寒風が吹き荒れ、夜空には雲一つなく微かに星が煌めく11月1日。月光に照らされ九州北部のとある博物館の前で、2人の人間が対峙していた。
緑の芝生に囲まれた博物館前の広場と正門へと続く綺麗に並べられた大理石の通路。左右対称に並ぶ幾何学的なオブジェに挟まれながら道を進むと、博物館の本館の前に並ぶ大理石の階段にぶち当たる。ある男は階段の上から見下ろし、またある人間は階段の下から見上げていた。

階段の下から見上げる人間は奇妙な格好をしていた。
黒のワイシャツに白いスラックス、黒い羽毛がついた白いマントを羽織っており、マントで全身を覆っている。体格は中性的で男性なのか女性なのか判断できない。顔には鳥の様な仮面をつけておりマントとの組み合わせのせいで、まるで鳥人間のように見える。

「初めまして。・・・とでも言っておこう。神道系倭《ヤマト》派随一の武闘派魔術師、筆積恩慈《ヒツツミ オンジ》くん。私は君のことは以前から興味を持っていたのだが、こうして会うのは初めてだね。」

性別の年齢も判断できない奇怪な声を出し、階段の下から見上げる鳥人間の視線の先には博物館の門番が立っていた。
アメリカンコミックのヒーローみたいに無駄に筋肉が付きまくった超ゴツイ体型をしている男だ。2m近い身長はまさしく門番に相応しい。オールバックの黒髪にサングラス、顔にいくつか傷がある歴戦の勇士みたいな容貌をしている。革ジャンを着ており、その下からは刺青の様な柄のTシャツを覗かせる。
彼の手には3m近い丸太のような槍が握られていた。表面は滑らかであり、木製の槍だが素人目でもかなり上物の木材が使われていることが分かる。先端には金属製の刃が付いているが非常に簡易であり、穂先の周囲を宝玉や鈴で装飾されている。明らかに戦闘用ではなく、儀礼用の槍だと判断できる。

「ええ。こちらも初めてと言っておきましょう。双鴉道化《レイヴンフェイス》。しかし、残念ですが、既に閉館時間を過ぎております。例え、イルミナティのボスでもお通しできませんが、自身の五臓六腑を献上するのであれば、交渉には応じましょう。」

筆積は見た目通りに低く野太い声で見た目に似合わない丁寧な敬語を喋る。

「心配しなくても良い。私は博物館に用があるわけではない。君に用があるのだ。」

決して表に姿を出さないはずだったイルミナティのボスが今目の前にいる状況ですら筆積には驚きであった。そして、それ以上に双鴉道化は自分に用があり、直々に姿を現す事態に緊張が走る。双鴉道化と筆積では明らかに魔術師としての格が違い過ぎる。

「ほぅ・・・私に用ですか?」
「そうだ。私は君の能力を高く評価している。霊装『天沼矛《アメノヌボコ》』を扱い、建国神話を再現する『神産み』を実行する技量は一介の魔術師で済ませるには勿体無いと思っている。」
「本題に入って下さい。私はこう見えて、カラスのコスプレをした人と会話するほど暇ではないのです。」
「そうだな。では本題に入ろうか。君は、イルミナティに入るつもりは無いか?」
「断固辞退させて頂きます。お引き取り下さい。」

双鴉道化の勧誘から筆積の即答までの時間、0.7秒。脊髄反射の如き拒絶だった。

「別に今すぐという話ではない。人員が減りそうな予感がするからね。君の席を予約しておこうと考えていたのだが、そうか・・・君が拒否するのであれば仕方ない。また別の人間を探そう。」

仮面のせいで表情は読み取れないが、双鴉道化が肩を落としていることは分かる。
双鴉道化が筆積と博物館に背を向け、その場から立ち去ろうとする。筆積は彼の挙動で一安心する。自分と双鴉道化では魔術師としての格が違い過ぎる。“あれ”と戦うという最悪の事態が避けられた。





「双鴉道化!!」





ズドドドドドドドドドドドドドォォォォォォォォン!!




どこからともなく聞こえた少年の声、それと共に双鴉道化に大量の岩が雨の如く降り注ぐ。
轟音を鳴らし、隕石は博物館の正面広場ごと双鴉道化を破壊し尽くした。着弾と共に隕石は爆発し、爆煙が舞い上がって視界が潰される。地面と空気が振動し、その衝撃は身体の芯にまで響いた。

「わざわざそちらから姿を現してくれるとはなぁ!探す手間が省けたぜ!双鴉道化さんよ!」

博物館の屋上から惨状となった広場を見下ろす少年。黒髪に褐色の肌。暗色系の着物を見に纏い、首から術式で使う翡翠の勾玉を下げている。月が丁度よく雲に隠された闇夜の中では非常に隠れ易い格好であったが、彼の額にある五芒星の模様の輝きが周囲の目を引く。
右手には槍が握られていた。筆積のように装飾などされていない。ただ戦うためだけに作られ、戦うためだけに振るわれる十文字槍だ。
風が吹き、広場を包む爆煙がかき消され、爆心地から双鴉道化の姿が現した。まるで何事も無かったかのように無傷であり、塵一つ彼のコートには付いていなかった。

「荒神憑『天津甕星《アマツミカボシ》』の伝承を用いた術式か。・・・・・なるほど。君はあの香ヶ瀬の弟か。」
「ああ。香ヶ瀬輝一《カガセ キイチ》。お前らを殺す男の名前だ!」

香ヶ瀬が左手をかざす。彼の掌から太陽の如き輝きを放つ球体が現れる。ソフトボールと同じくらいの大きさだが、闇夜を白昼へと変えてしまうほどの輝きを放つその球体を香ヶ瀬は双鴉道化に向けて投げつける。少しばかり速度は遅いが、徐々に肥大化して直径2m近くにまで成長する。
一切逃げようとも抵抗しようともせず、輝く球体に双鴉道化は飲み込まれた。その余裕が逆に恐ろしかったが、香ヶ瀬にそれを考える余裕などなかった。

(その球体には金星の環境が凝縮されている。濃硫酸の雲と落雷、二酸化炭素の大気、460℃もの温度、金星を巡る強風。いくらお前でも――――――ー



――――――!?)

双鴉道化の慢心ゆえの敗北を確信した香ヶ瀬を裏切るように輝く球体は弾け飛び、内部から再び無傷の双鴉道化が姿を現した。

「なっ・・・・!!」

香ヶ瀬はその光景に驚愕した。目を丸くし、開いた口が塞がらない。

「“星辰”の次は“まつろはぬ太白”か。お姉さんの猿真似にしては、あまりにも精度が悪いな。この程度の魔術では、むしろ君のお姉さんを侮辱しているのではないかね?」

双鴉道化の挑発的な発言に香ヶ瀬は堪忍袋の緒が切れた。いや、双鴉道化の姿を見た時点で緒は既に切れていたが、今回の発言で完全に中身が溢れ出てしまった。



「てめえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」



香ヶ瀬が槍を握り締め、博物館の屋上から双鴉道化に飛びかかった。
双鴉道化はまるでワイヤーに吊られているのではないかと思うほど軽々としたバックステップで香ヶ瀬の攻撃を回避する。標的を見失った槍や虚しくも地面を刺し穿つ。

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

香ヶ瀬が再び、槍で双鴉道化に斬りかかる。しかし、突然、筆積が香ヶ瀬の襟首を掴んで無理矢理後ろへと退き下がらせる。

「筆積さん!?」
「勝負は決まっています。これ以上続けるのも無意味です。」
「離してください!筆積さん!あいつを・・・、あいつを殺さないと!!」

香ヶ瀬は筆積から離れようと必死に抵抗するが、彼の鋼の様な肉体を前にそれは無駄な抵抗だった。

「まず君が仇討ちすべきなのは、私では無くディアス・マクスターの方ではないかね?」

香ヶ瀬にされたことなど意に介さず、双鴉道化は問いかけた。

「ああ!そうだよ!ディアスのクソ野郎をぶっ殺す!姉さんを実験台にして廃人にしやがったんだ!あいつには永遠の地獄を見せてやる!」

自らの想いの内をぶち撒ける香ヶ瀬。その感情は恨みと憎しみ。普段の姿からは想像できないほどのどす黒い感情を吐露する。



「だとしたら、君に朗報だ。ディアス・マクスターに会いたければ、学園都市に来い。」



双鴉道化からの思わぬ情報提供に2人は唖然とする。香ヶ瀬は非常に悪い表情を浮かべ、双鴉道化を挑発し、今にも嘲笑しそうだった。

「へぇ~。仲間の情報を売るのかよ。組織のボスのアンタが・・・」
「別に仲間を売ったつもりはないし、今後、仲間を売るつもりも無い。私の大切な“私物”だからね。だから私は確信している。」



“ディアスが君に敗北することはないだろう。”



「それに――――――」
「それに?」
「今の君の姿は昔の私によく似ている。失ったものを取り戻すという永遠に満たされない欲望を抱いている。君が本当に成し遂げたいのは、お姉さんを昔の頃に戻すことだろう?だが、それは不可能だ。壊れた人格や魂を修復する魔術など存在しない。上書きであれば、もしかすると可能かもしれないが、君はそれを望まないだろう?故に君の欲望は永遠に満たされることは無い。」
「ふざけんな・・・・何が言いたい!」
「さっきも言っただろう?君はかつての私とよく似ている。かつての私は大切なものを失った。私は無力だった。大切なものを取り戻すことも、それを奪った者たちに復讐することも出来なかった。もし、あの時、私が力を持っていたのなら・・・そんな過去のifを今、君が実現しているのだよ。香ヶ瀬輝一。」

そう一方的に告げると、双鴉道化の身体は真っ黒になり、大量のカラスの群れとなって散り散りに去って行った。



“私は強欲を崇拝する者共の頭領。この世の全ての強欲の味方だ。”



カラスの群れが飛び交う闇夜の中で、双鴉道化の声が木霊した。
激闘の博物館から1キロ近く離れた地点。
車がほとんど通らない深夜の鉄橋に1台の黒いスポーツカーが停まっていた。高級感溢れる黒い光沢を放ち、近未来的な流線形のフォルムが目立つ。

その傍らには一人の少女が空を見上げていた。
年齢は10歳ぐらい。ツインテールのブロンド髪にグリーンの瞳、美少女と言ってもまだ表現しきれない美貌を持っていた。月明かりに照らされて輝く白い肌は真珠のようだった。この年頃の女の子相応のスタイルだが、なぜか胸に関しては将来に希望が見えない。

美少女が空を見上げていると、大量のカラスの群れがこちらに向かってくるのが見えた。

「来たか。」

カラスの群れが橋の道路上に一斉に降りて、再び集合して双鴉道化の姿へと変える。

「やあ。出迎えご苦労。レイ=ムーンチャイルド。」
「手ぶらか。筆積の筋肉ダルマを手土産にするんじゃなかったのか?」

レイは双鴉道化に一切物怖じせず、堂々と毒舌を吐く。

「残念ながら、彼には拒否されてしまったよ。ついでに昔の私によく似た少年に荒い歓迎を受けてきた。組織としての収穫は0だね。個人的なものはあったけど。」
「結局、なにも出来てないじゃないか。さっさと乗りやがれ。この無能。」

レイがリモコンのボタンを押すと、スポーツカーの後部座席と運転席のドアが同時に開いた。双鴉道化は後部座席に、レイは運転席に乗る。
そして、五月蝿いエンジン音を鳴らしながらスポーツカーは法定速度を突破した速度で発進した。しかし、乗客に優しいスタートダッシュだ。

双鴉道化が座った席の隣には、一人の女性が座っていた。
見た目30代前半の長い銀髪の女性だった。高級スーツに身を包み、まさしくビジネスウーマンかデキる女社長といった感じだ。幸せそうにニコニコと笑っている。その顔つきはレイとよく似ており、かつての美女としての面影を残す“美人なおばさん”・・・いや、おばさんと呼ぶにはまだ早い。

「少し待たせてすまなかった。少し荒い歓迎を受けてしまってな。」

双鴉道化はコートを脱ぎ、畳んで膝元に置く。

「その割には嬉しそうね。筆積恩慈の勧誘は成功したのかしら?」
「いや、ものの見事に拒否されたよ。けど、個人的に面白い収穫があった。そういう君も幹部を辞めてから少し嬉しそうだ。」
「そう?まぁ、当たりと言えば当たりかしら。今はクリスマス商戦に向けての大事な時期なのよね。会社の方に専念出来て嬉しいわ。」
「それなら良かった。最終的に天地開闢《ワールドルーツ》に参加した幹部と構成員を教えてくれないか?」
「良いわよ。幹部で参加したのが―――――」






箕田美繰《ミダ ヨクリ》

「―――――以上の6人、尼乃昂焚も含めると7人の幹部が参加するわね。」
「そうか。それぞれの目的は?」
「さすがにそこまでは聞いてないわ。言っても答えてくれる連中じゃ無さそうだし。」
「そうか・・・。ところで・・・」

話の腰を折り、双鴉道化は車の前方を指さした。前方ではレイが運転席に座り、黙々と車を運転していた。10歳児の体型である彼女の為にハンドルの位置や座席の高さ、アクセル・ブレーキペダルの位置が調整されている。

「彼女(レイ)に運転を任せて大丈夫なのかね?」
「問題無いわ。彼女の運転技術は私が保障する。」
「いや、そういうことではなく・・・免許とか大丈夫なのかね?どう見ても運転免許を取得できる年齢には見えないんだが・・・」

すると、橋の先の方で日本の警察のパトカーが赤色警告灯を光らせながら、検問を張っていた。博物館での騒動が原因なのか、はたまた別の事件が原因なのかは分からない。しかし、このまま突き進めば色々と不味いのは目に見えていた。

「ここは・・・その・・・あれだな。」
「そうね・・・・レイ!」
「ガッテン承知!このクソババア!」

レイは突然テンションをバリバリに引き上げると、急速にスポーツカーをUターンさせた。しかし、時既に遅し。それを不審に思ったパトカーが背後から追いかけ、深夜の壮絶なカーチェイスが繰り広げられた。



*     *     *




第七学区 とある病院
何ら変哲もない一般的な白を基調とした大きな病院。その四階の廊下を樫閑は歩いていた。長点上機学園の制服を着ており、右手には学生鞄、左手には大きな紙袋が握られていた。
廊下では放課後に見舞いに来る教師や学生の姿が見受けられる。
そんな中で、樫閑は常盤台の制服を着た少女たちのグループとすれ違う。どこか不満そうな顔で愚痴を零していた。

(あの娘たちって確か・・・・)

どこかで見覚えのある顔ぶれ、それをどこで見たのか思い出すと、樫閑は(ああ、そういうことか。)と納得し、目的の部屋へと向かった。

界刺得世 様”

界刺の名前が刻印されたネームプレートのある個室。どうやら、彼はここで入院しているようだ。シンボルのリーダーという立場上、命を狙われる可能性もある彼から考えれば、当然の待遇なのかもしれない。

「この部屋ね。」

樫閑は病室のインターホンを押す。オートロックの病室であり、まるでホテルかマンションの一室のようなセキリュティだ。

『はいはい。どちら様?』

病人らしからぬ陽気で余裕のある界刺の声から、どうやら彼はそれほど重傷ではないらしいと樫閑は考えた。

「樫閑よ。開けてもらえないかしら?」

樫閑がそう答えると、スピーカーから聞こえてくるはずの界刺の声が途切れた。その代わりに少し暗そうな少女の声が聞こえ始めた。



『・・・・誰?』



「その声は・・・水楯涙簾《ミズタテ ルイス》さんかしら?初めまして。」
『どうして、私のことを知っているの?』
「別にあなたのことだけじゃないわ。シンボルのことは把握しているわ。立場上、情報の有無が命を左右するからね。」



『・・・この・・・ストーカー女!!』



水楯の怒号と共に通信は切られてしまった。・・・が、カチッ!とドアのロックが外れる音は確認できた。

「入ってもいいって、ことよね?」

樫閑が恐る恐るドアを開くと、そこそこ広い病室にベッドを囲むカーテンがあった。界刺がいるであろうベッドは桃色のカーテンで囲まれて中の様子が見えない。しかし、部屋を照らす電気と太陽の明かりのせいでベッドの内情が透けて見えていた。
ベッドに横たわる界刺の上に馬乗りになって彼の胸ぐらを掴む水楯の図が容易に想像できるシルエットだった。

「折角、人が来てやったのに、ナニやってんですかぁ?」

そう言い放ち、樫閑は思い切りベッドのカーテンを開ける。
そこから見えた光景は樫閑の思った通り、界刺の上に水楯が馬乗りになっていた。

身長165cm前後の少女だ。碧髪ロングで前髪が目に掛かる程伸びている。表情のせいもあってか、少し暗い印象を受ける。胸は慎ましやかで、花盛学園の白を基調としたセーラー服を着用していた。
彼女は右手で界刺の胸ぐらを掴み、左手には水の入ったペットボトルが握られていた。

対する界刺はベッドに横たわっており、両手両足にギプスが取り付けられた痛々しい姿に変わり果てていた。

「・・・誰?」

水楯は今にも殺しにかかりそうな眼で樫閑を睨みつけた。修羅場慣れしている樫閑でも少し怖気づいてしまうほどのヤバい目だった。

樫閑恋嬢。界刺とは・・・そうね。お互いに着替えを見せ合う関係かしら?」

悪企みし、水楯を挑発するかのように勝ち誇った表情を浮かべて樫閑は答えた。
言っていることは間違いではない。あの店で互いに“着替えた結果”を見せ合い、ファッションチェックしていたのだから、間違ったことは言っていなかった。しかし、一般的に男女の関係でそのようなフレーズが出れば、“着替える過程”を見せ合うと考える場合が多いだろう。無論、樫閑はそのミスリードを狙ったわけだ。



「!?」



樫閑の挑発にまんまと乗せられた水楯はペットボトルを握りつぶし、そこから溢れ出た水を彼女の能力、粘水操作《スティッキーポンプ》で粘度を持たせ、水飴のような状態になった水を掴み、それを樫閑の顔へと押し付けようとした。
しかし、それと同時に樫閑は学生鞄の中から拳銃を取り出し、水楯の額へと銃口を向けた。
樫閑の顔面直前に水の塊が迫り、水楯の額には引き金に指がかかった状態で銃口が向けられていた。一触即発の状態で2人は静止した。
そして、そんな恐ろしい女たちに挟まれた界刺は改めて女性の恐ろしさを認識していた。

「ふ・・・2人とも、ここで争うのは止めてくれないかい?涙簾。君が思っているようなことはないから。」
「本当?」

涙簾は樫閑に対する警戒を完全に放棄し、界刺にガッと顔を近付け、2人の鼻息がかかる距離にまで距離を詰める。界刺は必死に成瀬台の詐欺師の表情を作ろうとするが、水楯の気迫の前にそれはボロが出て崩れていた。

「ほ・・・本当だ。彼女とはただ互いのファッションを見せ合う仲間だ。」

それを聞いて、水楯は一安心する。

「そうですか・・・。私は界刺さんを信じます。けど、服装選びの時は極力私を誘ってくださいね。」

そう微笑んで告げると、水楯はベッドから降りた。



(やっぱり、女って恐えー!!!!)



女の恐ろしさをくどく再認識させられた界刺は心の中で震えていた。

「それにしても随分と酷くやられたわね。」

樫閑が界刺のベッドの近くにある椅子に座る。
界刺も樫閑と水楯の一触即発の危機から脱したのか、安心して綻びの無い詐欺師の顔つきになる。

「ああ。情けない話だけどね。両腕両脚を複雑骨折。」
「で?あなたをそういう風にしたのはどんな奴?」

樫閑の口から出た言葉に界刺は目を丸くした。自分たちはファッションにおいてはソウルメイトと言わんばかりの関係だ。しかし、それ以外においては猫と犬《キャッツ&ドッグス》。出会ってしまえば暴風雨を巻き起こす仲だ。そんな樫閑が自分の仇討ちをするとは考えられず、界刺は思わず目を丸くした。

「黙ってても分からないわよ。どんな能力者なの?」
「仇討ちでもしてくれるのかい?」

途端、樫閑は界刺を睨みつける。アングルのせいもあってか、両腕両脚が使えない自分を見下しているようにも見える。

「勘違いしないで欲しいわね。大能力者で修羅場慣れしたあなたにこんな怪我を負わせた相手となると、相当のやり手なのよ。そして、そいつの目的が分からない今、その脅威が軍隊蟻に向けられないとも限らない。だとしたら、敵の情報を手に入れて、その対策を取る必要があるの。」
「んふっ・・・いつもの君らしいね。」

すると、界刺の顔つきが完全に詐欺師のそれとなった。詐欺話術《ペテンステージ》を繰り広げる準備は整ったようだ。しかし、相手は重武装系スキルアウト軍隊蟻を束ねる“怒れる女王蟻”。“軍神”の二つ名を我が物とする彼女にどこまで通じるか・・・

「敵の情報が欲しければ、こっちとしてもその見返りが欲しいね。情報をタダで与えるほど、俺は甘くないよ。特に君の様な人間に対してはね。」
(やっぱりそう来たか。)

界刺の詐欺話術を完全に予測していた樫閑は、既にその対策を十分に練っていた。

「じゃあ、見返りはこれで良いかしら?」

そう言うと、樫閑は持参した紙袋の中に手を突っ込み、あるものを取り出した。
グニャグニャに折れ曲がった警棒、それは界刺が使っていた複合型赤外警棒「ダークナイト」だった。見るも無残な姿に変わり果てた相棒を界刺は目の当たりにする。

「警備員が来る前に回収させてもらったわ。無論、これに使われている技術も徹夜で解析させてもらったわ。」
「何が言いたいんだい?」
「これ、随分と面白い技術を使っているのね。裏でしか出回っていない技術も贅沢に使われていて、まさしく闇の技術のオンパレードよ。どこの誰が作ったか知らないけど、これの存在が警備員にバレたら相当ヤバいんじゃないかしら?使い手のあなたも、作り手の誰かさんも。」

水楯が能力で水に粘性を与えて鞭に変えようとするが、樫閑は持っていた銃口を水楯に向けることでそれを阻む。

「言っておくけど、これはただの拳銃じゃないわよ。典型銃器《パターンウェポン》。演算銃器《スマートウェポン》の使用履歴を解析し、最も使用頻度の高かったパターンのみを抽出して組み込んだものよ。その威力は・・・言うまでも無いわね。水楯さん。あなたの防御を貫通させるには充分よ。」

水楯は水飴状の水を近くの花瓶の中に入れ、能力を解除した。

「んふふふふっ・・・・今回は俺たちが確実に不利だね。詐欺話術のペの字もないじゃないか。良いだろう。ダークナイトを見返りとして認めるよ。」
「なら良かったわ。病院で血みどろ決戦なんて二度とゴメンよ。」

樫閑はねじ曲がったダークナイトを界刺に渡し、典型銃器をカバンの中に仕舞う。

「じゃあ、敵の情報を聞かせてもらうわ。」
「―――と言われてもねぇ・・・。敵の情報なんてほんの僅かだよ。」
「それでも構わないわ。」
「とりあえず、敵の情報は2つ。1つ目は冷気を扱うこと、2つ目にその冷気に包まれたものは何でも捻じ曲げられる。そう、このダークナイトのようにね。」
「全てを捻じ曲げる冷気・・・そんな能力聞いたこと無いわよ。まるで中学生の書いた小説みたいね。」
(啄鴉《ツイバミ カラス》あたりが喜びそうな話だなぁ。)

界刺は自分が知る中で最もそういった話を好みそうな人間のことを思い浮かべていた。暗黒時空《ダークネスワールド》という能力を持ち、十二人委員会の一人として学園都市の闇夜を駆ける狩人《ハンター》――――――という設定の痛い男だが、戦いにおいて実力があり、ついに十二人委員会を実現させてしまったところが何気にバカに出来ない男だ。

「全てを曲げる冷気・・・まぁ。その情報だけでも十分だわ。」

そう言うと樫閑は椅子から立ち上がり、紙袋を界刺の胴体の上へと置いて行った。

「その中、差し入れの鯛焼きもあるから、良かったら食べなさい。」

樫閑はこの部屋における全ての用事を終え、水楯に睨まれながらも病室を出ようとした。
しかし、界刺が彼女を名を呼んで呼び止める。

「なんであんなことを言ったんだい?」
「たまには痛い目に遭うと良いのよ。ハーレムメーカー。」

そう言って、樫閑は病室を出て行った。










鴉は羽ばたき、蟻たちは動き出した。

天を舞う黒と地を這う黒。

漆黒の復讐者と漆黒の兵団は珍奇騒動《カーニバル》のステージに上がった。

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最終更新:2012年10月28日 14:18