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LIVE FOR YOU (舞台) 10

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LIVE FOR YOU (舞台) 10



 ・◆・◆・◆・


「行かなきゃ……進まなきゃ……いけないん……だ」

身体がギクシャクと酷く軋む。
口を開くと言葉といっしょにボタボタと赤いものが零れて、視界もおぼろげで焦点が上手く定まらない。
あの剣はどこにいったのだろう? まだ手に握っているのか、それとも落としたのか、そんなことすらわからない。

一歩踏み出した……そのつもりなのに、目の前の景色は変わらない。

力が、前に進む力が足りない。
こんなことでは駄目なのに。
僕はまだ倒れるわけにはいかないのに。
まだなにもできていないというのに。

唯湖を、止めないと……いけないのに……。

なのに視界が、ぐにゃりと歪んだ。
何かが喉の奥からこみ上げてきて、赤い塊が押さえた手のひらから溢れる。
気づけば床は真っ赤に染まっていて、その赤が視界を覆っていた。
それでも、前に進もうとする。
だけど、

「……あ………………れ……? ……おかしい…………な」

気がついたら、その赤色の中に沈みこんでいた。
動こうと思っても、身体はまるで泥の様でどんな感覚もなく。
けれど、それでも力を振り絞って手をその先へ。
唯湖の待っている場所へと伸ばそうとする。

でも。
ぱしゃりと、伸びた腕が血溜まりに落ちて、それで終わり。
そこまでだけで、少しだけ動いた腕も泥のようになってしまった。
ここで、終わる……のだろうか、僕は。

それは駄目だ。

駄目なのに、それなのに目の前が真っ暗になってゆく。
頭の中に残った意思すら泥になるようで。
最後に聞こえてきたのは、いつもどおりの静かな雨音で。

雨が。

しんしんと雨音が僕を囲んでいて。
その音だけを聞いて。僕は、

意識を手放した。




 ・◆・◆・◆・


雨の音が……聞こえる。
いや、雨だけが存在していた。
僕は足掻くように手を動かすけどそもそも手があるのかどうかさえ、わからない。

ここは夢なのだろうか?
それとも、死後の世界?
さっぱりわからないや。

聞こえるのは雨。
全てを覆い尽す雨で。
雨の先に見えるのは何だろう?
何があるのだろう?
そんな時、聞こえてくる声。

―――思い出さないで。

僕をとめる声。
雨の向こうにあるモノを見ないようにと止める声。
その声は優しく響いて。
僕の心の隅々にまで染み渡っていく。

それはきっと優しさ故の言葉。
思い出す事できっと何かを『失ってしまう』
そんな予感がして。
僕はその先を見るのが何処か怖くて。
その先を見たくないと思ってしまう。
けど。

―――思い出さないで。

思い出さなければならない。
僕がその雨の先にあるもの。
大切な何か。
僕が失ったもの。

―――きっと辛い事になる。

たとえ辛い事になるとしても。
僕がそれを見なければいけない。
雨はいずれ晴れる。
だから。
それが今だというなら。
思い出さないといけない。


―――クリス。

         ―――大丈夫? 

                 ―――酷い傷……

                           ―――心配だ。 

                                ―――無理をしないで。

                    ―――私のせいなのだろうか?

            ―――起きて……目を覚まして。

      ―――気付いて。



                            ―――クリス。


聞こえる断片的な声。
懐かしい彼女の声。
雨の先に聞こえる愛しかった声。

大丈夫。
だから、僕は思い出さなきゃ。
君の為にも、僕のためにも思い出さなければならない。

―――思い出して。

うん。
思い出さなければならない。
僕が失っていたものを今。

思い出そう。

そして―――――雨の音が遠ざかってゆく。

そこに見えるのは僕と僕が愛していたアリエッタ。
楽しそうに話している僕と彼女。
あれは何時の時の事だろうか?
多分、僕がピオーヴァに行く前の事だ。

手紙を出すよと僕らは言葉を交し合う。
その光景を僕はまるで観客のように見つめているだけ。
僕らはにっこりと笑いあい、愛しみあうように会話を続ける。
そんな楽しそうな会話が続いて。
永遠に続くと思って。

――――それは突然途切れた。

突如、暴走した車が現れて。
彼女の身体を跳ね飛ばしてしまう。
僕の目の前で彼女は何もわからないままに。
身体を宙に浮かし、そしてそのまま落ちた。
駆け寄る僕。
彼女の名前を呼んでも彼女は言葉を返さない。
僕は彼女の名前を呼び続けて。

そして――――いつの間にか雨が降り始めていた。

止まない雨が。
悲しみの雨が。
僕を包み込むように。

雨が降っていた。

ああ……そうか。
そうだったのか。

僕は、
僕は。

「………………………………ああ、僕は護れなかったのか……………………アリエッタを……………………」

アリエッタを知らないうちに失っていたのだった。
僕はあの時アリエッタを護れなかったのか。
僕が失っていたものとは、失った記憶とは……そう。

アリエッタを『護れなかった』時の記憶だった。

アリエッタは生きていたんじゃない。
僕の記憶は哀しみの雨で覆い隠されて。
アリエッタが生きている。
そんな風に変えられていたのだった。
哀しみに耐える為に。
生きていく為に。
僕は雨の中にその事実を覆い隠したのだった。

でも、思い出してしまった。
アリエッタは今、死んではいないだろうけど植物人間と変わらないであろう事。
そんな事実を僕は雨で覆い隠していた事。

僕は彼女を護れなかった。
僕は彼女を救えなかったのだ。

……ああ。
僕は、どう思うのだろう。
哀しむのだろうか、驚くのだろうか。
自分の反応がいまいち自分自身でもよくわからない。

でも、確かに言える事はある。
それは彼女を護れなかった。

その記憶が、僕のこの島で考えた事、誓った事。
それに大きな影響を与える事に。

今僕自身が気付いてしまったのだった。

それはきっと…………………………

その時だった。

「………………クリス」

リンと響いた僕を優しく呼ぶ声。
彼女が来るだろうと予感めいたものも感じていた。
そしてその予感通り、僕が記憶を取り戻した瞬間。

彼女の声が響き、僕の前に現れたのだった。

そう、失った彼女。それは――――




 ・◆・◆・◆・


「思い出しちゃったんだね………………クリス」

そして、彼女の声が聞こえる。
現れるのは懐かしい姿。
綺麗で、トルタに瓜二つで、そして優しい笑み。

これは……夢なのか。
これは……幻なのか。

僕が作り出したまやかしなのかもしれないけど。

記憶を思い出した瞬間、

……彼女は現れた。


「アリエッタ……」


そう。
僕の大切だったひと。
僕の大好きだったひと。
そして、僕の護れなかったひと。


アリエッタ・フィーネだった。




 ・◆・◆・◆・


「クリス……久し振り……かな?」

アリエッタ――アルは儚く笑っている。
久し振りに会った彼女は前と変わらずに笑っている。
だけど、僕はそこに違和感しか感じなくて。
曖昧に笑いかえすしかない。

僕が思い出した事。
それが正しいというのなら。
彼女は『何故』今までいたのだろう?
……いや、僕の中で彼女の正体には気付いている。

「久し振り……だね。アル」

でも、僕はそのアルに対して言葉を返す。
多分、わかっていたから。

「……うん、わかっちゃっているかな。全部」
「一応……ね」
「そっか」

彼女はそう言って、悟りきったように笑う。
アルもきっとわかっているんだろう。
もう、僕はこのアリエッタを幻とは捉えられなかった。
だから、僕は彼女を『アリエッタ・フィーネ』として話しかける。

「アル……」
「何? クリス」
「僕は……この島で……」
「クリス」

僕が言おうとしたこと。
それはなつきとのこと。
それは唯湖とのこと。
そして、アルとのこと。
全て話すつもりだった。

もう、二度と逢わないつもりだったのに。
それでも、ここに逢えてしまった。

いや、それでもあのホテルの中で思った時とは違う。

アルが僕に対して手紙で伝えようとした言葉。
それはありえないのだから。
アリエッタがあの手紙を送れる訳がない。送れる筈がない。
だから『知ってしまった』からこそ、彼女に送る言葉がある。
なのに、彼女は僕の名前を呼んでその言葉を止める。

「ねぇ……クリス。クリスは頑張ったんだね」

アリエッタは笑ってそう言う。
アリエッタの優しい労わりの言葉。
僕はそれに苦笑いして答える。

「そんな事はないよ」
「ううん、クリスは頑張った。クリスは頑張ったよ。クリスの力で頑張ったんだよ」

アルは僕をそう褒めながら言う。

僕は……、
僕は……気付いていた。
酷くおぼろげだけど。
何となく解っていた。
それは、

「違う……君が居たから頑張れたんだよ」
「………………」

真一文字に締められる彼女の口。
アルは解っているのだろうか?

そう、僕の想い、僕の考え。

誰かを護りたかったこと。
哀しみの連鎖を止めようとしたこと。
僕自身がこの島で志したこと、全部。

それはきっと。

「誰かを護ろうとすること……誰かを哀しませないこと………………それは、全てあの出来事からだったんだ」
「……」
「そう、『君』を護れなかった日から。『君』を失った日から」

思い出した記憶。

アリエッタ・フィーネを失った時の記憶。

その記憶から。

僕が信じた事。
僕の望んだ想い。
僕が誰かを護ろうとしていた事。

それは全てあの時から。
アリエッタを失った時から。
全て始まり、そして発展していった。

『一度』護れなかったから。
『一度』救えなかったから。

護ろうと、
救おうと、
哀しみをとめようと。
そう、考えられたのだろう。

「クリス……」

アリエッタは哀しく僕の名前を呼んで。
せつなそうに僕を見る。

「ねぇ……クリス」
「うん?」
「もう……………………休まない?」

そして、哀しみの表情を浮かべながら。
僕にそう伝えた。

「クリスは頑張ったよ? 誰よりも。誰よりも」

強く。
そして優しく。
僕に対して言葉をかける。
その言葉は僕を想っての言葉で。

「こんなに、傷ついて……こんなにも哀しんで、苦しんで」

その想いが僕にも伝わってくるようで。
アリエッタは……泣いていた。

「……クリスを見てるのが辛いよ……ねぇクリス…………」

僕に手を差し伸ばして。
僕に優しさを差し上げるように。
言葉を伝える。

「私の為にこんなにも頑張らないで。私の為にこんなにも無理をしないで」

それは
とてもとても。
僕の事を思っての言葉で。

「クリス……もう……いいから……私の為に……頑張るなら……もう止めて」

アリエッタは泣きながら。

「クリスがやった事は……何よりも嬉しい贈り物だから……だから、もう、何一つも求めないから…………もう休んで…………」

そして笑って

「――――――――――本当にありがとう」

そう、言った。

その言葉は、
とても優しく。
とても温もりの篭った言葉で。

アリエッタを護れなかった僕を。
アリエッタを救えなかった僕を。

全てを許す言葉だった。

僕は……、

笑って、

そして、

アリエッタに僕の言葉を伝える。


「……それだけじゃないよ」


それだけじゃないことを。




 ・◆・◆・◆・


「……それだけじゃないの?」

アリエッタは不思議そうにきょとんとしながら言う。
僕はそれに対して少し笑いながら答えた。

「うん。そうだと思う……いや、そうと言えるよ」
「……クリス」

アルは驚きながら、少し哀しそうに微笑む。
チクッと心が痛んだけど僕は思う。

確かにアルの言うこともあるのかもしれない。
心の何処かで、アルへの贖罪の為にやっていた、そう思っていたところもあるのかもしれない。
だけど、きっとそれだけじゃない。


もっと。
もっと根源的な大きいものが。


「それは何?」

アルが聞く。


僕は笑って言う。
僕が思っていることそのままを。


「なつきの為、唯湖の為、アルの為、リセの為、トルタの為……皆の為にという思いもあるけど……」
「けど?」

なつきの為。
唯湖の為。
アリエッタの為。
リセルシアの為。
トルティニタの為。

そんな想いもある。

けど、

けど僕は……僕は第一に。


「僕が……僕がそうしたいと思えたんだよ」
「クリス自身……の為に?」
「うん」


そう……僕が。
僕自身で、そうしたいと思ったから。

僕の意志で誰かを護りたい。
僕の意志で誰かを救いたい。
僕の意志で哀しみの連鎖をとめたい。

そう、思えたんだ。


雨はまだ止まない。
哀しみはまだ止まらない。

それでも、雨の中で。
そんな悲しみの中で。

僕は進んでいける。
僕は歩いていける。

今までの主体性もない僕から見るとありえないものに見えるだろうけど。

雨の中で僕を救ってくれた人達の為に。
雨の中で僕を変えてくれた人達の為に。

深い雨の中。
深い哀しみの中。

僕は歩いていけるんだよ。
僕は進んでいけるんだよ。

だって


「深い雨の先に――――――きっと光がある。明日に繋がる希望がある……そう思えたから……だから、歩みを止められないんだ」


雨の先に。

きっと輝ける光がある。

そして、明日に繋がる希望が満ち溢れてるって。

思えたんだよ。

何よりも僕自身がそう思えたんだ。


だから、僕は歩いていける。
だから、僕は進んでいける。


「そして……諦める訳にはいかないんだ。哀しみの連鎖をとめる為に。彼女を護る為に。彼女を救う為に…………僕は進むんだよ」


哀しみの連鎖を止める為に。
彼女を護る為に。
彼女を救う為に。


それが。

それがね、アリエッタ。


「この哀しみの溢れる島で見つけた……変わる事が出来た『クリス・ヴェルティン』なんだよ」


今の『クリス・ヴェルティン』だから。

そして。


「それが『今』の僕の生き方だよ。アリエッタ」


今の僕の生き方だから。


「だからこそ……ここで止められないんだ……止まる訳にはいかないんだ」


アリエッタ。


「アリエッタ――――――――これが『今』の僕だよ。だから僕は僕自身の生き方を胸を張って―――――――強く誇れる」


これが


「僕が得た――――答えだよ」




 ・◆・◆・◆・


「そっか……」

アルは不思議な表情を浮かべて呟いた。
その表情は笑っているのか、泣いているのか、喜んでいるのか僕にはわからないけど。
でも、何処か納得したかのように晴れやかだった。

「そうだよね。うん……ねぇ?……クリス……」
「うん?」

アルは僕に問いかける。
僕はそのまま笑って彼女の答えを待った。

「クリス……本当に……頑張ったね。そして強くなった」
「そう……かな?」
「うん」

アルは満面の笑顔をこちらに向ける。
その表情は本当僕を祝福するようで。
慈愛に満ちた瞳を向け続けている。

「本当に……クリスが――――」

……遠くなった……かな。
本当は彼女の手紙ではないけど、あの手紙に書いてあった通りの言葉。
それを言うのかなと思い、僕は身構えるけど……

「――――近く感じる。そしてクリスが立派になって、強くなって私は……誇りに思う」
「…………え?」

返された言葉は……真逆。
それは紛れもない肯定の言葉で。
僕は、その言葉が信じられなかった。

「………………どうして?……アリエッタ……僕は……」

声が震えている。
アリエッタがそんな事を言うとは思わなかった。
僕が彼女を裏切ったのには違いのだから。
なつきを愛して結ばれて。
そして、唯湖を思って。
好きだった君を置いてけぼりにしたというのに。

どうして君はそんなに笑っていられるんだろう?

「クリス。私はね、嬉しいんだ」

嬉しい……?
そんな訳があるはずないと思うのに。
僕が選んだ選択肢は君を哀しませるだけなんだ。

「アル……そんな事ない。僕は君を哀しませることしかしてないよ」
「……どうして?」

アリエッタは微笑みながら僕に問う。
その純粋な微笑みに僕は戸惑い、言葉に詰まりそうになるも僕は続ける。
僕自身が言わなければならないから。

「僕は、ここまで来るのに……助けてくれた人達がいるんだ」
「…………」
玖我なつき……来ヶ谷唯湖って二人の人が」
「……うん」

大切な人。
大切な大切な人。

「唯湖は……僕を救ってくれた……哀しみに溺れそうになった僕を救ってくれたんだ」
「うん……」
「今、彼女は苦しんでるだろうけど……僕は彼女を救いたい。大切だから」
「そっか」

アルはそんな呟きを残して。
僕の方を見る。

「クリスにとって……唯湖さんはどんな人?」
「……どんな……んだろうな」
「解らない?」
「……いや……彼女がいなければ僕は僕でいられなかった。
 最初からずっと僕を支え続けた強い人。だから感謝して……そして救いたい。そう思える人だよ」
「そう、いい人なんだね」
「うん……そうだね」

アルの無垢の笑顔に僕は本当に申し訳なくなる。
罪悪感で一杯だった。
僕は彼女を裏切ったのに。
彼女は嬉しそうに笑っている。
それが切なくて僕はアルを直視できない。

「ねぇ、なつきさんは?」
「なつきは…………なつきは……」

僕はその後の言葉が上手く言えない。
その言葉がどれだけアリエッタを傷つけることになるんだろうか。苦しめる事になるんだろうか。
そしてその結末に彼女はどんなに哀しんで、そして僕を見送るんだろう。笑顔で。

でも、僕は……、


「なつきは………………大切な『恋人』だよ。心の底から大好きで愛してる」


その言葉を言えていた。
その言葉がアリエッタの心を抉る事になるとしても。
僕は、言えていた。
全てに決着をつけるために。
アルは俯きながらも僕に問う。

「そっか……なつきさんは……いい人なの?」
「うん……とても。強くあろうとして強がって、でも誰よりも優しさを求めて」
「……」
「意地っ張りで。でも本当は純粋で素直な子で」
「……うん」
「本当は心の底から優しくて、誰かを思って泣ける優しい子」
「……だからクリスは」
「うん……僕は彼女を好きになれたんだと思う。護ろうと……思えたんだと思う」

嘘偽りのない言葉。
その言葉はアルに届いているのだろうか?
僕のなつきへの言葉をきいてアルはどう思うのだろうか?
僕はアルの言葉が少し怖くて。
そして彼女の次の言葉を待った。
アルは…………

「うん………………クリスは本当にいい子に逢えたんだね」

顔を上げて。
その表情は本当に……本当に素直な、


「私は――――嬉しいよ。そして安心して託すことができる……よかったね、クリス」


綺麗な笑顔だった。

そこに哀しみはなく。
そこに苦しみはなく。

優しい、僕の事を思った笑顔だった。
僕は……信じられなくて。


「どうして? 僕はアルを裏切ったんだよ。アルがいたのに…………」
「ううん、いいの。私はクリスが幸せなら、それでいいんだよ」


だってと彼女は哀しく笑う。


「私は『もう』一緒に歩くことは出来ないから」


…………あぁ。
そうか。
そうだ……僕の取り戻した記憶が確かなら彼女は………………、

もう、『この世』にいるかどうかすらわからない。

僕は愕然として……そして哀しくなっていく。

「だからね。私はね……クリスが笑って生きていられいるならそれでいいの」

アルの静かな独白が始まる。
それは哀しみや幸せが入り混じった不思議な言葉達で。
まるで歌っているようだった。

「私は、クリスがもう私の為だけに頑張ってる訳ではない事を知っていた」
「……そうなの?」
「うん。でも聞いてみた。そしてクリスの心を確認したかった。結果は私にとって本当に嬉しいものだった」

アルは笑う。
心の底から嬉しそうに。

「私はもう一緒に歩けない。でもクリスには歩いていって欲しい。これからも。その先もずっと。
 そのためにはクリスが笑って幸せにならなきゃ駄目なの。
 そして、クリスはそうでいられる為に、一緒に歩ける人を得た。
 私の代わりに愛して、ずっと傍にいられる人を。私はその事がとても嬉しい」

笑って。
笑顔で、笑い続けて。

「クリス自身も強くなった。立派に前をむいて歩けるクリスが。
 強くなったクリスがここに居る。クリスはもう自分の力で歩いていける。
 それが本当に嬉しくて。泣きそうになるぐらい嬉しくて、嬉しくて堪らない」

そう、僕に対して言う。
それは幸せな気持ちを隠さず本心からの言葉で。
とても、とても幸せそうで嬉しそうだった。

「クリス……本当によかったね」

彼女は、そう締めくくって。
幸せそうに笑っていた。
僕はそんな彼女を見つめ続けて。

……そして、笑って。

「うん」

そう小さく……だけど本心から肯定することができた。

「よかった……本当によかった」

彼女は安心したように呟いて。


「…………『ずっと見守れてよかった』クリスが歩んだ事。全て『見れてよかった』」


……………………えっ。

ずっと……?


「ずっと……?」
「うん……ずっと。本当はね………………」


彼女は心の底から笑って。


「私はクリスの傍に『ずっと』居たんだよ? この島でも」


そう………………言った。


「クリスが唯湖さんと歩んだ事。クリスが一人でくじけそうなった事。クリスが色々な人に支えられた事。
 クリスがなつきさんと歩んだ事。静留さんとの事。クリスがこの島でやろうとした事。
 クリスの想い。クリスの言葉。クリスの事を――――」


……あぁ。


「――――本当はずっと傍で見ていました」


……そうか。
アリエッタは……ずっと居たんだ。
この島でも。
僕の傍に居たんだ。

彼女の正体が…………、

「アル…………君は…………あの音の妖精……だったの?」

音の妖精、フォーニであるのなら。
予感はしていた。
記憶を取り戻してから、フォーニがアリエッタではないかと。

フォーニ。
僕の部屋にいついていた音の妖精。
僕の傍で歌を歌い、おせっかいで僕を支え続けていたあの妖精。
僕にしか見えなくて、僕のことを思っていたあの妖精。
何故、僕の傍に居続けていたのか。
そう思って、僕はそう気づくに至ったんだ。
アリエッタなんじゃないかと。
アリエッタは僕が心配で。
僕の傍でずっと見ていたんだ。

そして、フォーニがアリエッタだというのなら。

フォーニは自分の姿を自由に消せることができる。

つまり、彼女は。

僕と『一緒』に最初からこの島に『居た』
連れてこられて、ずっと姿を消していた。
僕を見守っていた。

……そう言いたいのだろうか。

「……さあ、どうだろうね」

彼女は曖昧に笑って。
悪戯をしたかのように笑っていた。

「私は『居たかも知れないし居なかったかも知れない』」

そんな風に曖昧に笑って。
でも、それは殆ど事実だといっているようなもので。

「じゃあ……ずっと見ていたの……?」

その問いに曖昧に笑うだけ。

「私はね…………この島の奥に居た。
 えっと箱舟だったかな?
 そこにね。何故かは解らないけど。もしかしたらこの島を作る為にいたのかな? 同じようなのが教会にあるみたいだし……。
 ……でも私自身もよく解っていない。けれど最初からいたのかな?
 こうして現れる事が出来たのは偶然かな? よくわからないけど」

アルは悪戯そうに言う。
その笑みは何処か不思議で。
僕は突きつけられた事実に戸惑うばかり。

「トルタが愛した少年も同じようになっていたみたいだし……彼は気付かなかったけどね……。
 でも、一人だけ気付いた人が居たかな。私と同じ名前の子。
 箱舟でクリスとその子があった時に。トルタと同じようだといってたけど…………まあ似てるのかな。双子だしね」

彼女が伝える事実に理解が追いつかない。
でも解る事は彼女は最初からこの島に居た。
そして、僕を見ていたという事だけ。

僕は……言葉を失ってアルを見ているだけ。

つまり。

アルはフォーニで姿を隠しながら僕の全てを見ていた。
アルは僕が唯湖といたときの事を知っている。
アルは僕がなつきとの事も知っている。

姿を隠しながら見守っていたという事。

……じゃあ、何で……

「僕の前に現れなかったの?」
「クリスが必死に自分の足で歩んでいたから。頑張っていたから。
 私は見守るだけでよかったんだよ。クリスの傍にはパートナーも居たしね」

そう、彼女は僕の歩みを見ていたんだ。
傍でずっと。
僕を見ていて、僕の頑張りを見守っていた。

それだけの事。

それだけの事が僕には驚きで仕方なかった。

そして

「クリス……私が最後に貴方の前に姿を現した理由。それはね……」

アルが現れた理由。
それを言おうとする。

「私は貴方の歩みを見ていた。
 そしてその上でクリスがもう一人で生きていけるとも思った。私は姿を現さないで消えたままでいいと思った」

でもと彼女は言う。

「クリスは悩んでいた。ある事で。それは私の事で、そして余りにも昔から遠くなってしまった自分自身について」

それは僕が悩んでいた事。
アルに対してどういえばいいのか。
そして日常から余りにも離れて変わってしまった自分自身。
余りにも僕自身が遠くなって、その結果戻る所も無いし、僕が進む所も無いこと。

「だから……私がその悩みを解放してあげるね」

ただ、それだけの事だけの為に。
彼女は現れて。

そして魔法のような言葉を僕にかける。


「クリス。私は貴方を許さないよ。だから、私はずっとずっと貴方を――――愛し続けてあげる」


それは許さないという事。
僕がアルの許しを怖がっていた事を知っていて。
下らない僕のエゴ、『アリエッタが僕を愛する権利を奪いたくない』
そんな事の為に、彼女は僕は許さない。

それは本当に僕の事を想っていてのことで。
僕はそれを知っている限り、彼女の事を忘れないだろう。

『愛し続ける』

それは呪詛のようで祝福のような言葉で。
この事実がある限り、僕とアルは繋がっていられるのだろう。


たとえ、死が二人を別っても。


その言葉に僕は泣きそうで……救われたよう感じてしまう。
それがアルの優しさだった。

「クリス……私はね、『今』のクリスが好きだよ。
 前よりももっと好き。だから変わってしまった事に後悔しないで。
 ……クリス、クリスにはここに居るよ、しっかりと。クリスは彼女達と共にずっとずっと歩いていける。
 その先に進むべき所があると思うよ。
 そして、戻る場所はあるよ? クリス」

……え?
僕が戻る場所?
遠くなった日々は戻ってくる訳がない。
なのに……

「クリスが持っている思い出、アンサンブルしたり、皆でご飯を食べたり、そんな思い出。
 それを忘れない限り……きっと戻ってこれるもの」

……ああ。
……あった。
僕にも大切な思い出が。
アルと過ごした日々。トルタと過ごした日々。フォーニと過ごした日々。リセと過ごした時間。
どれもこれも大切な思い出だ。
……そうだ。
これを忘れない限り、僕の日常は無くなる訳がない。
僕が望む限り、きっといつでも僕の心を癒してくるんだ。

そうなんだ、遠くなった日々は思い出という形に変えて傍に有り続ける。

それをアルは教えてくれた。

僕はきっとそれを忘れないだろう。
忘れるものか。

「だから、クリスは今のクリスのままで、生きてください。明日に向かってください。
 クリスとクリスのまわりは変わってしまったかもしれないけど……、
 クリスの大切なものは何も変わってないよ。そして私は変わったクリスも好きだから…………『思い出』を糧に『今』を生きてね」

アリエッタは笑って。
そう、僕に言う。

そうだ。
変わってしまったかもしれないけど。
僕はその変化を糧に進む事が出来るのだろう。

だから、僕も笑って。

「うん、そうするよ」

頷く事が出来た。
アルは本当に綺麗に笑って。
いつまでも、その時間が続くような気がして。

でも終わりはやってきて。


「さてと……そろそろいかなくちゃ。クリスもいかないと駄目でしょう?」


アルは名残惜しそうにそう呟いた。
そして、これは今生の別れにもなって。
僕とアリエッタの最後の邂逅になるのだろう。

僕は涙が溢れそうになって、それでも笑う。

笑わないといけないのだから。


「最期にクリスと話して良かった。クリスから今のクリスの生き方を聞けて………………本当に良かった」


アルの言葉。
それは切なくだけどとても綺麗に響いて。
僕は切なくなって呟いてしまう。

「これで……お別れなのかな?」
「うん……御免ね、お別れが突然で。今はちょっとね……寂しいけど……哀しみじゃないの」

彼女はそれでも笑顔で。
そう言って幸せな顔をして。

「いつかちゃんと思い出になる……から」

そうやって、締めくくった。
この邂逅が忘られない大切な、大切な思い出になるように。
心の底から願いながら。

「そうだ、約束。お願いをひとつだけ」

彼女はそう呟いて。

生きて、生きて、どんな時でも。投げては駄目よ……クリス。唯湖さん救ってあげてね」

そう、生きる事を僕に願った。
僕は笑って。
哀しみはみせないで。

「うん、わかった」

生きる事を誓った。
アルは満足そうに笑って。

「じゃあね、クリス……いつか、また」
「うん……じゃあね……アリエッタ」

そして、別れの時はやってくる。

それなのにアルは未だに笑って。
泣くことすらせず。

ずっとずっと笑っていて。


さいごに。


「クリス……憶えててね。私、アリエッタ・フィーネは」


笑顔で。


「私は貴方のすべてをわかってるから」


幸せそうに。


「私は貴方を愛しています」


嬉しそうに。


「私はこの私の生き方を愛しているから…………そして、忘れないで」


僕に口付けをそっとして。


「――――私は貴方の傍にずっといます」


もういちど笑って。


彼女は『思い出』に変わっていった。




 ・◆・◆・◆・


目を開けるとそこは先程と変わらない通路のままで。
今のはただの夢だったんじゃないかなんて、そんな風にも思える。

夢だったのかもしれない。
アリエッタのこと。
あれは僕が見た都合のいい幻想かもしれない。

でも、
僕が取り戻した記憶は確かなもので。
あの記憶は真実だった。

そして、あれが夢でも現実でもどちらでもいい。

僕はアリエッタと最後の邂逅をした。
その結果、僕はまた進める。
それだけだった。
さあ、行こう。

あれだけ重たかった身体が不思議と軽く動く。
痛みや苦しみは決して幻ではなかったはずなのに、どうしてなんだろう?
そう思った時、手の中に何かを握っていることに気づいた。

赤い、大きな宝石。
大きな魔力が篭っているから、そう言ってアリエッタじゃないアルが僕に持たせたもの。
それが手の中にあって、力を失ったからなのかサラサラとした灰に変わってしまう。
指の間から零れて……それこそ幻だったかのように、なくなった。

いつの間に? 誰が?
それはただ僕が無意識の間にそうしたのかもしれない。
けど、そうじゃない可能性もあるんじゃないかと、そんな考えが頭をよぎった。

それは、わからないことだけど。
僕はゆっくりと立ち上がる。
まだ少しだけ足元がおぼつかないけど、行かなくちゃいけない。

歩かなきゃ。
進まなきゃ。

歩こう。
進もう。

歩け。
進め。

アルの為に。
なつきの為に。
唯湖の為に。

そして僕の為に。

歩くんだ……進むんだ。

雨は……まだ止まない。
それはきっと、護れなかった、救えなかった、僕がまだ護ってもいないし救えてもないから。

だから今度こそ救わなければならない。護らなけばならない。

さあ行こう。
まだ身体は少し重いけど……大丈夫。

だって、

――――――僕は独りじゃないんだから。

彼女がそっと背を押してくれる――――そんな気がしたから。

だから、僕は歩いていける。

そう。

歩けるんだ。


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