OVER MASTER (超越) 2 ◆Live4Uyua6
・◆・◆・◆・
ひゅんと風を切り、一条の線が蛇の様に天井を這い次の瞬間、虚空に突き刺さりそこにあった何かを破壊した。
「はぁ、人使いの荒い」
やれやれと廊下の真ん中で肩をすくめるのはトーニャで、彼女は伸ばしていたキキーモラを巻き戻すと自身が破壊した物を見た。
天井から落ちて床の上でその残骸をさらすのは一見すれば監視カメラで、また正しく監視の為のカメラであった。
しかし、今さっきまで”見えていなかった”という事実が示すとおり、これはただの監視カメラではない。
天井から落ちて床の上でその残骸をさらすのは一見すれば監視カメラで、また正しく監視の為のカメラであった。
しかし、今さっきまで”見えていなかった”という事実が示すとおり、これはただの監視カメラではない。
「さて、次はこのあたりですか?」
トーニャは手に持つ見取り図を一見し、印が打たれた場所に再びキキーモラを走らせる。
甲高い風きり音が鳴り、また先ほどと同じく虚空から破壊された監視カメラが床の上へと落ちてきた。
それは、この仕事をトーニャに押し付けた九条が言うには、一番地の術者が目隠しの鬼道を施した”隠し監視カメラ”ということらしい。
甲高い風きり音が鳴り、また先ほどと同じく虚空から破壊された監視カメラが床の上へと落ちてきた。
それは、この仕事をトーニャに押し付けた九条が言うには、一番地の術者が目隠しの鬼道を施した”隠し監視カメラ”ということらしい。
「科学技術と道術の合わせ技ですか、種が割れりゃあたいしたもんではもんではありませんけど……」
再び見取り図に目をやってトーニャは溜息をつく。
鬼道の術を用い参加者に気づかれないよう監視カメラを設置する。なるほどそれは合理的かつ確実な方法だろうと思う。
だがしかし、それを実現する為にはできるだけ死角が生まれないよう無数の監視カメラを準備する必要がある。
それを取り付ける作業も、そこにひとつひとつ術を施す作業も気が遠くなるようなものだったというのは容易に想像できることだ。
そして、一番地とシアーズ財団の職員達は殺し合いが始まる2週間前から昼夜を問わずろくな休みもなく働き、それを成し遂げたらしい。
鬼道の術を用い参加者に気づかれないよう監視カメラを設置する。なるほどそれは合理的かつ確実な方法だろうと思う。
だがしかし、それを実現する為にはできるだけ死角が生まれないよう無数の監視カメラを準備する必要がある。
それを取り付ける作業も、そこにひとつひとつ術を施す作業も気が遠くなるようなものだったというのは容易に想像できることだ。
そして、一番地とシアーズ財団の職員達は殺し合いが始まる2週間前から昼夜を問わずろくな休みもなく働き、それを成し遂げたらしい。
「どれだけお給金がよいのか知りませんが、敵ながらあっぱれ、賞賛を送るに惜しみはしないでしょうよ」
しかし、トーニャは無給なのだ。
もちろん、陣地を構えるにあたって敵方の監視装置が残っているなどとは話にならないので、働かなければならないのは理解できる。
最終的にこの世界より脱出し元の世界に帰ることこそが掛け替えのない報酬ならば、誰に文句を言う筋合いもないだろう。
だがしかし、ただの1フロア分だけと言っても相当な数。うんざりとし、溜息を吐くぐらいならば罰も当たらないのではないだろうか?
もちろん、陣地を構えるにあたって敵方の監視装置が残っているなどとは話にならないので、働かなければならないのは理解できる。
最終的にこの世界より脱出し元の世界に帰ることこそが掛け替えのない報酬ならば、誰に文句を言う筋合いもないだろう。
だがしかし、ただの1フロア分だけと言っても相当な数。うんざりとし、溜息を吐くぐらいならば罰も当たらないのではないだろうか?
「怠け者のトーニャスキーなどとあだ名されても不愉快ですし、働きますか。ええ、地味な仕事は得意ですとも」
三度、風切り音が響き、そしてまた一つ隠されていた監視カメラが床の上に落ちた。
「――調子はどうかしら?」
エレベータホールから始まり、廊下を縫うように進み、そして反対側にある小ラウンジまでやって来た所でトーニャは声をかけられた。
振り返れば、彼女と同じく監視カメラ潰しに従事していた九条の姿がある。
ひとつ嫌みでも発してみるかと思ったが、誰より働いているのが彼女だけに自らを貶めるだけとトーニャは自重した。
振り返れば、彼女と同じく監視カメラ潰しに従事していた九条の姿がある。
ひとつ嫌みでも発してみるかと思ったが、誰より働いているのが彼女だけに自らを貶めるだけとトーニャは自重した。
「ええ、廊下に関しては粗方。そちらも予定通りなら合同で使う部分に関してはもうこれでおわりですよね。
後は個室ですが……これは使う部屋だけ対処すればいいでしょう。全室に手を回していてはいくら時間があっても足りません」
後は個室ですが……これは使う部屋だけ対処すればいいでしょう。全室に手を回していてはいくら時間があっても足りません」
言いながら二人は手にした見取り図を交換し、それぞれがどれだけの隠し監視カメラを無効化したか確認する。
ほどなくして九条はうんと頷いた。
見立て通りにトーニャがよい仕事をしてくれたということで、それを見てトーニャも薄い胸の中で自尊心を小さく満足させる。
ほどなくして九条はうんと頷いた。
見立て通りにトーニャがよい仕事をしてくれたということで、それを見てトーニャも薄い胸の中で自尊心を小さく満足させる。
「そうそう、忘れていたけどこれを首輪の喉元に貼っておいて」
何かを思い出したのか、そう言って九条はポケットから一片の絆創膏の様なものを取り出し、トーニャへと手渡した。
受け取ったトーニャはそれをしげしげと観察する。
見た目にはただのシールにしか見えない。例えるならやはり絆創膏と言うのが一番近いだろう。何の変哲もないものだ。
となれば、その意味を推測するには使用方法から考えればいい。この場合は”首輪の喉元に貼る”――となれば答えは一つだ。
受け取ったトーニャはそれをしげしげと観察する。
見た目にはただのシールにしか見えない。例えるならやはり絆創膏と言うのが一番近いだろう。何の変哲もないものだ。
となれば、その意味を推測するには使用方法から考えればいい。この場合は”首輪の喉元に貼る”――となれば答えは一つだ。
「これが、あの例の首輪についたカメラを塞ぐための電磁遮断シールですか……?」
トーニャの言葉に九条はええと頷く。
二人は先ほどまで隠されていた監視カメラを破壊していたが、彼らを監視するカメラはそれだけではなかった。
奇しくもこのホテルの直下にあるカジノで棗恭介が看過した通り、首輪の中にもそれは存在するのだ。
だとするならば、片方の監視装置しか無効化しないのでは片手落ちというものだろう。これは完璧でなくては意味を成さない。
二人は先ほどまで隠されていた監視カメラを破壊していたが、彼らを監視するカメラはそれだけではなかった。
奇しくもこのホテルの直下にあるカジノで棗恭介が看過した通り、首輪の中にもそれは存在するのだ。
だとするならば、片方の監視装置しか無効化しないのでは片手落ちというものだろう。これは完璧でなくては意味を成さない。
そこで用意されていたのが、首輪の作成者である九条がハッキング用PCと同じようにひっそりと隠しておいたこのシールである。
一見ただの絆創膏ではあるが、中には複数種の電磁波吸収メッシュが重ねられており、あらゆる光学的観測を妨害する優れもの。
唯一、別系統の仕組みである盗聴機能に関しては対処できないが、これも専用のジャミング装置の設計図は予め用意されており、
後はドクター・ウェストが到着したならば彼に製作を依頼するだけで、心配はない。
また九条の管轄外ではあるが、一番地の術士による遠見と呼ばれる遠隔視に対しては那岐が簡易の対抗結界を張ってくれるということだ。
一見ただの絆創膏ではあるが、中には複数種の電磁波吸収メッシュが重ねられており、あらゆる光学的観測を妨害する優れもの。
唯一、別系統の仕組みである盗聴機能に関しては対処できないが、これも専用のジャミング装置の設計図は予め用意されており、
後はドクター・ウェストが到着したならば彼に製作を依頼するだけで、心配はない。
また九条の管轄外ではあるが、一番地の術士による遠見と呼ばれる遠隔視に対しては那岐が簡易の対抗結界を張ってくれるということだ。
「なるほど、これでようやくカメラを意識して顔をキリっとしていなくともよいわけですか。にしても――」
二重三重に監視の網を重ねてくるとは主催側も中々ご苦労さまで。と、言ったところでトーニャの肩ががしと掴まれた。
誰が? と、問うまでもない。さっきから目の前にいて、彼女からしてみれば特に興味のない知識をつらつらと流している九条である。
この時、トーニャは九条の瞳にある危険な輝きを見てしまった。
そう、彼女がよく知るあのマッドサイエンティストを同じ、科学馬鹿が持つ”よくぞ聞いてくれました(←聞いてない)”という光を……。
誰が? と、問うまでもない。さっきから目の前にいて、彼女からしてみれば特に興味のない知識をつらつらと流している九条である。
この時、トーニャは九条の瞳にある危険な輝きを見てしまった。
そう、彼女がよく知るあのマッドサイエンティストを同じ、科学馬鹿が持つ”よくぞ聞いてくれました(←聞いてない)”という光を……。
「当初、会場中に設置された監視カメラと首輪の中に潜ませてあった監視カメラとはなんの連携もなかったの。
それぞれ個別に機能していても十分に監視には足りると考えられていたからよ。
けど、実際にシミュレートを行った結果。それは大きな間違いだということがわかったわ。
どこがというとそれは首輪についたカメラ。
汚れや影、衝撃などに関しては想定していたから特に問題はなかったのだけど、問題はカメラの向きだったのよね。
首輪にカメラを内臓する案は有限である通常の監視カメラから死角を無くす為の苦肉の策でもあったわけなのだけど、
しかし実際に搭載してみたら、その人間の視線と首輪のカメラの向きは一致してなくて
……いえ、それは解っていたのだけれども、想像以上に首輪から得られる画像に意味がなかったのよ。
それでまた首輪が私の元に戻ってきた。
まぁ、確かに首輪の作成者は私よ。
けれども、そもそも首輪の中に監視カメラをはじめとする測定器を搭載しろと言ってきたのはシアーズの技研であって――……」
それぞれ個別に機能していても十分に監視には足りると考えられていたからよ。
けど、実際にシミュレートを行った結果。それは大きな間違いだということがわかったわ。
どこがというとそれは首輪についたカメラ。
汚れや影、衝撃などに関しては想定していたから特に問題はなかったのだけど、問題はカメラの向きだったのよね。
首輪にカメラを内臓する案は有限である通常の監視カメラから死角を無くす為の苦肉の策でもあったわけなのだけど、
しかし実際に搭載してみたら、その人間の視線と首輪のカメラの向きは一致してなくて
……いえ、それは解っていたのだけれども、想像以上に首輪から得られる画像に意味がなかったのよ。
それでまた首輪が私の元に戻ってきた。
まぁ、確かに首輪の作成者は私よ。
けれども、そもそも首輪の中に監視カメラをはじめとする測定器を搭載しろと言ってきたのはシアーズの技研であって――……」
(以下、九条さんのパーフェクト首輪作成教室は省略されました……全てを読むには”ここ”を押してください)
止まらない解説が始まってから時計の針が一周した頃だろうか、辟易するトーニャを救ったのは鳴り響いた携帯電話のコール音だった。
どうやらようやく博物館に戻った連中が帰ってきてくれたらしい。
その中には目の前の九条と同じく、いやなお酷い科学キチ○イのドクター・ウェストもいるにはいるが、
しかしこの場から解放してくれるならばなんでもいいだろう。と、トーニャは九条を促しエレベータホールへと引き返した。
どうやらようやく博物館に戻った連中が帰ってきてくれたらしい。
その中には目の前の九条と同じく、いやなお酷い科学キチ○イのドクター・ウェストもいるにはいるが、
しかしこの場から解放してくれるならばなんでもいいだろう。と、トーニャは九条を促しエレベータホールへと引き返した。
ぐったりと肩を落とし、科学者相手にはいらぬ”Q”は送るまいぞと、そんな決心を新たにして――。
・◆・◆・◆・
「ふぇー……こんなに大きな厨房、美希は初めて見ました!」
「うっうー、私の家より広いですー」
「ああ何たるブルジョワジーブルジョワジー! 美希達はこんなに苦労していると言うのに……ぜいたくは敵だーっ」
「三食毎日もやし炒めで十分ですっ、ぜいたくは敵だーっ!」
「うっうー、私の家より広いですー」
「ああ何たるブルジョワジーブルジョワジー! 美希達はこんなに苦労していると言うのに……ぜいたくは敵だーっ」
「三食毎日もやし炒めで十分ですっ、ぜいたくは敵だーっ!」
新しき拠点、そして全てを終わらすための最後の地で彼女達は目の前に広がる光景に目を奪われる。
外観もさることながら内装も超一流、ならば当然そこに宿泊する客に食事を出す厨房も一級品。
見たこともない調理器具に目を輝かす少女達。
外観もさることながら内装も超一流、ならば当然そこに宿泊する客に食事を出す厨房も一級品。
見たこともない調理器具に目を輝かす少女達。
「この道具使い方がわかりませんっ! もやし炒めには不要だと思いますっ!」
「わぁ……冷蔵庫の中にも一杯だよ、柚明お姉ちゃん」
「そうね、これだけあれば当分の間は持ちそうね」
「わぁ……冷蔵庫の中にも一杯だよ、柚明お姉ちゃん」
「そうね、これだけあれば当分の間は持ちそうね」
家庭用の物を遥かに凌ぐ大きさの冷蔵庫。
中には色取り取りの食材がたっぷりと収められている。
篭城の際、兵糧の心配はまったく必要なさそうだった。
中には色取り取りの食材がたっぷりと収められている。
篭城の際、兵糧の心配はまったく必要なさそうだった。
「うー……これだけたくさん食材があるのにもやしだけありません……」
なぜかもやしが無いことに肩を落とすやよい。
「さすがにこんな綺麗なホテルまで来てもやしばかり食べるのはどうかと思うけど」
「ファルさんっ! もやしをバカにしてはいけませんっ。もやしは安くてその上栄養価も高くそれに……」
「ファルさんっ! もやしをバカにしてはいけませんっ。もやしは安くてその上栄養価も高くそれに……」
やぶ蛇だったとファルは後悔する。
その後たっぷりともやしの素晴らしさについて語られるはめになってしまうのだった。
その後たっぷりともやしの素晴らしさについて語られるはめになってしまうのだった。
「まったく……皆浮かれおって……」
と、頭を悩ませるアル。
そんなアルに笑顔で語りかける那岐の姿があった。
そんなアルに笑顔で語りかける那岐の姿があった。
「まあまあアルちゃん。ようやく気の休める場所を確保できたんだし、ちょっとは破目外してもいいんじゃないのぉ?」
「我らは修学旅行に来たのではないのだぞ……生きるか死ぬか、常にその瀬戸際に立たされているのだ」
「ま、僕としては―――」
「我らは修学旅行に来たのではないのだぞ……生きるか死ぬか、常にその瀬戸際に立たされているのだ」
「ま、僕としては―――」
那岐はにんまりと笑みを浮かべはしゃぐ少女達を見回す。
「こんなかわいい美少女に囲まれてウッハウハの状態なんだよね~♪」
「汝という奴は……年長者の我らが若者を導いてやらねばならんのだぞ! なのに汝ときたら……」
「うっわーその台詞すっごく年寄り臭い。最近喋り方だけじゃなく中身までババ臭くなってない?」
「何がババ臭いだこの痴れ者が! この口調は地だッ! それを言うなら汝こそ妾以上に時を生きてるのにその軽さは何だ!」
「それこそ僕の地だもーん。じゃあアルちゃん、僕より年下なら年下らしく可愛らしく振舞ってもらいたいねっ」
「何、だと……?」
「まず口調だね。そんな大仰な喋り方じゃなしにもっと普通の女の子っぽく話してみてよ」
「な、なぜ妾がそのような口調をせねばならぬのだ……」
「九郎君もきっと喜ぶんじゃないかな~」
「なっ……なぜそこで九郎の名が出るっ!?」
「普段とイメージを変えて男のハートをガッチリ掴むのさっ! これぞギャップ萌えというやつ?」
「う、うぐ……」
「汝という奴は……年長者の我らが若者を導いてやらねばならんのだぞ! なのに汝ときたら……」
「うっわーその台詞すっごく年寄り臭い。最近喋り方だけじゃなく中身までババ臭くなってない?」
「何がババ臭いだこの痴れ者が! この口調は地だッ! それを言うなら汝こそ妾以上に時を生きてるのにその軽さは何だ!」
「それこそ僕の地だもーん。じゃあアルちゃん、僕より年下なら年下らしく可愛らしく振舞ってもらいたいねっ」
「何、だと……?」
「まず口調だね。そんな大仰な喋り方じゃなしにもっと普通の女の子っぽく話してみてよ」
「な、なぜ妾がそのような口調をせねばならぬのだ……」
「九郎君もきっと喜ぶんじゃないかな~」
「なっ……なぜそこで九郎の名が出るっ!?」
「普段とイメージを変えて男のハートをガッチリ掴むのさっ! これぞギャップ萌えというやつ?」
「う、うぐ……」
そうこうしてうちに厨房を一通り見終わった桂がぱたぱたと足音を立ててやってくる。
那岐はチャンスとばかりにアルにアイコンタクトを取った。
那岐はチャンスとばかりにアルにアイコンタクトを取った。
「(さっ、まずは桂ちゃん相手に練習してみようか。年頃の女の子っぽくねっ)」
「(だからっなぜ妾が!)」
「(だからっなぜ妾が!)」
「アルちゃん。今日の晩ごはん何が食べたい?」
「(おい那岐! 本当にやるのか?)」
「(もちろん☆)」
「(おい那岐! 本当にやるのか?)」
「(もちろん☆)」
「―――わら……あたしは何でもよい……いいよ。みんなと同じで大丈夫だから」
「…………………………」
「…………………………」
空気が凍りついた。
桂の表情がありえない物を見てしまったと言わんばかりに固まる。
桂の表情がありえない物を見てしまったと言わんばかりに固まる。
「ど、どうしたの桂。へ、ヘンな顔して……あ、あたしの顔に何かついてるかな?」
「…………………………」
「…………………………」
固まった表情だった桂の目に涙が浮かび上がっている。
今にも泣きそうな、そんな顔だった。
今にも泣きそうな、そんな顔だった。
「ごめんね……アルちゃん。わたし迷惑ばかりかけて……うぐっ……」
「ちょっ……違う、桂は何も……というか那岐ィィィィィィィッ!」
「あーあアルちゃんなーかしたなーかした~」
「ちょっ……違う、桂は何も……というか那岐ィィィィィィィッ!」
「あーあアルちゃんなーかしたなーかした~」
「誤解だ桂! 妾は決してそんなつもりでは……! 誤解だぁぁぁぁぁぁぁあ!」
・◆・◆・◆・
「……いったい向こうは何やってるのかしら」
「桂ちゃん……?」
「ま、そんなことより夕食の献立ね。大概の食材は確保されてるけど……」
「桂ちゃん……?」
「ま、そんなことより夕食の献立ね。大概の食材は確保されてるけど……」
桂をなだめるアルを尻目にファル達は夕食の準備に取り掛かる。
が、これだけの整った設備に色とりどりの食材。
何を作るべきか逆に迷ってしまう。
が、これだけの整った設備に色とりどりの食材。
何を作るべきか逆に迷ってしまう。
「もやし……」
「ってやよい……まだもやしに未練あるのかよ……」
「カレーに麻婆丼と来たから……うーん……」
「ってやよい……まだもやしに未練あるのかよ……」
「カレーに麻婆丼と来たから……うーん……」
18人分と大量に調理する必要がある以上、あまり手の込んだ物は作りにくい。
やはりご飯もので攻めるべきかと頭を悩ますファル。
やはりご飯もので攻めるべきかと頭を悩ますファル。
「美希、ファルさんの故郷の食べ物が食べたいですっ! 確かイタリアでしたっけ?」
「そうね……ならリゾットと……生物から先に使いたいから魚を使ったマリネでも作りましょうか」
「イタ飯の定番、リゾットですねっ! 美希も大好物です!」
「そうね……ならリゾットと……生物から先に使いたいから魚を使ったマリネでも作りましょうか」
「イタ飯の定番、リゾットですねっ! 美希も大好物です!」
こうして今日の夕食の献立が決定した。
『きのこと鶏肉のチーズリゾット』と『野菜たっぷりサーモンマリネ』である。
『きのこと鶏肉のチーズリゾット』と『野菜たっぷりサーモンマリネ』である。
・◆・◆・◆・
献立が決定しさっそく夕食の準備に取り掛かる少女たち。
大きな鍋にオリーブオイルを引き、玉ねぎとニンニクのみじん切り、しめじと刻んだ鶏肉を炒めていく。
十分に香りが立つまで焼き色が付いたら米を洗わずに鍋に入れ、さらにワインを加え炒める。
大きな鍋にオリーブオイルを引き、玉ねぎとニンニクのみじん切り、しめじと刻んだ鶏肉を炒めていく。
十分に香りが立つまで焼き色が付いたら米を洗わずに鍋に入れ、さらにワインを加え炒める。
「うっうー、さっそくいい匂いが立ち込めてきました……」
「こうしてみたらなかなか本格的だな、こいつはうまそうだぜ」
「米が透明になったらチキンブイヨンを入れるのよ」
「こうしてみたらなかなか本格的だな、こいつはうまそうだぜ」
「米が透明になったらチキンブイヨンを入れるのよ」
「なんというかー、ファルさんノリノリですねっ! すっかり場に馴染んでると美希は思うのですよ、ハイ」
「べ、別にそんなつもりじゃあないわよ、こうしたほうが私にとってもつ、都合がいいからじゃない」
「おおっと、腹黒キャラとは思えないツンデレ発言入りました~~~」
「そういう美希さんだって私と似たような人間じゃない……」
「はい! でも美希はこの場をしっかり楽しみますっ!」
「べ、別にそんなつもりじゃあないわよ、こうしたほうが私にとってもつ、都合がいいからじゃない」
「おおっと、腹黒キャラとは思えないツンデレ発言入りました~~~」
「そういう美希さんだって私と似たような人間じゃない……」
「はい! でも美希はこの場をしっかり楽しみますっ!」
苦笑するファル。
今まで考えもしなかった光景が目の前に広がっている。
楽しくみんなと料理を作る。こういうのも悪くない、と。
今まで考えもしなかった光景が目の前に広がっている。
楽しくみんなと料理を作る。こういうのも悪くない、と。
「う~玉ねぎが目にしみるよ……」
「桂ちゃん代わる?」
「大丈夫だよっ、わたしだって料理ぐらいはできるもんっ!」
「ならいいけど……手元には気をつけてね」
「桂ちゃん代わる?」
「大丈夫だよっ、わたしだって料理ぐらいはできるもんっ!」
「ならいいけど……手元には気をつけてね」
一方こちらはマリネを作る桂たち。
オリーブオイルとビネガーを混ぜたマリネ液にスライスしたサーモンを漬け込む傍らで、
レタスやトマトや玉ねぎを食べやすくスライスしてゆく。
オリーブオイルとビネガーを混ぜたマリネ液にスライスしたサーモンを漬け込む傍らで、
レタスやトマトや玉ねぎを食べやすくスライスしてゆく。
「ところで……アルちゃん、さっきのことだけど……」
「桂……頼む、何も言うな……アレは忘れろ……」
「桂……頼む、何も言うな……アレは忘れろ……」
心底凹んだ表情のアル。
かの一件はアルにとって封印してしまいたい忌まわしき出来事になってしまったようだ。
かの一件はアルにとって封印してしまいたい忌まわしき出来事になってしまったようだ。
「あっ……!」
「桂ちゃん?」
「あはは、指……切っちゃった」
「桂ちゃん?」
「あはは、指……切っちゃった」
苦笑いしながら切った人差し指を柚明に見せる。
かなり深く切ってしまったようで赤い血がどくどくと流れ出していた。
かなり深く切ってしまったようで赤い血がどくどくと流れ出していた。
「大丈夫大丈夫、すぐ治るよ」
この程度の傷、今の桂なら10分とかからず完治してしまう。
適当に血を拭いてしまえばいいのだが……
適当に血を拭いてしまえばいいのだが……
「……………」
「……………」
「……………」
もじもじと落ち着きのない仕草の柚明とアル。
二人とも顔が赤く、酩酊したように目がとろんとしている。
うっとりと、花の蜜に引かれる蝶のように二人の視線が指から流れ出る血に注がれていた。
二人とも顔が赤く、酩酊したように目がとろんとしている。
うっとりと、花の蜜に引かれる蝶のように二人の視線が指から流れ出る血に注がれていた。
「あはは……えっと、わたしの血なめる?」
こくこくと首を縦にふる柚明とアル。
だが二人分が舐めるには量が足りなさすぎた。
だが二人分が舐めるには量が足りなさすぎた。
「のう柚明よ。年長者は敬わねばらならんよのう?」
「あらあら……十分な力を持った魔導書は桂ちゃんの血を飲むまでもないはず。ここは未熟者の私が……」
「あらあら……十分な力を持った魔導書は桂ちゃんの血を飲むまでもないはず。ここは未熟者の私が……」
バチバチと火花を散らしているのが目に見える。
どちらかを肩入れするわけにもいかずおろおろしながら見守る桂。
と、その時だった。
どちらかを肩入れするわけにもいかずおろおろしながら見守る桂。
と、その時だった。
「ちょっと待ったぁ二人とも! 僕を忘れちゃ困るねえ……」
柚明とアルの前に現れる那岐。
二人は怪訝な表情で那岐を見つめる。
二人は怪訝な表情で那岐を見つめる。
「なんだ那岐? 我らは忙しいのだ。話なら後にしてもらおう」
「だからー、僕も桂ちゃんの血をなめたいなーって」
「「はぁ?」」
「だからー、僕も桂ちゃんの血をなめたいなーって」
「「はぁ?」」
思わず声がハモる柚明とアル。
那岐は相変わらず飄々とした態度のまま。
那岐は相変わらず飄々とした態度のまま。
「だって僕も人じゃなく鬼・妖怪の類だしー、贄の血の恩恵は十分受けられるんだよねっ」
「ならん! ならんぞ那岐! 汝が桂のゆ、指を舐めるなど決して……!」
「そうです! あなたが桂ちゃんの指をな、なめるなんて……はぅ」
「あれー? 男女差別は良くないよ~」
「ならん! ならんぞ那岐! 汝が桂のゆ、指を舐めるなど決して……!」
「そうです! あなたが桂ちゃんの指をな、なめるなんて……はぅ」
「あれー? 男女差別は良くないよ~」
桂の血を巡って争う者にさらに一名が加わり、事態はさらに混迷を窮する。
そんな三人が膠着した状態を続けていた時、一人の人間が現れた。
そんな三人が膠着した状態を続けていた時、一人の人間が現れた。
「妙に騒がしいと思ったら……一体あなたたちは何をやっているの?」
「あ、ファルさん……」
「リゾットのほうは順調だからこちらを見に来たんだけど……」
「えっとわたしが包丁で指を切っちゃって……」
「あ、ファルさん……」
「リゾットのほうは順調だからこちらを見に来たんだけど……」
「えっとわたしが包丁で指を切っちゃって……」
そう言ってファルの指を見せる桂。
先ほどよりは血は止まりつつあるものの今だ流れ出し、床に小さく赤黒い斑点を作っていた。
先ほどよりは血は止まりつつあるものの今だ流れ出し、床に小さく赤黒い斑点を作っていた。
「すぐに治るから拭いて絆創膏貼ればいいんだけど……ほら、わたしの血って特殊だから」
「ああ、なるほど……それを誰がなめるかで揉めてたというわけね」
「ああ、なるほど……それを誰がなめるかで揉めてたというわけね」
ファルは桂の血を狙う三人を一瞥すると、再び桂に視線を戻す。
「贄の血、ね……私から見ればただの血だけど……本当にすごいものなの?」
「当然よ、最高位の魔導書たる妾ですらその血の色香に惑うのだ。人ならざる物とって極上の美酒と言っても過言ではない」
「ふぅん……とてもそうは見えないけど……」
「当然よ、最高位の魔導書たる妾ですらその血の色香に惑うのだ。人ならざる物とって極上の美酒と言っても過言ではない」
「ふぅん……とてもそうは見えないけど……」
ファルは眼前に差し出された指をしげしげと見つめる。
指を伝いぽたりと滴り落ちる赤い血が視界に映る。
ファルは桂の手を取り―――
指を伝いぽたりと滴り落ちる赤い血が視界に映る。
ファルは桂の手を取り―――
「あ―――」
桂が小さく声を上げた。
指先に絡みつく温かい粘膜の感触。
こそばゆい感覚に桂は身をよじらせる。
指先に絡みつく温かい粘膜の感触。
こそばゆい感覚に桂は身をよじらせる。
「あのっ……ファルさんがなめても……んん……っ」
ちゅぱちゅぱと音を立ててファルの舌が指に絡みつく。
つるっしたようなざらっとしたような何とも言えない感触が指先をやさしく撫でる。
指を流れる血を舐め取るだけにとどまらず、さらに血液を求めようと開いた傷口の奥まで舌を滑り込ませていった。
傷口に舌が触れる痛みで思わず指を抜こうとした桂だったが、ファルの口はがっちりと指を咥え込んだまま放さない。
つるっしたようなざらっとしたような何とも言えない感触が指先をやさしく撫でる。
指を流れる血を舐め取るだけにとどまらず、さらに血液を求めようと開いた傷口の奥まで舌を滑り込ませていった。
傷口に舌が触れる痛みで思わず指を抜こうとした桂だったが、ファルの口はがっちりと指を咥え込んだまま放さない。
「やっ……ちょっと強く吸い、すぎっ……い、たいっ……よぉ……」
ファルは上目遣いで桂をちらりと見てにやりと哂う。
ただ血の流れる指を舐めるという行為なのに、ファルの仕草はひどく妖艶で背徳的な淫らさを醸し出していた。
ただ血の流れる指を舐めるという行為なのに、ファルの仕草はひどく妖艶で背徳的な淫らさを醸し出していた。
やがてファルは指からゆっくりと口を離す。
指からねっとりと唾液が糸を引きファルの舌とブリッジを作っていた。
ファルは口元に付いた唾液を拭うと笑顔で言った。
指からねっとりと唾液が糸を引きファルの舌とブリッジを作っていた。
ファルは口元に付いた唾液を拭うと笑顔で言った。
「ふぅ……ごちそうさま。でも、やっぱり私にとっては普通の鉄臭いただの血だったわ」
しゃあしゃあと言い放つファル、その視線はなぜかアルと柚明に向けられている。
悔しそうな表情のアル。
目の前の行為に顔を赤らめうつむく柚明。
那岐だけは妙に嬉しそうだった。
悔しそうな表情のアル。
目の前の行為に顔を赤らめうつむく柚明。
那岐だけは妙に嬉しそうだった。
「おのれ……ただの人間風情が桂の貴重な血を……」
「はぅ……」
「はぅ……」
してやったりとにやりと笑うファルだった。
「いやいや良い物見せて貰ったよー眼福眼福。今度は僕の指もなめて欲しいな……こう、ちゅぱちゅぱーと♪」
「あら、指以外の所もなめてあげてもいいのよ? あなたが満足するまで、ね。くすくす……」
「あら、指以外の所もなめてあげてもいいのよ? あなたが満足するまで、ね。くすくす……」
そうファルが言うと那岐は軽く肩をすくめる仕草で言った。
「あはは、遠慮しておくよ。ファルちゃんの口づかいにかかったら枯れるまで搾り取られそうだもんね」
「それは残念ね、うふふっ」
「ってさりげなく下ネタ会話してるでないわっ!」
「ねぇ、今のどういう意味? アルちゃん」
「桂は知らなくてもよいのだ……!」
「それは残念ね、うふふっ」
「ってさりげなく下ネタ会話してるでないわっ!」
「ねぇ、今のどういう意味? アルちゃん」
「桂は知らなくてもよいのだ……!」
「ファルさんが……那岐さんの……ドキドキ」
なぜか一人良からぬ妄想にふける柚明だった。
・◆・◆・◆・
「うっうー、もうすぐリゾットの完成ですよー」
「おう、仕上げの生クリームを入れるのを忘れんなよ」
「はい、わかりましたー」
「こちらの首尾は上々……って美希、何ぼーっと突っ立ってるんだよ……」
「おう、仕上げの生クリームを入れるのを忘れんなよ」
「はい、わかりましたー」
「こちらの首尾は上々……って美希、何ぼーっと突っ立ってるんだよ……」
と、プッチャンは明後日の方角を向いて立ち尽くしてる美希に向かって言った。
美希ははっとした表情でプッチャンに向き直る。
美希ははっとした表情でプッチャンに向き直る。
「はい! 美希は女の子同士の背徳的な行為に驚愕しつつも興味津々でしたっ」
「はぁ? 何言ってるんだお前……」
「少しだけ憧れちゃいますね~。あっそうだやよいさん!」
「何ですか美希さん?」
「はぁ? 何言ってるんだお前……」
「少しだけ憧れちゃいますね~。あっそうだやよいさん!」
「何ですか美希さん?」
「桂さん達に倣って、美希たちもパヤパヤしてみたいと思うのです!」
「……あの、ぱやぱやって何ですか?」
「やよい、お前が知る必要ねえ……てかアホなこと言ってんじゃねえよ!」
「えへっ☆」
「やよい、お前が知る必要ねえ……てかアホなこと言ってんじゃねえよ!」
「えへっ☆」
こうして乙女たちの夕食作りはつつがなく進行してゆくのだった。
・◆・◆・◆・
「乗り物集まれ♪ (HEY! COMEON!) 色んな車~♪ (OH! YEH!) DON☆DON☆ 出て来い働く車~♪」
九条とトーニャが揃ってエレベータからロビーに出ると、上品で静かな雰囲気をもっていたはずのそこは混沌の坩堝と化していた。
何故、どうして――などと問うまでもない。
原因は明らかで、それは彼女達の目の前でロックと言う名の奇声を上げているドクター・ウェストと彼が持ち帰ったもののせいだ。
何故、どうして――などと問うまでもない。
原因は明らかで、それは彼女達の目の前でロックと言う名の奇声を上げているドクター・ウェストと彼が持ち帰ったもののせいだ。
「オゥ、シィ――ット!
それは我輩のセンシブルなハート並に繊細なパーツなのである。もっと丁寧に運べい! 天地無用! 天地無YO!
おっと、こちらの赤と青のコードはどのプラグに挿したものか? 赤なのであるか? 青なのであるか?
ここは燃える情熱のレ――ッド!
が、しかし! ウェイト! 今考えていることの逆が正解だ! でも、それは大きなミステイク!?
ええぃ! 一体どっちがどっちなのであるか! 言ってる我輩がミステリアス! ならば今はこの天才の閃きを――……」
それは我輩のセンシブルなハート並に繊細なパーツなのである。もっと丁寧に運べい! 天地無用! 天地無YO!
おっと、こちらの赤と青のコードはどのプラグに挿したものか? 赤なのであるか? 青なのであるか?
ここは燃える情熱のレ――ッド!
が、しかし! ウェイト! 今考えていることの逆が正解だ! でも、それは大きなミステイク!?
ええぃ! 一体どっちがどっちなのであるか! 言ってる我輩がミステリアス! ならば今はこの天才の閃きを――……」
ドクター・ウェストを陣頭指揮者として、博物館で見つけた彼の研究室がロビーの真ん中で組み立てられている最中であった。
壁や柱。外枠に関するものはアンドロイドの深優が淡々と運び、机や機械などは九郎と玲二がせっせと運び込んでいる。
そしてドクター・ウェストは忙しなく動き回り運び込まれた機材を組み立てているのだが……。
壁や柱。外枠に関するものはアンドロイドの深優が淡々と運び、机や機械などは九郎と玲二がせっせと運び込んでいる。
そしてドクター・ウェストは忙しなく動き回り運び込まれた機材を組み立てているのだが……。
「おぉ――っと! これはこの研究所を構えた当初に我輩が片手間で作り上げた脳内オーディエンス発生装置ではないか!
若かりし頃の稚拙な造物に赤面するも懐かしさにノスタルジーがキュンキュン☆ っと、こちらにあるのは――……」
若かりし頃の稚拙な造物に赤面するも懐かしさにノスタルジーがキュンキュン☆ っと、こちらにあるのは――……」
”部屋の大掃除をしていたら何時の間に古い漫画を読み漁っていた現象”とでも言うのだろうか、忙しなくもそのペースは芳しくない。
とはいえ、彼に近づくのも憚れるのでとりあえず放っておこうと九条はロビーを横切り、外に集まっている者達の元へと進んだ。
とはいえ、彼に近づくのも憚れるのでとりあえず放っておこうと九条はロビーを横切り、外に集まっている者達の元へと進んだ。
ちなみに、気付いたらトーニャはその姿をくらませていた。
「あら? みんな何を飲んでいるのかしら?」
ホテルの玄関前のスペースには研究室を運んできた大型トレーラーと、ショベルカーが並んでおり、
そのショベルカーを囲んでなつき、クリス、深優の3人が小瓶に口をつけて何かを飲んでいる。
そのショベルカーを囲んでなつき、クリス、深優の3人が小瓶に口をつけて何かを飲んでいる。
「元気になる薬だってミドリが」
「パワフルミン3000というそうですが、ごく一般的な栄養ドリンクです。
カフェインや糖分。微量のアルコール等々。脳を即席で活性化させるには有効と言えるでしょう」
「たくさんあるからママも飲みなよ。ずっと働き詰めだし」
「パワフルミン3000というそうですが、ごく一般的な栄養ドリンクです。
カフェインや糖分。微量のアルコール等々。脳を即席で活性化させるには有効と言えるでしょう」
「たくさんあるからママも飲みなよ。ずっと働き詰めだし」
なるほどと頷いて九条はなつきから栄養ドリンクを1本受け取った。
詳しく聞いてみれば、博物館に戻った際にまだ権利を施行していなかった碧がこれを選び持ち帰ったのだと言う。
栄養ドリンク・パワフルミン3000。3ダース(36本)セット――確かに彼女らしいセレクトだ。
詳しく聞いてみれば、博物館に戻った際にまだ権利を施行していなかった碧がこれを選び持ち帰ったのだと言う。
栄養ドリンク・パワフルミン3000。3ダース(36本)セット――確かに彼女らしいセレクトだ。
「おーえす! おーえす! 気合を見せろ! 我がチャイルド・愕天王!」
声のする方を向いて見れば、件の碧が愕天王に機関車を引かせてホテルの敷地内に入ってくるところであった。
さすがのチャイルドも博物館からあれを引いてくれば疲れるのか精彩を欠く風に見えたが主の声に励まされると、またずんと足音を立てた。
さすがのチャイルドも博物館からあれを引いてくれば疲れるのか精彩を欠く風に見えたが主の声に励まされると、またずんと足音を立てた。
「とりあえず、ここは深優さんと杉浦先生に監督をお願いしていいかしら?」
「ええ、任せてください。
ドクター・ウェストにどの程度の負荷を掛ければ制御できるのか、この半日で十分なデータは採れています」
「ええ、任せてください。
ドクター・ウェストにどの程度の負荷を掛ければ制御できるのか、この半日で十分なデータは採れています」
心強いことだわ。と、九条は苦笑し、懐から封筒を取り出しそれを深優に預けた。
「盗聴データを送信する電波に干渉波をぶつける為の装置の設計図よ。あなたから博士に渡しておいて」
「なるほど。ジャマーですか。了解しました。最優先事項としてドクター・ウェストに処理させます。」
「なるほど。ジャマーですか。了解しました。最優先事項としてドクター・ウェストに処理させます。」
それじゃあよろしく。と、九条はその場を離れる。
娘はどうしたかと見渡せば、恋人であるクリスと手を繋いで機関車の傍へと駆け寄って物珍しげに見ている様子だった。
そんな、娘の少し幼げで可愛らしい姿にくすりと笑みを零すと、九条は踵を返しまた再びホテルの中へと戻った。
娘はどうしたかと見渡せば、恋人であるクリスと手を繋いで機関車の傍へと駆け寄って物珍しげに見ている様子だった。
そんな、娘の少し幼げで可愛らしい姿にくすりと笑みを零すと、九条は踵を返しまた再びホテルの中へと戻った。
・◆・◆・◆・
「しかし……よくもまあこんなものを持ってこれたものだな……」
「僕も昔利用したことはあったけど……なつき達の国ではレール無しでも走れるんだね」
「いや、普通は違う筈……なんだが」
「普通は走りませんね」
「僕も昔利用したことはあったけど……なつき達の国ではレール無しでも走れるんだね」
「いや、普通は違う筈……なんだが」
「普通は走りませんね」
汽車は良く知らないが、それでも電車はレールの上を走るものな筈、とも思うなつきだが少し自信が無くなってくる。
そんな彼女に、横から深優・グリーアの声が掛けられる。
いつの間にそこにいたのか、それとも最初からそこにいたのかクリスがそれほど驚いて居ない所を見ると、後者なのだろうか。
そんな彼女に、横から深優・グリーアの声が掛けられる。
いつの間にそこにいたのか、それとも最初からそこにいたのかクリスがそれほど驚いて居ない所を見ると、後者なのだろうか。
「本来は汽車というものはその巨大な車体故に方向転換や急停車が不得手です。
その為にレールを用いて一定の区画を移動するようにしています。
ですが、この機関車『トミー』は鋼鉄の車体が障害物をなぎ倒し、汽車にあるまじき駆動性を持つ事でレールが無い場所を走れます。
蒸気機関車と銘打ってはいますが機関は石炭では無く機関士等の人材も不要であるため一人で稼動できるようです。
事実上個人戦最強の機動兵器といってよいでしょう」
「いや、個人戦という次元の問題で無いだろう」
「それも、そうですね」
その為にレールを用いて一定の区画を移動するようにしています。
ですが、この機関車『トミー』は鋼鉄の車体が障害物をなぎ倒し、汽車にあるまじき駆動性を持つ事でレールが無い場所を走れます。
蒸気機関車と銘打ってはいますが機関は石炭では無く機関士等の人材も不要であるため一人で稼動できるようです。
事実上個人戦最強の機動兵器といってよいでしょう」
「いや、個人戦という次元の問題で無いだろう」
「それも、そうですね」
と、そこで深優は説明を切る。
なつきとクリスが二人だけであることに気付いたのだ。
なつきとクリスが二人だけであることに気付いたのだ。
「お邪魔でしたね、それではごゆっくりと」
無表情ではあるが、それでも少しの優しさを感じさせる顔で、深優は去って行こうとする。
クリスとなつきの邪魔にならないように、という確かな気遣いを込めて、だ。
クリスとなつきの邪魔にならないように、という確かな気遣いを込めて、だ。
「…………」
「? 何か」
「いや……お前、変わったな」
「? 何か」
「いや……お前、変わったな」
その、深優の行動に、なつきは思わず目を丸くしてしまい、思った言葉をそのまま口にだしてしまう。
キョトン、と目を丸くする深優。
キョトン、と目を丸くする深優。
「そう、ですか…?」
「ああ、間違いなく変わった」
「ああ、間違いなく変わった」
以前の深優ならば、このような言葉など冷徹に受け流していたというのに。
今の彼女は、ある意味での親しみやすさが生まれている。
今の彼女は、ある意味での親しみやすさが生まれている。
「……そういう、貴方もかなり変わったように感じますが」
「な……わ、私はだな……」
「まあ、深優ちゃんもなつきちゃんも色々あったみたいだしねー」
「な……わ、私はだな……」
「まあ、深優ちゃんもなつきちゃんも色々あったみたいだしねー」
と、そこに新たな明るめの声、なつきと深優には聞きなれた、杉浦碧のもの。
どういうわけか、機関車の屋根の上から、なつきと深優の丁度中間辺りに降り立つ。
どういうわけか、機関車の屋根の上から、なつきと深優の丁度中間辺りに降り立つ。
「あちらの方はもう良いのですか?」
「あーうん、大雑把に動かすならともかくこまごました力仕事は男の仕事でしょー」
「あーうん、大雑把に動かすならともかくこまごました力仕事は男の仕事でしょー」
ドクター・ウェストは放っておいても好き勝手し放題だし、むしろ手を出さないほうが無難。
玲二と九郎は力仕事に借り出されているが、他の面々にはもうそれほど仕事は無い。
そうして暇を持てあました碧は、楽しそうな光景を目にしてやってきたのだ。
玲二と九郎は力仕事に借り出されているが、他の面々にはもうそれほど仕事は無い。
そうして暇を持てあました碧は、楽しそうな光景を目にしてやってきたのだ。
「まあ、あれだけ色々あれば皆多少は変わるものよねー」
「そ、そういうものか」
「うん、そうだね。 なつきも、ちゃんと成長してるよ」
「う……そ、そうかな……?」
「うん、間違い無いよ」
「そ、そういうものか」
「うん、そうだね。 なつきも、ちゃんと成長してるよ」
「う……そ、そうかな……?」
「うん、間違い無いよ」
言いよどむなつきに、そこは自分の役目とばかりに、クリスがフォローを入れる。
そこに浮かんでいるのは、確かな微笑で温かなものであった。
それで、なつきも落ち着きを取り戻す。
そこに浮かんでいるのは、確かな微笑で温かなものであった。
それで、なつきも落ち着きを取り戻す。
「んー……しかしこうして見るとクリスくんも変わったものだねぇ……。
前に温泉で見た時は細くて女の子みたいに頼りなさげだったのに、今はちゃんと男の子してるんだから……
恋は人を変えるものだよねえ、本当に」
前に温泉で見た時は細くて女の子みたいに頼りなさげだったのに、今はちゃんと男の子してるんだから……
恋は人を変えるものだよねえ、本当に」
うんうん、と一人感慨に浸る碧。
確かに、以前に見た唯湖にからかわれていたか弱げな少年とは、まるで違う。
後ろ向き気味であったなよなよしさが抑えられて、代わりに包容力とでも言うべきか、頼りがいのようなものすら感じさせる。
その変化を齎したのは、間違いなく隣の玖珂なつきなのだろう。
確かに、以前に見た唯湖にからかわれていたか弱げな少年とは、まるで違う。
後ろ向き気味であったなよなよしさが抑えられて、代わりに包容力とでも言うべきか、頼りがいのようなものすら感じさせる。
その変化を齎したのは、間違いなく隣の玖珂なつきなのだろう。
(そういえば、男子三日会わざれば刮目して見よ、という諺があったね)
この目で実際にそのような光景を見るとは予想してはいなかった。
これが、若さか、と何となく年寄り染みたことを考える碧であった。
これが、若さか、と何となく年寄り染みたことを考える碧であった。
「……まて、その温泉とは何だ?」
「え? んーと、あれはそう、昨日の昼過ぎくらいかなー……あたしと唯湖ちゃんが温泉に入っていると何やら人の視線が……」
「ミ、ミドリ!」
「…………続きを」
「一瞬、誰か別の女の子が居るのかとも思ったよーあたしは。
なんてゆーかか弱くて儚げーだし、肌も白くてキレーだしねぇ」
「え? んーと、あれはそう、昨日の昼過ぎくらいかなー……あたしと唯湖ちゃんが温泉に入っていると何やら人の視線が……」
「ミ、ミドリ!」
「…………続きを」
「一瞬、誰か別の女の子が居るのかとも思ったよーあたしは。
なんてゆーかか弱くて儚げーだし、肌も白くてキレーだしねぇ」
とっさに遮ろうとしたクリスを遮ってなつきが促す。
その際、碧の口元に一瞬、ニヤリと猫のような笑みが浮かんだが、その事に言及する人間は居ない。
なつきは気付かず、クリスは動けず、深優は特に止めるつもりも無いようだ。
その際、碧の口元に一瞬、ニヤリと猫のような笑みが浮かんだが、その事に言及する人間は居ない。
なつきは気付かず、クリスは動けず、深優は特に止めるつもりも無いようだ。
「てゆーかあの大人しくてやさしそーな子がまさか…………『のぞく』……なんてねぇ……」
大げさに、それでいてさも恥ずかしかったかのように、顔を逸らす碧。
無論、『のぞく』の部分をワザと強調するように、タメまで入れて。
無論、『のぞく』の部分をワザと強調するように、タメまで入れて。
「…………クリス」
「いや、ね、なつき、あれはその、不可抗力で」
「……どんな不可抗力で女湯を覗く事になるのだ?」
「え、いや、そのオンセンの仕切りが無くて……」
「そんな事があるとでも言うのか!?」
「いや、ね、なつき、あれはその、不可抗力で」
「……どんな不可抗力で女湯を覗く事になるのだ?」
「え、いや、そのオンセンの仕切りが無くて……」
「そんな事があるとでも言うのか!?」
背後に“ゴゴゴゴゴ”という文字を背負いながらなつきがクリスに詰め寄る。
すわそのままキッスか? という程の近距離だが、生憎と今の空気そんな甘いものとは正反対なくらいにドス黒い。
すわそのままキッスか? という程の近距離だが、生憎と今の空気そんな甘いものとは正反対なくらいにドス黒い。
「あー、安心しなさいなつきちゃん、クリスくんの言うとおり不可抗力だから。
元々混浴という訳じゃなくて誰かが仕切りを外したんだねーきっと。」
「ほら……ナツキ」
「う…………」
元々混浴という訳じゃなくて誰かが仕切りを外したんだねーきっと。」
「ほら……ナツキ」
「う…………」
そのまま鉈か鋸かそれとも新ジャンル『銃』かという騒ぎに発展しそうであったので、碧が助け舟を出す。
元々沸騰しやすいが冷めやすいなつきも、それで冷静さを取り戻し、顔を赤くする。
元々沸騰しやすいが冷めやすいなつきも、それで冷静さを取り戻し、顔を赤くする。
「まったく、少しは自分の恋人は信じてあげなさい」
「ミドリのせいだよ……」
「んー? 女の子の裸見といてそんな態度でいいのかなー?」
「……いや、それはごめん」
「ミドリのせいだよ……」
「んー? 女の子の裸見といてそんな態度でいいのかなー?」
「……いや、それはごめん」
まあ楽しかったからいいんだけどね、と心の中でだけ言う。
そもそも別に見られた時にあんまり気にしてないのだから開き直れば良いのに、とも思うが。
まあそれではあまりにクリスらしくないのでこのくらいだろう。
などとお気楽な事を考えた碧であったが、突如近くに極大のブリザードを感じて振り返る。
そもそも別に見られた時にあんまり気にしてないのだから開き直れば良いのに、とも思うが。
まあそれではあまりにクリスらしくないのでこのくらいだろう。
などとお気楽な事を考えた碧であったが、突如近くに極大のブリザードを感じて振り返る。
「つまり……見たのは事実なんだな……?」
「え……あの、それはその」
「どうなんです?」
「え……、ま、まあ先生も唯湖ちゃんもスタイルいいし、クリスくんも立派な『オトコノコ』だったんだよねぇ……」
「…………」
「え……あの、それはその」
「どうなんです?」
「え……、ま、まあ先生も唯湖ちゃんもスタイルいいし、クリスくんも立派な『オトコノコ』だったんだよねぇ……」
「…………」
スタイルいいし、の一文が火に油を注いだ事を悟った碧であったが、時既に遅し。
『オトコノコ』の部分で僅かに赤みが差した頬を誤魔化すように、勢い良くクリスに詰め寄り、襟首を掴む。
ズルズルと引かれていくクリスを見ながら、碧の脳内には『ドナドナドーナ、ドーナ』という歌詞が流れていた。
『オトコノコ』の部分で僅かに赤みが差した頬を誤魔化すように、勢い良くクリスに詰め寄り、襟首を掴む。
ズルズルと引かれていくクリスを見ながら、碧の脳内には『ドナドナドーナ、ドーナ』という歌詞が流れていた。
「いやいや、確かに恋は人を変えるものだわ……」
「そのようですね、少なくとも玖珂なつきのあのような態度など初めて目にします」
「そのようですね、少なくとも玖珂なつきのあのような態度など初めて目にします」
処刑場にドナドナされるクリスに合唱しながら誰にともなく放たれた呟きを、その場の空気など無かったかのような表情の深優が拾う。
その態度に碧は微妙に恨みがましい目を向けるが、まあ自業自得だろう。
と、そこで思う。
変わった、というならばそもそも一番変わったのは深優であるのだが。
果たして彼女を変えたのは何なのか。
その態度に碧は微妙に恨みがましい目を向けるが、まあ自業自得だろう。
と、そこで思う。
変わった、というならばそもそも一番変わったのは深優であるのだが。
果たして彼女を変えたのは何なのか。
「あーところで深優ちゃん」
「……? 何ですか」
「実際のところ玲二君のことはどう思っているのかね?」
「……? 何ですか」
「実際のところ玲二君のことはどう思っているのかね?」
「さて、ここなら邪魔は入らないな」
「以前にも言いましたが、私が彼に抱いているのは『同類』という感情だけです。
恐らくは彼も同じように考えているでしょう」
恐らくは彼も同じように考えているでしょう」
一瞬、不思議そうな顔をした深優であったが、すぐに碧の聞きたいことに気が付いたのだろう。
特に迷いもなく告げる。
特に迷いもなく告げる。
「んーでもさ、本当にそれだけ?」
「それだけ、とは」
「いやさ、そもそも感情って一種類とは限らないでしょ、まあよっぽど強ければ別だけどね。
同類てのは深優ちゃんと玲二君の大雑把な分類だけじゃない?
そうじゃなくてさ、深優ちゃん自身はどう思っているのかなー、てね」
「それだけ、とは」
「いやさ、そもそも感情って一種類とは限らないでしょ、まあよっぽど強ければ別だけどね。
同類てのは深優ちゃんと玲二君の大雑把な分類だけじゃない?
そうじゃなくてさ、深優ちゃん自身はどう思っているのかなー、てね」
そう、たとえば、鉄乙女のように鬼と化す程の憎悪ならば別だろう。
けれど、普通はもっと色々入り混じった感情を抱くものだ、それが近しい相手であればあるほど、に。
少なくとも、影響を及ぼされる程の距離の相手に感じる感情が、同類、だけというのは考えにくい。
けれど、普通はもっと色々入り混じった感情を抱くものだ、それが近しい相手であればあるほど、に。
少なくとも、影響を及ぼされる程の距離の相手に感じる感情が、同類、だけというのは考えにくい。
「……それは、確かにそうですが、大雑把な分類だけではいけないのですか?」
「いやまあいけないってことは無いけどさー、あたしたちの能力ってその辺が割りと大事っしょ?
なつきちゃんは多分いい方向に変わった、クリスくんとおかあさんの影響だね。
んで、そもそも変わった、ていうならあたしの知っている中で一番変わったのは深優ちゃんな訳でさ。
だからその辺りの原因はどこいらにあるのかなーと」
「よく……わかりません」
「いやまあいけないってことは無いけどさー、あたしたちの能力ってその辺が割りと大事っしょ?
なつきちゃんは多分いい方向に変わった、クリスくんとおかあさんの影響だね。
んで、そもそも変わった、ていうならあたしの知っている中で一番変わったのは深優ちゃんな訳でさ。
だからその辺りの原因はどこいらにあるのかなーと」
「よく……わかりません」
「もしかして、なつきは、胸を、気にしてるの?」
「う、うるさい!」
「う、うるさい!」
「んーとほらさ、頼りになる、とか一緒にいたい、とかそういう気持ち、無い?」
「玲二の戦闘力が頼りになるのは間違いの無い事ですし、彼の技術には学ぶところが多いので一緒に居たいとは思います」
「あーいやそうじゃなくてね……」
「玲二の戦闘力が頼りになるのは間違いの無い事ですし、彼の技術には学ぶところが多いので一緒に居たいとは思います」
「あーいやそうじゃなくてね……」
そういう、割り切れる気持ちの話ではない。
それはそもそも他者に対しては兎も角、本人には大きな変化は及ぼさない類のものだ。
そうではなくて、
それはそもそも他者に対しては兎も角、本人には大きな変化は及ぼさない類のものだ。
そうではなくて、
「特に用事は無いんだけど一緒に居たいとか、側にいると何となく心が落ち着くとか。
もっと近くにいたい、とかそういう感情の事、心当たり、無い?」
もっと近くにいたい、とかそういう感情の事、心当たり、無い?」
「僕は、なつきの身体が一番好きだよ」
「ば、ばかを……言うな」
「ば、ばかを……言うな」
一緒に居たいか、と聞かれても何とも思わない、が気が付けば一緒に居ることが多いのは間違い無い。
アリッサの時のように使命ではなく、今の状況では一緒にいる理由もそれほど多くは無い、のにだ。
ちらり、と一瞬、玲二の居る方向に目を向ける。
アリッサの時のように使命ではなく、今の状況では一緒にいる理由もそれほど多くは無い、のにだ。
ちらり、と一瞬、玲二の居る方向に目を向ける。
「私は…………」
「なら、今からでも確かめて、みる?」
「…………う」
「…………う」
「…………あー、ごめん深優ちゃん、それ宿題ね」
「……え?」
「はいはい、そこの二人は少し自重しなさい。
いまさら不順異性交遊には文句言わないけど、流石に明るいうちから事に及ぶのは先生としては見過ごせないしね。
親御さんも何も言って無いんだからイチャイチャするのは日が暮れてからのんびりとやりなさい」
「……え?」
「はいはい、そこの二人は少し自重しなさい。
いまさら不順異性交遊には文句言わないけど、流石に明るいうちから事に及ぶのは先生としては見過ごせないしね。
親御さんも何も言って無いんだからイチャイチャするのは日が暮れてからのんびりとやりなさい」
パンパン、と手を鳴らしながら碧が遠くのバカップルに声を掛ける。
深優が俯いて考えている間に、何時の間にやら碧はそちらの方向をしかと見据えていた。
深優が俯いて考えている間に、何時の間にやら碧はそちらの方向をしかと見据えていた。
「イ、イチャイチャなどしていないぞ!」
「寝言は寝て言いなさい、聞いてくれる人いるんだし」
「元々はミドリの所為だと思うけど……」
「細かいことは気にしないの」
「寝言は寝て言いなさい、聞いてくれる人いるんだし」
「元々はミドリの所為だと思うけど……」
「細かいことは気にしないの」
適当に恋人達をあしらう碧。
そう、あの二人は、間違いなく恋人同士だ。
恋人、その言葉が、深優の心に僅かな波紋を広げ。
そう、あの二人は、間違いなく恋人同士だ。
恋人、その言葉が、深優の心に僅かな波紋を広げ。
「玲二の事をどう思っているのか……ですか」
人間の恋愛感情について、知識としては与えられている。
ただ、それを自分自身に当てはめるとどうなのか。
例えば、クリス・ヴェルティンと玖珂なつきは間違いなく恋人同士なのだろう。
互いに互いを大事に思い、おそらくは己の身をいとわず、相手を助けようとする。
一方的な愛情ではなくて、互いの想いが結び合っている状態。
ただ、それを自分自身に当てはめるとどうなのか。
例えば、クリス・ヴェルティンと玖珂なつきは間違いなく恋人同士なのだろう。
互いに互いを大事に思い、おそらくは己の身をいとわず、相手を助けようとする。
一方的な愛情ではなくて、互いの想いが結び合っている状態。
玲二は、果たして自身を危険に晒してまで助けてくれるのか?
答えは……否、だと思う。
けど、万が一にそうしてくれたとしても、それは多分恋愛という感情には含まれない筈。
何故なら彼には深優などよりも、いや、玲二自身よりも優先するべきものがあるのだから。
答えは……否、だと思う。
けど、万が一にそうしてくれたとしても、それは多分恋愛という感情には含まれない筈。
何故なら彼には深優などよりも、いや、玲二自身よりも優先するべきものがあるのだから。
(けど、それは判っていた事……)
と、その時、遠くから夕餉が近いことを告げる声が響く。
その声は、ある意味では深優には福音であった。
その声は、ある意味では深優には福音であった。
「ほらほら、深優ちゃんもこっちおいでー。
ご飯の前に大浴場でのんびり足のばそー」
「よし、行くぞクリス」
「はいはい、なつきちゃんはこっちねー」
「……わかりました」
ご飯の前に大浴場でのんびり足のばそー」
「よし、行くぞクリス」
「はいはい、なつきちゃんはこっちねー」
「……わかりました」
己の思考を打ち切り、歩みを進める。
玲二は、深優の事など、見てはくれない。
そのどうしようも無い事実に、かすかに、気付かぬままに唇を噛む。
玲二は、深優の事など、見てはくれない。
そのどうしようも無い事実に、かすかに、気付かぬままに唇を噛む。
かつて、アリッサと共に居た時とは別種の寂しさ。
寂しさとやるせなさの混じったような理解しがたき感情。
未だ雛鳥でしかない少女は、己の感情を、理解しきれないでいた。
寂しさとやるせなさの混じったような理解しがたき感情。
未だ雛鳥でしかない少女は、己の感情を、理解しきれないでいた。
OVER MASTER (超越) 1 | <前 後> | OVER MASTER (超越) 3 |