併せて52体、四種のスートを持つシャッフリンには、各々の役割分担がある。

スペードのシャッフリンは、戦うのが仕事だ。

クローバーのシャッフリンは、優秀な諜報員になれる。

ダイヤのシャッフリンには、知識と技術がある。

ハートのシャッフリンは、不器用な上に頭もからっぽ。
身体が固いことだけが、ただひとつの取り柄。
だから、シャッフリンを生み出した創造主もハートはもっぱら盾として使っていた。
敵の攻撃から、他のシャッフリンたちを守るための盾。
そして、主が怒りを発散したり、無聊をかこちたい時に、その爆発から他のシャッフリンたちを守るための盾――つまり、いじめたい時のスケープゴートに。

他のシャッフリンたちもハートのそういう扱いは心得ているので、主が不機嫌な時、もしくは暇を持て余しているようなときはおおむねハートを前に押しやる。
だからシャッフリンのリーダーであるジョーカーも、この日からそうした。

今回の聖杯戦争におけるマスターは、どうやらシャッフリンたちが多く欠けていくことを望んでいないらしい。
それはつまり、欠けること前提、肉盾となって散ること前提で運用されるハートの扱いが、いっそう難しくなることを意味していた。
もちろん、欠落しても宝具『汝女王の采配を知らず』で補充させれば済むとジョーカーは考えていた。
シャッフリンがいくら失われても、敵サーヴァントを一人仕留めることで彼等は52体の総数を取り戻すのだから。
しかし、どのみち『他のサーヴァントを見つけだすまでの間』でハートがこなせる仕事はそう多く無い。とにかく知性が劣っていて、索敵や偵察では力を発揮しないスートだ。
そしてマスターは、今朝いちど訪問した限りでは退屈していて、何もしなくていいと進言しても、完全に満足した様子には見えなかった。
ジョーカーはマスターの情緒を理解することなど不得手だけれど、意を汲むのは得意だ。
だから、とハートの中でも数の小さいシャッフリンを呼び出して、命じた。

マスターの護衛と、退屈の解消と、そして何かあった時の連絡も兼ねて、マスターの近くで待機するように、と。



命じられてやってきたのに、少し目を離すとマスターの姿が消えていた。

かろうじて霊体化だけは保持したまま、シャッフリン(ハートの3)は霊視でもってオロオロとマスターの姿を探す。
二階のマスターがよく使っている部屋だ。いつの間に、どこにどうして隠れたのか――

スパーン、と押し入れの襖が勢いよく開けられた。
その上段と下段から、それぞれ大人一人ぶんの人影がぱっと飛び出してくる。
部屋の真ん中に、打ち合わせでもしたように二人ならんですたっと着地、起立した。

気弱なハートのシャッフリンは、ただ茫然とするしかない。



「おそ松と~」



マスター――赤いパーカーの青年が、右手を上げた。
姿は見えなくともシャッフリンがいることは知っているためか、目線が観客を探すように少し動いている。



「十四松の~」



黄色いパーカーの青年が、左手を上げた。
こちらは目線が適当な方を向いているので、おそらく練習か何かだと言われているのか。

二人は声を揃えて言った。





「「デリバリーコント」」





『本当はかしこい浦島太郎』

(海底の景色が描かれた背景の書き割りが立てられる)

乙姫(領巾の代わりに白い布を一枚かぶったおそ松)
「浦島さん、名残惜しいのですが、お土産にこの玉手箱を差し上げます。大事になさってくださいね」
浦島(麦わらをかぶり釣り竿を持ち、釣り師の格好をした十四松)
「ありがとうございやす! わ~い玉手箱だ~!! 家宝にすっぺぇ~!!(頬ずり頬ずり)」
乙姫「(ギロリ、とにらみつけ)た、だ、し。その箱の蓋は、絶対に開けないでくださいね。絶対ですよ」
浦島「(ゴクリ、とつばを飲む)……わ、分かりやした。じゃあ乙姫様」
乙姫「はい?」
浦島「(クンクンクンクン、と玉手箱の匂いを嗅ぎながら)どうもこの箱の中身、海水が入っちまって湿気っちまったようです。ひとつ中身を交換していただけやせんか?」
乙姫「え……いや、ですからその玉手箱は決して開けてはいけないと」
浦島「はい、おらぁ言われた通り、蓋を開けずにお土産を堪能するつもりですだ。
ですから、乙姫様も蓋を開けずにお土産を用意してくださいませんかねぇ」
乙姫「………………」
浦島「………………」


十四松が部屋を出た後、シャッフリンの霊体化を解かせて感想を聞いた。
すると、ひざをついて上体を畳にこすりつけ、ぺこぺこと謝りはじめた。
『よくわからないけど、自分が何かいけないことをしたのでしょうか』とでも言うかのように。

正直、スルーされるよりもこの反応の方が虚しかった。


□  □  □  □  □  □


昔ながらのダイヤル式黒電話が置かれている松野家の玄関まで降りていくと、十四松が受話器をチンと置いたところだった。
玄関のガラスが盛大に割り散らかされているのを見るに、どうやら『かける側』ではなく『かかってきた側』だったようだ。
(ハートのシャッフリンが念話でキィキィと困惑の声をあげたが、松野家の五男は普通に何も破壊せずに電話をとる方が珍しい)
あまり兄弟にこれからかける電話を聞かれたくなかったので出直そうとするが、十四松はすぐに「ちょっと行ってきまスリーランホームラン!」と叫んでばびゅっと二階に駆け上がった。
すぐにばびゅっと戻ってくると、右手にギターを抱えたまま玄関でスリッパを履き替え始めている。
「十四松ってばまた外に行くの? どこ?」
「カラ松兄さんと、公園!」

その返事で、誰が十四松に電話したのかは分かった。
しかし平日の公園でギターを持って、ふたり白昼堂々と何をするつもりなのやら。
問いただしても、おそらくこの五男は要領を得た答えなど返さないだろう。
だから行ってらっしゃいとだけ言えばいい、はずだった。

「十四松」

呼び止めていた。
ぴたりと止まった五男の目を見て、話しかける。

「連続殺人鬼のニュース見ただろ?
最近ぶっそうだから、昼間でも気をつけろよ?」

そう言った。
イヤミなどからは6人の悪魔呼ばわりされる六つ子だけど、弟達はみんな石を投げられて窓を割られたぐらいでパニックになるビビりに過ぎない。
58人殺しの犯人なんかに目をつけられたら、自分の身を守れっこない。

「あいあい!」

五男が腕を振って元気よく返事をすると、だるだるに伸びた黄色パーカーの袖がぶんぶん揺れた。
玄関をくぐり、「行ってきマッスルマッスル!」という声が遠ざかっていく。
本当に分かってるのかねぇと呟けば、姿を現したシャッフリンが困ったように首を傾げた。

いや、もし分かってなくて無事に帰ってこれなかったとしたら、5人の敵が1人減る。
冷蔵庫にある今川焼きの分け前も増える。
そして戻ってこなかったとしても、現実の世界にある本物の松野家には、本物の十四松が無事に健康的にニートしている。
頭のいい人間ならあらかじめ計算できるそういうことを、今になってやっと気づくのが松野おそ松だった。
そして、じゃあどうしてあんなことを言ったのかと問われても、きっと説明できやしないだろう。
たった一言だけ、深く考えずに答えるはずだ。
考える必要もなく、答えるはずだ。
「だって兄弟だから」と。


□  □  □  □  □  □


だって兄弟だからと。まず最初にアテにした。
当面の金欠状態だけでも解決したかったので、六つ子の財布の置き場所を漁る。
しかし全員が財布を持ったまま外出していやがった。さっき一人だけ家にいた十四松に『お金貸して!』と頼んだらあの顔で威圧しながら財布をしっかり抱えこんでガードされた。
……どっかにいないかな。金欠の兄貴のために札束の入った財布を置いていってくれる優しい兄弟。
いや分かってますけどね、俺だって自分が同じことされたら絶対に金を守るけどね。でも何もこんなところまでリアルに忠実にしなくていいじゃんよー、このゲームハードだよー、と愚痴を聞かされるのは、ぺたりと正座したハートのシャッフリンだ。
いい大人が、見た目小学生くらいにも見える少女に向かってこぼす愚痴がそれだ。

いや、信頼した有能なサーヴァントだからこそ愚痴っているのであって、さすがに女の子に兄弟の財布漁りを失敗したと愚痴るほど非常識じゃないはずだし、そもそも普段はさすがに無断で金を借りるほど外道なことはしていないのでこれも今後のことを重く考えた結果なのである、たぶん、
と擁護したくも、ちゃぶ台に顔をくっつけて子どもっぽくいじけているのを見れば『違うんじゃないかなぁ』とも思えてくる。
ハートのシャッフリンは、上手い答えを返せるほどの頭もないのでひたすら聞き役だった。

「だいたいさぁ、いつもは再現度が高いわりには、変なところで手を抜いてると思うんだよ、この家」
ぺこり、とシャッフリンが頷く。
「いや、おかげで得してることもあるんだよ? 銭湯に行ってもばれなかったし」
ぺこり。
「でもさ、うちの家族ってここまでドライじゃないんだよね。一松なんかニート通り越して反抗期の引き籠りみたいになってるし!」
だんだん、とちゃぶ台が叩かれる。
ぺこぺこ。

おそ松には知らない事、見えていない事がたくさんある。
だが、それでもこの家で暮らしていて、語れることもある。

NPCの家族は、やっぱり微妙におかしい。いや、めっちゃ忠実に再現されてるんだけど、でも本物の家族じゃないことが分かる。
基本的にはいつも通りだけど、たまに『あ、違うな』という行動をする時がある。

例えば、日課にしている兄弟そろっての銭湯通い。
松野家の兄弟はバカだけれど、(1人をのぞいて)ドライモンスターではない。
令呪――刺青か何かのような派手な傷跡が見つかれば驚かれないはずがなく、タオルでなるべく隠すようにはしていたけれど、いつも兄弟並んで体を洗っているのだから気づかれない方がおかしいはずで。
しかし、今日になるまで何も言われない。
見られていない、というよりも、違和感を持たれていない、みたいな。
ためしに「ねぇねぇ、これ見える?」と見せびらかして構われたい気分にもなったりするけれど、さすがに実際やったことはない。

それから、行動パターンも微妙に変わった。
五男十四松と末弟トド松は兄弟の中でもかなりアクティブな方で(アッパーか社交性が高いかの違いはある)、気が付くとドブ川バタフライで隣町まで行ってしまったり、女の子と遠出とか趣味で登山とかしているのだけど、最近そういう振る舞いが減ってきた。
その分よく家に帰ってくるようになったけど、別に家族に構ってくれるようになったとかでもない。ただ、行動範囲が狭くなっただけっぽい。
顧みれば、おそ松自身もこのK市からは出てはいけないと言われていた。
一度この町の外ってどうなってるんだろうと電車に乗ろうとして、シャッフリンに叱られた――もとい、進言されたから覚えている。
だからなのか、参加者の家族も『この町だけでことが足りる仕様』になっているのは。
外国の偉い人とも仕事したりしているハタ坊ぐらいスケールがでかくなると、どうなのかは分からないけど。

中でも、極端に引きこもりがちになったのは一松だった
『面倒だから』という理由で毎日の銭湯通も止めてしまった。一人だけ、自宅の風呂場を使うようになった。外出する回数もかなり減った。
『なんか一松だけ再現度低くない?』と思うぐらいには、様子が違っていた。
四男はダウナーだけれど、銭湯まで面倒くさがるほど重度の引きこもりではない。むしろ『みんなが行くなら行く』というタイプだ。
かと思えば、今日のように朝起きた時から姿が消えていて、まだ帰ってこない日なんかもあったりして。
もしシャッフリンから『NPCとは何ぞや』と説明をもらっていなかったら、弟が1人で富士山に登るレベルの隠し事を抱えていやしないかと心配になっていたところだ。

こういうことを、他の兄弟はおかしいと気がつかない。
そして、おかしいと思われていることにも気がづいていない。
なぜならアイツら、長男じゃないから。

「どうせ仮の家族で暮らすなら一人っ子が良かったの。小遣いだって独り占めだから金欠の心配もないし」
ぺこ
「シャッフリンちゃんも分かる? 同じ顔が50人だよね。分かるよ大変だよ、アイデンティティ崩壊するよね」
ぺこ?

どこまで伝わっているのが、ハートシャッフリンが首をかしげた。
……ハイ、寂しくないと言ったら嘘です。だからこうやってシャッフリンちゃんにも構ってもらってるんです。

「……そもそも、お金ほしくて聖杯戦争にきたのに、戦争するのにお金がかかるっておかしくない?」

というわけで、黒電話をダイヤルして唯一の金づる……もとい無心できそうな友達に電話をかけたけれど、これから得意先の重要人物とやり取りをするとかで取り次ぎが難しいと言われた。
そういう友達だから仕方がないとあきらめた。何より、あの会社の旗つきSPたちはとても怖いから、うかつに口ごたえもできない。

「いやでも……金は要るんじゃないかな。市街地の方に行くにも交通費かかるし」

自分も戦いに参加する。
聖杯を狙うほかのマスターを探して、倒す。
言葉にすれば簡単だったけど、『どうやって探すのか』『どうやって戦うのか』を、ハートのシャッフリンが教えられるはずもなかった。
ジョーカーのシャッフリンに相談しても『マスターは静観を続けてください』で終わらされそうな気がする。
方法が思いつかない。知識がない。力がない。金がない。
一番てっとりばやくゲットできそうなのは金だけれど、そのてっとりばやくが難しいことをさっき思い知らされた。
……あれ、俺本当にやることないの?
でもほら、宝探しって探してる途中が一番楽しいっていうし、パチンコって行く時が一番楽しいしAVも選んでる最中がいちばん楽しいし、だから、聖杯持ってきてくれるのは嬉しいけど、自宅に引きこもってれば景品が転がり込んでくるのは違うと思う、うん。

――もし聖杯を切望している他の参加者が聞けば、『そんなものと一緒にするな』と激怒していただろうが。

「よし! 外行っちゃお!」

勢いよく立ち上がると、シャッフリンが驚いた眼で見上げてきた。
何もできないなりに、家にひきこもって何もしないのはやっぱり違うと思う。
ニートだからって、何もしないまま引きこもっていれば腐っていくだけだ。
――決して、落ちていた新聞紙から、新台のチラシを見つけたせいじゃない。
まずはこのパチンコに行ってみるつもりだけど、偶然だ。
ちなみに、下手すると大負けして金欠から無一文になるかもしれないという発想は無い。
その発想はなかった、と言い出しかねないぐらいに無い。

ハートの3番は、マスターの行動に対してどうすればいいのか分からないのか、オロオロとしている。
ジョーカーと同じ顔なのに、本当に性格はぜんぜん違っていた。
そういうところは、一卵性の姉妹と変わらない。

「ハートの3番ちゃんも行こ? 一緒にいればジョーカーちゃんの言いつけ破ったことにならないしさぁ」

手をのばす。
シャッフリンではなく、ハートの3番ちゃん、という呼び方が自然に出た。
彼女たちは、みんなで一人のサーヴァントだ。
でも、六つ子の長男は『みんなで一つ』だからといって『みんなが同じ』じゃないことを知っている。
いつも報告にやってくるリーダーのシャッフリンも、これからはジョーカーちゃんと呼ぶことに決めた。
強引に誘うと、あたふた頷いて立ち上がるしぐさをするのが微笑ましい。
魔法少女が手をとって引っ張られ、歩きながら霊体化したので姿は見えなくなる。
でも、あたふたと転びそうな足取りでついてくるのだろうと想像して、にへらと口元を緩めた。

もっとも、六つ子の三男が一連のやり取りを見ていたら、間違いなく軽蔑した目でこう言っただろう。
『聖杯戦争がどんなイベントか知らないけど、女の子連れてパチンコに行く参加者は絶対にテメェだけだ』と。


【A-4/松野邸付近/一日目・午前】

【松野おそ松@おそ松さん】
[状態] 健康、罪悪感
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤) 、シャッフリン(ハートの3)と一緒(方針:マスターに同行)
[道具] なし
[所持金] 金欠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして豪遊する
1:パチンコ♪パチンコ♪(パチンコの勝敗しだいでは、正午までには自宅に戻る?)
2:シャッフリンちゃんたち、大丈夫かな
3:『彼女たち』には、欠けてほしくない
[備考]
※聖杯戦争を正しく認識していません。
※シャッフリンをそれぞれ区別して呼ぶようになりました。


□  □  □  □  □  □


元山総帥が描いているのは、学校の屋上から見下ろした街の風景画だった。
しかし、そのためにいつも屋上だけでキャンパスを広げているわけではない。
集中して絵を描くことができる静かな場所があるなら距離と労力は惜しまないし、自然物を描くためのインスピレーションが得られるとなれば、森林公園や山の中にでも喜んで入りこんでいく。
ことに高校の学内というものは絶えず不快な歓声やら罵声やらにさらされているので、最近では学校から少し離れたある緑地公園へと足を運ぶことが増えていた。
学校生活をエスケープすることにも、聖杯戦争における学生という役割(ロール)を放棄することにも、呵責や不安といった感情は全くなかった。

睡眠時間をのぞいた一日の約半分を、創作以外のことに費やさなければならない苦痛か。
学業をサボタージュすることで、世間体から浮いたり他のマスターの眼につきやすくなったりと、創作を邪魔されるリスクが増えることか。
二つを天秤にかけて、それでも後者を選択しただけのことだ。
元から、芸術のためならば人間らしい生活も捨てるだけの心づもりはあった。
天ノ川高校でペルセウス・ゾディアーツへと変身するスイッチを授かったときから、いずれは捨てる時が来るやもしれないと、ずっと感じていた。

むしろ学校という習慣を断ってみて初めて、平日の公園がとても良い静寂のある場所だと身にしみた。
社会人は会社に、学生は学校に、はぐれ者は人のいるたまり場に、子どもは幼稚園か保育所へとそれぞれ押し込められていて、ただの青空と緑地がひろびろと解放されている。
園内をうろついているのは昼寝をするホームレスか乳母車をおした主婦のような者ぐらいで、それらの音にしても気になりはするが学校の喧噪よりもよほどマシだ。

そのはずだった。

「むつごにうまれたよ~」

ひどく集中力を阻害する、歌声が聴こえてくるまでは。
歌声、と形容していいものかどうか。
澄み切った空の青を眺めながら筆を動かしていたというのに、意識がすぐさま地上へと引き戻される。

ボロロ~ンとギターの弦がはじかれ、低い声の輪唱が二人分追いかける。

ボロロ~ン
「6倍じゃなくて~」
「6分のいち~」

ボロロ~ン
「むつごにうまれたよ~」
「うぃー!」
「育て~の苦労は~」
「考えたくない~」

散歩道に沿うようにして置かれているベンチに、謎の二人組がいた。
黒い皮ジャンとサングラスで着飾ったギター弾きの若者と、黄色いパーカーを着た若者の二人組だった。
何が楽しいのか、青空の下で意気揚々と耳障りな発声をしている。

ボロロ~ン
「むつごにうまれたよ~」
「ぽぉーん……」

短時間で、苛立ちのボルテージが沸点へと上昇した。

「……忌々しい」

歯を食いしばり、絵筆も折れんばかりに拳をにぎりこむ。

あさってのセンスと、癇にさわるビブラート。
音楽性も何もない、頭からっぽの若者たちが自分に酔う為だけに鳴らしているようなギターと歌声。
何を表現しているのか、そもそも表現がこめられているのかも不明瞭なふざけた歌詞。
他人を不愉快にさせるために歌い上げているとしか思えない。
姿は見えなくとも常に近くにいるバーサーカーも、それは確かめるまでもなく『音楽家』とかけ離れているのか、心もち所在なさげに感じられた。

常日頃の元山だったならばすぐさまペルセウス・ゾティアーツの姿へと変じて、奇声を発する若者たちを石化で黙らせているところだ。
むしろ、この時もスイッチを取り出すところまではそうした。

しかし、相手はおそらくNPCだ。
そして、あの二人が際立っているだけで、周囲に他の人目がないわけではない。
そのことを思い出し、元山はかろうじて理性の手綱を握った。
自らの手で騒音を排除するだけならまだしも、騒動に発展することで創作時間が削られることは避けたい。
元山にスイッチを授けてくれた恩人からも、すべてが理想通りに進まないと気が済まないのは悪い癖だとよく言われていた。

今朝になって受け取った『討伐令』のことも、元山をいくらか慎重にさせていた。
討伐の対象になった連続殺人事件そのものには関心がない。
元山にとって不快な音が聞こえてこない限りは不干渉を決めこむつもりでいる。
しかし、これで『NPCに手を出し過ぎると運営側から排除される』ことは明確になった――それがたとえ、元山にとって邪魔なNPCであっても。

58人殺したことで『討伐令』が発動したのだから、2人や3人を殺したり石化させたぐらいでは問題視されないとも解釈できる。
しかし、元山は何人を始末した時点で『アウト』になるのかそのラインを知らないし、これからも邪魔者は後を絶たないだろうことを思えば、なるべく手を出さないに越したことはない。
そもそも、石化した人間が発見された時点で元山に辿り着かれるリスクも微かにある。

だから、この場だけは見逃す。

「むぅ~つ~ごぉ~に~うま~れた~」
「むぅ~つ~ごぉ~に~うま~れた~」

未だ歌い続けている二人組を後目に、元山はキャンパスを片づけ始めた。
正午にはまだ時間があったけれど、このまま作業を繰り上げても抵抗は少ない。
もともと、今日は午後から別の用件に費やしてもいいと考えていたからだ。
速めに昼食をこなしつつ、計画を練っておくのもいい。

絵を完成させること以外に、元山が懸念している目的がひとつあった。
完成した絵を、どこの誰に託すのかということ。

絵を送るはずだった『あの幼稚園』の子どもたちは、この世界にいない。
だから元山が描いている絵は、人のために描くものではなく、自分が最高傑作を作り出すための絵になった。

しかし、自分がこの世界から消えた後で、最高の作品が心無いマスターの手に渡って破かれたりゴミとして捨てられてしまうような末路だけは避けたい。
長く保存してもらえるような場所に、絵を残しておきたかった。

(どこにでも行けるバーサーカーが、人とコミュニケーションできないのは、こういう時に不便だったか……もっとも、そういうところも含めて僕たちは似た者同士だな)

幸いにも、アテが全くないわけでは無かった。
『記憶を取り戻す前の記憶』――すなわち、K市在住の学生としての記憶の中には、『あの場所なら大丈夫かもしれない』という心当たりも幾つかある。
まず絵を置いていきやすいのは通っていた学校の美術室だけれど、あの喧噪にまみれた校内で、元山の絵を大事に保存してくれるかどうか心もとない部分もある。
他の候補地として挙げられるのは、一度だけ行ったことがある小学校や孤児院だった。
かつてあの幼稚園にそうしていたように、『K市に住んでいた美術部員の元山総帥』は子どもたちのいる施設に幾つかの絵をプレゼントしていた。
絵を大切にしてくれる子ども達だったならば、次の作品も貰ってほしいと頼めるかもしれない。

色々な動物の絵をプレゼントした時に見せてくれたあどけない笑顔を思い出す。
『わかる人達はわかってくれるのだ』という充足感のようなものが、わきあがってきた。
そうと決まれば早く移動しようと、全ての道具をカバンの中に詰めこんで立ち上がる。

「「むつごにうまれたよ~!!」」

まだ二人組は歌い続けている。
元山はそれを、相手に悟られない程度に睨みつけた。
この場は見逃すが、決して怒りを解いたわけではない。
皮ジャン男の人相はサングラスに邪魔されてはっきりしなかったが、黄色いパーカーの青年の顔はしっかりと記憶した。
もし、『あの顔』が再び元山の行動範囲に出没して邪魔をすることがあれば、そして人目につかない場所であれば、その時は容赦せずメデューサの力を行使することだろう。


【C-3/公園/一日目・午前】

【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]健康、苛立ち
[令呪]残り三画
[装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ
[道具]財布 、画材一式
[所持金]高校生としては平均的
[思考・状況]
基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる
1:作品の完成を優先する。静かな世界を乱す者は排除する。(NPCに対しては当面自重する)
2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』
3:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する
[備考]
※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。
※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。
もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。

アカネ@魔法少女育成計画restart】
[状態]健康
[装備]魔法の日本刀、魔法の脇差
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:音楽家への強い敵意
1:………………。


□  □  □  □  □  □


「どうしたの、めいちゃん」
「この絵、きれいだなぁと思って……」

体育館から教室へと戻る休み時間の渡り廊下に、その絵画は飾られていた。
今まで、教室から体育館へと移動するときは靴を持ってきて校庭をショートカットすることが多かったものだから、いつの間にか渡り廊下に飾られていた絵を見たのは、ほとんど初めてだった。
白く無機質な廊下を飾る明るい色彩に、つい東恩納鳴の足も止まる。

「これ、学校の絵だよね。きれいだけど……学校の人が描いた絵じゃないよね」

クラスメイトが苦笑して、隣の掲示板にある6年生の『読書感想画』の優秀作品群と見比べていた。どう見ても画力が違いすぎる。

「高校生の元山って人が描いたみたい……プレートに書いてある」
「なんで高校生の絵が飾ってあるんだろ。卒業生かな?
 ……っていうかめいちゃん、こういう絵が描ける人が好みだったり?」
「違うってば。……子ども会で、よく高校生とも一緒になるから、やっぱ高校生って大人だなって思って」

正確に言えば、鳴のよく知っている高校生――プリンセス・インフェルノはいつも大人を自称しているくせに鳴――テンペストに言い負かされたりするような子どもなので、
あいつとこの絵を描けるほどのすごい人が同年代なんて信じられないなぁとか、そういう方向の驚きだった。
――この世界には彼女がいないので、近所のあかねえちゃんときたら全然高校生らしくないんだよとクラスメイトに説明できないのが、少し寂しい。

「校長先生が気に入ってゆずってもらったっぽいね……秋の写生大会でお世話になったボランティアの高校生から……えっと、この漢字はなんて読むんだろ?」

額縁の下、プレートの説明文にはまだ習っていない漢字が混じっていて、鳴が判読するには推測交じりになった。
どこかで霊体化しているはずのランサーに尋ねれば分かるかもしれないけれど、学校の廊下で、しかもクラスメイトもいるのに話しかけるわけにもいかない。
ランサーは学校の中ではあまり――というか、何かが起こらない限りは、話しかけてこない。
鳴がうっかり声に出して受け答えして、不審に思われると色々と困るからだ。
それが子ども扱いされているようで少し釈然としなかったけれど、本当のところはいきなり念話で話しかけられてもびっくりしない自信なんてなかったから、きっとそれでいいんだと思う。

プリンセス・テンペストの正体――東恩納鳴は子どもだ。
だけど、自分が子どもだということも分からないほど子どもじゃない。
それが、大人の男性から『マスター(ご主人さま)』と呼ばれるなんて照れるし普通は有り得ないことだから、鳴としては早くおしゃべりできる時間が欲しかった。
世間話だけじゃなくて、今朝届けられたお便り(漢字が多かったのでランサーが代わりに読んだっきり、まだ内容を教わっていない)のことも気になる。こんなことなら、学校に遅刻しない時間ぎりぎりに起きるんじゃなかった。

「それは『寄贈(きぞう)』って読むんだったと思うよ」

背後から大人の女性みたいに落ち着いた声で話しかけられて、どきりとした。
クラスメイトと一緒にばっと後ろを振り向くが、そこに相手の顔はない。
見上げなければいけない高さに、相手の顔があった。すごく背が高いのだ。
見覚えのある顔だ。さっき体育館で地域別の班分けをした時に、一緒になった上級生。

「「えっと……」」
「あっ、立ち聞きみたいになっちゃってごめんなさい。
 私もきれいな絵だなってよく見てたものだから」

集団下校のお知らせと班分けをする学活で、一緒の班になった上級生だ。
5,6年生は引率する際の注意事項も言い渡されたのでプリントとペンケースがその手にあるし、胸元の名札にも『5年 一条蛍』と書かれている。ちょっと信じられないけど。
きっとランドセルを背負っていなかったら、あかねえちゃんと同い年だと言っても通用する。
クラスメイトがその外見もあって困惑しているようだったので、鳴は「一緒の班になった人だよ」と補足説明した。

子ども会で対年上用に身に着けた敬語と処世術で、軽く頭を下げる。

「今日からよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ……えっと、『なき』ちゃん?」

どうやら名札が読めなかったらしい。鳴にとってはよくあることだ。

「鳴(めい)です。ひがしおんな・めい」
「あ、ごめんなさい」
「ううん。合ってる読み方されたことのほうが少ないから。特に苗字」

鳴のむっとした顔が面白かったのか、5年生のお姉さんは小さく笑った。
この人にも読めない漢字があったことで、やっと小学生らしいところを見つけた気がする。

(やっぱり、ちょっとずるいな)

班分けの時から、実はすこし悔しかった。
理不尽な嫉妬をしている自覚はある。彼女だって鳴と同じ小学2年生の頃には、今の鳴と同じような外見だったかもしれないのだから。
しかし、もしも彼女に好きな人がいたとして、それが鳴と同じく中学二年生の年上男子だったとしても――鳴のように、『そもそも外見の年齢差がありすぎて恋愛対象とは見てもらえない』なんてことにはならないだろう。
『見てもらえる』ようになるために魔法少女にまでなった鳴としては、やっぱりその上級生がうらやましかった。

「えと、お姉さんは、いちじょう・けいさん。『ほたる』って字を書いて、『ケイ』って読むんですよね?」

まだ習ってないけど、読める字はある。去年の音楽で卒業式の歌の練習をしたときに、先生から「蛍雪(けいせつ)の功」という言葉を教わった。
しかし。

【……っ】

そのタイミングで、近くにいたらしいランサーがいきなり念話の声を漏らした。
声というよりは『えっ』と言いかけた疑問符のような、まるで、子どもの会話を話半分に流していたら、急に自分の名前や自分の友達の名前が聴こえてきて驚いたみたいな、そんな反応だった。鳴にもよくわからないタイミングだった。
そして、ケイという名前も違っていた。

「半分以上は正解かな。ケイっていう読み方もあるけど、私の名前は『ほたる』でいいよ」

普通の読み方で合っていたらしい。
ランサーの方に気を取られて言葉につまった鳴をフォローするわけではないだろうが、隣のクラスメイトが弾んだ声を出した。

「ねっ、そのぬいぐるみ、かわいいね。どこで買ったの?」

指差された先にあるのは、ペンケースからキーホルダーのようにぶらさがっているフェルトのぬいぐるみだった。
茶色の長い髪をした小さくてかわいい女の子が、制服を着ているというデザインのぬいぐるみだ。鳴も年相応のキャラグッズは持っているけれど、初めて見るキャラクターだ。
二人がそのぬいぐるみに注目したとたん、年上の蛍の顔がばっと赤くなった。

「えっと、これはその、私の手作りだからお店には無いっていうか、私の5年生の教室遠いからもう行くね!」

すごく早口で会話を終わらせ、逃げるみたいに去って行った。
手作りのぬいぐるみを作れるなんてすごいのに、どうして恥ずかしがったのか。
なんだったんだろうね、とクラスメイトに首をかしげて、二人で教室に戻る。

年上の人の考えることは、たまにあんな風によくわからないことがある。
小さな子はときどき、『おおきいお兄さん・おおきいお姉さん』たちの世界には入れない。

そういえば、今朝も『そんな夢』を見たっけと思い出した。
夢の中の鳴はなぜか背が高かったけれど、鳴の見ている光景には大人のお姉さんと、鳴に近い歳の女の子がいた。
金髪のお姉さんが日本人の女の子に、鳴もよく知っている童謡を外国の言葉で歌っている、そんな夢だ。
背が高い大人になった鳴は、その女性をとってもかわいらしく思っていたけれど、ぼんやりと覚えている中でも共感するのは、小さな女の子の方だ。
金髪の女性は『そんなのつまんなーい』と頬を膨らませる子どもっぽいしぐさでさえもキラキラしていて、鳴には絶対に出せない魅力があって、小さな女の子はそれを無邪気に、まぶしそうに見ていた。
まるで外国のニュースに出てくる貴族のお嬢様みたいに、とてもきれいな女性。
きっと背が高いランサーの隣を歩いたりしても、すごく釣り合う恋人同士みたいに見えるに違いない。

大人の男の人はみんな――ランサーもやっぱり、ああいう女の人が好きなんだろう。


【C-5/小学校/一日目・午前】

【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]名札
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:一条蛍さん……いいなぁ。
2:今朝届いた手紙のことが気になるし、時間をつくってランサーと話したい
3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※漢字が読めなかったので、通達の内容をまだ知りません。
※一条蛍とは集団下校の班が同じになりました。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:…………。
[備考]
マスターの代わりに通達を確認しました。

□  □  □  □  □  □


あの絵を見てしまったのは、学校の背景に緑色が書き込まれていたからだ。
肉眼ではうっすらと見えるだけの山だったのに、絵の中だと眩しい色が付いていて、それでいて視界に写る景色と比較しても違和感がない。
『山』が描かれているというのが、田舎ではないこの街で暮らしていたからこそ嬉しかったというのもある。

だから、つい下級生に声をかけてしまって――会話の中で『こまぐるみ』のことを指摘されてしまった。
不意打ちだった。普通に答えればよかったのに、答え方を忘れた。焦った。逃げた。

だったら学校に持ってくるなよと言われそうだけれど、『こまぐるみ成分の摂取』は家の中でも極力抑えているのだから仕方がない。

何故なら、自室にはブレイバーも一緒にいる。
先輩たちのことを思い出したからと言って、元の生活のようにこまぐるみを量産して部屋の中を埋め尽くすようなことは、さすがにできなかった。
さすがに学校の先輩を、しかも同性の先輩を、ぬいぐるみにしてグッズにして、あまつさえそ量産して部屋の中を先輩でいっぱいにするのが異常なことは自覚しているし、人に見せたくない趣味だと思っているのだから。

「はぁー……やっぱり、ちょっと落ち着く……」

階段をのぼって上級生の教室階まで上がると、教室とは反対側の廊下で柱の陰にかくれ、こまぐるみを握りしめた。
ふわふわとやわらかい先輩のぬいぐるみがそばにあると無いでは、やっぱり違う。
ブレイバーには幸い、『友達のぬいぐるみをそばに置くことで自分を勇気づけているみたい』な行為だと理解してもらっている。
自室に置くこまぐるみだって我慢して数個に抑えて、カモフラージュとして越谷夏海や越谷卓や宮内れんげといった、ほかの分校の皆のぬいぐるみも作っていることもあった。


【蛍ちゃん、本当にその先輩のことが好きなんだね……】
【あ、はい……私よりこまい人なんですけど、先輩らしくしようって頑張ってるのがほっておけなくて……】

ぬいぐるみを抱いていたことで緩んでいた頬をはたき、どうにかにやけ顔をもとに戻す。
落ち着いて回りを見れば、3階の窓からの景色があった。
見下ろした校門と通学路と、周りの建物の屋根が連なっているのがしばらく先まで見える。
58人も連続で殺されているとは思えない、平和な町だ。この景色だけなら。

今日から、集団下校が始まるらしい。
『討伐令』も出されているマスターたちの悪行は、小学校にまでそんな影響を与えていた。

両親からの送り迎えをしてもらう児童や、やや距離のある自宅からバス通学をしている児童をのぞいた――つまり徒歩通学をしている小学生はみんな、閉校時間をそろえて一斉に帰宅することになる。

高学年はなるべく授業も短縮して低学年と下校時間を揃えるようにするらしいけれど、低学年は今日に限って集団下校の心構え説明のための学活をもう一時間することで、高学年の5時限授業に合わせるようだ。
整列練習の学活では、小さな子たちからブーイングの声があがっていた。

(ほかのマスターさん探し……がんばろうかな)

さすがに同じ小学生で聖杯戦争に来ているような子が何人もいるのはおかしい気がするけど、ブレイバーも『蛍ちゃんと同じような子がいるかもしれない』と言った。
集団で行動することが増えるなら、もしかすると同じ班になったりするかもしれないし、自分からいろんな子にもっと話したりした方がいいかもしれない。
どうやって探せば相手がマスターだと分かるか、良い方法なんてまだ思いつかないけれど――

「――あれ?」

きれいに並ぶ、いろいろな色の建物。
その一つが、朝に景色を見たときと違っていた。

学校か新しい役場か何かだろうか、薄いクリーム色に塗られた、まだ新しいきれいな建物だったから、遠目でも印象に残っていた。
その建物の輪郭が、ぼんやりとだが、部分的に欠けているように見える。
霊体化しているために視界の良くないブレイバーにも、そのことを伝えた。

【もしかして、あそこでも何かの事件が起こったんでしょうか…】
【そうかもしれないね……ここからだと、ずっと北西の方角かな】
【どうしましょう】
【ちょっぴり気になるけど……今は学校をちゃんとやろう?
 遠くに出てもいいのは、遠距離の支援をする味方がいるか、兵站を固めた後だって、私の先輩の一人ならそう言うと思う】
【はい】

彼女たちは知らない。
その破壊が行われた建物――中学校に、誰がいたのかをまだ知らない。


【C-5/小学校/一日目・午前】

【一条蛍@のんのんびより】
[状態] 健康、輝ける背中(影響度:小)
[令呪] 残り三画
[装備] 普段着
[道具] 授業の用意一式、こまぐるみのペンケース、名札
[所持金] 小学生のお小遣い程度+貯めておいたお年玉
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:脱出の糸口が見つかるまで生き延びる
2:自分と同じ境遇のマスターがいたら協力したい …マスターさん探し、がんばろう
3:自分なりにブレイバーさんの力になりたい
[備考]
U-511の存在に気付けませんでした。
※念話をうまく扱うことができず、集中していないとその内容が口に出てしまうようです。

犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態] 健康
[装備] ワイヤーを射出できる腕輪
[道具] 木霊(任意で樹の元に現界することができる)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:蛍を元の世界に帰す
1:蛍の無事を最優先
2:討伐対象の連続殺人は許すことができないけれど…
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。

□  □  □  □  □  □


『一条蛍』という小学生の身辺調査を依頼したい。

ヒムラー氏からフラッグ・コーポレーションのトップへと直通電話でそう伝えられたのは、K市のすべての市立小学校で集団下校にそなえた学活が行われていた頃だった。

フラッグ・コーポレーションの傘下企業ともいくつかの取り引きをしている資産家であり、ミスター・フラッグの『来年のお誕生会招待者リスト』の中に名前を連ねている友人の一人だ。
彼が開発に関わっている『永久機関』は未だに詳細な原理が公表されていない怪しげなものだったり、船舶製造業に力を入れているわけでもないのに大量の資材を買い付けていたりと胡散臭い話も多く聞こえてくるので、万全の信用をもって付き合うことはできないが、それでも今のところはまだ、仲良くしておいた方が益になる人物だ。

事情は聞かずに無償で、しかし『借りをつくる』という圧力、もとい言質はとった上でミスター・フラッグはこれを承諾した。

すぐさま、旗付きの部下たちを動かして教育委員会と校長会に影響力がある『情報商材のお得意先』に連絡を取らせる。
ほどなくして小学校に保管されている『一条蛍』の個人情報は、すべてPDFの形でメールされるはずだ。
一条蛍は東京からの転校生だったために前の学校からの申し送り事項が残されていることもあり、書類だけで家庭環境も含めたかなりのことが分かるだろう。
それらの情報は今日中にヒムラー氏の元へと転送される予定ではあるが、事前に旗付きの部下たちもその情報に不審な点はないかを確認した。
身長体重の発育が平均よりもずっと進んでいることを除けば、どこにでもいる一般的な女子小学生だ。むしろ、成績も素行も優等生に入るといっていい。
しかしミスター・フラッグの部下たちも、書類だけで判断するつもりはなかった。

何せ、個人情報の流出に加担するのだ。
それも、世紀の新発明にかかわっている重要人物が、彼のビジネス相手としてはまず縁がないはずの小学生女子――それも、同年代の少女よりはるかに発育がめざましく目立つ――のことを『詳しく調べてほしい』と興味を持っている。
実際に一条蛍に接近して『本当にただの普通の小学生なのか』という裏付けは、きちんと取らなければならない。

ヒムラー氏から託された依頼の遂行に、とことん誠実であるためにも。
そして、あまり考えたくない可能性だが『いつの間にかフラッグ・コーポレーションが犯罪計画の共犯を担っていました』という信用問題を招いたりしないためにも。

しかし、ひとつ問題があった。
こういうときに、実際に現地に派遣するような調査員の人手が足りていない。
ヒムラーとコネクションを持ったことで、フラッグ・コーポレーションもまた『永久機関』の情報目当ての産業スパイから目をつけられている。スパイの洗い出しのために、多数の調査員がかかりきりになっていた。
それだけではなく、新興宗教『御目方教』の信者が市内の各地で騒動を起こしているせいで、フラッグ・コーポレーションの情報部門にもしわ寄せがきている。
『うちの社(部署)にも隠れ信者がまぎれていないかを洗い出してほしい』という主旨の電話が、ここ数日で多くかかってくるようになった。
永久機関のことがなくとも、猫の手も借りたいというのが調査員たちの本音だった。

外部の興信所に依頼するという手もあるが、連続殺人事件の影響で市内の小学校もいつ休校になるか分からないという緊張感がある。なるべくなら調査員探し自体に、あまり時間を割きたくはない。
そう言って旗付きの社員たちが頭を抱えているのを見て、ミスター・フラッグは一言しゃべった。

「いい友達がいるジョー」と。

本来ならば、非常識なことだ。
『内密に』と依頼された仕事を、ただの一般人に、それも個人的な友人に委ねるのだから。

しかし、『彼ら』は一時期ほかならぬミスター・フラッグ自身の推薦でフラッグ・コーポレーションの社員になっていた経歴がある。6人とも旗を刺す入社式も受けた。
また、彼らの一人は希少金属イヤメタルが発見されたときに、その量産方法を真っ先に発見してミスター・フラッグに意見し、会社に多大な利益をもたらした実績もある。
また、フラッグ・コーポレーションとは別のところで、海外にとびだしてたった数日でスーツケースをいっぱいにするほどの収入を稼いできたという逸話もある。
それでミスター・フラッグからの信頼も厚いとなれば、旗付きの部下たちも異論は持たなかった。
『彼ら』は就労意欲が低いとも聞いているが、その反面で金銭が大好物だということもミスター・フラッグは知っている。
相場よりもずっと高額の報酬を提示すれば、あっさり引き受けてくれるのではないかと期待できた。
また幸いにも、ミスター・フラッグのプライベートについてはほとんど公開されていない。
彼らが一条蛍の身辺に出没したことが露わになっても、そこからミスターフラッグに辿り着かれるラインは極めて薄いことも好都合だった。


こうして、その日の正午。
松野家の玄関にある黒電話が、ふたたび鳴ることになった。


[備考]正午直前に【A-4松野邸】で、『ミスター・フラッグから松野家の子息(誰でも何人でも可)に、アルバイト(一条蛍の身辺調査)を依頼する電話』がかかってきます。
誰がその電話を取るか、取らないかは、後続の書き手さんに任せます。


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最終更新:2016年11月14日 23:07