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片桐熙時

片桐熙時(かたぎりもりとき)〈1862年1月ー1918年5月〉は、東京大学6代目総長、東大経済学部長。
地方行政審議会初代会長、早稲田大学2代目総長。

来歴

1862年1月、甲府藩の名家に生まれる。甲州六家春日居家につながる名門であった。藩校甲陽学舎(現・甲陽学園中学校・高等学校)に学ぶ。1868年の藩校廃止により、小学校へ移る。1874年4月、旧制一高(現・東京大学附属高等学校)に入学。在学中、1878年に第19期国費留学生として、パリ第6大学に留学して、3年間学ぶ。

東京大学

  • 1881年の年初に帰国を果たし、19歳で湯島大学校算用方講究官の地位を得る。1885年より助教へ昇任。
  • 1888年に東京大学が開学すると、経済学部助教授に転籍、1897年から教授として教鞭をとる。1908年6月・4代目経済学部長。1910年10月・6代目総長。
  • 一貫して、古典経済学を研究専攻とし、ヨーロッパ系経済学を日本に伝えた第1人者である。その研究姿勢は、同世代の学者をして目を見張るものがあり、国費留学生としての海外経験、学者としての国際学識の広さは高く評価された。世界経済学会会員(アジア人初)、日本ヨーロッパ学会初代会長などの国際的立場を常にとっていた。
  • 1903年の日本経済学会設立に際しては、国際経験を買われる形で貢献を果たす。1905年には、東京大学経済学部からの3名中の1人として、帝国学士院第1期会員に選任される(以降第2期まで務める)。

官職・役職経験

1910年3月より内務庁地方行政審議会初代会長、1914年には早稲田大学2代目総長を務める。1917年の末には、自身の健康問題によって役職を退く。その後、しばらく健在であったが、翌年5月に逝去する。

逝去すると、自身が設立代表などを務めた東京大学経済フォーラムの最優秀学生に贈られる賞が、自身の名を冠した「片桐熙時賞」として1920年に設定された。

経歴

1862年 1月 甲府藩に生まれる
1874年 4月 旧制第一高等学校入学
1878年 1月 国費留学生(第19期)
10月 パリ第六大学数学部聴講生課程・入学
1880年 9月 パリ第六大学数学部聴講生課程・卒業
1881年 1月 帰国
湯島大学校算用方講究官
1885年 4月 湯島大学校算用方助教
1888年 4月 東京大学経済学部准教授
1897年 4月 東京大学経済学部教授
1908年 6月 東京大学経済学部長(4代目)・教授
1910年 10月 東京大学総長(6代目)
1914年 6月 早稲田大学総長(2代目)
最終更新:2026年05月15日 16:24