短編10『奇跡の味は』
『時刻:AM.04:42/場所:東●ホテル3F』
『────『→』早送り/話は25分後へと進む。』
“奇跡は起こらないようで、よく起こる。”
1962年の創立以来、ずっとお荷物球団と言われていたメジャーリーグのニューヨーク・メッツが、ボルチモア・オリオールズを破って、初のワールドシリーズ制覇したあの年。
勝敗が決まる最後の試合にて、投げていたのはエースのトム・シーバー。
──実は彼、本当はアメフト選手で活躍する未来もあったが、五歳の時の誕生日に、父が間違えて購入したグローブをプレゼントされ、野球の道を選んだという経緯がある。
そのシーバーが最後の打者に投じた内角低めのストレート、百二十球目のボール。
──あのボールは製造会社のミスにより、一球だけ紛れた反発数の低い物だった。
打った相手打者はこれをジャストミート。ただ、濡れたスポンジ同然のボール故に、打球はみるみる失速。
左翼手であるクリオン・ジョーンズのグローブの中へと収められることとなる。
──このジョーンズも、妊娠前母親がワインを口にしなければ女の子に産まれ、名前はクララだった。
(引用元:メン・イン・ブラック3)
まるで、『風吹いて桶屋が儲かる』という言葉そのものだが、こういう奇跡の連続は、実際に世の中でもたくさん起きているのだろう。
私たちがそのすべての過程を知らないだけで。確実に。
普段生活している上では忘れがちだが、今この瞬間は多数の奇跡の上で成り立っているのだ。
例によっては、ホテル三階にて。
ピロンっ
(♪ライン〜!)
「……あ、…………なっちゃん…」
無人の購買にて、カップ麺をかごに入れるサラリーマン──飯沼の話。
自身の空腹を満たす為、そして成り行きで連れとなったマルシルにご馳走するため、七階からわざわざ降りてきた彼は、物色を続ける。
何となく目についた、魚肉ソーセージを取り出した時、不意に鳴るはLINEの通知。
妹・夏花からの心配の言葉であった。
「…………」
夏花──『どこ??』 既読
夏花──『いないよ!! 家に!!』 既読
夏花──『(心配〜😢のスタンプ)』 既読
「……なっちゃん………」
一人暮らしである自分の家に、たまに遊びに来て。
そして美味しい手料理を、光悦の表情で共にする──飯沼の大切な妹。
友達よりも食。ほとんど人に興味がないと言っていい飯沼が、マルシルという謎の初対面女へドライにほっておかないのも、この妹が理由か。
血の繋がる夏花を見ているようで、なんだか無視してられない──といった具合で、彼はマルシルを気に掛け続けていた。
「………………うわぁ、……ごめんね。なっちゃん…」
妹のラインが胸に刺さってどうしようもない。
飯沼の、そんな様子が見受けられた瞬間だった。
──ただ、一方で、飯沼は「…それにしても何故なっちゃんは、こんな時間帯に僕の家へ……?」と心の奥底、不審に思う点もある。
──これは、夏花がサークルの帰り道。大学に忘れ物をした事に気付き、山手線をゴチャゴチャ往復した結果、終電を逃したという経緯の元である。
──そして、その忘れ物に気づいた経緯も、乗客であるアフロのサラリーマンが「パチンコまた負けた…。『雑誌』読んだのに…」と呟いたのが起因となっている。
──また更に巡ること二時間前。本来なら高設定だった台は、たまたま隣にいたじいやという老人の台パンによりバグらされてしまっていた。
──この八つ当たりさえなければ、台を選んだアフロは大勝ちし、ウキウキ気分の元、タクシーで家に帰っていた筈だった。
──普段は温厚な性格のじいやが、この日この時間に限ってたまたま怒りを露わにしたのも、業田萌美という家庭教師に詰られた事が理由となっている。
──ただ、萌美が厳しく当たるのも無理はない。
──なにせ、自らが専属し指南する令嬢・大野晶が行方知らずとなったのだから、気が気でいられなかったのだ。
「………『大丈夫だよ、安心して』……と──」
「──…あぁ。ごめん、ごめん………。なっちゃん…」
もしかしたら、これが最期の返信になるかもしれないという、悲しみ。悲哀。
飯沼はこの時、確かに指が震えていた。
──震えていたのは何も飯沼のみではない。
──場所、時刻は違えど、昨日の午後一時、カツ丼屋にて。
──大盛りを頼んだ川口の奴というサラリーマンは、その量に心底震えざるを得なかった。
──店の名は、『かつ澤』。
──サイズは、『キッズ用』→『レディース』→『普通盛り』→『大盛り』との四段階だが、レディースサイズが他店でいう大盛りサイズに値する。
──故に、そこから二段階量が増えた『大盛り』たるや、もはや山の如し重圧と高さであったといい。
──ただ、その悪魔的量にもバックボーンがあり。
──数年前、街を歩いていたかつ澤店長はたまたま。
──「カツ〜♪ カツといったらビッグカツ〜♫」と歌う、紫髪の少女とすれ違った。
──この時の何気ない歌声が、この理不尽なドカ盛りの発案につながったという。
──紫髪の少女は、後にしだれカンパニー社長の娘と知る。
──駄菓子店からの帰り道にて、お好み焼き屋の親父から「気に入った!! 今日はとことん付き合ってやるよ!」と突然絡まれた。
──虚を突かれた思いの少女であるが、その親父から響く謎の「じゅわっ…」という音が何だか嫌で、嫌で。
──見て見ぬふりをしつつ、来た道を戻り返す。
──そのお好み焼きの親父から発せられた「じゅわ…」音は、厳密には裏の家からの音。
──汚れた室内にて、鰐戸三蔵が豚塚に根性焼きをした音が、たまたま漏れ出たのだ。
ポチッ
『送信エラー。時間を置いてから再度送信してください』
「…あれ…………? おかしいな…」
妹へのラインを送信し、購買から出ようとした飯沼。
彼を立ち止まらせた要因は、LINEアプリへの違和感。
すなわち、普通ならまず目にしない謎のエラーメッセージが表示されたのである。
──このエラーが発生した原因は、案外単純。
──新田ヒナの超能力が暴走し、ラインのサーバーが攻撃されたから、が理由となる。
──ヒナがまるで漏れ出たかのように超能力を発動した理由も単純。
──歩きスマホをして前を見ずにいたところ、フラフラと食い倒れ寸前の川口にぶつかり、「つい…」という具合だ。
──そして、この川口。
──過剰な暴食が原因となって、ケアレスミスを犯してしまい。
──ストレス発散として、つい公共の場で雄叫んでしまった。
──小太りのサラリーマンが発狂するという異様な光景を目の当たりにして、夏花は講義室に置いた『雑誌』の存在を忘れてしまった。
────そう、『忘れ物』はこうして出来上がる事となる。
「まぁ、いいか………。マルシルさんも待っているし……そろそろ行くかな…………」
あの時、夏花が忘れ物をしなければ。
アフロのリーマンがパチンコで負けなければ。
大野晶が『参加者』に選ばれていなければ。
川口が叫ばなければ。
かつ澤の店長が大盛りを異常なボリュームにしなければ。
しだれコーポレーションの令嬢が帰り道を引き返してなければ。
お好み焼きの親父から「じゅわっ…」と音が出なければ。
豚塚が鰐戸三蔵から逃げ押せていれば。
ヒナが前を見て歩いていれば。
どれか一つでも無ければ。
飯沼は無駄な時間を過ごす事なく、スムーズにマルシルの部屋へと戻って行き。
何の災いも危険も負うことなく、とりあえずは平穏でバトル・ロワイヤルを過ごせたことだろう。
ましてや、エレベーターに向かった際、
「……ん?──」
シュッ────
「──え?」
階段から現れたウンディーネに鉢合わせることなどなく、
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────
「え────…、」
──妹への無念を最期の意識に。
──鋭利なレーザー光線で肉体を切り刻まれるなど。
──無かった筈なのに。
プツンッ…──
“奇跡は積み重ねでできている。”
(メン・イン・ブラック3──グリフィン)
本来ならここでページが終了するはずだった、飯沼の物語は、
「はっ、はっ、はっ!!」
ドンッ
「う、うわ!!」
奇跡の犬。マロ。
『マロ』が突進したという、一つの奇跡のお陰で、まだまだ連載が期待できそうものとなる。
この駄犬が飯沼に目がいった理由。
──彼の腰ポケットには、犬の好物である魚肉ソーセージがあったのだ。
タ、タ、タ、タ
「あっ!! だ、大丈夫かぁ〜?! 君!!」
「え……!?」
「ひ、ひろしさん!! この人…は………!?」
「わ、分かんねぇ!! 知る訳ないし、…そりゃ失礼ながらゲームに乗った参加者な可能性も…あるかもさ……──」
「──だが、敵の敵は味方…!! …つったらこの人に失礼だけどよ〜〜……。ウンディーネが攻撃対象にしてる以上、この人も大切な仲間だぜ!! さぁ、早く逃げるぞ!!!」
「え、は、はい……………!!」
奇跡の【味】は────。
三人はこうした経緯の元、出会う事となった。
◆
短編11『雨ニモマケズ』
『時刻:AM.04:36/場所:東●ホテル3F』
『────『←』逆再生/話は6分前へと遡る。』
ガガガガガ………────ッ
「レイミーブルー、もう〜〜〜♫」
スイートホテル一階・ロビーにて、噴水の縁に座った女子生徒は──雨に唄う。
満面の笑みで身体をユラユラ…リズムに揺らせる彼女は、このあまりにも酷いホテルの内部を全く気にしていないのか。
グーグルレビュー曰く星四つ。多くの人々から高い評価を受けていた豪華宿舎、その内装は、あんまりなまでに崩れ散らかっていた。
まるでペインティングで切り裂かれた失敗作の絵画のような、辺り一面斜線まみれのズタズタなロビー。
十五階建てである筈なのに、何故か天井から至る所降り注ぐ雨漏り。
床は水浸しのウォーターワールドであった。
そして、何よりも問題のある箇所は、上階から鳴り止まない騒音の嵐。
──現在進行系で増築中なのか、先程から『ガガガ────ッ』とけたたましい地鳴りが響いて安息も糞も無い。
他にも多々問題点は抱えているが一先ずはこれにて割愛。
まだ未完成状態だというのに、何故意気揚々と『OPEN!』の看板が立てかけられているのか不思議で堪らない。
客を全力で追い返すスタイルの、訳の分からないホテルであったが、ならば「そっちがそういう態度ならこちらも」との考えか。
ふとこの場に足を踏み入れた女子──山井恋は、開き直ったかのように讃美歌を歌い続けた。
傘を差しながら、水溜りを無邪気にビシャビシャさせ、山井は歌う。
小天使のような愛しい鼻唄は、まだまだ降り注ぐ雨粒に向かってのメロディ。
「変わっ〜た〜〜、はずなのに〜〜♪──」
雨に唄えば────。
──彼女は水の精霊へ言葉を続ける────。
シュ────ッ……
「あ、ちょっと〜ストップ!! ──…おいアンタだよ。止まれって」
……ピタッ
「うん、追加命令ね。今思いついたんだけどさ〜、ついでだしあの魔人(笑)以外にも何か参加者見かけたら即片付けヨロシクね! 手当たり次第殺っちゃっていいからさ。分かったー??」
……………………
「………とりあえず分かったんなら反応くらいしよっか。ねぇ〜??」
……………………
「…はぁ。無反応、だっる……。…ま、いいや。あとこれ一番大事な事だからさ。ちゃんと頭に入れておいてよ? ね?」
………………
「誰でも彼でも好きなだけ攻撃していいとは言ったけどさ〜──」
「──私とっ!!!──」
「──古見さんっていう物凄く可愛くてロングヘアーの女子とっ!!!──」
「──…………あと、首輪にマロって書いてるゴミ犬。──」
「──この三つだけは絶対に攻撃しないでね? 絶対だよ? 分かった?? 他の連中にもちゃんと伝達してよね!」
………………
「────アンタらクソッカス水如きの命握ってんのが誰なのか──。よ〜く肝に銘じて、約束守ってね♪ それじゃ、よろしくー!!」
……
シュ────ッ……
「………ったく。…レイミーブルーなぜ追い詰めるの〜〜♪」
山井が喋り終えた後『水の塊』はズタボロの階段奥へと高速移動。
その姿が完全に視界から消えた折、上階の工事音のような喧しさはより一層激しい物と化す。
ガガガガガ─────ッ
バキバキバキ、ガガガ────ッ
ガシャン────ッ
全ては、主人に尽くす為。
山井の心とろける歌声に、雨もまた答える──。
「あなたの幻〜〜ふんふん〜♪…………あーもう歌詞分かんないからいいやっ!」
────────【言うまでも無く、ホテルをここまで斬撃し尽くしたのは『雨《ウンディーネ》』。ならびに『山井恋』による犯行である】────。
山井の小さな肩へ、ポツポツと零れ落ちる『ウンディーネの一部』。
彼女にチャプチャプ…と靴で踏み躙られても一切の文句を言わない水たまり──即ち、『ウンディーネの一部』。
鼓膜が痺れるほどの暴音に紛れて、耳を澄ませば感じ取れる男女複数の悲鳴。上階の犠牲者達。
そんな血生臭い叫び声など端からノイズジャック済みなのか、山井はゆったりとペットボトル水を口に含む。──『伊賀の天然水』。
夏の暑さにやられた喉を潤した彼女はほっと一息。
束の間のみ和んだ後、鋭い菜箸の先をツンツン触ると、やがてさぞ面倒臭そうに立ち上がった。
右手にはやたら鋭利な金属の箸、左手にはやや黄色味がかったビニール傘を持ちつつ、山井はエレベーターへ歩を進める。
──この土砂降り下にて、仮にぐしょ濡れの誰か参加者に出会した際。──彼女は躊躇なく右手の物を、『さし出す』事だろう。
「さーて、アイツら喋んないから当てにならないし。私も探しますか〜、クソカスわんちゃんを!! あはっ☆」
野原ひろし等がこのホテルに逃げ込み──現在二十分経過。
魔人デデル一行がまた同様に、ホテルに吸い込まれ──ウンディーネが追い回して以降、十五分経過。
二組それぞれの逃亡者を東●ホテルに追い込んだ張本人・山井は、満を持してとホテル内の探索を開始する。
「ふんふふふ〜〜〜ん♡」
攻撃担当は山井のポケモン──ウンディーネである以上、主人がわざわざ戦場に立つ意義など全くとて不要なのだが。
それでも彼女はホテル内に立ち寄る理由があった。
例え、怒り狂ったひろしや魔人が襲い掛かろうとも、
そして行く末。自分の身に危険が生じようとも、山井は立ち寄らなければならない。
『捜さなければいけない』という、固い決意があった。
「ふんふふふ〜〜〜ん…──」
その、山井恋が求める相手というのが、先程ウンディーネに「“この三つだけは攻撃すんな”」と釘を差した対象の一人。
「──早く会いたいよ、…古見さん…………」
────古見硝子。
──自分と家族全員の命よりも大切な、彼女であった────。
「…あはは。…複雑な気持ち……かな……。──」
────…という訳ではなく。
「──あのクソ犬が神聖な古見様を舐め回すとかめちゃくちゃ勘弁。で〜も〜……それでいて、舐められて思わず感じちゃう古見さんの光悦顔も見てみたい……って気持ちもあって………。──」
「──もどかしいな…、この気持ち……。貴方のこと、ほんとにほんとに…舐めたいのは……私なのに……ね…」
山井が探す対象は、野原ひろし等の飼い犬。
自分の股ぐらに顔をうずめてきた──クソ犬(正式名称:マロ)である。
誰彼構わず、若い女子を見かければ躊躇なく飛び付いてくるマロだ。
一生舐めても溶け消えないような宝石であるあの子────古見さん探しには、バカ犬がうってつけであろうと。
山井がホテルに入った目的は、その考えから来るものであった。
──無論、探知犬が古見さんを見つけた暁には、ご褒美の殺処分が待っている。
「…もしかしたら、この中にいるのかな………古見さん──」
「──はぁ〜……」
恋ひしがれる山井の指先は疲れを見せていたのか、微弱の震えが続く。
無理もない。
早坂と別れて以降、何百通にも渡る古見さん宛のラインを送り続け──現状既読すらも付いていないのだから、疲労は確かにあった。
そんなか弱い人差し指を、力を込めて押すはエレベーターのボタン。
「私も今日はそっと……♪ …雨…………っ♪」
下降マークが白く光る。
山井はエレベーターの迎えを、そして古見さんの姿を(──それとクソ犬を)、胸一杯に待ち続けた。
ただ、待てども待てども。
やって来るのは求めていない物ばかり。
人生とは難しい物で、自分の思い通りに事が進む人間なんか才能がある極一部のみである。
心の中しっとり雨の山井に訪れる者。
──それは、
「生憎だがエレベーターは今故障中だ。…くたびれるものだな、この何階建てにもなるホテルを階段で上がるとは…」
「え──…、」
バンッッ─────────ッッ
「──ぎゃッ──」
──エレベーター扉に顔面を打ち付けられたことによる、額の鈍い痛みと。
──目元から弾ける白い星。
──涙粒と共に爆ぜる、おでこからの流血。
「いっぎゃぁああぁぁああァアアアアアア──────────ッッ!!!!!──…、」
「──ンッ、ぐえッ!!!」
「ただ、ポジティブに考えればだな。映画のディパーテッドではないが、エレベーターは乗った際、開きざまに即銃撃を食らうというケースも考えられる。…マスターに倣い、ポジティブ思考をしてみたが、そう考えるとコイツが故障中な事もまた利だろう」
「ぇ……い…ががッ…………。…は、…はぁ………ッ……!?」
──額から溢れる血でポツポツとペインティングされる、白い手袋。
──いや、白いという割にはあまりにも透明過ぎる。
──山井の首を持ち上げ、宙吊りにする、その半透明な右手と。
「……とはいってもエレベーターを壊したのは貴様。…というよりウンディーネ共なのだがな。最後に一つ、チャンスをくれてやる」
「…が…ぁッ…………………。な、なん…………で…………」
「『何で』とは。私は確かに言ったはずだが。後でお礼を支払うとな。まぁ良い小娘」
──ダメージジーンズか、とツッコみたくなるぐらいボロボロのジャケットと。
──冷たく氷切った目。
──そして、顔面前に突き出される、指パッチンの左手。
「………な、…ぁ…………んでッ………………………」
──────“何故、生きているのか………………?”
青筋がぶち破れたかのような痛みで、瞼の痙攣が止まらない。
息がとにかくできない。
いくら白いグローブ越しの手を引っ掻こうとも、びくともしない。
2cm程の額の裂傷に悶える山井へ、待ってましたとばかりに現れたその男。
「──二択だ、選べ。このエレベーターに[故障中]という張り紙を書きたいか、それとも『書けなくなりたい』か。お前にチャンスをやろう──」
「────魔界流の出血大サービスだ──────。」
『魔人』。
デデルは、まだ生きていた────。
「…ず…………随分と、また……………透明にッ…………なった…じゃん……………ッ」
「そうだな。『限りなく透明に近いブルー』…という小説があるが。貴様の顔も随分青くなってきたぞ?──」
ポタ、ポタ…
「──…いや赤か」
「…………死………ねよッ……!! …つ…か、敬語……使え……っ……………て…………」
「敬語を求めるならいくらでもしてやる。ただ、魔人に対価を求めるなら願い主もまたそれなりの対価を差し出す物だがな。いいか?──」
「──今すぐウンディーネ全ての稼働を停止しろ。貴様へのチャンスはこれのみだ。…どうだ、引き受けるか?」
「…グ…ウッ…………………………!!!」
上階のウンディーネの暴れっぷりたるや、それは耳障りな程騒がしかった為、デデルの顔は極至近距離。──山井の視界には、魔人の顔のみが映っていた。
何もかも、わけが分からなかった。
いや、冷静に考えれば、何故自分がこのような事態に陥ってるかは理解できそうものではあるが。
矢継ぎ早に次ぐ矢継ぎ早の急展開という事。
額の激痛を凌駕する絞苦と。そして、ダメージで麻痺しかける頭痛脳。
これらが要因で山井は全く理解が追い付けずにいた。
ウンディーネに追うよう命じて長時間経った筈──。
それだというのに、一体どうやって──。
何故、無傷で──。
この透明な化物は生存に事を終えているのか────?
ウンディーネの片割れを呼ぼうにも、首がしまって大声が出せる現状ではない。
援護には来てくれない。
何の役にも立たないポツポツ雨のみが、山井を湿らせていく中、切羽の詰まった彼女はもはや思考を放棄。
デデルが与えた『チャンス』に、山井は、
「…おいどうした小娘。YESかNO。貴様が選択を──…、」
「ィイイッ………!!!」
ザシュッ─────
辛うじて手放さなかった菜箸を奴に突き刺す。
そんなアンサーで返したのだが、
結果は焼け石。
────ガキンッ
「………………は………………………?」
「やれやれ…。コレは『バリアー』だ。ユニークだろう? 私とて、お荷物二人を抱えるとなったらコイツを使う他あるまいものだった。しかしこれでまた無駄に使ってしまったな……魔力を…。これでは後先が思いやられる………。──」
「──しかし、小娘。貴様も負けじとユニーク…面白い奴だな。やはり人間の悪足掻とやらは実に興味深い…………」
「は…………? ッ、は…………………? ち…ょっと………待っ、て…。は………?──…、」
「貴様のユニークさは今後の参考にさせてもらう。さらばだ、小娘────」
「いや…、テメッ──…、」
ただ、焼け石に水とは言っても、雨が降っていた為もう十分だったのだが。
パチンッ────
親指と中指を組み合わせて、パチンと響く小刻みの良い音。
そいつが鼓膜を振動した瞬間、山井の姿は蒸発したかのように消え失せた。
綺麗サッパリと、この場から。
「さて、…もう出てきても良いですよ。──マスター」
………
……
…
ザザッ…
ザザッ──……
『──臨時ニュースをお伝えします。──』
『──先ほど、アメリカ・マディソン郡にて、日本の民間航空機が墜落したとの情報が入りました。墜落現場は観光名所としても知られるマディソン郡の橋付近で、多数の死者が出ている模様です。──』
『──現地メディアによりますと、機体は突如現れた後、墜落。そして激しく炎上。周辺一帯には現在も救助隊が多数出動し、懸命の救出活動が続けられています』
「と、突如現れた……ねぇ…‥」
「…ま、…まま、魔人さん、もしかしてこの飛行機って………。さっきの……」
「……さっき、とは?──…、」
………
……
…
“
地面上にてジャンプーSQ雑誌や月刊マー、お菓子等が乱雑に散らばる中、
デデルは赤い星(──と言うか普通に飛行機)に向かって指パッチン。
パッ
「「あっ!!??──」」
「──き、消えちゃった?! どうして!!? なんで!!!」
「いや魔人が消したんでしょ絶対! …何してるのさもうーーっ!!!!」
”
…
……
………
「…あぁ、あれですか。…普段こそは任意の場所の設定もできるのですがね。……如何せん、今日は何だか調子が悪いようです。…私が不甲斐ないばかりに…申し訳ない」
「も、もも、申し訳ないじゃないでしょ魔人〜〜っ??!! あ、あぁ〜〜!!! ほら死者推定五千だって!!! 五千だよっ〜!???」
「……喧しいな。土間、喉の渇きはどうだ? 貴様の好きなコーラならまだあるが」
「飲んでる場合かぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
「ど、どどどどうしよう〜〜〜〜〜〜もう〜〜〜〜〜〜!!!! う、うぅ…うへっええぇ〜〜〜〜ん!!!!!」
ガガガガ──ッ……
ガガガガ──ッ…………
「…だから喧しいと言っているだろう…………っ」
フィルムを剥がしたアクリルフィギュアのような、もはやギリギリその体を維持してる程の、透明魔人・デデル。
貴重な魔力を消費してでも鳴らした、指パッチン一発でどれだけの人間が『透明化』した事だろうか。
紳士的態度とはいえ、所詮は【魔界】の住民。悪魔と同たぐいである彼。
故に、壊れかけのテレビから流れる臨時ニュースには、つまらない授業を受けるかの如し退屈な目で眺めていた。
本当に、彼からしたら自分と関係のない人間如きの死滅など、全くの眼中外だったのだ。
それ故、喧しく騒ぎ立てる二人の女子。──自分の、一応の仲間に向かって、彼はドライに話し出す。
ピッ──
「あっ!!」 「(テレビを)消した!!?」
「…さて、くだらない事は後回しです。早く事を収めようではないですか、マスター」
「く、くだらなくなんかないでしょっ??!! 人が死んでるんだよ〜〜っ??!! 魔人のせいで〜!!!」
「…そうだな土間の小娘。願うとあらば、後でこやつらの慰霊の森でも作るとしよう。これで一応の解決にはなる」
「なるかっ!!! 何その自殺した子の墓に苛めっ子達がお線香供える〜的な舐めた発想は??!!」
「フッ。的を得たツッコミだな。流石は火星人だ」
「それでおだてたつもりかっ??!!! こんなので──…、」
「そんな貴様と、マスターにまた手伝って貰おうと思うのだが」
「え゙っ?!」 「え?!!」
「虫取りといこうか、夏らしくな。…宜しいですね? マスター。『ウンディーヌ』というムシケラを………っ」
「………う、うん……………」
「…はぁ〜あ…………」
アメリカ政府が、日本へ報復措置を取るのは実に数時間後。
そしてまた、薄れゆく魔人のタイムリミットも、──蝉の寿命程のか細さ。
──いや、蝉よりももう後が無い。炎天下に置かれたアイスキャンデー程度といったところであろう。
階段をせっせと登っていく中、デデルに背負われている身のうまるはユラユラと。
「…………ぼくなつでカブトムシコンプリートしたから…それで代用できないもの…かなぁ…………。はぁ…………」
随分と大長編になるかもしれない『うまるの夏休み』──。
そんな悪い予感でもう溶け出したい気分だった。
【1日目/F6/東●ホテル/1F/階段/AM.04:36】
【魔人デデル@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】記憶喪失、魔力消耗(残り8%)、半透明化(95%)
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【奉仕→対象:新庄マミ】
1:ウンディーネで魔力を補給。
2:マスター(マミ)に従う。
3:土間の小娘(うまる)には協力してもらう。
4:小娘(山井)に敵対。
【新庄マミ@ヒナまつり】
【状態】焦燥
【装備】ランプ@メムメムちゃん
【道具】UFOの破片
【思考】基本:【静観】
1:ウンディーネを捕まえてデデルさんを助ける!!
2:この水の塊をランプに入れたら魔力が回復するんだって!
3:それにしても『指パッチン』…恐ろしい………。
4:みんなしてわたしの扱い酷過ぎない?!
【うまるちゃん@干物妹!うまるちゃん】
【状態】焦燥
【装備】うまるがやってるFPSのマシンガン
【道具】ジャンプラやら雑誌色々、ポテイトチップスとコーラ
【思考】基本:【静観】
1:死にたくないからデデルを助ける。
2:どうやって助けるって? なんかウンディーネ?っていう攻撃性ヤバいやつを捕まえなきゃならないんだよ~。
3:あ~~しんどいよぉ…。死にたくないよぉおお~~~。
【1日目/F6/東●ホテル/3F/廊下/AM.04:50】
【飯沼@めしぬま。】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【静観】
1:7階にいるマルシルさんを助ける。
2:ひろしさんと共にこの窮地から脱出する。
【野原ひろし@野原ひろし 昼飯の流儀】
【状態】疲労(軽)
【装備】銃
【道具】なし
【思考】基本:【対主催】
1:海老名ちゃん、飯沼くんを守る。
2:マルシルさん?を助けてホテルから脱出。
3:ウンディーネに恐怖心。
4:新田、ウンディーネ娘(山井)を警戒。
【海老名菜々@干物妹!うまるちゃん】
【状態】疲労(軽)
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:飯沼さん、ひろしさんと共にホテルから脱出。
2:ウンディーネが怖い…。
3:新田さん、あの女の子(山井)を危険人物と認識。
【1日目/F6/東●ホテル/7F/室内/AM.04:37】
【マルシル・ドナトー@ダンジョン飯】
【状態】健康
【装備】杖@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:えっ、何この子……!?(山井に対して)
2:え~っ何このコ~~♡(マロに対して)
3:飯沼、まだかな………。
【クン●ーヌ@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【思考】基本:【静観】
1:はっ、はっ、はっ、はっ…
【山井恋@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】額に傷(軽)、鼻打撲(軽)、膝擦り傷(軽)
【装備】めっちゃ研いだ菜箸@古見さん、ウンディーネ@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象︰古見硝子】
1:古見さん、四宮かぐや以外の皆殺し。
※マーダー側の参加者とは協力…かな?
2:目の前の変な金髪女を殺害。
3:こんなドブネズミの巣から古見さんを早く脱出させたい。
4:ホテルにいるクソカス共をとりあえず全員皆殺し。
5:クソ犬(マロ)を使って古見さんを見つける。トリュフ探すブタみたいにね☆
6:クソ親父(ひろし)、脂肪だけの女(海老名)、魔人(笑)(デデル)とその仲間共(うまる、マミ)に激しい恨み。
※支給品説明…『マロ(クン●ーヌ)@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』
→佐野の支給品。(現所有者マルシル)
大型犬。女性を見かけると股座に顔を突っ込む。
※支給品説明…『ウンディーネ@ダンジョン飯』
→只野人仁の支給品。(現所有者山井)
湿地帯に生息する魔物。
厳密には精霊(の集合体)。
圧縮した水をウォーターカッターのように高速で打ち出すことで攻撃する。
現在、16体に分裂。ホテル2F~6Fにかけて、『山井恋』・『マロ』・『古見硝子』以外の参加者を無差別に攻撃中。
最終更新:2025年08月05日 22:53