第34話「嵐の前の静けさ《イントゥ ザ ストーム》」

11月4日 朝9時 風紀委員一七六支部
珍しくメンバーが支部に集まった。未だに意識が戻らない姫空香染、入院中の斑狐月、行方不明の神谷稜を除いて。皆の視線は葉原ゆかりが扱うパソコンのデスクトップへと注がれる。

「そろそろ…時間ですね」

ゆかりが画面右下の時計で時間を確認すると、突然デスクトップ上に謎のアイコンが現れた。名前は『Kuno NET』誰が何のために作ったか簡潔に教えてくれる。アイコンをクリックするとパソコンが起動画面に戻り、大量のウィンドウが開閉を繰り返す。パソコンが壊れてしまったのかと思い周囲はぎょっとするが、ゆかりは冷静に目の前の状況を分析していた。
おそらく今パソコンはコンピュータウィルスに感染している。このウィルスはKuno NETから放出されたものであり、パソコンのプログラムをKuno NETを使用するのに最適なものへと強制的に書き換えているようだ。
パソコンの目まぐるしい変化が終わると、黒を基調としたプレゼンテーションルームとインカムを装着した九野獅郎紫崎通が現れる。画面両端には初めて見るアイコン。だが、形からしてそれがどのような機能かは簡単に推測することが出来る。初心者に理解させるという部分では非常に優れたデザインのアイコンだろう。どうやらチャットルームとして機能しているようだ。

『これで全員揃ったな』

九野は咳払いをし、身を包んだ警備員の制服の襟を正す。

『最初に、特殊事件臨時対策室(シークレットボランティア)への参加に感謝の意を表明したい。知っての通り、この部署は非公式だ。その上、学園都市統括理事会の意志に反した形で活動することになる。栄誉も給与も手当も無い。ただ純粋にこの街とここに住む人々の平和と安全を願う志だけがこの部署を存在させ、動かすことになる。もしまだ無償の奉仕に命をかける覚悟が出来ていない者がいるのなら退室しても構わない。俺は引き止めも咎めもしないし、他の者にもそれはさせない』

真剣な眼差し、強い口調で発せられる言葉には重みが感じられた。しかし、退室する者は見られない。

『ありがとう。では、事件の経緯を話す。紫崎先生』
『紫崎通だ。この対策室の副室長を務めることになった。色々と力不足な面もあると思うが、よろしく頼む。事件に関する説明を始める。まず事件は11月1日の早朝―――』

紫崎は時系列の順に自分達がテロと直接関わりがあると考えられる事件、ATTの介入について語りだした。

11月1日、尼乃昂焚と風紀委員の交戦
11月2日、オービタルホール事件
11月3日、地下街騒動、第一六学区市街地破壊

『――が以上であり、我々は昨晩まで事の全容を一切掴むことが出来なかった。しかし、昨晩、風紀委員一七六支部がテロ首謀者の関係者と交戦、拘束に成功。尋問と能力による記憶の読み取りで彼女の記憶から事件の全容を理解することに成功した』

周囲は動揺を隠せなかった。「それは本当か?」「解決は早いかもな」対策室発足の初動から解決への光明が見えた。

『喜んでいるところ悪いが、彼女の記憶から読み取れたものは我々を絶望させるものだ』

九野の言葉に一同が押し黙る。一七六支部も息を呑んだ。

『今回の事件。事の発端はこの首謀者、尼乃昂焚と彼のバックに存在する組織イルミナティによるものだと判明した』
「イルミナティ?」
『この組織については、“彼女”に説明してもらおう』

九野の手招きで、その“彼女”が横から画面の中に入って来た。
ジーンズに白い長袖シャツといった簡素な格好、襟元からは肩に巻かれた包帯と小型の機械が付属したチョーカーが見られる。頬には絆創膏が貼られており、痛々しい姿をしていた。どうして彼女がそんな姿なのか、一部の人間はその答えを知っていた。それは彼女が、拘束された“関係者”ユマ・ヴェンチェス・バルムブロジオだからだ。



「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」



予想外のゲストに驚愕し、一七六支部一同は声を張り上げた。それが相手にも伝わり「うるせぇ!」「静かにしなさい!」「え?何?どういうこと?」等のコメントを頂く。

『ユマ・バルムブロジオ。我々が拘束した首謀者の関係者だ』

ここで他の画面の警備員たちが動揺する。中には「はぁ!?」と声を荒げる警備員もいた。一七六支部の面々は「うるせぇ!」と言い返そうと思ったが、目上の人間なので控えることにした。
ユマが一呼吸置き、イルミナティについて語り始めた。

『イルミナティは欧州に拠点を持ち、世界各国で活動する大規模な宗教団体だ。強欲を至上とする邪教を教理とし、活動もテロ組織顔負けの過激さを誇る。彼らの活動資金は未だに不明だが、噂では世界的な化粧品メーカー、民間軍事会社が後押ししていると言われている』

――彼らがこの学園都市で活動する目的は?
対策室に参加しているとある警備員からの質問だ。

『あいつらの目的は私にも分からない。だけど、わざわざ危険を冒して学園都市に来るあたり、何かしらの“儀式”をする可能性がある』

――儀式?

『ああ。まずあいつらの“超能力”について話しておきたい。言っておくが、能力開発が行われているのは学園都市だけじゃない。極秘だが世界各国で、組織によっては数百年前からそれは続けられてきた。イルミナティは12世紀から超能力の研究・開発を続け、学園都市以外で成功例を生み出した組織の一つだ。彼らは全く異なる方面からのアプローチにより超能力の開発に成功している。それは学園都市の超能力とは大きく違ったものになっている』

――学園都市以外で超能力の開発が成功したとは俄かに信じがたいな。ところで、学園都市違う要素というのは?

『まず能力は一人につき一つじゃない。能力の保有数に限界は無く、一人の人間が何十何百もの能力を持ち、それらを同時に使用することも可能だ。次にそれは物理や科学に囚われず、概念的な影響を及ぼす能力もあること。そして、威力が学園都市のそれとは桁違いだということ。今回、学園都市に入り込んだ能力者(魔術師)の大半がここのレベル4~5に相当する。そして、それを桁違いに凌駕する能力者が確実に2人存在する』

ユマの言葉に周囲が愕然とする。誰もが言葉を発することなく、たまに口から驚嘆が零れる程度だ。

『だが、これも学園都市の超能力の上位互換ではない。彼らの能力にはルールがある』

ユマが気を利かせたのか、この言葉に多くの対策室メンバーが救われる。アイコン越しで分からないが、おそらく何人もの人間が表情を明るくしただろう。

『彼らは能力発動のプロトコルを宗教に依存している。この街だと“自分だけの現実”って言うのかな。彼らはそれを宗教や神話に置き換えている。だから彼らの能力は伝説や神話をモチーフにしたものが多く、発動のプロセスもそれに依存している。それ故に彼らの能力は学園都市の能力みたいに瞬時に発動できず、儀式のような下準備や道具が必要になる。プロトコルの元になる伝説や神話が分かれば、対策によって簡単に能力を封じることができる。そして、今回彼らの儀式が、学園都市を敵に回すリスクを抱えても実行する価値があるものだとしたら――』

ユマが一呼吸置き、周囲が息を呑む。

『――それは、世界を巻き込むほどの大規模なものだと考えていい』

明らかに彼らのキャパシティをオーバーしている大事件に周囲は頭を抱える。とんでもない事件に首を突っ込んでしまったと。

――捜査の方針については?

ある警備員からの質問には九野が答えた。

『我々の目的は普段と変わらない。この街を守ることだ。事件を未然に防ぎ、犠牲者を出さない。統括理事会やATTは我々に踏み込んで欲しくないようだがな』

九野の口からATTという言葉が出た途端、皆の態度が変わる。「現場荒らし」「隠蔽体質」「警備員じゃない」と彼らの悪名高さが口々から窺える。

――ところで、彼女は信用できる人間なのか?目的は?

『彼女の目的は主謀者の尼乃昂焚を学園都市から連れ出すこと。理由についてはプライベートのことなので控えるが、フリーで活動する読心能力者の協力で彼女とはメリットとデメリットを共有できると判断した』

学園都市は一部の条件を満たす不法侵入者に対しては強制送還という措置を取り、裁きはその者が属する組織及び国家に委ねている。この“一部の条件”が何であるかは機密事項として扱われているが、魔術サイドでは「科学と魔術の不干渉」を表向きに説明したものとされている。

『勝手に人の心を覗くなんて、人権無視も甚だしいけどな』

画面に出て来て初めてユマは悪態を吐いた。今まで知的にイルミナティや超能力について説明していた姿で違和感を覚えていた一七六支部の面々は何故かほっと一安心する。

――では、信用に足る人物であり、これからも協力すると?

『無論だ。向こうの超能力とやらに対して我々はあまりにも無知で対策もない。彼女は重要な戦力になる』
『あくまで互いの利益のためだ。私の目的を果たせればズらからせてもらう』

九野と紫崎に挟まれて画面に映るユマの姿を見て、一七六支部の面々は複雑な気持ちになる。理屈では理解できるが、彼女には2人のメンバーを重傷に追い込まれた。少し違っていれば2人の死者になっていたかもしれない。つい昨日まで敵対し殺し合った彼女と協力することを許容するのは難しかった。

「『あれと一緒に行動しろ』って言われたらどうします?」

気まずい雰囲気の中で最初に口を開いたのは鳥羽だ。

「「「不幸な事故に見せかけて殺す」」」

加賀美、深祈、鏡星の返答は物騒なものだ。

「ハハハ…」

鳥羽の口から乾いた笑いが零れた。昨日はあれだけ紫崎先生と九野先生に絞られたのだから、彼らの言葉が冗談であって欲しいと心から願った。







同時刻の第七学区。とある高級ホテルの最上階フロアでテキスト陣営も一堂に会していた。ガラス製の床が透けて見える丸テーブルを中央に置き、その周囲を赤茶色の革のソファーで取り囲む。
持蒲鋭盛から時計回りの順番でハーティ=ブレッティンガム藍崎多霧大和尊が腰掛ける。全員の視線は大和に向けられていた。テキストでもなくイギリス清教でもない。第三勢力の代表者としてそこに座る大和の存在は異質だった。
これまでの経緯、玄嶋笑莉との結託、アリサ=アルガナンとの関係、ストングラス=フォイルドイルの目的、学園都市とイギリス清教から信頼と協力を得るために倭は可能な限り持蒲に話した。理解は得られたと思っているが、それでもつい2日前まで正体不明の第三勢力として振る舞っていた彼にとってアウェイ感は拭えなかった。

「先日のリーリヤ捕縛作戦、ご苦労だった」

そう言葉を添えて、持蒲は分かり易いように整理された状態の情報を開示した。テーブルに展開されたホログラムがそれだ。イルミナティ側と自分達の戦力の比較を示している。

「ライブ会場の映像を考えれば、残りは5人か」と大和が控えめな口調で付け加える。
「そう言いたいところなんだが、あと一人。追加される」

持蒲はリモコンを操作し、壁にかけられたスクリーンに映像を映し出す。

「ハーティちゃん。説明を」

ハーティが立ち上がり、スクリーンの端に立つ。

「先日の夜、イギリス清教の諜報部隊から情報が入りました。ドイツに本社を置くヴィルジールセキリュティ社を調査した結果、10月末に駆逐艦1隻、戦闘ヘリ2機が帳簿と合わず、港や倉庫にあるはずだった兵器や多数の火器が行方不明になっていることが判明しました。その上、社長のヴィルジール=ブラッドコードはじめ20名近い社員が突然行方不明扱いになっていることが明らかになりました」

これを聞いたイギリス清教の魔術師たちと藍崎、大和は頭を抱え、大きくため息をつく。幹部一人を殺すのにこっちは1人が死亡、1人が重傷と割に合わない損害を被った。協力してくれた軍隊蟻というギャングの損害も含めれば、2人死亡、1人重傷、駆動鎧と戦闘ヘリが1機ずつ大破。クライヴとマチが双鴉道化と尼乃昂焚に深手を負わせたことを考慮しても割に合わなかった。それなのに入れ替わるように幹部が1人追加されたのだ。嘆かずにはいられない。リーダーであるクライヴと武闘派のマチを失った痛手も大きい。

「ハーティちゃん。イギリス清教に増援の要請は?」
「昨晩、打診しましたが『送れない』とのことです。他の勢力に勘付かれず学園都市に派遣できる戦力がこれで手一杯だそうです」
「そうか…。こっちはメルトダウナーが本格的に動かせるようになった。軍隊蟻も今日の昼あたりから本格的に戦力を投入できる。暗示や催眠術みたいな初歩的な魔術に対する耐性は無いが、それが解決できれば大きな戦力になるだろう」

持蒲が大和に目を向ける。大和は視線から彼の意図を読み取ろうとするが、サングラスの奥底に隠れた瞳のように読むことは出来なかった。

「謎の第三勢力だった君達も勘定に加えても異存は無いかな?」
「ええ。大丈夫です。ただ我々の目的はイルミナティの壊滅。学園都市防衛が目的ではありませんし、私も含めて3人が復讐のために動いている」

――そこだけは肝に銘じていただきたい。







東京都 神薙邸
東京都校外に位置する神薙家の屋敷。周囲に存在する現代的な民家や道路、街づくりなど露知らず、その土地だけが江戸時代から時間の流れに取り残された文化財レベルの歴史を持つ日本家屋だ。その一室、縁側を挟んで石庭を一望できる昔ながらの畳広間、最上座の神薙の目には左右に多くの人間が集まっていた。冷や汗をかきながらネクタイをしめ直す恰幅の良い議員風の男、白衣を着た神経質そうな細身の男、暗い顔を浮かべながら終始スマホのゲームに没頭する女性、和服を着こなした初老の男性、広間に集められた者達の特徴は十人十色、何のための集まりなのか推測することは容易ではない。分かることは和服を着た男女が比較的多いことだけだ。

「この面子を見れば、集められた理由が分かるだろ?」

神薙の一声に全員が身震いする。
彼女が中央に書類を投げる。回転し畳の上をすべるように書類が落ちた。“大日本魔術防衛機構構築計画”と明朝体で印字されたタイトルが全員の目に留まる。

「皇室派でもごく一部しか知らされていなかったこの計画をどうして尼乃昂焚が知っていたのか?説明してもらおうか」

皇室派に大きな影響力を持つ“光の神薙”、彼女の眼光は本来持ち合わせるべきではない“影”が垣間見えた。“影の箕田”を失った今、彼女が皇室派の影も兼ねているのだ。

「少なく見積もっても5年前には情報が漏れていた――いや、漏れていたというレベルじゃねえ。まるで“彼が計画に関わっていた”と言わんばかりの情報量だ。もしかして…もしかしたらの話、お前達は外部の人間を計画に組み込んだんじゃねえのか?」

神薙は参列者の周りをグルグルと回りながら語り、白衣の男の背後で立ち止まった。

「一刻も早く喋らないとお前達の命や人権も保障できなくなるぞ?」

白衣の男が明らかに動揺し始めた。過度なストレスで全身から汗が吹き出し、瞳孔が揺れて焦点が定まっていない。ガタガタと震え、何かを喋ろうにも口元が震えて歯がぶつかり合う。

「あ、ああ、尼乃昂焚は、計画の関係者でした!」

神薙は待っていたと言わんばかりに目を光らせ、更に白衣の男に詰め寄った。言葉を、情報をこれでもかと言うほど搾り取る魂胆だ。

「神薙よ。それ以上、彼をいじめてやるな」

和服姿の中年男性は全員が口を噤むなかで神薙を制止した。

「それじゃあ、アンタが代わりに答えてくれるのか」
「ああ。そもそも彼を引きいれたのは私だ」
「極秘計画にどこの馬の骨とも知らない魔術師を引きいれた…と?」
「計画をより現実的なものにするためには彼の技術と才能が必要だった」

大日本魔術防衛機構構築計画
この計画は日本国が海外の魔術勢力による侵攻に対抗することを目的として開始された。防衛機構の内約は大きく分けて「神道系魔術の強化」「敵勢力魔術の妨害」から構成される。この2つは異なる部署が別々に行っており、部署間における研究内容の共有は行われていなかった。この二つを繋ぐのは計画という名目だけだった。
尼乃昂焚が組み込まれたのは「敵勢力魔術の妨害」を担当する部署だ。当時、この部署はある問題を抱えていた。敵勢力魔術の妨害、文字で表すと簡単だが実行は困難で計画発足時から“不可能”の烙印を押されていた。
13年前、不可能の烙印は変わらず、敵勢力魔術の妨害を担当する部署は30年近く慢性的に研究を進めていた。敵勢力の魔術、それは十字教、北欧系、中国、インド、イスラム、アフリカ、北米新興、インカ、アステカ、あらゆる文化圏に属する魔術、そしてあらゆる文化圏に属さない魔術までもカバーし、それに対抗する術を作り出すというもの。それはこの世の全ての魔術の式を把握し、それら全てに対するマイナスの式を作らなければならない。禁書目録があるならまだしもそれすら存在しない皇室派にとってこの課題をクリアすることは神の御業も同然の所業だった。仮に全ての術式に対するマイナスの術式を全て解析したとしてもそれらを常に発生させる手段は存在しなかった。

――その問題、俺がクリアしてやろう。無論、相応の報酬は頂くけどな。

ギラギラと目を輝かせた無所属の魔術師の少年、尼乃昂焚は封鎖されていたはずの実験地で自分を売り込んだ。

「で?彼はそれらをクリアしたわけ?」
「半分はな。この世の全ての魔術に対応できる究極の相殺魔術群(カウンターワークス)。理論上は過去、現代、そして未来の魔術に対応出来ると奴は豪語していた」

「第二のアレイスター=クロウリーでも出現しない限りはねー」とスマホゲームに没頭する女性が付け加える。

「とんだホラ吹きじゃねえか。禁書目録も真っ青だ。して、その原理は?」

議員風の男とスマホ女が白衣の男に視線を送る。既に白衣の男は挙動不審の極みに至っていたが、唇を震わせながら3人が求める解説を語り始めた。

「は、はい。原理は非常に単純なものです。敵の魔術に対する防衛は2つの段階に分けられます。“解析”と“相殺”です。魔術は数学や物理学の式のように成り立っており、魔術の相殺はその式に対してマイナスの式をぶつけることで発生します。魔術の“解析”は簡単に言うと因数分解のようなもので、その解法は何百何千と存在します。尼乃氏のプランは一つの魔術に対してその全ての解法を実行するというものです」

白衣の男の言葉に神薙の頭上には?が浮かび上がる。言っていることは理解できる。小学生が難しい算数の問題に対して数字を一つずつ繰り上げ(繰り下げ)て連続して答える行為、それを魔術の解析に当てたようなものだと。しかし、理解できないのはそんな小学生でも思いつきそうなことを“現実的なプラン”として堂々と提案した尼乃昂焚の思惑、それを現実的なプランとして採択した計画関係者の思惑だ。

「無論、我々もそれは非現実的だと唾棄しました。しかし、彼は魔術の発動順序のフローチャート化、魔術の自動制御(オートメーション)システムを提案しました。前者は荒削りでしたが、後者は提出された時点で修正の必要が無いくらい完成されたものでした」

(魔術の自動制御化ね…)

神薙は資料で読んだ尼乃昂焚が好んで使う術式を思い出す。彼の擬神付喪神は物体に対して行動の目的とその目的を達成するための行動プログラムを付与する魔術だ。その行動プログラムも複雑なものであらゆる事態を想定し、イレギュラーが発生した場合の対策まで組まれている。自立思考という点では魔術生命体の亜種とも取れる存在だ。(他の魔術生命体や通常の知的生命体と比べれば行動原理やパターンは比べ物にならないほど単純だが)
彼の提案も解析魔術のみならず魔力を補給するための術式、術式を維持するための術式、多数の魔術が相互作用し複雑に組み合うことで独立して活動する生命体になるのだ。生物の身体の構築や生命維持活動が何万何億もの化学反応によって構成されているように――

「ただ、それでも根本的な問題は解決出来ませんでした。むしろ彼のプランはその問題を更に深刻にするものでした」
「土地が…足りないことか」
「はい。その相殺魔術群は最大にして何万もの術式を同時に発動させなければなりません。彼のプランだとどれほどコンパクトに収めても広大な土地を確保する必要があります」
「どれくらいだ?」
「概算になりますが、関東全域を魔法陣で埋め尽くすことになるかと…」

白衣の男の言葉に神薙は鼻で笑いながら「論外ね」と言葉を返した。

「けど、あの男はそれを実現可能なものにしたわけじゃん。玄嶋の報告から考えて、それは間違いない。奴が如何なる手段で計画を実現可能なものにし、それをベースとした天地開闢計画を実行したのか。それを考えるのがアンタらの仕事じゃんよ」
「はいは~い。その点では私から報告が~」

スマホゲーに熱中していた女性が呑気そうに手を挙げた。

「ウチらの共通パソコンのログを漁ってみたんですけど、尼乃もそこは苦労してたっぽいですよ~」

彼女は膝元の鞄からノートパソコンを取り出し、周囲に見えるようにウィンドウを開く。

「彼なりに色々とプランを考案してたみたいです。私達を唸らせるものから荒唐無稽なバカプランまで揃っていました」

彼女のノートパソコンの画面には何千何万もの術式をコンパクトに収めるプランが図表で表されている。無数の円と多数の言語で構成されたそれは魔術の専門家や計画の関係者でも全容を理解するのに苦労する。素人なら見ただけで脳がパンクするだろう。

「この魔法陣を上に積むプラン、妾は気に入ったぞ」
「私達でエンデュミオンを1本建てることになりますよぉ」
「マジでか」

パソコンの持ち主がクリックして30近いプランを次々と神薙たちに見せて行く。その内の一つが神薙の目に留まった。「ストップ」の声と共にマウスの指が止まる。
彼女の目に留まった図は球体が描かれていた。円が直径を軸にして回転した姿。周囲には計算式やメモが散りばめられている。魔法陣の角度を変えながら立体的に交差させ、多数の円を一つの球にするプランだ。

「なるほど、これならわずかに角度を変えるだけで理論上は全ての術式を一つの球に収めることが出来るってことね」

白衣の男も画面を覗きこむや否や指で眼鏡を掴み、カタカタと震わせた。

「アイディアは悪くありません。しかし、術式同士の干渉を相互作用として逆に利用するには全ての魔法陣を“そういう風になる”並びにしなければなりません。そのパターンは天文学的数字になりますし、絶対にそれが存在するとは限りません」
「あと~、これだと空中に魔法陣を描かないと駄目ですねぇ~。空気中に図は描けないですよ~。法王級や天使の術式なら発動と同時に空中に陣が浮かびますが、それでもここまで緻密で複雑なものは…」
「はぁ~無いってことか」

大きく溜息を吐き、神薙が自分の座布団に腰掛ける。胡坐をかいて畳に片手をつける。関係者を問い詰める時とはうってかわって非常にだらけた姿を晒す。議員風の男が軽く諌めるが正す気は無いようだ。

「んじゃ、あんたらもう帰っていいよ」
「なっ!」
「どういうことですか!?」
「どうもこうも、“不可能”って結論出たんだろ?だったらそれで良いじゃん。尼乃が言っていたことは私達を混乱させるための嘘っぱち、わざわざ学園都市の治安維持組織の関係者を呼び込んだんだから、その線は濃厚でしょ。これ以上、奴の戯言に付き合うのも御免こうむる」
「そ、それはそうですが…」
「それにそろそろログインしないとダーティガンナーズのイベントに間に合わないんだよね。ほらほら。さっさと帰った帰った」

神薙は肘置きに肘を置いた体勢で3人をしっしと手で払う。あまりにも礼を欠いた態度に議員風の男は顔を真っ赤にしながら出て行った。続いて、白衣の男もおどおどと一礼をして出て行った。最後に残ったスマホ女も「そうですね~。今日は一時間限定でキルポイント4倍ですものね」と言い残し、出て行った。神薙のFPS仲間が増えた。
神薙は自室に向かう振りをしながら3人が屋敷から出て行くのを確認した。

「伊与」

襖を開けて侍女の伊与が姿を現した。

「彼女のパソコンにあった計画のデータ。ちゃんと取れた?」
「はい」
「じゃあ、例の球体の図だけ、“学園都市にリークしなさい”」
「宜しいのですか?」
「大丈夫。あと“神薙秘呼”名義でお願いね」

日の当たらない軒下の影の中で神薙の笑む口が見えた。







学園都市 第一〇学区 
人が少なく尚且つ治安の悪い第一〇学区には墓地やウィルス研究所など人々から忌避されるものがどうしても集まってしまう。原子力機関もその一つである。放射線による汚染問題から学生から遠ざけるように作られている。学園都市の最新技術を駆使した放射線シールドは遮断率100%、防護服も同じ遮断率を誇っていても例外はいつでも存在する。科学的に絶対ありえないことだとしても原子力とのファーストコンタクトが最悪だった日本人にとってはいつまでも拭えない恐怖があるのだ。
原子力機関が集まるのであれば、そこには核のゴミを集めて補完する施設も作られる。そう、核廃棄物保管施設だ。第一〇学区には規模に大小の差はあれど多くの核廃棄物保管施設が存在し、その放射線シールド技術から海外かも核廃棄物の保管を依頼され、秘密裏に行われていた。
ある核廃棄物保管施設に何台もの10トントラックがなだれ込む。施設の周囲には金網が貼られ、周囲を警備ロボットが徘徊する。警告のための放射線標識が金網に取り付けられ、施設になだれ込むトラックにも同じ標識がある。トラックが次々と搬入口に入り、最後の一台が入り切ったところで搬入口の鉛の重い扉が閉まり、更にシャッターが下がった。
全てのトラックを収容する広大な搬入口。周囲には大量のクレーンがあり、トラックを丸々一台乗せられるエレベーターも見られる。
エンジン音が停止し、しんと静まり返った搬入口で階段を降りる足音だけが聞こえた。

「搬入。お疲れ様」

階段から降りてきたのは樫閑恋嬢だった。周囲の扉から軍隊蟻のメンバーも出てくる。まるで軍隊蟻の拠点のよう、いや、拠点そのものだった。ここは核廃棄物保管施設ではあるが、核廃棄物一つ入っていない名ばかりの“広すぎる空き倉庫”。核の畏怖すら利用する彼女の狡猾さの象徴だ。
樫閑は吹き抜けの2階からトラックを見下ろす。


双頭の流星(メテオライトツインズ) 【DFライダー】

狂乱掃射(トリガーハッピー) 【ヨロイカブト】

切断に愛された神童(ウェーブポイントアーマー)【ウルトラソニック】

情報の支配者(ミッドナイトモルフォ) 【オオアゲハ】



「倉庫でお眠りの時間はお終いよ。私の可愛い決戦兵器たち」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年11月01日 02:17