I am(前編) ◆7pf62HiyTE
PART.1 名前無き者
『記憶が欲しいか……その不安と寂しさを満たす想い出を……ならば汝は今よりZX(ゼクロス)と名乗れ。そして……『BADAN』に忠誠を誓うのだ、そうすれば神は汝にすべてを与えるだろう』
その男、む――いや、その名は使うまい。
男には殆ど全ての記憶、『名前』すらも無いのだから――
自己を識別する『名前』とすら言えない『記号』、
『ゼクロス(ZX)』――それが男を示す唯一の呼称である。
『おいニードル、■■■■じゃねぇゼクロスと呼ひな。こいつは生まれ変わったんだ、特別にな、もう昔の雑兵じゃねぇ』
「ミカゲ……」
思い返すのは男の持つ数少ない記憶の1つ、自身がかつていたBADANでの同胞、あるいは友とでも言うべき男の存在。
だがその男は数ヶ月前――
『一文字!!』
『いくぞ本郷!!』
2人のカメンライダーが放ったライダーダブルキック――自身に炸裂する筈だったその一撃――
『クク……こいつ(ゼクロス)は真の世界を救う男だ……殺らせは……しねえ……』
庇う形でそれを受け――散った。
カメンライダーによって友の命を奪われたという事だ。
さて、先ほど『かつていた』と説明したが男はBADANを抜けている。
男がBADANで戦い続けていたのは『記憶』を取り戻す為である。
何故男はBADANを抜けたのか――
カメンライダーによって友を奪われた時、男は見た。
涙を流す女性の姿を――
それが誰なのかはわからない、だが何故か自身も涙を流していた気がする――
その事を伊藤博士に話した際、彼は奇跡と語り更に、
『バダンを信じてはいけない!! バダンが記憶をくれるなどと……君の記憶を……『あの人』を……スベテを奪ったのはバダンそのものなんだ!!』
そう話した上で自身に脱走を促し、日本の東京は新宿にいるらしい『海堂』に『あるもの』を渡す様に言われ組織を抜け出した。
伊藤博士の真意は不明瞭、記憶も戻ったわけじゃない、だがバダンが記憶を奪ったのならばバダンに従う道理など全くない。そして何より――
女が涙を流していた――
故に男はBADANを抜けた、もう言いなりになるつもりなど無かった。
先刻、エターナルと名乗るカメンライダーと交戦した。
エターナルは男の命を奪うべく自身へと襲いかかってきた。
カメンライダーは友だけではなく自身の命すらも奪うというのか、
『記憶』、『感情』、『肉体』、『友』――奪われ続けてきた男にとってこれ以上奪われるつもりはない――
故に男は赤い仮面の戦士となってエターナルへと挑んだ。
だが、またしても奪われてしまった――
偶然戦いに通りかかり乱入し結果として自身を助けてくれた男の『命』を――
BADANの尖兵として多くの命を奪ってきた自身が今更赤の他人の命が奪われようともどうこう言うつもりはなかった。
それ故にあの男の命を奪われようとも構わない――その筈だったのに、
「俺は……あの男を奪われたくないと……何故だ?」
確かに男を助けようとした事を女はどことなく喜んでいた様に見えた。
だが別に女が喜ぶから助けたわけではない。
理由はわからない、自分を助ける為に散った友とあの男が重なったからなのか? あるいは――
答えなど見つからない、記憶も戻らない、伊藤博士から渡された『アレ』もこの地に来た時に失った。
だが、すべきことだけは決まっている。
これ以上、カメンライダーには何も奪わせない――その為にカメンライダーを倒す事だ。
奪われる前に奪う奴等を倒す、それだけだ。
だが脱走してからのBADANの追撃、そしてエターナル戦で感じた事だが通常よりも身体の調子が悪い。
その男、ゼクロスの肉体の殆ど全ては改造されている。その性能を最大限に発揮すればカメンライダーに負ける事など無い。
しかし結果は不調故にあのザマだ。BADANに戻れば最良の状態に調整出来るだろうが今更そんなつもりはない。
不調ではあっても戦えないわけじゃない。ダメージさえ回復させれば十分に戦える。
その為に身体を回復させるべく静かな場所を求めF-2にある教会、あるいはC-2方面にある村へと向かおうと考えた。
E-2に到着した後、赤い仮面の姿になった上で高く飛び上空からF-2方面の様子を探った。なおこれは自身の性能を再確認する目的もある。
だが、その時その方角に戦いの音や光が見えた。
男が知る事は無いがその時ある闇の巨人(もっともこの地では人間大の大きさだが)がカメンライダーの1人と同行者を襲撃していた。
男が見たのはその戦いの光と音なのだ。
詳細は不明だが戦いになっている以上、休息には向かないと判断し見切りを付けD-2方面へと移動し同じようにC-2方面の村の様子を探った。
だが、やはりその方面でも戦いの音や光が見えた。
その時丁度ある怪人がカメンライダーの1人――それも友の命を奪った2人のカメンライダーの片割れが戦っていたのだ。
ちなみにもう少し経てばその死んだ筈の友が駆けつけ――いや、これ以上は語るまい。
万全な状態ならばいざしらず、ダメージが残っていて調整不良な状況で挑むのは自殺行為、
カメンライダーを倒したいとはいえ、その状態では逆に奪われるだけでしかない。
それ故、教会と村、両方に見切りを付け再び深い深い森へと戻っていった。
元々両方危険ならば戻る事も視野に入れていたのだ、別段問題は無い。
それに先の確認でわかった事だが飛行能力や索敵能力も大分落ちている。万全な状態ならばもう少し迅速に詳しい状況を把握でき移動も出来ただろうがそれも出来なかった。
更に言えばどうにも消耗した様に感じる。いや、先ほど思い出したばかりの『疲れ』を感じたのか、何にせよ性能に頼り切った事は避けるべきだろう。
かくして元の姿に戻った男は気が付くとC-3の川沿いを進んでいた。休息場所として次に想定していたのはE-5の冴島邸だった為若干コースはずれていると言えなくも無い。
とはいえ冴島邸すらも安全という確証は無く、休むだけなら名前のある施設に固着する必要は皆無であり、同時に川沿いを道代わりにしても不思議は無いだろう。
いや、本当の所、何故川沿いを歩いていたのか等、その男自身にすらわからなかった――川の水が流れる音に何かを感じたのか、
そんな感情すら無い男が何かを感じる事も無い筈なのに――
変わる事の無い川の音が響き続け――
「ん?」
その時、上流から激しい音が響いてくるのが聞こえた。男が視線を向けると――
「ぶびい゛ぃぃぃぃぃぃ!!」
荷物を抱えた黒い子豚が川で藻掻いているのが見えた。
「何だ……アレは……」
何故こんな所に子豚がいるのだろうか? そんな疑問が脳裏に浮かびあがる。
だが、このままでは子豚はただ流されていき――溺死するだろう。
いや、客観的に言えば男で無くても子豚如きの命などどうだって良いと思うだろう。
しかし――
「……!」
気が付いた時には男は川へと飛び込み小豚を助け出していた。自身の性能を考えればこれぐらいなど造作も無い話だ。
そして子豚の抱えた荷物共々岸へと戻ったのだ。
どことなく子豚は自身を警戒している様に見える。
それも別段不思議は無い、BADANの尖兵として多くの者を奪ってきたのだ、動物的な本能で危険を察知した所でおかしい事など何も無い。
それでも男は何の感情も持たなかった。嬉しくも悲しくも無い――そんな状態だ。
その時突然、子豚がデイパックから何かを取り出し男の元から走り去っていった。
別に只逃げただけなら放っておいても良かったがわざわざデイパックから物を出してから走り去った事に引っかかりを感じた。
故に男は子豚を追いかけた。そして何か湯気らしきものが立ち上がったのが見え、そこにたどり着いた時、
「お前は……生きて……いたのか……」
目の前にいたのは黒い子豚――ではなく、先ほどエターナルとの戦いに乱入し、自滅した筈の男だった。
PART.2 森をかける良牙
「ここは……どこだ?」
深い深い森の中、響良牙がそう呟きながら地図を確認する。
良牙がこれまで数時間に進んだ道のりを簡単に整理しよう。
C-1の翠屋にいた良牙はC-7にある呪泉郷を目指し東へ一直線に進もうとした。
が、途中で道に迷ったのでは無いかと考え今度は地中を進んだ。
その後地上に出た時に赤い仮面と白い仮面の戦士が交戦している場所に出くわし良牙もまた参戦した。
そして白い仮面の戦士の撃破を確認した後、再び呪泉郷目指し南東へと(注.本人が意図した方向とは別の方向)走り出した――
響良牙は重度という言葉では片付けられない程の方向音痴である。
目的地の方角や場所がわかっていてもその方向に進める事など殆ど無い。
故に、目的地が東にあっても南東へと向かい、北東にあっても南東へと向かう事など彼を知る者にしてみれば驚く事でも何でも無い。
何しろ『いつもの空地』で三日後に決闘の約束をしておきながら十日後に平然と待っていても全く驚かれない程なのだから末恐ろしい(ちなみにその時の果たし状の写真から長崎にいる事は明白だが良牙自身は北海道にいると勘違いしていた)
それ程酷い方向音痴なのだ、一直線に進んでいたと思っても、本人も知らない内に全く違う方向に進んでいても不思議は無い。
そう、南東を進んでいたのがいつの間にか北東に進んでいたという事だ。無論、本人は相も変わらず一直線に進んでいると思っている。
「東に進めば呪泉郷に……待てよ、確か俺が出た場所は……」
先に交戦した場所を思い返す。周囲の景色から考えてD-3にある採石場だろう。ならばこのまま一直線に進んでも――
「たどり着くのはD-6にあるグロンギ遺跡……だが……」
周囲を見回しても遺跡らしきものは何も見えず森だけしか見えない。
それに地図の等高線を見る限り一直線に東に進んでいるのならば登っている筈なのだ。グロンギ遺跡にしろ呪泉郷にしろ最初にいた村から高い位置にあるのだから。
だが、一直線に進んでいる割に登っている様には感じない。
「まさか……最初から方向を間違えたのか? それとも知らないうちに別の方向に……」
仮にそうであるならば目的地にたどり着ける道理は全くない。
「まずい、シャンプーが早々に死んだことを考えれば……あかねさんが無事である保証なんて何処にも無い。乱馬やパンスト太郎すら危ないかも知れん……こんな所で迷っている場合じゃ無い……こうなったら……」
意を決した良牙は、
「爆砕点穴!」
先程同様地面に大穴を開けて地中をひたすらに掘り進む。常人はまず使わない手段だが良牙にとって道に迷った時に地中を掘り進むという手段は常套手であり、度々その方法で目的地にたどり着いた事もあった。
そして掘り進んで十数分後、ふと良牙はこの殺し合いに巻き込まれる前、高原にて雲竜あかりとデートをした時の事を思い出した。
その時、あかりによる良牙にもわかるレベルの簡単な地図があったにも関わらず迷走してしまい(本人的には至って冷静に)地中を掘り進んでいたが、
『下に掘り進んでどーするっ』
という乱馬から当然と言えば当然のツッコミを受け上に戻った事を思い出した。
「そうだ、下に掘り進んでも今いる場所がわからなきゃどうにもならねぇじゃねぇか! ならば上かっ」
思い返せばあの時地上に出た場所は目的地まで目と鼻の先の所である湖のほとり、それを踏まえれば目的地に辿り着けなくても目印になる場所、例えば川の近くに出られる筈だ(注.普通はそうそう都合良くいきません)。
そう考えて進路を上にとった――
状況を簡単に説明しておこう。
良牙はD-3からE-4、そしてD-4とぐるりと回っていた。そして今度は地中を北上していた。
お手元に地図がある方はすぐさま確認して欲しい、D-4の北部分にあるものを、そうすればどのような結果が導き出されるかおおよそ予想できるであろう――
そう、良牙の推測通りの結果――いや、それ以上に正確な結果となった。
「爆砕点穴!!」
天井が崩れていく、これで地上に出られ――
割れ目から水が噴き出していき――
「あ゛!!」
そこから決壊し水が一斉に溢れ出した――
もはやおわかりであろう。良牙の辿り着いた場所は丁度川の真下。川の流れは非常に強く――
良牙はなすすべ無くその流れに飲み込まれていった――
勿論、良牙ほどの実力があるならば川の流れ程度何の問題も無い。しかし、良牙の体質がそれを許しはしなかった。
良牙は呪泉郷の1つ黒豚溺泉に落ちた事で以後水を被ると黒い子豚に、湯を被り元に戻る体質となっている。
故に川の水を浴びた事で良牙は黒い子豚となった。その状態では何時もの様に動く事など不可能だ。
何とか服や荷物だけは流されない様に纏める事が出来たが川の流れの強さにはどうにもできず只流されていく。
「ぶびい゛ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
どの川を流れているかはわからない。だが1つだけ確実にいえる事は呪泉郷から遠ざかっている事に間違いはない。
冗談では無い、溺れ死ぬつもりは無いがこのままでは間に合わなくなってしまう。
だからこそ足掻く、絶対に岸へとたどり着き再び呪泉郷へと――
が、気が付いた瞬間、何者かが自分を抱きかかえていた。もしや自分が会いたいと願ったあ――
「……」
だがそれは甘い幻想だった。感情の無い無愛想な男だったのだ。
とはいえ男のお陰で岸に戻る事が出来たのは間違いない。その意味では感謝はしている。
しかし――良牙は感じ取っていた、自身を助けた男の放つ異様な雰囲気を――
そう、自分達格闘家とはどこか違う殺伐とした――
もし男が敵、あるいは危険人物だとしたら? 今のか弱き黒豚の状態では勝てる道理は全くない。
故に男から逃れデイパックから湯の入ったポットだけを回収し迅速に距離を取る。
そして相手の姿が見えないのを確認した上でポットに入ったお湯を自身にかける――
そうすることで本来の人間の姿に戻――
「お前は……生きて……いたのか……」
その瞬間、その男が既に自分の側にまで来ていたのだ。距離は十分に取った筈、なのにもう追いついてきたというのか?
いや、その事は問題では無い――奴の発言から察するに奴は自分が死んでいたものだと思っていたという事になる。
だが、良牙にとっては初対面の男だ、故に――
「何をワケのわからん事を……俺とお前は初対面じゃないのか?」
そう応えた。それを聞いた男は只無言で、
「……!」
「なっ……お前は……」
あの時遭遇した赤い仮面の戦士へと変化した。
「……なるほど、あの時のアンタだったか」
そして元の姿に戻った男が良牙の服や荷物を投げ渡す。
「どうやらアンタに助けられた様だな」
「……」
良牙の言葉に対しても男は表情を何一つ変えない。
「何なんだコイツ……何を考えている……」
PART.3 『良』
かくして良牙の着替えも終わり2人は面と向かい合う。
「そういやアンタ、あの赤い仮面の姿になっていたがアレは何なんだ?」
今更な話だが良牙は感じた疑問をぶつける。水を被ったわけじゃないのに変身した以上呪泉郷関係者じゃないことは明白、それ故に聞いてみる。
「バダンだ……俺の身体はバダンによって奪われ……この身体を与えられた……いや、身体だけではない、記憶も何もかもを奪われた……」
「バダン……何だそりゃ?」
男の知る限りBADANの侵攻は世間的にも話題になっている。普通に考えればバダンの存在を知らない事に違和感を覚えるわけだが男はその事に気づかない。
「よくわからんが、そのバダンとかいう連中にそんなふざけた身体にさせられたって事だな」
「お前はどうなんだ……黒豚の身体を与えられたのか?」
そう聞き返す男に対し、
「別に与えられたわけじゃねぇ、奴のせいで……俺は……」
良牙は早乙女乱馬によって呪泉郷に落ち黒豚に変身する体質になった事を話す。
更に続けて自身の知り合いについても大まかに説明する。
良牙が想いを寄せる女性である天道あかね、
良牙にとって一番の因縁の相手であり呪泉郷に落ちた事で特殊な体質となった早乙女乱馬(なお、あかねの許嫁という事については一切説明してしない)
そして乱馬や良牙同様呪泉郷に落ちたパンスト太郎、そして(既に死亡しているが)シャンプーについて説明した。
「……呪泉郷によって人の身体を奪われたという事か……」
「………………もっとも、悪い事ばかりってわけじゃなかったけどな、この身体のお陰であかねさんやあかりちゃんと………………」
聞こえないぐらい小声で口にしたが男の耳にはしっかりと届いていた。
「あかり……ちゃん……?」
「ああ、あかりちゃんはこんなふざけた殺し合いに巻き込まれてないから気にしなくていい……そういやアンタ記憶も奪われたって言っていたが何も覚えていないのか?」
「ああ、名前すらもな……ゼクロス……それがバダンに与えられた今の俺の名だ」
「ちょっと待て……」
良牙は名簿を取り出し確認する。
「おい、ゼクロスなんて名前何処にも無いぞ。アンタの本名がここに出ているんじゃないのか?」
「……」
そう口にする良牙の言葉に今更ながら男は名簿を確認する。
「ミカゲ……!」
感情の無い声で1つの名が紡がれる。
「ミカゲ……三影英介の事か……それがアンタの……」
「違う……バダンにいた頃組んでいた男だ……だが……」
「だが?」
「……いや、なんでもない……」
カメンライダーによって殺された筈のミカゲの名前があった。それはつまりミカゲがあの後も生きていた事を意味している。
普通の人間ならば喜ぶべきところなのだろう、しかし今の男はその感情すら浮かんでこなかった。ただ、何とも言えないものが渦巻くのを感じた。
ちなみにミカゲが生きていた事についてはそこまで驚くべきことではない。BADANがミカゲの肉体を回収し再生させた所で何ら不思議は無いのだ。
何しろ男自身一度死んでいたにも関わらず今の身体となって戻ってきたのだ、ミカゲにも同じ事が起こってもおかしくはない。
とはいえ、今更ミカゲと再会した所で昔の様に組むという事も無いだろう。
ミカゲは今後もBADANの為に戦うだろうが、男自身にはもはやそんな意思はないのだから。
「他に何か覚えている事は無いのか?」
「カメンライダー……俺から全てを奪っていく奴らだ……」
「仮面ライダー……確かあの場で名乗りをあげていた仮面ライダー2人の事か?」
思い返せば最初のあの場では乱馬の他にも仮面ライダー1号本郷猛、仮面ライダー2号一文字隼人という2人の仮面ライダーが主催者らしい加頭順に向かっていた。
「そうだ……奴らに一度はミカゲの命を奪われた……」
「よくわからんがアンタはバダンや仮面ライダーに色々奪われたらしいな、待てよさっきアンタが戦っていたエターナルも……」
「カメンライダーだ……俺は二度と奴等に何かを奪われるつもりはない……奪われる前に奴等を……!!」
良牙自身男の事情を全て把握しているわけではない。
だが、BADANに身体と記憶、さらには名前を奪われ、かつての仲間も仮面ライダーによって奪われた事は理解できた。
「それで……アンタ自身は乗っているのか?」
「乗っている……どういうことだ?」
「加頭の野郎が言っていただろう、優勝したらどんな願いでも叶えると……」
「……優勝して記憶を取り戻すつもりはないのか……そう聞いているのか?」
今更ながらに冷静に考えてみる。確かに優勝する事で自身の空白を埋められるのだろうかと考えなかったわけではない。
そして良牙の指摘を考えれば優勝する事で記憶を与えて貰うという理屈も成立するだろう。
だが、不思議とそんな気にはなれなかった。
「そんなつもりは無い……」
「意外だな、奪われた事を恨んでいる所を見ると是が非でも取り戻しにくると思ったんだがな。記憶の方は別に良いのか?」
「そういうわけじゃない……ただ……女が……」
理由はわからない――だが、加頭の言い方はどことなくBADANの言い方に近いものを感じていた。
そもそもこの殺し合いに巻き込んだのは加頭達の方だろう、それを踏まえれば加頭達のやり方はBADANのそれと殆ど同じ、
それを考えれば素直に従う気にはならないだろう。
そして何より――
「女が涙を流すのだ」
時折見える謎の女性――彼女が涙を流すのが見えたのだ。
「その女はあんたの恋人か?」
「わからない……ただ……お前を助けようとしたあの時……女は喜んでいた様に見えた……」
「よくわからんがその女はお前が殺し合いに乗る事を望んでいないって事だな。ま、あんたが殺し合いに乗っていないっていうならそれで構わん。それでアンタ、あかねさん……後ついでに乱馬とパンスト太郎に会わなかったか?」
「エターナルとお前以外に会った奴はいない……」
「そうか……おっとそういや自己紹介していなかったな、俺の名は響良牙だ」
散々知り合いについての説明はしたが自分自身の名前は話していなかった事を思い出しここにきて自己紹介をした。
もっとも良牙自身、これにはそこまで大きな意味を持たないものだと感じていた。
だが、次に男の見せた反応は予想外なものであった。
「リョウ……今、なんと言った?」
「ん、聞こえなかったか? 俺の名前は響良牙だと言ったんだ」
「リョウ……だと……」
「だから良牙だって言ってんだろうが……待てよ……」
今までと違う男の反応、恐らくは自分の名前に何かを感じたのだろう。
だが何を感じたというのか? 良牙は名簿を再び取り出しそれを確認する。
「別に俺の名前なんぞパンスト太郎なんかに比べて普通だと思うが……どういう事だ……」
そしてある名前を見つける。
「おい、もしかしてアンタ……『村雨良』って名前じゃ無いのか?」
「ムラサメ……リョウ……」
良牙がそれに気が付いた理由、それは男が『響良牙』の『良』に強く反応していたからだ。
そして名簿を確認し参加者66人の名前を改めて確認する。
そして名前に『良』が入った人物は響良牙と――村雨良の2人だ。
『脅えるな……ムラサメよ……汝は……戦いにやぶれ死んだ』
『ミカゲ……ムラサメ……』
『おいニードル、ムラサメじゃねぇゼクロスと呼ひな』
『ゼクロス……いや、ムラサメ君!! バダンを信じてはいけない!!』
思い返せば時たまではあったが『ムラサメ』と呼ばれていた様な気がする。今更ながらにそれを思い出した。
「確かにムラサメと呼ばれていた覚えはある……」
「なんだ、奪われた奪われた言っている割には結構思い出せているじゃないか。良かったじゃねぇか、名前を思い出す事が出来て」
「……」
確かに自身は『村雨良』なる人物なのかもしれない。だが、実感が全く伴わないのだ。
実際に名前がそれであったとしても自身の名前がそうであると完全に自分自身認識出来たというわけではないのだ。
喜ぶ事も無く変わらぬ表情の男を見て良牙は苛立ちを募らせていく。
「ったく……1つ良いことを教えてやる、あかねさんに関する話だが……」
良牙はここである話をする。
ある時、あかねは乱馬の記憶だけを奪われた事があった。(ちなみに奪った張本人がシャンプーである事は伏せておく)
「とはいえ取り戻す方法はあったわけだが……」
しかし、結局の所そんな方法は取らなかった。
いや、その目的を果たす為乱馬は敢えて良牙達に倒されようとはした(シャンプーとの取引でらんま(女性化した乱馬)を半殺しにする必要があった為(注.当時シャンプーはらんまと乱馬が同一人物である事を知らなかった))。
ちなみに良牙自身は乗り気では無かったが結局の所逆上し立ち向かったが返り討ちに遭った(注.これも伏せている)。
「……詳しい事は知らんがいつの間にかあかねさんがやって来たらしい。そこで奴は……暴言の数々を……」
この時前述の通り良牙自身返り討ちに遭い気絶していた為、間の出来事を把握し切れてはいなかった。
実際は良牙が気絶した後、乱馬の父である玄馬、あかねの父である早雲がノリノリで乱馬をボコボコにしていた(勿論、これは乱馬とあかねがが許嫁同士なので記憶が戻らないと困る為当然の流れだが)。
そこにあかねがやって来たわけだが事情を知らないあかねにしてみれば知らない弱い人がいじめられているだけにしか見えず、自分が相手になると言い出した。
そんなあかねに対し乱馬は
『誰の為に黙ってやられてると……ほんっとにおめーは、かわいくねーな!』
無論、これはあかねの為にやられているのにその心中を察してくれない故に乱馬が発した言葉である。
だが、その言葉にあかねは反応を見せた。そして早雲が乱馬をけしかけ乱馬自身もノリノリと、
『色気がねえっ!! 凶暴! 不器用!! ずん胴! まぬけっ!!』
ちなみに、丁度良牙が意識を取り戻したのはこのタイミングである。そして、その言葉に対しあかねは、
『な……なによ、乱馬のバカー!!』
と、乱馬に対し平手打ちを決めたのだ。
「……思い出しただけで腹立ってきたぜ……」
「……それで何が言いたい?」
「つまりだな、何か切欠さえあれば幾らでも思い出せるって事だ。あの時のあかねさんの時の様に……別に乱馬の事など思い出さなくても良かったが……」
良牙が何故か怒りに震えている事などお構いなしに男は考える。確かにこれまでの戦いを切欠に『痛み』や『疲れ』を思い出せた。
そして良牙のやりとりから自身が『村雨良』と呼ばれていた事もおぼろげではあったが思い出せそうな気がする。
「……何故そのあかねはその言葉でその男の事を思い出した?」
「あの野郎がいつもあかねさんに対して吐いている暴言だからだろう……思い出させるにしても他に何か無かったのか……」
そう怒りに震える良牙を余所に男の表情は変わる事は無い。
「ま、運良く思い出せたら良いな。それじゃ俺はこれで行かせてもらうぜ、あかねさんを守らなきゃならないからな。そうだ、あかねさんや乱馬、ついでにパンスト太郎に会ったら……」
「何処に行くつもりだ?」
「さっき話した呪泉郷だ、俺達が共通で知っている場所はあそこぐらいだからな、あかねさん達に会ったら呪泉郷に向か……」
そう言いながら南方向(注.呪泉郷は東方向)へと足を進めようとする良牙であったが。
「……守れるというのか? カメンライダーから……」
「ふっ、あんたに心配されにゃならんほど弱くねぇんだよ、あばよ……」
そう言って走り出す良牙であった。
だがその直後、背後からとてつもない威圧感を感じた。
神経を研ぎ澄ませ振り向く。すると眼前まであの男が迫り拳を繰り出していた。
良牙は両腕を組んでその一撃を防ぐ。
「……いきなり何しやがる?」
「お前の力では奪われるだけだ……エターナルの事を忘れたのか?」
「つまりこう言いたいわけか、今エターナルに遭遇したらなすすべ無くやられるって事か?」
良牙の問いかけに無言で頷く。確かに先の戦いでは死にかけており、何とか撃退できたのもすんでの所で獅子咆哮弾を決める事が出来たからでしかない。
「それで俺を死なせない為に俺を止めたいって所か? 無愛想な割に随分と親切じゃねぇか、だが余計なお世話だ。
大体、テメェだってあのエターナルにやられていたじゃねぇか」
「……!」
「悪いが俺は奪われるつもりも足を止めるつもりもない、何があろうともあかねさんを守り抜いてみせる」
「守り抜く……カメンライダーにお前の力が及ぶと思っているのか?」
「だったらテメェをぶちのめして証明してやろうじゃねぇか」
「良いだろう……来い……」
その言葉と共に男――ゼクロスは赤い仮面の戦士へと姿を変えた。
かくして戦いのゴングは静かに鳴り響いた――
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最終更新:2013年03月14日 22:48