概要
1960年、2代目総長の
伊東蔵十が、
極盛会4代目会長に就任するに伴い
「手組」となる。1971年、伊藤蔵十の入魂であった
谷口正樹の甥にあたる
伊東頼助(本籍:谷口)が若頭補佐の立場から独立したことで
伊東組が興ることとなった。1977年、
林組が内紛によって解散したことで林組の勢力を引き入れたが、弱体化することとなる。1980年、
極盛会4代目会長に
大高團が就任したことで勢力の弱体化が進む。
1982年、すでに植物状態にあった
伊東蔵十の逝去に伴い、伊藤一家門主の
杉浦金義と総長補佐の
山田部義之の後継争いが激化し、最終的に
伊東組の
福浦権平若頭の仲裁によって杉浦金義が3代目総長に就任する。杉浦は、就任直後から
関東総連との関係悪化を引き起こし、
極盛会内部での権力争いに関わることすらできなくなる。1995年には、舎弟
福浦権平が
谷口期成会の取引妨害をしたことに端を発し、
関東総連との血みどろの抗争状態に発展。3年に及んだ抗争の末、
極盛会の
向田はいり6代目会長の仲裁を受けて抗争状態を解消したが、勢力を保持することが難しく、
関東総連出身で総連と距離を置いていた
大和田幹部会の
大渡幸久に誘われて、同会に吸収されることとなる。
伊東組もまた同様の末路を5年後にたどることとなる。
組織
伊東一家総長
│
├─伊東一家総長補佐
├─伊東一家門主
│ └─門主秘書役
│
├─若頭
│ ├─若頭補佐
│ └─若中
└─舎弟
歴代総長
1次団体
所属したもの
最終更新:2026年08月27日 22:28