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保守党国会対策委員会(ほしゅとうこっかいたいさくいいんかい)は、保守党における国対政治の根源とされ、党における国会対策の運営を担う部署とされる。

概説

大峰義人(保守党初代総裁)は、1945年12月の第13回衆議院総選挙において、予測を上回る110議席を獲得できたことから、若手議員の育成と国会運営の組織として国会対策委員会を設置することになった。所属議員の半数は、旧東亜同盟麦の会出身者であったが、初当選した新人議員らを中心に組織されることになった。

審議内容

国対委員会は、設置の経緯から見ても、国会運営や国会論戦を最も重要な事案としてきた。その一方で、新人教育の重要な立ち位置を占める組織として長らく存在してきた歴史もある。議員は、国会論戦や国会のマナーと言われる様々なものを国対委員会で学んできた。また、国対委員長は、論戦に強く与野党に関係なく幅広いパイプを有する交渉人的人物が選任されるケースが多い。そのため、派閥の論理よりも、政治家個人の特性によって選ばれるポストと言われている。世に言われる「国対政治」の歴史を作り、それから長く続くことになる日本政治の帰着点をと作り上げることになる。1948年以降、参議院の開設に伴って国会論戦が多様化したため、1955年6月に保守党参議院議員団国会対策委員会を設置することになった。そのため、参院国対委員長のポストは、保守党の参議院議員を取り纏める要職中の要職として扱われることが多い。

組織

それぞれのポストには、重要な政治的意義が存在する。当然委員長は、経験豊富で論戦力に強く、与野党における幅広いパイプや人脈を持つ人物が選任される。委員長代行に関しては、完全に派閥の論理が適用される。特に、幹事長と同じ派閥の人物が選出されることが多い。副委員長はそれぞれ、若手またはベテラン中のベテランが配置される。これは、新人議員のサポート役を行うための役職と言われている。委員長補佐は、新人議員の中から選出される。特に、政界入り以前より著名な活躍を行なっていた年齢的にも若い人物が選出されやすい。委員とは、それぞれの所属する議院における所属国会議員があたる。特に、新人議員は必ず出席する必要がある。

衆議院国会対策委員会

委員長
委員長代行
副委員長(4名)
委員長補佐
委員

参議院議員団国会対策委員会

委員長
委員長代行
副委員長(2名)
委員

歴代国対委員長

就任 派閥 総裁 後職 備考
1 長田秀三 1945年12月-1948年12月 大峰義人 民主党代表
森野三郎 1952年5月-1954年8月 大峰義人 保守党総裁
最終更新:2025年07月30日 09:48