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al fine (後後) 8

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al fine (後後) 8 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


 線路伝いに南下を続け、一行は南東のリゾートエリアへと差し掛かった。
 時刻は夕方に移り、第十一回目の放送を間近に控える。
 那岐班と九条班が定めた合流地点、カジノはもう目と鼻の先だ。
 定期的に取っていた連絡によれば、九条たちのほうはそろそろ現地に到着している頃だろう。
 焦らず迅速に。東回りのルートを辿ってきた一同は気持ちも晴れやかに、遠くビル街を見やっていた。

 そんな道中、新たに寄り道を進言したのはアル・アジフだった。
 メンバーの中では誰よりも『魔力』というものに敏感な彼女が、ここにきてなにかを察知したのだ。
 厳しい顔つきのアルに、付き合いの長い羽藤桂は不安げな瞳を浮かべる。
 アルは察知した感覚の正体を語ることなく、一同の中から三人の同伴者を指名する。
 那岐、トーニャ、深優――名指しした三名を伴い、アルは一時的な別行動を図った。
 桂、柚明、やよい、プッチャン、玲二、ウェストにはその場での待機を言い渡す。
 同伴を頼まれた三人も別行動の意図が窺えぬまま、アルの言葉のみを信用して進む。
 リゾートエリアからは少しばかり離れた平地、血の香り漂う一帯に、アル・アジフは一つの終焉を見たのだった――。

「つわものどもがゆめのあと、か」

 重苦しい慨嘆と共に、アルは目の前に広がる惨状を見やった。
 それは正しく、戦いの痕。屍という名の物証が、第三者の到来を待っていたかのように眠りについている。
 もはや決して目覚めることはない、永遠の安楽。それを羨ましいと思う者はこの場にはおらず、将来の姿としても望みはしない。

衛宮士郎、そして西園寺世界……なぜ、我らは道を違えねばならなかったのか。
 汝らにも、選択の余地はあったはずだ。なのに、どうして玲二や柚明のように引き返せなかった」

 厳しく律するように、または悲しみに暮れるように、アルは死者に語りかける。
 小柄なアルの目線より、さらに低い位置で横たわる男女の死体。
 壮絶な死闘の果てを思わせる、しかし安らぎに満ちた死に顔が、生者を皮肉るように微笑んでいた。

 アルは、このどちらとも面識がある。
 羽藤桂の腕を削ぎ落とし、彼女の想い人である浅間サクヤを抹殺した使徒――衛宮士郎。
 禁忌に触れ魔に落ち、戦闘機を駆り出してまで蘭堂りのを死に追いやった――西園寺世界。
 どちらも、過去に敵として相対していた。

 死んでしまった今となっては、恨みも敵愾心もあったものではない。
 アルは物言わなくなった二つの物体に対し、心中でのみ弔辞を読んだ。
 それ以上のものはないと割り切り、現実に向かって行動を取る。
 同伴者の三名もまた同じく。選出の基準は、そういったリアリストとしての面を評価してのことだ。

「いつになく不機嫌そうな顔をしているね、アルちゃん」
「おちょくるな那岐。墓場泥棒の真似事などして、不機嫌にならないわけがなかろう」

 常の調子で振舞う那岐も、別段ふざけているわけではない。
 物事を必要以上に深刻に捉えることは愚、と遠回しに諭そうとしているだけなのだ。
 それでも、アルの顔から険しさが消えることはない。
 士郎と世界の遺品を漁りながら考えることといえば、計画の裏に鎮座して退かない『不安』についてだった。

「如何な魔術の力とて、死者を蘇らせる法など存在せぬ。しかし、死体を繰る術ならば話は別だ。
 なるほど。まさかとは思っていたが……桂言葉の屍が動いていたからくりは、魔導書であったか」

 先日、教会に向かう途中にも感じた魔力の気配。それと同等のものを、アルは今しがた察知しここに訪れた。
 その魔力の源となっていたものは、魔術師の端くれである士郎の死体――ではなく、彼と世界が有していた二つの書物だった。

『屍食教典儀』。
『妖蛆の秘密』。

 共に、ネクロノミコンと並び至宝とされる魔導書である。
 書としてそこに在る同胞を、ネクロノミコンの化身たるアル・アジフは手に取り眺めやった。
 魔術、そして魔導書というものに関して、書類上の知識しか持ち合わせていない那岐が問う。

「鬼道ならともかく、魔術のことに関しては勉強不足だけど……それも君と同じモノと見て構わないのかな?」
「ああ、間違いなく本物だ。が、この世界にこうして存在している意味を問うならば、妾と同じとは到底言えぬな」

 アルの不明瞭な言い回しに、那岐は首を傾げた。

「言うなれば、参加者と支給品の違いだ。この世界において、これらの魔導書は書物としての存在意義しか持たない。
 西園寺世界が死者を操れたのも、妖蛆の秘密を用いたからこそ……本来なら、斯様な小娘に扱える代物ではないのだが」

 口元に指を沿え、アルは考える。
 自らが立ててきた仮説、那岐や九条から齎された裏側の真相、それらを総合した星詠みの舞の実態。
 謎はまだ多く、しかし既に確実の認識となっているのは、この世界の常識が己の物差しで測りきれるものではないということだ。

 妖蛆の秘密という、魔術の世界でも高等すぎる代物を、一介の女子高生に過ぎない西園寺世界が行使してみせたのがその最もたる例。
 これには人体の『悪鬼化』も関与しているのだろうが、『鬼』という概念自体、アルが刻んできた歴史にはなかったものである。
 憎悪が度を越えることにより、肉体が人間の枠を踏み外す。鬼が魔導書を操ることにより、魔術師の常識を超越する。
 考えれば考えるほど滅茶苦茶な、まるで都合のいいように作り変えられたかのような、世界の背景。
 それは決して考えすぎなどではなく、そうなるように仕向けた輩がいるのだ。

 浮上してくるのは、やはりナイアの存在である。
 彼の存在は、『想いの力』を巡る儀式の関係上、それに見合った最適の環境として、この島を見繕った。
 それが無からの創造か、既に存在していた世界の流用かは定かではないが、鬼と魔術の概念を混ぜ合わせたのはナイアを置いて他に考えられない。
 トーニャの言葉を借りるならば、エンターテイメント性を重視した部分もあるのだろう。
 ナイアはただ、より激情が巡りやすい舞台を整えただけなのだと、そこで結論は出てしまう。

「妾以外の二冊の魔導書は……いや、これはやよいが持っていた三冊目の魔導書、『ナコト写本』についても言えたことだ」

 ここに訪れるまでの道中で、高槻やよいがナコト写本という魔導書を所持していたことを知った。
 これは例の古書店に初来店した際持ち帰ったもので、やはりそれにもナイアが関与していたという。
 主催側のメンバーとして存在が予想されていたマスターテリオン、その従者たるエセルドレーダと、彼女の本体であるナコト写本。
 ブラックロッジの中核を担う魔導書ですら、この催しのために道具としての役割を任じられている。
 九郎との面識の件を鑑みれば、ナイアとは大導師や魔導書を凌駕する、魔術の世界における最上の存在であるとも解釈ができた。
 そのような存在についての覚えをまったく持たない事実――いや、『記憶を改竄されている』可能性を踏まえれば、答えは出てきたも同然。

 ただ、アルには安易に結論を受け止めることができない。
 ナイアの座は天上、雲や宇宙を越えたさらに先にある、などと考えてしまえば。
 それはもう手を伸ばしたとて届く距離ではなく、現状も踊らされているだけなのだと、思い知ってしまう。

(……雑念、いや弱音だな。九条によれば彼奴は舞台より退場し、不干渉の存在となったと言うが。
 いつの世も、神々とは移り気なものだ。約束や取り決めを反故とし、立場を気まぐれに変えてもおかしくはない)

 ナイアへの不信感、作戦成功への不安、これらは一番地に対しての勝機が見えた今となっても、拭い切れるものではない。
 ネガティブに染まりきっても仕様がないことではあるが、まったく懸念しないというわけにもいかないのだ。
 やよいや柚明が指針を見出し、玲二や深優とも剣の向きを揃えることができた今となっては、それもなおさら。
 己はネクロノミコンの化身、ナイアという存在に一抹の不安を抱えるアル・アジフなればこそ、心に留めておかねばならない。

「……で、結局のところアルちゃん以外の魔導書が三冊手元にあるわけだけど。これ、使い道はあるのかい?」

 考え事に耽り数秒、会話を中断させていたアルへ那岐が問う。
 アルはふむ、と唸り世界の死体を見やった。

「因果は巡るものだ。西園寺世界に倣い、目の前の死体を兵とするのも一興であろうか」
「……他のみんなからのブーイングがすごいことになると思うけど?」
「無論、冗談だ。そのような人道に外れた行い、妾が容認するはずもなかろう」

 生者が死者に与えるべき慈悲などない。されど生者が死者から死を奪い、働きを強いることもありはしない。
 目の前に佇むのはただ悲壮な結末を迎えただけの物体、それ以上のものとは捉えず、不干渉を貫く。
 魂の収集を可能とする『妖蛆の秘密』とて、今後の計画への有用性がないわけではないが、アルはあえて選ばないのだ。
 同じ魔導書として、なにより人としての尊厳を失わぬために。

「じゃあ、結局この魔導書はどうするのさ?」
「そうだな、ロケットの動力源にでもすればよいのではないか?」

 またまた冗談を、と那岐が笑って返すが、アルはしれっとした態度で言ってのける。

「冗談ではないぞ。書に内包されている膨大なる魔力……炉とするのに、これ以上の代物もあるまい」

 魔力――魔術を行使する上での源となる力は、この世界でも大きな価値を見せ、幾度も生死の天秤を左右してきた。
 星詠みの舞に必要なのは想いの力、しかし一番地やシアーズ財団との戦争を乗り越えるためには、それ以外の力も必要だ。
 それは宝具のような魔術礼装を用いるため、あるいは潜在能力は秘めていても魔術の構造を知らぬ者のために、有益となる。

(まあ『妖蛆の秘密』はともかく、『屍食教典儀』には真っ当な使い道も残されているがな……)

 クリス・ヴェルティンなどは微力ながらも潜在的に魔力を内包しており、またアルの契約者として戦場に立った桂の例もある。
 こちら側の戦力を補強する意味での、火薬及び弾薬……そういった役割を魔導書に求めることも、不自然ではない。

 しかしアルがそれ以上に期待しているのは、兵器としてではなく動力としての運用だ。
 媛星落下の衝撃に合わせ、異界の門をこじ開けるという脱出計画。そのために必要となるロケットの製作。
 この世界から抜け出ることに加え、帰るべき世界を目指し放浪することを視野に入れるなら、それこそ永久機関に匹敵する動力がほしい。
 魔術のプロフェッショナルであるアル・アジフ、科学の権威であるドクター・ウェスト、そして三冊の魔導書。
 これらを掛け合わせれば、魔力機関を炉としての亜空間航行が可能なロケットを作り出せるはずである。
 もちろん、神崎らを打倒し、ナイアに邪魔されることなくこの世界を脱さなければ意味はないが。

「要するに、古本は火にくべるってわけか。ちょっともったいない気もするけど……本当にいいのかい?」
「妾たちの計画を成功に導くためには、必要な判断だ。汝こそ、妾たちがわざわざ二手に分かれた理由、忘れるでないぞ」

 九条率いる南班と、那岐率いる東班で分かれたのは、なによりも物資調達を効率よく行うための策だ。
 二冊の魔導書、騎士王の聖剣と、ここで入手できた物品も先の戦いで必要になってくるだろうことは明白。
 使えるものは使う。情を挟まず、利を優先し、なおも徹底して、計画の実行に臨まなければならなかった。

「……それが君に任ぜられた役割ってわけか。大変だね、年長者っていうのも」
「なにを言うか。妾ほどではないとはいえ、汝とて千年以上の時を生きているのであろう?」

 二冊の魔導書をデイパックに収納し、アルは那岐に微笑を返す。
 九条が持ち込んできた計画には不安要素が多いが、どれも各人の能力を結集すれば乗り越えられると信じていた。
 不安なのは、能力を結集してもどうにもならない相手……幸福の女神を自称する邪悪な存在、ナイアの動向。
 彼女はいったい何者なのか。時が経つにつれ、考えても事なき疑問だと学習しはしたが、それでも楽観はできない。
 今はただ、九条の言葉を信じ、ナイアという存在が不干渉を貫くことを願うばかりだった。

(……どうにも、不安の比重が『ナイア』寄りに傾いてしまっているな。
 神崎率いる一番地とて、話を聞く限りでは楽勝とも言えぬ相手なのだが。
 まあいい。気負うのは妾一人でなくとも……そのための仲間なのだからな)

 横目でトーニャと深優の様子を窺う。
 計画の不安要素を捉え、その対応策を練ろうとする者は、アル一人ではない。
 様々な思惑が重なり合う星詠みの舞の終盤、知恵者たちは不安と願望を胸に、現実に相対していく。


 ・◆・◆・◆・


(奏さん。あなたを凶行に導いた張本人にして仇敵は、こんなにも綺麗な死に様を晒していますよ)

 安らかに眠る西園寺世界の亡骸を前にして、トーニャは神妙な面持ちになる。
 儀式の序盤に一度相対した相手は、袂を分かって以降、残虐の限りを尽くして暴れ回ったと聞く。
 世界が殺した蘭堂りのの伝心や、それに伴う奏の悲痛な叫びは、今でも記憶として残っていた。
 それらの転落が、井ノ原真人の自己犠牲に繋がったことも踏まえると、引き金を絞った世界は許せる存在ではない。
 だからといって、死者となった少女に今さらの恨み言を述べることに、どのような意味があるというのか。
 トーニャは嘆息し、感情を胸の内に留める。代わりに、もう一方の死体へと目線をずらした。

「彼が、如月くんを殺した下手人ですか」
「はい。衛宮士郎……彼の剣筋には、鬼気迫るものを感じました」

 学友、如月双七の死に立ち会った、深優・グリーアに確認を取る。
 生傷夥しい骸は、しかし安逸に浸るような寝顔で天を眺めていた。
 話によれば、衛宮士郎が生存を願った間桐桜もまた、隣の西園寺世界に殺害されたという。
 この地にどのような因縁の対決があったかまでは知らないが、死に顔を見るに、双方とも未練は残さなかったのだろうとトーニャは思う。

「トーニャさん。あなたは如月双七さんのことを……」
「級友と書いてクラスメイトと読む程度の仲です。深優さん、あなただって私の素性を知らないわけではないでしょう?」

 トーニャが神沢学園で築いてきた人間関係は、多くの者が捉えるそれとは気色が違う。
 シアーズの一派として風華の生徒を演じてきた深優とて、共感する部分がないわけでもなかった。
 だからこそ深優は押し黙り、トーニャは気丈に語ってみせるのだ。

「私は神沢学園に潜入していたロシアンスパイ。生徒会のみんなとも、所詮は仮初のお友達なわけです。
 如月くん、加藤先生、一乃谷会長……誰がいなくなったとて、失意に溺れる理由もない。
 それは主催側にゲストとしてお呼ばれしているフォックスビッチ、いえ失礼。すずさんにも言えたことです」

 かつての友、いや友と成り得た存在。それも過去の残光に過ぎない。
 如月双七やトーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナを知らないすずが、このゲームに存在している理由はなんなのか。
 己の頭脳に問うてみたところで、回答はきっぱりと返ってきた。

(如月の姓を持たない『すず』……なんてことはありませんね。見出された価値を探るとなれば、答えは一つ)

 妖狐、そして言霊――如月双七を介して得ていたすずに関する情報、そこに正解はあった。
 高槻やよいとファルシータ・フォーセットが、すずの言によって懺悔室への立ち入りを『拒まされた』一件を思い出す。
 すずの発する言葉には、聞いた者の行動を縛り付ける、いわば洗脳のような効果がある――それが『言霊』。
 その強制力は『神宮司の力』をも軽く凌駕し、人間が抗うことはほぼ不可能。
 肉声でなければ効果はなく、機械等で声を遮断すればどうとでもなる、という弱点が判明しているとはいえ、敵に回すには厄介極まりない能力だった。

 そして、こういった儀式を円滑に進めるためには、恐ろしく使い勝手のいい能力であるということも理解ができる。
 問題は、言霊の能力者であるすず自身の人格だ。人間嫌いである彼女が、神崎らに協力することなど考えられない。

(ナイアが仲介人として動いただろうことは予想できます。なんらかの取り決めにより、すずさんは今や神崎黎人の手駒……)

 懐柔の手段が脅迫か交渉かは知れぬが、はたして神崎黎人という人間に、妖狐であるすずが飼い馴らせるものだろうか――?

(欲したのは『言霊』の利便性。しかし能力だけを与えては、神崎の側に優位が傾きすぎる。
 そこで、すずさんという人格に問題ありの小娘が抜擢されたわけですか。
 彼女を上手く使えるかどうかで、神崎黎人の器量が知れると同時、この盤面も大きく動く、と。
 正しくアメと鞭ですねぇ。ゲームを盛り立てる仲介人としては、見事な采配と言えるでしょう)

 ゲームメイカーとしてのナイアを高く評し、神崎はすずの手綱を『押し付けられた』だけなのだと理解する。
 ならばつけ入る隙はあるのではないか、とも考え至り、すずへの対処法として望ましいものを挙げていく。

(すずさんが神崎黎人に盲従しているとは考えられない。ならば、こちら側に引き込むことも……無理ですね。
 すずさんの人間嫌いは筋金入りですし、如月くん抜きで彼女を味方に引き入れるなど、至難を通り越して不可能です。
 ましてや『あの』すずさんの場合、私や神沢学園のことも知らないようですし。だとすれば……選択肢は一つしかありません)

 排除――という言葉が脳裏を過ぎる。
 すずの言霊は脅威ではあるが、弱点が判明しているならばやりようはいくらでもある。
 待ち構える決戦にて、神崎がすずを切り札として投入してくるだろうことは明白、だとすれば。

(積もりに積もった恨みを纏めて晴らすチャ~ンス。ええ、やさしく殺してあげようじゃありませんか……)

 素晴らしきかな平行世界、この盤上に便利な舞台装置として在るすずは、赤の他人以上には成り得ない――と。
 面識の有無など鑑みず、彼女が抱える情すら思慮に入れず、厄介な敵組織の一人とだけ捉え、排除の方向性で考えをまとめる。

(欲を出すなら、剥製にでもして祖国にお持ち帰りしたいところですが。モノホンの妖狐なんて、持ち帰れば勲章ものでしょうね。
 そうなれば、私やサーシャの扱いだって……ふむ。わりと真面目に検討する余地はありそうです。もちろん、余裕があればですけど)

 自然と黒い笑みが零れていることにも気づかず、トーニャは故郷への想いを募らせる。
 この殺し合いを受け止めた当初は、最愛の妹のもとに帰りたいがために、優勝の道を志そうともした。
 しかしその考えは筋肉との触れ合いによってどこぞへと吹き飛び、時が経つにつれて増していった神崎への不信感も合わさって、今や完全に消滅した。
 優勝して神崎の寵愛を受けるよりも、反逆を志すほうが遥かに希望が持てる。そう現実を見ただけのことである。
 仮に神崎に絶対の信頼性があり、サーシャのもとに帰る未来も保障されるのなら、トーニャは今からでも容易く尾を振るだろう。
 トーニャにとってサーシャ以外の人間との絆など、その程度にすぎないのだ。

(……本来なら、成功しても元の世界に帰れる保証のないこの作戦に付き合うこととて、不本意ではあるのです。
 だからといって一人駄々をこねていてはどうにもなりませんし、そこはトーニャさんの大人っぷりを示しているわけですが。
 サーシャの待つ故郷には必ず帰る、今はその方法がわからずとも、とりあえずは未来を獲得しないといけない。それだけの話)

 生還を掴み取るための方策、数々の懸案事項とそれに対する向き合い方、諸々、トーニャは割り切っているだけなのだ。
 これが最適とは言えないかもしれない。しかしいつまでも最適を探してばかりではいられないから、ある程度は妥協する。
 トーニャはそうやって生を掴み得てきた。それはこれからも変わらないのだろう。

(基本、私は自分優先のロシアンスパイですからね。徹底するときは徹底しますよ。義理人情だけではまんまは食い上げですので)

 ――そうやって、士郎の死体の前で延々考察を広げていると、ふと気づく。
 隣に立つ深優が、無表情の中にほのかな困惑の色を混ぜ、こちらを注視している。
 目と目が合い、トーニャの側から声をかけた。

「私の顔になにかついていますか、深優さん?」
「……いえ、先ほどから独り言が激しいようでしたので、一応指摘をしておこうかと」
「おや」

 深優の報告を受けて、いつの間にか口が饒舌になっていたのだと知る。
 普段ならば恥ずべき失態を、しかしトーニャはペロッと舌を出して反省する。

「いっけな~い☆ ……ゴホン。少し心の声が漏れてしまいましたか。まあ、ご愛嬌ということで。気にしないでください」

 深優の反応は薄い。
 彼女の性格を考えれば当然ではあったのだが、微妙な空気にトーニャはこっちのほうが失態だわ、と自らを戒めた。

(ま、まあその他の不安要素に関しては優秀なお仲間がいることですし、あまり気張る必要もないでしょう。
 脱出後の行方に関しては不安は拭えませんが、そこに至るまでの道筋が保障されているわけでもないのは事実。
 不安要素は地道に一つずつ潰していくとして、私はやはりすずさん……彼女への対策を磐石にしておくべきでしょうか)

 忌々しい女狐の顔を思い出しつつ、トーニャはアルのほうに目をやる。
 携帯電話片手に話中のようだった。通話相手は、西回りのルートで合流地点を目指していた九条班である。
 通話が終わると、アルはトーニャたち三人に目で合図をし、この先の行動を促した。

「九条たちの班がカジノに到着したようだ。妾たちも桂たちと合流後、移動を再開するぞ」
「結局こちらのほうが遅れてしまいましたねぇ。別に競争していたわけではありませんが」
「博物館で時間を取られたからねぇ。主にドクターの好奇心のせい……と言えるのかな?」
「急ぎましょう。間もなく十一回目の放送になります。道が封鎖されるとも限りませんし」

 アル、トーニャ、那岐、深優、それぞれが西園寺世界と衛宮士郎の遺体に別れを告げ、立ち去る。
 供養をしている時間はなく、いつかまた、墓参りに訪れる機会があることを夢見て、今は墓泥棒として。
 夕日が、安楽に浸る二人の死者を照らす。時刻は間もなく、夜に差しかかろうとしていた。


 ・◆・◆・◆・


「……くだらない」

 束の間の平穏な旅行脚、それを神の視点から見つめる者たちがいる。
 紛い物のHiMEたちの行動を縛る側にある、一番地及びシアーズ財団連合……言うなれば主催者の座。
 その一席に、たった一人の大切な人を奪われた妖狐、すずはいた。

 尾を丸め、慣れない回転椅子で膝を抱えながら、視線は机の上のモニターに吸い込まれている。
 数時間前まではエルザが眺めていた、現生存者たちの動向を、すずも同じように観察していたのだった。
 決して与えられた任務ではない。暇を持て余しての興味の昇華、しかしそれも、気の迷いだったのだと気づく。
 放送の間際まで観察を続けたが、得られた感慨などなにもない。いや、なにも変わらなかった。

 ――人間なんて、愚かで、醜くて、つまらない生き物なんだ。

 長い年月を、琥森島の森で過ごしてきた。見てきた人間は、妖怪や人妖の研究に携わる者たちばかりだ。
 触れ合いも交流も一切ない、ゆえに――『人間』に『母親』を殺された憎しみは癒えることなく、二百年の時が流れた。
 唯一、武部涼一だけは違った。自身に『鈴』と『すず』の名を与えてくれた彼だけが、九尾の狐である己を友と認めてくれた。
 この絆はきっと、永遠に千切れることもないのだろう。そう思い立ち島を脱出した、直後の不幸である。

 ――儀式に協力すれば、武部涼一のいる世界に帰れる。水死の間際にあった武部涼一も助かる。

 ナイアとの盟約を胸に反芻し、すずはこの、人間が牛耳る舞台に席を置いている。
 求められているのは『言霊』の能力だ。他者を従えるこの異能は、人間にとっては確かに便利なものだろう。
 己は単なる舞台装置として、ここに置かれている。ナイアにも神崎黎人にも、そのようにしか認識されていない。

 どうでもいい。反感を抱いたりはしなかった。
 ただ、さっさと終わって欲しい。早く終わらせて、涼一との逃亡劇をやり直したい。
 願望があるとしたら、それだけ。最終的に涼一が戻ってくるのなら、この境遇も甘んじて受け入れる。

 ――それでも人間は大嫌いだが。

 泣き虫な武部涼一の『お姉さん』であろうと、すずは今まで気を張り続けてきた。
 鬱憤が溜まっていないわけではない。何度か、腹癒せに一番地の職員を殺してやろうと思った。
 一番地とシアーズの人間に言霊は使わない、という約束がなければ、今頃屍の山が築かれていたに違いない。

 すずをここに誘い、それらの盟約を交わした張本人、ナイアだけは得体が知れなかった。
 人間でないということは、臭いでわかる。しかし妖怪や人妖の類とも思えず、ただ本能だけが逆らうべきではないと訴えていた。
 殺したいほど憎しみを抱いているわけでもないが、彼女が約束を反故した場合を考えると、殺意はあっさり浮かび上がってくる。

 ――それ以上に、いま最も殺してやりたい相手がいる。

 すずがここ数時間観察を続けていた対象――教会でも一度言葉を交わした相手、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナ。
 人を見下しているかのような眼差し、余裕ぶった態度、挑発的な言動、全部気に入らない。見ていてムシャクシャしてくる。
 人妖ということを踏まえずとも、湧き上がってくる殺意は本物だ。
 なぜトーニャがこんなにも気に入らないのか、それは自分でもわからない。
 観察を続ければ疑問も解消できるかと思ったが、そんなことはなかった。
 むしろ嫌悪感は増すばかりで、このまま観察を続けるのは情緒的に危ないと自己判断を下し、すずは席から立ち上がる。

 まったくもって、時間の無駄だった。
 寸毫ばかりでも人間に興味を抱いた自分が、急に愚かしく思えてくる。

 ――本当に、こんなこと早く終わればいいのに。

 すずはまた、自分の出番が巡ってくるまでぶらぶらしていようと考え、参加者たちの動向から背を向けた。
 終わりはもうすぐなのだ。儀式が今後どう動くにせよ、とりあえずは終わる。もうすぐ、終わるはず……。
 終われば、涼一は帰ってくる。ナイアとの妙な関係もそれで終わり。終われ、終われ、早く終わってしまえ。
 すずは呪詛のように心中で唱え続け、人間への憎しみと嫌悪を、ふと声に漏らす。

「みんな死んじゃえばいいのに」


 ・◆・◆・◆・


お花畑でのどかなランチタイムを過ごした九条率いる一行はその後順調に行程を進めていた。
途中で劇場に寄って彼女が設置していたPCを回収し、今は西日を背に受けて繁華街の中を東へと進んでいる。

「美希のやつもけっこういいパンチ持ってるじゃねぇか……」

軽トラックの運転席で片手でハンドル。片手で顎をさすりながら九郎はそんなことを呟く。
その隣の助手席にはこれまで運転していた九条が座っており、彼女は目的地までもうすぐだということを携帯電話で報告していた。
件の美希達は後ろの荷台で、サイドミラーを見れば愕天王に乗って後ろをついてくる碧の姿が見える。

「――そう、わかったわ。じゃあ少し予定を変えてこちらから杉浦先生と大十字くんをそちらへ向かわせるわ。
 ええ。こちらも異常はないし、万が一確保しそびれることがあっても困るから」

携帯電話を閉じた九条に九郎は何かあったんですか? と、問う。
自分と碧の名前が呼ばれたことから何やら荒事でも起こったのかと、そんなことを想像し少し緊張を強める。
だが、その想像は幸いなことにか外れていた。
九条の説明によると、件の博物館において大きすぎて持ち帰れなかったモノがいくつかあったらしい。

「それで、大十字くんと杉浦先生にはカジノに到着した後、トレーラーを確保して向こうと合流してもらいたいの」

お安い御用ですよ。と、九郎は快く返答する。
こき使われることには慣れているのだ。むしろ今は戦ったり殺しあったりでないというならば、どんな仕事でも歓迎である。
それがドクター・ウェストに為というのはいささか気が滅入るが、アルと一緒に帰れると言うならなんとか無視できないでもない。

運転しながら九条との細かな打ち合わせを続け、目的のカジノの姿を視界の中に見つけると、
九郎はハンドルを切り繁華街からまた別の大きな通りへと抜け、軽トラックをそちらへと進ませた。



「わぁ、すごい……」

眼前に迫った巨大な建築物を見て荷台の上の何人かが息を漏らした。
新しい拠点はカジノ――の上に併設されている高級ホテルだと聞かされてはいたが、その威容は彼らの想像を超えていたらしい。

「あそこで寝泊りするんですか?」
「そうらしいわね。どうやら今晩は清潔なシーツの上で休めることを期待できそうだわ」

この殺し合いというゲーム盤の上に残された16人と2体ではあるが、その大半が庶民派。中には極貧派もいたりする。
目の前のカジノホテルは中流以上であれば手が出ないこともないというぐらいのランクであったが、彼らからすれば青天の霹靂だ。
頭の中に浮かぶのはロイヤルスイートルームや豪華なジャグジー。話の中でしか聞いたことの無いような贅沢な食事だろうか。

ともかくとして、この高級カジノホテル――”Dearly Stars”こそが彼らの新拠点。

主催者側へと対抗する彼らが本拠地とし、物語の終わりを迎える為に、成すべきことを成す為の城なのである。
皆は我らが城を見上げそれぞれに自分自身の物語を夢想し、そこにその先の先を見つけ――


――後の後をただじっと見つめていた。





【ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第三番 「OVER MASTER (超越)」】 へと、つづく――……


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