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OVER MASTER (超越) 3

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OVER MASTER (超越) 3 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


食欲を掻き立てる香りと和気藹々としたざわめきが満ちている。
そこは七階の端に位置するバンケットルーム(小宴会場)で、昨日がそうであったように夕食を兼ねた報告会が行われていた。



「おやおや今晩はイタリア料理ですか。カレーライスを和食と分類するならばこれで和洋中と制覇したことになるのでしょうかねぇ。
 となれば、次あたりは私にお鉢が回ってきて本格露西亜料理を? ……ありえなくもない話ですか」

独り言やや多めなトーニャの機嫌はすこぶるよい様子であった。
九条より解放されて後、浴場にて命の洗濯を終え、さて夕食だと着てみればあのきち……ドクター・ウェストの姿がないのである。
それとなしに深優に聞いてみれば、今頃は飯抜きで残業に勤しんでいるらしい。
なんでも人体間接における可動範囲の可能性に言及、実践した結果。彼は深優に泣いてやらせてくださいと懇願したのだとか。

「ふふ。どうやら、あれにいらぬ手間を掛けさせられるということはもうなさそうじゃありませんか」

ドクター・ウェストがいれば、「このさみしんぼさんのツンデレめ」などとふざけたことを言い、またキキーモラを走らせていただろう。
だが現実としていない。余計な手間もストレスもなく、平穏においしい夕食の味に集中することができる。素晴らしいことだ。
物足りない?
いやいやそんなことはないだろう。ツンデレなんて失礼な話だ。もっとも、深優にお株を奪われることで出番が減るのは懸念すべきだろうが。

「確かに、ただの扱いやすい女……などと見られるのも癪ですねぇ」

ドクター・ウェストの相方なんていう見られ方は最悪だが、ではないとしたら何か少しはアピールがいるかも知れない。
そんなことをなんとなしに思い、トーニャは口の中ですっぱいトマトを噛み潰した。



「九条さんの言っていることはよくわかんないですけど、お料理の味はよーくわかります。すごくおいしいです!」

やよいがしめじを口の中でむぐむぐさせている向こうで、九条は全体に向けて本日行ったことや得られた成果を発表していた。
例えばこのホテル内にある監視装置をある程度無効化したことや、那岐が率いて東側を回っていた組が博物館で得た支給品に関してなど。
またそこから留意すべきところや、今後の方針についての再確認などなど、全体における情報の共有化を目的としたものだ。
とはいえ、言葉の通りにやよいはあまり理解していない様子で、聞いている風ではあったが意識はごはんばかりに行っている様だった。

「おいおい、まったくやよいときたらこの手のことに関しちゃあ頼りねぇ限りだな。
 まぁ、そこは俺がついていて半人前同士が合わさって一人前ってことなんだが……って、何見てんだ? 美希!」

食事中ということで今は右手でなくやよいの左手にはまっているプッチャンが、やよいを見つめる美希を牽制する。
さてこいつは普通(?)の女の子と思っていたのだが、ファルや桂達に当てられたのか少し危ない領域へと足を踏み入れかけているらしい。
個人個人の趣味趣向に関して、ましてや色恋沙汰に口を出すほどプッチャンは野暮な男ではないが、しかし対象がやよいとなると話は別だ。

「あははー☆ いやですよぉ、ちょっとやよいさんが可愛いなぁって思ってただけじゃないですか。
 さすがアイドルの卵さんなのです。美希めも学園ではお花ちゃん達なんて言われていましたが、いやはや」
「……うぅ? そのお花ちゃん達っていうのはさっきのぱやぱやと関係があるんですか?」
「だから、知る必要はねぇって言ってるだろう!」

さて、今まで他人事だと思っていたぱやぱや領域の侵食。
もしかしたら、これからは真剣に警戒しなくてはならないのかもしれないと、プッチャンは心中で奇妙な覚悟をするのであった。



「どうしたんだ、クリス? 食が進んでないみたいだが、口に合わないのか? これはクリスの故郷の料理だろう?」

ボールに入ったマリネを自分の取り皿に移しているところでなつきはクリスの異変に気付き、彼に声をかけた。
クリスの目の前には半分ほどまで食べられたリゾットの皿があって、もう残り半分に手をつける様子もなく彼はぼうっとした表情をしている。
何か憑き物が落ちたような、そんな見る者に不安を感じさせる顔でどこを見るのでもなくただスプーンを握って固まっている。

「……え? えっと、どうしたのなつき?」
「どうしたって、今ぼーっとしてたじゃないか。お腹が痛いのか? それとも何か変なことを考えてるんじゃないだろうな?」

クリスのなつきに対する時の表情はいつものままだ。故になつきはそこに壁があるんじゃないかと不安になる。
問い詰めても、きっとクリスは大丈夫だとしか言わないんだろうと。
それが本当なのか、弱みを見せたくないからか、それほど信用がないのか、強がっているのか、なつきは読み取れなくて、それが悲しい。
自分が馬鹿だからクリスに呆れられているんじゃないかとも、そんな風な考えも浮かび、また考えてしまう自分を愚かだと思ってしまう。
好きで、そしてこんな状況だからこそ拭えない1の不安が自身の中で10にも100にも膨らんでしまうのだ。

「あ、……あぁ。……ちょっとね、故郷……と言うのも変かな、元の世界のことを思い出していたんだ」
「元の世界?」

聞き返すなつきにクリスはうんと頷く。
ファルの作った正真正銘の生まれ育った世界の料理を食べて、その味にその世界を懐かしんでいたのだと。
ほんの三日前までは今のような状況に陥るなんて夢にも見ていなかった。
音楽の街であるピオーヴァへと移り住み、ファルテニストを目指してただ黙々と音楽学院に通う大きな変化のない日々。
すぐ傍にトルタがいるのが当たり前で、リセもいて、ファルもそこにはいて、そしてそれだけでなくて――……。

「もしかしたら、これは夢なんじゃないかなって。少しだけ思ったよ」
「クリスっ!?」

あの時の自分とあの時の自分が将来に見ていたもの。そして今の自分と今の自分がこの先に夢見ているもの。
全く違う。文字通り、世界を渡るかのようにそれは変わってしまった。
だから、思い出した以前の世界がどこか遠く、それこそ幻の様に取り戻せないものだと感じてしまった。けど――

「なつき」
「ク、クリス……」

――ここは確かな現実なのだと、クリスは握ったなつきの手の温かさにそれを実感する。
この手と繋がっていれば、なつきと一緒ならば、目の前の現実を見失うことはないだろうとそう確信する。
全く思い描きもしなかった異世界の、しかも幾多の可能性が存在するという曖昧な世界にいるけれども、この手を繋いでいれば大丈夫。

「ありがとうなつき」
「え? え? どういたしまして……じゃなくて! いつでも自己完結するんじゃないっ!」
「あぁ、えっと……ごめんね、なつき」
「寂しいじゃないか……」

存在を確かめたいのなら手を繋ぎ、想いを伝えたいのならば言葉を交わす、それでも気持ちが伝わりきれないならば口付けを。

「僕の世界のこともまたなつきに教えてあげるね」
「うん、じゃあ私の話も聞いてくれよ。その……夜は長いし、な」

クリスとなつき。少しすっぱいキスをして、今の気持ちを伝え合う。



「――という訳で、このホテル全体に僕が簡単な結界を張らせてもらった。
 アルちゃんや深優ちゃん、他にも鋭い人がいっぱいいるからね、夜襲奇襲に関しては心配しなくてもいいというわけ。
 いやぁ、こういう時はこの眠らなくてもすむ身体がありがたいやら……って、みんな僕の話聞いてる~?」

はぁ、と一通りの報告を終えて席に着いた那岐は大きな溜息をついた。
リラックスしてくれているのはいい。無駄に緊張したり深刻なよりかは断然ましだ。けど、やっぱり、ものには限度があるような気がする。

「落ち込むことはないわよ那岐君。
 彼女達がああやって何の憂いもなくいられるということは、私達のバックアップがうまくいっている証じゃない」

九条の言葉を聞いて那岐は苦笑いする。
確かにその通りではある。来る主催者側との決戦に向け、事実を正確に受け止め、それを続けていたら最後まで気がもたないだろう。
なので、その時が来るまで無駄な力を使わないよう、また心身の調子を整える為に那岐もムード作りに貢献しているのだ。

「それに、みんな心の底じゃ解っている。
 この中の誰かがいなくなってしまうかもしれないこと、それよりもひどい結果が待っているかもしれないこともね」
「だから今のうちにはしゃいでおこう……じゃあ、ないよね」
「ええ、みんな強い。それはみんなの生きる姿を見続けてきた私とあなたが――」

――よく知っているさ。と、那岐はほっとした笑みを浮かべた。
勿論。彼はここにいる全員に対し強い信頼をよせている。歴代の中でも最も変てこで、最も強いHiME達だろうと。

「ただ、僕は……今回ばかりは自分もあの子たちの隣で一緒に戦いと思ってただけなんだよ」
「女の子からのけものにされて拗ねていたのね。可愛いところがあるじゃない」
「そ、それは否定しないけどね~……」
「こんなおばさんが隣にいるだけじゃあ不満かしら? あなたからすれば全然若いとは思うんだけど」
「そりゃあ、あの子達とは比べるべくも――って、嘘! 失言、じゃなくて言い間違いっ! むつみさんは超プリチー!」

鬼が――笑う鬼が其処に居た。まるで、いつぞやの阿修羅姫のように。静かに笑って、けど底知れぬ、鬼が。

「あぁ! やっぱりなつきちゃんのお母さんなんだなぁ! そういうところは――って、か、勘弁してくださいよ!」



あっちでいちゃいちゃ、こっちでぱやぱや、楽しく楽しくそしてところにより恐ろしい(?)夕食の時間はゆるやかに過ぎてゆく。


 ・◆・◆・◆・


長い長いホテルの廊下。
その廊下を一人の少年――クリス・ヴェルティン――は腕を伸ばしながら歩いていた。
その端整な顔を若干疲労に滲ませながらある場所に向かっていた。

「お風呂……余り浴槽に浸かるってのは無かったけどいいものだね」

そこはお風呂。
クリスがこの島で出会った一つの文化だった。
クリスは専らシャワーのみの生活であったからこの文化はクリスにとって斬新だったのだ。
そういえば唯湖とも温泉に入ったなと思い出しながらゆっくりと歩く。
本来はなつきと一緒に入ろうと誘ったのだが他の女性陣に凄い剣幕で睨まれたので渋々一人で入る事に。

「別にやましい気持ちなんてないんだけど……はぁ」

何か盛大な誤解を受けた気がしてクリスは思わず溜め息を付いてしまう。
元々、今日の移動による疲れもあったのだ。
体も少し悲鳴を上げているしさっさと入ろうとクリスは更衣室に入っていく。
その更衣室がやたら大きく豪華でクリスは嘆息しながらもそそくさと自分の衣服を脱いでいった。
そしてタオルを一枚持って大浴場へ。
クリスは大浴場のドアを開けた瞬間

「……わぁ」

大きく深い感動の溜め息を付いた。
それはあまりにも浴場が大きかったから。
一度に何十人も洗えそうな洗い場。
大きなサウナと気持ち良さそうなジャグジー。
そしてまるで泳いでも何ら問題ないような何十人も入れる大きな風呂が奥に鎮座していた。

クリスは何処か楽しい気分になりながらその奥の風呂に向かう。
やっぱりなつきと一緒に来ればよかったと思いながら。
きっと楽しいだろうにと少し後悔しながらも。
だが

「……あ」
「……」

その楽しげな表情が一転して戸惑いに変わる。
風呂の奥の隅に居た者。
壁にもたれながらゆっくりと入浴していたのは吾妻玲二だったのだ。
クリスは玲二と余り話した事はない。
それに加え玲二自体、暗殺者で事実ほんの前まで殺し合いを肯定していた人間だったのだ。
さらに玲二は杏を事実上殺害した本人でもある。
クリスとしては玲二に対して苦手というより戸惑いが強かった。

とはいえ、わざわざ遠く離れて入る理由もない。
クリスはゆっくり風呂に入りながらザブザブと玲二の近くまで進む。
そして玲二2メートルぐらい離れた位置で止まりそのままゆっくり肩まで浸かっていく。
隣に玲二は居るが彼は気にせずクリスに対して振り向く事はなかった。

「………………」
「………………」

そしてお互い静かに入浴したまま五分程度の時間が流れていく。
互いに喋る事も無くゆっくりと。
クリスは玲二に対して何か話そうとするも言葉が詰まってしまう。
余り話した事もないから何を話せばいいのか迷ってしまう。
元々クリスは話すのは苦手な方だ。
それに加え玲二は何処か人を遠ざけているイメージがあって尚更どう話せばいいのか分からない。
元々殺し合いに乗っていた人間である事も影響していた。
安易に踏み込む事はできず、そして踏み込んだとしても何処まで踏み込んでいいかも分からなかった。
それ故にクリスは喋ろうと喋りかかるもそのまま黙るという行為を何度も繰り返し戸惑ってしまった。

しかし、それでも何か言葉をかけなければならない。
クリスはそう覚悟を決め口をあけようとする。
その時だった。

「……おい」
「……え?」

玲二がクリスに向けて言葉を発したのは。
クリスは不意を取られる形になり戸惑ってしまう。
そんなクリスを玲二は無視して言葉を続ける。
それは

「クリス・ヴェルティン……お前は護るものが多いな」

クリスに対する不快感と嫌悪感が混じった皮肉の言葉。
何処か苛立ちが感じられるような。
そんな声だった。
驚くクリスを尻目に玲二は喋り続ける。

「恋人である玖我なつきの他にも来ヶ谷唯湖……そして場合によってはファルシータ・フォーセット九条むつみも護るつもりなんだろう?」

上げた名前はクリスにとって縁が深い者達。
クリスの最愛のものであるなつき。
クリスが救ってあげなければならない唯湖。
そしてクリスの友人であるファルとなつきの母親であるむつみ。
クリスは彼女達を出来れば護りたいと思っていた。
そんなクリスに対して玲二が冷たく言う。

「それだけ多くて……護れるのか? お前は? 取りこぼしたりはしないのか?」
「それは……」

クリスに出来るのかと聞く。
その人数は玲二にすると多くて考えられなかった。
そしてクリスは即答できなかった。
風呂から静かに湯気立ち上る中、答えられなかったクリスに対して何の感情も見せず玲二は言葉を続ける。

「それに……お前に力はあるのか。護る力が。それだけの人達を……俺には有る様には思えないが」
「……」

クリスに力はあるかと。
元々クリスはただの学生でしかない。
少し魔術系の道具を使えるだけで後はただの少年でしかないのだ。
そんなクリスに沢山の人を護れるのかと。

「……力も無ければ……何も出来なければ……迷えば……護れず失うだけだ」

返答できないクリスに冷たく結論を言う。
力も無ければ護れないと。
玲二が失うという言葉を発した時何処か哀しい表情をしたのをクリスは気付かない。
クリスは言葉を失いただ黙るだけ。

何もかも正論だった。
だからこそ答えられなかったのだ。
今のクリスではその正論には勝てることは出来ない。
力が無いのは事実であったから。
そのあまりに正しい意見に言葉を失うだけだった。
それでもクリスは考える。
何か出来ないかと。
そんなクリスを尻目に

「……俺は一人で手一杯だ……しかも……それでも護れなかった……」

玲二はひとりそう呟いて。
そのまま立ち上がる。
その体には無数の傷。
キャルを護ろうとして負った傷だった。
クリスをその場において風呂から上がろうとする。
しかし、何か思い出したように止まり

「クリス」

振り返らずクリスに対して告げる。

「来ヶ谷唯湖は何が有ったかは知らないが……今、主催側に居る……つまり、俺にとっては敵だ……キャルの仇であり敵だ」

慈悲も無く残酷に。
クリスにとっては聞きたくない言葉を。
静かに躊躇いも無く玲二を言った。

「だから―――来ヶ谷唯湖に会ったら、俺は躊躇い無く殺す……何の感情も無く、慈悲も無く、迷いも無く……ただ殺す」

殺すと。
ただ、殺す。
それは敵であるから。
そんなシンプルな理由。
玲二にあっては絶対の理由だった。

そんな玲二に驚き少し顔を怒りに歪め玲二に何か言おうとする。
だがその直後

「だから―――俺より早く着け。そして護って見せろ」

声を変えることも無く。
だがどこか優しく感じられるように。
そう、クリスにいったのだ。
会ったら殺すしかない。
だから、その前に唯湖に会って見せろと。

「悔やむ前に―――俺より早く辿り着いて見せろ」

そう、クリスにエールを送るように。
大切なものを持った人間に。
激励の言葉を玲二なりに贈って見せたのだ。

「……俺は間に合わなかった」

そう哀しく寂しく呟いて。
間に合わなかった者が、護れなかった者が。
まだ可能性がある者に間に合って欲しいと応援するように。

そう、静かに告げた。


「……少し喋りすぎた」

玲二はそう呟き風呂から出て行った。
残されたのはクリス一人のみ。

クリスはお湯を掬ってみる。
透明なお湯。
そこに映るのはクリスの顔。

その顔は玲二の問いに対する答えを真剣に考えて。

玲二の応援の意味をしっかりと受け取って。


前に進もうとする顔だった。


 ・◆・◆・◆・


「汝も衣替えか? そういうものも存外に似合っておるの?」

浴場を後にし、PCの設置された作戦室へと出向いた玲二にかけられた第一声がそれであった。
アルが言葉に発したとおり、玲二の身を包む衣装は度重なる戦闘によって襤褸となったスーツから別のものへと変わっていた。
今現在。彼が着ているのはダーク系のスーツとは真逆の、黄色や赤と原色が派手に散りばめられたアロハシャツである。

「お前の相棒から押し付けられたものだ」

あくまで自分の趣味ではないと言外に滲ませ、玲二は一つの椅子に座り机の上に広げられていた資料を手に取る。
彼の言葉を聞いたアルの方はというと、ぷにゅぷにゅとしたダンセイニの上で小さな頬を膨らませていた。
相棒――つまりは彼女のマスターたる九郎から押し付けられたとは一体どういうことなのか?
服を譲ることに関しては問題はない。見るに見かねて新しい衣装を玲二に譲ったというのなら、お人好しなだけで悪いことではない。
問題はとすると、その新しい衣装の出所だ。以前確かめた時にはこんな派手なものを九郎は持っていなかった。つまり――

「あのうつけめ。桂といい、柚明といい、ただ一度の機会をなんと捉えているのか」

――例の博物館で手に入れたのだろう。
もっとも、あそこに飾られている物は珍妙で傍目にすぐ有用と解る物ばかりではなかった。
故に、ならばとりあえず解り易い物を手に取るというのも一つの方法ではある。がしかし、明らかに有用でない物を取ることもないだろう。

「まぁ、よいわ」

小さく溜息をつき、アルは視線を手にした紙へと戻す。
彼女が今見ているのは九条が主催者側より持ち出した極秘資料の一部。
部屋を見渡せば、アルと玲二の他にも、トーニャ、深優、那岐とが同じ様に机を囲んで資料に目を通しており、
奥の方では持ち出した張本人である九条がPCを操作し、優先度の高いものを選んでプリントアウトする作業を行っていた。



「とりあえず概要を掴む為のものに関しては以上よ。
 その他の資料に関しては直接このPCで閲覧してちょうだい。ファイリングしておいたから目当てのものを探すのに手間はいらないはずだわ」

九条の言葉を聞き、室内の面々はそれぞれの仕草や短い言葉でそれに応答した。
監視の目に関してはもう心配いらなくなったのでこうしておおっぴらな作戦会議を行えるようになったが、壁の耳に関してはまだだ。
故に、迂闊な言葉を漏らさぬよう全員が口を開くことに慎重になっている。

「じゃあ、私はウェスト博士の様子を見に行ってくるわね」

言って、九条は扉を潜り部屋を後にした。
主催者の聞き耳を閉じる装置はドクター・ウェストにその作成を依頼しており、その成果を確認しに行く為である。

「ふむ、では妾も一度席を外そうかの。黙したまま引き篭もっておっては息が詰まるわ」

ダンセイニの上から小さな体躯を弾ませ、アルは読んでいた資料を机の上に戻すとダンセイニを後ろにつけて部屋を出て行く。
それから四半時が経ち、同じような理由でトーニャが部屋を後にし、那岐も結界の様子を見てくると告げて部屋を去った。



静寂が満ちた部屋に残されたのは、互いに元より口数の少ない深優と玲二の2人。
2人とも無言のまま、ただそうするだけといった風に机の上に広げられた資料をひとつひとつ丁寧に精査している。
苦痛や退屈な様子も感じさせず、かといって怒りや喜びがあるわけでもなく、ただ黙々と目的を成すためだけの機械のように。

「深優。少しつきあってくれ」

更に半時ほどが経ち、資料を一通り見終えた玲二が椅子から腰を上げて深優に呼びかけた。
夜の帳も落ちきった頃。男女が2人でとなれば何か想像できる台詞だったかも知れないが、しかし2人に間に色香はない。
机を半周して玲二はPCの前へと改めて腰を下ろす。それが何を意味するのか、理解し深優もその隣へと移動した。

”……――あーあー、マイクのテスト中。マイクのテスト中である”

と、丁度その時、室内に、いやホテル内全体にあの狂科学者の声が鳴り響いてきた。
無駄な部分を省き要点だけを摘まんで言うと、どうやら件のジャマーが完成し正常に作動を始めたとのこと。
一言で済む内容ではあるが、彼がそれを一言で済まさないのは周知の事実だ。
話は脱線と暴走を繰り返し、果て無き妄想の世界へ――と行きそうな所で唐突に途絶えた。
恐らくは、そこに同席しているであろう九条がマイクのスイッチを切ったか、またはトーニャが熾烈なツッコミを入れたかだろう。
ともかくとして、これ以降は無理に口を閉じる必要もなくなったのだ。都合がいいと、玲二は早速深優に言葉をかけた。

「標的側の戦力評価をしたい。知っている範囲で構わないから協力してくれ」

了解しました。とだけ深優は言葉を発する。
無駄口を吐けるようになったからといって互いにそうする性分ではないのだ。変わらず、ただ最低限の範囲のみで口を利くだけである。



「島の地下に蜘蛛の巣状に……いや、例えるならば蟻の巣かこれは」
「ええ。要所要所に部屋と呼べるような空間があり、その間を細い道が連絡しているという点ではその例えが的確でしょう。
 戦力を展開できる空間が限られているだけに、その点だけを見れば少数精鋭となるこちら側が有利とも判定できます」

2人がまず開いたのは、おそらくは決戦の舞台となるであろう主催本拠地の立体見取り図であった。
それは殺し合いが行われていた島の地下に広く張り巡らされており、例えた通りに一見すれば蟻の巣のように見える。

「だが、戦場や移動ルートが限られるということはそれだけ相手も対処しやすいということだ」

言いながら玲二はキーボードを叩いて画面にいくつかの情報を浮かび上がらせた。
それは通路の間にある隔壁の仕組みや、防災用の対処機構。また侵入者に対する警戒装置などの情報であった。

「どうやら直接的な対人攻撃システムなどはないようですね。
 防災や警戒のシステムに関してもこの規模の建物なら平均的と言える程度のものです」
「この情報が正しければというのが前提だがな。
 それにただの隔壁だけでも戦力の分断やルートの誘導には使える。首輪で位置が知れる以上、これは明らかに不利な点だ」

位置が知られてしまっては、少数精鋭でのゲリラ戦はその根底からして成り立たない。
主催本拠地に対侵入者用の催涙装置や火器などが存在しないのは僥倖であったが、それも人を配すればいいだけのことであって
決して手放しで喜べるものでもなかった。やはり、数に劣る参加者側が根本的に不利であるのは変わらないだろう。



「深優。この量産型アンドロイドの戦力はお前を基準とした場合、どの程度のものになる?」

次に玲二が当たったのは、直接対決することになるであろう主催者側の戦闘員に関するデータであった。
そしてその中で特に気になったのが、彼の隣にいる深優をベースにシアーズ財団が量産化した戦闘アンドロイドの存在である。
一般職員や警備兵などは数こそいるものの、アルの魔法やHiMEが呼び出すチャイルドの前ではさして問題にならないだろう。
だが、30体強ほどとこちらの数よりも多く配備されている戦闘アンドロイドがその大元である深優に匹敵するとしたらそれは大きな問題だ。

「現在、私のメモリ内に残っている情報がこの資料に記されているものよりもバージョンが前のものなので正確には答えられませんが、
 エレメントやチャイルドと言ったHiME固有の能力を無視した場合、量産型の能力は私の6割から8割程度となります」

深優の評価に玲二は口を強く結んだ。
決してそれは楽観できる情報ではない。
例え個体単位で深優よりかは劣るといっても、逆にこちら側も全員が深優のように強力なわけではないのだ。
更に数でも劣るとなれば、まともにぶつかった場合――全滅は必至のことだろう。

加えて、主催者側には神崎黎人をはじめとする一番地の人間が操るオーファンといった存在もある。
これも深優から聞けば、HiMEの操るチャイルドからは格段に劣るものの、特殊な性質から一般的な銃や火器は効果が乏しい相手らしい。

「玖我なつきであればオーファンを倒すことは容易いでしょうが、玲二では倒しきることは難しいでしょう。
 逆に戦闘アンドロイドに相対した場合。玲二であれば撃退が可能でしょうが、玖我なつきには難しいかもしれません」

深優の解説を受けながら玲二は一通りのデータをチェックし、そしてそれらを閉じると微かな溜息を漏らした。



「……どうやら、俺一人でどうこうできる相手ではないらしい」

席を立ち、玲二はそう零した。
独断先行も可能性としては考えていたが、しかしそれは心の内に仕舞っておけばよかっただろう。
なのに、まるで聞かせるかのように呟いてしまっていた。どうしてなのか? その答えは本人にとっても不明瞭だ。

「神崎黎人の暗殺ですか」
「ああ。俺はいつだって独りでそうしてきた。それがファントムであり、そして俺は結局亡霊でしかない」

玲二は深優の方は見ようとせず、ただ暗い瞳で虚空を見つめている。
その在り様は、与えられた名前の通りに音も無く命の灯火を吹き消して行く亡霊に相応しい。
そしてそんな亡霊に対し、科学と歯車によって生み出された人ならざる少女はなんら臆することなく言葉を投げかけた。

「暗殺に関しては決して悪くない提案だと言えます。敵との総力戦が無謀である以上。司令官を狙い打つは必定。ですが――」
「――そう。単独では無理だ。神崎を包む守りは堅く分厚い。お前や、あいつらの協力は必須だ。つまり、逆に言えば」

俺がお前達に協力し連携を取る必要がある。と、玲二は深優の方へと振り返った。
見合わせる2人。亡霊の男と機械の少女の顔に表情はない。しかし、それは彼らに心や感情がないことを意味するのか?

「よろしくたのむ」

そんなことはない。如何なる成り立ちであろうとも彼と彼女は人間に他ならない。

「こちらも協力体制の継続を歓迎します」

ただ少しだけ、少しだけ不器用な生き方をしている。ただ、それだけの話なのである。


 ・◆・◆・◆・


719号室とプレートのついた扉を一応はという程度にノックしてトーニャはその中へと入り込んだ。

「お。トーニャちゃんおっかえりー」

迎えるのは同室を使う碧の明るい声と、レトロ調で揃えられたツインルーム。
薄い色のシーツが敷かれたベッドが二つ。その間には小さなテーブルがあり、奥の壁は一面が硝子で星月夜が壁紙の代わりをしている。
最低限の用心をということでどの部屋も二人以上で寝泊りすることになっており、この719号室ではトーニャと碧がそうであるということだった。

「あ! ちょっと、何を勝手に人のものに手をつけているんですかっ!」

扉を後ろ手に閉め、一歩二歩と進んだところでトーニャの目が見開き声があがる。
見やればベッドに腰掛けている碧の手にはあの”蜂蜜酒”。トーニャは隠しておいたのだが、全く油断も隙もないといったところだろう。

「んっんー、これは先生が没収しちゃうな~♪
 だって、トーニャちゃんまだ未成年じゃない。だとしたら、学校の先生としては風紀上これを看過することはできにゃいのだよ。うん」
「今更何をっ! ここではそのような世俗の決まりなど関係ないでしょうに。
 じゃああれですか? 碧さんは立派な大人だと? ええ、ええ、認めましょうとも……――”自称17歳”を撤回するのならばね!」

トーニャの熾烈な反撃に碧はうぐぅと唸る。
年齢制限などというラインを出したことが裏目となった形で、押しても引いても負けとなれば最早これは王手に他ならない。

「いやーん。トーニャちゃんこわーい♪ み・ど・り・泣いちゃう☆」
「ええい、気色悪い! どーでもいいからそれを返しなさい。それは私の所有物です!」

などとやり取りするものの、実は互いにこれを独占するつもりなど毛頭ない。
そのつもりなら碧もトーニャの帰りをわざわざ待ちはしなかっただろう。所謂、スキンシップというやつである。
もっとも、トーニャの側からすれば宛がわれた人物がまたしても要ツッコミ人物となれば、やや辟易するかも知れなかったが。



「”酒は百薬の長”とは中国の古典からの言葉だけどね、この蜂蜜酒ってのは実際にそうだったこと知ってる?」
「いえ、寡聞にて存じ上げませんが、ご教授いただけるのですか? 先生殿」

結局一緒に呑むこととなった二人はテーブルを挟みベッドに腰掛けて相対している。
備えつきのサイドボードからグラスと、そして冷蔵庫から氷を取り出すと、酒瓶の栓を開け酒宴の準備を整えた。

「この蜂蜜酒はミードって言うんだけど、ここに生薬や香料を加えたもののことはメグセリンって呼んだの。
 でもってそのメグセリンって名前が英語の薬――メディスンの語源じゃないかなーって言われているわけ」
「なるほど。意外と物知りなんですねぇ」
「おいおいー、これでも私は学校の先生だよー?
 専門は日本史だけどさ。古典や古代文明なら割と手広く好きだったりするわけよー。ロマンティックだし!」
「私は昔のことよりもこれから先のことに興味を持ちたいですけれどもねぇ」

言い交わして二人はグラスを手に取り、軽く乾杯して透明な液体を口の中に流し込んだ。
味は蜂蜜酒という名前のイメージからすると意外とさっぱりとした感じで、ほの甘くて口当たりもよく中々に飲みやすい。
溜まった疲れを溶かすのにもちょうどいい。そう二人が思った時――異変は起こった。



「な、な……何事ですか? これは……!?」
「うっそ? たった一口で悪酔い!?」

二人の目の前に見える世界が一変していた。
腰を下ろしているベッドも、その下の床も、さらにその先まで、何もかもが透けてゆらゆらとまるで蜃気楼のように見えていた。
そう見えるだけで、感触からそのままそれらがあるというのは判るが、しかしまるで宙にぶら下げられたような感覚で身動きが取れない。
全てが曖昧な世界の中、確かにはっきりと見えるのは酒を飲んだお互いの姿だけ――ではなく。

「碧っ! 後ろっ! それっ!?」
「え、え? ……って、ええぇぇぇえええっ!? これって、どういうこと!?」

トーニャが指差す背後。碧が振り返ると、そこには半透明の壁にめり込むような形で彼女のチャイルドである愕天王が鎮座していた。
しかし彼女はチャイルドを召喚してはいない。ましてや暴走というわけでもない。怪獣の主である碧には解る。つまりこれは――

「呼び出す前の姿。ずっと私の傍にいてくれてる……」

――そういうことであった。
よくよく観察してみれば、顕現させた時に比べると愕天王の姿にも少しの違いが見られた。おそらくは待機状態の姿なのであろう。

「……これは一体。ただの酒ではなかった。ええ、それはいいでしょう。ならば、つまり私達に見えているのは?」

現世ではない力の有様か。と、トーニャは碧のチャイルドと、己の背中から伸びたキキーモラを見て推測する。
酒を飲んだ者以外だと、人妖や怪異。それに類する見えないものがよく見れて、逆に普段見えるものは透けて見えるらしい。
キキーモラに流れる力も今はオーラという形で見ることができた。そして――

「あれが、媛星……なんですか」

天より愕天王に流れ込む力。それを辿って首を持ち上げてみれば、そこには月の隣に並ぶ真紅の妖星の姿があった。
媛星からは水が零れるかのように幾筋も光と見える力が地へと流れ落ちていた。
その一つは碧の愕天王で、おそらくはその光の下にはそれぞれ一人のHiMEと一体のチャイルドが存在するのであろう。

「媛星の実在をこの目で確かめられたことはよいでしょう。ええ、納得できました。が――」
「――こ、これ。どうやったら元に戻るの?」

那岐や九条らの口先からでしかその存在を聞かされていなかった媛星。
落ちてくれば人類絶滅などと言われても、見えないものを信じるのは難しかった。騙されているかもしれないという懸念は零にはならない。
その問題が偶然にしろ解決したのはよいだろう。だが、この状態はどうすれば解除されるのか?
うろたえる二人の耳に新しいノックの音が届く。

「碧よ。ここに九郎が寄っておらぬか?」

透けた扉の向こう側にいたのは、”はっきり”とその姿が彼女達の目に映る、魔導書の化身アル・アジフであった。



「ふむ。ようやっと思い出したわ。これはただの蜂蜜酒でなく”黄金の蜂蜜酒”というものじゃの」

アルは酒瓶の口の近くで鼻を鳴らし、困惑する二人にこの酒の正体を解説した。
一見すればただの酒でしかなく、アル自身も今まで気づいていなかったがこの黄金の蜂蜜酒は魔術ドラッグの一種なのだ。
その効果はトーニャと碧が体験した通り、目に見える世界の位相をずらし現世には映らぬものを見られるようにするというものである。
また飲んだ者自体の位相をもずらすために、現世における物理的な干渉を大幅に減じるという効果も得られる。

「用途としては、トランス状態になることでより”直接”的な魔術を行使してみたり、
 素養のないものがこれを使って見えざるものと交信を試みたり――などといったところじゃな。薬は薬でもこれは麻薬じゃ」

麻薬と聞いて二人の顔が青褪める。
この奇怪な現象は収まらないのか。また収まったとしても禁断症状や後遺症が出るのではないか。などと不安の種は尽きない。

「とりあえずこの酒は没収するとして……安心せい。別段、後遺症などはありはせん。
 トランス状態も酒が抜ければ同時に元に戻る。
 浴場にでも行って湯でも浴びてくるとよいであろう。そのままでは中々醒めぬ酒ゆえにな、何もしなければ朝まではそのままじゃ」

では、もう用はないとアルは酒瓶を手に踵を返した。
後に残されたトーニャと碧はと言うと、互いに見合わせるとおっかなびっくりと透ける床の上を進み、見えない戸で指を突いたりしながら
これも透けている浴衣などを取り、いそいそと湯浴みの支度を進めるのであった――……。



「やれやれ、あやつときたらどこをほっぽり歩いているのやら……」

719号室の隣。割り当てられた部屋である718号室に戻ってきたアルは酒瓶をベッドに投げ、やれやれと溜息をついた。
ここも隣と変わらぬツインルームではあるが、アルの相方である九郎の姿はない。そこにいるのはダンセイニだけだ。

「……魔導書を放ったままのマスターがどこにいるか」
「てけり・り」

悪趣味な殺し合いの島。
そこに放り込まれて2日ほど。色々あり、ようやく再会できたというのに、その後ときたらろくに接する機会がなかった。
今日にしても、半日の我慢と思えばむしろその後が楽しみなぐらいであったのに、しかし九郎は部屋には戻って……こない。

「何を考えておる。あやつも……妾も……」
「てけり・り」
「うむ。待つ女などとは妾の性分ではない。あの放蕩マスターをまた探しにゆくとするか。
 今度こそは首根っこ捕まえて、自分が誰にとっての何かをとくと教育してやることにしようぞ。ついて参れ」
「てけり・り」

この階にいなければ下かとあたりをつけ、アルは部屋から出るとダンセイニを引きつれエレベーターホールへと向かった。


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