Jなき戦い/殺戮者─ジェノサイダー─ ◆gry038wOvE
突如として出現した緑の怪人・サイクロンドーパントの登場を合図に戦闘を開始した者たちは、見たところ三つの陣営に分かれていた。
ただ単純に強き者を挫き、敵を殲滅する以上の感情を有さない戦士──ゴ・ガドル・バ。彼は共通の敵以外の何物でもない。彼自身が此処にいる全員を敵視し、また、同時に他の全員から敵視される存在だ。
仮面ライダースカル──西条凪、仮面ライダーアクセル──石堀光彦、暗黒騎士ガウザー──黒岩省吾。彼らは一応チームで行動しており、特に凪と石堀は元の世界の仲間であった。……本来、相対する者であるのは確かだが、それぞれの事情があって味方のつもりでいるのは間違いない。
そして、突如として現れたのはサイクロンドーパント──溝呂木眞也。凪を守るという意思を持ちながらも、それは屈折した感情による意思である。かつて凪を想い、その感情が今や悪しき執着と変じてしまった彼にも、一応少しは凪を想っていた感情は残っていたのかもしれない。
戦う敵は三様だが、目的もバラバラ。
何より、ここに善意ある判断ができるのは凪のみで、その凪も戦いの中での犠牲を辞さない精神の持ち主であった。──凪を除外すれば、悪と悪と悪の戦い、そして、凪を含めてもまた、仁義なき戦いであった。
「ハァッ!!」
最初に攻撃を仕掛けるのはサイクロンドーパントであった。
乱入者というのは兎角有利なもので、状況の混乱に応じて攻撃ができる。
茫然とする、思考する、対策を練る……などと言った、乱入者が現れた際の行動すべてを省いたうえで、思考中の敵を攻撃する事ができる。相手が混乱した状態を通り越し、思考を練る最中でも、次に起こす「策」という段階までには攻撃が可能となるのである。
ゆえに、この場では少しの間を置いてでも、真っ先に攻撃するのはサイクロンドーパントに決まっていた。
更に厄介なのは、サイクロンドーパントは高速の戦士だった事だろうか。
優れたスピードを持ち、まさに疾風のように場を攪乱させるのが彼の戦法だ。彼が通れば、木の葉が舞い、木の枝がいつ浮上したのかも忘れさせたままに落下する。
先ほどまでサイクロンドーパントの姿があったと思っていたはずの場所は、既に砂吹雪を起こしている。──そして、そんな状況が今まさに、誰も知らぬ間に起きていた。
サイクロンドーパントは既にある戦士の眼前まで距離を詰めていた。
しかし、その“相手”はそれに対応する事が可能な怪人────俊敏体へと変化する戦士・ガドルであった。
「フン」
ガドルはサイクロンドーパントの動きを察知し、防御の体勢へと変わっていた。
サイクロンメモリは純粋な格闘戦に向いたメモリだ。優れたスピードを活かし、風を起こして敵を殴る。それが最強の攻撃方法であった。
その攻撃は時として風を通り越して、小さなトルネードを起こすのである。この時、まさにトルネードは起こっていた。拳は渦巻上の風を巻いて真っ直ぐにガドルを突く。ガドルはそれを抑え込もうとしたが、ガドルの腕がサイクロンドーパントの腕を掴もうとしたのを風が妨害する。
腕を風に弾かれて、ガドルの体勢は乱れた。ガドルにもなかなか予想外の風圧である。
次にその胸へと走る衝撃は、なかなかに強固なものであったが、ガドルがそれを痛みと捉えるほどでもない。ガドルの胸板は、そんなもので崩されるものではなかった。
一撃はこの程度の手ごたえであったが、次にもう一撃、ガドルの腹部へと左腕の一撃が到達する。
「ハァァッ!」
サイクロンドーパントの掛け声と同時に、ガドルはもう一度、痛みとは呼べない些末な攻撃を受けた。──そう、やはりこの程度では感じないのだ。
風は冷たく、鳥肌さえ立ちそうなほど、肌寒い。しかし、それに輪をかけて寒いのはこのパンチである。ガドルの脳がそれを「痛い」と思うには、あまりにも敵が弱すぎた。戦いですらない、これは遊戯か何かに思えた。
ガドルはサイクロンドーパントの足を弾いた。
足を払うように蹴りあげると、その身体はまた宙を舞う。サイクロンドーパントは、自分が何故宙を舞っているかにも気づかなかっただろう。地面の落ち葉や砂を巻き込んで、まるでどこかに向かうようにサイクロンドーパントの身体は浮き上がる。
「弱すぎる」
ガドルは、その中で舞った木々の中に、他と比べて一層太く大きい木の枝を見つけ出し、その手に握る。
今の彼は、青い目の俊敏体だったのだから、それを握った理由はごく簡単なものである。
その枝は、一瞬で形を変じ、ガドルロッドという巨大な槍に変じる。
ガドルは、その大槍──ガドルロッドを一切の躊躇無しに、空中のサイクロンドーパントへと放り投げる。
サイクロンドーパントは、それを視覚で捉え、風を起こしてそれを弾いた。辛うじて、自分の元へと飛んでくる槍を弾き返す程度には、自分の状況を確認する能力が備わってきていたのである。
槍は地面に突き刺され、やがて元の木の枝へと形を変えていく。そこには、先ほどの無骨な太槍の姿など微塵もない。ただ、弱弱しく、少しの力で捻じ曲げれば割れるような木の枝があるのみだった。
サイクロンドーパントは、それを見てほっと胸をなでおろす。
しかし──
「何っ!?」
サイクロンドーパントは、もう一方の別の戦士によって打ち落とされた。突然の出来事に流石に驚愕したが、彼もすぐに理解と納得を行った。
遠距離攻撃ができる戦士は、ガドルの他にもう一人いたのである。
スカルマグナムを持つ仮面ライダースカル──西条凪である。
弾丸は的確にサイクロンドーパントの身体に吸い込まれていった。
ガドルとの戦闘に気を取られていたサイクロンドーパントだ。その攻撃は予想外のものだっただろう。
(凪……お前らしいな)
地面へと落ちていく中で、サイクロンドーパントこと溝呂木眞也はそう思う。
彼女は、突然現れた戦士には一切の信用を置かない警戒心の持ち主だ。彼女にとっては、ガドルもサイクロンドーパントも倒すべき敵に違いない。サイクロンドーパントは味方とは思えないから、迎撃対象となってしまうのは間違いないだろう。初めてウルトラマンネクサスを目撃した際には、ビーストとして撃った彼女である。
敵同士のつぶし合いは、彼女にとっても当然喜ばしい事であるはずだが、ガドルが一切のダメージを受けていないように見える以上は、サイクロンドーパントはつぶし合いさえ期待できない相手だった。言ってみれば、利用価値がない存在だ。
それを切るのは当然だ。──溝呂木は、凪の迷いのない判断に笑みを浮かべつつも、一抹の面白くなさを感じていた。
彼女の成長の中で、自分は利用価値のない存在だと判断され、こんな目に遭っている。複雑な気分になるのは間違いないだろう。
「……石堀隊員!」
と、凪の高い声が聞こえる。スカルは石堀ことアクセルに呼びかけた。アクセルはエンジンブレードを持って駆け出す。
射撃体勢に入っていたスカルよりも、落下したサイクロンドーパントに対する攻撃を行いやすいのはアクセルだ。呼びかけるだけで行動できるあたりは、やはりナイトレイダーの卓越したチームプレイによるものだろう。
スカルはこの場からの支援攻撃が適切だろうか。綺麗なコンビネーションであった。銃と剣が武器なのだから、自然と後方支援がスカルになる。それは当然であったが、この殺し合いの現場においても、屈指の連携プレイができるのはこの二人だろう。敢えて言えば、石堀は平木詩織隊員、凪は孤門一輝とのチームで戦う時が最も連携が取りやすかったが、それでもナイトレイダー同士なのだから、戦闘のイロハについては同じように教育されていた。
同じような状況下で戦闘を教わったのだから、当然二人の戦闘に対する考え方もある程度統一されてくるに決まっている。
落下するサイクロンドーパントはアクセルの斬撃をその身に浴びる事になる。
アクセルの斬撃とスカルの射撃。その両方を受け、サイクロンドーパントは顔を歪めた。
△
一方、相手がいなくなったガドルに対して駆け出したのは暗黒騎士ガウザーである。ガドルが槍を捨て、格闘体に戻ったのを見て、好機と感じたのか。
先ほど、シャンゼリオンとの戦いを行う戦士の座をかけ、二人はこの場で戦う事となった。サイクロンドーパントというイレギュラーさえなければ、最初に剣を交えたのはこの二人だろう。
兎角、ガウザーはガドルを最優先すべき標的と考えていた。
ガドルとサイクロンドーパントの二人を標的と考えているアクセルやスカルと異なり、ガウザーの標的はガドルのみであった。
ガドルの方はスカルを最優先に倒す敵と認識したが、向かってくる相手を倒す事に異存はない。
「最初の相手は貴様か」
ガドルは、敵の外形を見て、紫の目の剛力体へと変身する。
装飾品もガドルソードへと変身し、更に強固な体へと変身する。この姿ならば、サイクロンドーパントの風によって体勢を崩す事もなかっただろう。それだけ剛健で、敵の攻撃を無力化する力が強い形態である。
何故この形態に変化したのかを、ガウザーは理解した。
「……目には目を、剣には剣を、か」
目には目を、歯には歯を。目を抉られれば敵の目を抉り、歯を抜かれれば敵の歯を引き抜く。剣で襲い掛かる敵には、剣で応戦せよという事だ。
ガドルは、得意気だった。敵の武器に合わせ、自分の武器を変える。これで条件が五分の争いが期待できるのである。
剣の形状は随分と違ったが、どちらも不服は無さそうだった。ガウザーが剣を構えて駆けだしたのがその証拠である。これを同条件での戦いと認めたのだ。
「ハァッ!!」
「フンッ!!」
ガウザーの剣とガドルソードがぶつかり合った。
華奢なガウザーの剣は、真横に構えたガドルソードに防がれたが、両腕のエネルギーが互いのエネルギーを相殺しているうちに、ガウザーはガドルの下半身を蹴る。
体のバランスを崩して、手にかかるエネルギーを弱めようとしたのである。
「──その程度か」
しかし、剛力体の身体は、その程度で後退するほど柔ではない。逆に、ガウザーの身体の方が壁を蹴ったように後ろに退いた。それは、ガウザーにとっても想定外である。
バランスを崩したのが自分の方であったと知った頃には当然、もう遅い。
ガウザーの左肩から右腰にかけて、一瞬で斬撃の痛みが走った。まるで身体を強く抉るような一撃であった。
「がはぁっ──!!」
一撃。たった一撃である。
しかし、そのたった一撃が、ガウザー史上、かつてない痛みと言っていいほどに体に堪える攻撃だったのである。
ガドルは純粋なパワーにおいても、最強であった。攻撃をものともせずに立ち続けるほどの重量と防御力を持ち、これほど豪快にガドルソードを操る敵に、一抹の恐ろしさを感じる。
更に言えば、ガドル以上に強いとされるダグバという戦士も気がかりであった。
「弱い!!」
ガドルは、面白くなさそうにガウザーの体へと左手でパンチを浴びせた。
剣を使わない事に理由はない。ただ、左腕を動かさないのが寂しかったとか、その程度の理由だろう。通常は片手で操る事はできないが、ガドルが片手で剣や槍を扱う以上、左腕はあまり使わなくなる。
左手が訛っていないかの確認か、左腕を久々に動かしてみるのも悪くないと感じたか。そんな気まぐれで突き出された拳であったが、これがまたガウザーの鼻を文字通りへし折るには丁度良かった。
「ぐあっ!!」
真っ直ぐにガウザーの顔へとぶち当たったそれは、首の骨が折れるのではないかと自身の身を案じた程強烈であった。
顔だけではなく、頭を支える首の部分まで軋む音を鳴らすほど、ガドルのパンチは強力なのである。
ガウザーは思う。
(何故、シャンゼリオンはこんな相手に生き延びる事が出来たんだ……?)
と。
シャンゼリオンとガウザーは、甘く見て互角。基本的にはガウザーがおそらく少しばかり彼より強く、また、過去の彼ならば余計に強さから遠い状況下にある……という状態であるはずだ。しかし、シャンゼリオンはガドルより強いダグバと見え、何故かほぼ無傷で生きている。
ガドルの強さは勿論、シャンゼリオンと比較した時の自分の体たらくによって、ガウザーの確固たる自信が折れかけている所に、もう一度ガドルはソードを振るう。
左腰部から凪ぐようにして振るうが、それは斬るというほど繊細な作業ではなかった。
ソードの重みと圧力を利用して、ガウザーの身体を吹き飛ばしたのである。あまりにも大雑把すぎる攻撃であった。
驚くべき事に、ガドルは、それを片手で行った。ガドルソードもガウザーの身体も十二分に重みをもっているはずだというのに、その圧倒的な力で吹き飛ばされたのである。
「……クッ!」
ガウザーの身体は、空を舞い、木の幹にぶち当たった。
飛距離は数メートルといったところだろうか。おそらく、こうした障害物にぶつかるまで、百メートル以上、ガウザーの身体は並行に跳び続けただろう。加速する前に木にぶち当たったのは幸いかもしれない。
ここがどこを見ても木で生い茂る森であったがゆえに、その飛距離は数メートルに終わった。
ガウザーの身体が、その幹から、滑り台を滑るように、力なく落下する。落下したはいいが、目の前にいるガドルに対する恐怖を感じ始めた彼は、もっと長く滞空していたかったと感じた。
(な、……なんだこの力は…………これが奴らの力……)
闇生物の中では腕っぷしの強い部類であるガウザーも、ガドルの圧倒的な力を前には手も足もでなかった。
これは埋めがたい実力差だ。
強き者が生き、弱き者は朽ち果てろという黒岩省吾の考えに基づけば、己は負け犬──ここで消えても良いはずの存在となってしまう。
負け犬。
その言葉を、脳内で反芻する。弱い者、力なき者など不要である筈だ。同情する価値もなく、目にする価値さえ無い筈の存在だ。
そして、それは自分とは永久に無縁と思われた言葉だ。
目の前にいる怪人の圧倒的な力に、彼の自信は瞬く間に喪失されていく。
……自分は、彼と互角の戦いを期待して挑み、何も与えずに負け、こうして木から滑り落ちているほどに弱かったのである。
「グァハッ!」
攻撃を受けたわけではないが、思考の真っ最中にガウザーの口から大量の血が吐き出された。吐き出す予兆さえ感じず、突然に血が吐きだれた事に彼は驚愕する。しかし、それでいて、血を吐き出すほどのダメージを受けていた事には納得していた。
今受けた攻撃の強固さを考えれば当然だ。内臓が動きを早めているのがわかる。むせ返りそうなほど、喉の感覚が悪い。血液が喉に絡んでいる。
剣を握ったままの右腕で口元を拭い、背に木の幹を置いた事で、彼は起立を許されている状態だった。
この木が脆ければ、立っていられただろうか? ──いや、立っていられた筈がない。ガウザーの体重は、この木が支えているのだ。他人を支配する事さえもできないような生物に。
(……フン……。だが、このまま負けるわけにもいくまい。この程度の敵にやられているようでは、この俺も負け犬と呼ばれて当然だ)
剣を構え直すと、ガウザーは背後の木を強く蹴った。
それが、彼が走り出すのを手助けする動作であった。直立状態から突然走り出せただろうか。
むしろ、今の走りは、ただ前に倒れていきそうな身体を支えるために足を出しているような走り方だった。それがだんだん慣れていき、しっかりとした走りへと変じている。
「ハァァァァァァァッ……!!」
掛け声というよりか、雄叫びに近い。喉に絡みついた血が、彼がより強い声で叫ぼうとするのを妨害する。
そんな声にならない声をあげながらガウザーは駆け、それをガドルは悠然と待っていた。どれだけの力で挑んでくるか、ガドルは期待していただろう。
しかし、結果は実にあっけないものである。
ガウザーの剣はガドルソードに弾かれる。弾かれたガウザーの剣は空中で回転し、ガウザーの右腕は何も持たなくなった。
剣なき騎士。それは、もはや敗北の枕詞に使ってもいいほどに哀れで情けない姿であった。
ガドルは、その身体をガドルソードで再び吹き飛ばす。
ガウザーの攻撃自体が、特攻といってもいいほどに無謀だったのだ──やはり、何もできていなかった。
「──温いな。これでは戦いをしているとは思えない」
ぼそりと呟いたガドルの台詞は、そのままガドルの率直な感想を示していた。
暗黒騎士ガウザーは、他人にこんな言葉を許すのは初の経験となる。
どんな闇生物よりも強く、闇将軍ザンダーにさえ匹敵する能力を持ち、超光戦士シャンゼリオンにさえ遅れを取らなかった男だ。
敗北を知らず、ゆえに敗者を徹底的に見下した男が、この言葉を聞いて何を思っただろうか。
ガドルソードはガウザーの腹部を突き刺し、そのままガウザーの身体を持ち上げる。
ガドルソードはその身体を貫かない。ガウザーが辛うじてその切っ先を両手で握っていたのである。そのまま貫く事もできたが、かえって趣のある姿と思い、その身体をゆっくりと持ち上げた。
ガドルソードの切っ先は上空を向き、ガウザーの足が宙を泳ぐ。
「ぬぁぁっ……!!」
彼の体重を片手で支え、何もないかのような鉄面皮を崩さないガドルは、改めて化け物だと感じる。上空から見える景色は不思議だ。高いところにいるにも関わらず、見下ろされているような感覚である。
「……フンッ!」
しかし、それを感じた時には、暗黒騎士ガウザーの身体はその剣の上から振り落とされ、気づけば泥を身体に含みながら山の斜面を転がっている。
ガドルは、ガウザーの体を棄てたのである。
ガドルはこれを戦いと認識しなかった。虐殺とも思わなかった。敵は、一定の防御力を持ち、リントならば確実に死んでいるであろう攻撃を受けても死なない相手だ。もっと執拗に弄り殺さなければならない相手であるのはわかっている。
しかし、息の根を止める価値のある相手だろうか。
ガドルが倒すべきは、「戦い」ができないほどに弱い相手ではない。ガドルが今行ったのは、戦うべき相手の「選別」──そして、これはその結果の「破棄」だった。
「がはっ……ぐぁっ……!!」
あまりの衝撃でブラックアウトが解け、人間としての黒岩省吾の姿が山道を転がり落ちる。転がり落ちるスピードは速い。そのスピードで木に頭をぶつけ、地面から突き出した石にスーツを破られ、腹を突き刺されるのだから、黒岩もたまったものではないだろう。
スーツとシャツは血まみれだ。頭からも血を流しているし、唇は切れている。
吐血の痕が下唇の真下を一直線に流れ、そこには砂や泥や枯れ葉が付着し、あまりにも汚らしい恰好を作っていた。
「なっ……げあっ……げほっ……うぇ……!!」
まともに言葉を発する事さえできないほど強くむせ返り、そのたびに口からは泥や血が飛び散る。なかなかそれが喉から消えなかった。どれほどの距離を落ちたのかはわからないが、とにかくまずは目が回り、まともに立つ事さえ難しかった。
両手に力も入らず、起き上がる気力もわかない。
「……ぐっ…………こんな筈が……」
やっとまともな言葉を発する事が出来ると知ると、黒岩は自分が口に出した言葉を後悔する。そのまま本心だったのだが、これがまた情けなく感じた。
こんな筈が──という言葉は、すべてを思い通りに進めていた黒岩の口から出るには、あまりにも不格好な言葉であった。
「こんな筈がない……こんな筈が……くそっ!!」
自分はあの強敵に勝てる筈だ。──いや、勝てないにしても、おそらく互角の戦いを繰り広げる事が出来た筈だ。それだけ自分は圧倒的な力の持ち主である筈なのだ。
しかし、勝てなかった。それどころか、敵にはこれを戦いと認識させる事さえできなかったのだ。勝敗以前の問題であった。
何故、勝てない。
シャンゼリオンはダグバとの戦いであれだけ元気に生きているというのに……? あの男が平然と戦えて、何故自分は勝てないのだ?
あの男がある程度平然としていたから、黒岩には一定の自信があったのだ。
それはあまりにも簡単に打ち砕かれた。黒岩は、ガドルと「戦う」ことさえできなかった。
「くそ……くそぉっ……クソォォォォォッ!!」
皇帝となるべき自分の目が、涙を流している事実に気づく。汗か血かと思っていたが、それは確かに涙であった。
涙────弱者が流すはずのものである。辞書にはそうは載っていなかったが、黒岩の脳裏では既にそれと同義になっていた。黒岩はこれまで涙など流した事もない。
皇帝は周囲に笑顔を振りまき、愚民の醜態を高くから笑えばいいはずなのだ。愚民を見下ろし、その姿を嗤う。その目に涙などいらない。愚民が流すべきが涙だ。
心や体を傷つけた者が流すもの。悩んだ末に答えが見いだせない者が流すもの。成功とほど遠く、何もできないままに失敗を繰り返す人間が流すもの。他人に勝手に共感し、感動などという名目で流すもの。弱者にとって、自己を洗い流すための細やかな宝──それが涙に違いない。
──何故、俺が涙を流している?
俺は強者の筈だ。この殺し合いにおいても、主催を打倒し、シャンゼリオンと決着をつけ、元の世界で皇帝となるべき筈の男なのだ。
こんなところで、敗北する運命なのか?
それどころか、敵に「温い」などという感想を許していいのだろうか。
「何故だ……俺は、最強の闇生物……シャンゼリオンのライバルの……皇帝となるこの俺がぁぁ……!!」
乱れた髪、涙ににじむ目、血と泥に汚れた体、皺だらけになって破れてしまったスーツ。高貴である筈の自分のイメージとは全く違う今の自分の外見に、黒岩は慟哭する。まるで乞食のようだ。
黒岩は、文字通り転落者なのだ。これまで成功し続け、敗北を知らなかった筈の男が、たった数分の戦い──いや、敵による廃棄で、自身を喪失し、何もできなくなる。
あまりにもみすぼらしい姿。高級なスーツは泥に塗れて乱雑に引き裂かれている。本来なら、今すぐにでも脱ぎ捨てたいものだが、それさえできない。この場では、これに替えがないのだ。
セットした髪も乱れ、ほとんど土が混じっている。そのうえ、出血しているのだから、土を払い落とす事もできない。顔はもはや、血まみれで拭く事もできないだろう。身体は節々が痛み、常人なら立ち上がる事もできないほど痛めつけられていた。
プライドを挫かれるような醜態だが、むしろ、今の自分ほどこれがお似合いな人間はいないとさえ、感じ始めていた。
そう、これはもはや──どうしようもないのだ。
あのガドルという敵の力は圧倒的である。──それは、暗黒騎士ガウザーの想像を遥かに超えていた。
独力で勝てる相手ではなかったし、仮に凪や石堀と協力しても勝てる相手ではないのではないだろうか。たかだか数名で対処できる相手とは思えない。単身で挑むというのも、あまりに無謀な話であった。
ガウザー自体、はっきり言えば、この殺し合いの中では強い部類とは言えまい。
技の多彩さ、攻撃力・防御力の高さ、スピード、能力──何かにおいて、ガウザーに突出した力はなく、ガドルのように総合力という部分で突出してしまった相手にはろくな対処ができないのである。
ふと思い出す。
「……そうだ! 奴らは……!」
黒岩は、自分が転がり落ちた山の上を見上げた。
そこには、仮面ライダーアクセルに変身した石堀光彦や、仮面ライダースカルに変身した西条凪、そしてサイクロンドーパントがいるはずなのだ。
ガドルが次に狙うのは彼らに違いない。そして、彼らがおそらくこの後軒並み殺されるのも想像に難くないものだ。
当然、黒岩には彼らを助けに行く義理は無く、今すぐにでも逃げ出すのが得策に違いない。ガウザーとて自分の命は惜しい。少なくとも、ガドルと戦うならばそれ相応の力を蓄えてから挑むべきだ。
……無論、この狭い島では、強くなる前にガドルと再会してしまうだろうし、どれだけの猶予があればあのガドルに勝てるのかもわからない。更に、ガドルには上がいるというのだ。
そんな相手に勝てる筈がない。仮に、シャンゼリオンがそれに勝てるというのなら、ガウザーはシャンゼリオンに勝つ事さえできないのではないだろうか。
(……奴ら)
黒岩が冷静に真上を見上げてみると、はっきりと彼らの戦いの姿が見えた。
黒岩は、自分が視認可能な場所で戦いが行われていると確認すると、すぐに木の影に隠れてその様子を見る事にした。
どちらにせよ、このままでは走って逃げるような事もできない。
これだけ全身が壊れ始めているのだ。逃げる元気など無い。木の影に隠れると言うより、木にもたれて立っているというのが適切な姿かもしれない。
とにかく、黒岩はそこから真上での戦いを観戦する事にした。
△
サイクロンドーパントの身体に、エンジンブレードの刃が伝わる。その攻撃によって走る痛みは、胸から指先まで伝播するほどである。
仮面ライダー対ドーパント。
風都においてはあまりにも自然な姿だっただろうが、変身するのは全く別世界の人間である。照井竜や大道マリアのいた世界を「仮面ライダーWの世界」と呼ぶのなら、これは彼らのいた「ウルトラマンネクサスの世界」の人間たちの戦いである。
「……らぁっ!!」
エンジンブレードは、サイクロンドーパントの身体を二度も三度も斬りつける。
最早、火花が散ったくらいではその勢いを形容できないだろうか。荒々しく振りかぶり、サイクロンドーパントの肩を、腹を、胸を斬る。その姿は、飛び散る火花よりも荒れていた。
一見すれば、未知の敵に対する恐怖感から荒々しい戦いをしているかのように見える。しかし、その変身者である石堀光彦の心は妙に冷めていた。
どうにも、相手の正体が自分のよく知る人物である気がしてならないのである。
「フンッ!」
一方のサイクロンドーパントも決して弱いわけではない。
変身者である溝呂木眞也は、生身でも超能力を有するダークウルトラマンの適能者である。闇の力に魅入られた彼は、闇を自在に操る。
その闇の力を使わないのは、正体を知られるとまた厄介な事になるから、だろうか。
特に西条凪。彼女が死なないように支援するのが彼の役割だが、彼女にはこうして真っ先に目を付けられ、ガドル以上に撃退を優先された存在である。
サイクロンドーパントはまずガドルを潰そうとしたのだが、その余地さえ与えられない。
それに対する苛立ちもあってか、サイクロンドーパントは右腕をアクセルの胸部へと叩きつけた。なかなか強固な一撃である。
「がっ!!」
「ハァッ!!」
敵が怯んだところで、サイクロンドーパントは高く跳ぶ。
跳び上がったまま、アクセルの胸部に二段蹴りを叩きつけ、宙返りして地面に着地する。
ピュンッ、とスカルマグナムが自分の身体へと発射されるのを感じた。
だが、サイクロンドーパントも、この時はそれを直前で避けるに至った。もはや、二度も同じ手は食うまい。
スカルマグナムは二度、三度と攻撃を仕掛けるが、その軌道は全て外れ、時にはサイクロンドーパントが操る風に跳ね返された。
「……溝呂木!」
スカルの口から、その言葉が発される。
サイクロンドーパントははっとして、一瞬動きを止めた。すると、その体に向けてもう一発スカルマグナムの弾丸が飛ぶ。
サイクロンドーパントは、我に返ってその弾丸を避ける。風を切り、スカルマグナムは後方の木に当たる。弾丸は全てその木に当たっていた。
凪のもう一つの狙いはその木であった。
木は、みしみしと音を立て、サイクロンドーパントの背中に向けて倒れていく。木の根元の辺りに、何発も弾痕が残っていた。
「副隊長、どういう事ですかっ!?」
アクセルが訊く。
スカルが先ほど、サイクロンドーパントを「溝呂木」と呼んだ事に対してだろう。
スカルとて、別に敵が溝呂木だと見破っていたわけではない。
「このタイミングで私たちの前に現れた謎の敵。一番その正体として在り得そうなのは溝呂木眞也に違いないわ」
ただ、この疑念だけあれば充分だった。
その名を呼びかけ、少しでも反応すれば、それは溝呂木だ。
反応しなければ、溝呂木でないか、あるいは、ただの反応しない溝呂木である。──こちらの場合は疑い続けるだけで、反応した場合は、確信へと変わるだけだ。
サイクロンドーパントの正体は溝呂木。
これは、凪の中では確信へと変わった。やはり、溝呂木眞也との因縁は断ち切れないらしい。
「……バレてたわけか」
木が持ち上がり、サイクロンドーパントであった筈の物体がそこから現れた。
だが、その外形は緑の意匠を消し、全く別の怪物へと変じていた。凪や石堀にはなじみ深い姿である。
ダークメフィストだった。
彼はサイクロンドーパントの変身を解き、多彩な武器や技を持って扱いやすいダークメフィストへと姿を切り替えたのである。
「あなたを溝呂木と呼んで反応するか試しただけよ」
「……なるほど。そんな手があったか」
思わず、溝呂木は納得する。
てっきり、サイクロンドーパントの正体を溝呂木と結びつけて答えられたのかと思ったが、そんな事はなかったらしい。はっきり言えばあてずっぽうだが、それでも効果があっただけに、溝呂木の目から見ても優秀な頭脳プレイだったと言える。
それに、それが一瞬の隙を作り出し、サイクロンドーパントを木の下敷きにしたのだから、手放しで賞賛しておくべき戦法だろう。
「……感謝するわ、涼村暁。こうして溝呂木と互角で戦える力をくれた事に」
仮面ライダースカルは、ここにいない男への感謝を呟いた。
ダークメフィストは、生身の凪ではどうしても戦い難い相手だった。しかし、今は違う。
ロストドライバーとスカルメモリによって、仮面ライダーとなった凪は、ダークメフィストとも戦える力を持っているのだ。
これで、かつてナイトレイダーを裏切り、凪の信頼を裏切った罪人と決着をつける事ができるのである。
凪は、きっと溝呂木を憎んでいたのだ。かつて尊敬していた目標の副隊長だったからこそ、凪は溝呂木の裏切りが許せなかった。そして、共にビーストと戦ってくれると信じていた人間が、憎むべきビーストの側に立った事が、凪には悲しかった。
ならば、倒すしかない。
仮面ライダースカルの力を極限まで使い、ダークメフィストを討つ。──自分自身の手で。
だから、仮面ライダースカルの力を与えた涼村暁や加頭順に、この時ばかりは感謝した。
「俺と戦うのか? 凪」
「そうよ……」
「戦うべき相手は他にもいるはずだぜ?」
ダークメフィストの視線の先には、ゴ・ガドル・バが悠然と立ちすくんでいた。
ふとスカルが背後を見れば、そこにはガウザーの姿がない。
ガドルだけが立っており、こちらへと歩み寄っていた。
「……どういう事!? 黒岩は!?」
暗黒騎士ガウザーこと黒岩省吾がどこへ行ってしまったのかも認識できないまま、凪と石堀は強敵二名の近くに取り残されてしまったのである。
メフィストだけならまだいい。凪の強い憎しみが力となり、戦う事ができる相手のはずなのだ。しかし、凪の邪魔をするかのように、ガドルは歩み寄る。
それはゆっくりとした歩みだったが、かえって恐怖を際立たせた。
メフィストとは正反対の方向を向いているだけに、すぐにメフィストの方に向き直らなければ危険だというのに、ガドルの歩みに視線は固定され、夢中になってしまったように目線の先は変わらない。
「次は貴様らだ……骨のある奴から来い」
次。ガドルはそう言う。
次に戦う相手、という事だろうか。しかし、違うように思えた。
次に殺す相手ではないか──? つまり、黒岩は凪と石堀が目を放した僅かばかりの時間でガドルに息の根を止められたという事ではないか?
それを思い、凪は息をのむ。
メフィスト以上の強敵に違いないが、どうすればいいのだろうか。
仮に溝呂木が協力したとして、三人で勝てる相手か?
「……はああああああっっ!!!」
其処へ駆け出したのは、仮面ライダーアクセルであった。
アクセルは、スカルのもとへ向かうガドルの体へとタックルをする。ガドルは格闘体の状態だったので、辛うじてそれによってバランスを崩した。
だが、大きくは崩れない。ガドルの肘がスカルの顔面に叩き込まれる。
「副隊長!」
「石堀隊員! どういうつもり!?」
ガドルに突っ込むなど、無茶の極みである事は重々承知の筈だ。
「副隊長は溝呂木をお願いします!」
アクセルは声を張り上げ、必死でそう叫んでいるように見えた。──彼の本心はともかくとして。
スカルは彼の姿を見て頷くと、メフィストの方へと向きなおした。
ガドルというのがどれほどの強敵か、スカルもわかっている。わかっているつもりなのに、溝呂木だけは放ってはおけないのだ。
このまま放っておけば被害が拡大するからなどではない。
凪自身が、何より倒さなければならない相手であるからだ。
「フンッ。どうやら俺達は俺達だけで遊べるようだな、凪」
「クッ……」
「その方がいいだろ、凪?」
メフィストが呼びかける。
次にどんな言葉を発するのかと構えて待っていると、凪の手にはガイアメモリが投げられた。
緑色のメモリ──Cと書いてあるメモリだ。おそらく、先ほど溝呂木が変身したドーパントのものだろう。この場で彼が持っていても全く違和感のないメモリだ。
「そいつにやるといい」
そいつ、というのは石堀隊員の事で間違いないだろう。
他に、このメモリと関連して呼ばれる人間はいない。アクセルのエンジンブレードは、様々なメモリの能力で戦う優れものの武器である。
要は、石堀隊員に力を貸してやれという事だ。
しかし、警戒心が芽生えるのは仕方のない話で、スカルは怪訝そうにメフィストを見るのみだ。
「どういう風の吹き回し?」
「……何、俺がお前を手に入れる手伝いをしてくれた礼だ。それに、このガイアメモリという奴は面白い。ただ単純に体に挿して使うだけじゃなく、お前たちのようにベルトに挿して使う事も、武器に能力を付与して使う事もできる。このメモリはどう使えるのは見たくてな」
溝呂木の本心ではなかった。
確かに、メモリがこうしてさまざまな用途で使えるという事を知れたのは興味深いが、実際はこのメモリの有害性をよく知っているからである。
凪たちが知らない筈もないが、状況に応じて使用しなければならない武器だ。凪が状況に応じてそれを使おうとするのは知れた話。
今はその毒素を受けないロストドライバーを巻いて戦っているが、それを失えば彼女はどうなるか────ごくごく簡単な話だった。
彼は、彼女たちが闇の奈落へと落ちていくのが見たいのである。
「石堀隊員! これを使って!」
ガドルを食い止めるアクセルに向けて、スカルはサイクロンのメモリを投げた。
エンジンブレードでガドルを引き離していたアクセルは、サイクロンメモリをキャッチする。しかし、左手でそれを握ったはいいものの、使える好機を待たずして、ガドルはアクセルの腹に一撃、パンチをお見舞いした。
「ありがとうございます、副隊長!」
痛みに耐えながら、アクセルはお礼を言い、再びガドルと戦う。
その様子を見て、やはり石堀に対して申し訳なく思いながらも、凪は結局、溝呂木を倒したい衝動を抑えきれなかった。
「さて、そろそろ俺達もゲームを始めるか。凪……」
「……そうね。長い長いこのゲームの終わりを、始めましょう」
スカルは、スカルマグナムの引き金を引く。
それが、凪と溝呂木の因縁を絶つゲームの始まりの合図だった。
スカルマグナムの攻撃を真横に回転して避けたダークメフィストは、その鍵爪・メフィストクローから緑色の光弾・メフィストショットを発射する。
スカルに向けてではなく、スカルの周囲の地面を連続して撃ち、スカルの視界を攪乱させた。砂埃の柱によって視界を遮られたスカルは、次の攻撃を躊躇う。
敵の位置が補足できずに迷っているスカルの眼前に、メフィストが現れ、メフィストクローは凪の胸を引き裂いた。
「うあっ!!」
「この程度じゃないだろ? 凪……俺を憎んでいるなら、どこまでも強くなれるはずだ!」
まるで、溝呂木は凪の強さを引き出そうとしているようだった。
いや、彼が引き出そうとしているのは凪の憎しみや負の感情かもしれない。しかし、彼らの常識では、憎しみは力となり、強さに直結する。
憎み合うほど強くなる筈なのだ。
凪は、敵の言う事を聞くのも癪だと思ったが、それでも溝呂木を憎まずにはいられない性だった。
「うわああああああああああああああ!!!!」
スカルは、右足を挙げてメフィストの体を蹴りあげようとする。
だが、メフィストはそれを左腕で受け、微動だにしない。
次に、スカルは右腕を突き出し、メフィストの体へと攻撃をぶち当てた。
その攻撃に合わせるようにメフィストは己に右腕を突き出し、メフィストクローを再び凪の胸へと突き刺した。
カウンターとなり、痛み分けするように二人は後退し、激痛の悲鳴を上げた。
しかし、それでも二人は互いに対して語りかける。
「……もっと強い力が欲しいのなら……俺のようになれ、凪! 闇の力は無限だ!」
「いいえ……。あなたはいずれ、光に敗れるわ……ウルトラマンの光に!」
このダークメフィストが、ウルトラマンネクサスに敗北を喫する前のダークメフィストなのだろうと睨んでいた凪は、そう答えた。
姫矢准。
この場にもいたが、既に脱落した男が、溝呂木眞也に打ち勝った瞬間を、西条凪はかつて間近で見た。そして、凪はその手助けをした。
闇への抵抗はより強まり、凪を光へと近づけたのである。
「光!? ……笑わせるなよ、凪。光が闇に打ち勝つなら、どうして闇に染まる人間の方が圧倒的に多いんだ?」
メフィストの方が、先ほどのカウンターから立ち直り、戦闘体勢を整えるのが早かった。
前に一歩踏み出したメフィストは、凪の心の隙間を探し出すように語りかけながら、そのまま何歩も進んでいく。
「……人は誰でも光と闇を心に持つ。だが、大多数の人間は生きていく中で光を心から消し、闇を選択する。それは闇の力が絶対的に強いからだ! 光など……闇に消される運命だ!」
メフィストクローが真っ赤なハイパーメフィストショットを繰り出し、スカルの両手、両足、胸部、そして頭へと、計六発全て命中する。
スカルには避ける術がなかった。
スカルの反射神経は今の攻撃を回避できるほど発達しておらず、体も弱っていたのである。
西条凪の変身した仮面ライダースカルの額には罅割れも無く、また、透けたクリスタルのような頭部になっていた。戦いに対しての迷いも、メモリを使う事への迷いも振り切れていない彼女の屈折した気持ちが、スカルの姿からもわかるだろう。
仮面ライダースカルといっても、厳密には二形態ある。
迷いを捨てた完全なスカルと、迷いを捨てきれない不完全なスカル。不完全なスカルは、スカルクリスタルと呼ばれる。
いま現在の凪は、スカルクリスタルの状態だった。
戦いを知っているはずの凪が迷っているのは何故だろうか。
ガドルとの戦いのときは、まだガイアメモリの使用に対する迷いがあったのかもしれない。強大な戦力とは知りつつも、やはりガイアメモリというものの危険性を説明書で知っている凪には、使用の抵抗が起こりうるシステムだ。
それは当然に違いない。銃を持つよりも遥かにリスクのある武器なのである。
だが、溝呂木眞也を倒すためにも、凪のメモリへの迷いは振り切れないものなのだろうか。──それは否だ。憎しみのためならば、人の心は迷いを振り切れる。凪ほど強い憎しみならば、尚更だろう。
しかし、溝呂木に対して、凪は憎しみだけを抱いているわけではなかった。
かつて溝呂木がナイトレイダーの副隊長だった事実が、凪の実力を弱めていたのである。当の溝呂木が自分の凪への愛を極端な形へと変えたのに対し、凪はその段階へは入っていなかった。
人間でいられるかいられないかの違いである。
ダークメフィストは、膨大なダメージを受けたスカルの胸部にダークグレネードを放つ。
「がああああああっっ!!」
スカルは何度とない攻撃の果てに変身を強制解除される。
ドライバーが弾かれ、凪はその反動で後ろへと吹き飛び、倒れた。落ち葉が舞い、凪の胸に落ちる。落ちていた小さな木の枝は、凪の装備に潰されて心地いい音を鳴らしていた。
凪が立ち上がれずにもがいていると、ダークメフィストは間近に歩いてくる。
そこに溝呂木眞也の姿はないはずだというのに、凪は完全にその相手に対して力を引き出す事はできなかった。
当人さえ、自分が溝呂木に対する迷いを捨てきれていない事には気づいていなかった。
△
アクセルは攻撃しつつも、ほぼ効果がない状況に悩んでいた。
ガドルには正攻法の攻撃が通じなかった。
サイクロンドーパントに対して行ったように何度も何度もエンジンブレードで斬りかかったところで、ガドルの体はそれを弾き返してしまう。
生半可な力技では、ガドルの鍛え上げられた体躯は攻撃を弾いてしまうのだ。それは鋼の壁に剣を突き立てる事に等しい。
ガドル自身も己の強さを自覚している。だからこそ、ガドルは自信満々とばかりに胸を張り、アクセルの攻撃を防いでいた。逆にエンジンブレードの方が罅割れてしまいそうだ。
向かってくるガドルにできる攻撃はこれしかない。半端ない威圧感によって、アクセルの方も圧迫されつつあるのだ。斬り方はだんだん荒っぽくなる。
そして、ガドルのパンチが真っ直ぐに突き出されると、遂にアクセルは後方に十メートルほど吹き飛ぶ事になった。辛うじて両足のバランスは保っている。
「ギベ……!」
死ね──。
ガドルは、いよいよ死の宣告を下す事とした。
強くなる事も期待できず、ただ煩わしい攻撃を仕掛けてくるだけの相手だ。殺す事も当然辞さない。
クウガのように見込みさえあれば、生かして強くなるのを待つのも良い。だが、先ほどの男やこの男は違った。見込みがないのだ。先ほどの男を投げ捨て、その結果、ガドルの手の届く場所に落ちたのならば、そこで葬っただろうが、この男は近くに落ちた。だから、トドメを刺すにも丁度良い。そういう意味で、黒岩は運が良かったのかもしれない。
疲弊を始めたアクセルの姿は、ガドルの瞳に、既に消すべき獲物として映っていたのである。──その瞳は、電撃体の金色へと変色する。
「くっ」
舌打ちをするようにそう声を出しながらも、アクセルは先ほど投げ渡されたメモリを使う事にした。これだけ距離が離れれば、メモリを挿入する隙もできる。
死の宣告とは知らないものの、相手が構えだしたので、隙のある動きをしているのがわかったのである。おそらくは、トドメを刺しに来るだろうとみていた。
ガドルは攻撃のたびに瞳の色を変えて戦法を変える──それは先ほどからわかっている話だ。ならば、こちらが戦法を変える時には、何をすれば良いか。
──Cyclone Maximum Drive!!──
サイクロンメモリをエンジンブレードにはめ込むのだ。
音声が鳴り、アクセルの身にも想像だにしない力が湧き出る。どうやら、このメモリはアクセルとの相性が良いらしい。
複数のメモリを組み合わせて戦う場合は、このあたりにも気を使わねばならないので大変だが、どうやらサイクロンとアクセルは呼び合っている力らしいのだ。石堀は、仮面の裏でその運命を歓迎した。
さあ、来い。
この剣が貴様を切り裂いてやる──。
「ゼンゲビ・ビブブ──」
一方のガドルは高く跳び、その足に電撃を帯びる。大量の電気を吸収し、フォトンランサーファランクスシフトを受けて更に強化されたガドルが持つ金の力は、もはやクウガさえ超えるかもしれない。
アクセルが選択したメモリが先ほど与えられたサイクロンであったのは幸いな話だろう。エレクトリックなどを使った日には、それこそガドルが凄まじき戦士に一歩近づこうとも不自然ではない話だ。
しかし、アクセルがサイクロンを選択した事実など、それこそ不幸中の幸いに過ぎない。どちらにせよ、アクセルを滅するだけの力を持ったキックである。
ガドルは、空気抵抗の壁を蹴り破り、真っ直ぐにアクセルの体へと足を近づけていく。
さあ、来い。
その剣ごと蹴破ってやる──。
上空から落下するガドルと、地上でエンジンブレードを構えるアクセルが一秒ごとに近づいていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「るぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!
ガドルはただ真っ直ぐに近づいていき、アクセルは真後ろに構えたエンジンブレードをタイミングよく前に突き出した。
緑の風がガドルの体に久々のダメージらしいダメージを与える。
金色の雷がエンジンブレードからアクセルの全身へと一瞬で駆け抜ける。
電撃が走る音が周囲に鳴り響き、また同時にその周囲の空気が逃げ出すように放射状の大風が起こったので、誰が見ても異常気象が起こったように感じただろう。
どんっ! ──巨大な鉄球でも地面に落ちたかのような音とともに、二人の姿が弾かれる。それはまさに、鉄球と鉄球がぶつかったに等しい膨大なエネルギーと重さの相殺であった。
「ぐぁぁっ!!」
「ぬぁぁっ!!」
互いの勢いがあまりに強力であり、互いに受けたダメージがあまりに凶悪だった。
その直後に互いが地面に立つという事は物理的に不可能だっただろう。
アクセルによるサイクロンマキシマムドライブと、ガドルのゼンゲビ・ビブブはいずれも、最強の矛と最強の盾のぶつかり合いのようなものだった。
一瞬、当人たちでさえ何が起きたのかは理解できなかっただろう。
(……ちっ……! 俺の力が元に戻ればこの程度……)
アクセルは今度こそ、完全に仮面の下で舌打ちをした。
ここで凪のためにこんな相手と戦うのも、全て自分がダークザギへと変身できないのが悪いのだ。ダークザギへの変身能力さえあれば、もはやこの殺し合いの全てを消し去るほど途方もない力が引き出せる。
アクセルやガドルなどは本当に一ひねりに終わるであろう最強の闇の巨人である。
それは、かつて遠い宇宙でウルトラ族の長老・ウルトラマンキングを倒したほどの腕前だ。ウルトラマンキングは、ダークザギを除くこの場の全員を統べるほどの実力を持ち、ウルトラ戦士全員が束となっても実力の追いつかない次元にいるウルトラ戦士である。
それを倒すというダークザギの力は、もはや人類にとって絶望というほかない存在となるだろう。しかし、このままでは石堀はダークザギとしてでなく、ナイトレイダーの一隊員・石堀光彦として終わってしまうかもしれない。
それもこれも、全てこの馬鹿げた殺し合いで目的を妨害され、ザギが計画していたシナリオを破壊されたのが原因だ。
「……それが貴様の力か、面白い」
厄介なのは、敵が先ほどのぶつかり合いの直後に平然と立っている事だろうか。
ガドルという戦士は、おそらく同じ規格で戦えば、ウルトラ戦士に匹敵するだけの実力を持つ。ウルトラ戦士自体が、ダークザギにとっては小さな存在であったが、この際、強さの象徴として引き合いに出すのも認めよう。
ダークザギとしての力を使える状況にない今では、そのウルトラ戦士とさえ渡り合えるか微妙なのだ。……まあ、人間体でも一応、ある程度の能力は使えるものの、正体の発覚を恐れてそれを使わないだけでもあるのだが。
「望みなら、もう少し面白そうなものを見せてやるよ」
仮面の下で少し息を切らしつつもニヒルにそう言い、アクセルは立ち上がる。彼が次に取り出したのは、トライアルメモリであった。
アクセルメモリをアクセルドライバーから外した後、そのトライアルメモリをアクセルドライバーの同じスロットに差し込む。これがエンジンブレードに差し込むものではないのは形状を見てわかる。
だが、これまではそうそう使う機会がなかった。
あくまで、手元にあるメモリの一つに過ぎず、使う気もなかったが、敢えてここで使ってみるのもいいだろう。強力なメモリとも限らないし、この場でこの力を知る者はいない。そういう意味で一つのギャンブルじみていた。しかし、この場面でこれを使うのは、サイクロンメモリの強力さを知ったが故に、このトライアルメモリとやらの性能も試してみる必要があるだろう。
これによって強化されるという確証はないが、やってみる価値はありそうだと思えたのだ。
──Trial!!──
ブルルゥゥゥン…………ブルルゥゥゥン……
バイクのハンドルを握ったような音を鳴らし、アクセルはフォームチェンジの準備を整えた。
ガドルは、黙ってそれを見ていた。果たして、彼が見せる力とやらはどんなものなのか、見てみたくなったのだろう。石堀の言い方も、ガドルの興味を惹かせるには巧い言い方だったかもしれない。
──Trial!!──
もう一度音が鳴ると、「プ」という音が音階を変えながら三つ、カウントダウンを始める。
「なるほど、それが貴様の新しい力か」
アクセルの体色とベルトのシグナルは、紅蓮から黄色へと変じた。体色が変化するのはクウガと同じであると思い、ガドルはその変わった特性に喜びを感じた。どんな能力に特化した力だろうか。
そして、その姿が青くスマートなアクセルトライアルの姿へと変わった時、その姿は高速の青い影へと変わった。構えていたガドルは突然の出来事に驚愕する。
空中へと放り出されたエンジンブレードが地面に落ちていく姿はあまりにスローモーションである。鈍器のように重い剣が落ちるスピードよりも、速く──トライアルはガドルの懐まで辿り着く。
(なかなか速いな。これなら案外、楽しく戦えそうだ)
超高速移動。
これが「挑戦」の記憶を有したトライアルメモリの能力である。攻撃の刃と防御の装甲を完全に消し去り、最速のタイムへと挑戦する力。真の姿が、マッハ3のスピードで走るウルトラマンキングさえも凌駕するダークザギには、最早このメモリの使用は挑戦でも何でもなかった。
照井竜がこのメモリを使いこなすのにいかに苦労したかは知らないが、所詮は人間の努力の結晶に過ぎない。石堀光彦は超スピードには慣れている。
トライアルを使いこなすのは至極当然ともいえる事だった。
「フンッ! ハァッ!」
「なっ──!!」
「デャァ!」
高く上げられた足が、ガドルの体へと三発ぶち当たる。強力とはいえない三発だった。むしろ、先ほどのエンジンブレードの斬撃の方が強いだろうか。
それに対応すべく、ガドルは俊敏体へと変身し、アクセルトライアルに向けて巨大な槍を突いた。だが、アクセルトライアルはそれを身軽な体で回避した。
同じように俊敏さに長けたフォームチェンジであっても、アクセルトライアルのそれはガドルの俊敏体には超えられぬものであった。
何発もの蹴りと拳をガドルの身体にぶち込み、何発もの攻撃を回避したところで、アクセルトライアルは呟く。
「……それじゃあ、振り切ってみるか」
トライアルメモリを引き抜き、マキシマムモードへと変形させ、放り投げると、まるで照井竜が変身した仮面ライダーアクセルのようなセリフを吐き捨てた。
音声こそ鳴らないものの、マキシマムドライブは始まっている。
「何っ!?」
それから次の瞬間は、ガドルにも視認できない必殺の十秒間であった。
青い風はガドルの体へと近づき、何度どない攻撃を浴びせた後、その全身をTの字型に蹴り倒す。ガドルの体が後退するほどの時間ですらなかった。
膨大なエネルギーを一度に受けたのでなく、小さなエネルギーが何度も何度も己の体へと吸収されていくのは、ガドルにとっても不思議だっただろう。
それが、本当に残像そのものでしかないのなら、尚更不思議なものに違いない。
──Trial Maximum Drive!!──
十秒の終わりとともに、ガドルの体は大きな音を立て、土のベッドへと倒れた。
クウガの持つ封印エネルギーのように、幾つもの跡がガドルの体に刻まれている。それは、このマキシマムドライブ──マシンガンスパイクの壮絶さを表していた。耐え抜いたはずが、意識は既にどこかに飛んでいたのである。
彼は自分自身がいつ記憶を失ったかさえ、定かではないだろう。
このマシンガンスパイクの威力は、当事者が何発の蹴りを叩き込んだかにもよる技で、その能力は未知数だ。では、石堀光彦が変身した仮面ライダーアクセルトライアルは何発の蹴りを叩き込んだのか──。
その数字をカウントする事はおそらく、誰にもできない。照井竜が変身したアクセルトライアルの蹴りの数値はまだ数値化する事ができるだろうが、石堀光彦が変身したアクセルトライアルは、人間ではありえない数値を引き出していたのである。
正真正銘の自分の力を引き出せてはいないとはいえ、彼は非人間だった。
しかし、このトライアルの速さの中では、どんな攻撃も同じようにしか見えまい。彼が非人間である事など、動体視力に優れた正真正銘の格闘の達人でもない限りは判別不可能だ。
石堀は、トライアルの圧倒的な速さの中に、自分が非人間であると発覚するリスクを隠していたのである。
「……正確には9.6秒。まっ、こんなもんか」
アクセルトライアルは、放り投げたトライアルメモリに書いてあったタイムを読み上げる。その仮面の裏の表情はあまりにも淡々としていた。今後もこのトライアルメモリは重宝しそうなものである。
ガドルが受けたダメージは膨大だ。彼にはこれが、何時間にも及ぶ拷問に匹敵する痛みと感じただろう。僅か9.6秒の出来事とは誰も思うまい。そして、これでは彼が起き上がる事もしばらくはできない。
しかし、この倒れたガドルをどうしたものか。──おそらく、この怪人の体にダメージを与えたとはいえ、致命傷となるほどではなかった。先ほど神経断裂弾を埋め込んだ時のように、そう時間もかからないうちに起き上がるだろう。それほど、彼の傷の治りは早い。どうにかして、こんな状態の時に留めを刺さなければならなくなる。
この倒れたカブトムシの怪人に、どんな制裁を加えるか。……それを考えたが、やはりやめる事にした。早々に消しておくべき厄介な相手には違いないが、それよりもまずやるべき事があるだろう。
そう、凪の方に行かなければならない。
溝呂木との戦闘の中、彼女が無事かどうか確かめなければならないのだ。おそらく、溝呂木の事だからトドメを刺す事は無いと思うが……。
(とにかく、命拾いしたな。……もう二度と俺たちを襲わなきゃ、後は自由にやっていいぜ)
再びアクセルのメモリを挿入して、トライアルの強化を解除した石堀は、先ほど邪魔だったので放り投げたエンジンブレードを拾い上げる。その時、彼はそういえばもう一つ妙な装備があった事を思い出した。
そう、メモリ関連で一つ、面白い支給品があったはずだ。
おそらく、ここで倒れているガドルの支給品だったはずだ。それは、ガイアメモリの強化アダプターであった。説明書を探し出す事はできなかったし、行軍の際に多くの事ができる時間はなかった。
……なるほど、トライアルが思いのほか役に立ったので、これを使ってみるのも良いだろう。
普通は一回の使用で大きな負担がかかるマキシマムドライブを二度も使用し、トライアルで常人ではありえないほどの記録を叩きだしたというのに、石堀は大して息切れる様子もなく、強化アダプターを使用した。
──Accel!!──
──Upgrade!!──
ガイアメモリの力を三倍に引き出すと言うその道具を、石堀は知らずに使ってみる事にした。迎撃対象はこの森の何処かに居るであろう溝呂木眞也──ダークメフィストだ。
つい先ほどまで自分たちが戦っていた場所に向かえば、おそらく其処に彼がいるだろう。
──Booster!!──
その音声とともに黄色い装甲に包まれたアクセルは、自分の両掌を見た。
視界には、黄色い装甲に包まれた自分の両腕が映る。これがアクセルブースターの色か。
赤、青、黄色。メモリの組み合わせによって、己の力の形はどこまでも変わる。
アクセルブースターは、背中の丸いブースターユニットに熱を溜め、放射する。トライアルとは違い、自分が動かされている感覚とともに、アクセルは前へ前へと爆発的な加速度で進み、その果てに────飛翔した。
△
「はぁぁぁあああぁぁぁっっっつつつっっっ!!!」
ダークメフィストが倒された凪に近寄った瞬間、熱い雄叫びが響き渡る。
黄色く体色を変化させた仮面ライダーアクセルの姿である。
かつてメフィストが戦ったアクセルは、赤色と青色の二種類の姿に変身したはずだが、ここにいるアクセルは黄色。初めて見る姿だった。
複数の色に形態を変える戦士だったという事か。
とにかく、メフィストはその姿を見て、折角、凪を闇へ誘うのを邪魔する厄介者が現れた……と気分が萎えたようだった。
「……まさか、そいつがそんなに面白い力だったとはな」
しかし、純粋にアクセルの力に対する興味関心もあった。
照井竜を殺害した時に拾っておけば良かっただろうか。向かい来るアクセルブースターの攻撃を、メフィストはダークディフェンサーという小さなバリアで防御する。
攻撃を受ける箇所だけこうして防げば充分だろう。
エンジンブレードで突撃してきたアクセルブースターも、このバリアに弾かれて空中を回転する。
だが、ブースターのジェット噴射によってほぼ自在に空を駆け巡る事ができるアクセルブースターは、バランスを整え、近くにあった木の幹へと“着地”すると、そこを蹴り飛ばして更に加速をつけてダークメフィストのもとへと飛んでいく。
「だが、俺の邪魔をするのは感心しないな。……ハァッッ!!」
闇の弾丸がダークメフィストの手から放たれる。
倒れた凪は、なんとか手と尻を突いて後ろに下がりながらそれを見送るしかない。
ダークメフィストの放つ攻撃は、アクセルブースターの体を目指して空中を泳ぐ。アクセルは闇の弾丸と弾丸の隙間を全身のジェット噴射で己の体を激しく動かす事で回避していく。
アクセルブースターの回避性能は高く、それゆえにその弾丸の全てを回避しながら、エンジンメモリをエンジンブレードに挿入するという行動を可能とした。
──Engine!!──
そのまま、アクセルブースターが加速する。
──Engine Maximum Drive!!──
マキシマムドライブの音声が響き、アクセルブースターは更に加速する。全身のジェット噴射が真っ直ぐに彼の進ませその刃がメフィストの体へと到達する。アクセルブースターは、躊躇なくメフィストの体を真横に斬り捨てた。
(溝呂木……悪いが、ウルトラマンの力を出会う事が出来ないお前に、利用価値はない)
メフィストの体は、かつてアクセルと戦った時とは違い、マキシマムドライブが自らの体に到達した事に驚愕を隠せない。
……これが、マキシマムドライブとやらの痛みか。
照井竜が変身した仮面ライダーアクセルトライアルとの戦いの際、メフィストクローでアクセルの装甲を貫かなければ、メフィストはこれだけのダメージを負う可能性があったという事だ。
(だから、少しの間だけ俺達の前から、消えろ────)
ダークメフィストはメフィストクローを体の前に突き出していたが、その鍵爪がアクセルブースターの体へと届く事はなかった。ただ虚空を掴むように、メフィストクローは何もない場所へ向けていた。
アクセルブースターがそれを避けた瞬間は、まるで身体をすり抜けたように見えただろう。
「な……なに…………?」
この勝負は一瞬の稲光のようなものだった。
「ぐ……ぐああああああああああああああああっっ!!」
ダークメフィストは遅れてきたその苦痛に膝をついた。
アクセルブースターの力は、やはり、なかなかに強い。
ダークザギが生み出したダークメフィストの体にこれだけのダメージを与えているのだ。マキシマムドライブというものの強さに、改めて感心する。
アクセルブースターは、その男の悲鳴を背に受けながら、すぐに凪の元へと駆け寄った。
「────副隊長、今のうちです!」
茫然とする西条凪の手を引き、アクセルブースターは強化アダプターを取り外す。
アダプターを取り外すと、アクセルは元の赤い姿へと姿を変える。
だが、今度はドライバーを外して、バイクフォームへと変身する。
「溝呂木は!?」
凪は、溝呂木を仕留められない事に未練があるようだった。
これだけ圧倒的な力を持っているのだから、溝呂木を倒す事も可能だったのではないか。──そんな疑問と共に。
しかし、そう思われるのも承知だった石堀は、非常に緊迫した声で呼びかける。
「いつまでもここにはいられません……早く!」
この形態になってまで逃走を良しとする石堀の判断を、凪は信じる事にした。
アクセルブースターの実力を試した事は、凪にはまだない。
ならば、アクセルブースターの力がどの程度ダークメフィストに対応できるものなのかは、凪にはわからないのだ。
仕方がないので、凪はアクセルが変身したバイクに乗るしかなかった。
この状態になってしまった以上、このまま戦えというのも酷な話だ。
だが、やはり少しためらった。
「…………」
「早く!」
凪はまだ少しだけ迷っているようだったが、やはり仲間に迷惑をかける事はできないと思ったのだろう。
「………………わかったわ!」
凪はアクセルの背にまたがる。
「溝呂木とは、いずれまた!」
石堀は、現状では利用価値がないとはいえ、ダークメフィストを無暗に殺す事はしたくなかった。ダークメフィストは、ウルトラマンの光を強めるために存在するウルティノイドだ。
レーテを介して凪から光を奪うそのために、彼には石堀と代ってウルトラマンネクサスと戦い、ウルトラマンの力を強める役割がある。
だから、ここでトドメを刺すには勿体ない相手だ。
とにかく、今の石堀の目的は、何よりもそのための凪を生存させる目的があった。凪とこの殺し合いのフィールドでも出会えたのは都合が良い。
「……待て! 待て、凪!!」
膝をついて叫ぶダークメフィストのその声をよそに、仮面ライダーアクセルと凪は走っていく。アクセルはガイアメモリというものへの興味をより強く持ちながら、土の上にタイヤの跡をつけていった。
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最終更新:2015年12月26日 02:12