ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

OVER MASTER (超越) 1

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OVER MASTER (超越) 1 ◆Live4Uyua6



次なる段階。星空の向こうのそのまた向こうを目指す彼と彼女達は遂にその足をかけるべき梯子の元へと辿りつく。

一段一段、確かめながら。二段、三段、七段までと。彼と彼女達は上を目指す。
共に行く仲間と手を取り合い、遠ければ声をかけ、また時には荷を肩代わりし、赤い星を目印にただ天を越えようとただ登る。
舞台の上に立てられた一つの梯子。迷いはないけれど、おっかなびっくり彼と彼女達は手を伸ばし足を踏む。

そんな彼らを地割れの中、谷の底。地獄の暗がりから見上げる者共がいる。
鬼か悪魔か亡者か躯かはたまたそれともまた別のものなのか。無数の瞳が羨ましげに底より見上げる。
騙し賺し裏をかき、妬み嫉み怒りに狂う。煮て煮て煮て煮て、煮て混ぜて、釜の中身を黒く煮詰める。

星を越えよと天に昇る。星を迎えよと獄に篭る。逃げる追う。追われて逃げる、逃げて追う。しかして今はまだ追いつかぬ。




     - ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第三番 「OVER MASTER (超越)」 -




一つと、二つ。そして三つ目の場面は天地を舞台に演じられる。
以前よりも忙しなく、スロウステップよりクイックなターンで、まずは彼らは目の前の塔を登り始める――……


 ・◆・◆・◆・


「はぁ……、ぶるじょわじー……」

古代ギリシアの神殿を支える円柱。それをそのまま巨大化させたかの様なデザインの高級カジノホテル――”Dearly Stars”。
西日に当てられ薄く橙色に染まったその中へと足を踏み入れ、美希や同行する面々は再び感嘆の溜息を漏らした。

目の前には走り出したとしても早々には端へと辿り着けないほどの広さのロビー。
丁寧に研磨され鏡のような光沢を持つモザイクデザインされた大理石の床に、その上を走る落ち着いた赤の絨毯。
四階までを吹き抜けにした高い天井からぶら下げられているシャンデリアは、ここにいる6人が手を回したよりも大きいだろし、
先ほど九条達と別れ那岐達の下へと向かった九郎と碧を乗せていた愕天王の巨体よりもなお大きいかもしれない。

「ここだけで美希のお家よりも何倍も広いですねぇ……」

キョロキョロと見渡せば、黄金の呼び鈴が置かれたカウンターに、意匠の細やかな椅子と机が並んだラウンジが見られる。
その向こう側には小さいながらも――とは言っても街角で見かけるものよりかは立派なギャラリーやライブラリーがあり、
振り返ってみれば、外壁に当たる部分にはめられたクリスタルのような硝子が夕日をキラキラと跳ね返していた。



「むむむ……」

さて上階に上がろうかということになり、エレベータホールへと来たところで美希はまた唸り声を漏らした。
彼女が見つめているのはエレベータの脇にある一枚の案内板だ。
メインの娯楽施設であるカジノはもとより、カフェを兼ねたレストランにバー、屋内プールにフィットネスクラブ等々。
更に、上階には映画館やショッピングモールまであるご様子で、美希としてはもうここまでくると少し呆れてしまっていた。
もっとも、今日明日。場合によればその先もここで寝泊りするわけだから、娯楽や暇つぶしに事欠かないのは正直嬉しいのであるが。

「あら。ここは13階が”ある”のね」

同じく案内板を眺めていたファルの言葉を聞いて美希はふむと首を捻る。
どうやらこのホテルは14階建てであるらしく、だったら13階があるのは当たり前で、ファルが何を問題にしているのか理解できない。

「そうね。”13”は忌み数。
 故にこういったホテルなんかじゃ、13を飛ばして12、14、15などと階数をつけていくのが通例だけど……」

ここを用意した自称幸運の女神はそれを気にしなかったようね。と、補足する九条の言葉を聞いて美希はようやく理解した。
13日の金曜日とか、タロットカードの13は死神とか、そういうもので13が不吉な数字だというのは彼女もなんとなしに知っている。

「とは言え、どうしようかしら……?」

そう言って、九条は年齢からすれば可愛らしい仕草で小首を傾げた。
彼女によれば、最上階より一つ下――つまりは件の13階を拠点として確保しようと予定していたらしい。
同フロア内にある部屋の数や、ミーティングや食事に使う大部屋の有無。その他諸々の条件に合致するのがそこだったということだ、
しかし、実際に来てみたらそのフロアは”13階”だった。勿論、忌み数などは迷信と一蹴すれば問題ないのだが――

「アポロ13は科学が迷信を越えると信じ、あえて忌み数を使って、しかし結果として事故にあったのよね」

――これからロケットに乗ろう。などと考えている身としては、少し以上に縁起のよくない数字なのも確かであった。
しかも、ここは普通に考えたら迷信や作り話でしかない魔法や妖怪が跳梁跋扈する世界である。
くわえて、あのナイアという幸運の女神のいやらしさを考えるならば、どうにもここは無視できないような気もした。

「じゃあ、”ラッキー7”でいきましょう!」

同じ迷信なら明るい方がいい。
そう思って美希は7階を指定し、九条は案内板を少し見た後、特に問題はないだろうとそれを了承しエレベータのボタンを押した。
エレベータの箱が下りてくるまでの少しの時間を彼らはじぃっと待つ。


「ねぇ、なつき。なつきのいたニホンでは7は幸運の数字なの?」
「ん? あぁ、そうだな。七福神とか言うし」

エレベータの扉の上に飾られたプレートの中で数字が一つずつ小さくしてゆく――7、6、5、4――……

「(私が7と聞いて思い浮かぶのはヨハネの黙示録における七つの災いだけど……これは言わない方がいいわね)」
「てけり・り」


そして、ティン♪ ――と、エレベータがベルの音を鳴らして彼女達の前に到着した。


 ・◆・◆・◆・


夕暮れも落ち着き、景色が濃い橙色から薄い紫色になろうという頃合。
薄闇の中に派手な電飾の光を浮かべる歓楽街の中を一頭の怪獣がけたたましい音を立てて疾走していた。
硬いアスファルトの上に蹄の跡を残し、落ち行く陽に背を向けて一路東へと猛進している。

怪獣の名前は愕天王と言い、その背中にはその主である碧と、振り落とされましと彼女にしがみつく九郎の姿があった。
二人だけがなぜ九条達と別れこんなところにいるかというと、もう片方のグループである那岐達と途中合流する為だ。
元より彼らが予定していた博物館での物品回収だが、連絡によると人力だけで持ち出すのにはかなり困難な物があったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが碧のチャイルドである愕天王。彼女の操るこの怪獣であれば例え家ほどの大きさがあるものでも運ぶのは容易い。
だが、運ばなくてはならないので一つだけではないらしい。
なので九郎も彼女に同行することとなり、この後遊園地で那岐達と合流。そこで大型トレーラーを手に入れる算段となっている。

「九郎く~ん。ちょっと触ってるところがきわどくない~?」

愕天王の背中。首元に近い位置で仁王立ちになり、鉾槍を振るって怪獣を操る碧は後ろから腰に腕を回す九郎へと声をかけた。
急ぎということもあって乗り心地を無視した走りではあるが、そのしがみつき方はちょっちオーバーなんでない? と。

「アルちゃんがいるからさー、九郎くんってロリコンなんじゃないかな~って思ってたんけど、
 実はおねーさんみたいなナイスバディの方が好みだったりすのかな? この男の子め。もうもう~♪」
「いやいやいやいや! 違いますってばっ! ――っていうか尻を押し付けないでくださいよ!」

ひとふざけし、大笑いすると碧は大きく鉾槍を振り回した。
呼応して愕天王が象のような足で地面を強く踏みしめ、その巨体を跳躍させ、高い柵を跳び越し、また轟音を立てて着地する。
振り回されていた九郎がやっとのことで顔を見上げると風景は一変しており、そこはまた煌びやかな遊園地の中だった。

「はいはい、もうすぐ那岐くんとの待ち合わせ場所にご到着っと、――――あれは!?」

遊園地内にある飲食店街の一角。何の変哲もないただの喫茶店。その軒先を通り過ぎた時、二人の口からあっと声が零れた。
愕天王は止まらず、喫茶店はどんどん背後に遠ざかってゆく。まるで、その場所を置き去りにしてゆくがごとくに。

「碧ちゃん……」
「うん。わかってる……」

蹂躙され破壊し尽くされたオープンテラス。散乱したテーブルや椅子の間に見えた黒ずんだ赤色は紛れもない死色。
早すぎた希望の星の墜落。リトルバスターズ崩壊の悲劇。この楽しげな風景は二人の心に悔恨の念を浮かび上がらせる。

「あの時は、私も九郎くんも力が足りなかったし、行動も遅かった――」
「――ああ。色々駄目だった。過去に戻れるなら自分をぶん殴りたいぐらいに」

橘平蔵が命を投げ打ち身を挺してまで活路を開いたにも関わらず、碧も九郎も仲間を守ること叶わず地に伏せることとなった。
そして、今も残っているのはなんとか逃げおおせた柚明のみで、ここで、また別の場所で仲間達は皆、全員が命を失ってしまったのだ。
正義を標榜しておきながらのこの体たらく。ここだけでなく、いつどこでだって、正義の味方は遅すぎ、正義は全うされなかった。

「でも、今は――」
「――ああ。振り返っている場合じゃねぇ」

過去を背に愕天王は疾走し、二人はその場よりこの先へとただひた走る。次の出番にはもう遅れまいと、ただひたすらに――……。


 ・◆・◆・◆・


「――ええ、杉浦先生達とは合流できたのね。
 そう。もう近くに……わかったわ。ところで、陣取るフロアについてなのだけど、予定していた――……」

幸運の七階。
無数に並ぶ客室とは違い青白い照明の下に樹脂でできた無機質な机が並ぶ、客を迎え入れる柔和さとは真逆のお堅い雰囲気の大部屋。
所謂、商談や会議などのために使う部屋の中に九条をはじめとする6人は移っていた。

それなりの大きさがあるホテルならばこういう一室が用意されているのも珍しくはない。
宿泊する客には様々な人間が想定される。
富豪であったりビジネスマンであったり、特にここのようなカジノがあるならば金の動き、そこから連なる力の動きもよく見られるだろう。
勝負をするにあたって規則を取り決める場合もあれば、談合の用意をするかもしれないし、敗者を弾劾する場にもなりえる。
なにはともあれ、今ここにいる者達にとってもここは必要不可欠な部屋であった。

部屋の隅では先刻立ち寄った劇場より回収してきたPCの設置作業が進められている。
もっとも、今となってはネットワークに接続するのは危険なだけだし、改めてセットアップするアプリケーションもないのだから大した作業ではない。
携帯電話で九条が那岐達と連絡を取っている傍ら、その娘であり同じく電子機器の扱いに長けたなつきが作業を行っていた。
彼女の後ろには手伝おうとして、しかし結局何もすることがなく指をくわえたままのクリス。
そして同じく手が出せない美希とファル、それとダンセイニはもう少し離れた位置でその作業を見守っている。

「――じゃあ、到着したらまた連絡を頂戴。それじゃあ」

打ち合わせが終わったのだろう。美希が見ている前で九条が携帯電話を折りたたんだ。
そんな姿を見るのは今日だけで何回目だろうか。美希は曖昧な記憶を探り、そして少なくとも十数回はあったようだと思う。
確かに連絡を取り合うことは大切だ。それが密であればなおよいのかもしれない。けど、一つ疑問が浮び――

「簡単な連絡はメールじゃだめなんですか?」

――浮かんだ疑問を美希はそのまま九条にぶつけてみる。
確かに何度も連絡を取り合うのはいいが、フロアの階数が変わったぐらいなら別にメールで知らせるだけでもいいと思ったからだ。
しかし、九条の口からは彼女が思っていた以上に重い答えが返ってきた。

「確かに山辺さんの言うとおりではあるわね。
 けど、この閉じられた狭い世界の中で携帯から発信されたメールを中継するサーバはどこにあると思う?」

問い返され、少し考えて、そして美希はなるほどと相槌を打った。
そう。この箱庭とも舞台ともいうべき狭い世界の中で飛び交う電波を管理しているのは一番地やシアーズといった主催者側なのである。
となれば、他の監視と同じく傍受されているのは勿論。場合によれば偽のメールを送ることも可能なのだ。

「会話にしても絶対安心とは言えないけれども、メールとなるとその真偽は更に曖昧なものになるわ。
 だから、出発する前にメール機能は使わないとそう決めておいたのよ」

なるほどさすがですねぇ。と、美希は再び首を上下させた。
美希としては人の間での立ち回りには多少の自信はあるものの、知識に関してはからきしなので頭のいい人にはただ感心するだけである。
そして、そんなところへ粗方の作業を終えたなつきと彼女の後ろをついてまわるクリスが戻ってきた。

「ママ。PCの立ち上げに問題はなし。プリンタのドライバも入れたから印刷ももうできるよ。
 デジカメとUSBメモリ。それと山辺の持ってたノートパソコンも一応は用意してある。危険かもだからまだ繋いでないけど」

なつきの報告を受けて九条は「よくできたわ」と褒め、娘の頭を優しく撫でた。
母親をママと呼ぶなつきもそうだが、九条にしても親子としての接し方は生き別れとなった頃のままらしく、傍目には微笑ましい。
ともかくとして、頬を紅潮させたなつきと九条は連れ立ってPCの下へと戻り、そこにはハイテクには無知な3人と1体が取り残された。



「はぁ……」

知らずのうちにファルの口から溜息が漏れる。
ありえたかも知れない可能性――別の世界のクリスの存在に自身を否定されたような気がして打ちのめされていた彼女だが、
それとはまた別の問題でも少なからず自身の存在意義や生き方、運命といったものに疑問を持ち、滅入っていた。

「どうしたの?」

声をかけてくるクリスにファルはなんでもないと首を振り、そして再び玖我親子の方を見やる。
彼女が見ているのは親子――ではなく、”未来”だ。
例えば片手の中に収まるほどの大きさしかない線の繋がっていない電話。
ファルがいた世界。その時代では電話と言えば新聞社や駅、市役所などの中に一つでもあればそれは立派なもので、
それをあんな簡単に扱えて、しかも聞けば子供でも持っているなどという話はまさに信じがたいことであった。
しかも電話の中で手紙を送ることもできるらしい。ファルは手紙と言えば郵便局を介して何日も時間をかけるものしか知らない。

それだけでなく、にわかには理解しがたいコンピュータという、もう魔法と同じにしか思えない箱。
図面や絵画を次々と映し出すその前で玖我親子が交わす専門用語はファルの耳には異世界の呪文にしか聞こえない。
ここに来る途中で見られた電飾の輝きは万国博覧会もかくやと言った風だったし、このホテルにしても夢に見たこともないようなものだ。
見たこともない素材でできた机。知っているものよりもはるかに明るい電灯。ここは何もかもが彼女の世界とは違う。

ここに連れられて来て、その結果として別の世界のクリスを知り、ありえたかも知れない別の可能性を知った。
そして今、新たな可能性をも感じ取ってしまっている。別の、到底ありえはしなだろうがしかし考えてしまう、別の時代というもの。
どうして自分はあそこにいて、ああいう風に生きなければいけなかったのか。後悔はなかったはず。なのに、けれど……。

「(……高槻やよい。あなたは幸せそうよね)」

同じ赤貧の歌い手であるやよいのことをファルは思う。
彼女とは生まれ持った境遇も辿る道も目指す先も少し近しいものがある。故に共感を感じないでもないし、何よりあの歌声が好きだ。
しかし、彼女と自分とは明らかに違うとファルは理解している。
それは何に由来するのだろう? 自身を悪い人間だと嘯いてきたが、しかし本当は――……。

「(――いけない。お昼からどうにも悪い風に、自分を否定しようと考えてしまう)」

またやよいと一緒に歌を歌いたい。
確かめたいのか、寂しいのか、なんとなくの気持ちではあったがファルは心の中に痛みを抱えそう思った。


 ・◆・◆・◆・


 海の香り漂うリゾートエリアから雑多な歓楽街へと風景を移し、カジノまではもう目と鼻の距離となった。
 吾妻玲二と深優・グリーア、そしてなによりドクター・ウェストが博物館へと引き返したことにより、
 那岐を筆頭とした東回りグループは全体の女の子率を大幅に上げ、あともう少しの距離を駄弁りながら進んでいた。

「いやぁ、うるさいのがいなくなって清々しましたねぇ」
「うむ。耳と神経の良い休養となるであろう」
「トーニャちゃんもアルちゃんも、そんなに言ったら失礼だよ~」
「そういう桂も、なんだか妙にスカッとした顔してるじゃねーか」
「私は騒がしいの好きですよ! みんなでワイワイするの、楽しいですっ」
「ウェストさんと一対一で話すのは疲れるけど……私もやよいちゃんに同感」

 露骨に晴れ晴れとした表情を浮かべるトーニャ、アル。
 顔どころか声まで抑揚に満ちた桂、プッチャン
 すっかり元気を取り戻したやよい、柚明。

「あっ、でもアルちゃん、本当は九郎さんについていきたかったんじゃないの?」
「にゃ!? にゃにゃにゃにゃにを言うか! 年端も行かぬ小娘が、妾をからかおうなど――」
「わかりやすい反応ですねぇ。少しは秘める努力をしないと、いずれカリスマがブレイクしますよ」
「ふふふ。九郎さんったら、私が出会った頃からアルちゃんのことを気にかけて……」
「おーっと! そういや九郎とアルの詳しい関係ってのを聞いてなかったなぁ」
「うっうー! すごく気になります! パートナー同士さんなんですよね? それってつまり――」

 女子五名と人形一体はすっかり話に花を咲かせ、その足取りはまさに牛歩のごとくだ。
 傍目から見ていても、実に微笑ましい光景である。微笑ましい光景ではある、のだが。
 その、傍目から見る者の立場になって考えてみれば、笑い事で済ませられる問題ではなかった。

(……あれ? 僕、ひょっとしてハブられてる?)

 一人蚊帳の外に置かれていた男子、那岐は微笑の裏で考える。
 さすがにこれは緩みすぎではないか、と。

 那岐、いや『炎凪』が一番地を裏切り参加者側につくに当たって、懸念していたことが一つある。
 それは、自分も含め反抗者たち全員が集団として一つにまとまれるか、という懸念だった。
 今の今まで命の取り合いをしてきた間柄だ。実際に咎を背負っている者もいる以上、そう上手くはいかない。
 たとえば、桂と玲二の関係などは決して良好とは言えないだろう。ウェストなど、玲二に実際に殺されかけてもいる。

 当初の懸念と照らし合わせるならば、目の前で仲睦まじくしている彼女たちの様は、那岐にとっても僥倖だ。
 計画の成功にはなによりもチームの団結力が重要……とはいえ、仲が良すぎるというのも困りものである。
 女の子同士で仲良くおしゃべりをしているだけでは、一番地の打倒も媛星の回避もままならない。

 ゆえに、那岐が求めるのは緊張感なのである。
 合流地点、つまりは新しい拠点を目の前にした、この場面。
 ここは反抗の意を示す者の筆頭として、皆の決意を一新させる必要があった。

「……さあみんな、目的地はもうすぐだ。ここは気持ちを改めて――」
「えーい、だから違うと言うておろうに! 妾と九郎の縁を生娘の尺度で推し量るでない!」
「またまた~。わたし、実はアルちゃんとの仮契約が解けちゃったとき寂しかったんだけどなぁ」
「……長らく人が立ち寄っていなかった場所だからね。なにがあるか――」
「そういえば、アルちゃんはどうして桂ちゃんと仮契約しようと思ったの?」
「大十字さんというものがありながら、桂さんの天然チャームに抗えなかったのでしょう。いやはやまったく」
「……ら、楽観しているけど、一番地側から刺客が送られてくる可能性だって決してゼロでは――」
「はい! 天然ちゃーむ、ってなんですか? なんだかおもしろそうな響きがします!」
「お子ちゃまのやよいには縁のない、魔性の魅力ってやあぁぁっと、そう簡単に俺様を放り捨てられると思うなよ!」
「……あれ、おかしいや。目的地はもうすぐなのに、みんなとの距離はこんなにも遠く感じられるなんて」

 まったく輪に入れない。女三人寄れば姦しいというが、五人寄ると『女子極上(ぱやぱや)』ができあがるのだ。
 出鱈目な漢字の送り仮名にどこかで耳にしたことのある造語を添えて、那岐は乾いた笑いを誰でもなく向けた。

 神崎黎人は強敵である。一番地とシアーズ財団の組織力は脅威である。ナイアが呼んだゲスト陣は得体が知れない。
 現状、星詠みの舞のルールにより一時的な休戦期間を得てはいるが、それとて有限なのだ。
 男子一人のけものにしてワイワイ楽しくお話する程度に団結できたのはまあ良し。
 だからといって、気の緩みすぎはいけない。いけないのだ。

(そうだ、僕は間違っちゃない。間違っちゃいない。間違っちゃいない。よし!)

 三回唱えてから、那岐は再び皆に注意を促そうとして、

「みんな」
「おや、そういえば那岐さんの姿が見えませんねぇ」
「さっきからここにいるよ!」

 言葉は瞬時にツッコミへと書き換えられた。

「ああ、いたんですか。先ほどから存在感が希薄になっていたもので、てっきり那岐さんも博物館に戻ったのかと」
「うむ。前々から思っていたのだが、那岐には協調性が足りん。もう少し、皆と打ち解ける努力をするべきだ」
「うう~、那岐さんもみんなとハイタッチしますか? あれやると調子出るかも!」
「やめとけやよい。教会での一件を忘れたか? こいつならきっと、胸元目掛けてタッチしてくるに違いねぇ!」
「ねぇみんな、僕そろそろ泣いていいかな?」

 裏切り者という立場の都合上、他の皆と必要以上に親しくなることは難しいと考えてきた那岐である。
 とはいえこの疎外されっぷりは酷いんじゃないか、と心の奥底では既に号泣していた。
 風華学園のみんなはもっと接しやすかったのに……と肩を落としていると、

「わたしは……那岐くんがいてくれてよかったと思ってる」

 桂が、真摯な態度で那岐にフォローを入れた。

「わたしと柚明さんがわかり合えたきっかけは、やっぱり那岐くんが話し合いの場所を設けてくれたことだと思うし」
「……それは違うよ。柚明ちゃんの手を取ったのは紛れもなく君。話し合いの場を設けたのだって、ドクターの功績だ」
「ううん、違わないよ。事情はどうあれ、今のわたしたちがこうやっておしゃべりできてるのは、那岐くんのおかげ」

 那岐にとって、彼女たちは媛星を回避するための生贄でしかなかった。
 状況が変わったとはいえ、媛星回避の使命を果たすために、彼女たちの力を頼ろうとしていることは間違いない。
 だからこそ、風華学園のHiMEたちと接してきたときと同じように――後ろめたさから、どこかで壁を作ってしまっていたのだ。

「私が言えた義理じゃないかもしれないけれど……那岐さんはもう、儀式の観測者ではなくみんなと〝いっしょ〟だと思うの」

 壁を作り出したのが那岐ならば、その壁を見破り、取り払おうとしているのが桂と柚明だ。
 柚明は那岐と同じく、皆に対して先ほどまで壁を作っていた。その際に壁を取り払ったのもまた、桂である。
 二人からしてみれば、那岐は少し前までの自分、そして柚明お姉ちゃんと、重なって見えているのだろう。
 後ろめたい気持ちの質は違うが、溶け込めていないという意味では同じ。そう桂と柚明は思っているのだ。

「だから、ね。那岐くんにはこれを」
「これは……」

 桂から手の平大の機械を手渡される那岐。
 余計な装飾のないシンプルなデザインのそれは、中央にボタンを一個だけ置き、那岐の指を誘う。
 これを使って元気出してね、と桂は満面の笑みを浮かべ、那岐もまたそれに応えるのだった。

「……ありがとう」

 珍しくも素直な様を見せ、那岐はボタンを押す。



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 ┗┛           ┗┛       ┗━┛     ┗┛    ┗━┻┛┗━━━━┛┗┻┻┛


 那岐が岡崎最高ボタンを遠投しトーニャがキキーモラでそれをキャッチするというファインプレーを見せた。


 ・◆・◆・◆・


『――これより十一回目の放送を迎える。

 行動範囲が徐々に狭められていく気分はどうかな、諸君?
 死亡者は今回もゼロ……まあ、仲違いでもしない限りは当分ゼロのままだろう。
 その安寧がいつまで続くかは、見ものだがね。
 せいぜい今という時を謳歌するがいいさ。

 さて、禁止エリアだが、

 20:00より、B-3
 22:00より、H-3

 以上だ』


 神崎黎人による十一回目の放送が終わり、那岐は中空に向けてぼやいた。

「君も投げやりになっているのかもしれないけど……こっちは慣れちゃったもんだよ、さすがに十一回目ともなると」

 ちらり、と那岐は相変わらずの女性陣に目をやる。

「おなか減ったね~。そろそろ晩御飯の時間かなぁ」
「どこかで食材が調達できればいいんだけれど……」
「心配するな。カジノのある建物は上階がホテルになっておる」
「ほほう。なら食材は揃っていそうですね。教会の寄宿舎にもありましたし」
「うっうー! それじゃあ、みんなでごはんを作りましょう! 私、はりきっちゃいます!」
「カジノのあるホテルなんて、きっと豪勢なもんが揃ってるんだろうな~」

 まるで聞いちゃいなかった。
 結局、緊張感を欠いたまま女子五人と人形一体の行脚は終わり、合流地点のカジノを目前とした。
 那岐といえば、憮然とした顔つきで集団の最後尾をトボトボ歩くという、『炎凪』時代では考えられない風体である。

「……いや、いいさ。本番でしっかりしてくれれば、それで構わない。みんなやるときはやる子だって、僕はわかってるから」

 なにやら一人呟いているようだったが、他の五人と一体には当然届いていない。
 来るべき決戦のときまで、猶予はまだ二日と少しばかりある。
 気まぐれな賽の目によっては早まる危険性もあるが、今はまだ緩んでいてもいい時期なのだ。
 ここでガミガミ言っても仕様がない。リアリストのアルやトーニャとて、それがわかっているからおしゃべりに興じているのだ。

 ならば――――那岐も、この一時ばかりは炎凪に戻ろう、と。

「そういえば知ってる? 近くにはリゾートビーチもあるんだよ」

 何気なくみんなの輪に加わり、いつもの調子を取り戻して喋る。
 使命感に生きる那岐というよりは、ワイシャツ学生服姿の凪を思わせる飄々とした態度だった。

「あ、知ってる知ってる。アルちゃんも一緒に海を眺めたよね! 綺麗だったなぁ……」
「これから向かうホテルも、大きさを考えるとプールくらいあるでしょうね」
「汝ら、まさか泳ごうなどと考えているわけでは……」
「そういえば、もう何年も泳いでないんだなぁ……」
「そうなんですか? なら、私が柚明さんに合う水着選んであげます!」
「水着かぁ……たしかなつきが持ってた衣装セットにいくつかあったよな」
「お、いいねぇ。麗しき舞姫たちによる水泳大会……これはいろいろと期待できるのかな?」

 長年の封印が解かれ、せっかく自由の身になったのだ。
 那岐としても、気を張り続けるよりはこうやって乙女たちの園に溶け込むほうが随分と気楽である。

(姉上……此度の星詠みの舞はいたく平和です。そう、那岐が姉上に文を綴りたくなるほどに……)

 遠き空へと想いを捧げて、那岐は不在の姉に今の心境を語った。


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