『――――ニュースの時間です』


カチリとラジオの電源が付けられる。
流れ出した報道番組が朝の始まりを告げた。

小さな缶詰を手に、ジョンガリAはリビングのソファに腰掛ける。
彼の朝を彩るのは簡素な朝食、そしてラジオの報道だ。
傍らに添えられているのは盲人用の白杖。
しかしその実態は杖に偽装した一丁の狙撃銃。
彼にとってスタンド能力に並ぶ相棒であり、商売道具だった。
尤も、今はアサシンという新たな相棒も得ているが。

ゴッサムシティにおけるジョンガリ・Aの役割は『殺し屋』だった。
裏社会に蔓延るマフィアの依頼を受け、標的を暗殺する汚れ役。
その技量は顧客からも高く評価されている。
腕の立つスナイパーであるジョンガリはそれなりの稼ぎを得ていた。

とはいえ彼は華飾を好まず、必要以上の物欲も持たなかった。
支出の大半は日々の衣住食と商売道具の調達によるもの。
唯一の娯楽といえばラジオと蓄音機くらいである。
そんな僅かな物品のみを持ち、彼は寂れた雑居ビルで隠れ潜む様な生活を送っていた。

ジョンガリの自宅は見る者によっては監獄の様にさえ映るだろう。
当人の稼ぎとは不釣り合いな程に質素極まりない生活。
まるで低所得者の住宅の様に薄汚れた空間。
まともな改装さえも行われていない古寂れた内装。
しかし、彼は己の暮らす環境に興味を持たなかった。
盲目であることも理由の一つだったが、それ以上に関心そのものが無かった。

彼は人間らしい生活を行える程の精神性を備えていなかった。
ジョンガリ・Aは幼き日より『悪の救世主』に魅了され、その後20年以上もの時を復讐の為に費やした男だ。
悪のカリスマにその才能を見出され、彼を崇拝し、そして彼の死後は復讐に人生を捧げた。
ジョンガリの人生の半分は『悪の救世主』によって与えられたものである。
邪悪の化身たる男こそが心の支えだった。彼の傍にいることがジョンガリにとっての安心だった。
故にジョンガリは主を殺したジョースターに対する復讐の道を選んだのだ。
そして此度の聖杯戦争で、主の復活という願いを抱いたのだ。

彼の生涯を彩るのは殺人と崇拝、そして復讐だった。
人生という長旅で血に染め上げられた道を歩み続けた。
そんな男が人並みの生活を送れる程の真っ当な人間性を持っている筈が無い。
彼の精神はとうに淀んだ漆黒の闇に染め上げられている。
人としての感性の一部が無自覚に欠落していたのだ。


(さて…)

フォークで缶詰の肉を貪りつつ、ジョンガリは流れるニュースに耳を傾ける。
在り来たりな事件ばかりとはいえ、こういった報道も一応は情報源と成り得る。
事実、気になる事件が幾つかあった。

一つ、謎の無差別連続殺人事件。
ゴッサムシティの各地で幾度と無く同一犯によるものと見られる殺人事件が発生しているのだ。
発見された遺体の殆どは『肉体が内側から破裂したような状態』だったという。
全く解明されぬ手口。徹底的に破壊された遺体。無差別に狙われる犠牲者達。
犯人の足取りは掴めず、目撃者の存在もない。
奇怪で凄惨極まりないこの事件は犯罪の蔓延るゴッサムの市民達からも恐れられているという。
余りにも異様な手口、そして一向に特定出来ぬ犯人。
この件にサーヴァントが絡んでる可能性は高いだろう。
可能な限りの警戒が必要となる。

二つ、とある中堅マフィアが何者かの手によって壊滅したという事件。
ジョンガリはこの件に関心があった。
その一味は裏社会に属する殺し屋のジョンガリにとって、主要な顧客の一つだったのだから。


(『赤覆面』…あるいは『黒蝗』の仕業か…)


ジョンガリの心中でそう推測する。
この街に現れし二つのヒーローだ。
悪徳の街であるゴッサムは少しずつ変化を始めている。
自警行為を行う者達が姿を現し、犯罪者に対する私刑を行っているのだ。
単独でマフィアを壊滅させた実績もあるという『赤覆面』。
群れによる組織力で悪を取り締まり、群衆からの支持も厚い『黒蝗(グラスホッパー)』。
彼らの活躍によってこの街の犯罪率は減少傾向にある。
犯罪根絶にはまだまだ程遠い。この街に根付く数多の悪党は未だに顕在だ。
しかし、着実に状況は動いている。
更に最近では『白黒の覆面男』や『果実を纏う戦士』の噂も耳にする。
悪に傾き続けていたこの街の均衡は徐々に変わりつつあるのだ。

彼らはある時『突如』現れ、その勢いを拡大していった。
黒蝗は僅かな期間で大規模な組織を作り出し、赤覆面はたった独りでマフィアと戦い続けている。
普通ならば有り得ないとしか言い様が無い。
犯罪の蔓延るこの街で自警行為をしようものなら、組織や権力という大きな力に押し潰されてしまうはずだ。
どうしても引っ掛かるものがある。


(三つ目の件―――――ヤモト・コキとやらの事件も気になる所はある)


引っ掛かるという意味では、ヤモト・コキという指名手配犯の話もある。
あろうことか、日本人の女学生がギャングの構成員を殺害したという。
その上彼女は『橋を破壊してギャングを振り切った』という噂も流れている。
ただの少女がギャングを殺害し、しかも橋を破壊するという異様極まりない事件。
この件もやはり注意を向けるべきだろう。


(偵察はアサシンに任せている。いずれ奴が何かしらの情報を掴んでくる筈だろう…
 俺が動くのは、それからだ)


一通り関心のあるニュースに耳を傾けた後、心中で思考する。
自分は殺し屋であり盲目の狙撃手である。
狙撃手とは姿を隠す者。己の存在を悟られず、敵を仕留める暗殺者。
敵からマスターと悟られてしまえば致命的だ。
故に今はまだ動かず、アサシンの帰還を待つのみ。
アサシンの報告、そして今後の状況次第では自らも動くことになるだろう。


己が『魔弾』で敵を撃ち抜く為に。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



薄暗い下水道は死の匂いで充満している。
幾つもの死体が転がり、血肉の混ざった下水が流れる中、独りの男が佇む。
ゴッサムの世間を騒がせる凶悪殺人鬼。
破壊と殺戮を好む狂気のサーヴァント。
それこそがキャスターのサーヴァント―――――デスドレインだ。


「エート、確かこれで50……アー……いや60人くらい殺してたッけ?」


彼は独り言を繰り返す。
何故ならば独りぼっちで寂しいからだ。
残虐かつ狡猾でありながら、その精神性は子供の様に幼稚だ。
故にこうやって独白を繰り返し、時にはイマジナリー・フレンドと会話して寂しさを紛らわす。


「むしろもっと多いか?まァイイわ……思い出すの面倒臭ェし……」


黒い物体を詰め込まれ『窒息死』した死体の上に座り込み、デスドレインはぶつぶつと独り言を呟く。
指で地道に殺した人数を数えていたが、面倒になったのかすぐに統計をやめ頭を掻きむしる。
元より気まぐれに殺して回っていたのだ。やはり一々人数など覚えていられない。

数えるのに飽きたデスドレインは、自由を謳歌していた最中に道端で見つけた『果実』を手に持ち適当に眺める。
魔術に精通していないデスドレインにも解る。この果実には魔力が籠っていると。
一体何故こんなものが自生していたのか。この果実は何なのか。
興味深いが、詳しいことは解らない。
今の彼に解るのは、これが普通の果実ではないということだけ。
いっそ適当に誰かに喰わせてみるのもいいかもしれない。
そう考えた後、懐に果実をしまった。

デスドレインはこのゴッサムに召還されて以来、殺戮を繰り返している。
その主な目的は無論己の快楽を満たす為だ。
同時に彼はユニーク・ジツであるアンコクトンによる補食で己の力を蓄えていた。
マスターはか弱き少女に過ぎない。魔力量は十分とは言い難い。
その為民間人に手をかけ、補食することで魂喰いを行っていたのだ。
更に他者を殺害することでアンコクトンは増殖を繰り返す。
つまるところ、NPCを殺害すればするほど彼の能力は増強されていくのだ。
そうと解っている以上、殺さぬ筈が無い。
楽しいのだから、自らの糧となるのだから、彼は喜んで殺戮を続ける。


「へへへへ…やっぱ楽しいよなァ…楽しいならやるしかねェに決まってるだろ…」


寂しがりのデスドレインは独り言を繰り返しながら、転がっている死体を適当に眺めつつ呟く。
先程殺した者達は主に浮浪者やホームレスの類いだ。
しかし、その中に警官の様な制服を身に纏う若者達が紛れ込んでいた。
他の犠牲者である貧民者達とは明らかに毛色の違う存在である。
彼らはこの地域を見回っていた自警団『グラスホッパー』の一員である。
デスドレインは偶々発見したグラスホッパーの一員をも巻き込み、自らのジツによって殺害したのである。
尤も、彼が何者かなどデスドレインは知ったことではないが。
ただ殺せれば面白いのだから、誰を殺そうが興味は無い。


「…アー、けどなァ」


唐突にデスドレインの笑みが消える。
殺戮を謳歌してきた彼の心中に僅かな『物足りなさ』が浮かび上がってきたのだ。


「他にももっと楽しいことやりてェよな…」


デスドレインは虐殺を繰り返し、殺人衝動を発散させた。
何度も何度も人を殺した。楽しくて仕方無かった。
だが、延々と咀嚼を繰り返せばやがて飽きが来るもの。
魂喰いと宝具『死の濁流』の強化の為とはいえ、適度に他の欲求も発散させたいと考えたのだ。
一頻りの殺戮を楽しんだデスドレインは、次の欲望を満たすことも視野に入れた。


「女だよ、女がイイな」


そう、女だ。
できれば豊満な美女がいい。
デスドレインは殺害した男が所持していた新聞を手にし、その記事を眺める。
悪徳の街に相応しく様々な事件がずらりと並んでいる。
その中で不釣り合いに目立つ、一つの記事に目を付ける。


「『シェリル・ノーム、新曲発表』」


赤黒い血で汚れた新聞紙を見つめながらぼそりと呟く。
芸能方面のニュースとして大きな見出しで載っていた記事だ。

シェリル・ノーム。
ゴッサムシティを風靡する若き歌姫だ。
今や彼女の名は、歌は、街中に知れ渡っている。
衆愚の街で歌手としての絶大な人気を誇っているのだ。
麗しく、そして情熱的な歌声は数々の市民を魅了しているという。
彼女は悪徳に塗れた衆愚の街には似合わぬ存在と言えるだろう。

歌によって人々を熱狂させ、感動させる。
形無き力で心を強く震わせ、確かな幸福を与える。
金や権力とは全く異なる力で人間を魅了しているのだ。
言うなれば一種のカリスマ。
歌手としての確固たる実力によって掴み取った人気。
彼女はまさしく、街を照らす太陽だった。
極上の女と言えるだろう。


「イイなァ……イイ女だ……へへへへへ……」


記事と共に載せられたシェリルの写真を舐め回す様な視線で見つめ、下衆な笑い声を零す。
世間を魅了する美貌の歌姫。
丁度いい。こいつは僥倖というもの。
久々に自由を謳歌しているのだ、折角だから殺戮以外の楽しみも味わっておきたい。
特にサヨナラ&ファックがしたい気分なのだ。
どうせなら飛び切りの女でやりたい。
故に彼女に目をつけたのだ。
気が向いたら適当にシェリル・ノームを探してみるとしよう。



「あと仲間だよ…仲間も欲しいな…」


そして、彼が取り出したのはもう一枚の紙切れ。
路地裏に貼られてあった指名手配書だ。
お尋ね者の名はヤモト・コキ。
顔写真ではただの女子高生にしか見えない。
そんな小娘が名のあるギャングの構成員を殺害したというのだ。
しかもギャングを撒く為に橋をも破壊してしまったという。
かつての相棒が引き起こしたソバシェフ・ランペイジ事件に比べれば大分落ちるが、興味はある。
気が向いたらヤモト・コキを探してみるのもいいかもしれない。
尤も、然程優先順位は高くないが。

一頻りの思考を終えたデスドレインは、ゆっくりとその場から立ち上がる。
殺戮以外の方針、目標もある程度固めたのだ。
この聖杯戦争で勝ち抜くことも重要だ。
だが、それ以上に現状を楽しみたいという気持ちがあった。
退屈な『座』から抜け出せたのだから、尚更だ。
存分に自由を楽しんで、最後は勝利する。
それがデスドレインのやり方だった。
下品な笑みを浮かべながら、ゆらりと歩き出そうとした。





―――――瞬間。
背後に何かが降り立つ音。
鋭利な刃物の音。
そして。





「ア?」


デスドレインの喉元から刃が生えた。
直後にぶしゃりと首から赤黒い液体が撒き散らされる。
ごふっ、とメンポから血が吐き出される。
痙攣を繰り返した後、ようやくデスドレインは気付く。
己の背後から刃で首を貫かれたのだと。


「ごふッ…アバッ」


デスドレインが振り返った先。
背後から刃で首を貫いてきたのは、ガスマスクの男だった。
僅かな呼吸音のみを零し、一切の言葉を発さぬ『暗殺者』。
トンファーに似た刀剣を振るってデスドレインの首を貫いたのだ。

気配など感じなかった。一瞬たりともその存在を予測出来なかった。
どうやって背後に回り込んできた。どうやって近付いてきた。
思考を繰り返した果てに、デスドレインは――――――




「アブネェだろうが、畜生」




ドスン、とガスマスクの男の身体に衝撃が走る。
直後に彼の身は大きく吹き飛ばされた。
デスドレインが吐き出した『黒い物体』が蛇の様に撓り、打撃を叩き込んだのだ。



「……………!」



地面に衝突する寸前、ガスマスクの男は即座に空中で体勢を整える。
片手と両足に力を籠め、勢い良くブレーキを掛ける様に地面に着地したのだ。
その身体能力、そして先程の気配も無くデスドレインの背後に忍び寄った技能。
それだけでも常人を逸脱した存在であることは見て取れる。

それもその筈、彼はただの人間ではない。
英霊の具現――――サーヴァント、アサシンなのだから。


「アー、ドーモ、キャスターです」
「……………」
「なンだよ、あんた…もしかしてサーヴァント?」


傲岸不遜な態度でアイサツをするデスドレイン。
首を貫かれた傷は黒い物体によって塞がれていた。
そう、アンコクトンによって己の傷を塞いだのだ。
デスドレインは頭部等を一撃で破壊されぬ限り、取り込んだアンコクトンによって傷口を塞ぎ治癒を行うことが出来る。
ある意味で不死身とも取れる生命力だ。
首を貫かれた程度なら――――――――治癒は容易い。

対するアサシン『クロエネン』はごきりと首を鳴らし、両腕のトンファーを構える。
クロエネンはアイサツを返す素振りを見せない。それどころか、言葉を交わす様子すら見受けられない。
ニンジャのイクサならばシツレイに値する行為―――尤も、デスドレインも悪童的態度なのだが――――しかし、今回は違う。
これはニンジャのイクサ等ではない。古今東西の英霊が集う群雄割拠の戦い。
そう、即ち聖杯戦争だ。アサシンにニンジャの作法を守る意義などない。


「サーヴァントなら、ブッ殺すしかねえよなァーッ!」


故にデスドレインも、手段を選ぶつもりは無い。
生前と同じだ。使えるものならば何でも使うのみ。
ゲラゲラと嗤いながら、デスドレインは己のジツにカラテを込める―――!



「アンコクトン・ジツ!へへへへへへ!」



おお、ナムサン!
デスドレインの周囲に転がるは幾つもの凄惨な遺体。
それらの体内からコールタールめいた流動状の黒い物体が次々と溢れ出しているではないか!
まるで漆黒の濁流。まるで死の排水!
異様な物体は止めどなく溢れ出し、デスドレインの足下とその周囲を黒く染め上げていく!


これぞデスドレインのユニーク・ジツにして宝具!
『死の濁流(アンコクトン)』である―――――――!



「へへへへへへ!ヘへへハハハハハハハハハハァー!!」



アンコクトンが蛇のような触手へと姿を変え、次々とクロエネン目掛けて殺到する!
クロエネンは即座にステップを踏みながら後方へ下がり続ける!


鞭のように横に薙ぎ払われる触手を跳び上がりつつ回避!
捕獲せんと一直線に伸びる触手をトンファーで薙ぎ払い防御!
スライム・オバケめいた流動によって真上から奇襲を仕掛ける触手を後方転回で回避!
クロエネンはまさにニンジャめいた身体能力によってアンコクトンを躱し続ける!


「イヤーッ!」


デスドレインは尚も絶え間なくアンコクトンによる攻撃を繰り返す!
それらをクロエネンが回避と防御によって凌ぎ続ける!

周囲に迫るアンコクトンの触手を薙ぎ払う様に切り裂いたクロエネン。
彼は再びトンファーを構え直す。攻勢に乗り出さんとしているのだ。
そして、即座に地を蹴り接近を試みようとした。



だが、クロエネンの構えが再び解かれる。
即座に後方を向き、曲芸めいた側転で再びそれを『躱す』。



「ホラホラ!もっと頑張れよォ!死んじまうぞォー!へへへへへへへ!」



愉快げに手を叩きながらデスドレインが下品に嗤う。
後方へと方向転換したクロエネンが躱したモノは、更に増殖したアンコクトンだった。
回避を繰り返した先に転がっていた死体からアンコクトンを絞り出し、背後からの不意打ちを仕掛けてきたのだ。
自らにとって最適な展開を感じ取る『直感』スキルが無ければ不意を突かれていただろう。
迫り来るアンコクトンを凌ぐことが出来たのも直感スキルによる恩恵が大きかった。


「………!」


だが、一度躱したとて凌ぎ切れた訳ではない。
回避を行ったクロエネンの動いた先にも浮浪者の死体が転がっていたのだ。
死体があればアンコクトンは更に絞り出せる!
死体の数だけ、デスドレインの手数は更に増える!


「イヤーッ!」


浮浪者の死体から絞り出された新たなアンコクトンの触手がクロエネンを捕らえる!
拘束具めいて縛り付ける触手はスライム・オバケの如く食らい付く!


「――――――!」


ガスマスクの下で僅かに苦悶の声が響く。
クロエネンの肉体は徐々に生命力を吸い取られているのだ。
アンコクトンでよりきつく拘束し、彼が逃れられぬ様に縛り続けている。

アンコクトンは生命を喰らう力を持つ。
それによってデスドレインは数々の市民を喰らい、己の糧としてきた。
彼にとってはサーヴァントとて同じ『獲物』だ。
デスドレインはこのままクロエネンを補食せんとする――!



「ヘヘヘヘヘ!ヘハハッハハハハハ………ア?」



だが、デスドレインの哄笑は唐突に止まる。
彼がようやく異変に気付いた。

幾ら喰らい続けようと、喰らい切れない。
幾ら縛り続けようと、飲み込み切れない。
幾ら蝕もうとしても、クロエネンの身から溢れ出るのは『白い砂』のみ。

そう、デスドレインは気付いた。
クロエネンが、幾ら喰らおうとしても『殺せない』ことに…!


瞬間、拘束していたアンコクトンが勢い良く断ち切られた。
呆気に取られたデスドレインの隙を突き、クロエネンがトンファーによって瞬時に切り裂いたのだ。


ハッと気付いた頃には既に遅い。
デスドレインがアンコクトンを再び操ろうとする前に、地面に着地したクロエネンは背を向けた。
そのまま俊敏な動きで下水道を駆け出し―――――その姿を消した。



「………アー、畜生!逃げやがッてつまんねェな畜生!」


一人残されたデスドレインは苛立ちながら壁を殴る。
ようやく喰らえる所だった獲物に逃げられた。
それどころか『喰らうことが出来なかった』。

周囲に発生していたアンコクトンがデスドレインの元へと集結していく。
スライムめいて蠢くそれらはデスドレインの身体を這い、やがて彼のメンポの呼吸口から取り込まれていく。
生み出したアンコクトンを吸収していく中、デスドレインは思案する。

もしかするとあれがヤツの宝具によるものだというのか。
サーヴァントは必ず宝具という『物質化された奇跡』を持つということは知っている。
しかし、あのガスマスクのサーヴァントは宝具を使う素振り様子を見せなかった。
喰らえないことが宝具だとすれば、自動発動の類いか。
言うなれば死なない宝具とでも言うのか。


「面倒臭ェ!どうだッていいンだよ、そんなことは!」


苛立ちのままに思考が吹き飛び、デスドレインは喚き散らす。
興醒めになったこの気分をどうにかして晴らしたい。
また適当な餌を見つけ出して殺してやるか。
さっさとシェリル・ノームとかを見つけ出すか。


―――――いや、他にも面白いことはある。


『あいつ』がいた。
折角だし『あいつ』に突っ掛かってやろう。
少しは苛立ちを発散出来るかもしれない。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「………」


高層ビルの屋上に漆黒の影が佇む。
ガスマスクを被り、ラバースーツを身に纏った異様な外見の男だ。

彼こそがアサシンのサーヴァント、カール・ルプレクト・クロエネン
キャスターと交戦し、逃走した暗殺者だ。
その姿を堂々と晒しながらも他者に存在を悟られることは無い。
Bランク相当の気配遮断スキルによって極限まで己の存在を薄めているのだから。

マスターの命に従い、街の偵察を行っている最中だった。
魔力の気配を感じ取って下水道に侵入し、あのニンジャのようなサーヴァントを発見したのだ。
相手は周りへの警戒を一切行うこともなく、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。
余りにも無警戒。余りにも無防備。
その様子から罠である可能性も考慮したが、クロエネンは暗殺の機会を掴み取ることを優先した。

天井を這い、サーヴァントの背後へと降り立ち―――――瞬時に首を貫く。
成功させた筈の暗殺は失敗に終わった。

結果として奴と交戦することになった。
首の傷を塞ぎ、死体から絞り出したあの黒い物体こそが奴の宝具だろう。
攻撃にも治癒にも転じられる高い応用性は警戒に値する。
あの場でNPCを殺して回っていたのも、死体から黒い物体を獲得する為か。
ともかく、この情報はマスターに伝える必要がある。

クロエネンは自らの肉体にゆっくりと触れる。
既に傷は無い。溢れ出ていた白い砂も止まっている。
先の戦闘でクロエネンがアンコクトンに補食されなかった理由。
それは彼の宝具『機巧心音(ウン・シュテルプリヒ・カイト)』によるものだ。
クロエネンは己の肉体を機械改造し、不死者としての属性を獲得している。
あらゆる攻撃を受けようと肉体が耐え切り、戦闘の続行を可能とする。
故に彼はアンコクトンによって補食されず、耐え切ったのだ。
不死となった彼からは最早赤い血は流れない。
溢れ出るのは、砂状になった白い血液のみだ。

再びクロエネンは衆愚の街を見渡す。
先の交戦で魔力を使ってしまったが、まだまだ動くことは出来るだろう。
この程度の情報だけではマスターの助けにはならない。
聖杯戦争に勝利し、主を蘇らせる為にも更なる情報を集めなければ。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「……はぁ」


大きな溜め息が口から溢れ出る。

想いは上の空だった。
カーテンの隙間から漏れる朝の日差しさえも煩わしかった。
自室のベッドで仰向けになり、人形の様な表情で天井を見つめていた。

ハナ・N・フォンテーンスタンドはマスターだ。
聖杯に託す願いを抱え、このゴッサムシティに召還された参加者である。
しかし、彼女は未だに自問自答を繰り返している。
マスターとしての資格を獲得しながらも、何も出来ずにいた。

これからどうしよう。
そんな思考を毎日と言っていい程続けていた。
答えは一向に出てこない。
自分に何が出来るのかも解らない。
憂鬱で、重くのしかかる様な日々が続く。


―――――否、自分に出来ることは解っていた。


凶行を繰り返す己のサーヴァントを止めること。
あるいは、生き残る為にサーヴァントと共に戦うこと。
自分がやるべきことなど、とうに気付いていた。
だというのに、見て見ぬ振りをしていた。
気付いている筈なのに、目を逸らしていた。

何故ならば、怖かったからだ。
異常そのものと言っていい自身の従者が恐ろしくて仕方無かった。
聖杯戦争という殺し合いが怖くて仕方無かった。


―――――何もやらないのは、やって後悔するよりイヤ。


それが自分のモットーだったのに、今は何も出来やしない。
元よりハナは天真爛漫な14歳の少女に過ぎない。
日本を愛し、仲間達を愛し、よさこいを愛する無力な少女でしかない。
決心を固めるきっかけとなる体験にも巡り会えず。
自らの意志で覚悟を決めることも出来ず。
不安を抱えながら、無意味な時間をぼんやりと過ごすだけの毎日を送っていた。

自身のサーヴァントは一向に戻ってこない。
召還に成功したあの日から勝手に飛び出して、それっきりだ。
彼が何処に行っているのかさえ解らない。
しかし、彼が外で何をしているのかは理解していた。
知りたくもない真相を認識してしまっていた。
彼の宝具を、残虐性を、自分は知っているのだから。



『タダイマ!』



唐突に頭の中で声が響いた。
びくりとハナの身体が震える。
聞き忘れる筈も無い声で。
恐怖の対象と言ってもいいその声で、語り掛けてきたのだから。


「キャ、キャス―――――」
『おいおい、口に出すんじゃねェよ!念話使うンだよ!ワカル?』
『え、あの、ご、ごめんなさいッ!』


慌てて念話の方法を思い出し、怯えて謝る。
唐突に帰ってきたキャスターに対し驚きを隠せなかった。
彼の姿は見えない。霊体化しながら語り掛けているのだろう。
兎に角、すぐ傍にいる事だけは認識出来た。


『相変わらず辛気臭ェツラしてやンの!へへへへへへ!なァ!エート、お前……何だッけ?』
『…ハナ』
『そう!ハナ!それだよ、お前の名前!』


けたけたと笑うキャスターの声が頭の中で響く。
畏怖の対象でしかない相手の言葉が、まるで心に訴える様に反響し続ける。
背筋が凍る様な思いを抱く中、キャスターは更に言葉を捲し立てる。



『なァ、独りは寂しいよな、ハナ』


まるで子供に語り掛ける様な声でキャスターが囁いた。
独りは寂しい。
――――――そうだ、寂しいに決まってる。
言われなくても、解ってる。



『俺だって寂しいからさァ……お前もバカになっちまおうぜ……楽しく生きンのが一番だろ?』



悪魔の囁きが頭の中で尚も響き続ける。
聞きたくなかった。キャスターの言葉に耳を傾けたくなかった。
だけど、彼の声色から微かな寂しさを感じ取ってしまった。
自分と同じ様に仲間を求めている。
そんな想いを少しでも感じてしまい、彼の言葉に意識を向けてしまった。



『元気出せよハナ!もっと笑っちまいな!笑顔でいるのが一番!
 マーやパーにも、友達にも心配掛けたくねェだろ!へへへへへへへへ!』



ズキリと胸に突き刺さる。
笑顔が一番―――――ああ、その通りだ。
いつだって笑顔でいるのが一番。それが自分だったのに。


直後に脳裏を過ったのは、自身にとっての大切な人達。
ママ。パパ。マチさん。タミさん。ヤヤさん。
そして、ナル。
笑顔を失ってしまえば、自分は皆を心配させてしまうのだろうか。
ここから帰ってまた皆と会う為にも、笑っていなければならないのだろうか。



―――――帰る?でも、どうやって?
―――――キャスターと一緒に、みんな殺して?



『俺はいつでもお前を待ってンぜ!オタッシャデー!』



そして、キャスターの声が途切れた。
またどこかへ行ってしまったらしい。
あっ、と声を漏らして念話で何かを伝えようとした。
だけど出来なかった。
去っていったであろうキャスターを黙って見逃してしまった。


内心、ほっとしていた。
キャスターがいなくなったことに。


再び、溜め息。
右腕でその目元を覆う。
いつの間にか涙が溢れていたのだ。
どうしようもない現状への恐怖か。
キャスターへの恐怖心か。
それとも、何も出来ない自分の無力さへの悲観か。
理由は解らなかった。
だけど、兎に角今はただ泣きたかった。


その手に鳴子は無い。
彼女を支えてくれるモノは、今はまだいない。



【DOWNTOWN WEST CHELSEA HILL(雑居ビル)/1日目 午前】
【ジョンガリ・A@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]盲目
[令呪]残り3画
[装備]白杖に偽装した狙撃銃
[道具]なし
[所持金]一万程
[思考・状況]
基本:聖杯による主君の復活を。
1.アサシン(クロエネン)に偵察をさせる。攻撃等の判断は基本的に当人に一任。
  場合によっては本格的に暗殺に乗り出す。
2.『黒いタールの殺人鬼』『赤覆面』『グラスホッパー』『ヤモト・コキ』に関する情報を得たい。
[備考]
※職業はフリーランスの殺し屋です。裏社会に精通するマスターで顔見知りの相手がいる可能性もあります。


【MIDTOWN REDHOOK(ハナの自宅)】
【ハナ・N・フォンテーンスタンド@ハナヤマタ(アニメ版)】
[状態]精神不安定
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本:???
1.どうすればいいのか解らない。
2.また皆とよさこいがしたい。
[備考]
※キャスター(デスドレイン)の凶行を認知しています。

【キャスター(デスドレイン)@ニンジャスレイヤー】
[状態]魔力消費(小)、首に刺傷(ほぼ完治)、軽い苛立ち、アンコクトン増殖中
[装備]メンポ、ニンジャ装束
[道具]ヘルヘイムの果実、ヤモト・コキの指名手配書、血塗れの新聞紙(12/20発行)
[思考・状況]
基本:自由!
1.自由を謳歌しつつ、魂喰いと補食によって己の力を蓄える。
2.シェリル・ノームを探してサヨナラ&ファックがしたい。
3.一緒に愉しめる仲間が欲しい。いっそハナを教育してみるのも悪くないかもしれない。
4.この果実を何かに使ってみたい。
5.ガスマスクの男(クロエネン)はいつか殺す。
[備考]
※NPCの魂喰いと殺戮を繰り返し、魔力とアンコクトンを増幅させています。
※ヘルへイムの果実の存在を認識しています。
※アサシン(クロエネン)を視認しました。

【MIDTOWN REDHOOK(市街地)】
【アサシン(カール・ルプレクト・クロエネン)@ヘルボーイ(映画版)】
[状態]魔力消費(小)、気配遮断中
[装備]ガスマスク
[道具]トンファー型ブレード×2
[思考・状況]
基本:聖杯による主君の復活を。
1.街の偵察を続ける。
2.敵を捕捉した際には暗殺も視野に入れる。
3.ニンジャのサーヴァント(デスドレイン)に警戒。
[備考]
※キャスター(デスドレイン)の外見・宝具『死の濁流』を視認しました。
※念話によってマスターとの意思疎通が行えます。




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000:Lights,Camera,Action! ジョンガリ・A 013:屍者の帝国
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000:Lights,Camera,Action! ハナ・N・フォンテーンスタンド 023:Grim&Gritty
キャスター(デスドレイン) 024:イット・メイ・ビー・シビア・トゥ・セイ・インガオホー

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最終更新:2016年02月23日 14:39