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RF国家紹介:フランス
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概要
アヴァンギャルド・フランス | |
英名 | Avant-garde France |
別名 | アバンギャルド・フランス、前衛フランス |
初期メインイデオロギー | 加速主義 |
初期指導者 | アントナン・アルトー |
アヴァンギャルド・フランスは、Red Floodの主人公国家であり、史実で戦間期に流行った芸術運動のシュルレアリスムや未来派、政治運動のプロトファシズム、近代頃から流行ってる宗教運動であるネオペイガニズムなどを主要な元ネタにしている。
加速主義国家となっているが、史実のニック・ランドの加速主義とはあまり関係ない(*1)。ぶっちゃけ加速主義ミームに乗っかっただけのネーミングであると言ってよい。
前史
1917年:物語の始まり
フランス社会党(SFIO)が「神聖同盟(ユニオン・サクレ)」を破棄したことにより、フランス軍で反乱が発生する。
神聖同盟とは、第一次世界大戦勃発時に、全ての政党が国内政治の対立を棚上げし、挙国一致で戦争に当たること約束した協定のことである。
この破棄を受けたフランスでのストライキが国を麻痺させ、戦争は停滞、ドイツ軍が攻勢を強めるようになった。
若き兵士であったアントナン・アルトーは、この出来事を通じてマルクス主義への反感を強めることになる。
第三共和政は、辛うじて存続するものの、実質的に死に体となり、その後3年間、アナーキーな状態が続いた。
1920年代前期:第四共和政の誕生
1920年、第三共和政の腐敗から、新たな共和政、すなわち第四共和政が誕生した。
東ではドイツ人による反乱が起こっており、フランス国内ではストライキの記憶が残っている中だったため、国内外の「赤い脅威」からのフランスの防衛を口実に、第四共和政は大統領に強力な権限を付与することになった。
そして、アクシオン・フランセーズ(AF)がこの新体制の守護者として台頭することになった。AFは、敗北主義を痛烈に批判し、最前線で活躍していたジョルジュ・ベルナノスを初代大統領に選出した。ベルナノスは反左派連合を形成し、SFIOなどの左派勢力に対して強硬な姿勢で臨んだ。
ベルナノスは強硬な左派弾圧を行っていたにも関わらず、再選した。しかし、保守反動勢力からの支持は必ずしも盤石ではなかった。
そんな時に、イタリアから新しい政治思想、未来派が到来した。フランスでの先駆者はギヨーム・アポリネールだった。
アポリネールは、「未来からのエスカドロン」を創設し、指導者となった。彼は、第一次世界大戦中に看護師として従軍し、イスラム教に改宗してモロッコから帰国したばかりのヴァランティーヌ・ド・サン=ポワンと共に、マリネッティの未来派思想をフランス流にアレンジして広めた。
未来派の思想は多くの人々を魅了し、フランスの有名な戦闘機パイロットであるシャルル・ナンジェッセも参加することになった。
エスカドロンは、未来派をフランスに広めることを使命とし、前衛芸術家への影響力拡大とパリ市民の支持獲得という二つの目標を掲げた。
この結果、フランスの前衛芸術家は政治の世界に積極的に関わるようになり、アンドレ・ブルトンは1924年に「シュルレアリスム宣言」を発表、彼の友人であるアントナン・アルトーも彼と共に政治活動に深く関与するようになる。
一方、ナンジェッセはアメリカへの飛行計画に没頭し、新たな副操縦士フランソワ・コリの協力を得て、1923年にニューヨークへの着陸に成功した。
1920年代中頃:アクシオン・フランセーズの失策とアントナン・アルトーの台頭
フランスの英雄であるナンジェッセとフランソワ・コリが不在の間、AFは致命的な失策を犯す。
ベルナノスは首都をオルレアンに移転し、1886年に制定された「亡命法(Loi d'Exil)」の廃止に動き出す。この法律は、フランスの旧支配者一族の当主がフランスに居住することを禁じていた。亡命法の廃止を教皇は支持したが、迫害されていた社会主義者と新しいフランスの未来派の両方から大きな反発を招き、フランスは内戦の危機に瀕する。
そんな中、アントナン・アルトー、アンドレ・ブルトン、ギヨーム・アポリネールの3人組は、フランスの内部分裂を阻止する役割を果たすことになった。
アポリネールとブルトンはシュルレアリスムをめぐって対立していたが、アルトーとは良好な関係を築いており、三人は協力してフランスを内戦の危機から救った。
アルトーは、1871年以来空席だったパリ市長に任命される。これは、アルトー自身がベルナノスと友人であり、彼と協力してパリを安定させたこと、そして政府が他の地域を無視または懐柔していたことも影響していた。
1920年代後期:政治的激動
この混乱の中で、フランスでは大きな政治的変化が起こる。
型破りなシュルレアリストであり哲学者であるジョルジュ・バタイユは、秘密結社「アセファル」を結成した。
前衛芸術に疎く、AFに裏切られたと感じた農村部の人々は、アンリ・ドルジェール率いる「ガリカニスム運動」が提唱する新しいイデオロギー、ガリカニスムに傾倒した。
左派も1927年に分裂した。ブルトンは、アルトーという「反動」勢力と協力したことを理由にフランス共産党(PCF)から除名され、シュルレアリスムと共産主義、そしてフランス社会主義を融合させた独自の政党「フランス・シュルレアリスト党」を結成した。
アルトーは、ブルトンとアポリネールと共に、「アヴァンギャルド国民戦線(FNAG)」を結成し、エスカドロンはアルトーのパリ政権の公式準軍事組織となる。
帰国したシャルル・ナンジェッセとフランソワ・コリは、それぞれ準軍事組織の副司令官と第三司令官に任命され、サン=ポワンは政治的スポークスマンに就任した。
この頃には、AFとフランス全体が崩壊の危機に瀕していた。1928年の選挙でベルナノスは敗北し、ポール・ドゥメールが大統領に就任して「共和・急進・急進社会党(PRRRS)」が政権を握る。しかし、パリが不安定すぎると判断したドゥメールが首都をトゥールに移したことで、抗議運動はさらに激化。
ベルナノス政権を公然と批判していたアルトーは、ベルナノスとの友情から中央政府に対して敵対的な行動は取らなかった。しかし、ドゥメールの就任により、アルトーの立場は第四共和政に対する直接的な戦争へと転換した。
ドゥメールの新政権に反発したのはアルトーだけではなかった。ワロン地方とフランスの両方にルーツを持つ新しい政治勢力が台頭することになった。それが、マルク・オージェ率いる汎ヨーロッパ民族主義団体「カルナリスト運動(自在派)」である。
彼らは、フランスの古い体制から脱却すると主張しながらも、ドルジェールの「ガリカニスト運動」と密かに連携した。それでも彼らはFNAGに参加し、農村部の人々をアルトーのために確保することを約束した。
バタイユも、アルトーの希望でFNAGの主要メンバーとして参加した。アセファルは、経済・哲学的なシンクタンク兼出版社として世間から認知されており、バタイユの人気は急上昇した。
最後に参加したのは、AFの友人であり、「セルクル・プルードン」の創設者であり、フランスを最終的に修正したいと考えているジョルジュ・ヴァロワであった。彼はグループのメンバーとは繋がりがないが、旧AF政権との繋がりがあり、大規模な経済運営に長けていた。これはアルトーが将来の計画のために必要としていたものだった。
1934年:ル・ソレイユの樹立とFNAGの権力掌握
1934年初頭、アルトーはパリを「ル・ソレイユ」と改名し、パリ、ひいてはフランスを世界の中心と位置づけた。
これに対し、自由主義者、社会主義者、保守主義者などからなる反対派グループ「レ・リュネール」が結成され、大規模な暴動が発生。
しかし、この頃にはアルトーのネットワークは巨大化しており、反対派は簡単に捕らえられ、処理された。
レ・リュネールは地下に潜伏するようになり、1934年3月18日、パリ・コミューン樹立63周年の日、アルトーとFNAGはエリゼ宮を襲撃し、第四共和政の憲法をセーヌ川に投げ捨て、フランス全土を支配下に置いた。
勢力
FNAG系
エスカドロン (Escadron)
エスカドロンは、フランスで二番目に権力のある人物である、シュルレアリスム詩人「ル・キャピテーヌ」ことギヨーム・アポリネール率いる組織である。
若者たちからなり、準軍事組織、国家警備隊、軍隊、秘密警察、そして未来主義のイデオロギー的前衛として機能を果たしている。
軍事部門の右腕としてシャルル・ナンジェッセ、政治部門の左腕としてヴァランティーヌ・ド・サン=ポワンが所属している。
思想としては、未来主義という共通項のもと、左右の二項対立を超える多様な見解を包含している。
フランス・シュルレアリスム党(Parti Surréaliste Français)
フランス・シュルレアリスム党は、三番手であるアンドレ・ブルトン率いるシュルレアリスムの政党である。
フランス政界では、最左派であり、ブルトン路線の社会主義者が属する。
アセファル(Acephale)
アセファルは、ジョルジュ・バタイユによって結成された秘密結社である。日本語では無頭派とも訳される。
経済・哲学的なシンクタンク兼出版社として世間から認知されている。
カルナリスト運動(Mouvement Carnaliste)
カルナリスト運動はマルク・オージェ率いるFNAGの右派勢力である。日本語では自在派とも訳される。
遺産と地理によって結びついた統一ヨーロッパを提唱している。
FNAG内では傍流に追いやられている。
元ネタは、ネオファシ雑誌の「Défense de l'Occident」などで展開された、マルク・オージェの「自在なる祖国(英:Carnal Fatherlands,仏:patries charnelles)だと思われる。
国家サンディカ (Syndicat National)
国家サンディカはジョルジュ・ヴァロワが率いる、上から下まで様々なサンディカの集合体である。
セルクル・アルトー (Cercle Artaud)
「ル・パトロン」ことアントナン・アルトー自身が率いる組織であり、アルトーの側近、友人、先見者たちで構成される、フランスの総合的な指導評議会として機能している。国家サンディカと共に、FNAGの円滑な運営に注力している。
反政府勢力
リュネール (Lunaires)
リュネールは、自由主義者、保守主義者、穏健派、中道派など、従来の政治的枠組みに当てはまる人々で構成される反対勢力であり、1934年の暴動の残党から成る、フランスで最も過激な活動家集団である。
イギリス占領下のカレーを拠点とし、未来主義政権を違法な独裁政権と見なし、フランス人に恐怖を与えることを目的に、テロ攻撃を実行している。
日本語に敢えて訳すなら「月の民」である。恐らくアルトーのル・ソレイユ(太陽)に対抗したネーミングである。
ガリカニスト運動 (Mouvement Gallicaniste)
ガリカニスト運動は、アンリ・ドルジェールが設立した、農村の支持を中心とする保守派組織である。
その手法はリュネールよりは穏健であるが、ベルナノス事件で中心部や右派から追い出され、先鋭化している。
異端カトリック、エコロジー思想家、ブルトン民族主義者、農村ポピュリスト、奇妙な宗教団体、急進的環境保護主義者など、多様な構成員を抱えている。
思想としては、農村主義、農民主義、教皇支配への反対と、古代ガリアへの回帰を志向するケルト的アイデンティティに基づくナショナリズムが共通項である。