『GAME OVER』
カラスという生き物は、つくづくバカなのか否か。
蒸れた空気を裂くように一羽のカラスが、クルミほどの球体を車輪の軌道に転がした。
ボロ羽を添え、沿道から見守る先には、──小黒妙子からほじくり出した眼球。
路上に放置された生白の塊は数分後、運命どおりに車輪へ呑み込まれ、グチュッと。
蛋白質がアスファルト上にて薄く伸びていった。
救急車は、「そこに救うべき命など存在しない」と言わんばかりに、『一軒の民家』前を通り過ぎていく────。
◆
………………
…………
……
「は~いは~いは~い! 全国一億万人のみんな、元気してた~? ボクは超・元・気!! てことでライブ開始~~!! 新規の子もビビらず入ってきちゃいな!! 全員ウェルカム友達大事っ!!!」
「……なじみちゃん、この状況でインスタライブ?」
「フフ。この状況だからこそなのさ……。──って言えたらカッコいいよねぇ~~!! ま、深い意味はナッシング!! はいは〜い皆さ~ん注目! この子がボクのベストフレンズ・日高っちで〜す!!!」
「……はぁ~あ……。ところで、センシさん……どうしたんだろ。なじみちゃん知らない?」
「あーセンシ~? うんうん、彼にはおつかいを頼んだんだよ」
「おつかい…………? ──おつかいぃっ!!? あんな人をっ……どこにっ……!!?」
「まぁまぁ落ち着いて日高っち~。軽い、ホント軽~~い案件だからさ!!──」
「──それにしても、センシはちゃんと買えてるかなぁ~~、──」
────スタバで『ノンファットミルク・ピオスタチオ・ディープモカクリームフラペチーノ with チョコソースのミーディアム、メニーメニーホイップ』を…………。
──とは似ても似つかわぬブラックコーヒーを片手に、センシは元居た場所へと帰路に伏す。
早朝。
ぬるく湿った風が彼の髭を揺らす。
眠りの残滓を抱えた住宅街は、筋肉質なドワーフの影を陽炎のように滲ませる。
額に浮かぶ汗と、冷たい水滴がにじむブラックコーヒーのプラスチックカップ。
「おじいちゃんにそんなコトさせないのっ!!!」──
──どこからか、そんな叱責めいた風が鼓膜をかすめたその時。
センシは足を止め、無垢な太陽へゆっくりと視線を上げた。
「……ふむ。こういう日は、冷たくて腹にすっと落ちるものがよい。贅沢といえば贅沢だが……たまには構わんじゃろ」
やや照れを滲ませた表情を浮かべるセンシ。
彼の視線が落ち着く先には、背中に括りつけられた半透明の青。──スライムの干物があった。
青涼。
タオルで額をぬぐうと、ふ夏の涼気がふわりと立ちのぼり鼻腔をくすぐる。
そのひんやりとした匂いをきっかけに、センシの思考はするりと別の景色へとほどけていった。
…
……
トントントントン──。
まな板にてスライムを麺サイズに手早く切り、湯の中に放り込む。
脇では、ぬか漬けの端を刻んで準備。
かつお節をぱらり、おろした生姜がふわり。
仕上げに落とすポン酢が、きゅっと夏の涼気を呼び覚ます。
そうこうしている内に、スライムはほどよい弾力をまとって茹で上がる。
氷水にくぐらせれば透明の身がひやりと震え、ざるの上で光を返した。
──ちりん。
風鈴に見下ろされながら、日高、なじみ、──そして自分。
三人で囲む昼の食卓が、静かに思い描かれる。
短い夏を、そっと掌ですくうような、ひととき。
────料理名:『スライムのそうめん』。
……
…
「ふっ……魔物の味に、あの二人がついて来られるものか。さてこれ如何に」
たかだか六時間ばかり先の昼餉。
それでも胸の奥をこそばすほどに待ち遠しい──そんな未来を目指して。
センシは再び、ゆっくりと歩みを始めた。
巡る住宅街。香る街路樹の木々。
頭上の果てしない夏空は、どこまでも一人の影を伸ばしてくれる。
センシは気づかない様子だったが、ふと足元には、一匹のミンミンゼミが死骸の様に転がっていた。
セミとは常々、踏まれそうになった瞬間に甲高く鳴き散らし、相手を驚かせる厄介な習性があるもの。
ミンミンゼミの視界にて、ドワーフの大きな足影が覆いかぶさった、その時、
「…………むっ!」
センシはぴたりと歩を止めた。
現在地は民家前。
なじみらが二階の子供部屋で待機している、平穏そのものの家である。
──にもかかわらず、今目の前に広がる光景は、平穏とはまるで異質だった。
何が起きていたのかは分からない。
『そいつ』が、自分たちの待機場に何の用があったのかも不明。
ただひとつ確かなのは、玄関先に散乱したレジ袋や買い物袋と、床に転がる品々。
────そして、頭から血を流し倒れ伏す『男』の存在は、センシを急かすのに十分であった。
「だ、大丈夫かっ……!!」
「うぅ…………っ、……うっ…………」
「……案ずるな。わしらはゲームなどに乗っておらん。……にしても酷い傷だな……。──」
「──わしの名はセンシ。……お主は、一体…………?」
「……センシ……さんですか…………っ。わ、私は…………」
息も絶え絶え。ボロ雑巾のように力を失った中年男。
センシの太い腕に支えられながら、彼は、焦点の定まらぬ瞳孔を必死に揺らし、ようやく一言。
自分の名前を搾り出す。
「────黒崎……義裕…………です…………っ」
その名が空気に落ちた刹那、遅れて上がった蝉のキィィッという悲鳴が、街の色を奪った気がした──。
そんな一瞬であった──。
◆
………………
…………
……
「ほんとなじみちゃんヒドすぎ……。センシさん、どこかで迷子になってるじゃないの……?」
「まぁまぁ~。彼はハクション大魔王だよ? どこにいようが、ボクがピンチのときは『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ~~~ん』って爆速召喚さ!!」
「なにそれ、意味わかんない……」
「いいから見てなって! おーいセンシーー!! ボクが呼んでるよ~~出番だよ~~!!!」
──コン、コン
「……む。なんだ」
「わっ!!」 「ほらね! iPhoneならねっ☆ どーよ! この主従パワー!! ボクが呼べば秒で来るんだって!!!」
「……絶対最初からそこにいたんでしょ。もうっ!」
「タネを明かせば半分くらいはそんな感じ~!! ははは~~!」
ドア越しに、ふわりと染み出してくる少女たちの声。
やたら防音設備に特化されているのか、具体的な会話まではこちらからは判然としない。
それでも確かに、──確かに子供部屋の奥には二人の女子がいる。
漏れ聞こえる声を背に、センシと──、
「んぐっ……んぐっ……ぷはっ~!! はは、お孫さんですか……?」
「いや、違う。……ただ、ナジミに関してはお主も知っておるのではないのか? 何しろ“参加者の半分が幼馴染”などと抜かす妙な娘でな」
「なじみ? なじみちゃんですか……。う~ん、……思い出すには酒の量がまだ足りませんかね~。んぐっ……」
「……ふっ、やれやれだ。……ごく、ごく」
──頭に包帯治療を施された中年リーマン。
──黒崎義裕。
二人はまるで門番のように、扉の前に並んで鎮座していた。
子供部屋に入らない理由は、さしずめ男人禁制という暗黙の了解ゆえか。
言葉にせずともその空気を読み取ったのだろう。
黒崎は、なじみたちと対面することに興味を示す様子もなく、ビール缶とつまみを片手にセンシと談笑をしていた。
シュワリ、ゴクゴク……。
喉をさらりと通り抜け、すっと涼しさだけを残す白い泡。
黒崎がコンビニで買っていたというその缶ビールは、異世界育ちのセンシにとっては理解の及ばぬ鉄の塊だった。
ゆえに初めて目にした時は思わず、「……それがお主の武器なのか?」と漏らしてしまったほどだが、今となっては、それも酒を進ませる格好の笑い話になっている。
黒崎がつまみを器用に並べる横で、無言のまま杯を進めるセンシ。
ふたりの前には、子供部屋の扉を隔てた静けさと、穏やかな時間だけがゆるやかに流れていた。
「ニクマンとファミチキ……じゃったか。……しかしクロサキよ、何をしておる?」
「ん? あぁ、奇妙な食法とよく言われるんですがね……! まぁ見ててくださいよ……!──」
「──まずこうやって肉まんの皮と餡を分けるんです。丁寧にっ……丁寧に……!」
「……」
「同じように、ファミチキもまた皮と肉を分ける……。ここまで来ましたら、鶏肉の上に餡を乗っけて、お酒をぐいっと……!!──」
「──んぐっ……ぷはぁ~~!! これがまた絶妙に合うんですよ……っ! チキンの皮もね、そのまま酒のつまみにして……最後に肉まんの皮をパクリ。これが締め代わりって寸法です。──」
「──当然、チキンを分けると手が汚れますが……そのときは肉まん皮で拭けばいい……!──」
「──ククク……、人に勧められる食べ方じゃありませんがね……! これぞ悦楽なんです……!」
「お主も中々いかついものじゃな……」
『食の冒涜といっても差し支えん』
──そんな言葉が飛び出してもおかしくない光景だったが、怪我人に余計な口を利かぬあたり、センシはやはり大人であった。
ささやかな宴が始まって、すでに数十分。
レジ袋からロング缶を取り出したその折、センシはようやく、初対面から胸の奥に引っかかっていた疑問を口にする決心をつけた。
「…………うむ」
視線の先にあるのは『白』。
──もちろん、無惨に分解された肉まんには大変気がかりであったが、
それよりも何よりも、センシの目が捉えたのは、黒崎の頭に巻かれた『白』。
真っ白な、その包帯のこと。
怪我の程度を思い計りつつ、センシはほんの僅か言いにくそうに問いを投げかけた。
「……答えたくないのなら無理にとは言わん。──……だなんて、悠長なことを言っておれる状況でないことは許してくれ、クロサキよ」
「ん? ……はは、なにかお尋ねになりたいようで……!」
「うむ。わしらも情報が必要であるからな。……単刀直入に問おう。──」
「──何があった?」
「……………………とは?」
「殺し合いが始まってすでに五時間。今に至るまで何人が生き絶え、そして何十人生き残っているかは定かでないが、七十人七十色。それぞれに過程が刻まれてきたものだ。──」
「──お主もこの五時間、ただコンビニでぶらついてたわけじゃなかろうに。……その全身の傷は一体誰に、何があってやられたというのだ?──」
「──……悪いが、答えてもらおう」
「…………」
以上を言い終えると同時に、センシはビールをひと口含んだ。
目を細め、喉奥で小さく炭酸を鳴らす傍ら、──質問を投げかけられた黒崎は、実に何とも察せぬ表情で床を眺めている。
それは先ほど、ファミチキと肉まん云々を語っていたときと同じ、穏やかな笑みを口元にだけ貼りつけた、無音の微笑であった。
センシの予想どおり、黒崎はしばらく口を開かなかった。
唯一の動作といえば、包帯の巻かれた頭を気だるげに掻く仕草のみ。
──思えば二階に上がる道中。
足を引きずったり、腕や肩の痛みに耐えるように何度も顔を歪めていた黒崎だ。
スーツの下に隠れた身体には、見えずとも尋常ならざる痕が刻まれていることは明白。
重い記憶を無理に掘り返してしまったか──と、
センシは顔を伏せ、悔いるように黒崎の横顔をそっと見つめた。
「…………」
「……」
沈黙。
沈黙の上に積もる沈黙。艱難辛苦。
──沈黙。
今もなお返ってくる返事は沈黙ただ一つのみ。
二階の廊下は、ひたすらにその静けさで満たされていく。
ただ、やがて。
「…………酒がまずくなるような話をします。申し訳ありませんね」
「……む」
黒崎は、何かを腹の底で決めた人間のように、そっとセンシへ視線を上げた。
穏やかな笑みは崩れない。
だが、その笑みの奥にのぞく影だけが、静かに色を変えていく。
「……実は、私、」
黒崎とそれに向き合うセンシの姿。
ぎこちない空気のまずさも相まり、二人の姿は、まるで──
「人……、殺しちゃったんですよ」
──神父に罪を打ち明ける懺悔室の告白のようであった。
「…………話せ」
「ええ。お話しします。包み隠さず……全てを…………っ」
センシも黒崎も、その表情は先ほどまでとほとんど変わらない様子であった。
だが、それもあくまで表面上の表情の話。
どう取り繕えば正解なのか分からずポーカーフェイスを装う黒崎と、衝撃的告白に胸の底で苦みを押しとどめるセンシ。
その沈黙には、互いの温度差が淡くにじんでいたのだった。
世の中とは、善と悪の二色で塗り分けられるほど単純ではない。
極悪非道に見える行いであっても、そこに至るまでの背景が必ずあり、切り捨てるだけでは真実に触れることができない。
幼い寓話のように『悪役』を一刀両断するなど、本来できることはないのだ。
だからこそセンシは、静かに黒崎を見据えた。
どんな事情があり、何が彼をそこへ追い込んだのか──と。
以降、黒崎が淡々と語り始めた過去は、複雑で、濃密で。逃げ場のない重さを帯びていた。
そこに虚飾はない。
語られたのはただ一貫して、黒崎義裕という男が歩いてきた正真正銘の過去だった。
「……トネガワユキオ…………? 主催者にそっくりな、そんな男が……?」
「ええ。私の尊敬する彼にはプラン-Aをお願いしました。そして私は……優勝してゲームを終わらせる【プラン-B】を、と。事の始まりはそこからです。…………私はあまりにも舐めすぎていましたよ」
「…………じゃな、舐めておる。殺し合いを、命を」
「……はい。そして……秀知院学園の……あの子の命も…………」
尊敬する盟友・利根川幸雄、ならびに三嶋瞳との邂逅から始まった黒崎の語りは、次第に、澱のようなどす黒さを帯びていった。
ゲームに乗った直後、黒崎はまず一台の車をロケットランチャーで吹き飛ばしたという。
爆ぜる衝撃。炎上する車体
それでもなお、自分を轢き殺そうと突進してきた車。
倒れ伏した黒崎は、搭乗者である長髪の男と──名門・秀知院学園の生徒二人を、狡猾な手段で再度襲撃。
──うち、一人の少女確実に殺害したことを打ち明けた。
殺害に使った武器はこれです、と。
指先から覗くは、弾が空になった古いピストル銃。
カチ、カチ──虚しく金属音だけを鳴らしながら、黒崎はセンシへと掲げてみせる。
────それは、自分のこめかみに押し当てたまま、カチカチと鳴らしていたのだった。
「……遅すぎる……あまりにも遅すぎる後悔……ですよ……っ。……わかりますか、センシさん…………っ」
「……」
「彼女の身体が激しくバウンドして……もう手遅れだと分かった瞬間──やっと満ちるんですっ……!! 頭の中の真っ白さ……呼吸を忘れるほど喉からこみ上げる汗の塊……そして戻したい過去の……どうしようもない……もどかしさっ…………!!!──」
「──やっと……やっとなんですよ……。殺してしまってようやく悟るんです…………。私のような異常者は……その時にならないと…………」
「……」
「……ええ、死にたいんですよ私。自分が救われることだけ考えている……今の私は本当に……最低なんです……──」
「──けれど、……今、私がすべきは死ぬことではない。…いや、死ぬ前にやるべきことがあるんですっ……!!──」
「──お願いしますセンシさんっ……!! 利根川さんのプラン-Aに……協力していただきたいっ…………!──」
「──……どうか、どうかお願いします……っ…………!!」
「………………」
気付けば、ビールは床一面にこぼれ落ちていた。
気付けば、肉まんの皮が黄金色の液体をじっとりと吸い込んでいた。
黒崎はそれほどまでに、我を失った勢いで独白と、利根川への協力をセンシに訴えていたのだった。
ほぼ土下座に近い姿勢で頭を下げる黒崎。
彼は目を食いしばり、すがる子供のようにセンシへと手を伸ばし続ける。
どこまでも、その手を──。
独白の時間はものの五分程度。
その短い時間の間でセンシの胸に落ちた、黒崎の過去とゲームを終わらせるプランの存在。
──短い。
──だが、その短さに籠った思いは、驚くほど濃く、圧を帯びていたもの。
センシは、その訴えを受け止めながら、静かに考えを巡らせた。
汲み取るべきものは何か、捨てねばならぬものはどれか──そして選ぶべき先はどこなのか。
彼はふと独りごちた声音を一つ、口に漏らした。
「……そうか。ヒダカが遭遇したという主催者は、そのトネガワとミシマ…………。──」
「──うむ。分かったぞクロサキ」
「…………っ! ……協力して……くれるのですか…………?」
「……まぁ安心するんじゃな」
「……あぁ、あぁ……!!」
センシのアンサー、そして自分の肩に伝わる掌の温もりに、心の底から打たれたのだろう。
黒崎は小さく息をのみ、凝り固まっていた背筋がほどかしていった。
彼の口元に浮かぶ、泣き笑いのような表情。
救いなど求める資格はない──そう思いながらも、こみ上げる安堵だけは止められない。
センシの方へ視線を向けた黒崎の瞳は、まるで長い闇の中でようやく光を見つけた者のよう。
震えながら細く細く。
彼はほころんでいくのだった────。
「────ただ、知っておるか? 上手い嘘というものはな、真実の中にひと欠片だけ紛れ込ませると……実に見破りにくくなるものだ」
「…………嘘だと思う要素……どこにありましたか……? ……考えてくださいよ。『僕は人を殺しました』だなんて不謹慎な嘘、口にできませんよ……、」
「いいや、そこではない。──」
「──……お主、トネガワを尊敬などしてはおらんじゃろ。プラン-Aなど心底どうでもよいのじゃろう?」
「…………はい?」
見上げた先にあった、ごつごつした手とセンシの顔。
濃い髭に覆われた顔つき。
丸々した眼球からは何を考えてるのか、黒崎には皆目見当もつかなかった。
「ありがたいな、わざわざ目を合わせてくれて。目というものは真意を隠しきれん。……お主はまだ、殺し足りないのじゃろ?──」
「──シュウチイン学園の子を殺したことに反省も後悔も抱いていない。お主、何も考えておらぬよなッ?」
「………………なん……ですか? 急に……」
センシの声音は、ただ淡々としていた。
その瞳には怒りも憐憫も宿らず、感情を排したまま事実だけを拾い上げている。
それでも、黒崎は、
──自分の首筋に据えられた鋭利な刃先で、これから起こるであろう状況すべてを吞み込んでいた。
「……私がまだ、殺し合いに乗っていると……? 信じられないと…………?」
「質問を質問で返そう。ワシと出会う前、お前はバス停で少女から『支給品』を奪っておったな? わしは見ておったぞ?──」
「──ゲーム打破には必要のない行動じゃろうに……その真意はなんだッ?」
「…………っ。あ、あれは……! あの子は……もう死体でしてっ……!! 私が対面した頃には……もう……、」
「すまぬな。見ていた、というのは嘘だ」
「………………」
「最期に聞こう。────お前は一体何がしたいッ?」
「…………」
何がしたい──と言われても、何を答えようがセンシがする行動は決まっているだろうに。
今際に立たされた黒崎は、もう何もかも全てを諦め、
「…………奪った支給品はね、『アシストフィギュア』っていうんです」
「……なにッ?」
「実は貴方と出会った時点で、もうそれを開封済みでしてね。センシさんが私を信用してくれる『良い人』なら、後味が最悪でしたが……結果はオーライでした。──」
「────ほぉら、後ろに…………っ!!」
────演技することを、辞めた。
……
…………
【アシストフィギュア No.10】
【首刈りうさぎx8@ダンジョン飯 召喚確認】
【概要】
見た目はただのウサギだが、攻撃性・殺傷力ともに迷宮屈指の凶悪さを誇る。
高速跳躍と刃のついた後脚で獲物の頸動脈を正確に切断する危険魔物。
群れで奇襲を仕掛け、油断した冒険者を一瞬で屠ることで知られる。
…………
……
◆
その瞬間、ドアの向こうで。
空気がきしみ割れるような──、何か大事なものが壊れる音がした。
バンッ──
「……え、……な、なじみちゃ…………」
「静かにっ……! ……日高っち」
二階廊下。
子供部屋を挟んだこの薄い壁一枚の先で、何が起きているのかは分からない。
ただ、──怒鳴り合う声が徐々に激しくなり、
「……な、なに……………。なにが、起きて…………こ、これ……」
「…………日高っち、逃げよう」
「…………え……?」
「……逃げようって言ってるんだ、日高っち…………」
「で、でも…………それじゃあ……セ、センシさんを……置いて……、」
──ドガガガッ
──バンッバンッバンッバンッッッ
「ひっ!!」
「……セ、センシ…………」
──大きく争う物音と、悲鳴が何度か聞こえ、
そして。
────やがて、恐ろしいほどに静かになった。
「な、なにこれ、なに……なにこれッ……なにこれ……なにこれ…………ッ」
「…………っ!! 日高っち……っ」
日高小春と長名なじみ。
完全な静寂の中、ベッド端に腰を寄せ合う二人の視線は、ただ一点──ドアだけに縫い付けられていた。
本来なら、逃げるという選択肢があった。
窓から飛び降りるという退路が、どう考えても最善だった。
ふたりとも、その可能性には気付いていた。
だが分かっていても動けないのが、『恐怖』という名の無形の鎖だった。
全身の震えが止まらないまま、揺れ続ける銃口をドアへ向ける日高。
そんな彼女の片手を、ぎゅっと握りしめるなじみ。
恐怖で顔が引きつく二人の目前で────不意に。
ドアが、きゅいぃ……と。
「ひっ!!!」
「…………え。あっ…………。──」
わずかに軋んだ。
「──セ、センシ…………?」
なじみの言う通り、ドアの隙間からそっと顔を覗かせたのはセンシだった。
兜を深くかぶり、わずかに俯きながらも、それでもいつもと変わらぬ佇まい。
緊張と緩和、というわけか。
その落差に、なじみは乾いた笑いをひとつ漏らし、日高はゆっくりと銃口を下げた。
「センシ……さん?」
「……な、なにがあったんだい…………? すごい物音してたけど……。ハ、ハハ! ビ、ビビらせ上手だなぁセンシは…………、」
「ナジミに……、そしてヒダカ……」
「…………え?」
シュールとも呼べるほどの静けさ。
その中で、センシは細く、押し殺した声を落とす。
ふわふわと蓄えられた長い髭。微風に揺れる口ひげ。
彼は髭を撫でるわけでもなく、整えるわけでもなく。
血が滴る口元から、センシはひねり出すように一言、言葉を紡いだ。
「……すまぬ」
「え……?」
「────と、センシは最期に言っていたよ……! お嬢さんたち…………っ!!」
ただ、言葉を紡ぐと言っても、その口は全く動いてなかったのだが。
「いぃぃぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!!」
死体の影からぬるりっと顔を出す殺人者──黒崎義裕。
その腕に抱え上げられたセンシの亡骸は、借りてきた猫のように力なく揺れていた。
まるで日用品の買い物でもしているかのような穏やかな表情で、ゆっくりと二人へ歩み寄るその大胡。
一方、日高の顔は半狂乱に引きつっており、対照はあまりにも鮮明だった。
喉が裂けるほどの悲鳴を上げながら、スペースガンの引き金を滅茶苦茶に撃ち続け、迫りくる男を遠ざけにかかる。
惨劇──は、あまりにも容易く幕を開けるものだった。
ビシュンッッ────
ビシュンッッ──── ビシュンッッ────
ビシュンッッ────
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ククク……! 羨ましいなぁ日高のお嬢さん…………! それが武器なのかい……!」
「いやッいやいやいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
『スペースガン』──は、タイトーが一九九〇年に世へ放ったアーケード用光線銃。
フルオート連射を売りにした青色レーザーは、理屈の上では無限に乱射できる。
ただし、その真価を引き出すには、撃つ側の精神が正常であるという条件が付く。
銃口から迸る青い光束は、天井の照明を粉砕し、壁を削り、床のタイルを抉り取る。
右へ左へ、狂ったように暴れる照準。
しかし、肝心の黒崎には一発たりとも届かない。
まぐれ当たりで、黒崎に照準が向いたとしても──ぐったりと白目を向ける肉壁が盾となって、黒崎には傷一つつかなかった。
無残に穴だらけとなり、鎧のように黒崎を守るセンシの亡骸。
目の前に迫る死体。──その陰に隠れ、己を護る鬼畜の姿。
指がへし折れるほど乱射する日高に、もう平常心など欠片も残っていなかった。
ビシュンッッ──── ビシュンッッ────
「あああ、あぁあああぁ、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
「それに比べて……ワシなんてどうだっ……!? こんなちっぽけな銃が武器……!! しかも弾はゼロ……ゼロなんだよっ……!!?」
「来ないでぇえええええええええええッ!!!! 来ないでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
「……まぁ、とはいってもこの銃は『拝借』……! 他参加者から借りたものだけどね……。クク……まぁいいさ」
「来ないでったらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「ともかく、ワシは何が言いたいのかというと……。まぁこういうことだよ…………!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!! アアアアアアアアアアアアアアアア……、」
──ゴスッ、と。
肉と骨をひとまとめに潰したような生々しい鈍音が響いた瞬間、悲鳴は完全に停止された。
「あ……ぁあ、ぁぁああ!! ひ、ひだ……日高……っち…………」
「とどのつまり──ワシの武器は、『この銃自体』なんだ…………っ! ククク……なーんちゃって!」
生気の抜け落ちた日高の瞳孔は、焦点を失いながらも上方を仰ぐ。
そこには、黒崎が握る銃の底角が、深く、確実に──日高の頭蓋へとめり込んでいた。
「ガッ、ァアッ」──それが、正式な彼女の最期の言葉だったのかもしれない。
黒崎がブチュッと銃身を引き抜いた瞬間、自身の脳天から溢れ出る液体を待たずして、彼女は前のめりに絶命した。
──バタンッ
「……嘘、嘘だ…………日高っち……セ、セン……、」
「やあ! 初めまして、なじみのお嬢さん……!」
「ひっ!!!」
「ワシは黒崎……黒崎義裕……っ! 少し、お話をしようか?」
血液と脳脊髄液が混じった淡い液体が、日高のひび割れた頭部から滲み出る。
「一応念のために」と、日高の首頸椎をしっかり踏み潰した後、黒崎はなじみの頭をゆっくり撫で始めた。
その動作は、まるで子どもをあやすかのように。その小さな頭をゆっくり、ゆっくりと。
知らぬ間に捨てられていたセンシの白目が、ベッドそばで黒崎を睨む中。
黒崎は、なじみのなじみの左目へそっと、やさしく銃口を押し当てた。
「君、参加者の半分が友達なんだって……? ……すごいっ! えらいっ!! congratulation……!!」
「ぃぃ……はぁ……はぁ……」
「だから……少しばかりワシに協力してもらいたくてね…………。ここに集めてほしいのさっ……! 利根川さんと三嶋お嬢さん、二人のプラン-Aに賛同してくれる友達を……全員……!!」
「……はぁ、ぁあ……はぁ……。……え」
「呼べるだけ……全員……!! 君は人脈があるんだろう……? カラテカの何だかって……芸人みたいに…………っ!」
「…………はぁ、はぁ……。よ、呼ばなかったら……殺す気なのかい…………。どうやって……?」
「ん?」
「……さっきオジサン言ってたよね。その銃、弾……ないんだろう? ……どうやって撃つっていうのさ…………」
「あぁうん、弾ないよ。これじゃ君は殺せない」
──グニュッ
「がああッ!!! ぁああああああ……!!!」
「でも銃口をこう、目にギュって押し付けたら~~君も痛いだろ……っ? んん~? ──」
「──さぁ、LINEでもなんでもいい……全員呼びだしなさい……! ワシらでこのゲームを……終わらせようじゃないかっ…………!!」
「ぁぁぁ……うぅ……っ……はぁ……はぁ、はぁはぁはぁ……!!」
二〇〇パーセント嘘だった。
目の前の親父が“ゲームを終わらせる”などと本気で思っているわけがない。
友達を呼び集めたところで、何をしでかすかなど想像に余りある。
それだというのに、自分の悪意を隠し通しているつもりでいる──その舐め腐りきった邪悪な思考回路こそ、なじみにとって最大の恐怖だった。
こんな狂気じみたヤツの指示には従ってはいけない。
いや、従いたくない。従うという選択肢なんてあってはならない。
本来なら、それが唯一正しい行動だ。
だが──眼球が押し出されるほど強く銃口をねじ込まれる、文字通りの『目の前の恐怖』にて、
人は理性にすがれるものだろうか。
ましてや、足元には日高とセンシ──それぞれの無惨な死体にゴキブリが這い回る中、なじみに我を通す余裕などあろうものか。
「……わ、分かったよ……。黒崎……さん」
「~~!! いい子だぁっ……!!!」
なじみは震える指先を必死に抑え込みながら──、
「……その前に……。悪いことは言わない……今やったこと全部、『ドッキリ』って言った方がいいよ……。黒崎義裕さん……」
「うんうん、どうして?」
「……どうしてって……。ボクからの……アドバイス…………だよっ」
ベッド脇に立てかけていたスマホへ、そっと手を伸ばし──、
「ククク……ハハハッ! 娘ほど歳が離れた子にアドバイスされるとは……ワシもまだまだ青いなっ……!!──」
「──ところがどっこい……ドッキリじゃない……!! 現実っ……! これが現実……!!」
「……そう。……じゃあ、皆に連絡取るね……」
「ククク……。話が分かる子だ……、──」
「──……ん?」
『インスタライブ中継中』のスマホ画面を────。
「十万人が視聴中だよ……。ドッキリ企画って言い張っとけば、まだボクの垢BANで終わったのにさ……。──」
「──バカだねっ……黒崎義裕容疑者ッ……!!!」
──黒崎の眼前へと突きつけた────。
「…………」
画面いっぱいに映る黒崎の顔。
その横ではコメント欄が滝のような速さで流れていく。
10.2万 → 10.5万 → 11.1万。──視聴者数はじわじわと増え、お祭り騒ぎの様相を呈してたライブ配信は、心臓を簡単に湯沸かしさせてくれた。
「自堕落……生産性のないクズ共が……」とか、利根川さんなら言うんだろうなぁ──。
──ひょうひょうとしたことを考えつつも、ライブ配信を目にした時。
黒崎は目の色を明らかに豹変させた。
──ガンッッ
「……ぃっがあああああっ!!!」
「ククク……」
激しい打音と共に、ヒビだらけになりブラックアウトするiPhoneの画面。
スマホを奪い取った黒崎が、なじみの額へ力任せに叩きつけた衝撃によるものだ。
額には、割れたガラスの細かな破片が突き刺さり、鼻血のように赤い液体がつうっと流れ落ちていく。
脳の奥まで響く、鈍いダメージの痛み。
なじみが反射的に顔を押さえようとした、その瞬間。
続けざまに、スマホのサイドフレームが、なじみの親指めがけて振り下ろされた。
──グギッィッ
「がっあぁぁぁぁあああああああああッ!!!!」
「指導とパワハラの境界線は…………実に悩ましい…………っ」
「ぁあああああああっぁあぁぁ……、」
──ギュッ
「──いいぃッ!!!?」
「『8』。──」
「──基本的にワシは気の小さい人間でね……。人を怒鳴ったり……激しい口調で責め立てたりすることはなく……、たとえ新入社員相手であっても……常に敬語……! 礼節……! 真摯に話すんだよ…………!──」
「そんな感じで三十年以上となる社会人歴……、今の今まで……職場トラブルを起こしたことも……、巻き込まれたこともなかっただけに……。──」
「──尚のこと……あの時っ……! Aくんのパワハラ告発には……動揺させられたものさっ…………」
もはや『パワハラ』などというレベルじゃないだろうに。
正気の欠片すら残っていない黒崎の眼差しが、なじみの細い指を無慈悲に握り込む。
骨が軋み、皮膚の奥で肉が滲む。
指先はみるみるうちに蒼白へと変わり、血の気が消えていく。
痛みに絶叫するなじみの横で、黒崎は貼り付いたような笑みを崩さずまず一本。
軽やかなパキン──という音とともに、指を捻り潰した。
「いっッ……!!! あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!! 痛い痛いッ……離してえええええええええええええッ!!!」
「ではAくんが何をもって……私の行為をパワハラと感じたのかと言うと…………、同じことを何度も執拗に言われるから……参ってしまったとのことらしい…………。──」
「──指導したいという個人的欲求があるわけでなく……、そうせねばならない立場だというのになぁ…………」
ピクピクと反射すら弱まり、紫に変色した親指を横目に、黒崎は今度、なじみの中指をギュッと締め上げた。
「『7』。──」
「──現代的な感覚と、ワシの肌感覚に……差異が生じてきているのかもな…………」
「いだぁあああああああああああああああ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
ギュウウウ……と肉が締め上げられる、湿った音が部屋に広がる。
なじみの悲痛な叫びは、黒崎には一切届かない。
返ってくる返答はただ、指が潰れるたびに刻まれる 『8』、『7』 という不気味なカウントダウンのみ。
一本をへし折るのにおおよそ三十秒。
つまり、残る指七本──二百十秒が君の残りタイムだとでも言いたいのだろう。
ようやく独りよがりなパワハラ講義を切り上げると、黒崎は濡れた声で、なじみにそっと語りかけた。
「さあ。なじみお嬢さん、呼びなさい……! 早く仲間を……すべて…………!!」
「痛い痛い痛い痛いッ痛い痛いッ痛い痛いッ!!!!」
「さぁ……早く…………っ」
真っ黒になったスマホ画面。
真っ青に変色した指先。
こんな状態で、黒崎はいったいどうやって連絡を取らせる気なのか。
赤く血走った瞳孔の奥に、思考と呼べるものがまだ残っているのか、とさえ思えてくる。
「痛い痛いッ痛い痛いッ!!!!」
「早く……ッ!!」
地獄。──悪魔的地獄。
パンパンに腫れ上がった人差し指と中指が脈打つたび、なじみに激痛が刻んでくる。
「ぃいいいいッ!!!」
「さぁ……っ!!」
涙で視界がにじむ中。
なじみの視界に、最後に焼き付いたのは、
妙に、ありえないほど真っ白な世界────。
「さぁ、早くッ……、──」
───パンッ
「…………え」
「……え?」
じんわり広がる赤い染み。
窓ガラスにべったりと貼りついた、何か。
なじみは遅れて理解した。
──それは、黒崎の鼻だった。
◆
……
…………
………………
『8』、『7』──。
『6』、
『5』、
『4』────。
なんのカウントかは分からない。
電子音が混じった無機質なボイスだけが、真空めいた空間に淡く反響していた。
『彼女』が目を覚ました先は、音も気配も存在しない真っ暗なステージ。
立っているのか、座っているのか、それとも浮かんでいるのか。
身体の位置すら曖昧で、重力の感触さえ欠落している。
そんな暗闇の中で、目立って光を放つのは中央の巨大モニター。
映し出されているのは、懐かしいドットフォントで綴られた一言。──『GAME OVER』。
視界に文字が浮かんだ瞬間、彼女の胸に諦念が落ちていった。
「(………………あー、終わりなんだ。こんなとこで、私……)」
『忍者龍剣伝』のリュウ・ハヤブサは、死ぬたびに必ず『この画面』へ送られる。。
それは『パックランド』でも、『ボンジャック』でも、『ワルキューレの冒険』でも同じだ。
どんな英雄でも、どんな冒険者でも──死ねば、等しくゲームオーバーに放り込まれる。
彼女も例外ではなかった。
思い返せば、自分の死はあまりにも唐突で、あっけなくて、現実味に欠けていた。
だからこそ、目の前の『GAME OVER』を、あまりにも簡単に受け入れてしまえたのかもしれない。
「(……なんか、もう、どうでもいいや…………。──)」
「(──あれ。……なんだろ、アレは…………)」
『3』────。
ゲームオーバーの文字と交互に映し出されるランキング表に、彼女は目を奪われる。
===============================
HIGH SCORE RANKING
===============================
1st OON 12,948,500 pts
2nd YGC 11,532,100 pts
3rd OON 10,884,770 pts
4th OON 9,442,380 pts
5th OON 8,901,260 pts
6th UMR 7,558,430 pts
7th TSF 6,997,800 pts
8th FTK 6,442,190 pts
9th FTK 5,110,660 pts
10th UTI 4,884,220 pts
……
…
正直、何を基準に採点したランキングなのか、まるで分からない。
それでも、順位が下へ下へとスクロールしていくほどに、
…
……
110th YOU!! 0 pts(笑)
……
…
「(……なにそれ……。バカみたい……)」
自分がとんでもないくらいに何もできていないことが判明し、彼女は自嘲まじりのため息を漏らした。
腹立たしさは、確かにあった。
やり直したいという気持ちだって、完全に消えたわけじゃない。
されど、それ以上になんだかこの空間が居心地よくて、眠りにつく前のような安らぎがあり。
「(…………はぁ、……どうでもいいや。うん。──)」
『2』────。
彼女はあったかもしれない未練や後悔を忘れて、静かに瞼を閉じようとした。
「(──どうでも……)」
『1』──────。
>…
>……
>>1st OON 12,948,500 pts
>2nd YGC 11,532,100 pts
>3rd OON 10,884,770 pts
>……
>…
「え。待って。──」
「──……『OONさん』……と、『YGC君』………………?」
閉じようとした──かった。
まるで刺青のように脳裏へ焼き付き、閉じかけた彼女の意識を無理やり引き戻したのは、
────ランキングトップに刻まれた、たった二つの名前だった。
OONと、YGC──。
目指すべき頂であり、挑戦者でもあり、──そして後者は、自分の色のない人生に初めて彩りを与えてくれた存在。
喧噪と煙草のにおいが入り混じる、民度の低いゲーセン。
眩しく点滅する筐体の光。
不良や変人が集まるその場所で、『YGCに振り向いてもらうためだけに』闘い続けてきたのが、これまでの自分だった。
めくれていくカレンダー。
鼓膜を叩くビート。胸の奥で跳ね上がるBPM。
あの頃、あの瞬間──自分の情熱は確かに本物だった。
「…………っ……」
──それだというのに。
──今の自分はいったい、何をしているのだろう。
あの人と、いつまでもゲームをしていたかった。
ライバルと思われても、勘違いされても構わない。
ただ隣で笑って、同じ画面を見つめていたかった。
そんなささやかな夢さえ、『殺し合い』などというふざけた舞台装置のせいで跡形もなく奪われ、
迎えた結末は──絶命という最低のエンディング。
──訳が分からなかった。
──その訳の分からなさが、余計に癪だった。
ましてや。
二位のYGCが、一位と三位のOONに挟まれ、
──自分はその二人の足元にさえ届いていないというランキングボード。
「……ッ!!!」
────そんな結果で、
────彼女は終わりたくはなかった。
「ふざけないで……ふざけないでよっ…………。──」
「──百十位位とか冗談じゃない……。私だって、こんなとこで終わりたくないし……もっと生きたい…………っ。あんなおじさんに頭割られて終わりとか……そんなの嫌っ……!──」
「──私にだって……Continuedする権利はあるんだからあッ!!!!」
眠気とは、怠惰な者にのみ訪れる逃避の策。
それを振り払う方法はただ一つ。
自分の魂にまだ火が残っているか、問い続けること。
彼女からはすでに眠気は霧散していた。
背後にいる『誰か』からコインを受け取り、彼女はGAME OVERの画面へと駆け出す。
この世界はいつだってそうだった。
たとえ終わりを迎えても、自分の席の後ろにプレイヤーが並んでいない限り、ワンコインで何度でもやり直せる。
──Continued が、できる。
「私は負けたくない…………絶対に私が、私こそが…………ッ!!──」
「──『ハイスコアガール』なんだからッ!!!!」
握っていた百円玉を、今生の力で投げ飛ばした彼女。
銀色の小さな円盤は、まるでそのまま画面を貫きかねない軌跡を描きながら突き刺さる。
その瞬間──、画面に当たったコインが、彼女の願いを受け取ったかのように淡い光を帯び始める。
闇に包まれていた世界が、一面の銀世界のように眩しく輝きだした、その時。
『春風の 如く爛漫 花蕾────。』
『──参るぞ、日高』
背後に立っていた『誰か』が、──不治の病に冒されながらも剣を取り続けた、美しき剣士であることに。
彼女はようやく気がついた。
………………
…………
……
──こうして幕を開けたのは、あまりにも一方的な虐殺だった。
「はぁはぁ……ひ、日高っち…………!? え、どうして…………?」
「言ったでしょ? なじみちゃん。────『私、強いんだから』……っ!」
「……え…………? い、いつ言ったっけソレ……?」
軽い手始めと言わんばかりに、黒崎の鼻を指一本で吹き飛ばした日高は、『タイガーアッパーカット(→↓\+P)』の乱打で顔面を破壊する。
自分の鼻が『指一本』で弾け飛んだ恐怖。
さらに、死んだはずの金髪少女が蘇り、自分の目の前でファイティングポーズを取っているという悪夢。
狂い切った黒崎ですら、その状況は理解に苦しんだものだろう。
「があっ……があ」と、顔を押さえてふらつく黒崎であったが、日高に情けも逡巡も存在しない。
『タイガーニークラッシュ(↓→+K)』で黒崎をドアまで吹き飛ばした後、
彼女の手中に無から呼び起こされる──『橘右京の刀』。
鋭利な刃は、触れずとも振るった風だけで相手を刻む。
黒崎の耳を。
右太ももを。
そして腹部を横一文字に裂き、モワァッ……と溢れ出した大腸から赤黒い一本糞が漏れ飛んだ瞬間、
黒崎の断末魔まじりの悲鳴の中で、日高はようやく一言を発した。
──「汚なっ!!」
シンプルながら致命的に辛辣な一言だった。
子供部屋に描かれた地獄絵図。
ただし溜まりゆくその血が外道の体液ならば、数年もすれば、その場所には血を栄養に花畑が咲くことだろう。
腹の激痛にのたうち、何もかも文字通り全てを失った黒崎は「うぅうぅ」と、魂の抜けた返事しか返せない。
相手が戦意を失ったとなれば、最後の一撃『FITALITY』で仕留めるのは格闘ゲームの常。
日高は(↓→K)──背後から『マイトランチャー』なる四つのミサイルを召喚する。
ジュバジュバと発射の予兆を放つミサイル群が、黒崎へとぴたり照準を合わせたその瞬間──。
────現在に至る。
「ひ、日高っち……」
「なぁに? ──黒崎さんッ…………!!」
「……へ?」
「は、はぁ……ッ……は……っ……ぅ……」
「黒崎さんさ、さっきセンシさんの最期の言葉……教えてくれたでしょ? ……だからお礼ってわけじゃないけど、なんか言い残したいなら聞いてあげるよ」
「……っ……は……ぁ……っ……も……ぅ……」
「え? ……なに怖い……。“もう”ってなに?? はっきり言ってよね!!!!!」
「は……ぅ……っ………………。──」
「──……利根川、さん……っ。帝愛を……どうか……お願いしま…………」
「……なに、それ…………ッ。──」
「────クズの癖にッ……かっこつけないでよッ!!!!!」
フォボスの必殺技──『マイトランチャー』。
黒崎に何故か腹が立ったのか、日高は追撃の十二発を追加。
計十四発のミサイルが、怒涛の弾幕として哀れな中年の体に吸い込まれていった。
着弾。
無惨。
衝撃波。
ズガガガガガガガガガガガガァァァンッッッ────
閃光と爆裂音が重なるたび、中年の身体は服ごと肉ごと吹き飛び、裂け、消し飛んでいく。
帝愛一筋で積み重ねてきた三十年は、ものの数秒で完全蒸発。
唯一残ったのは、ぽ~~んと跳ねる、間抜けな表情の生首だけ。
虚ろな目と、崩れきった口元。
脂肪臭い爆風の中、重力のまま頭は宙に浮いて
──ザシュッ、と。
落ちてきたその頭部は、日高の握る橘右京の居合刀の剣先に、寸分違わず縫い止められた。
「よっ!! 日本一~~~!」
祝福の血の雨が降り注ぐ中、日高は実に光悦そうに。
ゆかいな表情で、スカートをハタハタとさせながら勝利ポージングを決めた。
髪先をくるくる弄びつつ、映画『プラトーン』よろしく全身で赤黒い血を浴び続ける日高。
途中でうざく思ったのか、生首をゴミ箱へ無造作に放り捨て、それでもなお、どこかセクシー気取りにポーズを変え続ける。
彼女の表情は、雲ひとつない青空のように──あまりにも清々しかった。
ただ、そうなると反応に困るのはなじみである。
「……あの、その…………日高っち?」
「な~に?」
「えっと…………こういう時、『ありがとう』って言うのもだいぶおかしいし……ほんとボク、何言えばいいのかわかんないんだけど……と、とにかく!!──」
「──なんで、蘇ったの……? とりあえず説明してね……?」
「え? うん。いいけど……」
「そ、そう……。ボクもちょっと……意味……わかんないし……、──」
「──ぐほッッ……ォオオ…………ッッ」
友達が生き返った。
そして脅威が去った。それまではいい。
だがその脅威が過剰なまでに糞味噌へと処刑され、なおかつその友達が嬉々として追撃し続けたのだ。
なじみの胸に渦巻くのは、困惑とも、恐怖とも、安堵ともつかぬ──何とも形容し難い感情だった。
人生で初めて抱いた、あまりにも複雑な心の動き。
──まさか、その感情が、人生で最期に抱く感情になるとは、知る由もなく。
腹を殴られた衝撃でこみ上げた、鉄の味のする熱い塊。
耐えきれず吐き出したそれが『内臓の一部』と悟った瞬間、
「“説明してね”って8.6秒バズーカかっての!!! なじみちゃんンンンンンンン~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」
「……え゙」
その時にはもう、血飛沫を散らす笑顔と拳が目の前を奪っていた────。
◆
◇ 前頭葉損傷(Frontal Lobe Injury)とは◇
──前頭葉(ぜんとうよう)とは、大脳の最前部にある領域で、
──人間の「理性・判断・社会性・集中力・性格の制御」を司る場所。
──ここが損傷すると、外見が無事でも 『人格の根幹』 が壊れるのが特徴。
(出典:全連医師連合デジタルアーカイブ・AMDA)
「……MUGENっぽい色~~~♪ そーゆーふにゃふらら~~~♪──」
「──この世界は悪に満ちている……! ……私も、この世界の悪を倒すのが……夢だった」
薄暗く、湿り気を帯びた浴室。
蛇口から冷水が張られていく浴槽には、大量の氷片が白く濁りながら浮かんでいた。
その氷水に沈められているのは──、
バラバラになった黒崎義裕。
センシ。
廊下で襲いかかってきた首刈りうさぎ八体。
そして──、長名なじみの死体。
いずれの頭頂部は、ちょんまげ頭のように削がれ、赤白い頭蓋骨が無防備に露わになっていた。
わざわざ氷水に沈めた意図は、おそらく『完全に死なせるため』であろうか。
日高は鼻歌をゆるりと響かせながら、浴槽が満ちる様を楽しげに見つめていた。
──部屋に落ちていた、薄汚いクマのぬいぐるみに話しかけながら。
「あ、そうだ!! ねえ『カル坊』。この世でいっちばん美しい人は誰~?」
「それは大野さんカル。というか、それは普通鏡に聞く質問カル(裏声)」
「……だよね~……あはは……。いいなぁ大野さん、顔すごい整ってるし、スタイルも良いし……。大野さんが百合女子で、私のこと好きになってくれたら……この三角関係も丸く収まるのになぁ…………」
「あまりに自己都合すぎるカル(裏声)」
「……じゃあさカル坊! 矢口君って、どんな子を好きになると思う?」
「それも鏡に聞くことカル(裏声)」
「あぁあ~~~!! もう役に立たない!! ……いいよ、もう。鏡に聞くから」
奇妙な裏声の一人二役で、お人形さん(命名:カル坊)とお遊びする日高。
彼女は「鏡よ鏡~答えちゃって~……」と甘えるように呟きながら、曇った鏡を人差し指でそっと撫で。
まるで祈るような口調で自答を始めた。
指先を浴槽に沈め、そこに溜まった赤黒い水で指先を染める。
その血のペンで鏡へ記すのは──、
字の汚い英字と、五つの数字。
「矢口くんはいつでも『ハイスコアの女の子』が好き。だったら私も……それを目指すしか、もう他に道なんてないじゃない?──」
キュッキュッ
『3』、『7』、『5』、『6』
……………『4』♪
「──『イヤな奴ぅ~~』、『殺してしまえばぁ~~』、『ただの物』!!──」
キュッ──
──『High Score!!』
──『1st ひだかこはる 37,564pts♡♡♡』
「────皆殺し。──」
「──……な~んてね♡」
「冗談は言ってないのにどこが“なんてね”カル?(裏声)」
排水溝へ無造作に捨てられた、十一枚の頭皮。流れゆく血と髪の毛。
鏡に映った少女は、血に濡れた指先をゆっくりと舐り上げる。
その瞳は──救いなど一欠片も残っていない、完全なる外道のまなざしだった。
【日高小春@HI SCORE GIRL 第一回放送通過】
【首刈りウサギx8体@ダンジョン飯 全滅確認】
【センシ@ダンジョン飯 死亡確認】
【黒崎義裕@中間管理録トネガワ 死亡確認】
【長名なじみ@古見さんは、コミュ症です。 死亡確認】
【残り57人】
【1日目/C6/民家/AM.05:57】
【日高小春@HI SCORE GIRL】
【状態】前頭葉損傷による思考回路完全崩壊、頭痛(軽)
【装備】カル坊人形@空が灰色だから、レーザー銃@ハイスコアガール(スペースガン)
【道具】なし
【思考】基本:【マーダー】
1:皆殺し。
2:悪い参加者を全員成敗っ!! ……でも、誰が本当に悪かなんてわかんないし……もういっそ全部殺しちゃえ!!
3:私が活躍したら、矢口君も振り向いてくれる……かな。~~~~~っ///
4:大野さんを殺す。
5:……センシさん……。
6:なじみちゃんを殺しちゃったよ……私ぃ……ううっ……うぇひぐっ…………!
※日高小春は出典作品特権で『橘右京@サムスピ』『フォボス@ヴァンパイア ハンター』『サガット@ストZERO』の一連の技を使えるようになりました。
最終更新:2026年03月24日 20:48