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イデオロギー論
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イデオロギー概念の誕生
イデオロギー(Ideology)という言葉は、18世紀末から19世紀初頭のフランスの哲学者アントワーヌ・デステュット・ド・トラシーによって作られた。
よくある話だが、イデオロギーに関しても、その当初の用法と現在の用法は乖離している。
トラシーは、イデオロギーという言葉を「観念の科学」という意味で導入した。もともとは、Biology(生物学)とかと同じように学問の名称を指す言葉だったのである。
「観念の科学」とは、人間の観念(これを見ている人たちの頭に浮かんでいる事柄)がどのように感覚的経験や生理学的法則から生み出されるかを実証的に研究する学問分野である。
トラシーの思想
トラシーは、ジョン・ロックの経験論に強く影響を受けていた。当時のフランスでは未だに形而上学、つまり観念が神秘的なものだったり、人間の外側の環境から独立して生じる非経験的で非感覚的なものだと信じている人々がいた。当然、トラシーは形而上学者とは対立することになる。
トラシーは、観念が神秘的なものではなく、感覚的経験からは派生するものであると主張した。つまり、観念は物理学の対象のように、精神や生理学的な法則に厳密に従うものであると考えたのである。イデオロギー(観念の科学)という学問は、この法則を解明することを目指したものであった。
観念の科学は、単なる理学的興味ではなく、工学的需要にも基づいていた。社会を理性に基づいて合理的に再編することを目指した啓蒙主義の影響を大きく受けており、人間の観念の仕組みを知ることで、教育による意識変革や、社会制度の最適化への応用を目指していたのである。
ちなみにトラシー自身も、フランス革命後の教育制度改革に関与しており、イデオロギー(観念の科学)をその理論的基盤としていた。
ツッコミどころ
だが、トラシーを始めとする「観念の科学」の思想には本質的な欠陥があった。
人間の観念あるいは意識は全て法則に基づいて決定されるならば、どうすればその決定論から自由になり、大衆を啓蒙できるのか?そもそも、観念を明らかにしようとする観念、あるいは啓蒙を行う教育者の理性そのものも、法則に基づいて決定論的に決まるのならば、どうやってこの自由な無き決定論的円環から抜け出せるのか?
トラシーらはこの問題にろくに解答できなかった。
ナポレオンによる意味の転倒
「イデオロギー」あるいは、それを研究する者である「イデオローグ」いう言葉は、ナポレオン・ボナパルトによって180度ひっくり返されることになる。
ナポレオンは「イデオローグ」という言葉を、「現実離れした空論家や危険な自由主義者や共和主義者」を指す侮蔑語として用いたのである。
ナポレオンは、観念の生じる経験論的、生理学的法則を解き明かす試みが、社会基盤とナポレオンが考える家族の絆や宗教的信仰を破壊すると考え、イデオロギーを弾圧したのである。
現代のイデオロギーという言葉は、このナポレオンの用法である観念論的で形而上学的な「イデオロギー」に近い用法と言える。
参考文献
- Terry Eagleton、Ideology: An Introduction