前日譚

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概略:

 2020年度創大祭本 TRPG班の前の話。チルドレン二人の日常。


登場人物:






 五月。まだ春の陽気と表せる日の光がぽかぽかと暖かいある日。駅前のアイス屋に二人の少女が入っていく。一人は近くの高校の制服であり、もう一人は小中学生ほどの背丈で、私服であることを見ると小学生だろうか。軽快なJ-POPが流れる店内に、いらっしゃいませーという声が響く。中の席は一人と同じように学校帰りの生徒によっていくつか埋まっているが、カウンターに並んではおらず、二人はすぐに売り場へとついた。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーっと、この明るい緑のと、こっちのチョコのください!」
 幼い少女のほうが、ガラス越しにアイスを指さす。「こちらとこちらですか?」と聞いた店員に、「そう!」と幼い少女は頷く。コーンかカップかの問いかけには悩んだ末にカップを選んだ。
「あと、つきえちゃんはこの青の二つでいい?」
 制服の人物は、指をさされたアイスをちらりと見て、「なんでもいいよ」と答える。
「じゃあもういっこはこれでお願いします!」
「チョコミントとソーダですね、かしこまりました。こちらもカップでよろしいですか?」
 つきえ、と呼ばれた彼女はそう聞かれて、「ええと、はい」と答えた。
 それぞれ代金を支払い、こちらでお待ちください、という案内の通りに少し横にずれる。
「北原さんは、ここに何度か来てるの」
 制服の人物、氷野月詠は、わくわくとアイスをつくる工程を見ている幼い少女、北原風歌にそう訊ねた。
「うん、支部長と一緒にこの駅まで来たら、大体ねだってるかな! だめって言われるときもあるけど」
「そう」
「つきえちゃんは? アイス好き?」
「……嫌いでは、ないけど」
「そっか! 楽しみだね」
 ちょうど、「どうぞー」という声がして、風歌はカウンターへ向かう。「メロンとチョコのお客様」と言われて、はーいと返事をした彼女は、少し背伸びをしてカップのアイスを受け取った。月詠ももう一つのアイスを受け取る。風歌の「ありがとう!」という言葉につられて会釈をした。中のスペースにはあまり余裕がなかったため、外に出てすこし先にあるベンチに座る。
「いただきまーす! うん、おいしい!」
「……いただきます」
 風歌はニコニコとしながら食べ進めている。月詠もスプーンに小さめにすくい、口に運ぶ。チョコミントのスースーとした感覚に少し驚いて、おいしい、とつぶやいた。
「でしょ!」
「どうしてこれを選んだの?」
「うーん、青色がつきえちゃんぽかったから? ね、ひと口もらってもいい?」
「いいけど」
 ありがと! と風歌はスカイブルーのアイスをすくって食べる。おいしーね! とはしゃぐ姿に大抵のひとは微笑ましそうに見るだろう。月詠はアイスに視線を落としたまま、手を止めた。
「つきえちゃん、アイス溶けちゃうよ」
 そう言って月詠のカップから今度はソーダのほうをひとくちすくった風歌は、口にスプーンを運びつつ、しゅわしゅわしておいしいと笑う。
「どうして、私をここに誘ったの?」
「うん? つきえちゃんに頼み事があったのもそうなんだけど」
 といつの間にか自分のカップを空にして、隣に座る月詠を見ながら続ける。
「つきえちゃんはさ、オーヴァードになって良かったと思う?」
「なって、良かったか……」
 今までを振り返る。周りに色々迷惑をかけたけど、はたして自分は、なって良かったと思っているのだろうか。
「……わからない」
 緑と青と茶色が混ざったマーブル模様。もうほとんど解けてしまっている塊の残りをすくって、口に運ぶ。ぬるくなった夏らしい味が混ざって、胃の中に落ちていった。
「どうして、そんなことを?」
「うーん、能力で苦しんでる子がいたから、かな」
「そう」
 ゴミ箱がなかったので、カップはビニール袋に入れて持ち帰ることにした。
 ベンチでしばらく話していたが、本題を終えたところで、そろそろ帰るかと立ち上がった。来た道を戻っているところで、学生証が落ちているのを見つける。二人が見ても、知らない中学校のもの。周りを見渡せば、買い物をしたアイス屋を覗き込んでいる制服の少女を見つけた。
「ここにもいないか。」
 そう呟いた彼女は、そこを立ち去ろうとした。
「ねえ! これ、おねーさんのじゃない?」
 ひょい、と小さな体ですばやく少女に近付いた風歌は、学生証を見せつつ見上げるようにして顔を覗いた。黒髪のおさげの少女は、細ぶちの眼鏡の奥で少し目を見開いて、学校指定らしいバッグのポケットを探った。どうやら何も見つからなかったらしい。差し出された学生証を手に取り、彼女はページを一つめくった。彼女の映る証明写真が貼られたページをちらりと見た風歌は、「やっぱりおねーさんのだね!」と言う。
「うん。ありがとう、拾ってくれて」
「どういたしまして! 探してる人、見つかるといいね!」
「あ、うん……」
 少女は曖昧に頷いて、駅の雑踏へと消えて行った。風歌はその姿に手を振っている。
「つきえちゃんも、答えが見つかったら教えてね」
「うん」
 そうして二人は、その日常へと姿を消した。



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