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喪失(前編)

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忘却→覚醒/喪失(前編) ◆/Vb0OgMDJY



ひらひらと森の中を歩く少女がいる。
青い、青い少女だ。
髪も目も衣服も全てが青い、少女。
ただ、その衣服の一部が朱に染まっている様が、少女の幻想さを抑え、少女が人であると証明している。

彼女、そう仮にY・Hさんと呼ぼうか……彼女は運が悪い。
実生活における運勢はどうだか不明だが、昨日今日と運勢は最悪に近いのでは無いかな?
何しろやることなすこと悉く上手く行っていない。
まあ実際のところそうでも無いのかもしれないが、それでも上手く行った内容よりも、上手く行かなかった事のほうが多い。

変な殺し合いに参加させられて、愛する少女の為に人を殺そうと考えた。
が、いきなり変な仮面に襲われて気絶して、目が覚めたら目前には男の『アレ』。
どうにか当初の思惑に従いその男を殺そうと頑張るも、失敗して逃げられる。
割と後悔とか迷いながら、偶然出会った少女には着せ替え人形にされ散々玩ばれ、
彼女達に同行してさっきの男と再会したり大集団に何となく同行したら鬼に襲われて、
どうにかこうにか鬼を退けたと思いきや新たな敵に襲われ散りじりになり、
逃げおおせたので休んでいたら同行者はそのスキに殺される。
そして漸く再会できた想い人は彼女の知る相手とは何処か異なるそれで、
そうしてその事実を知り思考の果てに当初に似た目的に立ち返り、どうにか一人殺したものの、
その後町を彷徨っていたらいきなり狙撃され、どうにか傷を癒して後を追い一人仕留めたら何故か戦っていた相手に攻撃され、
そして、例の男とまた再会したので今度こそ、とまた逃げられ。

そして、今追い掛け半分他の相手探す半分に向かう先には、『最悪』が待ち構えている、と。
こうして見るとやることなすこと殆ど裏目に出てるね……。

まあそもそもその特殊な生い立ち自体が元々あんまり世間一般的には幸せとは言わないという説もあるがそれはそれ。
本人は割りと尽くすタイプ故か、思い人が無事なら幸せならそれで良いみたいだから気にしてはいないようだけどね。
詳しくは省くが客観的にみれば、多分に彼女には運が無い。

さて、果たしてどちらが先に気付いたのだろうか?
証明する手段は無いのだが、ここは少女では無いほうを押そう。
理由は簡単、何故なら先に見つけたのが少女の方ならば、彼女は一目散に逃げ出していた筈なのだから。
……そう考えると彼女の運勢は最悪かもしれないね。
進んでしまえば、彼女にはどうする事も出来ない。
最早進む事も戻る事も、出来ずに立ちすくむしかない。

そこに待ち構えて居るのは、彼女の歩んだ道の『終点』に他ならないのだから。

……そして今、彼女はそこに立ち尽くす事になる。

「柚明さん……」

予想してなかった再会は、唐突に訪れた。
いや、真に予想していなかったとは限らないが、恐らくは予想出来無い事象であったに違い無い。
予想したくなかった、とも言い直せるその出来事。
そこに到達すれば、全てが終わってしまう。

そう、ここは終着駅、

彼女の歩みの、最期の場所。

「桂……ちゃん……」

歩み道の先、一人の少女の姿がある。
半日程度の時を経ただけでは、何も変わらない。
栗色の髪も目も、僅かにバランスの悪い上半身も。
全てが、彼女、羽藤柚明の最愛の少女、羽藤桂のものに他ならない。
唯一、その表情のみが、柚明の知る少女のそれとは、致命的に異なっている。
この場合の致命的とは、柚明にとっての、という意味ではあるが、その異なりははっきりと見て取れる。

いや、或いはそれは、何一つ変わっていないのかも知れない。
桂の表情は、あくまで柚明を想っての物のままであって、ただ柚明の受け止め方が変化したという事もある。
もしかすれば、そちらが正解なのかもしれない、それほど、柚明の立ち位置は、半日前とは異なっている。
少なくとも……柚明本人は、恐らくはその様に感じたであろう。
愛しい少女は何も変わらない。
変わったのは己だと。
その手を血に染めた自身には、最早桂に微笑みかけられる資格は無いのだと、その様な思考を抱いていた。

「……………………」
「……………………」

世界が、停止する。
双方とも、言葉は無い。
桂には、言うべき言葉は沢山あったのだけども、それを口に出来ない。
説得の言葉、無事を喜ぶ言葉、或いは柚明の行いを悲しむ言葉、……いずれも、口には出来なかった。

一方、柚明の方には、そもそもこんな状況下で放てる言葉など存在しない。
このような状況を想定していない訳ではなかったが、それでもあえて考えないようにしていた。
桂を説き伏せるべき言葉など、最初から存在しないが故に、彼女はこの状況に陥らないように注意することしか出来なかった。
最も、元々の性格故か人を殺すという状況ゆえに半自動化しており、それほど周囲の状況に注視していたわけでも無いのだが。

と、その時、停止した世界が、動き出す。
羽藤桂の同行者たる、大十字九郎アル・アジフによって。
とはいえ、大した行動をした訳では無い。
ただ、柚明を中心点として、桂と丁度反対の位置に移動しただけだ。
大して深い訳では無いが、両脇は林となっており、挟み撃ち、といった形になる。
ただ、これはあくまで柚明の逃走を防ぐ為の措置であり、攻撃を行なう意思は存在していない。
現に、彼らは戦闘形態たるマギウススタイルを執っておらず、ただ事の成り行きを見守ろうとしているだけだ。

柚明の説得は、桂が行なう。
これは桂の希望であり、また他に仕様の無い事柄である。
柚明が桂を害する事は考えられないのだから、そうなると次善に行なわれるあろう彼女の行動、逃走を封じる為だ。
問答無用でとっ捕まえるという案もあったのだが、それは色々あって却下された。(主に九郎に柚明を押し倒させるのは危険とか、マギウススタイルの九郎が柚明を拘束したら犯罪にしか見えないとか、そういう理由で、前者はまず杞憂なのだが)

結果から言えば、この時ふん縛っておけば、後にあんな事が起きはしなかったのだが……。

「…………」

停止から回復した柚明は、まず両隣の林の深さを確認する。
この状況では他に逃げ道など無いので当然の行動なのだが、しかしそれは難しい、という結論に達する。
まず、柚明はそれほど体力に自信がある訳ではない、と言うか自信など無い。
まあ体力で言ったらアルも桂も大した事は無いのだが、アルは魔道書であるし、桂は鬼の力を得ている。
そして、九郎は貧乏探偵故か体力ではそうそう負けない。
加えて、柚明は運動には不向きな裾の長い着物姿、とい事もあり、林に逃げても逃げ切れる可能性は低い、と見るべきだろう。
桂によって月光蝶と名づけられた能力で威嚇しながら逃走、というのも、桂に当ってしまうという可能性を考えると不可能だ。

「……柚明、さん」

それでも、と決心しようとした所で、
桂の声が柚明に届く。
憂いと戸惑いと、そして強い意志を秘めた声。
内容はただ名前を呼んだだけだが、それでも意味は通じる。
いや、元よりこの場において他の用件が告げられる筈も無い。

「ゴメンね……桂ちゃん……」

柚明の返答に、余計な語句は含まれない。
そんなものは、必要無い。
言葉にすれば桂を悲しませるだけだし、
何より、柚明自身、明確な言葉として桂に告げられる自信が無いのだから。

「……どうして……?」
「……私は…………、
 私は、真さんを殺したの。
 もう、私は桂ちゃんの側には居られないの」

無論、それで納得する筈も無く、問いかけられた質問に柚明は言葉に窮し、結果としてはズレた答えを返す。
それも、桂の側から離れなければならない理由の一つではある。
もっとも、そこに至った根源の理由、が不足しているが。

「……その事は、ちゃんと謝らないと、ダメだよ。
 だから、柚明さん」
「ダメよ、桂ちゃん」

睨むような眼差しで、告げる。
突き放すように、突き放されるように。
自身の事を忘れて、と言外に込めて。

「桂ちゃんは優しいけど…でもそれだけじゃないの……世界は」

告げてから、自分自身、どこまで世界を知っているのかと疑問を抱く。
他者と交わる事の少ない環境で育ち、人という存在から外れた彼女は、そういう意味では桂よりも世間知らずであろう。
だが、それでも、それ故に、世界は決して優しいだけの物では無い事は、理解している。

「私がした事は、許される事じゃ、無いの……。
 だから、桂ちゃんは……」


「わたしは………………わたしは……柚明さんを、許さない」


私と共に居てはいけない、と続けようとした言葉が桂によって妨げられる。
その言葉は完全に予想外の事柄で、それゆえに柚明の思考は停止する。

「…………え?」
「真ちゃんを殺した事は許されちゃいけないし、わたしに許せる事じゃない」

桂の言葉は、続く。
柚明の想像していなかった言葉が、次々と紡がれる。

「サクヤさんを生き返らせようとした事は、わたしは絶対に許さない」

そしてそれは、ある意味関係の無い事柄を説いて煙に巻こうとしていた柚明の欺瞞すら許さず、正面から告げられる。

「柚明さんは……勝手だよ……
 わたしもサクヤさんも、そんな事して欲しくなんか、無いんだから」

いつの間にか、桂の眼には涙が浮かんでいる。
大事な人が己を理解してくれない悲しみと、
思い起こされる過去の痛みと、
そして、恐らくはその誘惑に従いたいという部分の悲嘆。

心には、その欲望を訴える部分もある。

奪われたものを取り返せと。
齎される筈の幸福、何時までも続く平穏、
それらを、取り戻せと。
けれど、それはいけない事だから。
それをしてしまえば、サクヤと正面から向き合う事は出来無いから。

「サクヤさんの事は凄く悲しい。
 葛ちゃんも、烏月さんも、凄く凄く。
 でも、サクヤさんの為に人を殺すのなんて、間違ってる」

けれど、それを受け止める。

痛みを、

悲しみを。

それが、そうでなければ、彼女に合わせる顔が無いから。

それを望んでしまっては、もう二度と笑って生きられないであろうから。

「わたしは、柚明さんを、許さない、許しちゃいけない。
 ……だから、柚明さんと、一緒にいるの」

かつて告げられた言葉と、

“憎しみなどに負けるな!
 強さを……汝の強さを思い出せ、羽藤桂!”

かつて乗り越えた自身と、

“わたしの命ははサクヤさんに貰った物。サクヤさんの想いを無駄にしないためにもわたしは生きる。
時には迷う事もあるけれど……それでも自分の命を粗末にしない。――――この右腕にかけて!”

かつて見出した意思と、

“それは……わからない”
“けど、わたしは逃げない”

「だって、柚明さんの事、大好きだから」

全てを込めて、その時桂は笑った。
眼に涙が残り、頬には赤みが残りながらも、笑った。
朗らかに、軽やかに、僅かな赤みを帯びながら……笑った。

「大好きだから、一緒にいるの」

言葉は拙く、意味が通らない部分もある。
それが果たして正解なのかすら、誰にも判るまい。
だが、意味や正しさなど何の価値があるだろうか。
百編の論理を説こうが、千余の摂理を説こうが、これ以上の言葉があろうか。

少女は、示した。

己が真理を、柚明にのみに通じるが故に完全なる理を。
今この場限り故に完全なるその言葉を、
この場の誰が、否定出来ようか。

「ね……だから、柚明さん……」
「……桂……ちゃん」

長く、短い沈黙の果てに、柚明が、言葉を紡ぐ。
戸惑いと喜びと、様々な感情が入り混じった言葉を。
そして、薄く、蝶のような笑顔を桂に向ける。
普段のソレよりも少しの陰りを帯びた、それでも間違う事無い、彼女の笑みを。

「柚明さん」
「桂ちゃん……」

どちらからと無く、歩み寄る。
これで、終わると。
笑みを浮かべた少女達は、歩み寄り、
二つの影は重なり、そして一つになる。


「ごめんね…………」
「え……?」


桂が最期に見たのは、儚くも美しい、散り行く花のような笑顔だった。
その儚さに、何故か見覚えを感じながら、桂の意識は闇に沈んでいった。

最後に桂が覚えたもの、それは、別れの予感だった。



ユメイさん!?」
「汝!?」

油断、と責める無かれ。
あの状況で、このような結末など想像すら出来まい。
事実、柚明には最初から最期まで、桂に対する害意は存在していなかった。
いや、今なお、そのような意志は皆無、故に、柚明は桂を害したのでは無く、それ故に九郎らの反応は遅れた。

と、その時、
柚明らに近寄ろうと動いた瞬間、
光が生じた。

「「!?」」

その光には、二人とも見覚えがある。
柚明の持つ力が光の形になった、『月光蝶』という力。
それが、まるで渦のように、柚明を中心に発せられている。
霊体に直接作用する光の蝶が、まるで花吹雪のように、辺りを包む。

それを目にして、二人は一瞬の停止を余儀なくされる。
魔道書たるアルは兎も角、幾ら魔道師だろうと生身の九郎では危険である。
そして停止し、マギウス・スタイルを展開しようとした所で、はたと気がつく。

光の蝶は、九郎達にはまるで向かっていないことに。
その光に、攻撃的な意思が存在し無い事に。

その事に一瞬の戸惑いを覚える九郎達を他所に、光はますますその奔流を増し、最早直視すら出来ぬ程のものとなる。
この勢いは、柚明の持つ力の総量から考えれば、明らかに異常である。
これだけの規模の力を放てば、数分と持たず柚明は枯れ果てるであろう。

そう『枯れ果てる』

「汝、まさか!」
「どういう事だ! ユメイさん!!」

同時にその単語に思い至った二人が、叫ぶ。

そうだ、光は、白い花びらか、あるいは翅か燐粉か、はたまた吹雪く雪のように、舞い散ってゆく。
いずれも異なる表現において、だが唯一共通する事柄が一つ。
それは、すなわち『散った』ものである、という事。
それは即ち、


羽藤柚明という存在が、虚空に溶けて行くと言うその、証。


「アルさん、九郎さん……ごめんなさい」

光の中心に立つ少女の微笑みは変わらない。
泣きそうな、消え行きそうな、触れば砕けてしまいそうな微笑を、浮かべ続けている。
気を失った羽藤桂の体を、まるで宝物のようにしかと両の腕で抱きしめながら、渦巻く嵐のその中心にて、儚い微笑みを浮かべ続けている。

「桂ちゃんに、『ごめんなさい』って、伝えて」

そして、終に『その言葉』を口にする。
状況から明らかでも、認めたくないその意思を。
自分自身の最期を告げる、その言葉を。

「何でだ! 何でユメイさん!!」
「桂が汝の事をどれほど想っていると!
 汝を失えば桂がどれほど嘆くか判らぬほどおろかではあるまい!!」

その意味は明白で、それ故に九郎らの心に激情を呼び覚ます。
納得できるはずが無く、状況は明らかに理不尽なそれである。


「桂ちゃんには…もう、私は必要無いの」


だが、その言葉。
いや、その言葉を告げた時の柚明の表情を目にした時、アルの、九郎の心からは、一瞬激情が消えうせた。
それほどに、それは美しい、微笑みであった。



“ああ”、とその時理解出来てしまった。

最早、桂に自分は必要無いのだと。

桂は、笑った。
サクヤが居なくとも、再び笑ったのだ。

様々な嘆きと、怒り、悲しみを経た先に、浮かべた表情。
すべてを乗り越えた訳では無く、その傷跡は長く桂を苦しめるだろう。
完全な幸せはそこには無いし、苦悩や悔恨も残るだろう。

だが、それらを桂は受け止めたのだ。

これから先、傷跡は幾度となく熱を放ち、痛みを呼び覚ますだろう。
その痛みに耐え切れず、涙を流す事もあるであろう。
だが、それでもその痛みを持ちながら、再び先に進める。

今の桂は、強い、意志を持っている。

今の桂には、サクヤを生き返らせる意味が無い。
仮にサクヤが帰ってきたとしても、完全なる幸福には至らない。

そして、もう、柚明自身も、必要無い。

柚明が居ることは、桂に背負わせる事に、他なら無いのだから。

恐らく、この島において、柚明が許される事は、無い。
だが、それでも恐らくは『赦されて』、しまう。
決して許さないという桂の言葉が、他者の復讐すら、奪ってしまう。
何故って、復讐されるという事は、許されてしまう事だから。

既に存在しない相手を、何時までも憎しみ続けられるほど、人は強く無い。
故に、許されないということは、生き続ける事だ。
生きている限り、復讐の機会は残る。
生き続けろと。
己の罪を見つめ、背負い、生きて行けと。

許さない、とはそういう事だ。
とはいえ、それは理屈に過ぎない。
だが、桂の言葉は、
許さず共に居るという事は、

仮に柚明への復讐者が居たとして、その相手と対峙するという事にもなる。

そういう事だ。

罪に震える事を恐れる権利は無いし、ソレを直視しても目を逸らさぬ覚悟はある。
だが、この少女を。
大事な少女に。
己の罪を背負わせる事には耐えられない。
許されぬ罪を、背負わせてしまう事なんて、出来そうに無い。

だから、此処で消えよう。

痛みは、いずれ消える。
自分が消えれば桂は嘆き悲しむだろうが、それでもその悲しみを乗り越えるだけの強さが今の桂にはある。
だから、もう必要ない。
目の前で泣かれては、とても死ぬことは出来そうに無いけど、ここで消えるのならば……。
九郎やアルに押し付けてしまう事は悪いとは思うけど……


「ふざけるな!」

停滞は一瞬、或いは二、三瞬程度かもしれないが、兎に角、九郎はそれほど長い時間留まっていた訳ではなかった。
再び、柚明に向かい駆け寄ろうとする。
とはいえ、目前の光の渦は、柚明の命そのものを燃料とした膨大な力の渦であり、攻撃的な意思が無いとしても簡単には近寄ることが出来ない。
一瞬遅れて、動き出したアルとマギウス・スタイルを執った事で、何とか掻き分けて進める程度だ。

「俺は認めない!
 柚明さんは逃げようとしているだけだ!」

その、莫大な力の圧力を、だが何とも無いかのような表情で進む。
無論、実際にはその歩みの速度を考えれば、明らかに圧されているのだが、それでも少しずつ、少しずつ前に進む。

九郎の言葉は、恐らく正しい。
いや、柚明が間違っているだけなのだが、確かにこれは逃げ、でしか無い。
己が、既に桂に必要無い、それどころか、彼女の重荷になってしまう事を恐れて、消えようとしている。
桂を守る事を己に架してしたとはいえ、その必要が無い(と、柚明は思っている)から、消える。
それが間違いとは言わないが、少なくとも今のコレは確実な間違いである。
これでは、誰一人、救われない。
桂は嘆くであろうし、九郎もアルも心に疵を残す。
柚明の、勘違いな自己満足のみが、満たされるだけだ。

『このまま進め九郎よ!
 柚明は桂の身体を避けて力を放射しておる、この位置なら何とかギリギリで間に合う!
 妾が許すから殴るなり何なりして止めるのだ!!』

と、その時、柚明の魔力総量から逆算したアルが九郎に告げる。
多少の停滞が間にあったものの、元より大した距離があった訳では無い。
加えて、柚明が身体の正面に抱えている桂を避けるようにして力を発しているので、柚明の正面方向は、圧力が弱い。
故に、このままなら、間に合う。
後は気絶させるなりして止めて、目を覚ましたら桂に存分に怒られるのがいいだろう。
予断を許さない状況ではあるが、それでも、この馬鹿げた状況は終わる。



……ああ、だが。悲しいかな。
その御手は、決して彼女に届く事は『あり得ない』



「ユメイさん!!」
『な、何なのだ、これは!』

そう、確かに柚明が力を使い果たす前に、九郎は彼女に触れられる地点にまで、到達した。
長いようで短い、十数秒の死闘であったが、兎に角それに勝利したのだ。

ああ、だが、その手が柚明に『触れられない』

彼女が抱いている桂の身体には、触れられるというのに、柚明には、どうしても手が届かないのだ。
と、その時、九郎は柚明の左手に、いつか見た『モノ』が握られているのに、気がついた。
それは、柚明の物とは異なる光を発し、よく見れば柚明の周囲を覆う膜のようなものを生み出している。

「なああ……っ!」
『何だというのだ!この術法は!
 く、構わん九郎!たたっ斬ってしまえ!』

アル・アジフの持つ知識にも存在しない術法。
どのような性質なのか、弾かれるという感覚すら存在せず、ただ『それ以上前に進むことが、出来ない』
アルの言葉を受けて、九郎がバルザイの偃月刀を手に取るが、やはり結果は変わらない。
柚明に怪我を負わせる事を覚悟で、可能な限りの魔力を込めて降り下ろそうと、その光は揺るぎもしない。

『これはまさか……遮断……だと?』

バルザイの偃月刀による攻撃によって、断片的にだがその状況を観測したアルが、信じられん、という声を上げる。
手にしろ刃にしろ、『届かない』のでは無い。
届くという事象、それ自体が存在しないのだ。
柚明の手にしている、鞘の力によって。

『全て遠き理想郷』

その実態は、星と言う概念より生まれた、『星造兵器』
使用者を、異なる空間へと退避させる、究極の護り。
『防御』、では無く、『遮断』
散り行くユメイの命を糧に、機動する守り。
無理な機動故に、莫大な魔力を必要とし、柚明の魔力が尽きれば即座に停止するというものではあるが、この場合はその性質が禍している。
彼女の命が尽きるまで、それが止まる事は無く。
それを止めるには、彼女の命という魔力を止めるしかない。

故に、彼らのその手は届かない。
届く事は、あり得ない。

そう、『その手が異なる空間に届かぬ限りは』決して、届くことはあり得ない。

そう、届かない。
正義の味方の想いであろうと、
最強の魔術書の英知であろうと、届く事など、あり得ない。


『く…………』


アルの心に、諦めが、過ぎる。
最早柚明の命は残り数秒と持つまい。
現在展開可能な全ての術式を検索し、その全てが無意味であると悟る。
いや、元よりどのような術式を用いたとして、あの護りを力ずくで突破することなどできまい。
アルの想像の通りならば、そしてそれが事実である以上、仮にこの場にデモンベインが存在したところで、決して突破出来ない。




……だが、そう、これは?


「ふ、ざ……けんなあああああああああああ!!」


ならば、これはどういうことだろう?



全てを遮断する筈の光を切り裂く『ソレ』は


大十字九郎の右手に握られている『ソレ』は




240:The Missing Moon 投下順 241:忘却→覚醒/喪失(後編)
時系列順
237:THE GAMEM@STER SP(Ⅳ) 大十字九郎
羽藤柚明
羽藤桂
アル・アジフ


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