Happy-go-lucky (幸運) Ⅳ ◆Live4Uyua6
・◆・◆・◆・
外では陽も傾き、時は進んで、あれだけ騒がしかった屋内プールの中も今は静かで心地よい気だるさの中にある。
揺蕩い、ゆるやかに光を跳ね返す水面に浮かぶのは数えて三つの華。アル・アジフと山辺美希とファルシータ・フォーセット。
最強の魔導書であるアルを教授に厳しい修練を終えたクリスと柚明を見送り、三人は午後の遅い時間をゆったりと過ごしていた。
揺蕩い、ゆるやかに光を跳ね返す水面に浮かぶのは数えて三つの華。アル・アジフと山辺美希とファルシータ・フォーセット。
最強の魔導書であるアルを教授に厳しい修練を終えたクリスと柚明を見送り、三人は午後の遅い時間をゆったりと過ごしていた。
「てけり・り」
……と、今はアルの身体を支える浮き輪と姿を変えているダンセイニを含む、三人と一体は午後の遅い時間をゆったりと過ごしていた。
大きな浮き輪に身を委ね高い天井を見上げながらファルはほぅと息を吐く。
薄い水着だけで覆われた身体を冷やす水の感触がとても気持ちよく、水面の揺れはまるで揺り籠の中にいるように心安らぐ。
胸の内に抱えていた大きな憂いも晴れた今、ただ何も深く考えず悦楽に身を委ねる時間がなによりも心地よい。
薄い水着だけで覆われた身体を冷やす水の感触がとても気持ちよく、水面の揺れはまるで揺り籠の中にいるように心安らぐ。
胸の内に抱えていた大きな憂いも晴れた今、ただ何も深く考えず悦楽に身を委ねる時間がなによりも心地よい。
とはいえ、できないことは多くとも、しなくてはならないことはあるはずで、いつまでも遊んでいていいものかという不安がないでもない。
無限に続きそうな物静かな時間も、所詮は錯覚。いつか終わりは来る。少なくともお腹が減ったならばここを動かなくてはいけないだろう。
元来、先々と手を打ってゆくファルとしてはただの休息には抵抗があるものの、しかしまぁ、今はこれでいいと、らしからぬ妥協をした。
無限に続きそうな物静かな時間も、所詮は錯覚。いつか終わりは来る。少なくともお腹が減ったならばここを動かなくてはいけないだろう。
元来、先々と手を打ってゆくファルとしてはただの休息には抵抗があるものの、しかしまぁ、今はこれでいいと、らしからぬ妥協をした。
次の台詞の声の主。山辺美希という共犯がいるのだ。いや、彼女こそが自身をサボタージュへと誘い出した幇助犯。
いざという時は彼女に責任を押し付けよう――これは非常に頼りになる理屈である。以上、ファルシータ・フォーセットの自己弁護終了。
いざという時は彼女に責任を押し付けよう――これは非常に頼りになる理屈である。以上、ファルシータ・フォーセットの自己弁護終了。
「……長く生きる為のコツってなんでしょうかねぇ?」
罪を負う彼女より意味深な言葉が飛び出した。
長生きのコツと言われればファルにも色々と思いつくことがあるが、しかし”長く生きる為のコツ”とは一体どんな意味なのだろうか?
長生きのコツと言われればファルにも色々と思いつくことがあるが、しかし”長く生きる為のコツ”とは一体どんな意味なのだろうか?
「ふむ、それは妾に向かっての問いかけか美希よ?」
後ろを向いていたアルが浮き輪の上で器用に向きを変えこちらの方へ、ファルと隣の美希がいる方へと振り返る。
長く生きていると言えば、この中で一番そうなのは彼女だろう。
幼い肢体に、似つかわしくない妖しい美しさを持つ彼女は実は人間ではなく、そしてファルや美希よりも何十倍の時間を生きているという話だ。
長く生きていると言えば、この中で一番そうなのは彼女だろう。
幼い肢体に、似つかわしくない妖しい美しさを持つ彼女は実は人間ではなく、そしてファルや美希よりも何十倍の時間を生きているという話だ。
「ええ、もしできればこの美希めにご教授いただければなぁ……なんて。えへへ」
「ふぅむ……なれば、あやつに聞くがよい。あやつの方が汝の望む答えに近いものを持っているであろうからな」
「ふぅむ……なれば、あやつに聞くがよい。あやつの方が汝の望む答えに近いものを持っているであろうからな」
アルの視線を追い、ファルは身体を少し沈め首を後ろへと向け、少し驚いた。水の上を悠々と歩いてくる那岐がそこにいたからである。
「さて、汝はどうしてまたここに戻ってきた? 本日の魔法講座はとうに看板をあげておるぞ。
よもや、またしても水着姿の女体を見にきただけというわけではあるまいな。この色欲旺盛なエロ式神め」
よもや、またしても水着姿の女体を見にきただけというわけではあるまいな。この色欲旺盛なエロ式神め」
声と目をとがらせるアルに那岐は苦笑し、抱えていた浮き輪を水面に落とすとゆったりとその上に腰かけ、彼女達の隣に落ち着いた。
「元々、神と名のつくものは揃って色の多いものだけどね。
僕はそもそもこの儀式の監視者であり、それを記録する者でもあるんだよ。つまり――」
「――女子の裸を覗くのも仕事のうちとそういうわけか? ん?」
「あはっ。まぁ、僕が書き留めた記録をいつか誰かが読む時が来るとしてさ。
そうだったなら、少しでも読んで楽しいものの方がいいんじゃないかなーと、僕は思ったりするわけだよ。うん」
「ふん。書としての本質より逸れてはその意味も価値も著しく減ずるというものであろうがの。覗き手帳になんの価値があろうか」
「いやはや、最強の魔導書ネクロノミコンの化身たる君からすれば何もかもだよ」
「それは世辞にもなっておらぬわ」
僕はそもそもこの儀式の監視者であり、それを記録する者でもあるんだよ。つまり――」
「――女子の裸を覗くのも仕事のうちとそういうわけか? ん?」
「あはっ。まぁ、僕が書き留めた記録をいつか誰かが読む時が来るとしてさ。
そうだったなら、少しでも読んで楽しいものの方がいいんじゃないかなーと、僕は思ったりするわけだよ。うん」
「ふん。書としての本質より逸れてはその意味も価値も著しく減ずるというものであろうがの。覗き手帳になんの価値があろうか」
「いやはや、最強の魔導書ネクロノミコンの化身たる君からすれば何もかもだよ」
「それは世辞にもなっておらぬわ」
超常の存在たる二人の会話は例えそれが戯言であろうとも常人たるファルからすれば遠く雲の上の話だ。
今になって彼女や彼といった人ならざる者の近くにいることを自覚する。思い返せば教会で邂逅して後、近くで接した覚えがない。
もし今朝頃のファルのままであればその大きな存在を前にまた卑屈な受け取り方をしていたかもしれないが、しかし今は違う。
自身を取り戻した彼女からすれば彼らは、有用な道具であり、信ずべき仲間であり、頼れる味方である。決して自らを貶める材料ではない。
今になって彼女や彼といった人ならざる者の近くにいることを自覚する。思い返せば教会で邂逅して後、近くで接した覚えがない。
もし今朝頃のファルのままであればその大きな存在を前にまた卑屈な受け取り方をしていたかもしれないが、しかし今は違う。
自身を取り戻した彼女からすれば彼らは、有用な道具であり、信ずべき仲間であり、頼れる味方である。決して自らを貶める材料ではない。
しかし、さて山辺美希の問いに対する答えはどうなったのか。
「――でだ、美希ちゃんの言う長く生きる為のコツっていうのは”こういうこと”だと思うんだよ」
那岐は語る。
それはつまり。楽しいと思う感情。いや、楽しいというに限らず目の前にあるものに対する興味と感情を失わないということ。
大きなことばかりでなくむしろ小さな日常の出来事。朝焼けの景色の眩しさや、その日食べたものの味。他愛もない一日の出来事。
それらにこそ目を向け、そしてそれをそのままに受け止められる感性を維持することこそが大事なのだ。
それはつまり。楽しいと思う感情。いや、楽しいというに限らず目の前にあるものに対する興味と感情を失わないということ。
大きなことばかりでなくむしろ小さな日常の出来事。朝焼けの景色の眩しさや、その日食べたものの味。他愛もない一日の出来事。
それらにこそ目を向け、そしてそれをそのままに受け止められる感性を維持することこそが大事なのだ。
長く生きれば相対的に一日の、一週間の、一ヶ月のと、その価値は減じていってしまう。
千年先を見据えれば今の一日が無価値に感じるかもしれない。一週間後に世界が巻戻るならこの一日が徒労に感じるかもしれない。
それはそのままにしておけば止まることなく心を蝕み乾かしてしまうだろう。だから、意識して自分で自分の心に潤いを齎さないといけないのだ。
千年先を見据えれば今の一日が無価値に感じるかもしれない。一週間後に世界が巻戻るならこの一日が徒労に感じるかもしれない。
それはそのままにしておけば止まることなく心を蝕み乾かしてしまうだろう。だから、意識して自分で自分の心に潤いを齎さないといけないのだ。
「――つまり。こうやってプールで遊んだり、可愛いHiME達の艶姿を見ることも立派に今を生きていると言えるわけなんだなぁ」
立派なことを言ったかと思えば……と、しかしこうして茶化すこともまた大切なのかと、ファルは静かに頷いた。
アルはまた「屁理屈を」などと那岐と小競り合いを始めた。どうやらこの二人は相性がよくないらしい。
美希はどうなのだろうと隣を見れば、いつものあの笑顔でこちらを見ていた。何が楽しいのだろうか。いや、楽しいことが好きなのか。
アルはまた「屁理屈を」などと那岐と小競り合いを始めた。どうやらこの二人は相性がよくないらしい。
美希はどうなのだろうと隣を見れば、いつものあの笑顔でこちらを見ていた。何が楽しいのだろうか。いや、楽しいことが好きなのか。
「どうしました? ファルさん」
「いいえ。あなたの質問は実に有意義だと思っただけ」
「へぇ、褒めてもらえるんだ」
「答えを出したのはあなたじゃなくて彼じゃない」
「いいえ。あなたの質問は実に有意義だと思っただけ」
「へぇ、褒めてもらえるんだ」
「答えを出したのはあなたじゃなくて彼じゃない」
この子は、きっと問うまでもなく答えを知っていたのだろうとファルは思う。それは彼女と一緒にすごしていればよくわかることだ。
そうならば何故、彼女はわざわざ問うたのか? いや、それこそが問うまでもないことだろう――……。
そうならば何故、彼女はわざわざ問うたのか? いや、それこそが問うまでもないことだろう――……。
水面に揺蕩うように不安定な今だけど、この今を肯定してこの今を生きよう。ファルは誓う。何故なら、そうしなければ未来はやってこないから。
・◆・◆・◆・
真っ赤な陽が水平線の彼方に消えて、空に張られる幕は夕方のそれから夜のものへと取り替えられる。
白い月が黒い夜の中にくっきりと浮かび上がり、そしてその時を知らせるかのように15回目の放送がこの世界の隅々に響き渡った。
白い月が黒い夜の中にくっきりと浮かび上がり、そしてその時を知らせるかのように15回目の放送がこの世界の隅々に響き渡った。
『――これより、十五回目となる放送を行う。
新しい禁止エリアは、20時より”D-2”。22時より”A-2”となる。以上だ――……』
新しい禁止エリアは、20時より”D-2”。22時より”A-2”となる。以上だ――……』
朝、昼、夕、と四日目も過ぎ、そしてこれから皆は夜を過ごす。
・◆・◆・◆・
半ば以上までカオスだったあの騒動の後。流石というべきか、天才鬼才の集まりである彼らは見事な大勝を納めた。
稼ぎに稼いだメダルの数は百万と強。一夜にして彼らは百万長者――ミリオネアになったというわけだ。
最終的な目標である宇宙船を得るには程遠いものの、決戦にあたっての軍資金としては十分すぎる額である。
稼ぎに稼いだメダルの数は百万と強。一夜にして彼らは百万長者――ミリオネアになったというわけだ。
最終的な目標である宇宙船を得るには程遠いものの、決戦にあたっての軍資金としては十分すぎる額である。
そして、その大成の立役者である深優は今、カジノを離れ食堂へと、いつもと変わらぬ歩調で廊下に硬い足音を刻んでいる。
しばらくして、彼女は自身の想定どおりの時間で食堂に到着し、そしてそれが決められている動作だったかのように扉をスムーズに開いた。
しばらくして、彼女は自身の想定どおりの時間で食堂に到着し、そしてそれが決められている動作だったかのように扉をスムーズに開いた。
「あ、深優ちゃんおつかれ~」
最初に深優が感じ取ったのは一足先に食堂へと向かっていた碧の声と、空気中に含まれる僅かなアルコール臭であった。
目視にて碧が手にもっているグラス、そしてテーブルの上の瓶のラベルを確認。彼女が飲酒していることを認識する。
目視にて碧が手にもっているグラス、そしてテーブルの上の瓶のラベルを確認。彼女が飲酒していることを認識する。
「その可能性は低いですが、敵が襲来してこないとも限りません。アルコールの摂取は――」
「いやいや、いや~ん。硬いこといいっこなしだよ、深優ちゃん。
そもそも私にとっちゃこれぐらいの量なんて飲んだうちに入んないってば。大丈夫、大丈夫。ね? なつきちゃんもそう思うでしょ?」
「いやいや、いや~ん。硬いこといいっこなしだよ、深優ちゃん。
そもそも私にとっちゃこれぐらいの量なんて飲んだうちに入んないってば。大丈夫、大丈夫。ね? なつきちゃんもそう思うでしょ?」
供述とは裏腹に碧には許容範囲を超えた酩酊を感じ取ったが、その問題は一旦保留し、深優は視線をスライドさせて隣のなつきを見た。
一緒にいたはずの九条の姿は見られない。彼女一人で訓練から戻ってきたのか、それとも離席中なのか深優は判断を保留する。
一緒にいたはずの九条の姿は見られない。彼女一人で訓練から戻ってきたのか、それとも離席中なのか深優は判断を保留する。
「なんで、私に話をふるんだ?」
「あーん。つれないねぇ……なつきちゃんは。
彼氏ができたらHiME同士の仲なんてどうでもいいとかいっちゃうわけ~……んー? パヤパヤしようよ~……♪」
「か、絡むなっ!? 傷にさわるっ!」
「あーん。つれないねぇ……なつきちゃんは。
彼氏ができたらHiME同士の仲なんてどうでもいいとかいっちゃうわけ~……んー? パヤパヤしようよ~……♪」
「か、絡むなっ!? 傷にさわるっ!」
碧にしな垂れかかられ、顔を顰めているなつきの姿を深優は仔細に観察する。
衣服には擦った後なのかボロとなっている箇所があり、また露出した手足には小さいものから目立つものまでいくつかの傷が見られた。
深優が離れる前に記憶していたのと今とを比べれば、九条の彼女に対する訓練がどれだけ厳しかったのか推測できる。
衣服には擦った後なのかボロとなっている箇所があり、また露出した手足には小さいものから目立つものまでいくつかの傷が見られた。
深優が離れる前に記憶していたのと今とを比べれば、九条の彼女に対する訓練がどれだけ厳しかったのか推測できる。
「傷の手当てが必要ではありませんか玖我なつき? アル・アジフか羽藤柚明にそれを依頼することを推奨します」
「え? いやいや大げさじゃないか? これぐらいいつものことだしな。普通の治療で――」
「なーに言ってるのなつきちゅわ~ん♪
若いからってそこんとこ、怠ってはいけないんだよ? 見せる人がいるんだろうがー、このー、うりうり~!」
「え? いやいや大げさじゃないか? これぐらいいつものことだしな。普通の治療で――」
「なーに言ってるのなつきちゅわ~ん♪
若いからってそこんとこ、怠ってはいけないんだよ? 見せる人がいるんだろうがー、このー、うりうり~!」
やめなさいと、深優は碧をなつきからひっぺがす。
勿論、それが冗談の範疇に収まっているとは理解しているが、双方の性格を鑑みればこの後どう発展しないとも限らないからだ。
そして、改めてなつきとその周りを観察し新しい事実に気がついた。
勿論、それが冗談の範疇に収まっているとは理解しているが、双方の性格を鑑みればこの後どう発展しないとも限らないからだ。
そして、改めてなつきとその周りを観察し新しい事実に気がついた。
「どうやら食事をとっていないようですが、何か体調に問題でも生じましたか?」
「いや、そういうわけじゃない……その」
「いや、そういうわけじゃない……その」
口ごもるなつきの顔は赤らみ、そこに照れの表情が表れていた。
これはいかなる理由と意味があるのか、考えようとして……やって来た”答え”を見つけ、深優は彼女の表情の意味を理解した。
これはいかなる理由と意味があるのか、考えようとして……やって来た”答え”を見つけ、深優は彼女の表情の意味を理解した。
「はい、なつき。お待たせさま」
「あ、……わぁ」
「あ、……わぁ」
九条がひとつの皿をなつきの前に置き、そして彼女の顔が驚き、喜び、感動へと変化してゆくのを深優は見る。
そこにあるのは焼けたチーズの香りを漂わせるグラタンの皿だった。
なにも特別なものではなく、テーブルの上に並べられた料理の数々と比べれば質素……というよりも簡素と言った方がいいぐらいのものだ。
具材はマカロニと玉ねぎぐらいだろうか、手間がかかっているようにも見えない。
そこにあるのは焼けたチーズの香りを漂わせるグラタンの皿だった。
なにも特別なものではなく、テーブルの上に並べられた料理の数々と比べれば質素……というよりも簡素と言った方がいいぐらいのものだ。
具材はマカロニと玉ねぎぐらいだろうか、手間がかかっているようにも見えない。
「まだ熱いから、少し待ってから食べなさい」
「うん。ありがとう……ママ」
「うん。ありがとう……ママ」
しかし、なつきの表情は今までのどんな料理を目の前にした時よりも嬉しそうだ。
何故か――理解は容易い。なぜならば深優もそれを知っているから。彼女も、あのように笑ってくれる一人の少女を知っていたから。
何故か――理解は容易い。なぜならば深優もそれを知っているから。彼女も、あのように笑ってくれる一人の少女を知っていたから。
「(……アリッサ様)」
一瞬、なつきの顔にアリッサの記憶が重なる。
答えは至って単純だ。親しい人から、好きな人から貰える食事。時間。それは、それこそが平凡な一皿を極上のものへと変える一要素。
解答をより正確なものとするのならば、おそらくはグラタンという一品はあの母娘がまだ一緒だった頃の思い出の料理なのだろう。
答えは至って単純だ。親しい人から、好きな人から貰える食事。時間。それは、それこそが平凡な一皿を極上のものへと変える一要素。
解答をより正確なものとするのならば、おそらくはグラタンという一品はあの母娘がまだ一緒だった頃の思い出の料理なのだろう。
この一瞬。深優の胸中に発生したいいようのない感情の正体は何か。微笑ましさからくる喜びか、それとも寂しさなのか――……。
童心に帰りスプーンでグラタンをつつくなつきより離れ、深優とそして碧は九条へとカジノでの結果を報告する。
「おつかれさま深優さん。メダルの方は順調に稼げているかしら?」
「はい。私がカジノを後にする段階で、1,003,025枚のメダルを獲得できました。
宇宙船獲得にあたって必要な元手を残すことを考慮しても、装備を調達する分には十分な量だと判断できるでしょう。
今現在カジノでのゲームを停止し、各人には必要な物資の購入および、次の行動を控えて十分な休息をとることを促しています」
「本当にさすがと言ったところね。
あなたに仕事を頼んで正解だったわ。――ええ、この後はあなたも自由にしてもらっていいわ。ご苦労様」
「はい。私がカジノを後にする段階で、1,003,025枚のメダルを獲得できました。
宇宙船獲得にあたって必要な元手を残すことを考慮しても、装備を調達する分には十分な量だと判断できるでしょう。
今現在カジノでのゲームを停止し、各人には必要な物資の購入および、次の行動を控えて十分な休息をとることを促しています」
「本当にさすがと言ったところね。
あなたに仕事を頼んで正解だったわ。――ええ、この後はあなたも自由にしてもらっていいわ。ご苦労様」
了解しました。と、深優は応答し、九条より離れてまだまだ料理の残っているテーブルの方へと近づく。
食事といってもアンドロイドである深優は生身の人間と同じほど必要とはしない。しかし自身は必要としないが、玲二は必要とするはずだ。
カジノでの大勝の後、彼は交換機から一通りの銃器を調達すると、そこが本来の居場所であるかの様にまた駐車場へと戻ってしまった。
あそこにはまだ昼食の残りがあるはずだが、しかし今現在は未確認でもある。誰かが食べたり、持って行ったりしているかもしれない。
そもそもとして痛んで食べられなくなっているかもしれない。もしそうならば、それを玲二が口にして体調を悪くするという可能性もある。
食事といってもアンドロイドである深優は生身の人間と同じほど必要とはしない。しかし自身は必要としないが、玲二は必要とするはずだ。
カジノでの大勝の後、彼は交換機から一通りの銃器を調達すると、そこが本来の居場所であるかの様にまた駐車場へと戻ってしまった。
あそこにはまだ昼食の残りがあるはずだが、しかし今現在は未確認でもある。誰かが食べたり、持って行ったりしているかもしれない。
そもそもとして痛んで食べられなくなっているかもしれない。もしそうならば、それを玲二が口にして体調を悪くするという可能性もある。
……ならば、……だったら、……その可能性を検討するならば、……etc.etc.
深優は玲二に会いに行くという行動に対して肯定的な理屈をいくつも頭の中に並べ立てる。
そこに気づかぬうちに強いバイアスがかかっているとも気づかずに、彼の隣にまた座りたいという欲求をかなえる為に思考し、行動する。
深優は玲二に会いに行くという行動に対して肯定的な理屈をいくつも頭の中に並べ立てる。
そこに気づかぬうちに強いバイアスがかかっているとも気づかずに、彼の隣にまた座りたいという欲求をかなえる為に思考し、行動する。
「深優ちゃーん。それ、少し多くない?」
「……いえ、成人男性が必要とするカロリーと栄養のバランス、また現在の状況や消耗も鑑みての選択です」
「なるほどー……なるほど、な・る・ほ・ど・♪
そうだよねぇ、男の子は精をつけないといけないものねぇ。そして、二人分か……はい、碧ちゃん、わかっちゃっいました」
「……こちらとしては、あなたがどのように解釈したのかが些か不明ではありますが」
「なに、外から見たほうがわかりやすいってこともあるのだよ」
「その言葉自体は正しいことだと思いますが……」
「……いえ、成人男性が必要とするカロリーと栄養のバランス、また現在の状況や消耗も鑑みての選択です」
「なるほどー……なるほど、な・る・ほ・ど・♪
そうだよねぇ、男の子は精をつけないといけないものねぇ。そして、二人分か……はい、碧ちゃん、わかっちゃっいました」
「……こちらとしては、あなたがどのように解釈したのかが些か不明ではありますが」
「なに、外から見たほうがわかりやすいってこともあるのだよ」
「その言葉自体は正しいことだと思いますが……」
酒を飲むのはやめたのだろうが、しかし言動がその状態と変わらぬ碧と適当に応答して深優は食堂を後にしようとする。
新しいバスケットを厳重品のように扱い、彼の待つ場所にと――……、その時、彼女の鋭敏なセンサーが僅かな声を拾った。
新しいバスケットを厳重品のように扱い、彼の待つ場所にと――……、その時、彼女の鋭敏なセンサーが僅かな声を拾った。
「…………ぅ。……ぇう。……っく。………………っく」
「……あっ。…………っ。……ぅう。……………………っ」
振り返った深優の視線の先にいたのはグラタンを食べていた玖我なつきがいて、泣いていたのは彼女だった。
スプーンを握ったまま、両目から大粒の涙をテーブルの上へと、ポタリポタリと零している。
どうして泣いているのだろう? グラタンを食べるという行為に何か彼女が悲しまなければいけない要素があったというのだろうか?
スプーンを握ったまま、両目から大粒の涙をテーブルの上へと、ポタリポタリと零している。
どうして泣いているのだろう? グラタンを食べるという行為に何か彼女が悲しまなければいけない要素があったというのだろうか?
とてもノスタルジーに感動しているという風には見えない。眉根をよせ口を戦慄かせる彼女の表情は紛れもなく悲しみや不安からくるものだ。
観察する。グラタンにはまだ半分ほどしか手をつけられていない。ここに要因があるのか……しかし推測できない。
観察する。グラタンにはまだ半分ほどしか手をつけられていない。ここに要因があるのか……しかし推測できない。
「……ぅ、ぅう。……くっ、……ぁあ。……うわあぁぁああぁぁああぁぁんっ!」
途端に、彼女は大きな声で泣きはじめた。
まるで子供にでも帰ってしまったかの様に。ホームシックに似たものだろうか? しかし、これも要因を特定するまでには至らない。
まるで子供にでも帰ってしまったかの様に。ホームシックに似たものだろうか? しかし、これも要因を特定するまでには至らない。
「クリスぅ……、クリスぅ……、どこ……、クっ……ぅううう、ううぅぅううう……ぅあ……ぅぐ……」
明らかに精神状態に異常をきたしている。早急に対応する必要があると判断。
深優はなつきに近づこうとして、肩を掴まれ制止された。何者か考える必要はない。振り返ると先程とは真逆の真剣な表情の碧の顔があった。
首を横に振るモーションは近づくなという意味と解るものの、その理由までは察することができない。
深優はなつきに近づこうとして、肩を掴まれ制止された。何者か考える必要はない。振り返ると先程とは真逆の真剣な表情の碧の顔があった。
首を横に振るモーションは近づくなという意味と解るものの、その理由までは察することができない。
「ふ……ぅ、あ、ああ……あああぁぁぁああぁあぁぁあ、やあぁああ……ぁぁぁ……!」
遂には、なつきは椅子を蹴って走り始めた。
とはいえその足取りは覚束無い。涙で目の前が確かではないからだろうか、それとも深優の計り知れない何かに怯えているからなのか。
クリスの名前を呟き、まるで迷子の子供のように彼女は深優と碧の目の前を通り過ぎてゆく。
とはいえその足取りは覚束無い。涙で目の前が確かではないからだろうか、それとも深優の計り知れない何かに怯えているからなのか。
クリスの名前を呟き、まるで迷子の子供のように彼女は深優と碧の目の前を通り過ぎてゆく。
「クリス……、クリスぅ……ぅうう……、どこぉ…………」
後から後から零れ出る涙を両手で拭い、なつきは扉を肩で押して廊下へと出て行ってしまった。
原因は定かではないが彼女は幼児退行の状態にあると見受けられる。
放置することはできないと深優は彼女を追って扉を潜ったが、しかしまた碧によって制止されてしまった。
原因は定かではないが彼女は幼児退行の状態にあると見受けられる。
放置することはできないと深優は彼女を追って扉を潜ったが、しかしまた碧によって制止されてしまった。
「碧……?」
「ここは私達にお呼びがかかるところじゃないって。……と、ほら。ちょうどいいところに来たし、彼に任せときなさい」
「ここは私達にお呼びがかかるところじゃないって。……と、ほら。ちょうどいいところに来たし、彼に任せときなさい」
言われて、深優は碧の指先が示す方へと向き直る。
ほどなくして耳に届くカラカラという車輪の音。その音は深優も記憶している。碧が言う”彼”が誰なのか、聞き返す必要はなかった――。
ほどなくして耳に届くカラカラという車輪の音。その音は深優も記憶している。碧が言う”彼”が誰なのか、聞き返す必要はなかった――。
・◆・◆・◆・
食堂内には再び静寂。
なつきは廊下の角から現れたクリスを見るや否や飛びつき、泣きじゃくるままに彼に抱えられその場を後にした。
結局まだ残っているのは釈然としないものを抱えた深優と、彼女の隣に碧。そして廊下に置き去りにされていたワゴンだけである。
なつきは廊下の角から現れたクリスを見るや否や飛びつき、泣きじゃくるままに彼に抱えられその場を後にした。
結局まだ残っているのは釈然としないものを抱えた深優と、彼女の隣に碧。そして廊下に置き去りにされていたワゴンだけである。
ワゴンを食堂の端まで押し、深優は碧へと振り返る。
「……正直驚きました」
正しく嵐が過ぎ去った後のような場所に残された二人。
その一人の深優が同じく神妙そうになつきを見ていた碧に向かってそう呟いた。
深優にとってなつきの感情の大爆発は正直驚きしかなかったのだから。
そのなつきを連れて行ったクリスが置いたワゴンを深優は片付けながら、その間、なつきの先程の行動を思い出す。
その一人の深優が同じく神妙そうになつきを見ていた碧に向かってそう呟いた。
深優にとってなつきの感情の大爆発は正直驚きしかなかったのだから。
そのなつきを連れて行ったクリスが置いたワゴンを深優は片付けながら、その間、なつきの先程の行動を思い出す。
今の今まで玖我なつきは他人が羨むぐらい恋人であるクリスと幸せだった。
また、母親であるむつみとも再会できて、恐らくこの島でこれまでになく喜びに満ち、幸せに溢れていたのだろうと深優は思う。
なのに、突然の感情の爆発。
普段冷静で利発的なあの彼女から考えられない程の号泣。
まるで子供のように戻っていたと言っても可笑しくないほどだった。
深優にはそのなつきの余りにも哀しい涙に理解が追いつかない。
何故という言葉しか浮かばなくて。
また、母親であるむつみとも再会できて、恐らくこの島でこれまでになく喜びに満ち、幸せに溢れていたのだろうと深優は思う。
なのに、突然の感情の爆発。
普段冷静で利発的なあの彼女から考えられない程の号泣。
まるで子供のように戻っていたと言っても可笑しくないほどだった。
深優にはそのなつきの余りにも哀しい涙に理解が追いつかない。
何故という言葉しか浮かばなくて。
なつきのあの喜びに満ちた想いが哀しみに満ちた想いに変ったのがどうにも理解が出来ない。
それほどクリスへの想いが深いのだろうかと深優は疑問に想う。
そして、更に想う。
それほどクリスへの想いが深いのだろうかと深優は疑問に想う。
そして、更に想う。
「解りません……想いというものは」
想いへの理解が追いつかないと。
ただ、深優は困惑するばかりで。
考えれば考えるほど疑問に結びついてしまう。
そして自分の想いはどうなのだろうかと。
アリッサとそして玲二への想い。
しかし、答えは出るわけがでもなく。
一向に理解が追いつかないで迷うばかり。
ただ、深優は困惑するばかりで。
考えれば考えるほど疑問に結びついてしまう。
そして自分の想いはどうなのだろうかと。
アリッサとそして玲二への想い。
しかし、答えは出るわけがでもなく。
一向に理解が追いつかないで迷うばかり。
「どうしたのさー? 深優ちゃん」
「碧……」
「碧……」
そんな深優に声をかける碧。
その様子は何処か神妙そうな表情をしているのに楽しそうだった。
碧はそのままなつきが去っていた方向を見つめて呟く。
その様子は何処か神妙そうな表情をしているのに楽しそうだった。
碧はそのままなつきが去っていた方向を見つめて呟く。
「いやーなつきちゃんがあんな爆発するなんてねぇ」
「……正直、意外でした」
「そう? 想いが深ければ深い程あーなる事はあると思うよ? なつきちゃんだってそれほど彼の事を想ってそして頼ったんだよ。きっと」
「だから、泣きながら求めたと」
「うん、多分」
「……そうですか」
「……正直、意外でした」
「そう? 想いが深ければ深い程あーなる事はあると思うよ? なつきちゃんだってそれほど彼の事を想ってそして頼ったんだよ。きっと」
「だから、泣きながら求めたと」
「うん、多分」
「……そうですか」
碧の答えに深優は顎に手を当てながらもう一度考え始める。
なつきはクリスといる時は幸せで。
周囲が憚るほど幸せで満たされているように見えた。
それなのに、今はその想いによって哀しくなっている。
それこそ子供のように。
深優はふと、思いその事を口にする。
なつきはクリスといる時は幸せで。
周囲が憚るほど幸せで満たされているように見えた。
それなのに、今はその想いによって哀しくなっている。
それこそ子供のように。
深優はふと、思いその事を口にする。
「碧……」
「なーに?」
「玖我なつきは間違いなく幸せでした」
「そうだねぇ」
「なのにあんなにも哀しんだ」
「うん、それで」
「それは……満たされる喜びもあれば、そうでない時の哀しみもあるのでしょうか?……私にはよく解りません」
「なーに?」
「玖我なつきは間違いなく幸せでした」
「そうだねぇ」
「なのにあんなにも哀しんだ」
「うん、それで」
「それは……満たされる喜びもあれば、そうでない時の哀しみもあるのでしょうか?……私にはよく解りません」
そう何故か悔しそうに尋ねる深優に碧は少しキョトンとする。
でもやがて、一息ついて
でもやがて、一息ついて
「ノンノン、まだまだ子供だなー深優ちゃんは」
人差し指を顔の前で振りながら深優に言う。
その事こそが
その事こそが
「それが『想い』なんだよ。深優ちゃん」
想いだと碧は強く言った。
深優はその碧の答えに目を見開きながら驚く。
余りにも予想しなかった答えだったのだから。
だけど、さらにその続きの答えに深優は更に驚く事になる。
深優はその碧の答えに目を見開きながら驚く。
余りにも予想しなかった答えだったのだから。
だけど、さらにその続きの答えに深優は更に驚く事になる。
「それを深優ちゃん……深優ちゃん自身も知っているはずだよ」
「私が……知っている?」
「そう。よく考えてごらん」
「私が……知っている?」
「そう。よく考えてごらん」
碧の言葉に深優は考えそして、一つ思い出す。
忘れてはならない事。
ずっと、ずっと一緒に傍に居た彼女の事を。
彼女の時と共に居た時間を。
そう、
忘れてはならない事。
ずっと、ずっと一緒に傍に居た彼女の事を。
彼女の時と共に居た時間を。
そう、
「……………………アリッサ様」
アリッサ・シアーズの事を。
彼女といる事で深優は幸せだった。
アリッサがあの無垢の笑顔を向けてくれるだけでも充足した気分になれた。
だから、彼女の笑顔を見る為にもっと行動できた。
でも、アリッサはまだまだ子供で。
深優に対して辛く当たることもあった。
それに仕方ないと思っていたが。
でも、今考えるとそれは少し哀しかったのではないかと。
そして、アリッサを失った時。
余りにも哀しくて、今までのものが全て奪われたような気分になって。
嘆いてでも、どうにも無くて。
彼女といる事で深優は幸せだった。
アリッサがあの無垢の笑顔を向けてくれるだけでも充足した気分になれた。
だから、彼女の笑顔を見る為にもっと行動できた。
でも、アリッサはまだまだ子供で。
深優に対して辛く当たることもあった。
それに仕方ないと思っていたが。
でも、今考えるとそれは少し哀しかったのではないかと。
そして、アリッサを失った時。
余りにも哀しくて、今までのものが全て奪われたような気分になって。
嘆いてでも、どうにも無くて。
哀しかった。
深優は理解する。
「ああ、これも、想いなんですね」
それが想いだと。
そして、その想いこそが人を動かす糧となり力になりゆるのだと。
想う力こそ、人は幸せになれてそして涙を流す事になるのだと。
今、それが深優にとって何となくだが……解り始めていたのだ。
その答えを知りそして碧にも尋ねる。
そして、その想いこそが人を動かす糧となり力になりゆるのだと。
想う力こそ、人は幸せになれてそして涙を流す事になるのだと。
今、それが深優にとって何となくだが……解り始めていたのだ。
その答えを知りそして碧にも尋ねる。
「碧……貴方もそうなのですか?」
「ん、まぁ……ねーそりゃ、わたしも想っていれば嬉しくなったり哀しくなったりはするよ」
「碧の想いはどういうものなのですか……?」
「……叶わない想いかな。でも想い続けてるだけは自由だからね。でもだから、想っているんだよ」
「ん、まぁ……ねーそりゃ、わたしも想っていれば嬉しくなったり哀しくなったりはするよ」
「碧の想いはどういうものなのですか……?」
「……叶わない想いかな。でも想い続けてるだけは自由だからね。でもだから、想っているんだよ」
碧は快活そうに笑うが何処か切なそうで。
でも、それでも、満足しているような感じだった。
深優は少し疑問に想って。
でも、それでも、満足しているような感じだった。
深優は少し疑問に想って。
「叶わなくても想う……?」
「うん。例えそうだとしても、わたしはその想いは大切だと思えるから……想ってるんだよ」
「うん。例えそうだとしても、わたしはその想いは大切だと思えるから……想ってるんだよ」
その問いに碧はまたしても笑う。
でもそれは今度は満足そうに笑っていた。
深優は想う。
でもそれは今度は満足そうに笑っていた。
深優は想う。
想いは。
想いの力は。
その人を動かす力は。
結果的に悲劇になろうと。
最終的には……哀しみは無いのだろうかと。
想いの力は。
その人を動かす力は。
結果的に悲劇になろうと。
最終的には……哀しみは無いのだろうかと。
今、そんな事を目の前で幸せそうに笑い続ける碧と。
そして、自身の二つのかけがえのない想いを想って。
強く、強く……そう思った。
・◆・◆・◆・
屋内プールでの特訓を終えたアル・アジフが足を運んだのは、地下のカジノだった。
桂、柚明、クリスたち特訓組の成果は上々。九条たち景品獲得班の首尾はどうか、と中を窺ってみれば……。
桂、柚明、クリスたち特訓組の成果は上々。九条たち景品獲得班の首尾はどうか、と中を窺ってみれば……。
「……汝らは、いったいなにをしているのだ?」
カジノに訪れていきなり、床に這い蹲ってスロットマシンの下を覗き込む、九郎とやよいに遭遇した。
「あ、アルさん」
「よぉアル。もうプールの方はいいのか?」
「よぉアル。もうプールの方はいいのか?」
と、二人は極めて低い姿勢で、低身長のアルを見上げるようにして言う。
自分たちに姿にまったく疑問を抱いていないようで、揃って笑顔だ。
アルは深いため息の後、改めて二人に問うた。
自分たちに姿にまったく疑問を抱いていないようで、揃って笑顔だ。
アルは深いため息の後、改めて二人に問うた。
「特訓は完了した。クリスもこちらに来ていたであろう。で、汝らはなにをやっている?」
「いやぁ、なんといいますか……メダルはがっぽり稼げたんだけどよ。それが虚しいと言いますか……」
「ほとんどはやよいの功績だけどなー。まー、九郎もやよいも貧乏人の性に逆らえなかったのさ」
「えっと、どんどん溢れてくるメダルを見ていたら、なんだか怖くなっちゃって……」
「いやぁ、なんといいますか……メダルはがっぽり稼げたんだけどよ。それが虚しいと言いますか……」
「ほとんどはやよいの功績だけどなー。まー、九郎もやよいも貧乏人の性に逆らえなかったのさ」
「えっと、どんどん溢れてくるメダルを見ていたら、なんだか怖くなっちゃって……」
九郎、プッチャン、やよいが順々に事情を話していくが、どうにも要領を得ない。
見ると、傍らのスロット台には、メダルが満載されている箱が塔を成していた。
見ると、傍らのスロット台には、メダルが満載されている箱が塔を成していた。
「ううう~、別に悪いことしてるわけじゃないのに、目が回っちゃいそうです~」
「やよいには刺激が強すぎたのかもしれねぇなぁ。九郎は大丈夫かー?」
「へへっ……これがメダルじゃなく、現金だったら危なかったぜ……」
「……どれだけ小心者なのだ、汝らは」
「やよいには刺激が強すぎたのかもしれねぇなぁ。九郎は大丈夫かー?」
「へへっ……これがメダルじゃなく、現金だったら危なかったぜ……」
「……どれだけ小心者なのだ、汝らは」
目論見通り、メダルを増やすことには成功したようだ。
が、赤貧生活に慣れてしまっている二人には『ギャンブルで大勝する』という体験が刺激すぎたようで、
どんどん増えていくメダルを見ていくうちになんだか虚しくなり、こうやって貧乏人の習性に身を任せたくなったらしい。
やよいと九郎にとっては、スロットで大当たり引き当てるよりも、機械の隙間などに落ちているメダルを拾って集めたほうが、精神衛生上よろしいのだろう。
が、赤貧生活に慣れてしまっている二人には『ギャンブルで大勝する』という体験が刺激すぎたようで、
どんどん増えていくメダルを見ていくうちになんだか虚しくなり、こうやって貧乏人の習性に身を任せたくなったらしい。
やよいと九郎にとっては、スロットで大当たり引き当てるよりも、機械の隙間などに落ちているメダルを拾って集めたほうが、精神衛生上よろしいのだろう。
「あ、また一枚見つけましたーっ!」
「おお! 案外落ちてるもんなんだなぁ」
「……一応、注意しておくがな。そういう真似はみっともないので……」
「お、こっちにもあったぞ」
「本当だ! こんなに落ちてるのに気づかないなんて、もったいないおばけが出ちゃいそうです!」
「塵も積もれば山となる。このペースでいけば、数年後には億万長者だ!」
「聞く耳持たずかっ!」
「おお! 案外落ちてるもんなんだなぁ」
「……一応、注意しておくがな。そういう真似はみっともないので……」
「お、こっちにもあったぞ」
「本当だ! こんなに落ちてるのに気づかないなんて、もったいないおばけが出ちゃいそうです!」
「塵も積もれば山となる。このペースでいけば、数年後には億万長者だ!」
「聞く耳持たずかっ!」
お金のありがたみを誰よりも知っている二人は、完全にメダル漁りに夢中だった。
「まあ、既にこれだけ稼いでいるのであれば、妾としてもとやかく言わんが……ほどほどにしておくのだぞ?」
アルの注意に、はーい、と元気のいい声で返し、やよいと九郎はまた機械の隙間を覗き込む。
こうなってしまってはもう、再びスロット台に縛り付けることも不可能だろう。
アルはやれやれとぼやきつつ、二人が稼いだメダルを運び始めた。
こうなってしまってはもう、再びスロット台に縛り付けることも不可能だろう。
アルはやれやれとぼやきつつ、二人が稼いだメダルを運び始めた。
「九条たちはまだ続けておるだろうしな。妾は妾で、先に物資の調達を済ませておくとするか」
メダルを運んだ先は、立ち並ぶ機械の中でも一際大型な、景品交換機の前である。
五百品もの景品が収められているその機械からは、投入した金額に応じて、景品を手に入れることができる。
既に特訓用の銃器なども多数仕入れており、使い方自体に不明な点はない。
五百品もの景品が収められているその機械からは、投入した金額に応じて、景品を手に入れることができる。
既に特訓用の銃器なども多数仕入れており、使い方自体に不明な点はない。
「桂や柚明は、既に己のスタイルというものを見つけた。クリスのほうも、素質は十分。
となれば、現段階で妾が手に入れておくべきは……これらの魔装具か」
となれば、現段階で妾が手に入れておくべきは……これらの魔装具か」
羅列されているパネルを目で追っていき、アルはそのいくつかに目星をつけていく。
乖離剣・エア、黄金の鎧、石化の魔眼、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)といった、魔力を内包する道具。
これらは、アルや九郎はもちろん、魔導書の展開に成功した柚明や、ロイガーとツァールを扱って見せたクリス向けの武器となる。
乖離剣・エア、黄金の鎧、石化の魔眼、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)といった、魔力を内包する道具。
これらは、アルや九郎はもちろん、魔導書の展開に成功した柚明や、ロイガーとツァールを扱って見せたクリス向けの武器となる。
「少しばかり素質があるだけの音楽家を、即席の魔術師に仕立て上げるのは癪だが……背に腹は変えられまい」
必要なメダルの枚数が他と比べ割高なところを見ると、その性能のほうにも期待が募る。
乖離剣・エアと黄金の鎧は必要メダル枚数が二十五万枚と二つだけ桁が違い、さすがに手はつけられなかったが、他は十分射程圏内だ。
乖離剣・エアと黄金の鎧は必要メダル枚数が二十五万枚と二つだけ桁が違い、さすがに手はつけられなかったが、他は十分射程圏内だ。
「どれ、では早速……」
メダルが満載されている箱を、投入口へと傾けありったけ注ぎ込む。
投入枚数の表示がざっと五万枚に達したところで、目的の景品が降りてきた。
投入枚数の表示がざっと五万枚に達したところで、目的の景品が降りてきた。
「――アイアスの盾、か。妾の知る魔術とは、また別系統の代物であるらしいが……これならば不足もあるまい」
アルが手始めに獲得したのは、『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』という名を持つ防具である。
魔力を注ぎ込むことで展開が可能、投擲武器に対しては城壁のごとき防御力が誇るとの説明書きが付属されていた。
これは特にクリス向けの品だろう。魔装具を使えはしても、戦闘に不慣れな彼の防御面を補ってくれる。
魔力を注ぎ込むことで展開が可能、投擲武器に対しては城壁のごとき防御力が誇るとの説明書きが付属されていた。
これは特にクリス向けの品だろう。魔装具を使えはしても、戦闘に不慣れな彼の防御面を補ってくれる。
「九郎には……妾がおるのだ。不服はなかろう。となると、あとは……」
残ったメダルと、これから得られるだろうメダル、双方を計算に入れて、景品の物色を続ける。
九条たちの首尾も確認しておくべきだろうか。
アルは一度、他のメンバーが稼いでいるメダル枚数も把握しておこうと思い立ち、その場を離れる。
九条たちの首尾も確認しておくべきだろうか。
アルは一度、他のメンバーが稼いでいるメダル枚数も把握しておこうと思い立ち、その場を離れる。
「うっうー! また一枚見つけましたっ!」
「すげーなやよい! これもきっと、幸運の星の神様のおかげだな!」
「ありがとう幸運の星の神様! あんたのおかげで今日の晩飯も美味しくいただけそうです!」
「すげーなやよい! これもきっと、幸運の星の神様のおかげだな!」
「ありがとう幸運の星の神様! あんたのおかげで今日の晩飯も美味しくいただけそうです!」
視界の端では、地道に稼ごうコンビが一枚のメダルに一喜一憂していた。
まだ続けていたのか、と呆れる反面、あれはあれで楽しそうだからいいか、アルは微笑を作る。
まだ続けていたのか、と呆れる反面、あれはあれで楽しそうだからいいか、アルは微笑を作る。
「……ただし、九郎には後で、妾のパートナーとしての品位を正せねばならぬだろうがな」
アルとて、あの薄汚い大十字探偵事務所に寝泊りしていた身分である。
やよいと九郎の気持ちが理解できないわけでもなく、このメダルが換金できたならば、と淡い幻想を抱かずにもいられなかった。
やよいと九郎の気持ちが理解できないわけでもなく、このメダルが換金できたならば、と淡い幻想を抱かずにもいられなかった。
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