来歴
静岡支店、長野支店、長岡支店を経て、国際金融本部に移動。1993年から海外勤務となり、オランダ事業本部、ニューデリー支店、オクラホマ支店、NY支店を経て2000年に帰国し、福岡本部公共金融事業部次長。赤坂支店第1営業部長を最後に退行。
2004年10月から、
東都東京新聞社に入社。経済部編集委員、紙面構成本部編成委員、校閲部担当次長(経済)、旭川支局長、茨城総局長を経て、2010年から西部本社経済部長。2012年6月から、
大分東都新聞社取締役・コーポレートガバナンス部長に就任。取締役就任の同時期、
九州大学産学連携事業本部アドバイザーを務める。
政界入り
真仁田仁の急逝に伴って執行された、2018年12月の
埼玉12区補欠選挙へ立候補し当選を果たす。しかし、選挙にあたって
自由党が公認を出さず、追加公認にとどめるとしたことから、党との確執が浮上。当選後、追加公認が認められたが、最終的に2019年1月1日付で
自由党に離党届を提出。
相山彦一郎(
自由党幹事長)は、「些末な1回生議員」と罵り、離党届を受理せず、除名処分にしたことなどから党との関係性が悪化。以降、
無所属議員として活動する。
選挙暦
略年歴
- 1984年4月-東京第二銀行に入行
- 1984年10月-静岡支店
- 1986年4月-長野支店
- 1989年7月-長岡支店
- 1990年1月-国際金融本部事業企画室主任
- 1992年7月-国際金融本部金融商品部主任
- 1993年10月-オランダ事業本部投融資事業室主任
- 1995年7月-ニューデリー支店金融事業課長補佐
- 1997年10月-オクラホマ支店金融事業課長
- 1998年10月-NY支店事業支援室長
- 2000年7月-福岡本部公共金融事業部次長
- 2002年1月-赤坂支店第1営業部長
- 2004年8月-退職
- 2004年10月-東都東京新聞社へ入社
- 2004年10月-経済部編集委員
- 2005年7月-紙面構成本部編成委員
- 2006年10月-校閲部経済担当次長
- 2008年7月-旭川支局長
- 2009年7月-茨城総局長
- 2010年4月-西部本社経済部長
- 2012年6月-大分東都新聞社取締役・コーポレートガバナンス部長
- 2014年8月-退職
- 2014年11月-自由党衆議院埼玉12区支部長に就任
- 2015年8月2日-第37回衆議院総選挙において埼玉12区で落選するも、関東比例区で比例復活を果たし初当選
- 2018年12月-埼玉12区補欠選挙で小選挙区初当選
- 2019年1月-自由党を離党
- 2019年4月-新党日本へ入党
- 2019年7月-党副幹事長
- 2021年7月-政界引退
最終更新:2026年03月05日 20:36