岐路

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概略:

 ENの”崇宮秀一”パーソナリティにて収録。

登場人物:



 ふうと一つ、大きな掴め息を吐いた。週に一度の八王妃市内支部長級定例会議を終えたエレベータの中、次の予定、そのまた次の予定を頭の中で整理しながら。

 「――久しいな、ヒデ」

 小さな筐の中に男の低い声が響く。 崇宮はようやく同乗者の存在に気づいた。連日の事件対応で疲労が溜まっていることを否応なしに実感させられた。

 「モーガンじゃないか。まだお前は本部だろうに、なぜここに?」
 「まあ、お陰様でね。任務でトーキョーまで来たからさ、ついでにお前のツラを拝ませてもらおうかな、ってな」

 モーガン――本部時代の同僚の声に無言を以て返答し、エレベータを降りる。

 「ツレねぇヤツだな、相変わらず。 海の向こうから大切なご友人が来てやったんだぞ?」

 特に振り返ることもなく、支部長室のコンソールパネルを操作し解錠する。

 「……私は来いなどとは一言も頼んでいないのだがな。まあ、茶なら出してやるさ」

 扉を開けながら横目で促した。支部長室の窓には八王妃の街並みが――変わりなく続く人々の日常の営みが広がっている。湯呑に茶を淹れて応接テーブルに置くと、 モーガンは再び口を開いた。

 「随分と偉くなったもんだな。正直、もうこっち側からは洗ったもんだとばかり」
 「そういう訳にはいかんさ。一度こちら側の世界に足を踏み入れたら、もう戻れない。 それはお前もよくわかっているだろう?」
 「ふーん、中々言うじゃねぇか。ハニーを亡くしてビビッて逃げたチキンだなんてお前を言うヤツらにも聞かせてやりてぇな?」
 「……そんな嫌味を言うために来たのか? とんだ暇人だな」
 「すまねぇすまねぇ、そう気を悪くしなさんな。でも、俺はお前のことを買ってるんだぜ? お前が本部に戻ってこれるように、 色々と手を回してやってんだ」
 「余計なお世話だ。今の私は八王妃支部長、それ以外に生きる道はない」
 「お堅いねぇ。そこも相変わらずだ。ま、俺はお前のそういうとこも好きなんだけどな。ただ、旧友の俺としてはますます心配になっちゃう訳よ。まわりに誤解されて変な壁作っちゃいないかってさ」

 窓の向こうを見据える崇宮に返事はない。

 「お前は事を急ぎすぎる。時間ってのは俺たちが思ってるより長いもんだ。事を焦って台無しにするくらいなら、一度立ち止まって考えを改めてみるってのもいいんじゃないか?」
 「遅かれ早かれ人は死ぬ。 死ぬまでにどれだけのことを成し遂げるか、人生の価値はこの一点に過ぎない。一つでも多く何かを残すには、急ぎすぎるということはないさ」
 「……俺はこの辺でお暇させてもらうよ。気が変わったら俺を呼べ。UGN本部はいつでもお前を待ってるからな」

 部屋を出るモーガンの声を背に受けながら、崇宮は手元の写真に手を伸ばした。今はもう会えない、愛する人の笑顔を目に焼きつける。冷めた飲みかけの茶に、一本の茶柱が立っていた。
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