牙狼~SAVIOR IN THE DARK~ ◆gry038wOvE


 その再会を祝福する者などいなかった。
 四人の戦士の間にあるのは、二つの強力な爆弾である。普段ならば、その爆弾が起爆することはないだろう。その爆弾が発動するのは、一定の条件が満たされた場合だ。
 ……しかし、それは偶然にも、そして非常に残念なことに、起爆剤となる二つの条件が、見事に出揃った状況での再会なのである。

 村雨良、という男がいた。
 その男は親友・三影英介を『仮面ライダー』によって奪われた。

 涼邑零、という男がいた。
 その男は自らの家族を『黄金騎士』によって殺された。

 そして、結城丈二は『仮面ライダー』であり、冴島鋼牙は『黄金騎士』だった。
 ただ、それだけだった。

「鋼牙、偶然だな……こんな所でッ!」

 冷たい森の中で、涼邑零は怒号を交えて叫ぶ。
 その表情は、つい先ほど別れた集団に見せた顔と、今の零の顔は、似ても似つかないほどである。零も、普段は笑顔に感情を隠していた、相当の役者だったらしい。
 ……などと感心している場合ではなかった。
 結城丈二は、まず目の前の状況を片付けなければならない。

 結城が遭遇した相手の片割れの名はわかっている。
 村雨良。実際に会った事もあるし、共闘した記憶も残っている。
 もう一方が、おそらく冴島鋼牙だろう。二人はおそらく行動を共にしていた。その意図は不明である。鋼牙が善か悪かは、まだ判断し難い。
 少なくとも、零の認識上は悪であるというのはわかるが、それは偏見に満ちた判断だ。結城自身で判断すべき場面である。

「零……!」

 鋼牙と村雨が零の呼び声に気づく。
 二人は、少し固まったようだった。あちらも、少し考えてから行動を開始しようとしているのだ。結城、鋼牙、村雨の三名は、いま現在冷静に考えて行動することができる。
 しかし、零はできる状態ではなかった。
 少なくとも、鋼牙という仇の目の前では……。

 零の双剣が、その腰から抜かれる。

 零自身、すぐに鋼牙を殺そうという気はない。少しは鋼牙にもがく余地を与える気なのである。
 少なくとも、今の今まで、零は鋼牙をすぐに殺そうと襲ったことはなかった。これは所謂威嚇というものだ。

「「……待て、零!」」

 結城と鋼牙の言葉が重なる。
 だが、零は魔戒剣を両手に構え、鋼牙に向かって走り出した。
 鋼牙は自らの魔戒剣を抜いて、体を切りつけようとした零の剣を、間一髪で防いだ。
 真横に構えられた鋼牙の剣の上に、零の剣が二つ重く乗せられて、厭な金属音を発している。


 こうして鋼牙に避けられるのもまた、零の計算の範囲内だった。
 魔戒騎士の最高位と呼ばれる黄金騎士だ。この程度の攻撃を回避できないようでは、零が既にその称号を受け継いでいたに違いない。
 もし当たれば即死するような攻撃であるのは間違いないが、黄金騎士は間違いなく避ける。少しの狂いもなく、確実に避ける。縦令どんなアクシデントが発生したとしても、彼は絶対に零の剣を回避するだろう。
 そうして互いにこわばった顔で睨み、腕と剣に力を込めあっていると、鋼牙の胸元から、突如として聞き覚えのある声が零を呼んだ。

「零!」

「シルヴァ……?」

 この場には女性はいないが、それは女性の声である。もっと言うのなら、ここに来てから零が所持することを許されなかった相棒・『魔導具』のシルヴァだと、零は知っていた。
 何故、その声が鋼牙の胸元から聞こえるのか、零にはわからなかった。
 零は注意力を一瞬失ったが、力を入れることは忘れず、まだ鋼牙との競り合いを続ける。

「……鋼牙、零、剣を仕舞いなさい」

「そんな事を言われても困る。俺は今、手が離せない」

 鋼牙は驚いた風もなく答える。少なくとも、彼は今手を離せる状況ではなかった。手を離せば鋼牙の体が三つに避けてしまう。
 この場合、零が先に剣を下げる必要がある。だが、零にはそんな様子が見られなかった。
 彼はただ、更に激情を重ねた様子で、

「鋼牙、何故貴様がシルヴァといる……!」

 と問い詰めた。
 ホラーに関する何かが隠されているから、シルヴァは没収されたのではなかったのか。

「話を聞けばわかる。零、剣を仕舞え!」

 結城や村雨には、二人のやり取りの意味がわからなかった。
 特に結城などは、どこから女性の声が聞こえるのかさえ、把握できなかった。
 ともかく、それぞれの立会人がいるという事実は、鋼牙か零の裏切りを防止する最善策だ。どちらかが剣を下ろした隙を狙って、もう一方が剣を振るったならば、結城か村雨が黙ってはいまい。
 そう考えて、結城は一歩前に出る。同じ結論に至ったのか、村雨も前に歩んだ。

「……零、先に剣を下げなさい! 鋼牙の話を聞いて」

「……!」

 シルヴァに言われた数秒後、村雨の顔色を伺い、躊躇いながら零は剣を下げた。
 鋼牙も同じように、剣を地面に向けた。敵意こそないようだが、互いに警戒し合っている。
 鋼牙は、左手で己の首にぶら下がった魔導のネックレスを外し、零に渡す。いや、シルヴァが話しやすいように、そちらに向けただけだろうか。
 とにかく、零は自分に向けられている相棒を、やや不機嫌そうに受け取った。

「零、誤解しているようだが俺はこの殺し合いに乗っていない」

「……信用できるか」

「お前の家族を殺したのも俺じゃない。……バラゴ、暗黒騎士キバこそがお前の家族の仇、そして俺の父親の仇だ。太刀筋が同じなのは、奴が黄金騎士──俺の父の弟子だったからだ」

 鋼牙の言葉に、零が反応する。
 暗黒騎士キバ──石堀たちから聞いた名前である。
 この会場にいる、凶悪な刺客であるというのは聞いた話では確かだ。

「やはり、暗黒騎士キバか……」

 結城が呟く。そう、結城も薄々実感していたのである。
 「零の知らない魔戒騎士」という違和感が、結城に少しの猜疑心を持たせたのだ。
 村雨は黙っていた。話についていけないせいもある。結城が村雨に声をかけないのは、偏に村雨のこんな様子にも不自然さを感じていたからだった。
 結城の仮説が正しいのなら、村雨に正体を明かすことでまたひと悶着起きてしまう。この二人のように争いごとになるのは御免だ。

「信じられるわけないだろう、鋼牙。……俺はお前を仇と思うのはやめない」

 零は頑なだった。
 結城は、自らの考えを語ろうと口を開いたが、先に鋼牙が声を発した。結城の様子に気づいているようだった。

「……そうか。いずれにせよ、時が来ればわかる」

「その男とはいずれ会うことになる……そう言いたいのか?」

「ああ。それに、お前が俺を殺さないことも、わかっている」

 鋼牙は既に零がこれからどう動くのかを知っている。
 そう、これから先、零は決して鋼牙を殺せないし、殺さない。

「銀牙騎士絶狼(ゼロ)──その魔戒騎士の名を、俺は信じているからな」

 ──シルヴァの言うようにやって来た時系列が異なったとしても、零は魔戒騎士に違いないからだ。
 零の知らない零を、鋼牙は未来で知っている。
 誰よりも熱く、誰よりも人を守る使命に忠実で、鋼牙が信頼した友である「涼邑零」という男の名と誇りを、鋼牙は生涯忘れないだろう。

「……」

 零は、また少しだけ迷った。
 冴島鋼牙を敵として見つめる時、零は毎度不思議な違和感を感じるのである。
 彼が、人を殺すようには見えない……という不思議な違和感を。
 いや、むしろ零自身は心のどこかで願っているのだ。本当の仇が別の誰かであることを。
 零自身、そんな自分の本性に気づいているはずもないが。

 はっと、零は自分が鋼牙から目を逸らしていた事実に気がついた。
 本質的に、彼を避けているのが零の本当の心理……ということなのだろうか。
 そして、鋼牙を見つめなおすと、彼は太い声で零に言う。

「……構えろ、零」

 不意に、鋼牙の表情が曇り、妙な気配のある方に顔を向けた。
 彼は剣の柄を持つ腕に力を込めている。……その理由は簡単だ。

「思ったよりも早く信じてもらえそうだな」

 零は、鋼牙の視線の先を同じようにして見た。
 鋼牙が見ていたのは、黒衣を着た奇妙な人物であった。木々の向こうから、何の構えもなしに歩んでくる。零は、その様子にまた、既視感を覚える。
 そう、彼は知る由もないが、それは、かつて鋼牙が戦い倒した漆黒の魔戒騎士の異形である。
 結城も、村雨も、そちらを向いて、その異様な雰囲気に戦慄しながら構えた。

「……冴島鋼牙」

 奇怪な人物のその呟きを聞き、鋼牙はその人物に向かって駆け出した。鋼牙の踏む地面の落ち葉が、かつて舞い降りた時のように、虚空に上がり舞っている。
 そして、顰めた表情で、零たちに叫ぶ。

「奴がバラゴ──俺たちの本当の仇だ」

 バラゴは、黒い着物の下でニヤリと笑ったように見えた。その様子から、少なくとも男性であるのは見て取れる。もともと、魔戒騎士は男性しかなり得ないものでもある。
 鋼牙が一凪ぎすると、バラゴは上空に引っ張られるように跳び避けた。足を跳躍の形に曲げた様子もない、奇妙な『浮遊』だった。
 結城と村雨は、それに少し驚いたようだった。
 だが、既に一度倒した鋼牙は、バラゴの速さも強さも知っている。
 最初にバラゴが狙ったのが鋼牙だったのは、鋼牙にとっても好都合であった。

「はぁっ!」

 鋼牙は声を高らかに上空へ跳び、バラゴの真横で剣を振り下ろす。
 今度は、上空でバラゴの体は狙われた。そして、バラゴはそれを黒衣の中から取り出した剣で防いだ。
 先ほど聞いたよりも、ずっと重い金属音がその場にいる全員の耳を刺激する。

「「!!」」

 地面に着地する頃には、その鍔迫り合いが終わっていた。二人は互いの剣をぶつけ合う力を反動として、距離を離して降り立ったのである。
 しかし、二人の猛攻は終わらない。
 他の三人が割ってはいる隙など無いほどに。

(バラゴ……いや、暗黒騎士キバ! 俺は何度でも貴様を倒す!)

 鋼牙の刃が、一振り、一凪ぎされるのを、そこにいる超人たちは辛うじて視認していた。
 素早く、そして一つ一つが重い一撃だった。
 だが、その攻撃をバラゴは的確に避けている。黒衣を掠めればまだ良い方だ。尤も、その剣が黒衣を掠めることに、バラゴはかなり驚いているようだったが。

(この一撃、もはや僕の知る冴島鋼牙の腕ではない。短期間のうちに、腕を上げたか……?)

 くどいようだが、この鋼牙はバラゴの知るより後の鋼牙である。
 既に一度バラゴを破り、メシアやレギュレイスなどという強敵ホラーをも討ち滅ぼした彼の剣を、そう簡単に避けられるはずもない。

(流石は冴島大河の息子か……だが、その強き太刀さえも俺は喰らう)

 バラゴは首飾りを上空に掲げたかと思うと、そこに円を描いた。
 その円は、神秘的な煌きとともに、バラゴの体の各部位へと、デスメタルの鎧が落としていく。まるで、円の向こうには別の世界が広がっているようだった。
 そして、一秒とかかることなく、禍々しい黒のシルエットの戦士が、鋼牙と零の前に再び現れる。

 暗黒騎士キバが、邪魔そうにマントを翻した。
 暗黒に堕ちし魔戒騎士バラゴ。その真の姿とでも言うべき、悪の外形が四人の戦士を睨んだ。
 結城は、初めて見た魔戒騎士の姿に少し驚いたようだったが、一秒も経たないうちに受け入れた。変身方法や形状が、これまでの敵よりもやや特殊というだけで、変身する戦士も珍しくも何ともない。
 それより、結城は隣の零を気にかけた。

「……そうか」

 そう呟いた零の横顔。
 その目はやはり、眼前の黒騎士を睨んでいた。瞳の色は、鋼牙を見たとき以上に、復讐の黒に染まっていた。
 結城は、暗黒騎士キバの姿よりも、そちらの様子に驚いた。

「奴の言ったとおりだ。鋼牙は俺の本当の仇じゃない……!」

 零の脳裏に焼きついた、忘れもしない魔戒騎士のシルエット。──静香が突き刺される、零の毎日の夜の夢。その最悪の登場人物。
 それは、こうして眼前に立つ暗黒騎士キバのものと重なった。
 零の両手がわなわなと震える。しかし、魔戒騎士の双剣だけは確かに持っていた。

「零、無茶しちゃ駄目!」

 シルヴァの声を耳に入れることはなく、零は駆け出していた。
 銀牙という少年が涼邑零と名乗るようになった原因である男。零の恋人と父親を殺した男。零から守りたいものを奪った男。
 許せるものではない。
 たとえ、零の命が脅かされるとしても、戦わねばならぬ敵である。

 涼邑零はこれまで、誰かを護るために戦ってきたわけではないのだ。
 最初は、静香を守るために魔戒騎士になった。
 その人を奪われてからは、零は、仇を討つために戦っていた。
 だから────

「静香の仇ィっ!!」

 銀牙騎士ゼロとなった涼邑零が駆け出す。
 それを追うように、結城丈二と村雨良は駆け出す。その男の危険を、二人は察したのである。
 零の無理を通させぬよう、二人は反射的に変身をしていた。

「ヤァッ!」

 聞こえるは、ライダーマンの変身の発声のみ。
 その真横で、ゼクロスがライダーマンの横顔を見つめていた。

「仮面ライダー……っ!」

 だが、今はそれ以上に優先すべきものがあった。
 鋼牙を襲い、更にその知り合いを脅かす謎の戦士に、仇なす。鋼牙に協力することだ。
 ゼクロスは、ともかくライダーマンとはこの戦闘中は手を組むことにした。その後、どうするかはわからないが。

「仮面ライダー、それに魔戒騎士。まとめて地獄に送ってやる」

 キバの前に現れたのが、因縁深き魔戒騎士と仮面ライダーばかりだったのは、ある意味奇跡的ともいえる。役者が揃った姿に、キバは愉悦を感じた。
 この全てを飲み込み、最強となる資格があるか──それが試されているのだろう。

 鋼牙の方を見れば、その姿は黄金騎士ガロのものに変わっていた。
 かつて戦った冴島大河と違うのは、瞳の色が紅でなく碧であるということだ。しかし、獰猛な魔戒騎士の「獣」に似た姿は違いが無い。
 この場で最大の敵になるとすれば、この男だろうが、キバはまず真横から来るゼロに剣を向けた。

「がっ……!」

 ゼロの胸部にキバの剣が突き刺さる。そして、ゼロの体が剣一本で持上げられ、ライダーマンとゼクロスの方に吹き飛ばされた。転がってくるゼロに、二人の戦士が足止めを喰らった。
 怒りに狂ったうえに、まだ未熟なゼロは、キバの敵ではなかったのだ。
 ライダーマンがゼロを抱き起こすと、今度はゼクロスがキバに向けて攻撃を開始する。

「マイクロチェーン!」

 電撃を帯びたチェーンが、キバの体へと到達する。
 しかし、そんな攻撃は何でもないという風に、キバはその鎖を剣で切り裂いた。電撃による光が見えたが、それを痛々しいと感じる者はここには誰一人いなかった。

「はぁっ!」

 ガロの牙狼剣がキバの方へと向かっていく。
 それをキバは左手で軽く受け止め、今度は右手の黒炎剣をガロに向けて振り下ろそうとした。

「ふんっ!」

 しかし、それはガロの左足が蹴飛ばして、木々の向こうへと落ちてしまう。
 ガロは、それを好機と見るに、キバの握力にも勝る豪腕で牙狼剣を引き抜いた。

 その剣は、すぐに真っ直ぐキバの体へと振り下ろされる。
 右肩から左脇にかけて、牙狼剣はデスメタルに深い傷をつけた。

「鋼牙、そいつは俺の獲物だ!」

 だが、その優勢は長くは続かない。
 起き上がったゼロが、ガロを突き飛ばして割ってはいる。ガロは、その不意打ちによろけてキバの正面を取られてしまった。
 雌雄一対の銀狼剣をキバに向けて×の字に振るうが、キバはそれを問題にすることもなく、また両手の握力で止めてしまう。

「零!」

 ガロが名前だけ呼んだ。それは、警告の意味であるのだとわかっているのだが、ゼロは意にも介さない。この男を倒せれば、それで良いのだと思った。
 しかし、銀狼剣はそのままゼロの両手からすっぽりと抜けた。
 剣を失ったキバが、黒炎剣の代替としてゼロの剣を奪ったのである。刃の部分を掴んでいるが、鎧の上からでは結局変わらない。
 すぐに柄の部分に持ち変えると、キバはそのまま向かってくるガロとゼロを同時に斬った。

「ぐあああっ!」

 二人の魔戒騎士は、キバの素早い太刀に吹き飛ばされ、地面に落ちる。今度は、形勢はキバに優位に働いたようだった。
 キバは、更に地面に落ちたゼロを追い、銀狼剣をゼロの体に突き立てる。
 ゼロは辛うじて、それがソウルメタルの鎧を砕いて零の体に傷をつける前に、両手で刃をしっかり握った。
 が、圧倒的な腕力によって突き立てられた剣の衝撃は、零の体の中に痛みを伝わせた。
 キバは、もう一本の銀狼剣を持ったまま、黒炎剣を再び手に取るために走り出す。

「零っ……!」

 キバを追うのは、やはりガロとゼクロスであった。
 ライダーマンはゼロの方に寄り、体を抱き起こした。
 ゼロは、ライダーマンにお礼さえ言わず、復讐に燃える狼の目つきで立ち上がり、左手で銀狼剣を持って走り出した。腹部は相当痛んでいるようだが、もはやそれさえも彼にとっては些細なことらしい。

(零、君は復讐に我を忘れている。だが、どうやらそれを止めるのは私の役目ではなさそうだ)

 ゼロの背中を見つめて走りながら、ライダーマン・結城丈二は思った。
 かつて復讐のために戦った自分ならばゼロを止めることができるかもしれないと思っていたが、どうやらその鍵となるべくは自分ではないらしい。
 いや、ここに来る直前までならば、結城以上の適任者はいなかったのだが、ここで冴島鋼牙に出会ってしまった以上、結城丈二はただの零の友人でしかなかった。

(冴島鋼牙、本当の魔戒騎士の使命を知るのは、同じ魔戒騎士である君だけだ。……そして、どうやら私にも仮面ライダーとして果たすべき使命があるようだな)

 今まで一言も口を交わすことはなかったが、ゼクロスは、やはり「あの時期」のものだと推定される。
 それならば、やはり同じ仮面ライダーである結城丈二のほかに、止めるものはいないだろう。

 まずはキバを倒す。
 同じ鎧の戦士ということもあり、タヒチでヨロイ元帥を倒した「あの作戦」を脳裏に浮かべたが、それが可能か否かはわからない。接近戦になる以上、敵としては難しいかもしれない。
 ソウルメタルなる鎧(本来キバの鎧はデスメタルだが、結城は知らない)は特殊であり、生半可な攻撃では砕けそうにない。
 だが、この場では──首輪という特殊条件がある。
 それがソウルメタルの本来の効果を抑え込めているのは確かだ。事実、キバの鎧には、凍結や腐食の小さな痕があった。ほぼ修復しているため、それは観察力に優れた人間でなければ見つけることはできなかっただろう。
 結城が思うに、あれは歴戦の勇者である証というより、ごく最近何らかの戦闘で受けたものである。

 考えながら、ライダーマンは森を駆ける。

 そして、着いた先では暗黒騎士キバが暗黒剣を構えていた。
 黄金騎士ガロの黄金剣との鍔迫り合いを演じている。

「衝撃集中爆弾!」

 真横から、ゼクロスが衝撃集中爆弾を放ち、小さな爆発が起こるが、それさえもものともしない。
 キバの腕力が、今度はガロをも押した。
 ゼロが銀狼剣を二本持っているところを見ると、どうやらキバはもう一本の銀狼剣も放棄したらしい。おそらく、黒炎剣以外は不要なのだ。

「はぁっ!」

 ゼロも割って入るが、それも弱弱しくキバの鎧に当たるだけだった。
 先程、キバの鎧についたような深い傷は、残せていない。

「……ドリルアーム!」

 ともかく、準備はしておこうと、ライダーマンはアタッチメントを変更する。
 ヨロイ元帥との戦闘時の戦法はこうだ。
 強硬な鎧に身を包んだヨロイ元帥を倒す──その方法として、ライダーマンはアタッチメントを駆使しての戦闘を考えた。
 その際に利用したのは、ヨロイ元帥が「鎧を纏った生体」であり、彼そのものの体は弾丸でも死ぬという事実であった。
 ライダーマンは執拗にヨロイ元帥の体の一部をドリルアームで砕き、小さな穴を作り出し、そこにマシンガンアームの銃口を押し込むと、弾丸を連射した。
 ヨロイ元帥の鎧の中で、マシンガンの弾丸が跳弾し、何度も何度も跳ね返ると、中のヨロイ元帥は止められない数多の弾丸の嵐に倒れた……。

 キバが同様の性質を持っている「鎧の戦士」であることが、ライダーマンの希望であった。


 ライダーマンはキバの体に向かい駆け出すと、そのドリルをキバの脇部の鎧に向けた。
 腐食の痕がある部分だった。これならば、穴も開けやすい。

「弱すぎる」

 ……が、無論近接戦は不利である。暗黒剣が、一瞬でライダーマンの胸部を斬りつけた。
 そこには真っ黒な痕が残った。ライダーマンの強化スーツごしに、結城丈二の体も強い熱を感じた。久々に感じた強い痛みだ。
 キバの鎧を見るが、どうやら大した痕が残った様子はない。

「パワーアーム!」

 ライダーマンは次に、パワーアームを装備する。
 ランダムに選んだアタッチメントである。目的は、露骨に同じ箇所ばかりを狙い続けるよりも、さまざまな方法で全体を攻撃しつつ、さりげなく腐食部を狙った方が良いと思ったからだ。
 同じ箇所ばかりを攻撃すれば、無論警戒を受ける。

「はぁっ!」

 ライダーマンの後ろから、ゼロが走り出す。
 キバの前で、ゼロは剣舞のように巧みな剣使いを見せた。デスメタルの鎧に、次々と剣が当たるが、もはやそれらは大した意味を持つものではなかった。
 すべて、無意味に弾かれていくような感じがした。
 しかし、ゼロは先ほどより冷静になっていた。剣舞をしているように滑らかな動きを見るに、時間が経つごとに激情に疲れたのだろう。
 かえって、頭も働くようになったのだ。
 しかし、

 ──89,3秒──

 彼がゼロに変身してから、これだけの時間が過ぎていた。
 いささか、冷静になるのが遅かったらしく、零自身あせりを感じはじめていた。
 限界まで、鎧を解かずに戦わなければ……そう思いながら、零は戦う。

「零!」

「わかってる!」

 残りタイムが僅かであることを知ったシルヴァからの呼び声も、零は怒号のような声で静止する。しかし、シルヴァは気づいていた。
 零は、わかっていない。
 本当の仇を知った彼は、もはや怒りを抑え込めようとはしていないのだ。
 心滅獣身──バラゴの心身を蝕んだ、その悪夢が繰り返されようとしていることを、シルヴァは直感する。
 それは、鋼牙もまた同じだった。

「はぁぁぁぁっ!!」

 ガロのタイムも、残り僅かだ。その前にこの強敵を滅ぼさねばならない……それはおそらく無理だろう。
 せめて、重症を負わせ、撤退させる。
 幸いにも、キバもガロやゼロと同様に、攻撃に制限があるため、強力な反撃技は使えないはずだ。

「はぁっ!」

 ガロに気をとられたキバだったが、その隙にライダーマンがパワーアームで腹部を傷つけていることに気がついた。
 が、彼はライダーマンを無視したまま、走り来るガロに眼をやった。
 真の強敵はガロである。それは、戦闘中に重々理解している。

 ガロは黄金剣を両手を使って構えたまま、キバの懐まで来た。
 キバも暗黒剣を構え、タイミングを見計らう。

「──今だ、ゼクロス!」

 そして、限界まで近づいた瞬間に、ガロは叫んだ。
 はっとして、キバが上方を向くと、木の枝の上に忍者の如く潜んでいた赤と銀の戦士が、キバの上に向かって落ちてくる。
 そうしてキバが気をとられた一瞬の間に、今度はガロがまた至近距離で火花を散らす。
 ガロがキバの脇を駆け抜けると、今度は上方からゼクロスが降りかかる。

 キバの二本の角は掴むのにおあつらえ向きだったのだ。ゼクロスは落下しながら、キバの両角を掴み、何度も回転させて空中へとぶん投げた。遠心力によって、キバの体は大した力を加えずとも高速で回ってしまう。
 ライダーきりもみシュート。
 今のゼクロスはこの技を使うしかなかった。──しかし、次の蹴りは無い。
 空中で自由を奪われたキバに、ガロが飛び掛り、剣の柄でキバの顔面をたたきつけた。
 しかし、それによって回転は封じられ、キバは何とか直立の形で地面に降りた。顔面も痛むが、首が特に痛む。
 更にその直後には、左脇腹を切り裂くガロの剣、右脇を切り裂くゼクロスの電磁ナイフ、腹部はライダーマンがパワーアームをドリルアームに組み替えてキバの鎧を砕こうとしている。

 ガロとゼクロスが、キバの体の横を過ぎ去り、一人では不利と見たライダーマンも、一歩後退する。

「絶狼!」

 彼らが行ったのはトドメの一撃ではなかった。
 キバの動きを止めるための一撃。

「ああ!」

 駆け出すゼロ。
 ゼロが、これまでの戦いすべてを振り切るための道を拓いたに過ぎないのだ。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 銀狼剣を両手に構えたゼロは、その協力の意図をようやく理解したらしい。

「父さんの、静香の仇!!!!」

 銀狼剣がキバの体へと近づいていく。
 暗黒の鎧の戦士は、三つの攻撃によって固まったように佇んでいた。
 聳え立つキバの体は、絶好の的だった。


 ──96.7秒──

 危険なタイムだったが、どうやらキバを倒すことができそうだ。
 零は、心の中でそう思った。
 しかし、そんな中でも、ゼロは決して余裕を見せることなく走っていく。
 全身全霊を込めた一撃で、ようやく倒すことができる状態なのは、わかっている。

 そして、97秒でキバに銀狼剣が到達した。
 ゼロは、そこで散る火花の中に、静香を見た、かつての幸せな風景を見た。
 きっと、キバを倒す憎しみを強めるために、零の──いや、銀牙の心の奥底が見せた光景だろう。
 キバへの攻撃は、確かな手ごたえを伴い、ゼロに安心を与えていく。

 ──99.8秒──

 キバの体から離れ、ゼロは鎧の召還を解く。
 涼邑零が、前方にあるキバの姿を見て安堵した。
 動かない。
 静止したまま、先ほどと同じ状態で。
 鎧の中のバラゴは間違いなく死んだ。そう、零は勝手に思っていた。

「やったぜ……静香」

 だから、喜びで胸がいっぱいだった。
 この鎧の中で、バラゴはきっと息絶えている。あっけない幕切れだったが、これでいい。
 これで、家族を弔うことができる。
 これから先は、悪夢を見ずに済むだろう。


時系列順で読む

投下順で読む


Back:解放(4) 冴島鋼牙 Next:我が名は絶狼
Back:解放(4) 村雨良 Next:我が名は絶狼
Back:あざ笑う闇 涼邑零 Next:我が名は絶狼
Back:あざ笑う闇 結城丈二 Next:我が名は絶狼
Back:ピーチと二号! 生まれる救世の光!!(後編) バラゴ Next:我が名は絶狼


最終更新:2013年03月15日 00:37