ジグ、ジグ、ジグ、墓石の上
 踵で拍子を取りながら
 真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ
 ジグ、ジグ、ジグ、ヴァイオリンで

 冬の風は吹きすさび、夜は深い
 菩提樹から漏れる呻き声
 青白い骸骨が闇から舞い出で
 屍衣を纏いて跳ね回る


               サン=サーンス『死の舞踏』




.

【1】


 ダウンタウンのチェルシーヒルには、イエローフラッグという酒場がある。
 典型的な都会の街並みに似合わない外観に、ベターな西部劇をそのまま再現した様な内装。
 近代的なビルが立ち並ぶゴッサムという大都市からすれば、この酒場は場違いと言う他ない。

 そんなイエローフラッグの常連は、あからさまな悪党ばかりである。
 さながら蛍光灯に群がる虫の如く、彼等はこの酒場に集まってくるのだ。
 どうしてそんな連中ばかりが集まったのか、その理由は定かではない。
 戦争の帰還兵らしい店主に聞いてみても、どうしてなのかと首を傾げるらしい。

 悪党が集うと一口に言えど、そのタイプは様々だ。
 スリの様な軽犯罪で食い繋ぐ者から、名のある組織の親玉まで千差万別である。
 当然ながら、裏社会の住人である殺し屋も頻繁に此処を訪れる。
 今日、この酒場を訪れたジョンガリ・Aもまた、そういった輩の一人であった。

 彼がイエローフラッグにやって来たのは、情報収集の為である。
 ゴッサムにおいては、公の場で公開されている情報だけが全てでは無い。
 裏社会の噂や出来事を知るには、こうして自分の足を使う必要があった。

 杖と気流を頼りにバーのカウンターまで歩み寄り、並べられた椅子の一つに座る。
 自分の周囲に気配は二つ、一つはすぐ前方にいる店主、一つは右隣の席に腰かける女のものだ。

「ペプシを頼む。一杯でいい」

 店主にそう言って少しすると、ジョッキが乱暴に置かれる音がした。
 臭いから察するに、これはペプシではなく容器"いっぱい"に注がれたビールだ。

 この店主はいつもそうだ。酒以外を頼むと決まってビールを出してくる。
 決して彼が馬鹿という訳では無い。"此処では酒以外頼むな"という意思表示だ。
 客の要求を突っぱねるこの男を、ジョンガリはあまり好んでいなかった。

「まだ禁酒同盟抜けてねえのか?物好きなもんだぜ」

 右隣から、嘲笑の入り混じった女の声が飛んできた。
 ジョンガリもよく知る、名の知れた殺し屋の声である。
 この女は、此処で酒を煽る時はいつもバーカウンターを利用するのだ。

「よおジョンガリ、相変わらず辛気臭せ顔してるなァ?」

 レヴィ、またの名を"トゥーハンド"。
 彼女とジョンガリは、イエローフラッグでよく出会う顔なじみであった。
 尤も、当のジョンガリは彼女を快くは思ってないのだが。

「……今日は妙に客が多いな。何かあるのか?」

 レヴィの不躾な挨拶を尻目に、ジョンガリは店主に問いかけた。
 彼が言う通り、今日のイエローフラッグは午前にしては人が多い。
 普段は夜に此処へやって来る筈のレヴィが屯しているのも妙だ。

「鴨撃ち(ダックハント)の集会だよ、ヤモトとかいうガキ追ってるらしい」
「ヤモト……あの指名手配犯か」
「<令嬢>の御曹司のツラに風穴開けたんだとよ、ガキにしちゃ大したタマじゃないか」

 この悪党だらけの街において、人間たった一人の死など、そう珍しい話ではない。
 だが不幸な事に、ヤモトが殺した男は"ありふれた存在"の一言で済む様な立場ではなかった。
 彼女が殺したのは、<令嬢>(フロイライン)と呼ばれる組織の首領の御曹司なのである。
 <令嬢>と言えば、臓器売買や薬物取引等の裏稼業により、莫大な富を得ている団体だ。

 親馬鹿で知られる<令嬢>の首領は、それはもう怒り狂った。
 何としてでもあの小娘を殺してやると、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていたらしい。
 汚職警官を利用してヤモトを指名手配犯に仕立て上げたのは、そういう事情があっての事だ。
 これに加えて殺し屋まで雇おうというのだから、やりすぎな位徹底している。

 聴覚を集中させてみれば、聞きなれない女の声が耳に入ってきた。
 言っている内容から察するに、彼女が<令嬢>から差し向けられた刺客なのだろう。

「お前も参加しているのか、レヴィ?」
「まあな、鴨撃って一攫千金なんざ今時珍しいくらいの好待遇さ」

 レヴィは仕事の内容に頓着するような性格ではない。
 金を払えば子供であろうが容赦なく撃ち殺す。そういう女だった。
 尤も、ジョンガリはそれに思う所など何も無いのだが。

「それによ、そのガキ橋をぶっ壊したって聞くじゃないか。
 エドガー・ケイシーも真っ青な超能力者さ、やりあいたくてたまンねェよ」

 その話なら、既にジョンガリの耳にも届いている。
 普通なら信じ難い話だが、ヤモトは橋を壊して追手から逃げてみせたのだという。
 ジョンガリは盲目ではあるが、しかし今のレヴィの表情は容易に把握できた。
 きっとこの女は、さながら得物を見つけた豹の如き笑みをしているに違いない。


「……下らないな。死に急ぐのがそこまで楽しいか」
「死に急ぐ?ハッ、そいつは誤解ってもんさ、ジョンガリ」

 せせら笑うような声色だった。
 馬鹿にした様な言い方に、ジョンガリが顔を強張らせる。
 これだから嫌なのだ――この女は時折、世界を嘲笑する様な口振りで話をする。

「お前も含めて、アタシらは"歩く死人"なのさ。
 この街の悪党ってのは揃いも揃って死に損ないの屍者(ゾンビ)なんだよ」

 だから"生き急ぐ"なんて、馬鹿げた表現でしかないのさ。
 とどのつまり、レヴィはそういう事が言いたかったのだろう。
 なるほど、たしかに今のジョンガリは屍者も同然なのかもしれない。
 主君を喪いなお生き続ける忠臣――それを死に損ないと言わず何と呼ぶのか。

「つくづく幸福な女だ。自分の生死を語る権利があるとはな」
「……何が言いてえのさ」

 ビールに口を付ける事も無く、ジョンガリは席を立った。
 お代を置いてけという店主の怒号が聴こえたが、そんな事を気にするつもりはない。
 一口も飲んでいないし、そもそもアレはあの男が勝手に押し付けてきたものだ。

「生死を語れるのは"始まっている"人間の特権だ……。
 人生を始めてない人間は、そもそも生きても死んでもいない」

 主君たるDIOが死んだあの日から、ジョンガリの時間は凍り付いた。
 それから先の二十数年間、彼の魂は未だ静止したままだ。
 ジョースターの血統の様に生きてないし、レヴィの様に死んでもいない。
 死ぬ事も生きる事もままならないまま、ジョンガリの"世界"は止まっているのだ。

「俺の人生はまだ、始まってすらいない」

 僅かにレヴィを羨むような、そんな声色でそう呟いた後。
 ジョンガリは踵を返し、イエローフラッグから立ち去って行った。

 盲目故周囲の風景を目にする事は出来ない。
 だがそれでも、レヴィが不愉快そうにこちらを見つめている事は、気配で察する事は出来た。


【2】


 己の腕力を以て、怪物――インベスを思い切り殴りつける。
 撃ちこまれた拳は敵に命中するどころか、そのまま体内を食い破った。
 急所を突かれた怪物は呻き声を挙げた後、目の前で爆散する。
 小規模な爆風を浴びながら、加害者であるセイバーは欠伸を噛み殺した。

 イエローフラッグの近辺を『探査回路』で探索すると、微細ながらも反応が一つ見つかった。
 サーヴァントのものではないが、しかしNPCのそれとは異なる歪な魔力。
 反応が見られた路地裏に向かってみたところ、そこには使い魔と思しき怪物が唸っているではないか。

 何者かと尋ねてみたところ、怪物は何の躊躇いもなく襲いかかってきた。
 それにセイバーが応戦した結果、現在に至るという訳である。

 怪物の力はあまりに脆弱であり、セイバーからすれば小虫も同然だ。
 あの程度であれば、何匹来ようが赤子の手を捻る様に抹殺できるだろう。

 故に、退屈だった。
 同じ戦闘でも、ただ弱者を捻り潰すのはセイバーの望む所では無い。

『ヘイ、ブラザー。同胞はいたかい?』
「……使い魔らしき化物が一匹ってとこだ」

 そんな時、レヴィから念話が送られてきた。
 彼女の声色からは、何やら不機嫌な様子である事がが伺える。
 セイバーは退屈気に、手ごたえ無しである事を彼女に伝えた。

「少なくとも、ここ一帯にサーヴァントの気配はねえな」
『ジョンガリの野郎はマスターじゃないって訳か』
「さあな、他所にサーヴァントを出張させてる線だってある」

 セイバーはジョンガリという男の事など露とも知らない。
 だがレヴィの口から出てきたという事は、悪党である事に間違いないだろう。

「そのジョンガリとかいう奴がマスターなら不都合でもあるのか?」
『まさか、むしろ大歓迎だ。堂々とあの"めくら"に挑めるんだからな』

 イエローフラッグで何があったか定かではないが、その男はレヴィの勘に障ったらしい。
 誰だか知らないが、彼女に喧嘩を売るとは大した度胸だと言う他ない。
 "トゥーハンド"が短気である事は、その名を知る者なら把握していてもおかしくないものだが。

『それじゃ、お仲間がいたら返事くれよ』

 そうとだけ言い残して、レヴィからの連絡は絶たれた。
 残されたセイバーは、『響転』を用い一瞬で建物の屋上へ飛びあがる。
 飛び乗った屋上からは、周辺の様子が一望できた。

「……気に喰わねえ街だ」

 あるがままを受け入れ、"歩く死人"としてゴッサムで生きる者達。
 生者の振りをした死人の集うこの街は、言うなれば屍者の帝國だ。
 死者の群れが街を跋扈するという事実が、セイバーを苛立たせる。

 "歩く死人"とは、諦めの象徴。
 高みに昇るのを諦め、悪徳に身を落とした弱者達。
 地の底で生きるのを受け入れた彼等が、セイバーは心底気に喰わなかった。

 こうして死人達の街を眺めて、改めて認識する。
 マスターであるレヴィもまた、"歩く死人"である事に。
 表面的な部分は同じであれど、根本的な部分で二人は大きく異なっている。
 地べたを這いつくばるのを許せる彼女の生き様を、セイバーは許容できない。

 レヴィの存在が不快な訳ではない。むしろ性格は気に入ってるくらいだ。
 彼女の豹の如き眼光は、セイバーに闘争心を沸き立たせる程である。
 しかし、王として虚圏を突き進んだこの男にとっては。
 闇の底で彷徨い歩くレヴィの姿が、時に酷く醜く映ってしまう。

(ドブ底でくたばるのが、お前の趣味なのかよ)

 お前のそこだけが、俺は心底気に喰わねえ。
 その一言を、欠伸と一緒に噛み殺して。
 セイバーは再び、探索に映るのであった。


【DOWNTOWN WEST CHELSEA HILL/一日目 午前】

【レヴィ@BLACK LAGOON
[状態]不機嫌
[令呪]残り三画
[装備]ソードカトラス二丁
[道具]特筆事項なし
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本:とっとと帰る。聖杯なんざクソ喰らえだ。
 1.当面は優勝を狙う。
 2.ジョンガリの野郎がムカつく。
[備考]
※同業者のジョンガリとは顔見知りです。

グリムジョー・ジャガージャック@BLEACH】
[状態]健康
[装備]斬魄刀
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:立ち塞がる敵を一人残らず叩き潰す。
 1.今は他のサーヴァントを探す。
 2.この街が気に喰わない。


【ジョンガリ・A@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]盲目
[令呪]残り3画
[装備]白杖に偽装した狙撃銃
[道具]なし
[所持金]一万程
[思考・状況]
基本:聖杯による主君の復活を。
1.アサシン(クロエネン)に偵察をさせる。攻撃等の判断は基本的に当人に一任。
  場合によっては本格的に暗殺に乗り出す。
2.『黒いタールの殺人鬼』『赤覆面』『グラスホッパー』『ヤモト・コキ』に関する情報を得たい。
[備考]
※職業はフリーランスの殺し屋です。裏社会に精通するマスターで顔見知りの相手がいる可能性もあります。



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004:Dancer in the Dark ジョンガリ・A 030:Dead Man’s reQuiem

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最終更新:2016年02月23日 14:38