の存在……黒幕という気配を漂わせる、古書店の店主についてです」
考えるべきは、第四の存在……黒幕という気配を漂わせる、古書店の店主についてです」
トーニャが仕切りなおし、視線をやよいのほうへと向ける。
「高槻やよいさん。あなたは、例の店主がなにを考えているかわかりますか?」
「え、ええ~!? わ、私ですか~?」
「当然でしょう。その古書店とやらに入ったのも、じかに声を聞いたのも、あなたとプッチャンだけなのですから」
「え、ええ~!? わ、私ですか~?」
「当然でしょう。その古書店とやらに入ったのも、じかに声を聞いたのも、あなたとプッチャンだけなのですから」
やよいは頭を押さえ、深く蹲るように考え込んだ。
声だけとはいえ、この中では唯一黒幕らしき存在との接触に至った一人と一体。
貴重な経験を考察の材料に活かさんとして、質問の矛はやよいに向けられた。
声だけとはいえ、この中では唯一黒幕らしき存在との接触に至った一人と一体。
貴重な経験を考察の材料に活かさんとして、質問の矛はやよいに向けられた。
◇ ◇ ◇
寄宿舎一階の廊下を、ドクター・ウェストが爆走する。
右手にプッチャンを装着、肩にダンセイニを乗せたまま、傷の痛みと疲労の色を自尊心でもって凌駕する。
これでか弱い少女だったならば、誰からも養生しろと言われただろうが、彼はそういった弱さを決して表には出さない。
右手にプッチャンを装着、肩にダンセイニを乗せたまま、傷の痛みと疲労の色を自尊心でもって凌駕する。
これでか弱い少女だったならば、誰からも養生しろと言われただろうが、彼はそういった弱さを決して表には出さない。
――エルザを取り戻す、という捨て切れない目的が、新たに根付いたせいもあった。
「張り切ってるけどよ、実際どうやって身の潔白を証明するんだ?」
「おお……我輩の右手がイサム・ダイソンのようなカッコイイ声を。これは地味に感動」
「てけり・り」
「おお……我輩の右手がイサム・ダイソンのようなカッコイイ声を。これは地味に感動」
「てけり・り」
右手のプッチャンは、久しぶりの男声で、駄目だこりゃ、と吐き捨てた。
ウェストはそんな諦観じみたぼやきを歯牙にもかけず、自身の天才的本能のみを信じて突き進む。
ウェストはそんな諦観じみたぼやきを歯牙にもかけず、自身の天才的本能のみを信じて突き進む。
(そう……そうなのである! 我輩は必ずエルザを取り戻す。そのためにも、こんなところでお縄にかかるわけにはいかないのである!)
確かな決意のもと、ウェストは証拠を探し求めて寄宿舎を駆けずり回る。
廊下の窓からは朝陽が拝め、明日の到来を知らせていた。
放送は間もなく、トーニャの設けたタイムリミットもあとわずか。
廊下の窓からは朝陽が拝め、明日の到来を知らせていた。
放送は間もなく、トーニャの設けたタイムリミットもあとわずか。
「こりゃあ、もう駄目だな。諦めてあのおっかねー姉ちゃんに半殺しにされときな」
「えーい急かすでないのである! 急がば回れという諺もあるワケであって、回って回って回りつくして美味しいバターになりました。原材料、トラ」
「てけり・り?」
「おおーっとぉ! あの廊下の突き当たりの隅が怪しいのである! ダンセイニよ、レェェッツ調査ッ!」
「てけり・り」
「えーい急かすでないのである! 急がば回れという諺もあるワケであって、回って回って回りつくして美味しいバターになりました。原材料、トラ」
「てけり・り?」
「おおーっとぉ! あの廊下の突き当たりの隅が怪しいのである! ダンセイニよ、レェェッツ調査ッ!」
「てけり・り」
ウェストの指示を受けて、ダンセイニがぴょこんと飛び降りる。
軟体を素早く動かし、指定されたポイントを調べてみると、
軟体を素早く動かし、指定されたポイントを調べてみると、
「てけり・り!」
紛失物と思しき女性者の下着(ショーツ。色や材質は不明)を発見し、抱えて持ち帰ってきた。
「グッジョォォォブ! GJであるぞダンセイニ。天才の我輩といえど、まさか一発で発掘できるとは思わなんだ」
「いやいや、廊下の隅に落ちてたってどう考えてもおかしいだろ。いったい誰が……」
「細かいことは考えるな大凶! ともかくこれで無罪放免、トーニャさんの筋肉折檻も免れるというものである!」
「いやいや、廊下の隅に落ちてたってどう考えてもおかしいだろ。いったい誰が……」
「細かいことは考えるな大凶! ともかくこれで無罪放免、トーニャさんの筋肉折檻も免れるというものである!」
ウェストはダンセイニが拾ってきた下着を高らかに掲げ、食堂への道を舞い戻る。
プッチャンの言も聞かぬまま、再び天才的本能に身を委ねるのだった。
プッチャンの言も聞かぬまま、再び天才的本能に身を委ねるのだった。
「待っているであるぞエルザ……必ず我輩が迎えにいくであるからな――ッ!!」
◇ ◇ ◇
226:いっしょ/It's Show(前編) | 投下順 | 226:いっしょ/It's Show(後編) |
時系列順 | ||
ドクター・ウェスト | ||
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ | ||
高槻やよい | ||
ファルシータ・フォーセット |