【0】



『なあ、マスター。ちょっと聞きたいんだけどよ、心の底から笑った事ってあるのか?』


『いいえ。そういった機能は当の昔に死んでしまったので』


『何だよそりゃ、死んだって事はないだろ。今まさに生きてるじゃねえか』


『……それは思い違いです、デストロイヤー。
 私は既に人としての中身が死んでいる。ただ外側の器だけが残って、昔馴染みの機能を維持しているだけ』


『だから、その切嗣って男の為に戦ってたのか』


『ええ、私は切嗣に拾われた道具。なら彼が自由に使い捨てればそれでいい』


『道具は笑いません。だから、笑う必要もないんです』



【1】


「23組、ですか」

 「サガラ」と名乗る聖杯戦争の監督役による、場違いな程陽気な定時通達。
 彼が提示したのは、自分の他に22組の主従がいる事と、無差別殺人を犯すサーヴァントの存在。
 冬木の聖杯戦争とはあまりにも異なるというのが、久宇舞弥の感想だった。

 冬木で行われた聖杯戦争は、7組で殺し合いを行うものと決められている。
 万物の願望器たる聖杯を完成させる為には、サーヴァント7騎分の魂で事足りるからだ。
 だがゴッサムの聖杯戦争では、その三倍以上のサーヴァントが召喚されているときた。
 この事から、此度の戦いで得られる聖杯は、冬木のそれとは異なる事が窺える。

 そして、無差別殺人を犯しながら、未だ討伐令が敷かれないサーヴァント。
 舞弥が関わっていた聖杯戦争でも、似た様な凶行を行った主従は存在していた。
 当時の監督役は、対象を速やかに排除する様参加者に呼びかけていたものだ。
 秘匿されるべき魔術を無用な殺人に用いるなど言語道断。それは魔術師のルールである。
 だが今回はどうだ?英霊が暴れ回っているというのに、監督役は軽い警告だけに留めているではないか。

(魔術の秘匿を知らない、という事でしょうか)

 聖杯戦争に関わる者なのだから、当然主催者も魔術と関わりを持つ者だと認識していた。
 だが今回の一件を見るに、その考察はどうやら見当違いと見ていいだろう。
 そうでなければ、魔術の秘匿という常識を知らない筈が無いのだから。

(冬木の聖杯戦争とは違いすぎる……)

 アメリカのゴッサムシティという舞台も、電脳世界などというSFめいた空間も。
 加藤鳴海という日本人のサーヴァントを召喚できた点も、時代設定が2015年である事も。
 舞弥が知る本来の聖杯戦争とは、あまりにも相違点が多すぎる。
 サーヴァントのシステムと聖杯という骨組だけを使った、別物としか言いようが無かった。

『ナルミ、今後の方針ですが……』
『他の参加者との接触と危険人物の排除、だろ』

 通達が終わってからというものの、デストロイヤーは酷く不機嫌だった。
 どうやら、放置された連続殺人鬼の存在への怒りが、彼をそうさせているらしい。
 サガラの場違いな口調とテンションも、感情を逆撫でされた要因なのだろう。

『……あの野郎、人が大勢殺されてるってのに楽しそうにしやがって』

 デストロイヤーの心境が理解できないという訳では無い。
 事実、サガラに対して思う事がないと言うと嘘になってしまう。
 あの陽気な言い口は、願いを賭けて挑む参加者達を愚弄しているとしか言いようがない。
 あるいは、そんな参加者達は苛立つ様に愉悦を覚えているのか。

『気持ちは分かりますが、だからと言って感情的になるのは危険です、ナルミ』
『それ位分かってるんだけどよ……クソ、やっぱり気に入らねえぜ』

 何にせよ、監督役一人如きに苛立つのは非効率的である。
 提示された情報のみを切り出し、行動の糧とするのが賢明だろう。
 話し方はどうあれ、情報の内容は確かなのだから。

『引き続き調査を行いましょう。まだ調査すべき個所は残ってますし』
『……そんな焦らなくったっていいんじゃないか?お昼なんだしよ』

 そんな悠長な事を言っている場合ではないと言いかけ、しかし口を閉ざす。
 通達が行われるまでの午前の間、外部への連絡手段の模索していたが、成果はゼロに等しい。
 念の為にと目ぼしい番号に電話をかけたが、やはり応答は一つも来なかった。

 現状、こちらが持つ手がかりは皆無である。
 かといって事を急いていると、それこそ"感情的"と思われかねない。

『……そうですね。一先ず休憩としましょう』



【2】


『ランチじゃなくて良かったのか?』
『あくまで休憩ですので』

 シャルモンと言えば、ゴッサムでも名の知れた洋菓子屋だ。
 日本人の店主が切り盛りするこの店は、まだ開店から数年程度にも関わらず、
 ゴッサムの洋菓子屋の中でも指折りの名店として、大層話題になっている。

 クープ・デ・モンドでの優勝経験もあるパティシエ、凰蓮・ピエール・アルフォンゾ。
 本物にこだわる彼は、フランス国籍を取得しようと、わざわざフランスの落下傘部隊に入隊したとか。
 そのこだわり様は、彼が生み出すケーキにも如何なく発揮されている。

 舞弥達がやって来たのは、その名店の二号店である。
 話題の凰蓮氏その人はいないが、彼直々に指導を受けたパティシエが切り盛りしているのだとか。
 まだ若い青年ながらかなりの才能の持ち主らしく、既にいくつか賞を取っているとの話も聞く。
 なるほど、凰蓮がシャルモンの看板の使用を認めるのも頷けた。

 舞弥がその店に立ち寄ったのは、ほんの偶然であった。
 人気店であるシャルモンに空きの席が出来ていたのもまた、中々ない偶然である。
 そして、この二つの偶然の重なりは、舞弥からすればこの上ない幸運でもあった。

 外見からは想像もつかないが、この人形めいた女は大の甘党である。
 また、無数に存在する甘味の中でも、彼女は洋菓子を好物としていた。
 そんな舞弥が、上質なケーキを提供するシャルモンに悪感情を示す訳がない。

『……もうちょっと嬉しそうな顔してもいいんじゃないか?』
『わざわざ表情に出す必要もないでしょう』
『そりゃそうだけどよ……』

 しかしながら、そんな幸運に恵まれながらも、舞弥の表情にはまるで変化がない。
 ケーキランチを頼んだ後も、彼女はタブレットを用いて街の調査を行っていた。
 携帯しておくと便利だろうという判断から、本格的な聖杯戦争の開幕以前から購入していたものだ。
 20世紀の人間である舞弥には、タブレットなど高等魔術と同然な未知の道具である。
 それを使いこなせれたのは、彼女に"ゴッサム住人だった頃"の記憶があったからだろう。

 舞弥が起動させているタブレットには、約一年前に書き起こされたという設定の記事が表示されている。
 書かれているのは、"最後の大隊"なるテロ組織が起こした、英米同時バイオテロ事件の事だ。
 何の前触れもなく、クリスマス当日に発生したとされるこの事件は、両国に数万単位の犠牲を齎した。
 世界を震撼させたこのテロは、元凶たるテロ組織の壊滅を以て決着がついたとされている。

 しかし、"最後の大隊"が完全に滅びたかと言われると、そういう訳ではない。
 記事によれば、首謀者を含む残党が未だ捕まっていないのだという。
 おまけに、首謀者の情報も"少佐"という渾名以外に一つとして出回っていない始末だとか。

(異様、としか言いようがない)

 数万もの犠牲を出したテロ組織の首謀者、その情報がほとんど知れ渡っていないという事実。
 果たして、情報過多もいいところなこの二十一世紀に、そんな事が在り得るのだろうか。
 もしや、この聖杯戦争の役割として、"少佐"の地位を宛がわれた参加者がいるのではないか。
 そして、その"少佐"が率いる"最後の大隊"もまた、このゴッサムに隠れ潜んでいるのではないか。

 妄想と切り捨てられても文句の言い様がない、個人の想像の範疇を越えない予測。
 しかしながら、自分の意思で妄想と断ずるには、まだ躊躇があった。

 それだけではない。少し前に速報で流れたニュースも異様だった。
 曰く、カフェ内部にいた店員が全員"笑い死に"していたのだという。
 そんな常軌を逸した犯罪、NPCが犯すとは到底考えられない。

 改めて、実感させられる。この聖杯戦争は、冬木のそれとはあまりに異なる、と。
 こんな歪な聖杯戦争から、どうやって聖杯を生み出すつもりでいるのだろうか。

 そんな内に、注文していたケーキが運ばれてきた。
 ルバーブのタルトと、ブルーベリーチーズケーキのセットである。
 なるほど、外見から漂う上品さは、名店に恥じぬものだ。

 だが、重要なのは見た目の美しさではなく味の方だ。
 どれだけ整った形にしても、味覚に訴えるものが無ければ意味がない。
 フォークでチーズケーキを分断し、一口サイズにしたものを口に運ぶ。

「……美味しい」

 気付けば、感嘆の言葉が口から零れていた。
 ブルーベリーとクリームチーズ、この二つが奇跡的な調和を見せている。
 ブルーベリーチーズケーキ自体は何度か食べる機会があったものの、
 シャルモンのそれは、過去のそれらを遥かに上回る濃厚さと後味の良さであった。

 こんな美味しいケーキは、もしや生まれて初めて口にするのではないか。
 むしろ、今まで出会ったケーキは偽物で、これこそが本物のケーキと呼べる代物ではないのか。
 そう錯覚を起こしそうになる程度には、シャルモンのケーキは絶品であった。

『なんだ、そんな声も出せるんだな』

 そんなデストロイヤーの、安心した様な声が聞こえてきた。
 どうして彼がそんな口調になるのか、舞弥には理解が及ばない。
 自分はただ、ケーキを食べただけだというのに。

『……何か問題でも?』
『問題なんかじゃねえよ、美味しいもん美味しいって言うのは当たり前だろ?』
『言っている事の意味が分からないのですが』

 そう辛辣に言い返されたデストロイヤーは、

『そんな風に美味しいって思えるなら、マスターは道具なんかじゃねえって事だ』
『……道具でなければ何だと言うのですか?』
『そりゃ人間に決まってるだろ』

 この期に及んで、どうしてこのサーヴァントは自分を人間と認定するのか。
 それをしたところで、別に自身の能力に影響が出る訳でもないだろうに。
 舞弥のその疑問を見透かしたかの様に、デストロイヤーは言葉を紡ぐ。

『俺はさ、マスターに笑ってほしいんだ。
 もし世界を平和にしても、諦めたような顔したままなんて――そりゃあんまりだろ?』

 "人間なら、きっと笑えるさ。俺が保障する"。
 そう言われて、舞弥は少しばかり戸惑った。
 何しろ、"笑ってほしい"などと願われた経験が一度もないのだ。
 あろうことか、"生きてほしい"に加え"笑ってほしい"とも懇願されてしまった。
 生きる、それだけならまだ可能だが、笑顔を作れなんて無茶な話としか思えない。
 何しろ、切嗣に拾われるそれ以前から、自分の精神は砕け散っているのだから。
 激しい歓喜も、深い絶望も感じられない今のこの身には、笑顔さえ不可能な芸当だ。

『……そう、ですね。善処しておきます』

 ただ、青年のその祈りは、無下にすべきではないのは確かで。
 だから一言、そうお茶を濁すのが精いっぱいだった。


【3】

 その後、ルバーブのタルトに手をつけようとした時であった。
 相席してもよろしいでしょうか、と若い店員に尋ねられた。
 拒む理由もないので、舞弥は二つ返事でそれを承認する。

 数十秒経った後に現れたのは、帽子を深く被った痩せ形の男だった。
 向かいの席に座ったその男は、舞弥に初めましての挨拶をするやいなや、

「……この街はひでえもんだ、そう思わないか?」

 と、ゴッサムシティを蔑む質問を投げかけてきた。
 男の態度に若干の困惑を示しながらも、舞弥は返答を送る。

「治安の事でしたら、同意しますが――」
「そうじゃない。治安なんてソドムやメキシコよりまだマシだぜ」

 何を馬鹿な事を、と言いたげな口調で、男は笑う。
 この時点で、舞弥は目の前の男に警戒心を抱いていた。
 切嗣の道具として傍らにいつづけた故に、察知能力には自信がある。
 その"察知能力"が告げているのだ。前方にいる男性は、恐らくただの一般人ではない、と。

「ああ酷い、酷いもんさ。誰も彼も揃って平和ぼけさ。
 知ってるかい?最近、カフェで殺しがあったんだとさ」

 直後、何がおかしいのか、男はくつくつと笑いだした。
 更なる危機を察した舞弥の手が、懐のグロック17へと延びていく。
 平穏だった舞弥の周囲の空気が、急激に張り詰めていく。

『……この気配、気を付けろ。サーヴァントだ』

 デストロイヤーの一言に、舞弥は息を呑んだ。
 この街にいる23騎のサーヴァント、その内の一騎が近くにいる。
 舞弥達に気付いてないのか、あるいは既に舞弥達に狙いを定めているのか。
 そして、そのサーヴァントのマスターは何処で何をしているのか。

「実はな、俺は犯人がどんな面してるのか知ってるのさ。
 そいつは……可哀想な奴でよ。事故に巻き込まれて、薬品を頭から被っちまったんだ」

 テーブルに置かれたナプキンで、男は顔を拭き始めた。
 顔に押し当てられたそれは、顔に塗られた肌色の塗料を払拭していく。
 狂人を見つめるかの様な舞弥の瞳は、やがて驚愕の色に変貌する。
 信じられない事に――男の肌は、見る見る内に"白く"染まっていくではないか。

「だからそいつの肌は、スノーマンみてェに真っ白になっちまった。
 これじゃあもうクリスマスにしか働きに行けねえや……男はそう言って、どうしたと思う?」

 帽子を取って、席から立ち上がる。
 男の緑色の毛髪に気付いた客や店員が、表情を驚愕の色に染め上げる。
 白い肌に緑の髪、おまけに貼りつけた狂気の笑みを見れば、誰もが恐怖せずにはいられない。

「楽しそうに笑ってたぜ――こんな風になァ」

 "ジョーカー"の笑みは、真っ直ぐ舞弥に向けられていた。



【COLGATE HEIGHTS /1日目 午後】

【久宇舞弥@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]サバイバルナイフ、グロック17
[道具]キャリコM950短機関銃、スタングレネード二つ、発煙筒二つ、手榴弾、タブレット
[所持金]不明(少なくはない)
[思考・状況]
基本:聖杯戦争の調査。
 1.他の聖杯戦争参加者と接触する。
 2.危険人物の迅速な排除。
[備考]

【デストロイヤー(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]健康
[装備]特筆事項なし
[道具]『怒りと悲しみを覆う笑顔の仮面』
[思考・状況]
基本:舞弥の力になりたい。
 1.今は舞弥の支持に従う。
 2.舞弥にも笑顔になってほしい。
[備考]

【バーサーカー(ン・ダグバ・ゼバ)@仮面ライダークウガ】
[状態]健康、ちょっと上機嫌
[装備]特筆事項なし
[道具]特筆事項なし
[思考・状況]
基本:もっと、もっと笑顔になりたい。
 1.ジョーカーに期待。
 2.少佐の話す"戦争"への興味。
[備考]
※しばらくジョーカーと行動を共にするつもりです。

【ジョーカー@バットマン
[状態]健康、愉快
[令呪]残り三画
[装備]拳銃(ジョーカー特製)、造花(硫酸入り)、笑気ガス、等
[道具]携帯電話
[所持金]不明
[思考・状況]
基本:聖杯戦争にとびきり悪趣味なジョークを叩き付ける。
 1.?????
 2.バーサーカー(ダグバ)を"腹の底から"笑わせてやる。
 3.バッツに捧げるジョークの下準備も忘れない。
[備考]
※車の中に色々積んでいます。

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最終更新:2016年07月18日 12:22