ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

OVER MASTER (超越) 4

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OVER MASTER (超越) 4 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


「……――つまり、表面に張られた硬質ゴムがある程度以上の衝撃を吸収し、
 その下のアラミドと硝子の混合プレートが貫通属性を持つ――つまりはライフルすらも含む銃弾による攻撃の威力を吸収。
 また成形炸薬弾などを使おうとも更に下に敷かれたセラミックプレートがメタルジェットによる侵食を易々と食い止め、
 最終的に最下層の鋼鉄板に届く頃には如何なる銃弾もでこピン程度の威力しか残らぬとそういう訳なのである。
 まぁ、もっとも特殊積層装甲を実現にするにあたって重量の問題から一枚一枚が薄くなっているが故に単純な衝撃、
 または高威力の斬撃や大質量を持った物質による刺突には若干の不安を覚えるところではあるがな。
 だが、しか~し!
 この凡人がひーこら努力して作った”そこそこ”の装甲もこの大天才たるドクター・ウェストにかかればあら不思議。
 我輩がこれより新生させる真・破壊ロボに組み込まれる頃には完全無欠の最強無敵装甲となっていることであろう」

豪奢なロビーの真ん中にデンと構えられた不気味な研究室の中。
そこに訪れた九条の前でドクター・ウェストはえっへんと胸を張り、鼻を高々、おめめをギラギラ、白い歯をキラッ☆とさせていた。
彼の隣には遂にはロビーの中へと持ち込まれたトミーという名前の機関車――に見える高機動装甲車両が鎮座しており、
その向こう側にはけろぴーという名前のショベルカー。更に向こうにはミニマムな破壊ロボ(レプリカ)が並んで止められている。

夕方頃までは瀟洒な趣のあったロビーも、今やとりとめのない奇妙で異常なモンスターの為のディーラーという有様か、
または車両を搬入する際に粉々と散らされた硝子片を見れば暴走車両が突っ込んだ後の事故現場という雰囲気でもある。
どちらにせよ、ここがホテルのロビー改めドクター・ウェストの研究室というのならまさにそれはぴったりだと、そう言えるが……。

「けど、動力に関してはどうするのかしら?
 あの破壊ロボを核に組み立てるというならば、いささか出力が足りないように思えるのだけど」
「で、あるな。ドクター・クジョウは中々痛いところを突いてくるのである。
 三つの車両が一つになれば個々の力は百万パワーと、そういきたいのは山々ではあるが科学は現実に沿わねばならん。
 一つ一つに搭載されたエンジンはそれぞれを動かすには足りておるが、3つのボディに3つの動力ではやや物足りナッシィィィンッ!
 我輩が脳内で図面を引いた素敵兵器の数々を搭載するとなれば、5倍のゲインは欲しいというのが包み隠さぬ正直な気持ちなのである」

先程までとは一転。ドクター・ウェストは九条の前で苦悶の表情を浮かべる。
いかな天才と言えども無い袖は振れないというのが現実と言うもの。思いつくままに各種車両をここまで運ばせたがよかったが、
しかし完成しませんでしたとなれば、その後の展開は生き地獄to地獄orヘブンというところであろう。天才も身の毛がよだつ。

「じゃあ、明日に予定している”例のアレ”でそれを探すということになるのかしら」
「うむ、である。我輩、そこに僅かながら期待しないでもないでもないでもないのである。
 いやいや勿論。我輩天才超天才であるからにはその様なものに頼らずとも煌めく頭脳がお茶の子さいさいではあるのであるが、
 まぁ他からの助力を拒むほど我輩の心の器はスモールではないのである。
 し・か・ら・ば☆ 我輩、例のアレに向けてここは一つ必勝を期すための発明品をこさえんこともない!
 ――と、そこに現れたるは我輩のライバルにして宿敵。運命の斑蜘蛛糸で結ばれたる大十字九郎ではないか?」

何をしに来たのでほわーい? と、奇妙に身構えるドクター・ウェストの前へと新しく現れたのは彼が口にした通りの男であった。
九郎は片手にバスケットをぶらさげひょうひょうとした風に近づいてくると、それを手術台の上へととんと置く。

「お前、食ってないのによくそんなに口が回るな。とりあえずお前にぶっ倒れられたら困るしよ――差し入れだ」

そっとバスケットの蓋を開くと、比喩ではなく文字通りにその中から光が溢れた。
中に詰められていたのは一見何の変哲も”ある”色とりどりのパンの数々。若干、心なしか、微妙に食べ物っぽくないパンの数々だった。

「ほんとは俺とアルだけで食べちまおうかと思ったんだが、なぁに同郷のよしみだ。遠慮なく受け取ってくれ」
「う……うむ。敵に塩を送られて、この我輩そのしょっぱさにほろりと涙が……で、あるが……」
「どうした?」
「些か科学者的に興味を引かれる物質が混入している予感がひし☆ひし。この物体XはストマックにスローインしてもエブリOK?」
「……な、何言ってんだよ。この俺の差し入れが受け取れねぇって言うのか!? 俺も食ったんだからてめぇも食え!」
「そ、そんなに怖い顔をするなのである。
 我輩、大宇宙に偏在する未知に興味津々。ライバルよりの助けを無下にするほどKYではない故、いただくのであるよ」
「だったらいいんだ。特にこの七色のはオススメだからな。”絶対”食えよ。何、死にはしない」
「死にはしない……つまりは、我輩を殺すのはライバルたる貴様だけだというわけであるか。然り、貴様を殺すのも我輩だけなのである。
 となれば命奪えるは互いのみ、つまり我輩達は不死身と言えるであるな。うむ、少しお腹が減ってきたのである」

何が嬉しいのか、ドクター・ウェストが食べる気になったのを確認すると九郎はにやにやと笑いながら部屋を後にする。
ドクター・ウェストの方はというと、手術台の上にシーツを引き、ナイフとフォークならぬメスとピンセットなどなどを用意し始めた。
どうやら食事を始めるのであろうと察した九条も、嫌な予感がしたのか、適当に挨拶をするとその場をそそくさと離れた。
その背中に届いたドクター・ウェストの「いただきまーす☆」という声がどこか遺言のように聞こえたのは気のせいだろうか……?



「あれって本当に食べても平気なものだっただの?」
「毒を以って毒を制す……いや違うか? でもまぁ、大丈夫です。あいつは殺しても死にやしませんよ」

奇怪な研究室を離れた九郎と九条の2人は少し場所を移し、ロビーの奥に構えられていたカフェの中にいた。
照明は落とされており、非常灯のオレンジだけが頼りのムーディな中、小さなテーブルにつき九条は淹れたての熱く苦いコーヒーを、
九郎は砂糖とミルクがいっぱいに入ったコーヒーで香ばしく焼き上げられた真っ当なパンを胃の中へと流し込んでいる。

「それで、私に何か話があったんじゃないの? まさかパンをつまみ食いする為にここに来たのではないでしょう?」

九条に聞かれて九郎は押し黙る。
沈黙が続いたのはどれぐらいだろうか。何秒か何十秒かそれとも何分もか、少なくとも短くはない時間が経ってから九郎は口を開いた。

「九条さん。あんたはこう言った。こいつはドミノ倒しで、俺たちは所詮そこに並ぶ”牌”でしかないって」
「ええそうね。俯瞰した視点から見ればその認識で間違ってはいないわ。
 私たちは”彼女”によって用意された線をなぞっていたにすぎない。けれども――」
「――けど、今はそうじゃない。だろ?
 それはいいんだ。それは解っている。これからしなきゃならないことも解ってるし、覚悟も決まっているつもりだ。
 俺が聞きたいのは……理樹も、あいつはあそこで倒れるしかない牌だったのかって。それだけじゃく、死んだ、みんなが……」

全てがナイアの思い描いた通りなのならば、心半ばに散っていったもの達の命とは、運命とはなんだったんだろうか。
舞台を彩る為の添え物に過ぎなかったのか。脚本を進める為の道具でしかなかったのか。ただ、それだけにすぎないのだろうか?

「九郎君――」
「解ってる。誰かに聞けば答えが返ってくる問題じゃないってことぐらい。ただこれだけは、まだ納得いかなくて……」

九郎は最後のパンを取ると口に放り込み仇のように噛み砕いて飲み込んだ。
それを見つめる九条の顔には苦い表情が浮かんでいる。
理解を得る為に彼女は全ての事情を暴露した。しかし、事情を理解することと、感情として納得するのとは全く別の問題だ。

「確かに、納得のいく答えが出る問題ではないわ。けどね、九郎君。それでも今のあなたにひとつだけ言えることがある。」
「……九条さん?」
「牌はただ倒れたままなだけじゃない。
 ドミノ倒しと言ったでしょう? つまり、倒れた牌はその次の牌に、その牌はまた次の牌に……残された者の背中に乗っているの」

連なっている。だからこその計画であり、ならばそのドミノ倒しの先頭に立つ者こそは先に倒れた者達の代表者である。

「理樹も、おっさんも……俺の背中に……」
「その事実をどう受け止め解釈するのか。それも答えが出る問題じゃない。……だけど、事実だけは覚えておいて」

あくまでこれも理解でしかない。結局、納得するのもしないのも各々が自分で答えを出さないといけないのである。
だがしかし、理解そのものが答えでなくとも、答えに近づく道しるべにはなるはずだ。
いつか、必ず。彼も、彼らの仲間達も、それぞれに”答え”を見つけるだろう。



「じゃあ、俺は少し外を歩いて風に当たってきます」
「気をつけてね。この中はともかく、外に出ればどこに敵が潜んでいるとも限らないから」

結局のところ答えは出なかったが、九郎はここに来たときよりかは楽な表情を見せカフェから表へと姿を消した。
そんな彼を見送り、そしてしばらく何かを思い、九条も踵を返しその場を後にした。


 ・◆・◆・◆・


「ふう、食った食った」

満腹に飯が食えるというのは、そうそうある事ではない。
ましてやそれが何食も続くとあれば、それはもう神の奇跡である。
少なくとも、貧乏探偵である大十字九郎にしてみればそういうものなのだ。

「特に仕事もしてないのにこんなに食べれるとは……何かイヤな予感がするな」
「何を阿呆な事を言っておるか」
「いてっ!?」

適当に涼みに、とホテルの外をうろつきながら、幸運のしっぺ返しに思いを馳せる九郎に、強烈なツッコミが入る。
この痛み、声は九郎にとっては確認するまでも無い。
粘性の台座、ダンセイニの上に座っているアルが、そこに居た。

「まったく、一応ここは敵地なのだから部屋で大人しくしようとは考えんのか」
「いや、少し涼みに……別にホテルの部屋が落ちつかなかった訳じゃないぞ!」
「聞いておらぬわ、このたわけが……」

多少あきれた声で嘆息しつつ、ちょっとした階段状の場所に腰を降ろす。
すかさず背もたれになるダンセイニに、当然のようにそこに寄りかかるアル。

「座らぬのか?」

そうするのが当然、とばかりに告げる。
元より答えなど求めてもいないのか、さらに背もたれに寄りかかり、空を見上げるかのような姿勢になる。

「落ち着かぬのであろう? 妾も少しは夕涼みがしたいところだったのでな」

どうしようか、という九郎であったが、その言葉でアルの隣に腰を下ろす。
そうして、アルと同じように空を見上げる、その先に何か見るものがあるのかなどわからずに。

「綺麗な星空だな」
「うむ。 アーカムシティの喧騒が無いだけで、こうまで静かに見えるとは」

しばらくは何の会話も無かったが、ややあって、九郎が告げる。
確かに、人の生み出した明かりなど背後に佇むホテル程度にしか無いこの状況では、見える星の数が違う。
これだけ美しい星空の何処かにあるという災厄の星、媛星がいずれ降ってくるとは俄かに信じがたいほどの美しさ。

「のぅ、九郎よ」
「ん……何だ」

しばし、無言で星を眺める二人。
今更、大した言葉など必要とはしないが、それでも語らなければならない事もある。
そうして、それが自分の役割であると、アル・アジフは悟っている。

「何を、悩んでおる」

特に、反応はしなかった。
あるいは、その言葉を予想していたのだろう、九郎の反応はあっさりとしたものだった。

「……バレてたのか」
「妾を誰だと思っておるのだ、汝の悩みなどお見通しよ」
「……はは、隠し事は出来ないな」

と、そこで一度言葉は途切れる、何かを堪えるかのように。
右手を、額にあて、表情を隠す。

「……守れなかったんだ」

そして、吐き出すかのように、言った。

「…………」
「おっちゃん、理樹、他にもたくさん」
「…………」
「ブラックロッジと戦って、アーカムシティを守って、俺は、俺なりにやれてきたつもりだった。 それが……」
「……続けよ」
「それが、この島ではほとんど何も出来なかったんだ」
「………………」
「出来る事、しなければいけない事、沢山あったのに、ほとんど出来なかった」
「……………………」
「俺は、こんなにも無力だったんだ」

続く、九郎の独白。
それを、アルは静かに聞いている。
そう、静かに、静か過ぎる程に。
ダンセイニが、密かにメッセージを九郎に送るが、九郎は独白を続ける。

「それで、何となく、思ったんだ」
「…………………………」
「正義の味方だ、なんて言っていても、所詮はこんなものなのかな、てな」
「………………この、たわけが!!」
「ぶっ!?」
「人が黙って聞いていればこの未熟者が!」
「ア、アル?」
「言え九郎! 汝は何だ!?」
「え?」

ダンセイニ椅子から勢い良く立ち上がり、そのまま九郎の正面に、顔がくっつきそうな程の距離に飛ぶ。
紅潮した顔に怒気を秘めた声で、叱咤する。

「汝は妾の、最強の魔道書の主であろう!」

そして、その事実を口にする。

「救えなかった? 未熟であった?
 そんなものは今更であろう! 汝は元々半人前の貧乏探偵であろ!」
「……う」
「だが! 汝は、大十字九郎は! 妾の、最強の魔道書の主なのだぞ!
 妾を駆り、妾と共に、数多の邪悪と戦ってきたであろう!」
「あ……」
「後悔するのも良い、己の無力を嘆くのも良い、だが、決して諦めるな!
 汝の強さを取り戻せ! 汝の誇りを取り戻せ!
 忘れたのか? 汝は確かに柚明を救ったのだ、救えたのだぞ。
 汝と妾、共にあってこその魔を絶つ刃。
 汝には妾が居る。 妾が汝を強くする!
 だから共に戦おう! 妾たちの、桂の、皆の命を掴もう!」

そうだ、忘れるな。
大十字九郎は決して一人ではない。
皆がいる。
仲間がいる。
そして、最高のパートナーがいる。
ならば、何を迷う。

「…………」
「…………」
「…………」
「いや、何か言わぬか」
「あ……いやその、ありがとうな、アル」

そういいながら、九郎は、目の前の小さな身体を強く抱きしめる。
その小さな身体を、大事な宝物のように、しかと抱きしめる。
己の気持を、伝えるように。

「ふん、いつまでも未熟者の世話を焼かねばならぬ妾の身にもなれ」

僅かに声を上ずかせながらも、アルは特に抵抗しなかった。
赤く染まった頬を隠すように、その胸に顔をうずめる。
そこに確かに九郎という存在を感じ、甘えるように身を預ける。
その身体を、今度は包み込むように、そっと九郎が覆う。

「特別、だぞ。 己が分を弁えよ……」



(そう、己を、弁えよ……)

(ああ、そうだ、妾こそ何もできなかったというのに)

(何が最強の魔道書か、桂という仮の主を持ちながら、何一つできなかったというのに)

傷ついた桂を救えなかった。
サクヤの死を見ている事しか出来なかった。
迫りくる西園寺世界の前に何も出来なかった。
死に行く菊池真を見取ることさえ出来なかった。
アル一人では、柚明をどうすることも出来なかった。

(妾は、妾こそ九郎がいなければ何も出来ん)

(妾は、いつからこんなに弱くなったのであろうか……)

(妾は最強の魔道書などではない、九郎と共にあるからこその最強の魔道書なのだ)

無力など何度も味わった、己の存在すら呪った事もあった。
長い時の中で擦り切れたその思いすらも、己の物であると感じ取れる。
己の矜持のため、そして九郎の成長のために告げる事のできない苦悩も、そうあれかしと思える。
全ては、己と、九郎の未来の為にあったのだと。

己が主の、いや最愛の人の腕の中、誰にも告げる気も無い、告げる必要も無い幸福に少女は満たされていた。



「てけり・り」

たった一人の聴衆は、その光景に背を向ける、邪魔者は必要ないとばかりに。
残された世界にて、青白い月が二人を包んでいた。


 ・◆・◆・◆・


「あら、杉浦先生にトーニャさん」

一階より再び七階へと戻ってきた九条は、エレベータを降りたところで偶々通りかかった碧とトーニャに出会った。
二人とも普段はポニーテールだが、今はしっとりと濡れて下ろされており、肌も幾分か紅潮している。
更には、着ているものも客室に備え付けられている浴衣へと変わっている――となれば彼女たちがどこに行っていたのかは明白だ。

「お風呂ですか?」
「うん。気持ちよかったよー……♪
 けっこう色んな湯があったしさ。私は日本人として断然あっつい湯が好みなんだけど、まぁ九条センセもひとっ風呂浴びてきなよ」
「私としてはやはりサウナが性に合ってますかね。
 湯船に浸かるのも悪くはありませんが、碧のようにあんな熱湯に入る真似はできません。あれはゴエモンとかいう拷問なのでは?」

好みの差はあれどどちらも十分に満足してきたらしい。
あれがあったこれがあったと捲くし立てる碧も、あれあれはこうの方がよかったですねなどと言うトーニャも表情はずいぶんとやわらかい。



「うっうー! みなさんもお風呂ですかー?」

エレベータホールで足を止めていた3人が明るい声に振り返ると、声の主であるやよいをはじめ5人の女の子がやって来ていた。
やよいに桂に柚明。それとその後ろに美希とファル。
女の子ばかりで連れ立って、きゃっきゃと明るく騒がしい様を見れば、まるで修学旅行にでも来たかの様な雰囲気であった。
そして彼女たちは一様にタオルや浴衣などを胸に抱えている――となれば彼女たちがこれからどこに行くのかそれもまた明白であるだろう。

「あなた達もこれからお風呂に?」
「はい! プッチャンはお留守番なんですけど、またみんなでお風呂に入ればもっともっと仲がよくなると思うんです!」

いつでも元気一番なやよいを見て、九条とそしてそこにいる全員が「やよいは賢いなぁ」と顔をほころばせた。
見渡せば、長く一緒にいた者も、昨日出会ったばかりの者も、わだかまりを抱えていた者も、みんなが旧来の友人の様に接している。
もしアイドルになる者にそれぞれタレント(才能)があるのだとしたら、この誰をも巻き込む明るさこそが彼女の持つものなのだろうと、
こちらを覗き込むやよいの笑顔を見て九条はそう思った。

「九条さんも、いっしょにお風呂に入りませんかっ!」

え? と、九条の目が丸くなる。それは彼女からしてみれば全くの想定外であった。
親子ほどに年齢も離れていれば、首輪を嵌めて必死だった彼女達とそれを外側から見ていた自分とは立場も異なる。
そして何より、今更ながらに九条はそれに気づいた。無意識の内に自分は参加者である彼女達の間に一線を引いていたのだと。
どこか申し訳なさと、引け目を感じて、”いっしょ”ではなく一歩離れた場所に身をおいていた事に。

「昨日は、ご一緒できませんでしたし。だったら、今日入ればもっと仲良くなれると思うんです」
「でも、こんなおばさんがあなた達と一緒でいいのかしら……?」
「はい大歓迎です! お背中流させてください。得意なんですから、きっと気に入ってもらえると思います!」

九条の目尻に小さな粒が浮かび上がった。ずっと日陰の中で生きていた彼女にやよいの明るさは眩しかったのかもしれない。

「ええ。ええ、じゃあいっしょに、お風呂に入りましょうか」

でも、その眩しさはとても、とても心地のよいものであった。


 ・◆・◆・◆・


「……ふぅ、今日も色々有ったなクリス」
「……うん、結構疲れたよ」
「騒がしくもあり……楽しくもあり、嬉しくもあった」
「なつき……」
「哀しい事もあった」

ホテルの七階、その窓から見下ろす街並みはまるで宝石箱のような輝きを放っていた。
その風景をスイートルームの一室のソファーから見下ろしているクリスとなつき。
二人は静かに寄り添ってその風景をただ見つめている。
繋いだ手は解けない様に強く、労わる様に優しく。
見つめる目は穏やかで愛おしいもので。
そっと静かに肩を寄せ合った。

「……御免」
「なんでクリスが謝るんだ?」
「……いや……その」

クリスがそのなつきの言葉に咄嗟に謝ってしまう。
本当に咄嗟にクリスが悪いわけではないのに。
なつきを泣かせてしまった……それがどうしても哀しくなって。
つい、謝りの言葉がでてしまう。
そんな不安そうなクリスの顔を直ぐ傍でなつきは覗き込んで、そして笑って。

「クリス……それでも私は楽しかったぞ? お前が居てママが居る……これ以上の幸せはないんだ」
「……うん」
「だから……笑ってくれ。クリスが笑っていれば私は嬉しい。クリスの笑顔が私の幸せなんだ」
「うん」
「そうだ、その笑顔が好きなんだ。笑っていてくれ……クリス」
「なつきも笑っていて……なつきの笑顔も僕の幸せだよ」

なつき笑いながらクリスを見つめてそう言った。
迷い無くそう言えたから。
だから笑っていた、互いの息が顔にかかる距離で、とても幸せそうに。
それに釣られてクリスも笑う。
心の哀しみが静かに融解していく。

繋いだ温かい手、明るい彼女の笑顔。それがクリスを癒している様で。
堪らなく愛おしくて。
クリスはそのままそっと抱きしめる、優しく、優しく。
少しでも距離を埋めるように。
心がもっともっと近くに感じられるように。

この世界が夢ではないようにと確かめるように。

その温かさを、小さな体を、優しく確かに受け止めていた。

「クリス、私はここにいる……」
「なつき……なつき」
「そうだ……ここにいる、クリスの傍に」

クリスの不安を察し、そしてそれを溶かすように言葉を重ねる。
これは幻、夢なんかじゃないと。
なつきは自身の温もりをクリスに与えるように強く抱きしめた。
ここにいる、クリスの傍に居る……それを証明するように。

「クリス……」
「……なつき」

不意に感じた優しい温かさ。
それは押し付けあった額の温かさ。

もしかしたら今存在しているものは夢幻なのかもしれなけど。

でも……それでも……


静かに鳴る鼓動。
額の優しい温かさ。


それは何よりも生きている事の証なのだから。


だから二人はそっと唇を重ねる。

互いの存在を確認しあうように。

ゆっくりと絡み合うように。

そっと重ねあっていた。


それはきっと何よりも優しく温かい……ふたりの場所。


「大丈夫だ、大丈夫」

なつきは無邪気に笑っていた。

額を重ね合わせながら頬を真っ赤にして。
目尻を少し雫に濡らせながら。

クリスの為に笑っていた。


「私は傍に居る……クリスは独りじゃない」

クリスは独りじゃない。
それを心から伝える為に唇を重ねる。

この想いが届きますように。

そう願いながら。

彼の哀しみを癒す為に。

そう想いながら。


ただ……ただ……


重ね合っていた。



「ありがとう……なつき」


そんななつきが愛おしくて、愛おしくて。
クリスは強く抱きしめる。

少なくとも……
いや、これだけは、この温もりは……

確かなのだと。


夢でもなく幻でもなく……


今、ここにある一つの奇跡は……


きっと何よりも……



――――温かい。




 ・◆・◆・◆・


全てのものが眠りにふけっている様な静かな夜。
そんな真夜中だというのに街から明かりは消えない。
この島に存在しているのは18人しか居ないのに。
それなのに宝石箱のような光はずっと消えない。

そんな事をなつきは考えながら窓から見える夜景をベッド腰掛けながら眺めていた。
一糸纏わない姿に一枚純白のシーツを被って。
何故かは解らないけど眠れなかったのだ。
同じベッドではクリスが安心しきったように眠っている。
その姿を見つめ笑顔になりながら少し惑う。

それをおくびにださないように一心不乱で空を見つめていた。
数多の星。
そして怪しく紅く耀いている媛星。

「………………はぁ」

なつきは意図しないうちに溜め息が出てしまった。
やっぱり考えないのは無理だと思うように。
なつきが先程から考えている事。
それはむつみから聞いた事だった。

「ここまでの事は全て選ばれて仕組まれた事……か」

それはナイアによって仕組まれていたかもしれないという事。
今まで生き残った18人、皆ナイアの計算通りに動いていたといわれた事だった。
あの時深く考えなかったが冷静になってみるととても不安になってしまう。
それはつまり……

「クリスとの事も……この想いも仕組まれていた……というのか」

クリスとの事も仕組まれていた。
そういう事になってしまう。

違う。
そう思ってブンブンと頭を振った。
嫌だった、単純に。

このかけがえない想いが作られてなんて考えたくない。考えたくも無い。
だってこんなにも溢れる想いは本当なのだから。
愛おしくて愛おしくて。
それが作り物なんて考えられない程……
だから口に出す。
想いを確認する為に。

「クリス……愛している」



「……僕もだよ、なつき」
「…………え?」


ふわりと抱きしめられる。
優しい言葉と共に。
なつきを繋ぎとめるように。

クリスが後ろからそっと抱きしめていた。
何時の間にか起きていてなつきを抱きしめている。
なつきはその手をぎゅっと握った。
笑顔で、強く。

そうだ、クリスはいつもこうだ。
不安をやすらげてくれる。
居て欲しい時に傍に居てくれる。
嬉しくなってその手を握っていた。


「なつき……この想いは本当だよ」
「クリス……」

なつきの呟きを聞いたか知らずか。
それでもクリスは優しく伝える。
その想いを言葉に変えて。


「どんな時でも、何処でも……例え作られたとか言われても……」


仕組まれたのかもしれない。
予定調和なのかもしれない。

でも、それでも。



「なつきと出会えた事は……奇跡だから。有り得ない出会いなんだから……」
「クリス……」
「だから……この想いは本物で掛け替えの無い大切なものだよ」
「私もだ……クリス」


この島で。

時空も、世界も超えて。

出逢って。

恋して。
愛し合って。

笑って。
泣いて。

そして今も傍に居られる事は……


たった一つの小さな奇跡。


だから。


この想いはきっと何物にも変えがたい……


かけがえないものだから。


だから紡ぐ。


「なつき……愛してる」
「クリス……愛してる」


小さな奇跡の愛を。




そのまま唇を重ねて。
想いを重ねて。


深い深い愛を。


確かめるように


優しく求め合っていく



――――かけがえのない想いを。


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