OVER MASTER (超越) 5 ◆Live4Uyua6
・◆・◆・◆・
夜風と共に、今日という一日が過ぎ去っていく。闘技場では一切の死人を出すこともなく、平和な時間が流れた。
これは、本日限りのものではない。明日以降も続く、しかし来るべき決戦の折には、崩壊するかもしれない平穏。
ゆえに、束の間。計画通りに事が進めば、それは三日後か……那岐は頭上に聳える凶の星を眺め、未来を憂いだ。
これは、本日限りのものではない。明日以降も続く、しかし来るべき決戦の折には、崩壊するかもしれない平穏。
ゆえに、束の間。計画通りに事が進めば、それは三日後か……那岐は頭上に聳える凶の星を眺め、未来を憂いだ。
「もうすぐ、もうすぐだ。君との数百年に及ぶ腐れ縁も、もうすぐ終わりを迎える……」
ホテルの屋上から天に向かって語りかけるその対象は、数日後に落下が予測されている災厄の象徴たる隕石、媛星。
弥生時代に生を受け、以来数百年、千年にも渡る悠久の時を生きてきた存在――那岐が、因縁の宿敵と捉えるもの。
それは人知れず何度も、この惑星とそこに住まう人々を滅ぼそうとし、その度に乙女たちの想いが天に捧げられた。
弥生時代に生を受け、以来数百年、千年にも渡る悠久の時を生きてきた存在――那岐が、因縁の宿敵と捉えるもの。
それは人知れず何度も、この惑星とそこに住まう人々を滅ぼそうとし、その度に乙女たちの想いが天に捧げられた。
邪なる神の介入は、因縁決着の合図を促すには丁度良いタイミングなのかもしれない。
媛星の回避という使命を与えられ、人間としての死を奪われた那岐は、いつか来る明日について考えるのだった。
媛星の回避という使命を与えられ、人間としての死を奪われた那岐は、いつか来る明日について考えるのだった。
「明日……明日か。カレンダーが捲れていくことには、もうなんの感慨も抱かなくなった僕だけど……」
「――那岐さん?」
「――那岐さん?」
ふと那岐が振り返ると、そこにはパジャマ姿の柚明が立っていた。
風に靡く髪を掻きながら、こんばんは、と挨拶を投げかけてくる。
風に靡く髪を掻きながら、こんばんは、と挨拶を投げかけてくる。
「どうしたの? こんな時間、こんな場所に一人で来るなんて。
あ、もしかして。人気のなさを見計らってこっそり愛の告白とか?」
あ、もしかして。人気のなさを見計らってこっそり愛の告白とか?」
常のとおりおどけた様子で言う那岐に、柚明は柔和な笑みを浮かべた。
「星が……見たかったから。それと……元気のない男の子を見かけたから、かな」
「ねぇ柚明ちゃん。君はもう、名簿にある〝ユメイ〟ではなく……〝羽藤柚明〟としての道を歩んでるんだよね?」
「ええ。桂ちゃんに、〝柚明お姉ちゃん〟と呼ばれてしまいましたから」
「ええ。桂ちゃんに、〝柚明お姉ちゃん〟と呼ばれてしまいましたから」
それは、〝オハラシサマ〟と呼ばれる伝説――。
肉体を捨て、魂だけの存在となって、封印を守り続けるという使命――。
最愛の従妹への想いを天秤にかけ、なおも無碍にはできなかったあるお姉ちゃんの悲しい物語――。
肉体を捨て、魂だけの存在となって、封印を守り続けるという使命――。
最愛の従妹への想いを天秤にかけ、なおも無碍にはできなかったあるお姉ちゃんの悲しい物語――。
この羽藤柚明もまた、那岐と同じくオハラシサマという使命に縛られていた身だ。
それがナイアの気まぐれで儀式に呼ばれてしまい、受肉した体と称して捨てたはずの肉体まで取り戻し、今はこうして人として在る。
屈託のない微笑に、後悔の念など感じられないが……オハラシサマではなく、羽藤桂の姉として生きる今の彼女の心境は、どのようなものなのだろうか。
それがナイアの気まぐれで儀式に呼ばれてしまい、受肉した体と称して捨てたはずの肉体まで取り戻し、今はこうして人として在る。
屈託のない微笑に、後悔の念など感じられないが……オハラシサマではなく、羽藤桂の姉として生きる今の彼女の心境は、どのようなものなのだろうか。
「……いい機会だ。柚明ちゃん。僕のちょっとした昔話につきあってもらえないかな?」
月夜は人をお喋りにする。
昔語りをするのに、これ以上の機会はなかった。
昔語りをするのに、これ以上の機会はなかった。
「……はい」
那岐の申し出に、柚明は快く頷いた。
誰かに自分の境遇を重ね、心中を吐露することは、これまでにも多々あった。
それはたとえば、姫巫女の実弟であったり、自分とは別の使命を背負う少女であったり。
理解されるかどうか、共感されるかどうかは、さして問題ではない。
今はただ、語りたい気分なのだ。
それはたとえば、姫巫女の実弟であったり、自分とは別の使命を背負う少女であったり。
理解されるかどうか、共感されるかどうかは、さして問題ではない。
今はただ、語りたい気分なのだ。
悠久の時が築き上げてきた想いは今、那岐の口から訥々と語られていく……。
・◆・◆・◆・
――――那岐。
その名を授かったのは、もう何百年も昔……歴史の教科書に載るくらい、昔のことだ。
『那岐、良いですか。稲作に限りませんが、農業には天候の理を知る必要があります。
鬼道を体得し、それらを自在に操ることができれば、農業を発展させることも容易となるでしょう』
鬼道を体得し、それらを自在に操ることができれば、農業を発展させることも容易となるでしょう』
幼い少年、那岐には一人の姉がいた。
皆から慕われ、皆に導きを与え、皆をよく想っていた、尊敬できる姉だった。
『そうすることで、国は富みます。国が富めば、民人も富みます。民人や国を導く我らは、強くなくてはなりません。
強く導き、そして鬼道の力をもって国を富ませるのです。戦になった折には、鬼道はその手段としても役に立ちます』
強く導き、そして鬼道の力をもって国を富ませるのです。戦になった折には、鬼道はその手段としても役に立ちます』
しかし那岐は尊敬の念を抱く以上に、彼女が――陽巫女が、姉として大好きだった。
はたして姉は、この想いに気づいてくれているのだろうか。
那岐が欲するのは、厳しき教えなんかではない。
多くの姉が弟に接するような、優しい言葉が欲しかった。
『この身も、そなたの身も、等しく国のために、民人のためにあるのです』
統治者の立場にある姉は、いつもそんなことばかりを話す。
家族としての、姉弟としての会話など、欠片ほどしかない。
あの頃の那岐はまだ幼く、幼いからこそ、反発を繰り返した。
『姉上……那岐の身は、姉上のためだけにあります。国とか、民人のことはよくわかりません』
『それはまだそなたが幼いから……でもいけませんよ。那岐、そなたも自覚を持たねばなりません』
厳しい姉だった。
時折、優しくもあった。
だけど大抵は、いつも厳しかった。
『そなたはこの陽巫女の弟なのです。妾の弟であるということがどういう意味を持つのか、学んでいかねばなりません』
……そればかりだ。
いつも、そればかりだ。
きっと、那岐の想いは姉になど届いていないのだ。
想いは天に捧げるもの……そして想いは天より地へと振る。
そう学んできたのに、那岐が捧げた想いは天に掠め取られてしまったのだ。
『ふふっ……そんな寂しそうな顔をして、仕方のない子。もうすぐ十になるというのに』
『那岐はまだ子供です。それに姉上は最近、那岐と一緒に寝てくださらない』
『まあ、十といえば立派な大人の男ですよ? なにを甘えたことを言うのですか……もう』
『で、でも……』
でも、たぶん、きっと……それは、違う。
姉はおそらく、那岐の想いを知っているのだ。
知っていながらに、こんな意地悪を働くのだ。
だからほんのちょっとだけ拗ねて見せると、姉は途端に優しくなる。
『仕方のない子。今宵は姉が一緒に寝てあげましょう。でも、十になるまでですよ』
『は、はい! 姉上! 必ず!』
『まったく、調子のいい子だこと……』
そうやって、厳しさの合間にときどき見せてくれる優しい顔が、大好きだった。
姉は那岐に、大人になるのですよ、とたびたび諭した。
それでも那岐は、姉に子供として、弟として見てもらいたかった。
ほほえみをかけられて、
頭を優しく撫でられて、
添い寝をしてもらって、
那岐と呼んでもらって、
そんな風に、ずっと姉と接していたかった――――。
しかし、子供はいつしか大人になる。
那岐もいつしか、陽巫女の弟たる立場を自覚し、国や民を想うようになった。
だからといって、姉への想いが消えたわけではない。
大人は大人なりに、想いの色を少しずつ変えながらも。
今は、可愛がられたい、ではなく。
今は、姉の役に立ちたい、と。
那岐は強く、強く、強く想い……その日を迎えたのだ。
惑星に迫りし凶の象徴……媛星を還す儀式の日を。
己の肉体との……最愛の姉との、別れの日を。
『さあ、那岐……ここへ』
『姉上……』
『良いですね、那岐?』
頭上の赤き星は既に、月よりも大きく天を塞いでいる。
もはや一刻の猶予もない。
このままではこの星が呑まれてしまう。
あせりはなかった、恐れもなかった。
ただ、寂しくはあった。
『はい。那岐は……この命、姉上に捧げることができるのなら。姉上のお役に立てるのなら、本望です』
『そうではありません。那岐、そなたの命は妾ではなく、国に、民に、捧げられるのです』
『那岐は姉上さえよければ、それで……国や民のことは……』
『那岐……いつまでも困った子……』
姉はやはり、最後の時まで陽巫女であろうとした。
那岐にもやはり、陽巫女の弟であれと諭した。
お互いのことよりも、国や民を想い。
姉と弟の絆すらも、霞むほどに。
『さあ、始めましょう。〝媛星〟はもう、すぐそこまで来ています』
姉はどこまでも実直で、どこまでも厳しく、どこまでも優しく。
そんな姉だからこそ、那岐は今まで好きでいられたのだと思う。
相互の想いがどうあれ、自らの運命を呪ったりなどしなかった。
『那岐は、国のために、民のために、そして……姉上のために儀式に臨みます。……これで、よろしいのですよね?』
『ええ、そうです。その心構えです』
媛星を還すことが、姉の役に立つことに……姉の弟であることに繋がる。
だから、これでいいのだ。
想いが強いからこそ、想いは代償となる。
『そなたも今では、この国で妾に次ぐ鬼道の使い手。二人の力を合わせられれば……』
――――カグツチ。
姉の力と那岐の力を合わされば、強大なる竜の化身が蘇る。
カグツチの力を持ってすれば、媛星の脅威とて払えるはずなのだ。
カグツチを呼び出し、その力に縋る……残された手は、それしかない。
『さあ、いよいよです。口寄せしたカグツチの使役のために、この草薙の片割れを使います』
草薙の剣を握る陽巫女には、これより大役が待っている。
その晴れ姿を、那岐は見ることができない。
見守れないことが、残念でならなかった。
けれど、皆の先導者たる陽巫女なら。
強くて優しい姉上なら、なんの心配もない……
『那岐……うっ……ううぅ……那岐……っ』
……そう、思っていたはずなのに。
姉は泣いていた。
体面も気にせず、声もあらわに泣きじゃくっていた。
『どうして……どうして、そなた以外にいないのでしょう……っ』
泣かないで、姉上。
姉上が悲しむ必要なんて、なにもない。
これは那岐の務めだから。
姉上の務めは、別にあるのだから。
務めという名の、運命なのだから。
だから――
『う、うぅ……ううう……っ。妾は、妾はそなたを失いとうありません。やっぱり……だめ……だめ……っ』
――いや、それは違う。
務めも、運命も、国も、民も、なにもかもが偽りだ。
姉は、ただ実の弟を失うことだけが悲しかったのだ。
……なんだ。
やっぱり、姉上への想いは届いていたんじゃないか。
『姉上……姉上は、この那岐にいつも仰っていたではないですか。
国と民のために、導く者は時として己を捨てなければならない、と』
国と民のために、導く者は時として己を捨てなければならない、と』
ああ。
お願いだから、それ以上は泣かないで。
姉上に泣かれてしまっては、これまで我慢していた那岐も……。
『今こそ姉上……そのときなのではないでしょうか? この那岐にとっても、姉上にとっても』
だめだ。
想いはまだ、口には出せない。
国のために、民のために、姉上にはそう在ってほしい。
『っ……そう、ですね。那岐に、そのように言われるとは思いませんでした。立派になられましたね……』
『ふふ、もちろんです。それに、那岐は嬉しいのですよ?』
姉上が那岐へ捧げた想いは、もう十分に届いているから。
だから……だからこそ……
『口寄せに必要な贄は、〝想い人〟――。最も大切な人、ですよね』
だからこそ、那岐はこの身を生贄として捧げるのだ。
『姉上の最も大切な人であることが、なによりも嬉しいのです。さあ姉上。時間がありません、口寄せの儀式を』
『……後ほど妾も、様々な準備が整い次第、そなたと同じ身の上になるつもりです。共に、行く末を見守りましょう……』
『はい、お待ちしております。ただ、現世に残るあの子たちだけが……気がかりです。立派に育ててあげてください』
『結局一度も抱かせてやれませんでしたね。許しておくれ。あの子は、台与は……次代を担わねばならぬ神なる身』
もっと語らいがしたかった。
もっと触れ合いたかった。
もっと、もっと、もっと……ずっと。
ずっと、共に在りたかった。
『う、うっく、うぅ……那岐、私の可愛い弟。そなたに、神の力の宿らんことを――――』
草薙の片割れが那岐の身を突き刺し、
『……あ、姉、うえの、ために…………姉上、だけの…………う、うぅぅぅ……こふっ――――…………』
別れの言葉は血の嗚咽に消し飛ばされ、
『神の降り立つを……言祝ぎて、迎えん……』
燃えるように熱い死の予感は、
神なる炎の熱気によって滅却され、
大好きだった姉の笑顔すら溶けて消え、
そのまま、悠久に沈む――――。
『 ―― 那岐……媛星だけは還すのですよ。それが、国と民にとってもっとも重要なことなのです ―― 』
『 ―― 心得ておりますよ、姉上。すべては国のため、民のため、そして、姉上のため…… ―― 』
以後数百年に渡り、繰り返されたのはそんな偽りだらけの語らい。
想いを寄せ合う姉と弟が、真に言葉を交わせる日は、もう…………。
・◆・◆・◆・
「……僕の人生は、姉上のお役に立ちたいという想いでいっぱいだった」
語られることのなかった、真なる歴史。
神々の伝承は今、幾度の転生を経た那岐の口から、深々と吐き出された。
神々の伝承は今、幾度の転生を経た那岐の口から、深々と吐き出された。
「……わかる、気がします」
聞き手の柚明は、那岐の告白に対しそう呟いた。
「ねえ、柚明ちゃん。君はこの星詠みの舞が終わったら……どうやって生きていくつもりだい?」
那岐は、静かに問いかける。
失われた肉体を取り戻し、人生を改めた少女の行く道は、まだ先が定まっていない。
その回答はすぐに得られるものではないだろうし、これから模索していくべき道なのだろうと那岐自身も思う。
失われた肉体を取り戻し、人生を改めた少女の行く道は、まだ先が定まっていない。
その回答はすぐに得られるものではないだろうし、これから模索していくべき道なのだろうと那岐自身も思う。
「……羽藤柚明として生きます。桂ちゃんの隣に立って、桂ちゃんと一緒に歩いていきます」
問いかけに答える柚明の顔に、迷いはない。答えなど、とうに決まっていたのだ。
迷いを捨て、心を決めた彼女は、立派な桂の姉としてここに在る。
なんて、厳しくも優しい――見惚れるような姿が、眩しく映る。
迷いを捨て、心を決めた彼女は、立派な桂の姉としてここに在る。
なんて、厳しくも優しい――見惚れるような姿が、眩しく映る。
「……舞衣ちゃんといい、柚明ちゃんといい」
姉の姿というのは、なんとも力強く、輝かしく、そして懐かしい。
那岐は赤の混在する星空を見上げながら、誰にでもなく問う。
那岐は赤の混在する星空を見上げながら、誰にでもなく問う。
「僕は……僕と姉上は、どうすればいいのかな……」
一番地らを打倒し、媛星の存在しない世界に帰ったとして、那岐と陽巫女はどうなるのだろうか。
三百年の周期で繰り返される、星詠みの舞。
その進行を司るという使命は、媛星がなくなってしまえばお役御免だ。
魂を永久のものとした那岐、器を変え幾度もの転生を果たし生きる陽巫女。
媛星に翻弄され続けてきた姉と弟は、未来をどう歩めばいいのだろう。
その進行を司るという使命は、媛星がなくなってしまえばお役御免だ。
魂を永久のものとした那岐、器を変え幾度もの転生を果たし生きる陽巫女。
媛星に翻弄され続けてきた姉と弟は、未来をどう歩めばいいのだろう。
「那岐さん……」
天壌を見上げる那岐の横顔は、柚明の瞳にどう映ったのだろうか。
儚く、物悲しげに、考えても事なきことを考え続けている。
誰が諭せもしない、那岐にしか理解できない悩みが、
儚く、物悲しげに、考えても事なきことを考え続けている。
誰が諭せもしない、那岐にしか理解できない悩みが、
「お話は聞かせてもらいましたっ!」
いつの間にかその場に訪れていた、元気な少女の声によって掻き消される。
高槻やよいだった。那岐と柚明のちょうど中間に立ち、右腕を高々と上げている。
髪は誰にやってもらったのだろう。いつものツインテールが、今は輪の形に結い上げられている。
服装はそれに見合うパジャマ姿で、寝る前だというのに右手にはプッチャンを嵌めていた。
髪は誰にやってもらったのだろう。いつものツインテールが、今は輪の形に結い上げられている。
服装はそれに見合うパジャマ姿で、寝る前だというのに右手にはプッチャンを嵌めていた。
「那岐さん、水臭いです! どうしてもっと早く、私たちにそのこと話してくれなかったんですか?」
「そうだぜ。まさか那岐がお姉ちゃん大好きっ子だったとはなぁ……こんなからかい甲斐のあるネタを黙ってたなんてよ」
「そうだぜ。まさか那岐がお姉ちゃん大好きっ子だったとはなぁ……こんなからかい甲斐のあるネタを黙ってたなんてよ」
いつから話を聞いていたのだろうか。
やよいとプッチャンは感激の態度もあらわに、那岐へと肉薄した。
唐突な闖入者に困り顔を浮かべる那岐とは対照的に、柚明は笑みを浮かべ言う。
やよいとプッチャンは感激の態度もあらわに、那岐へと肉薄した。
唐突な闖入者に困り顔を浮かべる那岐とは対照的に、柚明は笑みを浮かべ言う。
「それなら、やよいちゃんが那岐さんのお姉ちゃんになってあげたらどうかな?」
「あ、それ名案かも! 私、弟と妹がいますから。きっと那岐さんのお姉ちゃんにもなれると思いますっ!」
「おっと、そうは問屋がおろさないぜ。やよいをお姉ちゃんと呼ぶなら、まずはこのプッチャン様を倒していってもらおうか」
「い、意味がわからないよ……っ」
「あ、それ名案かも! 私、弟と妹がいますから。きっと那岐さんのお姉ちゃんにもなれると思いますっ!」
「おっと、そうは問屋がおろさないぜ。やよいをお姉ちゃんと呼ぶなら、まずはこのプッチャン様を倒していってもらおうか」
「い、意味がわからないよ……っ」
昔を思い出した反動か、センチメンタルに浸っていた那岐は戸惑い気味だった。
いつもなら、誰かをからかったりするのは那岐の領分であるはずだ。
星詠みの舞の姫巫女たちに逆にからかわれるなんて、数百年の歴史を紐解いてもなかったことである。
いつもなら、誰かをからかったりするのは那岐の領分であるはずだ。
星詠みの舞の姫巫女たちに逆にからかわれるなんて、数百年の歴史を紐解いてもなかったことである。
「ま、なにはともあれ那岐にも子供らしいところはあったってことだ。
子供は子供らしく、もっと姉ちゃんを恋しく思っていいと思うぜ」
「……子供、ね」
子供は子供らしく、もっと姉ちゃんを恋しく思っていいと思うぜ」
「……子供、ね」
プッチャンの言葉に那岐は肩を落とし、切なげにため息を漏らした。
しばらくの間を置いてから、また訥々と語り出す。
しばらくの間を置いてから、また訥々と語り出す。
「姉上は僕を、子供としては見てくれなかった。もちろん、弟として愛情を注いではくれてはいたけれど……。
二言目には国のため、民のため、と。黒曜の君に無理やり式神にされて、自由に話せなくなってからは特にだ」
二言目には国のため、民のため、と。黒曜の君に無理やり式神にされて、自由に話せなくなってからは特にだ」
三百年に一度、星詠みの舞が行われるときのみ、那岐は姉との語らいの機会を得る。
しかしその機会も、儀式を一番地に掌握されてからは無為に消えていくばかりだった。
炎凪としての行動は黒曜の君に逐一監視されており、その想いを誰にぶつけることもできないでいた。
姉もあの性格だ。黒曜の君に睨まれている中で、那岐に姉として接することなどすっかりなくなってしまった。
しかしその機会も、儀式を一番地に掌握されてからは無為に消えていくばかりだった。
炎凪としての行動は黒曜の君に逐一監視されており、その想いを誰にぶつけることもできないでいた。
姉もあの性格だ。黒曜の君に睨まれている中で、那岐に姉として接することなどすっかりなくなってしまった。
「それが寂しくもあり、悲しくもあり、切なくもあり……ま、それが僕らの運命ってや――」
「バッカヤロー!」
「バッカヤロー!」
達観した素振りを見せようとする那岐の頬に、プッチャンの抉りこむような右ストレートがお見舞いされた。
「この期に及んで、なに強がってやがんだ! 姉ちゃんが好きなんだろう。だったら誰に構うこともねぇじゃなねぇか。
家族ってのはなぁ、いつの世も一緒にいるのが一番なんだよ。運命なんて言葉で割り切れるほど、人は強くねぇのさ」
家族ってのはなぁ、いつの世も一緒にいるのが一番なんだよ。運命なんて言葉で割り切れるほど、人は強くねぇのさ」
言うプッチャンの瞳は、まっすぐに那岐の相貌を射抜いていた。
那岐はじんじんと傷むを頬を摩りながら、プッチャンの心情を読み取る。
那岐はじんじんと傷むを頬を摩りながら、プッチャンの心情を読み取る。
彼とて、この星詠みの舞で最愛の妹を亡くしているのだ。
人間としては一度死にながら、人形に魂を移してまで妹を守ろうとした兄であるのに……その務めは果たせなかった。
それでもプッチャンは、現状を悲観してなどいない。今はやよいの右手に納まりながら、身内の無念を晴らそうと頑張っている。
人間としては一度死にながら、人形に魂を移してまで妹を守ろうとした兄であるのに……その務めは果たせなかった。
それでもプッチャンは、現状を悲観してなどいない。今はやよいの右手に納まりながら、身内の無念を晴らそうと頑張っている。
「要するによ、おまえは姉ちゃんと一緒にいてぇんだろう? なら、なにを悩む必要があるってんだよ」
「……悩むさ。だって僕と姉上は、媛星を還すためだけに生き永らえているんだから。
もしこの戦いで媛星が消滅したとして、もう星詠みの舞をやる必要がなくなるとしたら……」
「……悩むさ。だって僕と姉上は、媛星を還すためだけに生き永らえているんだから。
もしこの戦いで媛星が消滅したとして、もう星詠みの舞をやる必要がなくなるとしたら……」
使命を失った僕らはこの先、なんのために生きればいいのさ――と。
那岐は、プッチャンの言葉を噛み締めながらに考えていた。
那岐は、プッチャンの言葉を噛み締めながらに考えていた。
――いつか、黒曜の君の呪縛を逃れて、姉上と真の言葉で語り合いたい。
そういった願望を持っていたことは事実だ。
しかし、存在意義までを失ってしまっては。
しかし、存在意義までを失ってしまっては。
那岐と陽巫女に、悠久を生きる意味はなく……心は虚無に沈んでしまう。
「……そうやっておまえたちは、先ばかりを見据えているんだな」
しばしの間、誰もが言葉を失い――その場に、新たな声は訪れた。
皆の視線が注がれる先には、黒のタンクトップに身を包んだ吾妻玲二が立っている。
皆の視線が注がれる先には、黒のタンクトップに身を包んだ吾妻玲二が立っている。
「君まで星を見に? 天体観測の趣味があるとは思っていなかったな」
「おちょくるな。……おまえに少し、訊いておきたいことがあってな」
「おちょくるな。……おまえに少し、訊いておきたいことがあってな」
玲二は現れるなり物憂げに、那岐へと言葉を寄越す。
玲二が並べた四人は、グループの中でも特に大局を見据える力のある知恵者たちだ。
その一方で四者が皆、他のなによりも優先、あるいは懸念としているものを抱えてもいた。
その一方で四者が皆、他のなによりも優先、あるいは懸念としているものを抱えてもいた。
「那岐。俺たちが戦うべき相手は、いったいなんだ? 神崎か、一番地か、シアーズか、ナイアか、それとも媛星か?」
アルはすべての黒幕、ナイアという自称〝幸福の女神〟に底知れぬ警戒心を抱いている。
トーニャは犬猿の中でもあったすずという〝妖狐〟に対して、対応策を練り続けている。
ドクター・ウェストはエルザなる〝伴侶〟を取り戻さんと見るからに躍起になっている。
深優は神崎を殺す目的の裏で、アリッサ・シアーズの〝偽者〟の処遇を考え続けている。
トーニャは犬猿の中でもあったすずという〝妖狐〟に対して、対応策を練り続けている。
ドクター・ウェストはエルザなる〝伴侶〟を取り戻さんと見るからに躍起になっている。
深優は神崎を殺す目的の裏で、アリッサ・シアーズの〝偽者〟の処遇を考え続けている。
皆、それぞれ口には出さないでいるが、相対すべき存在がいるのだ。
言ってしまえば、視点がそちらのほうに凝り固まってしまっている。
キャルのために神崎を殺すと豪語する玲二には、それが懸念でもあった。
言ってしまえば、視点がそちらのほうに凝り固まってしまっている。
キャルのために神崎を殺すと豪語する玲二には、それが懸念でもあった。
いわばこれは玲二からの――勝算を持ってこちら側についた裏切り者――に対しての、忠告のようなものなのだろう。
この調子では〝先〟など訪れはしない、と。
この調子では〝先〟など訪れはしない、と。
「……玲二くんの言いたいことはわかるさ。僕たちのやろうとしていることは、一筋縄じゃいかない。
どんなに明るい未来を想像することができたって、全部が全部叶うはずもないんだ……それが、運命ってものだからね」
どんなに明るい未来を想像することができたって、全部が全部叶うはずもないんだ……それが、運命ってものだからね」
那岐の回答は、悲観に暮れていた。
一番地という組織は、決して軽視できるような相手ではない。
昔ほどではないとはいえ、鬼道によって那岐に炎の言霊を宿したのもまた、一番地なのだから。
それに加えて、シアーズ財団やナイアの息のかかった者たちもいる。本来なら分の悪い賭け、と回避するのが利口だ。
一番地という組織は、決して軽視できるような相手ではない。
昔ほどではないとはいえ、鬼道によって那岐に炎の言霊を宿したのもまた、一番地なのだから。
それに加えて、シアーズ財団やナイアの息のかかった者たちもいる。本来なら分の悪い賭け、と回避するのが利口だ。
ましてや、すべてが上手くいった先を夢見て悩むなど、楽観以外のなにものでもない。
「だからって、退くことはできないさ。夢を見る。大いに結構じゃないか。
星詠みの舞っていうのはね……想いが力になるんだよ。
みんな、想いを胸にそれぞれの務めを果たせばいい。要は役割分担だよ、ね?」
星詠みの舞っていうのはね……想いが力になるんだよ。
みんな、想いを胸にそれぞれの務めを果たせばいい。要は役割分担だよ、ね?」
皆、それぞれ相対すべき存在がいる。
想いを天に捧げ、生きて帰れた先を見据える者もいる。
誰にとって、誰が〝敵〟であるかなど、一概には言えないのだ。
想いを天に捧げ、生きて帰れた先を見据える者もいる。
誰にとって、誰が〝敵〟であるかなど、一概には言えないのだ。
ただ、この那岐にとっては。
(みんなを巻き込んでしまったすべての張本人は、僕。だとすれば、僕の相対すべき存在は……)
空を見上げ、闇夜に赤を点す凶の厄星へと視線をやる。
媛星――長きに渡る腐れ縁を断ち切る機会は、やはり今しかないのかもしれない。
もし、媛星をこの世界に遺棄することが成功し、那岐と陽巫女の務めが終わりを迎えるとするのなら。
媛星――長きに渡る腐れ縁を断ち切る機会は、やはり今しかないのかもしれない。
もし、媛星をこの世界に遺棄することが成功し、那岐と陽巫女の務めが終わりを迎えるとするのなら。
(ここですべてを終わらせることこそが、正解なのかもしれない)
運命を、使命を、宿命を――この呪われた魂と共に、この地へ埋没することとて。
いつからだろうか。自らの人生に終止符を打つ覚悟が、那岐にはあった。
いつからだろうか。自らの人生に終止符を打つ覚悟が、那岐にはあった。
だからなのかもしれない。
決戦を間近に控えたこの夜、久方ぶりに姉への想いを天に捧げてみようと思ったのは。
決戦を間近に控えたこの夜、久方ぶりに姉への想いを天に捧げてみようと思ったのは。
「俺は、神崎黎人をこの手で殺し、キャルを取り戻すことさえできれば、それでいい」
那岐の回答を受け取り、玲二の憂いは依然として晴れない。
「もともと俺は死んだ身……存在を抹消された〝ファントム〟だ。」
しかしそれでも、彼は那岐と心境を同じく、背負おうと――。
「俺とおまえが、二人がちゃんと〝敵〟を見据えているのなら……それで十分だ」
傍に立つ柚明ややよいには、那岐と玲二の秘めたる決意などわかりもしないだろう。
彼女たちはそれでいい。そうであるからこそ、彼女たちは彼女たちの務めを果たせる。
彼女たちはそれでいい。そうであるからこそ、彼女たちは彼女たちの務めを果たせる。
那岐としては、本当は玲二にもあちら側にいてほしいのだ。
だが自らを亡霊と認める彼は、今さら己の立ち位置を改めたりはしない。
申し訳なく思うと同時に、心強くもあった。
だが自らを亡霊と認める彼は、今さら己の立ち位置を改めたりはしない。
申し訳なく思うと同時に、心強くもあった。
「――ならば皆の進む道、この正義の味方が切り開いてみせようではないか!」
夜も更け込み一層冷え込んできた屋上に、一陣の風が吹き荒んだ。
豪風に髪が乱れ、しかしものともせず屹立する影が一つ、新たに増えている。
柚明ややよいと同じパジャマを着て、手には一振りの矛斧を携える、その女傑。
自らを正義の味方と自称する、杉浦碧の登場だった。
豪風に髪が乱れ、しかしものともせず屹立する影が一つ、新たに増えている。
柚明ややよいと同じパジャマを着て、手には一振りの矛斧を携える、その女傑。
自らを正義の味方と自称する、杉浦碧の登場だった。
「碧ちゃん……一応訊いておくけれど、そのエレメントはなんのため?」
「雰囲気よ、雰囲気。正義の味方の口上に、武器はつきものでしょうが」
「雰囲気よ、雰囲気。正義の味方の口上に、武器はつきものでしょうが」
碧は現れるなり、格好つけのためのハルバート、青天霹靂を豪快に振り回す。
本人は悪びれた素振りもないが、危ないからやめろ、と周囲から目で訴えられ、渋い顔を浮かべつつもすぐにこれを消した。
本人は悪びれた素振りもないが、危ないからやめろ、と周囲から目で訴えられ、渋い顔を浮かべつつもすぐにこれを消した。
「あたしにはさ、今がどうとか、先がどうとか、はっきり言ってまだよくわかんないんだよね」
常のようにおどけた調子で、碧は那岐の周りにできていた輪に加わる。
柚明、やよい、プッチャン、玲二、そして碧――最初は一人だった天体観測も、いつの間にか随分と賑やかになっていた。
柚明、やよい、プッチャン、玲二、そして碧――最初は一人だった天体観測も、いつの間にか随分と賑やかになっていた。
「いざ決戦ってときになったら、身の回りがどんな風になるかなんて想像もつかないしさ。
すべてが上手くいって、無事に元の世界に帰れた後どうするか、ってのもまだ見えない。
そんな碧ちゃんからアドバイスできることって言ったら、やっぱプッチャンと被っちゃうんだよね」
すべてが上手くいって、無事に元の世界に帰れた後どうするか、ってのもまだ見えない。
そんな碧ちゃんからアドバイスできることって言ったら、やっぱプッチャンと被っちゃうんだよね」
プッチャンの頬を手で鷲掴みにし、材質を確かめるように揉みくちゃにする碧。
すぐさまプッチャンに手の甲を打たれ、やよいからは一歩後ずさられた。
すぐさまプッチャンに手の甲を打たれ、やよいからは一歩後ずさられた。
「たははっ……ま、要は家族は大事にしなさい、ってこと。たった一人のお姉さんなんでしょ?
今はとにかくみんなと頑張って、それから先のことは、二人で思いっきり話し合えばいいじゃない。
弟の悩みも聞いてくれないような、つめたいお姉さんじゃないんでしょ?」
今はとにかくみんなと頑張って、それから先のことは、二人で思いっきり話し合えばいいじゃない。
弟の悩みも聞いてくれないような、つめたいお姉さんじゃないんでしょ?」
悩み事も少なそうに、碧は軽く言ってのけた。
不思議だった。
重みなどまるでないはずの、何気ない助言が不思議と心に響く。
誰にも理解などされない。懊悩は一人で繰り返すものなのだと、勝手に解釈していたのに。
重みなどまるでないはずの、何気ない助言が不思議と心に響く。
誰にも理解などされない。懊悩は一人で繰り返すものなのだと、勝手に解釈していたのに。
「……そうだね。うん。碧ちゃんの言うとおりだ」
碧のふとした言葉で、那岐は解を得た。
悩み事の答えなど、いつだってシンプルなものだ。
数百年も昔から抱いていたほのかな願いこそが、那岐の未来の形だ。
悩み事の答えなど、いつだってシンプルなものだ。
数百年も昔から抱いていたほのかな願いこそが、那岐の未来の形だ。
――いつか、黒曜の君の呪縛を逃れて、姉上と真の言葉で語り合いたい。
媛星の遺棄による存在意義の消失など、嘆くことではなかった。
後の生き方など、すべてが終わってから最愛の姉と話し合って決めればいい。
それが那岐の望んだ未来、ずっと待ち望んでいた瞬間なのだから。
後の生き方など、すべてが終わってから最愛の姉と話し合って決めればいい。
それが那岐の望んだ未来、ずっと待ち望んでいた瞬間なのだから。
「にしても、揃いも揃って夜更かしばかりしちゃってさぁ。碧ちゃん、先生として感心しないぞ~」
「かたいこと言うなよ、先生。今は合同合宿みたいなもんなんだから、夜更かしはつきものだろ?」
「うっうー! なんだかこういうのって、みんなで旅行してるみたいで楽しいですっ!」
「ふふふ。それに、なんだかんだ言って碧ちゃんもまだ起きているじゃないですか」
「うぐぅ!? それはほら、碧ちゃんとしてましては、傷心気味の若者が気になると言いますか……」
「なんでぇ。結局は、碧も那岐のことが心配でこんなとこまで来たんじゃねぇか」
「……まったく、な」
「かたいこと言うなよ、先生。今は合同合宿みたいなもんなんだから、夜更かしはつきものだろ?」
「うっうー! なんだかこういうのって、みんなで旅行してるみたいで楽しいですっ!」
「ふふふ。それに、なんだかんだ言って碧ちゃんもまだ起きているじゃないですか」
「うぐぅ!? それはほら、碧ちゃんとしてましては、傷心気味の若者が気になると言いますか……」
「なんでぇ。結局は、碧も那岐のことが心配でこんなとこまで来たんじゃねぇか」
「……まったく、な」
自分でも気づかぬうちに、周囲の人間に心配をかけていたのかもしれない。
こんな夜更けにわざわざ屋上まで足を運んだ四人と一体は、相当な変わり者だ。
そんな仲間としての心配りが、今はただ嬉しい。
こんな夜更けにわざわざ屋上まで足を運んだ四人と一体は、相当な変わり者だ。
そんな仲間としての心配りが、今はただ嬉しい。
(ありがとう……なんて言うのは、僕の柄じゃないけど)
こみ上げてきた感謝の言葉を、寸前で飲み込む。
柚明が見据えているような先の展望は、未だ見えない。
やよいとプッチャンの言う家族の素晴らしさを、自分たちに照らし合わせることはできない。
玲二の考える懸念はもっともであり、誰よりも計画の遂行を優先しなければならない立場にある自分は、自覚を怠らない。
全部をひっくるめた悩みは、碧の助言でちっぽけなものへと変わった。
柚明が見据えているような先の展望は、未だ見えない。
やよいとプッチャンの言う家族の素晴らしさを、自分たちに照らし合わせることはできない。
玲二の考える懸念はもっともであり、誰よりも計画の遂行を優先しなければならない立場にある自分は、自覚を怠らない。
全部をひっくるめた悩みは、碧の助言でちっぽけなものへと変わった。
先がどう在るか、
今がどう在るべきか、
決めるのは一人でなくてもいい。
今がどう在るべきか、
決めるのは一人でなくてもいい。
陽巫女は、姉は、元の世界で那岐の帰還を心待ちにしている。
手土産に媛星はいらない……今考えるべきは、それくらいだ。
手土産に媛星はいらない……今考えるべきは、それくらいだ。
「そうだやよいちゃん。せっかく人数揃ってるんだし、あれやってみたらいいんじゃない?」
「あれ? えっと……あっ、あれですね! うっうー! それ、すっごくいい考えだと思います!」
「あれ? えっと……あっ、あれですね! うっうー! それ、すっごくいい考えだと思います!」
碧に促され、やよいが弾むような声を上げる。
なんだろう、と思う那岐の眼前にやよいが立ち、左手の平を前に差し出してきた。
なんだろう、と思う那岐の眼前にやよいが立ち、左手の平を前に差し出してきた。
「それじゃあ那岐さん、こう、手の平を前に突き出してもらえますか?」
「こうかな?」
「こうかな?」
やよいの左手をお手本に、那岐が右手を前に出す。
顔の位置ほどに上げた、挙手のポーズ。
これからなにが始まるんだろう、と那岐が首を傾げる中で説明が入る。
顔の位置ほどに上げた、挙手のポーズ。
これからなにが始まるんだろう、と那岐が首を傾げる中で説明が入る。
「えっへへー。みんなで、那岐さんの右手にタッチしていくんですっ!」
「名づけて、六人ハイタッチだ!」
「名づけて、六人ハイタッチだ!」
やよいとプッチャンが意気揚々と宣言した。
これやると調子出るかも――と、彼女が落ち込むたびに他者とそうしてきた、平手の打ち合い。
自分以外の存在を支えとして、己を鼓舞できるというのは、一種の才能である。
子供のやること、と決して馬鹿にすることはできない。
実際、この行為に救われ生き延びた者もいるのだから。
これやると調子出るかも――と、彼女が落ち込むたびに他者とそうしてきた、平手の打ち合い。
自分以外の存在を支えとして、己を鼓舞できるというのは、一種の才能である。
子供のやること、と決して馬鹿にすることはできない。
実際、この行為に救われ生き延びた者もいるのだから。
(ホント、こっちまで気持ちが明るくなってくるよ)
俯いてた顔がまた前を向くためには、これ以上ないほど効果的なはずだ。
「ふふ……やよいちゃんらしいなぁ。それじゃ、私も」
「ほらほら、玲二くんも。嫌とは言わせないよ~?」
「……言わないから、肩に回した腕を離してくれ」
「ほらほら、玲二くんも。嫌とは言わせないよ~?」
「……言わないから、肩に回した腕を離してくれ」
ここに集ったみんなが、やよいの流儀にあやかろうと手の平を構える。
やよいを皮切りに、それぞれの手が那岐の手に合わさっていく。
やよいを皮切りに、それぞれの手が那岐の手に合わさっていく。
パパパパンッ、
と小気味良い音が鳴った後に、
ぽふっ、
と軽い感触が伝わる。これはプッチャンのものだった。
「よーし! んじゃ、景気づけも済ませたところでぼちぼち解散っ!」
「明日も早いですし、さすがにそろそろ……ふぁ……休ませてもらおうかな」
「えへへっ。元気は出たけど、私も眠くなってきちゃったかも」
「だなー。ま、この元気は明日に継続ってことにして……」
「明日も早いですし、さすがにそろそろ……ふぁ……休ませてもらおうかな」
「えへへっ。元気は出たけど、私も眠くなってきちゃったかも」
「だなー。ま、この元気は明日に継続ってことにして……」
じん、と痺れの残る右手を見ながら、那岐はまた思った。
――不思議だ。本当に元気になった。
ただ、みんなと手の平を打ち合わせただけだというのに。
音は心に響き、温もりは心を溶かし、憂いを取り払ってしまう。
音は心に響き、温もりは心を溶かし、憂いを取り払ってしまう。
願わくば、姉上ともまた。
言葉だけではなく、こうやって触れ合ってみたいと――那岐は想い、笑った。
言葉だけではなく、こうやって触れ合ってみたいと――那岐は想い、笑った。
「……いや、待て」
一同が寝床に戻ろうとしたところで、ふと玲二が静止の言葉をかける。
「んー? どったのさ玲二くん」
「そろそろだ」
「そろそろって……ああ」
「そろそろだ」
「そろそろって……ああ」
玲二が手元の時計を窺い、他の皆もそれに気づく。
もうあと数秒で、日付が変わる。
待ち受けるのは――第十二回目の放送だ。
もうあと数秒で、日付が変わる。
待ち受けるのは――第十二回目の放送だ。
「せっかくだ。寝る前に元マスターの仕事ぶりを拝聴していくとしようか」
全員、屋上で立ち止まり天を仰いだ。
通例となった神崎黎人の声は、どこからともなく。
停戦状態に近い今ではさして影響も少ない、極めて業務的なそれが。
通例となった神崎黎人の声は、どこからともなく。
停戦状態に近い今ではさして影響も少ない、極めて業務的なそれが。
『――十二回目の放送の時間だ』
しかし、今回の放送は今までとはなにかが違った――。
OVER MASTER (超越) 4 | <前 後> | OVER MASTER (超越) 6 |