「……驚いたな」

  感嘆の声を漏らしたのは、ニコラ・テスラのサーヴァント、セイヴァーこと柊四四八だ。
  公園での一戦を終えた彼らは空腹を満たすべく、適当な店を探して歩くことにした。
  サーヴァントに本来食事は必要ないが、味を感じる機能は備わっているし、必要ないというだけで全くの無駄な行為というわけでもない。
  生命活動の維持。最大の目的であるそれを除けば間違いなく、食事が生む益としては不動の二位であろう『満足感』。それを得ることは、サーヴァントにも出来る。
  そんなこんなで彼らは暫く街を練り歩き、そして、ある一軒の店を見つけた。

  きそば真奈瀬。名前の通り、蕎麦屋だ。
  しかし別段目を引く外観をしているわけではなく、悪い言い方をすればだが、どこにでもありそうな店ともいえる。
  それでも、四四八にとっては特別な意味を持つ店だった。
  よもやこの虚構の街で、再びお目にかかることになろうとは微塵も思っていなかったが。

 「俺の仲間の親父さんが経営してる店なんだ、此処は。俺の母さんもパートで働いていて、夜にはよく迎えに行ったもんだよ」
 「……サーヴァントの知己の相手まで、再現されているのか」
 「どこまで再現されているかは分からないがな」

  少なくとも、この世界の柊恵理子には、四四八などという名前の息子は居ないだろう。
  夫の蒸発以降独り身のままか、全くの別人を息子として育てているか。それとも案外、この電脳世界で再現された恵理子の夫・聖十郎は、ちゃんと一人の女の夫をやっているのかもしれない。
  それはそれで興味があったし、全くの他人として、彼らの姿を見てみたい欲はあったが、四四八は踵を返して別な店を探し始めた。

 「意外だな。てっきり昼飯は彼処に決めたものだと思っていたが」
 「見るまでもなく分かる。あの人達はきっと、仲良く幸せにやってるさ」

  見て、確認することで得られるものは確かに大きい。
  しかし敢えて見ず、ぼんやりとしたままにしておくからこそ価値のあるものもある。
  それが、四四八が敢えて母と、父のように接してくれた心優しい蕎麦打ち職人の店を尋ねなかった理由であった。
  その後二十分散策した後、彼らが入ったのはこれまたなんてことのないファミリーレストラン。
  この世界では相当市民権を得た店名のようで、日本各地にたくさんのチェーン店が点在しているらしい。無難なチョイスではあるが、それだけに外れということもないだろう。
  店へ入り、適当な注文をして一息つく。
  やがて届いた料理を口へ運びつつ、彼らは身を休め始めた。



  ――それから、十五分ほど経過した頃であろうか。
  昼時ということもあって増え始めた客足の中に、テスラは信じがたいものを発見した。
  一際目を引くプラチナブロンドの頭髪に、高級なドールを思わせる精微な顔立ちをした幼い双子の兄妹と、黒い襤褸のマントを羽織った薄着の少女。
  どう高めに見積もっても中学校にはあがっていないだろう齢の三人がこの時間帯に街を彷徨いているということ自体は、さして特筆すべきことではない。
  K市では今日だけで二件もの学校襲撃事件が発生し、その影響でほとんどの小中学校が臨時下校を行っている。現に此処に来る間、テスラ達も中学生と思しき童顔と何度かすれ違った。
  そう、問題はそんなことではないのだ。
  最大の問題は、双子の兄妹よりも少しだけ背の大きな、マントに薄着の少女。
  彼女を視認すると、その愛らしい姿と一緒に、ステータスまで視認できてしまうことにある。

 「……『ヘンゼルとグレーテル』だったな。奴らの名は」
 「ああ。コードネームだろうが、二人で行動しているマスターなことは間違いないだろう。……双子で兄妹という条件まで揃っている。疑うまでもないな、もはや」

  調査対象として考えていた、討伐令のアサシン主従。こんな場所で相対することになるとは思わなかったが、四四八の言う通り、彼女達こそが無辜の市民を虐殺した犯人に違いあるまい。
  四四八は、見た目の幼さが危険度の低さとイコールだなどとは考えていない。
  それは彼の何事にも慢心しないスタンスの一環でもあったが、それ以上に生前の経験則によるところが大きかった。
  夢界六勢力が一角、鋼牙の首領は幼かった。しかし、あれを脅威でないなどとは今でも思えない。どれだけ幼く、可愛らしい見た目であろうとも、それで警戒を怠ってしまえば破滅に繋がる。
  故に黙して、二人はその動向を窺う。普通に食事をしに来ただけならば、店を出てから接触を図ればいい。もし店内で事を起こすつもりなら、その時は全力で止めるだけのことだ。

  二人と一騎が注文したのは、揃いも揃って手捏ねのハンバーグだった。
  肉汁の滴るそれを食べながら楽しげにしている姿は、まさしく無邪気そのもの。
  殺人鬼が幼い双子であるという情報を目敏く入手していたNPCがこの場に居合わせていたとしても、こんな姿を見た日には、「まさかな」と苦笑して警戒を解いてしまったに違いない。

 「おいしいわね、ジャック」
 「うん」

  ジャック。それが、あのアサシンの真名なのか。サーヴァントの真名をこんな人前で口走ることの危険さを認識しているのかさえ、怪しい物があった。

 「ジャック……か」

  顔を顰めたのは四四八だ。呼び名がジャックで、クラスはアサシン。
  この二つの情報を聞けば、然程知識の深い人間でなくとも、その真名に心当たりが出てくることだろう。――それほどまでに、『ジャック』という殺人鬼は有名だ。
  殺人の歴史は古く、様々な人物がそれを犯してきたが、『ジャック』と肩を並べるほど有名な殺人鬼は間違いなく人類史上でも数えるほどしか居ないに違いない。
  四四八はこの時点で、自分の推測が当たっていることを半ば確信していた。

  マスターはサーヴァントのステータスを可視情報として視認、読解することが出来る。
  それはテスラだけでなく、あの双子も同じのはずだ。しかしながら、彼女らが四四八に気付いた様子はない。霊体化すらしていないにも関わらず、である。
  気付いているのか、それともいないのか。

 「ふう、ご馳走様」

  ハンバーグを平らげた双子の兄の方が、満足気にそう言った。
  それから彼女達は立ち上がるとレジに向かい、会計を済ませた。一万円札で、だ。
  それは財布に入っていなかった。剥き出しのままポケットに収められていた内の一枚。
  ほぼ確実に、あれは非合法な手段で入手した金だろう。そしてそれを入手するために、彼女達が何をしたのかもまた、想像に難くない。
  いや、あるいは――金など、行為の副産物でしかないのかもしれなかった。


 「ありがとう、とってもおいしかったわ」

  店員に笑顔で礼を言い、お釣りを受け取ってレジを後にしようとする双子とアサシン。それを見計らって、テスラが座席を立とうとした。

 「あら」

  その瞬間だ。
  妹の方が、食事中もずっと傍らに置いていた大きな箱。それを慣れた手付きで素早く開き、自動小銃と思しき巨大な武装を取り出し、テスラと四四八の席目掛けて掃射したのだ。
  常人ならば反応する間もなく蜂の巣になっているところだが、そこはニコラ・テスラ。
  まるで予測していたかのように銃弾を迎撃して一発も浴びずに叩き落とし、サーヴァントである四四八は当然傷一つ負っていない。
  妹――否。『姉様(グレーテル)』は、最初から気付いていたのだ。『兄様(ヘンゼル)』の方も。
  ただ、優先順位の問題だ。敵をどうこうする前に食事がしたかった、だから気にしていなかったというだけの話。様子を窺ってすらいなかったが、その存在は覚えていた。
  食事と会計を済ませ、やることがなくなったところで殺しにかかった。ただそれだけのこと。

  混乱した客は出口まで辿り着くのが至難と見るや否や、窓を割って逃走しようとさえしている。
  腰を抜かしている者も少なくない。警察へ連絡を試みた店員の首は、『兄様』が振るった戦斧で一瞬の内に泣き別れになった。
  下手人が少年と少女ということもあり、どこか現場は非現実的なムードを醸していた。

 「ヘンゼル、そしてグレーテルで間違いないな」

  四四八が、テスラ謹製の雷電兵装を片手に前へ出る。
  それに応じるように、ジャックと呼ばれたアサシンが野獣の牙が如き双刃を抜いた。
  ニコラ・テスラと柊四四八の行動目的は、聖杯戦争の破壊と解体、そしてこの儀式を陰で糸引く黒幕の打破である。
  討伐令を下されている主従とはいえ、対話の余地が存在するのならば、それに越したことはなかった。倒すか倒さないかは別として、だ。

  だがヘンゼルとグレーテル、この二人は明らかに狂っていた。
  無邪気故の狂気。対話や交渉などという概念は決して通じず、捨て置けば無辜の犠牲者を際限なく増やすだけだろうと判断した。
  故に、此処で討つ。
  討伐令を遂行し、街を脅かす殺人鬼を英霊の座へ送り返すと決めた。

 「――そして『ジャック・ザ・リッパー』。おまえも、此処までだ」

  次の瞬間、窓ガラスが一筋の雷光によって粉々に粉砕された。
  我先にと不運な一般人が、硝子の破片で体を切るのも厭わずにそこから外へと脱していく。
  硝子による裂傷は決して侮れない危険なものだが、それでも、このまま店内に残るよりかはずっと生存率が高いのは間違いない。

 「気を付けてね、ジャック」
 「二人もね」

  会釈を交わして、ジャックは店外へと飛び出した。
  それを追って四四八が路上へと出、店内にはテスラと狂える双子のみが残される。
  武装の差は語るまでもなく歴然だが、ヘンゼルもグレーテルも、ニコラ・テスラが不思議な力を使う場面を既に見ている。
  油断など、あるはずもない。
  開幕の角笛の代わりに響いたのは、『姉様』のBARによる盛大な破壊音だった。




  ニコラ・テスラ。柊四四八。
  ヘンゼル。グレーテル。そしてジャック・ザ・リッパー。
  便宜上サーヴァントも含めて『五人』という形容を行うが、彼らは誰一人として、この通りでもう一つの戦いが勃発していることには気付かなかった。
  ただこの戦いは、彼らのように双方が合意して始まったものではない。
  一方的な襲撃だ。戦闘意思の有無を問うことなく、戦いの火蓋は切って落とされた。

 「■■■■■■■――!!」

  笑い声。
  理性の存在しない爆音のような声であったが、それが笑い声であることはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンにも、そのサーヴァント・ハートロイミュードにも理解できた。
  同時に、一瞬で分かる。このサーヴァントは、バーサーカーだ。
  狂化によって理性の大半を奪われる代わりに、本来の数段上の力を手にした英霊だ。
  生半可な英霊であれば、応戦することも出来ず、大熊に狙われた格闘家のように数段上の強さでもって蹂躙され、聖杯戦争の舞台を降りることになっていただろう。

  だが、ハートは違う。彼は強い。マシンのサーヴァントは、バーサーカー……ファルス・ヒューナルによって行使される数々の暴力を悉く迎え撃っていた。
  触れれば岩や鉄はおろか、どんなに頑強な城塞でも粉々にするだろう鉄拳をその腕や肉体でいなし、時に受け止め、更には攻撃を利用して切り返すこともある。

 「良いぞ、良いぞ!!」

  ヒューナルの声は、いつも通り闘争に対する歓喜と喜悦を満天に湛えていた。
  アスファルトを砕き、電信柱を薙ぎ倒し、戦いが生む衝撃波はびりびりと大気を震わせる。
  尋常ならざる戦いであることは疑いようもなかったが、それでもハートは、このサーヴァントをまだ『やり易い』部類だと認識していた。
  戦いの中での成長を許さない、地を這う人狼(リュカオン)に比べれば、まだこのバーサーカーの方が共感のしようもあるというもの。

 「マシン、加減なんていらないわ。やっちゃいなさい」
 「勿論だ。それに多分、加減できる相手じゃない」

  ハートは直感的に、ファルス・ヒューナルが未だ全力には程遠いことを悟っていた。
  此処までの戦いを踏まえた憶測に過ぎないが、恐らくこのサーヴァントは、実に『バーサーカーらしい』サーヴァントだ。
  即ち、純粋に強い。奇を衒った作戦などは用いない代わりに、それを用いられたとして、真っ向から踏破していく怪物じみた強さだけがそこにある。
  そしてそのことは、同時にとある事実を物語ってもいた。

  ――ハートの出力が上がる。

  それと同時に、力では互角だったはずのヒューナルの拳が、僅かながら押し返され始めた。
  ファルス・ヒューナルというダーカーの何たるかを熟知しているアークス船団員が見たなら、きっと例外なく瞠目したことだろう。
  数ほど居るエネミーの中でも屈指の剛力を持つヒューナルが、力比べで押し負けているのだ。

  ハートロイミュードの宝具、『人類よ、この鼓動を聞け(ビート・オブ・ハート)』。
  その効果は単純にして強力無比。ある意味では、反則的と言ってもいい。
  相手の強さを受け、それを上回る。戦いの中でハートロイミュードは常に成長し、敵を上回ってどこまでも強くなっていくのだから。
  ファルス・ヒューナルのように、力へ戦闘力のほとんどを割り振った相手と戦えば、宝具の効力上必然的にハートが優勢になっていく。
  例外はそれこそ、ゼファー・コールレインのような特殊な相手くらいのものだ。



 「反撃の時間だ、バーサーカー!」

  ハートの拳が、ヒューナルのガード諸共彼を吹き飛ばす。
  無防備を晒した隙を見逃すことなく、光弾を放っての追撃も勿論行う。それをヒューナルは全て避けるか打ち返すことで対処したが、生憎と、光は彼にとっての弱点だ。全くのノーダメージというわけには行かず、総合的に受けたダメージ量はハートよりも多くなった。
  ヒューナルは着地するなり地面を蹴り、弾丸のような鋭い突進でハートへ肉薄する。
  そこから繰り出す鉄拳は彼の腹筋へ吸い込まれたが、お返しとばかりにヒューナルも顔面を殴り飛ばされた。曲がりなりにも英霊同士の戦いだというのに、その絵面は何とも泥臭い。

  光弾の数々を防ぐために、ヒューナルは違法駐車されていた軽トラックの後輪を鷲掴みにした。
  握力に耐え切れずタイヤがパンクするが、これから車体が被る破壊のほどに比べれば、どれだけ軽微な損傷か分からない。
  即席の盾として、トラックは十分にその役割を果たした。
  運転席や荷台がひしゃげ、全てを受け切ると同時にヒューナルは強靭な跳躍力でそれをハードルか何かのように飛び越し、その剛拳で虚空へ痛烈な一打を見舞った。虚空に、だ。
  その意味を一瞬ハートは理解しかねたが、それも一秒にさえ満たない間だけ。
  拳打を受けた空間から這い出すように現れ、ハートとそのマスターを目掛け迫り来る黒い瘴気。数多の星を汚染し、時には支配し尽くした闇の力が炸裂する。

 「イリヤ、俺の後ろに!」
 「うん!」

  相殺を図るハートだったが、その目論みは敢えなく失敗に終わる。
  ヒューナルのはなった闇の波動は、ハートの光さえも瞬く間に侵食して押し潰し、何事もなかったかのように再び彼らを襲い始めたのだ。
  意思を持った捕食者のような貪欲さを、ハートとイリヤスフィールはその光から感じ取る。
  腕を十字に交差させ、ハートはそれを正面から受け止めた。自分の急所はカバーしつつ、イリヤスフィールには一切の被害を与えない見事なものであったが、ファルス・ヒューナル――もとい『ダーカー』の特性を知る者にすれば、それは悪手と言わざるを得ない。

  光を隠す闇が失せた時、そこには猛進するヒューナルの姿があった。
  攻撃を受け止め、一息つく暇もハートにはない。全力を込めた拳をヒューナルに打ち込む素振りを見せてから、敢えて逆の腕で彼の胸板を打ち据えた。
  ヒューナルはぐらりと揺らぐが、表情筋というものが存在せずとも伝わってくる満面の笑みと共に、ハートの胴を正拳で打った。
  ……ハートロイミュードが自分の体の『異変』に気付いたのは、丁度この時である。

  ハートロイミュードは耐久力にも優れたサーヴァントだ。
  化身とはいえ、ダーカーの統率者たる【DF(ダーク・ファルス)】の放つ闇を受ければ無傷とは行かないが、それでも直撃による影響を最小限に抑えることは出来た。
  優れた魔術師であるイリヤスフィールの援護で、傷を快癒させることは容易の筈。

 (……癒え切らないな)

  その筈が、負ったダメージが、いつになっても完全回復しないのだ。
  ある一定ラインまでは回復が効いているにも関わらず、そこから先へ進まない。まるで最初からそこが体力の最大値であるかのように、回復魔術の効果が打ち止めになっている。
  ハートを蝕む異常の正体は、俗にインジュリーと呼ばれるもの。ダーカーによる攻撃を受けた際に一定確率で発生する、体力減退の状態異常である。
  ダーカーの侵食の前に種族の垣根は存在しない。
  機械生命体だろうと、彼らは例外なく冒し、闇の眷属と変えてきた。
  これでは事実上、癒えない傷を与えられたのと同じだ。

 「この体をどうにかする為にもッ」

  サーヴァントの力や宝具で受けた呪いを解除する上で、一番手っ取り早い方法がある。
  追撃を躱し、瞬間的に小さな衝撃波を発生、ハートはヒューナルの体を宙へと浮かせる。

 「倒させてもらうぞ――バーサーカーッ!!」

  そしてその土手っ腹へと、乾坤一擲の力を込めた一発を、遠慮なく叩き込んだ。 
  さしもの彼も、空中でこれだけの一発を受けては、その場で体勢を立て直すことなど出来はしない。その肉体はノーバウンドで数十メートルも吹き飛んでいき、光弾の追撃で更に飛距離は延長される。彼に痛烈な痛手をもたらしたのは、言うまでもない。

 「追いましょう」
 「ああ。……いや、待て、イリヤ。あれを見ろ」

  見ろ、と促されて、イリヤスフィールはヒューナルを吹き飛ばした方向へ目を凝らす。それから彼女の目も驚きに見開かれたが、すぐにその表情は不敵な笑顔に変わっていった。

 「行きましょ、マシン。あなたなら、きっと全員倒せるわ」

  視線の先では、二騎のサーヴァントが戦っていた。そのどちらも、ステータスは高くない。マシンに比べれば、雑魚と呼んで差し支えない程だ。
  イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァントは、強い。少なくとも、あの中では一番強いと自負している。
  だから彼女の考えは、ごくごく当たり前のものだった。
  全員倒して、聖杯戦争を進める。
  それを聞いたハートは苦笑したが、それでも、異論は唱えなかった。




  ジャック・ザ・リッパーと柊四四八。
  ヘンゼル、そしてグレーテルとニコラ・テスラ。
  それぞれの戦いは、全く別の様相を見せていた。


  この数週間だけで何十という命を吸ってきた刃が、雷電魔人謹製の竹刀と衝突する。
  刃を伝って電流はジャックを蝕んだが、それも最初だけだ。本能で学習し、過酷な野生を生きる獣の如き聡明さで、ジャックは以降徹底して同じ轍を踏まないように戦っている。
  武器同士の接触を極力避け、打ち合いを強いられる場面でも接触の瞬間は最小限に留める。
  四四八の放つ攻撃は敏捷の有利に飽かして回避を続けつつ、攻められる場面では必ず攻める。
  幼女だからと侮っていた、なんてことは柊四四八に限っては絶対にない。彼が今苦戦を強いられているのは、紛れもなくジャック・ザ・リッパーの実力が高いが故であった。

 「やあっ!!」

  声こそ可愛らしいが、その動きは一流の戦士をも越えている。
  捷く、鋭く、だからと言って打力が低いわけでは決してない。およそ戦闘ステータスにおいて、このジャック・ザ・リッパーというアサシンは弱みらしい弱みを持っていないのだ。
  これが人間由来の、邯鄲法や魔術、魔剣ひいては魔拳といった概念に触れてもいない存在だとは四四八には信じ難くさえあった。

 (いや、こいつは……真性なのかもしれないな)

  ――ジャック・ザ・リッパーという殺人鬼は世界中にずば抜けた知名度を持つが、その一方で、世間に知られているのは精々が犯行方法くらいのものだ。
  ジャック個人についての情報は極めて乏しく、それ故に生涯、倫敦の切り裂き魔が鉄格子の内へと放り込まれることはなかった。
  謂わば、逸話だけの英霊。誰もその生まれ、育ち、動機、そして『正体』を知らない。
  四四八は彼女の真名をたやすく看破したが、かと言ってそれで突き回せる弱点が明らかになったかと問われれば、首を横に振るしかない。



  このジャック・ザ・リッパーというサーヴァントは、そもそもからして人間ではなく、一種の魔的存在なのではないだろうか。
  こんなことを口にした日には、世間の笑い者になるのは必至である。
  しかし四四八は、大真面目に眼前の殺人鬼をそう考察した。そう考えれば、この人間を超越した動きと英霊であることを踏まえても非常に高い身体能力にも合点が行く。
  ステータスで圧倒的に劣るだけでなく、宝具さえ事実上持っていないも同然の彼には、極めて厳しい状況に違いなかった。
  そして、この圧倒的不利を構成する要素はそれだけではない。

  建物の周囲に立ち込めている、自然現象とは考え難い猛毒の霧だ。
  ジャック・ザ・リッパーの宝具『暗黒霧都(ザ・ミスト)』。
  呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球が爛れる結界の中、対魔力のスキルも機能していない状態で戦うことを四四八は強いられていた。通常の英霊ならばダメージを受けないところを、彼は極端に英霊としての性能が低いため、例外的に痛手を受けている。
  誰の目から見ても敗色濃厚の戦いだが、しかし、四四八は未だ力尽きていない。
  それどころか、驚くなかれ。彼は次第に、ジャックの刃を受ける回数を減少させてすらいた。
  この視界もままならず、常に負傷を余儀なくされる霧都の中において、霧夜の殺人者の攻撃に適応しつつあるのだ。
  柊四四八が夢界で戦っていた頃から、神々の黄昏を踏破した後の生涯ずっと積んできた鍛錬の数々。ジャックのように超人的なものでこそないが、人間の範疇で極限まで積まれた鍛錬と経験が、暗黒の霧都に立ち向かう勇者を作り上げていた。
  無論、決して徒労ではない。その証拠に、ジャックの顔には仄かな苛立ちが過ぎっている。

 「……不服か、ジャック?」
 「うるさい」

  ただしそれでも、不利なことに変わりはない。フィールドに霧が出ている限り、ジャックの優位は不動のものだ。
  これを覆して勝利を収めるのは、人間として聖杯戦争に参じた男には極めて困難である。
  十字を描いて打たれる閃撃を受け止めると腕に痺れが走るが、傷は受けなかった。ならば上等と四四八は前進し、ジャックの首筋を狙って一閃を走らせる。
  たんっ。軽いステップで回避するジャックに、四四八は思わず舌を打った。
  ――強敵だ。第二次大戦を食い止めるために幾度となく交わした頭の戦いとは文字通り次元の違う、盧生をやっていた頃の戦いを思い出させる。


  要約すれば、柊四四八は劣勢だった。
  一方で、ニコラ・テスラはと言えば。


 「うあっ……」

  首筋に飛沫した雷電の火花を受けて、気絶したのは『兄様(ヘンゼル)』だ。
  どさりと軽い体がタイル貼りの床に倒れ込んで、それきり動かない。
  胸が上下している所を見るに死んではいないようだが、それでも、戦線に復帰して『姉様』を援護するのは殆ど不可能と言っていいだろう。
  となれば、残るは姉様――グレーテルただ一人。
  対するニコラ・テスラは、未だ傷らしいものを一つも負っていない。

  グレーテルのBARが火を噴く。何十人という人間を鏖殺してきた銃弾は、されどもテスラを討つには些か役者不足と言う他なかった。
  軽く体を反らし、帯のように展開した電流の障壁。それはまるで実体を持った壁のように弾丸の威力を押し殺し、無為なるものと帰させた。
  ヘンゼルが健在だったとしても、結果は同じ。
  双子の殺戮者との戦いは、彼にとって文字通り子どもとのじゃれ合いに等しかった。


  テスラが、一歩を踏み出す。
  グレーテルは怯えや恐怖こそ見せなかったが、静かに一歩後退った。銃や凶器など、彼にとっては暴力とすら認知されない。
  片割れを落とされた双子に、雷電魔人を打倒する術はもはやなかった。
  劣勢、優勢などという話ですらない。ファミリーレストランの戦いは、終始一方的だった。

  ――テスラ自ら割った窓から入り込む、猛毒のミストに包まれているにも関わらず、である。

 「終わりだ」

  小さく呟いて、テスラはグレーテルへとその右手を翳した。少女を聖杯戦争から脱落させるのに、一秒も要さない。その勝利は確実と、そう思われた。
  が、此処で双子にとっての予期せぬ救世主が現れる。
  その救世主は外壁を突き破り、室内へ背中から入室するという劇的すぎる登場法を取った。

 「……サーヴァントか。仲間――というわけではないようだな」

  討伐令を出されている主従と、好んで仲良くなりたがる奇特な者はそう居ない。
  だがこの状況で、バーサーカー……ファルス・ヒューナルが現れたのは、間違いなくグレーテルにとって最高の援護だった。
  そう、あくまでも彼女にとってだけは、だ。
  起き上がったヒューナルは、静かにその背より、一振りの剣を抜き放った。

  刀身の長さは、二メートルを優に越しているだろうヒューナルの身長よりも更に上だ。
  剣と言ってもそこに白銀の輝きなどはなく、色彩は全体的に昏い。ヒューナルの体に見られる甲殻や突起に酷似した色合いと、剣呑極まる形状が特徴的な、一目で魔剣と分かる逸品だった。
  これぞ、ファルス・ヒューナルが有する宝具。魔剣『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』。
  斬れば斬るほど、殺せば殺すほど、その生命力を吸い上げて切れ味を増していく一刀。これを抜くまでのヒューナルの戦いなど、前座と一括りにして構わない。
  彼がこれを抜いたということは、つまり『興が乗った』ことを意味する。今回、彼をこの状態にまで押し上げたのはマシンのサーヴァント・ハートロイミュードだが、ファルス・ヒューナルというサーヴァントは元々一対多の戦いばかりを強いられてきた英霊なのだ。

 「さあ」

  だから、人数や因縁の有無など彼には関係がない。
  討伐令がどうとかいう話も、ヒューナルはこの時、既に記憶の彼方へ消し飛ばしている。
  只でさえ理性の覚束ない闘争愛者であった彼が、狂化の補正まで受けているのだから、人並みの理解力や知性など要求する方が間違いだ。

 「闘争を、始めようぞ」

  ニコラ・テスラ。
  柊四四八。
  ジャック・ザ・リッパー。
  ハートロイミュード。
  イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
  双子の殺人者は幸い、彼の矛先には定められていないようだった。だが、安全が保証されるわけなどあるはずもない。ヒューナルの戦いの中で、盾や障害物として切り捨てられる可能性も十二分に存在しているのだ。



 「セイヴァー、無事か?」
 「ああ。問題ない」
 「よく言うものだ」

  四四八の体には所々に硫酸の霧による傷が目立ち、更に致命傷となり得る場所は全て外れているものの、ジャックのナイフによる裂傷も刻まれている。
  対するテスラは無傷。サーヴァント並の力を持ち、持ち前の再生能力で霧の火傷も浴びた瞬間に回復することで事実上無効化していた。

 「ジャック、どうするの?」
 「解体するよ」
 「そうよね。頑張って、ジャック。あなたなら出来るわ」

  グレーテルは昏倒させられたヘンゼルを背中に背負いつつ、自分のサーヴァントにエールを贈る。討伐令を発布されていることなど、一顧だにしていない。
  暗黒霧都の結界は未だ健在。それどころか、徐々に範囲を拡大してさえいる。
  この戦場を支配しているのは、実質彼女と言っても過言ではないだろう。

 「……何よこれ。鬱陶しいわね……」
 「毒のようだが、イリヤなら問題ないだろう。思ったより厄介なことになりそうだから、君も気を付けておいてくれ」

  ファルス・ヒューナルを此処へ招き、意図せずして乱戦の引金を引いたのは、人ならざる者達。ホムンクルスと機械生命体、イリヤスフィールとハートロイミュードだ。
  その目的は、この場に存在する全主従の撃破。
  自身のサーヴァントに絶対の自信がなければ不可能な選択を、しかし鼓動の機人は疑わない。

 「ククククク――――フハハハハハハハハハ……!!」

  大きく、深く笑うのは狂戦士・ファルス・ヒューナル。
  命削りの魔剣を抜き、ついにその狂気は爆裂する。
  四騎の英霊と、二人のマスターが入り乱れ――白昼の乱戦は、爆音とともにその幕を開けた。




  やはりというべきか、先手を取ったのは狂える闇の化身、ファルス・ヒューナルだった。
  振り上げたエルダーペインの刃がアスファルトを切り裂いて粉塵を巻き上げ、硫酸霧を局地的に晴らしつつ、開けた視界の中最初に見えた霧都の主、ジャック・ザ・リッパーへ吶喊する。
  ジャックがヒューナルに力で勝利できる道理はない。生まれながらのものとして保有する身体能力も、ほぼ同格のスピードと圧倒的に勝るパワーを持つヒューナルには真価を発揮し難いのだ。
  ナイフで振り下ろされるエルダーペインを受け止めた途端、ジャックは目を細めた。
  拙いと、直感した。あの宝具が相手では、ナイフの耐久力が先に尽きる。
  それだけではない。武器を破壊されれば必然的に無防備な時間が少なからず生じ、そしてこのバーサーカーは、その一瞬に付け込んで耐久を突き破るだけの力と敏捷を持っている。

 「■■■■!!」

  意味の通らない、しかし肯定的なことを述べているのだろう咆哮と共に放たれた前蹴りを、ジャックは身を大きく後ろへ逸らせることでどうにか回避する。
  前髪を数本持って行かれた程度で済ませられたのは、間違いなく僥倖だった。


 「……討伐令のアサシンね、あいつ」

  イリヤスフィールは、廃墟も同然の有様と化した店舗内に潜む双子のマスターに気付いていた。
  マスターが双子で、サーヴァントのクラスは恐らくアサシン。それだけの情報が揃っているのだから、よもや他人の空似などということはあり得ない。
  ハートは従順なサーヴァントだが、何も令呪の使い道は反逆の防止だけではない。
  時には性能のブースト、時には転移移動による戦線離脱すらも可能とする、まさにマスターにとっての回数制限付きの命綱なのだ。
  その回数を増やせるというのだから、進んで狙わない理由はない。

 「マシン。今はバーサーカーに協力して、あのアサシンを――」
 「……いや、それは無理だ」
 「えっ?」

  イリヤスフィールは虚を突かれて声を漏らすが、その理由はハートが語るまでもなく判明した。

 「脆弱ッ!!」

  エルダーペインの刀身が次に向いたのは、あろうことかハートであったのだ。
  このバーサーカーは、理性云々以前に、他人と足並みを揃えるつもりが毛ほどもない。
  まるで冗談のような話だが、彼は大真面目に、この場に居合わせた全てのサーヴァントとことを構え、更には勝利するつもりでいるらしい。
  ヒューナルが存在する限り、他の主従と協力して、特定の相手を蹴落としにかかるのは不可能だと証明された瞬間だった。
  彼はジャックの敵だが、それ以前にこの場の全員の敵である。
  利用して立ち回ろうと考えれば、考えた者から傷を負う。
  奪命剣を携えた巨躯(エルダー)の化身は、暴走車両のように制御不能の嵐となっていた。

 「おおおおおォォッ!!」

  光弾さえも切り裂きながら、ヒューナルは彼に先の意趣返しとばかりに猛攻を仕掛けていく。
  ハートの宝具がある限り、純粋な強さで彼がハートを上回るということはまず起こり得ない。
  しかし、それはハートが常勝無敗を約束されている、という意味ではない。
  戦いとは、強さのみが左右するものではないからだ。例えば策で強さを削ぎ落としたり、面倒な手順を孕まずとも、純粋な戦いの中で弱者の矢に心臓を抉られる事も戦いの世界ではままある。

 「しゃあああっ!!」

  例えば、このようにだ。
  ヒューナルの攻撃に対処する隙間を縫って飛び込んだジャック・ザ・リッパーのナイフが、ハートの右腕に浅いとはいえ裂傷を与える。
  当然ヒューナルの視界に入った以上、彼女も攻撃の対象に含まれるが、お手本のような一撃離脱戦法を取ることで、ジャックはそのリスクを見事に回避していた。
  だが、次に間隙を突かれるのは他ならぬ彼女の番。
  霧を蒸発させながら押し迫る蒼雷が、ジャックの露出した右腕を直撃する。

 「っ……」

  攻撃の主は、サーヴァントではない。
  ニコラ・テスラ。御年、自称七十二歳。実際には、九十二歳。
  碩学の歴史に名を残した雷電の王であり、魔人と呼ばれる男。
  セイヴァーのサーヴァント、柊四四八のマスターとしてこの電脳世界に踏み入った彼の力は、端的に言って一介のサーヴァントを遥か凌駕した域にある。
  五本の電界剣を浮遊させ、毅然とサーヴァント達の戦いへ向き合う様は威風堂々。


 「セイヴァー、お前は治癒に専念しろ。此処は私が出る」

  ハートロイミュードも、ファルス・ヒューナルも、本能的に悟った。
  この男は決して、油断していい相手ではない。
  ともすればこの乱戦の中で、最大の脅威ともなり得る相手だと、そう理解したからこそ。

 「放つがいい、その雷電を」

  闘争の鬼は、来いと誘う。
  彼にとって戦況の悪化とは、忌むべき展開ではないのだ。
  逆境に追い込まれれば追い込まれるほど、戦いは血沸き肉踊るものとなる。
  そしてそれこそが、ヒューナルにとっての全てだ。
  闘争とは激しくなければならない。そうでなければ、巨躯の化身の欲望を満たせない。
  ニコラ・テスラがこの場で優先して排除すべしと判断したのは、ヒューナルとジャックだった。
  特に後者は、逃せば逃がすほど被害と犠牲を拡大させる歩く災害だ。

 「――良いだろう」

  ヒューナルを先に排除すれば、ジャック・ザ・リッパーは今度こそ完全な孤軍となる。
  そうなればハートロイミュードの存在もあり、殺人鬼は一気に追い詰められるだろう。
  ……いや、そういう次元の話ではない。
  来い、撃ってみろと誘われたなら、良いだろうと剣を抜く。
  そこに打算のたぐいは存在せず、あったとしても感情順位の遥か下位だったに違いない。
  ニコラ・テスラは、つまりそういう男なのだ。

 「見るがいい。我が輝き、我が雷電。勇壮なる蒼雷のもとに、散れ」

  テスラの周囲に滞空した電界の剣が、その矛先を狂戦士へと向けた。
  霧都を切り裂いて発現する稲妻と、星すら食らう闇のエネルギーが真正面から衝突する。
  イリヤスフィールほどの魔術師をして、息を呑む光景だった。
  ヒューナルの闇が持つ邪悪さを肌で感じ取ったというのもあるが、それ以上に、ニコラ・テスラの出力があまりにも異常すぎる。
  マスターの力で、サーヴァントと互角を演じているのだ。あれほどの雷を扱える魔術師など、このご時世、現存しているかすら疑わしい。

 「それで終わりなどと、退屈な戯言は抜かすまいなッ!!」

  ヒューナルの喝破と共に、激突はより激しさを増した。
  ――もはや、暗黒の霧が存在しているのかさえ疑わしいような、眩さと暗さ、対極同士の壮絶な喰らい合い。このまま続ければ、少なくともどちらかは相当な痛手を浴びることになる。
  そう確信させる勢いで、双方は力を使っていた。
  喜悦一色のヒューナルと、無表情のテスラ。
  蒼と黒が喰い合って混じり合い、その趨勢がいよいよ決する、その瞬間。


  ひゅん、と、空を切る音がした。




 「――五月蝿い」

  只でさえ、その少年は苛立っていた。
  無神経なクズ達の歌声で、朝っぱらから神経を刺激されていた。
  そんな事情もあって、彼は現在、騒音に対して普段に輪をかけて過敏になっていた。
  そう遠くないとはいえ、少し距離のある商店街の方から聴こえる、銃声や破壊音。
  普段の彼ならば眉を顰めこそすれど、激昂はしなかったろう程度の音。
  だがそれすら、今の彼にはたまらなく耳障りだった。

 「五月蝿い、五月蝿い……忌まわしい!!」

  ガリガリと頭を掻いて、口角泡を飛ばす。
  丁度少年は、公園の中でも高台となっている場所に陣取って絵を描いていた。
  普通絵は定位置に座って書くものだが、絵のとある要素をより際立たせるため、別の角度から一度見てみようと思い、移動を図った次第であった。
  だから丁度、音の聴こえてくる方向がよく見える。
  いや、見えない。見えるはずなのに、そこには霧が立ち込めている。
  この真っ昼間に、局地的な霧が出るとは考え難い。
  サーヴァントの仕業だろうと、すぐに思い当たった。

 「バーサーカー」

  それは聖杯戦争において、初めて彼が起こした他主従への自発的な干渉行動だった。

 「耳障りな奴らを、黙らせろ!」

  叫ぶ。
  バーサーカーはいつも通りの空虚さを湛えた瞳で一つ頷くと、霊体となり、消えた。
  彼女は、憎らしい『音楽家』への敵意に満ちている。
  耳障りな音を、掻き鳴らす。
  それが『音楽家』でないなどと、判別する理性は彼女の中に残ってはいない。

  狂える魔法少女が、音を途絶させるべく、霧の街へと飛び込んでいく。




  蒼が真っ二つになって。
  黒が真横に切り裂かれた。
  二つの力が断末魔のように虚空でうねり、結果を生むことなく分解、消失する。
  テスラがその眉を、驚きに動かした。
  この場の誰の視点からしても、意味不明な光景だった。
  あれだけの出力で衝突していた二つの力を、たったの二発で文字通り『斬り伏せた』のだ。


  たんと軽い音を鳴らして、乱入者が隣の建物の天井から、地面へと降り立った。


 「セイバー……では、ないな」

  その瞳を見た途端に、テスラは彼女のクラスが何かを悟った。
  理性のある者の目ではない。あれは、どこかが壊れた人間の目だ。
  恐らくはバーサーカー。理性は飛んでおり、近くにマスターの姿がないことから、戦いを止めるために現れた、というわけでもなさそうだ。

 「――音楽家か?」

  少女の声は、綺麗だった。
  その人間離れした美しさたるや、全ての英霊の中でも確実に上位に部類されるだろう程のもの。
  にも関わらず彼女の瞳は虚ろで、問いかけるその声は、聞く者へ背に氷柱を差し込まれたような悪寒を与える。
  全員が、沈黙した。
  違うと首を振れば終わりの筈なのに、このバーサーカーの醸す形容しがたい異様な空気に、皆が同様に気圧されていた。
  無論、それも一瞬のことだ。
  口があり、声があるのだから、答えを返すことは誰にでもできる。
  ましてや――この中に『音楽家』というワードに該当する者は誰一人いないのだから、そもそも恐れる必要がない。

  違う。
  音楽家などではない。
  そう誰かが答えたなら、彼女は案外すんなりと踵を返したのかもしれない。
  だが。


 「そうだ」


  ――答えたのは、闘争の鬼。ファルス・ヒューナルであった。


  理性を失って尚、猛き闘争に固執する彼は、本能の内に理解していた。
  此処で質問へ肯定を返せば、この英霊はより心の躍る闘争を己に齎すと。
  そう分かったから、全く出鱈目な答えを返した。意図的に、狂気のままに、誰よりも直情的で策とは無縁の怪物が、この瞬間自分以外の全員を陥れたのだ。
  そして。
  虚ろな瞳のバーサーカー……魔法少女『アカネ』の地雷を踏み抜いた代償は、大きい。


  ずるりと、ヒューナルの後ろにあった建物が、ずれた。
  比喩ではない。突如として袈裟懸けに現れた鋭い亀裂を原因として、滑り落ちるような滑らかさで、三階建ての建物があっけなく崩落する。
  もう一秒、ヒューナルがその場を飛び退くのが遅かったなら、真っ二つになっていたのは彼の方だったろう。アカネの魔法の前に、耐久力なんて概念は用をなさない。

 「――イリヤ、下がれ!」
 「う、うんッ!」

  敵の能力が何かをいち早く解したハートは、イリヤスフィールに退避を促した。
  あのバーサーカーの剣が持つ切れ味は、どう見ても異常なものがある。
  彼女は実体のない雷や闇のエネルギーを遠隔から切断し、抜刀動作のみで建造物を両断した。
  恐らく、あれは彼女の持つ『技』ではない。サーヴァントが持つ固有の鬼札、『宝具』だ。
  ハートの第一宝具がそうであるように、宝具とは時に理不尽なまでの強力さを発揮する。
  道理や法則は勿論のこと、ありとあらゆる常識観を、彼らの神秘は容易く踏み越えてくるのだ。
  この場合、無視されているのは『強度という概念』と『距離の存在』。
  リーチの如何に関わらず、常に超級の切断効果を対象へ齎す宝具――そう察知したからこそ、ハートは、この戦いにマスターを交えることは危険過ぎると判断した。

 「それでこそ、それでこそだ! フハハハハハハァァッ」

  そんな危険な相手に、咆哮しながら迫っていくファルス・ヒューナルは狂気の塊だ。
  エルダーペインの刀身をぎちぎちと歪にさざめかせながら、少女の矮躯程度、掠っただけでも無残な肉片に変えるだろう痛打を振り下ろす。
  それはもはや、斬撃というよりも、打撃に近いものがあった。
  至近距離で徹甲弾が炸裂したような衝撃と風圧に晒されながらも、魔法少女は揺るがない。
  ワンステップでヒューナルの一撃を回避し、再び反則技の斬破が迸る。
  ヒューナルはまたしても切り抜けるが、これはひとえに、彼がこの場では最も頭抜けた戦闘経験の持ち主だから出来る芸当であった。
  感知と同時に回避に移ることで、紙一重でアカネの宝具を凌いでいる。
  要は真似しようと思って真似できるものではない。
  経験とスペック、どちらが欠けていても駄目だ。呆気なく、真っ二つにされてしまう。

  この場で倒すべき相手の優先順位は、この時、明らかに変動していた。
  何せ、どんなサーヴァントであれ、防御能力を無視して確殺できる宝具の持ち主が居るのだ。
  これまでのように乱戦と洒落込んでいては、まず間違いなく誰かが落ちる。
  自分以外がそうなる分には一向に構わないが、その役目を自分が演じることはない、そんな保証は何処にも存在しないのだから、誰もが日本刀のバーサーカーを優先して排除しようとするのが当然の流れだ。例外は、理屈の通じない戦闘狂い、ファルス・ヒューナルくらいのものである。

  死の太刀が、また振るわれる。
  地面に大地震でも起きたのかと錯覚させるような、しかし自然では絶対にありえない深く鋭利な亀裂が生まれ、電線や自動車、空の雲でさえもが例外なく真っ二つになる。
  そしてその刃が――アカネ自身は全く意図していなかったろうが――、双子のキリングマシーンが控えるファミリーレストランの支柱を切り飛ばした。


 「っ!」

  黙って見ていられないのは、彼らのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパーだ。
  グレーテルはBARを軽々振り回す膂力を持つが、それでも咄嗟に、片割れを背負った上で崩れる建物から飛び出せるかは怪しい物がある。
  飛び込んで救出しようとするジャックだったが、彼女の心配は杞憂に終わる。
  轟いた蒼い稲妻が、降り注がんとしていた店舗の天井や屋根を、まとめて吹き飛ばしたのだ。

 「どうして……」
 「語っている暇はない。アサシン、この霧はお前の宝具だな」
 「…………」

  テスラの質問に、こくりと、ジャックは頷いた。
  それを聞いたテスラは、自らの姿をまだ無事な電信柱の陰へ隠しながら続ける。

 「恐らく、あのバーサーカーの宝具発動に必要な条件は『視界』だ。
  見えているものであれば実体の有無を問わず、文字通り何でも切断することが出来るのだろうが、視界が悪ければ悪いほど、奴の戦闘力は事実上落ちると見ていい」

  これが煙幕であれば、彼女の宝具は完全に無効化されていただろう。
  ただし、霧都のスモッグは視界を全て覆い、潰すわけではない。
  方向感覚を途絶させ、英霊でさえも敏捷性を1ランク下げられる魔霧の結界だが、アカネの宝具もとい固有魔法の使用を不能にするほどの視野妨害とはなっていなかった。
  しかしながら視界の精度を大きく下げ、事実上弱体化させる役割は、見事に果たしていた。

  ジャックは確かに討つべき殺人鬼だが、対処に急を要するのはアカネの方だ。
  何せ彼女には、『音楽家』なる人物に対しての敵意以外のものが碌に残っていない。
  周囲の被害などには当然頓着していないし、事実、彼女の宝具による犠牲者は既に出ている。
  だからテスラは此処で、敢えて敵であるジャックに助言した。
  討つべき敵の情報を共有すれば、必然的に戦いを有利に進めることが出来る。
  こういった、手の付けられない凶悪な能力を持った手合いが相手ならば、尚更だ。

 「■■■■■■ォォォォッ!!」

  エルダーペインが叩き砕いた地面が粉塵を巻き上げ、魔霧と合わさってアカネの視界を奪う。
  意図したものかそうでないのかは定かでないが、この瞬間、彼女の魔法は封じられた。
  そこを逃さずに、ハートロイミュードとニコラ・テスラが同時に攻撃を仕掛ける。
  連携を取るつもりはなかったし、打ち合わせたわけでも勿論なかった。
  行動の一致は、完全に偶然の賜物だったと言っていい。
  ハートの拳をアカネは自らの日本刀で防御し、その衝撃波で視界が晴れた隙を逃さず、テスラの放っていた雷霆を抜き放った脇差で斬り伏せる。
  戦闘能力も、決して低くはない。宝具頼みで本体が柔なサーヴァントではないようだった。




 「ならば――」

  テスラの頭上から、崩落した建物の二階部分が落ちてくる。
  それを防御したのは雷電ではなく、彼の周りへ滞空していた電界の剣であった。
  五本の剣はひとりでに舞って、刃を構える狂気の魔法少女へと襲い掛かる。
  さながら担い手が居るかのように、様々な角度、速度、威力で襲い来る刀身を、アカネは視認することも難しいであろう速度で両手の刃を振るい、対処する。

 「――斬れないようだな、我が剣は」

  ニコラ・テスラの電界の剣は、彼が死に瀕しながらもある人物から奪い取った暗黒物質で構成された、『神々の残骸』である。
  物理的な攻撃から音などの現象までもを防御する、彼の固有武装。
  たとえ高層建造物だろうと一振りで切断する刃をも防ぐ、脅威の防御性能――この場で唯一と言ってもいい、アカネの破壊を阻む事の出来る光であった。
  切断による破壊が不可能となれば、必然、素の能力値で迎撃するより他にない。
  それを可能としている時点で、彼女のサーヴァントとしての性能は目を見張るものがあったが、しかしこの状況下では些か不足だ。

  電界の剣に身を切り裂かれるのも厭わず突撃したヒューナルの斬撃が、アカネの胴へ袈裟懸けに浅い傷を刻む。浅いとはいえ、エルダーペインは生命力を吸う魔剣だ。ぐっと体に掛かる負担が上昇し、その瞬間にハートの光弾が彼女の足場を崩した。
  それを逃さず降り注ぐ、電界の剣の刺突攻撃。脇差で払うにも限度がある。左の二の腕を、光の刃が貫いた。そこで大きく後退、跳躍して背後の建物へと飛び移るアカネだったが、それを追い立てるのは魔剣を携え、闇の波動を爛々と灯したファルス・ヒューナルだ。
  下からの斬り上げを、アカネは迷わず携えた日本刀で防御する――刀身が軋む。折れなかったのは、せめてもの幸運だろう。
  だが、その余りに強い衝撃で彼女の体は大きく吹き飛ばされた。

 「音――」

  迫るは怨敵。
  音楽家か、との問いに、そうだ、と答えた狂戦士。
  箍の外れたアカネに、撤退という選択肢はない。
  それこそ令呪でも使わない限りは、絶対に。

 「極彩と散るがいいッ!!」

  奇しくも、彼女の憎む『音楽家』と同質の狂気――途方もない闘争への欲望に満ち満ちた怪物。
  アカネは歪んだ笑みを口元へ貼り付け、自身の得物の柄を強く握り締め、振り被った。
  そこに恐れや不安などといった、人間らしい感情は欠片たりとも残っていない。
  あるのはただ、憎悪。
  二騎のバーサーカーは、そのどちらもが極端な一感情で理性を振り切っていた。
  まさしく狂戦士(バーサーカー)と呼ぶに相応しい二騎が、空中で互いの殺意を激突させ……


 『――令呪を以って命ずる! 我が下へ戻れ、バーサーカー!!』


  その命令によって、ファルス・ヒューナルはアカネの真横を素通りした。




 「何……?」

  困惑を見せたのは、ハートロイミュードだ。
  あのファルス・ヒューナルとこの場で最も長く戦闘していたのは彼だが、ヒューナルの闘争にかける情熱はまさしく狂気であった。
  いかなる理由があろうとも、決着寸前の戦いを投げ捨てて他の用事を優先するとは考え難い。

 「令呪だろう。別行動を取っていたマスターが、危険に晒されたと見るのが順当だ」

  既にヒューナルの姿は、影も形も見えなくなっている。
  霧で視界が思わしくないのを踏まえても、もう彼はこの近辺には居ないだろう。
  令呪の行使は、命令次第でサーヴァントの空間転移さえも可能とする。
  ヒューナルのマスターは窮地に立たされ、令呪を使わざるを得ない状況にまで追い込まれた。
  そこでやむなく令呪を使用――ヒューナルは空間転移でこの場を離脱。
  日本刀のバーサーカーは、その敵意の矛先を向ける相手を失ったことになる。

 「……違う、音楽家は、もっと――」

  アカネはその虚ろな瞳で、ハートとテスラをそれぞれ一瞥ずつした。
  あんなに歪んでいた口元は今や元通りの無表情に戻り、感情らしいものはまるで見られない。
  それから彼女はブツブツと何事かを呟くと、その姿を実体から霊体へと変える。
  元々、アカネが此処へ派遣された理由は「黙らせろ」というマスターの命令だった。
  既に、通りは静かになっている。様々な意味で、だ。暗黒霧都の毒は決して少なくない数の人間を死へ追いやり、彼女が振り回した斬撃の影響でも、結構な数が死んでいる。
  そして騒乱の主であるファルス・ヒューナルは真っ先に離脱。
  静寂を取り戻した街の一角から、帯刀のバーサーカー、アカネもまた姿を消した。

 「……アサシンはどうした?」
 「どさくさに紛れて逃げたのを……どうやら、私のサーヴァントが追ったようだ。治癒に専念しろと言っておいたはずだが、まあ、あれはそういう男だからな」

  回復に徹していた筈の四四八の姿は、いつの間にか消えていた。

 「……………………」

  四四八がアサシンを追ったなら、援護へ向かうのが当然の流れだ。
  彼は強い。だがそれは、あくまでも人間の範疇としての強さである。
  真性の魔であり、魔霧の中を自在に行動するアサシンを正面から打破できる可能性はゼロでこそなかろうが、高くないだろうことは確かだ。
  後は精々、残ったこのサーヴァント。
  彼の動向を窺ってから、早速追跡に出ようと考えたのだったが、そこでテスラは不意に沈黙し、その眉間に皺を寄せる。

 「確か、マシンと呼ばれていたな。お前は気付いているか?」
 「何のことだ?」
 「あのアサシンは、何の武器を使っていた?」
 「それは、…………」

  交戦の終了を判断して、ハートの下へ戻ってきていたイリヤスフィールが、目を見開く。
  そういうことか、とハートは呟いた。
  ああ、と頷くのはテスラだ。彼ら三人には――そして恐らく、この場には居ない二騎のバーサーカーにも、共通していることがある。

 「……ダメだな。全く思い出せない」


  それは、先程まで確かにこの場に居た筈のサーヴァント、アサシンの姿も形も、四四八が看破した筈の真名も、彼女に関する全てをほとんど完全に忘却していることだった。
  真名、能力、外見――聖杯戦争の勝敗を分かつ重要な情報が、全て消えている。

 「恐らく、何らかの宝具……もしくはスキルの影響だろう。
  どちらにしても厄介だ。クラスがアサシンということも相俟って、まさに鬼に金棒だな」

  霧の結界宝具が健在ということもあり、追跡する上での糸口はまるで掴めそうにない。
  ……四四八が無事にアサシンとそのマスターである"双子"を見つけ出せていればいいが、期待はしない方がいいだろう。
  テスラは小さく溜息を吐くと、霧を引き裂いて、大空まで伸びる蒼雷を生み出した。
  セイヴァーへの合図だ。この霧は方向感覚を狂わせる――アサシンが撤退すれば一応影響も消えるのだろうが、そこは念の為、だった。

 「――エクストラクラス・マシン。そしてそのマスターよ」

  閉じた目を、片方のみ開き。
  彼は問う。
  奇しくもそれはつい先刻、彼らとは対極の道を這う人狼が口にした『妄言』と同じもの。

 「我々は戦を挫き、杯を砕き、天上で糸を引く、醜悪なる者を討つべくしてこの地に居る。
  故に、問おう。杯の煌めきを否と切り捨て、共に光を望む気はないか」

 「無いわ」

  即答したのは、イリヤスフィールだ。

 「さっきも、聖杯戦争を破壊するっていう奴に会ったわ。凄く、いけ好かないやつだった。
  貴方達はあいつらとは違う人種みたいだけれど、……それでも私達が、貴方達と道を同じくすることは絶対に無いわ」
 「悪いが、そういうことだ。他をあたってくれ、セイヴァーのマスター」

  そうか、と、テスラはただ一言呟いた。
  イリヤスフィールの意思は強固で、そう簡単に揺らぐものではない。
  そのことは、今の返答から十分に伝わってきた。だから、彼はすっぱりと諦める。

 「ところで、バーサーカーどももアサシンも、私のセイヴァーも今は居ない。
  そんな状況だが、どうする。私は戦いを続けても、一向に構わんが」
 「……いや、遠慮しておこう。連中が派手に暴れ過ぎたせいで、霧が晴れればこの辺りはきっととんでもない大騒ぎになる。
  秘匿の義務なんてのは今更の話だが、どちらにせよ、此処は一旦退いた方が良さそうだ」
 「賢明だな。話が早くて助かる」

  人間態に戻り、踵を返して去っていくハートロイミュードを見送った頃、丁度、街に立ち込めた硫酸の魔霧が晴れ始めた。
  セイヴァーが無事にアサシンを倒したと考えるのは、少し楽観視が過ぎるだろう。
  恐らく、アサシンは逃げ切ったに違いない。
  討伐令の標的を仕留め損ねたのは不覚だったが、その恐るべきスキルの一端が明らかになっただけでも、今日のところは上々としておく。


  ――と。まさにその時だった。



 「……む」

  野原を舞う蝶のように、鱗粉を散らしながら魔霧の中を進んでくる小さな影。
  白と黒のツートンカラーの色彩を有したそのマスコットキャラクターを、愛らしいとするか憎らしいとするかは人によるだろう。
  その『人工妖精』は、テスラの前で止まった。
  そして、彼は伝える。
  命ぜられた通りに、新たな討伐令を。
  聖杯戦争を潤渇させ、黒き願いを成就させるべく、不本意な働きを強いられる。

 『ルーラーからの、新しい通達だぽん』


【C-4/商店街/一日目・午後】

【ニコラ・テスラ@黄雷のガクトゥーン】
[状態] 健康、空腹、手に軽い傷
[令呪] 残り三画
[装備]
[道具]
[所持金] 物凄い大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打倒。
0:セイヴァーを待つ
1:昼間は調査に時間を当てる。戦闘行為は夜間に行いたいが、急を要するならばその限りではない。
2:アン・メアリーの主従に対しての対処は急を要さないと判断
3:討伐令のアサシン、二騎のバーサーカー(ヒューナル、アカネ)には強い警戒。
[備考]
K市においては進歩的投資家「ミスター・シャイニー」のロールが割り振られています。しかし数週間前から投資家としての活動は一切休止しています。
個人で電光機関を一基入手しています。その特性についてあらかた把握しました。
調査対象として考えているのは御目方教、ミスターフラッグ、『ヒムラー』、討伐令のアサシン、海洋周辺の異常事態、『御伽の城』があります。どこに行くかは後続の書き手に任せます。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。
ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。




  テスラの予想通り、セイヴァーは結局、アサシンに追い付くことは出来なかった。
  霧都での戦いに長ける彼女は彼の追跡を容易く振り切り、マスターを連れたまま消失。
  それと同時に、セイヴァーにも例外なく情報末梢のスキルが働き……彼もまた、全て忘れ去る。
  突き止めたジャック・ザ・リッパーという真名も、今や記憶から完全に消えている。

 「……面倒だな」

  戦いの中で得たものを次に活かせないというのは、なかなかどうして厄介だ。
  生前、聖杯戦争よりも更に激烈を極める戦いをしていた頃からずっと、四四八は負けて地を転がり、そこから学んで壁を超えるということを繰り返してきた。
  あのアサシンには、それが通じない。
  討伐令こそ出ているものの、そう簡単に倒されはしないだろう。
  だが、確信している。やはりあれは、野放しにしてはならない敵だと。
  街の一角は、地獄絵図と化していた。
  硫酸の霧で肌や目に傷を負った人々の泣き声が響き、中には既に事切れた遺骸も見受けられる。

  作られたNPCだから、だとか、そういう問題ではないのだ。
  柊四四八はこの光景に、許し難いと憤怒している。
  ――次は必ず倒す。彼は拳を硬く握り、改めてそう決意した。


  視界の端。
  路上で、霧による被害の及ばなかったらしい区画からやって来た民間人が負傷者の介抱を行っているのが見えた。
  一瞬だけ、セイヴァーはその場に立ち止まる。
  それから小さく微笑して、彼は霊体化した。
  そこで人々を助けている、見慣れた幼馴染と、優しいその父親と、愛すべき自分の母親の姿を見含めたからだった。

  ――俺は、俺の戦いをする。この聖杯戦争を、許しはしない。

  英雄は、貪狼のように輝きに唾を吐くのではなく、正面からそれを殴り飛ばすつもりでいる。
  かつて何千万人という人間を救い、歴史に名を残した現代の大英雄(セイヴァー)。
  淀んだ輝きを蹴散らすのではなく、より眩く正しい輝きで殴るのだ。
  彼こそは、人類の代表者であった男。第二盧生。仁義八行、勇気の魔人。


  最弱のサーヴァントにして、最強の人間である男は――健在。



【セイヴァー(柊四四八)@相州戦神館學園八命陣】
[状態] 疲労(中)、体の各所に硫酸による火傷、刃物による切り傷(行動に支障なし)
[装備] 日本刀型の雷電兵装(テスラ謹製)、スーツ姿
[道具] 竹刀袋
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の破壊を目指す。
1:基本的にはマスターに従う。
2:討伐令のアサシンには強い警戒。次は倒す。
[備考]
一日目早朝の段階で御目方教の禁魔法律家二名と遭遇、これを打ち倒しました。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。




 「……わたしたちにも、教えに来てくれるんだ」

  新たな討伐令の内容を、第一の討伐令を受けた張本人であるジャック・ザ・リッパー達もまた知らされていた。
  空母ヲ級。ヘドラ。自分達が朝に交戦した、あの相性の悪い相手のことらしい。
  結論から言うと、ジャックはこれに進んで関わろうという気はなかった。
  何せ、自分も討伐令を発布されている身なのだ。集中砲火を食らう危険を背負ってまで、相性の悪い敵に挑みかかる気はしない。

 「すごい戦いだったわね、ジャック」
 「うん。……ヘンゼルは大丈夫?」
 「よく眠ってるわ。特に大きな傷もないし、そのうち起きると思う」

  ジャックのスキルによって、あの場に居合わせた全員、今頃はジャックのことを忘却している。
  ジャックだけが、あの戦いを正常に記憶できていた。
  その中でも一際厄介だと思われたのは、やはり闘争に異様な固執を見せていた、黒い方のバーサーカーであろう。
  そして、もう一人。
  ……ヘンゼルを無力化し、グレーテルをあっさりとあしらった男。雷を操る、青髪のマスター。
  あんなものは、反則だろうとすら思う。あれでは殆ど、サーヴァントも同然だ。

  戦いは、今後も熾烈を極めるに違いない。
  改めてジャックは、自分のマスターである小さな双子の顔を見た。
  やっぱり、彼ら、あるいは、彼女らには、死んでほしくないと思う。
  いなくなってほしくないと、そう思う。
  母のみを求めてきたジャック・ザ・リッパーには、初めての感情だった。


【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態] 気絶
[令呪] 残り三画
[装備] 戦斧
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:…………

【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(中)
[令呪] 残り三画
[装備] BAR
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:逃げましょう、とりあえず
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。

【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(小)
[装備] 『四本のナイフ』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
0:この場を離れる
1:双子の指示に従う
2:あのサーヴァント(ヘドラ)、殺したい
3:殺したいけれど、討伐令に参加するつもりはない
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。




  人間態のハートロイミュードとイリヤスフィールが並んで歩いている図は、端から見れば仲の良い兄妹か、下手をすれば親子にしか見えない。
  聖杯戦争に参加している人間でなければ、彼らがこの大騒動に一枚噛んでいるなどとは思いもしないだろう。激しく、苛烈な戦いだった。イリヤスフィールをして、そう思う。

 「あいつ、強いわね」
 「セイヴァーのマスターだな、イリヤ」
 「ええ」

  戦闘狂のバーサーカーに、日本刀のバーサーカー。
  自分の情報を跡形もなく消し去るスキルを持つ、討伐対象のアサシン。
  あの場に居合わせた敵はどれも強敵揃いだったが、やはり頭抜けていたのは、セイヴァーなるエクストラクラス・サーヴァントのマスターを務めていた、雷使いの男だ。
  『人類よ、この鼓動を聞け(ビート・オブ・ハート)』がある以上、単純な力で遅れを取るということはない筈だが、それを含めても、あの男は油断ならないと感じた。
  彼の背後で控えていたセイヴァーについては、殆どその戦いを見ていない為、一概に評価はできない。だがイリヤスフィール曰く、あれは弱い、とのことだった。

  ――それでも。ハートロイミュードは、あのセイヴァーにも只ならぬものを感じた。

  生涯を懸けた目的を果たせなかった代わりに、最高の友人を得た――人間の『輝き』を見た彼には、あの主従の底知れなさがよく分かった。
  彼らは強い。間違いなく、強い。
  敵としてそれを恐ろしく思うと同時に、ハートの中では、ある感情が首を擡げていた。
  それは、歓喜だ。彼の第二宝具、『人類よ、この歓喜を聞け(ディライト・オブ・ハート)』の発動条件である、熱き喜びだ。

  いつかもう一度見えることがあれば、きっと戦うことになる。
  その時は、彼らの人の輝きを、高鳴る鼓動(ハート)で凌駕しよう。 
  ハートロイミュードは、強くそう思った。彼にとって人の輝きとは、眩く、美しいものだった。


【マシン(ハートロイミュード)@仮面ライダードライブ】
[状態] 疲労(中)、右腕、腹部に斬傷、インジュリー状態(体力減少/三時間ほどで解除) 、『歓喜』
[装備]『人類よ、この鼓動を聞け』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:イリヤの為に戦う
1:ニコラ・テスラ、セイヴァー(柊四四八)への興味。
2:アサシン(ゼファー)への嫌悪。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 城に大量にある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る
1:この場を離れる
2:アサシン(ゼファー)が理解できない。
3:セイヴァーのマスター、あれ反則でしょ……
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。




  公園へ戻ってきたバーサーカーは、傷を負っていた。
  そんな彼女の姿を見た時、元山は、少なくない驚きを覚えた。
  彼女は強い。聖杯戦争に積極的でない元山でも、それくらいは分かる。
  彼女が剣を振るえば敵はあっさり切り刻まれ、声すらあげられずに消えていく。
  元山は彼女の強さを承知し、同時にそこに強い信頼を寄せてもいた。
  その彼女が、今、血を流している。
  時代劇の中でしか見なかったような袈裟懸けの傷に、左腕には剣の刺突痕。
  幸い深い傷ではないようだったが、この傷は、彼女の参じた戦いが如何に熾烈を極めるものだったかを雄弁に物語っていた。

 「……ありがとう、バーサーカー」

  彼女を霊体に戻し、元山は穏やかに礼を言う。
  主従関係を保つためだとか、ご機嫌取りだとか、そういう意味を含んだ礼ではない。
  心から、元山はアカネに感謝していた。
  あまりにも雑音の多すぎるこの世界で、元山に静寂をくれるのは彼女だけなのだ。
  だからもう一度、彼は言う。
  以前にも言った言葉を、繰り返す。

 「君がサーヴァントで、良かった」


【C-3/公園/一日目・午後】

【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ
[道具]財布 、画材一式
[所持金]高校生としては平均的
[思考・状況]
基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる
1:作品の完成を優先する。静かな世界を乱す者は排除する。(NPCに対しては当面自重する)
2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』
3:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する
[備考]
※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。
※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。
もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。

【アカネ@魔法少女育成計画restart】
[状態]疲労(中)、胴体に裂傷、左腕に刺傷(貫通)
[装備]魔法の日本刀、魔法の脇差
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:音楽家への強い敵意
1:………………。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。




  ファルス・ヒューナルのマスター、真庭鳳凰は、この時も暗躍を狙っていた。

  ヒューナルは、我慢するということを知らないサーヴァントだ。
  バーサーカーのクラスで呼ばれた今、生前のそれに輪をかけて闘争に狂的な執着を寄せている。
  強力だが扱いにくいという、お手本のような狂戦士(バーサーカー)。
  だが鳳凰はそれを悲観せず、むしろ、盤面を引っ掻き回すのに最適な札だと割り切る事にした。
  彼らしのびは、本来戦いの陰より忍び寄り、密やかに目的を完遂するものだ。
  角笛の音が響き、剣や槍が火花を散らす戦場に進んで姿を現した日には、それはもはや『忍ぶ者』とはいえないだろう。

  ヒューナルをこの白昼に解き放てば、間違いなく街は大混乱に陥る。
  当然マスター共の中には、それに乗じて事を起こそうとする者や、様子見のつもりでのこのこ姿を現す者など、迂闊で短慮な者が少なからず存在する筈だと、鳳凰は読んだ。
  ――真庭鳳凰という男は本来、サーヴァントとして召喚されてもおかしくない大人物である。

  歴史の闇を生きた真庭忍軍の強者達を統率し、神の鳳凰と呼ばれ、畏れられた里の主。
  英霊相手だろうが、神秘の問題さえどうにかすれば十分に通じるであろう忍術を数多く会得してもいる。更にマスターには言わずもがな、サーヴァントのステータスを読解する能力が備わる。
  それを用いてステータスを確認し、相手を選んで襲撃、一撃離脱する。
  それが、真庭鳳凰の企てた戦略であった。

  とはいえ、これにはやはり危険が伴う。
  出来るなら、無防備に一人で歩いているマスターを襲撃するのが望ましい。
  霧の魔の手が及んでいない区画を巡りながら、それらしい人物を探すこと十数分。
  その人物は、街の路地裏に居た。

 (幼子か)

  年は恐らく、十代前半。
  鳳凰にしてみれば、十分幼子で通る程度の年齢だ。
  きょろきょろと所在なさげに周囲を見回しながら、足音密かに魔霧の方向――ヒューナルが何者かのサーヴァントと交戦しているであろう方へと移動を図っている。
  その挙動不審な様子、向かう方向、どちらも聖杯戦争のマスターと判断するには十分過ぎる要素だ。あの程度のか細い首なら、鳳凰であれば、すれ違いざまの一瞬で縊り折れる。
  が――鳳凰は、この程度の見え透いた罠に騙されるほど愚かな男ではなかった。

 「罠、であろうな……」

  幾ら何でも、怪しすぎる。
  普通の人間ならばいざ知らず、歴戦のしのびを欺くには少々知恵が足りていない。
  そしてあちらは、恐らく自分の存在にも気付いていない……となれば、取る手段は限られる。
  勝負を急ぐ必要はない。要は、サーヴァントのマスターであるという確証が得られれば、それだけで情報面の優位は取れるのだ。
  鳳凰が取り出したのは、現地調達した一本のナイフだった。
  俗にアーミーナイフと呼ばれる品物で、単純な殺傷力ならば、鳳凰の時代に用いられていた苦無などよりもずっと高い。

  これを放ち、サーヴァントの反応を見る。
  真っ当なサーヴァントならば、マスターを殺されることを避けるため、実体化して攻撃を防御するだろう。もし首尾よく殺せてしまっても、別に困りはしない。人違いだったところで所詮はNPC、微々たる犠牲だ。
  鳳凰は慣れた手付きでそれを構え、暫定マスターの少女の首筋目掛けて鋭く擲った。
  しかしナイフは少女の方へは向かず、何もない、真っ昼間の大空へと飛んでいく。



 「何――!?」

  そんなありえざる事態が起こった理由は、単純だ。
  鳳凰が足場としていた大きく手入れの行き届いていない、裏路地という場所に実に似つかわしい街路樹が、根本から急激に倒壊を始めたのだ。
  それだけではない。近くに立っていた柱という柱が崩れ、建造物の屋上等でも、小規模な爆発が連続している。鳳凰はこれの影響を受けて足場を失い、攻撃を不発に終わらされてしまったのだ。
  そして当然、その報いは大きい。
  少女がにやりと、歯を出して鳳凰へ微笑んでいた。
  ぐっ、と唸り声を漏らすよりも早く、地へ着地した彼の真後ろで手榴弾が炸裂した。咄嗟の防御で傷は最小限に留められたものの、爆風と鉄片によるダメージは決して少なくない。

  だが、そこは神と呼ばれた男、真庭鳳凰。
  真庭忍軍の頭取である彼が、この程度の手傷で無効化される筈もない。
  風もかくやといった速度で鳳凰は少女へと吶喊し、サーヴァントが現れる前に、これを殺害せんとする。それを阻んだのは、視界の端で爆裂したAT地雷だった。

 (ぐ――何なのだ、この火薬は!?)

  鳳凰にとって不運だったのは、少女……佐倉杏子が召喚したサーヴァントは、彼の生きた時代よりも未来の英霊であったというただ一点だ。
  忍者なんてものが大真面目に活躍していた時代に、手榴弾や地雷なんてものはない。
  雛形のようなものはあったかもしれないが、それでも、杏子のサーヴァントが駆使するものに比べれば子供の玩具にだって等しいだろう。
  そして鳳凰が一瞬とはいえ足を止めた瞬間に、佐倉杏子は無力な一人の少女から、『戦う魔法少女』へと姿を変える。

 「アンタ、罠だとまでは気付けたんだね。でも残念。闇討ちであたしのサーヴァントに勝とうなんて、ちょっと思い上がりが過ぎるってもんだよ。
  ――あたしみたいなガキンチョなら、狩れると思った? 生憎狩られるのは、アンタの方さ」

  杏子の考えは、鳳凰と同じだった。
  駅前を拠点に動いていた彼女達は、遠くからの物音という形で商店街での交戦を察知。
  騒ぎに乗じて動き出す連中を探るべく、敢えて死地の近くまで踏み込んだ。
  此処からが、鳳凰との違いだ。杏子は敢えて自らの姿を、聖杯戦争の参加者にしてみれば逆に目立つ路地裏に置いて、その周囲に多様な罠を仕掛けさせた。
  要は、佐倉杏子は疑似餌だった。
  まんまと誘き寄せられた利口な奴を狩ることこそ、彼女の狙いだったのだ。

  三節棍を構え、鳳凰に向き合う杏子。
  彼女のサーヴァントは、未だ姿を見せない。
  だが、こういった罠がまだ他にもあるのだとしたら――彼女の言う通り、勝負は見えた。
  ならば撤退するのが利口だが、鳳凰には分かる。敵のサーヴァント、罠を仕掛けた張本人が姿を見せない理由が。
  要は、撤退の瞬間をこそ狙っているのだ。
  無防備な背中を晒した瞬間に、間違いなく撃たれる。
  これほどの破壊力を持つ兵器が直撃すれば、鍛錬のほどに関わらず、一撃で消し炭だ。

 「貴様……」

  じりじりと後退ることさえ出来ない。
  あまりの屈辱的状況に、鳳凰は唇を噛む。
  その視線が、自らの右手に落ちた。
  ――使うしかない。
  そう思ったのを察知したのか、何処かから、初めて意思を持った殺意が向けられた。
  飛来した砲弾……正しくは、徹甲弾というそれを、どうにか殺意を察知することで回避しながら、鳳凰は全力で叫ぶ。
  令呪でなければ、ヒューナルは来ない。あれはそういう英霊なのだ。完全に興が乗り切ったヒューナルに、言葉など通じない。
  そして、それを惜しんでいられるだけの余裕も、今の鳳凰にはなかった。
  徹甲弾の衝撃波に打ちのめされ、火傷さえ負いながらも、神と呼ばれた男は叫んだ。



 「■■■■■■■■――――ッ!!!!」


  魔剣エルダーペインを抜いたまま、襲い来るは狂戦士。
  ダークファルス・エルダーが眷属、ファルス・ヒューナル。


  商店街の動乱は、まだ終わらない。


【C-4/商店街近郊・路地裏/午後】

【真庭鳳凰@刀語】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(大)、右胴体に火傷(軽度)、鉄片による刺傷
[令呪] 残り二画
[装備] 忍装束
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、真庭の里を復興させる
1:眼前の少女と、まだ見ぬサーヴァントの排除
2:中学校に通う、もしくは勤務するマスターの特定
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。

【バーサーカー(ファルス・ヒューナル)@ファンタシースターオンライン2】
[状態] 疲労(大)、意欲十分、胴、右腕に裂傷(行動に支障なし)、全身にダメージ(大)
[装備] 『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を望む
1:闘争を、闘争を!
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態] 魔力残量充分、魔法少女態
[令呪] 残り三画
[装備] ソウルジェム、三節棍
[道具] お菓子
[所持金] 不自由はしていない(ATMを破壊して入手した札束有り)
[思考・状況]
基本行動方針:今はただ生き残るために戦う
0:眼前の主従へ対処
1:他にはどんなマスターが参加しているかを把握したい。
2:令呪が欲しいこともあるし討伐令には参加してみたい。
3:海の中にいるサーヴァント、御目方教の存在に強い警戒。狩り出される側には回らない。
[備考]
秋月凌駕とイ級の交戦跡地を目撃しました。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。

【ランサー(メロウリンク・アリティー)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態] 健康
[装備] 「あぶれ出た弱者の牙(パイルバンカーカスタム)」、武装一式
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:あらゆる手を使ってでも生き残る。
0:罠を駆使しつつ、あの主従を倒す
1:駅前を拠点にして、マスターと共に他のマスターを探る。
2:港湾で戦闘していた者達、討伐令を出されたマスターを警戒。可能なら情報を集める。
3:マスターと共に生き延びる。ただし必要ならばどんな危険も冒す。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。

※路地裏近辺には、メロウリンクによる多数の罠が仕掛けられています。

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最終更新:2016年05月24日 17:05