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【美死姫の初陣】

 スラヴィアのとある市街から程近いところにある広大なる荒野。 今ここに集うは、死徒の群れ、群れ、群れ。 荒野に今、大いなる戦の死地が地の底より現れ、怪しく瞬く燐光が死地舞台を照らし出す。
 死徒の国として知られるこの国でも、陽光射し照らす間は極普通の国であるが、それは所詮偽りの姿でしかない。 この国の真の姿は宵闇の中にこそある。 生命の死後の有り様を掌る神モルテと、それが生み出した始祖にして神祖サミュラが築き上げし、死徒の王国。 この国では毎夜に渡り、高貴にして勇猛なる高階位の死徒「スラヴィア貴族」が、国土の覇権と己が名誉を賭け、自ら或いは自らの力を授けし死徒を用いて、相手側の死徒の破壊を以って競い合う。 「饗宴《デス・ゲーム》」と呼ばれるこの争乱だが、何十年かに一度というほどに稀に、生を謳歌する者が加わることがある。 それは己が力を試すためか、あるいは貴族がもたらす甘美なる死から逃れるための交換条件か、あるいはまた別の何かか。

 本日の「饗宴」は、スラヴィア全土に名高く誉れ高き貴族の一人である「髑髏王」ヴェルルギュリウス伯爵と、鳴かず飛ばずの弱卒から急速に頭角を現し中堅貴族に並ぶ勢力を付けた新興貴族であり、国内外に挑発的なことに「未来王」を自称するネーヴィケリス男爵の、自慢の死徒を選りすぐり行われる団体戦。 その戦力個体数差は、髑髏王軍2に対し未来王軍500。 「団体戦」とは即ち「戦力個体数の制限を設けない」という意味であり、髑髏王も観衆もこの個体数差に何ら異を唱えるつもりは無い。 むしろ、髑髏王と髑髏王軍二名のうち一方の由来を知る者からすれば、未来王軍500の中にネーヴィケリス男爵が含まれているが「過小評価」とすら見ている。 だが、数多の聴衆の中にあって唯二人、観衆の多くと評価は似て否なる見解を示している者がいた。
「かの『髑髏王』も、いよいよもって父性とやらに目覚めたのかしら。 どこで拾ってきたかは知らないけれど、あのような者を引き入れようとはね。 よっぽど勝たせたいのね、きっと」
「まったく、アレの趣味にも困ったものね・・・まぁ、粛清の手間が省けるでしょうから、いいのだけれど」
 この死徒を治める、妖しくも美しき吸血姫サミュラと、世の理を司りし11の神のひとり、死神モルテ。 彼女らは「饗宴」そのものよりも、その参加者に興味があるようだが、それを窺い知れる者は誰一人として居ない。

 死地舞台の中央に、霊魂の輝きにて作り出された注目灯が灯り、「饗宴」の只中にて進行を伝える審議候《ジャッジメント》キエム・デュエトの姿を照らし出す。 「饗宴」は参加者以外の全てが観衆であり審判であるが、キエム候は「饗宴」の全てを取り仕切るために「饗宴」と共に生み出された「最古の貴族」である。 とは言うが、彼の仕事は「饗宴」の最初に集約されると言っても過言ではない。
「さて・・・」
 キエム候のひとことで、本日の饗宴について喧々諤々ざわめく観客席が、沈黙に包まれる。
「今宵は、この闘技場《コロセウム》に花が咲き乱れましょう。 それは可憐なる美しき花か、それとも死徒の砕け散る身が作り出す散華か」

 キエム候の前口上は、髑髏王の最高傑作にして闘技場に数多の伝説を刻んだ「赤眼のヴォーダン」に及び、観衆の多くが胸躍らせ一部の女性死徒がキエム候の身姿に心を奪われる最中の、髑髏王軍控え室。
「ニャゴさん、今日は一緒にがんばりましょうねっ!」
「あー、そーだねー・・・」
「だめですよぅ! そんなローテンションじゃ負けちゃいますよぅ! 今日はワタシのでっびゅ~戦、なんですよぅ!」
「・・・」
 大はしゃぎの女子に対して、ニャゴと呼ばれた猫人男児の面持ちは沈痛なものである。
「およしなさい、ヴィルヘルミナ。 彼とて今日この試合の意味は理解しているはず。 そうだな、ニャゴ=キング殿?」
 今回髑髏王軍としてエントリーされているのは、「ヴォーダンの再来」「闘技場に可憐に咲き誇る一輪の花」との前評判を恣にする髑髏王の娘ヴィルヘルミナと、彼女が本日の「饗宴」のため帰宅する道中で拾った、「小ゲート」に飲まれてスラヴィアに来たラ・ムール人ニャゴ=キングの二名。 故あって相棒の黒鎧卿共々ヴィルヘルミナの修行旅に同行するダークエルフの女戦士も数多くの武勲を持つ歴戦の猛者であるが、今回の「饗宴」に関しては髑髏王軍アドバイザーである。
「まぁ無理も無い。 生ある身で『饗宴』に参加した者など、制度上定められてはいるが、永き闘技場の歴史にあってそう多くない。 それに我々と違い彼は肉体が破壊されればそれまでの儚き身。 髑髏王の提示した『帰国の援助』のため『饗宴』に参加する、その気概は買うが」
「大丈夫だ、問題ない。 やってやる・・・やってやるさ」
 今日も元気いっぱいに、「そちら側」の創作によく出る可憐な姫君が纏うものに似た艶やかなドレスを翻し、広いとはいえない控え室の中でヴォーダンの豪斧をぶんぶか振り回すヴィルヘルミナ。 それに対し、異界の旅人風の装束に左目を覆う包帯、両腕には爪牙の手甲を装備したニャゴは緊張と沈痛が入り混じる表情のまま。
「なに、ヴィルヘルミナがいかほどのものかは、君も身を以って知っていよう。 それに相手方は所詮、数が多いだけの有象無象の寄せ集めだ。 君は無理をしない程度に寄り付く分だけ排除して、残りはヴィルヘルミナに任せてしまえばいいさ」
 ダークエルフの女戦士は、ニャゴの気を楽にしてやるため、そんな言葉をかける。
「ワタシ、今日はいっぱいいっぱい、がんばっちゃいますからね! でびゅ~戦ですから勝ちたいっていうのもありますが、ニャゴさんがおうちに帰れるように、ね!」
 ヴィルヘルミナも、ニャゴが想像していた死徒とはまるで違う、生気溢れる表情と言葉でニャゴを元気付ける。
「・・・そうだな。 よろしく頼むよ、ヴィルヘルミナ」
「がってんだ!」

「・・・どこでそんな言葉覚えた?」
「パパが読んでいたご本です! 『向こう側』の、ビンボーハタモトノサンナンボーってヒトの話なんですけど、ワタシには難しくって、ほっとんど読めませんでしたぁ!」
「ヴィルヘルミナ、それは元気良く言うことではない」
「あうぅ・・・怒られちゃいました」
 控え室の張り詰めた空気は薄らぎ、いい意味で程よく弛緩したムードに包まれる。 だがそれも、会場入りを誘導する魂魄の入室によって中断させられる。
「さて、そろそろ時間だ。 今更後戻りは出来んしさせぬが、宜しいかな、ニャゴ=キング殿?」
 両手で膝を叩いて勢い良く立ち上がり、ニャゴは呼び掛けに応える。
「応ともさ! 『向こう』の言葉に曰く、『当たって砕けろ』だ!」
「砕けたら痛いですよぅ! ワタシは砕けないようにがんばりまぁす!」
「あっぶねぇ! こんなとこでぶんまわすなぁ!」
 鋼の如く鍛え上げた鬼人すら一撃の下に両断するヴォーダンの豪斧をぶんぶか振り回すヴィルヘルミナをニャゴは諌め、二人はいざ戦地へと歩を進める。

美死姫の初陣


 本日の闘者を出迎える、「饗宴」名物のひとつであるキエム候の闘者紹介が闘技場に響き渡る。
「可憐なるその身は、かの髑髏王渾身の新たな最高傑作! 今宵、ヴォーダン神話が再来の時を迎えるのか! 髑髏王軍、ヴィルヘルミナ!」
 豪斧を高らかに掲げ、観衆の歓声に応えつつ戦地入りするヴィルヘルミナ。
「何故に訪れたのか? 何故に饗宴に到ったか? 其れは分かりかねますが・・・皆様、彼は今宵のデザートでは御座いませんのでご注意を! 髑髏王軍、ニャゴ=キング!」
 どう評価したらいいものか、ナマが来るとは珍しい、アレ食っていいのか、そんな目線と食欲に晒され、やや所在なさ気なニャゴ。
 その二人を待ち構えるは、種族もサイズも様々な498の死徒と、その背後に鎮座する大甲虫、そしてその上に玉座を設え二人を見下す貴族様がひとり。
「相対するは・・・恐れ多くも『未来王』、何故その名を名乗るに到ったかは存じかねますが、その豪胆さを裏付ける理由は今宵明かされるのか! 未来王軍、ネーヴィケリス男爵!」
 どう聞いても罵声と怒号と野次しか聞こえてこない。 応援の言葉などひとかけらもない。 続けて未来王軍499の軍勢の紹介にキエム候が移ろうとしたところで、ネーヴィケリス男爵が唐突に叫びだす。
「観衆の皆様方、今宵、髑髏王が転落する瞬間をご覧頂くことになるだろう! この私が国内外よりよりをかけて集めたこの軍勢、いかほどの力を持つか、とくとご覧頂こうではないかァ!」
 請われてもいないのに叫びだすネーヴィケリスは、これまた請われてもいないのに勝手に自軍解説を始める。

「ありゃ唯の自慢したがりだな・・・つか、何でオレ、こんなことせなあかんのだっけ・・・?」
 どうでもいい自慢話が終わるまでの間、ニャゴは事の経緯を振り返ることにした。



 時は、数日ほど遡る。

「それで、反省してるのかしら」
「はい、もうしません・・・」
 全くもう、なんでこう昔から・・・と、幼馴染の奇行にボヤきだすメイレ。 その幼馴染、ディエルとしては、多少なりとも自分に非があるだけに黙って正座で反省するより他無い。 ラ・ムール王都マカダキ・ラ・ムール入国直後に見かけた喧嘩を見物しに、ディエルは村の年貢と幼馴染にして村長代理メイレを置き去りに足早に向かってしまった。 仔細は以前の記にてご確認頂きたい。 だが、それは性質の悪いことに「入国審査前」であり、「報告と実際の来都者に整合性が取れない」として年貢とメイレ、それと年貢担当レスミは完全に足止めを食ってしまったのだ。 袖触れ合うも他生の縁と人生初の王都での迷子を経てようやく入国門に帰ってきたディエルを待っていたのは、鬼人すら慄く憤怒の形相のメイレが繰り出す華麗なる村長代理ハイキックであったことは言うまでもなかろう。 レスミはただそれを役人スマイルで見守るのみ。

 反省の態度がようやく垣間見えたとしてディエルが開放されたのは、入国門に戻ってきてから1刻後のことであった。 拷問から開放されたディエルは正座を崩して胡坐をかき、メイレに話しかける。 1刻の正座などやんちゃ坊主時代の賜物か慣れたものなので、足が痺れるようなことはない。
「で、だ。 メイレ、お前はこの後レスミさんと一緒に年貢の話があるんだろ?」
「ええ、そうよ。 貴方も一緒に・・・来たところで、役に立たないわね」
「うっせぇ! ・・・だったら、その間にもう一件の用事、済ませてきて良いか?」
「そうすれば二人とも用事が終わればすぐに村に戻れるし、いいんじゃないかしら」
 もう一件の用事、ディエルはそのためだけに王都まで来たようなものだ。 その用件とは、現在ラ・ムールの統治を代行する仮王ネネ=アフ・ラ・ムール閣下へ謁見し、村へ大甲虫モドキが襲撃した時の事を再度報告すること、である。
「それじゃあ、えっと・・・これね。 アフ・ネネからの書状と、この前纏めた書簡」
「おう、サンキュー」
「その変な言葉、どうにかならないかしら。 くれぐれも、アフ・ネネの前で粗相の無いように。 頼むわよ」
 砂漠の陽光よりも痛々しく突き刺さる視線が痛いのだが、そんなことを言い出そうものならまた殴られるに決まっている。 仕方なくディエルは黙って頷くのみ。
「王城に着いたら、入口の番兵に書状を見せたら通してもらえるよう手配してある、と父様は言ってたわ」
「おう、分かった。 んじゃひとっ走り行ってくるわ」
「くれぐれも、くれぐれも、粗相はしないでね。 貴方は村の代表として謁見するのだから。 いいわね?」
「わーってるっつーの」
「それと・・・また変な騒動に首を突っ込むようなら、置いていくわよ」
「・・・わかった」
 メイレの視線も痛ければ、声も冷たい。 逆らったり茶化したら命が幾つあっても足りない事態になりかねない、と察したディエルはこくこく頷き、王城へ向かうことにした。

「まったく、いつまで経ってもそんなだから、放っておけないのよ」
 呟くメイレの言葉は、誰の耳にも入ることは無かった。


 王城は王都内部にあって一番大きな建築物である。 それだけあって、王城を目に見ながら歩けば、初めて王都に来るものでも王城には迷わず訪れることが出来る。 ディエルも其れに習い、特段迷うことなく王城へ辿り着く。 到着したディエルを見るなり、番兵が話しかけてくる。
「・・・ん? 何だ、また自称カー・マス・デバンか。 今日はオマエで3人目だ。 ほれ、とっとと行って帰ってこい」
 左目のせいで盛大に誤解されたが、番兵は素性を確認するでもなくディエルを王城に招き入れる。 王城の番兵としては、この15年ずっと同じ業務を繰り返してきたわけだから、そのへんはもう慣れたものである。
(ま、誤解されちまったが・・・まぁ話をする機会はあんだろ。 どんなことやってんのか見たいし、とりあえず受けてくるか)
 ディエルは、軽い気持ちで試験の間へ案内する番兵の後を付いて行くのであった。

 案の定、試験は失敗にて終わる。 そもそも王の証が収まる左目が開くことが大前提だが、今のディエルの左目はコロナを伴い開眼する意志を示さない限り、いかな方法を以ってしても瞼を開くことが出来ない。 それ故に、第一条件を満たせないため試験は終了、である。 また、ついでに王城が抱えているという宝剣双刀、陽光剣《ソル・エスパダ》と獅子刀《リオ・ムーク》も見せてもらう。 だが結局、所詮派手目な宝玉と塗装で誤魔化しただけの、神代の怪物を切ることなど到底適わない模造刀であることが確認できただけだ。 とはいえ、それを手にして子供のように喜ぶ事だけはしっかり忘れないディエルであった。 いそいそと包帯を巻きなおすディエルだが、そこで本当の用事を思い出す。
「あの・・・すんません」
「何だ、今更用事も無いだろう。 とっとと帰れ偽者」
「いきなりここに通されたんで、話す機会が無かっただけだよ。 オレはそもそもアフ・ネネに呼ばれてここに着たんだ。 それまで嘘だって言うんなら、この手紙持ってって確認してくれよ」
「はいはい、わかったわか・・・少し待ってろ」
 封筒に押された、王家の証印に気がついたのだろう。 ディエルを王城の外へ案内していた番兵は、取り急ぎ城の奥に駆け出し、やがて大急ぎで戻ってくる。
「閣下直々にお会いになりたい、とのことだ。さっさと来い」
「へいへーい」
 本物が試験に落ちるってどういう状況だろな、などとどうでもいい事を考えて気を紛らわせつつ、ディエルは番兵の後を追う。

 王城の中央に位置する、空位の王座を最奥に据えた謁見の間。 重大な政務が行われているわけでもないので、部屋の規模に対し人数があまりに少なく、閑散とした印象すら受ける。 あるいは、それは本来の主が座してないからかもしれない。
「遠路遥々、ようこそ王都へ」
 謁見の間におずおずと入ってきたディエルを出迎えたのは、物腰柔らかな女性の声。 現代ラ・ムール統治代行者、ネネ=アフ・ラ・ムールその人である。
「え・・・っと、その」
「畏まらなくて構いませんよ。 気を楽になさって下さい」
「は、はぁ・・・」
 代行とはいえ国家元首、一介の村落民が相対して畏まるなというのは無理な話である。 ディエルも例に漏れず、思考だけが高速回転し意識が追いつかない状態である。

 正直なところ、ディエルはこのときのことは緊張のあまりろくすっぽ覚えてはいなかった。 書簡を渡すこと、自分は埋まっていたと主張すること、身の証を立てずにやり過ごすことは辛うじて忘れずにいられたが、それすらも本当に出来ていたかどうか定かではない。
「此度は災難で御座いましたね。 貴方も、お友達も、村の皆様も、息災で何よりです」
 そんな言葉をかけられたのを、何となく覚えているくらいであった。 その後どうやって王城から出てきたかも良く覚えていない。

 一介の村落民が立ち去った後の、謁見の間。
「して、彼の結果は」
「は。 左目は疾患により閉じ左眼球形成の可能性なし、という報告は誤りの無いものに御座いました。 また、模造刀にも年相応の反応を示すのみで御座いました」
「分かりました。 ご苦労様です」
 現場近くで埋まっていた彼の少年、原型すら留めぬほどに破壊された大甲虫、左目に生来の損失あり。 これだけの状況が揃い、誤りはなかろうと少なからず思っていたアフ・ネネにとって、この報告はショックであった。
「恐れながら閣下。 既に調査団を全土に派遣し15年、これだけ見つからないのであれば、そろそろ先例に倣い王自らお出ましになるのを待たれるより他無いかと」
「そうですね・・・あと戻っていない調査団は如何程おりますか?」
「は。 国内よりは全て第5次報告を受け取っております。 国外よりの第三次報告が滞っておりますのは、新天地方面のみに御座いますれば」
「分かりました。 現在王都に駐屯している調査団はそのまま待機。 活動中の各団については、現在の状況を取りまとめ至急王都へ帰還するよう伝令を。 報告を基に、各団代表と協議した上で、今後を決めることと致しましょう。 早急に手配の程、宜しくお願いします」
「畏まりまして御座います。 直ちに、仰せのままに」
 カー・マス・デバン自らの名乗り上げ以外に役目を終える術を失った調査団は、そんなことは露ほどにも思うことは無く、今日もまだ見ぬ王を探し、当ての無い旅を続けている。

「ふぃぃ~、緊張したぁ~」
 深く深く溜息をつき、緊張から開放され緩みきった声を上げるディエルを迎えたのは、まもなく暮れゆく夕焼けの日差しと
「締りの無い顔をしないの。 さ、帰るわよ」
 わざわざ出迎えに来たメイレであった。
「何だよ、入国門のあたりで待ってりゃ良かったのに。 どうせ乗ってきた御者に乗って帰るんだから」
「・・・さっき、貴方が自分で何をしてくれたか、理解できていないようね」
「はいすいません一刻も早く入国門へ向かいましょう」
 番兵が携える槍よりなお鋭いメイレの視線がディエルに突き刺さる。

 二人並んで、王城を背に歩き出す。
「王城ではどんな話をしたの? ご挨拶とか、粗相の無いように出来たんでしょうね?」
「あ、あぁ・・・多分」
「多分、って何よ・・・はぁ、付いていけば良かったかしら」
「仕方ないだろ。 だって王様だぜ?」
「根が不真面目だから、いざという時にきちんと出来ないのよ」
「へいへーい・・・ったく、なんで王都に来てまで説教されなきゃあかんのだ」
「その必要があるだけのことをしたから、ではなくて?」
 そんなことを話している二人の前に、大きな影が射す。 ようやく見つけたぞ小僧、そんな言葉を発した影の主は
「げ、さっきの!」
 先にディエルが関わった喧騒の大元、鬼人の粗暴者であった。 先程ディエルに気圧された事がどうしても納得できず自棄酒を呷った所でのご対面だ。
「メイレ」
「な、何?」
「アイツが用があるのは俺だけだ。 お前はいいから入国門に行け」
「何言ってるの? そしたら帰れなく」
「偶には俺の言う事を黙って聞け。 嫌な予感がする。 日が落ちて1刻経っても戻ってこなかったら、御車に乗せてもらって一人で村に帰れ」
「貴方、何を言って」
「黙って聞けと言った。 いいから行け。 お前に何かあったら、俺は村長さんにどんな顔で侘びに行けばいい?」
「・・・うん」
 生まれてからずっと一緒に村で育ってきたディエルの、今まで一度も見たことの無い「漢」の表情。 メイレはただ、その言葉を信じて、入国門へ向かう。

「待たせたな、デカいの。 また赤っ恥かきに来たのか?」
 鬼人の男は、呷りに呷った赤ら顔を更に怒りで赤く染め、手にした得物、ヒトなぞ易々ミンチに出来そうな戦鎚を振り回し、唸りを上げる。 その時、空間が歪むのを、ディエルは感じた。
「ほらな、やっぱり。 嫌な予感がしたんだ」
 ディエルと鬼人は、瞬く間に地面、否、突如発生した「小ゲート」に、抵抗する余地も暇も与えられることのないまま、一瞬で呑まれた。 突如感じる浮遊感。 ディエルとしては、降って湧いた浮遊感よりも、落ちる最中にどこからか、試練だ、試練であれば仕方ありますまい、そんな話が聞こえたことの方が、よっぽど気になっていた。

未来王、死都へ


 浮遊感は、突如「引っ張られる」感覚に変わる。 流石は猫人の感覚で、何とか姿勢を制御し地に降り立つディエル。 少し離れたところで、恐らくは一緒に呑まれた鬼人だろう、土煙を上げて地面に激突するのが見えた。
「うぉえっぷ・・・何だ、今のは」
「恐れながらカー・ディエル、『小ゲート』に御座いますれば」
「今のがゲートか・・・ウチに来た『向こう側』の人たちも、あんな吐き気を味わって『こっち』に来てんのか」
「いえ、『大ゲート』は10・・・11神の御力にて、次元境界面が極めて安定的な断絶と連結を形成しておりますれば、斯様のようなことは御座いませぬ」
「・・・よくわかんねぇけど、つまり『向こう』と『こっち』を行き来するのは吐き気はないって事なんだな」
「左様に御座いますれば」
 見知らぬ土地でも、小ゲートに飲み込まれても、神霊コロナはどこまでも随臣として付いてきていることに、ひとまずディエルは安堵する。

 だが、場所は芳しくは無かった。 ディエルや鬼人が墜落したあたりは、今まさに「祭り」の前哨戦の最中であった。
「な、何だぁ!?」
 地鳴りのような音を立てて迫り来るものを見れば、ある者は首が無く、ある者は生物としては明らかに歪な造形をしており、ある者は宙に浮ぶ甲冑である。 あんな小娘一匹に我らが討たれるなど有り得るものか、老いたり髑髏王、そんな怒号が迫ってくる。 更に厄介なことに、特段身を隠す場もない平地、多少離れたところで戦鎚振りかざす鬼人がこちらを発見するのにも時間はかからなかった様だ。
「・・・ひょっとしてここは」
「ご推察の通り、忌々しき、唾棄すべき死地、スラヴィアに御座いますれば」
 嫌な予感、此処に極まれり。 そう表現するより他ないディエルであった。

 そして、先ほどよりの物騒な怒号がディエルの眼前まで迫ってきた。
「・・・む? これは・・・今ここは『饗宴』の前哨戦の最中。 この時間に表に出ているということが」
「どういうことか」
「分かっておろうなァ!」
 準備運動とばかりに死徒の小規模集団がディエルに迫り来る、が。
「さてっと・・・流石にこんな所で」
 ディエルは左目を隠す包帯を解き
「死ぬわけには」
 左目を開き、左腕を振りかぶる。
「行かないよなぁ!」
 勇猛なる覇気を乗せた獅子牙《ジンガ・ブレザ》のひと薙ぎ。 有象無象の死徒では、例え群れを成そうとも耐えられるはずも無かった。

 と、ここまでは良かった。 ここはスラヴィア、死徒の国。 保有兵力という意味では他国の追随を許さないだけあり、一握りの集団を潰した程度で戦況が変わるはずも無い。
「どんだけいるんだぁ!?」
 先ほどの群れの何倍、何十倍という規模の集団が、先遣隊の全滅を感知し、目下の危険要素を排除するために襲ってきたのである。 迫り来るリビングメイルを解体し、遅い来るキメイラゾンビを再度分解し、乗っ取りを狙う悪霊魂魄を祓い、アンデッドヒューマンを叩きのめす。
「あっちもあっちで大変そうだが、ヨッパライにかける温情も義理もなし、放置でいいだろ」
 暴力に任せて弱きを虐げ暴利を貪る者に明日を生きる資格なし、確かカー・ハグレッキもそんなようなことを言っていた気がするので問題ないだろう。 ディエルはそう結論付けて、身を隠せそうな場を探しつつ、死徒の群れのド真ん中を突っ切る。

 やがて木立を見つけ、持ち前の俊敏さと椰子の木登りで鍛えた木登りテクでするすると大木に登り、太枝に腰掛け幹に背を預け一息吐く。
「・・・『小ゲート』に放り込まれて気がついたらスラヴィア、夜ド真ん中、眠ぃが寝たら確実に次起きたら俺ゾンビ、頼れるのは生身と獅子牙だけ。 これは主ラーが俺にラ・ムール史上初のゾンビ王になれっつってんのか」
「恐れながら、これも試練に御座いますれば」
「まさかと思うが、試練って言えば何でも許されると思ってないよな」
「滅相も御座いません。 ですが、今ここで憎きスラヴィア貴族共やモルテを漏らさず討ち果たし、スラヴィア全土よりこの忌々しい腐臭を振り払えば、主ラーもお喜びになるかと」
「コロナちゃん、無茶極まりない事をさらっとゴリ押そうとするのは止めようね」
 気楽に会話するその足元では、死徒の群れが相変わらず危険因子を躍起になって探し回っている。
「このまま朝までやり過ごすしかないか・・・」
「モルテを討てばそれにて終いで御座います」
「オマエ一人で行って来い」
「何故にで御座いますか!?」
 コロナにアンチスラヴィアスピリッツを植え付けた王をぶん殴ってやりたい気分満点のディエル。 そんなひと時の安息は、豪打の音声と倒れ行く樹木の軋みに遮られる。
「うぉあ、っとと!」
 倒れゆく木から飛び降りたディエルは、「見つけたぞぉ!」と戦鎚を振り回して迫る鬼人が、
「うおりゃぁぁぁあああぁぁぁ!」
 という場違いに可愛らしい怒号と共に、綺麗に頭の頂点から股間まで一直線に両断される、その一部始終を目撃した。
(今のが、前にウチに泊まりに来てたヒトが言ってた『マッコウカラタケワリ』ってやつか!!)
「さて次はアナタですね! ぐむむ・・・猫耳かぁいい・・・違う違う!」
 こちらのナリを見て思うところがあるようだが、頭を振って思考をかき消しているようだ。 しかし、可愛らしいナリをして、鋼の塊のような斧を振り回し、鬼人を一刀両断した相手だ、と認識済みのディエルは、少女の一挙手一投足から目を離さない。 隙を見せれば鋼の塊をその身に叩きつけられ、形が残ればいいほうだ。
「さぁさぁ、いざじんじょ~に、しょぉ~ぶ!」
 とても二本足から繰り出しているとは思えないほどの爆発的な推力による突進と、周囲の大木すらまるで意に介さず振り回される豪斧。
(あんなの受止めるなんて無理だろ!)
 後にディエルは、「猫人でなかったら、この身に力無ければ間違いなく死んでいただろう」とこの時の事をを振り返ったという。

 抗うことなど不可能な暴力の暴風を全速力で避け続けるディエル。 だが、ディエルは王の証持つ身とはいえ結局はヒト、活動し続けるにも限界がある。 一方の暴風の目であるところの死徒の少女は、陽光射さぬ闇にある限りいつだって全力全開。 日が昇る前にまだ刻を要する今、この差は決定的である。 意を決したディエルが左目の力を解放しようとした、その時
「お止めなさい、ヴィルヘルミナ。 知らずにスラヴィアを訪れただけのお客人に、してよい出迎えではありませんよ」
「はわわ!? で、でも『力の残滓を持つ者は残らず狩って遺恨を絶て』って!」
「貴女には、生ある身の彼が、討ち果たした貴族の力で動いているように見えるのですか?」
「じー・・・はぅあ!?」
 どうやら指摘を受けた今になってようやく、ディエルがナマモノであることに気付いたらしい。 少女が先ほどまでの勢いそのままにぺこぺこと謝罪する。
「とりあえず、状況を説明してもらえると助かるのですが」
 何となくだが、目の前の少女より、止めに入った長身痩躯を黒色の鎧で包んだ女性に事の仔細を確認した方が良かろうと判断したディエルは、女性に確認を求める。

 とりあえず分かったこと3つ。
 偶然ながらスラヴィア名物「饗宴」の前哨戦の真っ只中に落ちてしまったこと。
 ヴィルヘルミナと呼ばれた少女が「単身勝負」であることを逆手に取り敵勢の裏をかき首魁を狙い討った後、ルールに則り敵勢の残党狩りに入ったこと。
 残党狩りの最中に遭遇したため相見えることになってしまったこと。
 つまるところ、ただの「誤解」だったわけだ。 誤解でカラタケワリの憂き目に会った鬼人は、あのまま放置しておけば腐敗するなり貴族が拾うなりするだろう、とのことなので放置しておくことにした。
 無事和解を果たした三名は、今回の戦果を報告する、ということでヴィルヘルミナの家に向かうことになったのであった。
「・・・つか、人の耳もふもふして遊ぶな」
「えぇ~、いいじゃないですかぁ! もふもふで気持ちいいですよぉ! もふもふ♪ もふもふ♪」
「そっちは気持ちよくても、こっちは鬱陶しいんじゃぁ!」

 死徒であるところのヴィルヘルミナとダークエルフの女戦士(今更名に意味などない、として語らなかった)は、モルテの恩寵厚い宵闇でこそ動けるが、逆にラーの力が漲る日中は活動することが基本的に適わない。 逆にごく一般的なナマモノであり夜は寝なければ活動に支障が出るディエルとは生活サイクルが真逆ではあるが、ディエルが夜更かししてヴィルヘルミナに付き合ってやってることもあり、まぁなんとかうまく道中を過ごしていた。
「そういえば、猫人さんは、お名前なんて言うんですか?」
 急に問われ、ディエルは返答に窮する。 もし本名を名乗ってしまうと、今後の動向次第ではラ・ムールとスラヴィアとの間での国交問題となってしまう。 それは避けねばなるまいと思案するディエルは、昔家に泊まったとある旅人の話を思い出した。
「・・・ニャゴ=キング。 ニャゴと呼んでくれ」
 シッポノハエタメタルニンジャ、という良く分からない生き物を探しに来たという旅人の話に出てくる、猫人に良く似た巨人の名前らしい。 彼は無事に捜し求めていた生き物を見つけられたのだろうか。 そんなことを考えながら、ディエルもといニャゴは美しき死徒二名と、目的地であるヴィルヘルミナの生家を目指すのであった。

 特段問題無く辿り着いたヴィルヘルミナの生家に「で、っけぇなぁ・・・」と素直な感想を漏らすニャゴ。 さもありなん、ヴィルヘルミナは、スラヴィア全土に知らぬ者など居ない、髑髏王ヴェルルギュリウス伯爵のご令嬢である。 戦果の報告に異国の客人を伴い帰宅する旨を事前に聞き及んでいた伯爵は、客人の持成しを済ませ娘の帰宅を待っていた。
「さて・・・ニャゴ=キング君、と言ったかね」
「え、ええ・・・」
 正直、生粋のラ・ムールっ子であるニャゴは、この多種多様にして既に人種の数を超える種数を抱えるスラヴィアの、特に夜の住人には圧倒されっぱなしである。
「ニャゴ君。 君が望むなら、私が国外へ出る手筈の用意をして差し上げよう」
「マジでか!?」
 なんと太っ腹な、という一方で、何か腹積もりがあるに違いないと確信し二の句を待つニャゴ。 それを察してか、伯爵は愉快そうに表情を変え、「条件」を突きつける。
「実はな、我が娘ヴィルヘルミナが、先に君に迷惑を掛けてしまった折の前哨戦を以って、『饗宴』本戦への初の出場権を得るに至ったのだが、な・・・」
「それは、おめでとう御座います」
 外様のニャゴには「饗宴」の仕組みは良く分からないが、スラヴィアの夜の民としては栄誉あることなのだということは、ヴィルヘルミナの喜色満面の表情から良く分かっている。
「ああ、ありがとう。 じゃが、ヴィルヘルミナはな、その、なんだ・・・アレ、でな」
「アレ、ですか」
 そう、ヴィルヘルミナは、細身の体に恐るべき膂力を秘めた凄まじき怪物ではあるのだが、その一方、いわゆるひとつのおミソな部分については残念なことになってしまったようで、親も認めるアーパー娘なのであった。
「そうじゃ、アレじゃ! で、だ。 ニャゴ君は、まだ低級とはいえ貴族の端くれを一騎討ちで制したアレと相対し生き延びたと聞く。 そこで、だ」
「皆まで聞かなくとも、そこまで聞けば十分ッス。 娘のために一緒に『饗宴』に出ろ、ってことでしょう?」
「おお! そこまでしてくれるのかね! 私はせいぜい娘のために『饗宴』前の訓練を手伝ってはくれれば、と思っていたのだが・・・恩に着るぞ、ニャゴ君!」
(墓穴掘った!?)
 頭を抱えたところでもう遅い。 その晩の内に次回『饗宴』本戦に関する通達が広まり、舞台も人も、全てが滞りなく手配されることとなった。 せいぜいニャゴに出来たのは、衣装と武具の手配依頼と、「饗宴」に参加する上での簡単な確認事項の習得くらいなものであった。



「つまりは自爆、ってことなんだよなぁ・・・」
 ニャゴもといディエルは、事の顛末を振り返って、荒っぽい方向に考えすぎたことを今更改めて反省する。
「まぁ良いでは御座いませんか。 ここに集いし死徒どもを皆殺しに致しましょうぞ!」
 当初は「こんな腐臭がする空気を吸っては私まで腐ってしまいますれば」などと言って口を利こうともしなかったコロナだが、どうやら開き直って「カー・ディエルを焚き付けて悲願のスラヴィア打倒」へ方向転換を図ったらしい。 無論ディエルの態度は一貫してスルーだが。

「どうしたんですか、ニャゴさん? だいじょうぶですよ、二人でがんばれば、あんなのちょちょいのちょいです!」
「ああ、そうだな。 とっとと終わらせてしまおう」
 無駄に長く続くかと思われたネーヴィケリウスの演説は、499分の1を終えた時点で、死神モルテより「もういい」との鶴の一声を賜り打ち切られ、あとは死合の合図を待つばかり。 闘技場に設えられた時計が深夜の刻入りを示し、
「さぁ幕は今まさに開かれた! 今宵舞台に集いし演者達よ! 美しく! 誇らしく! 雄々しく! 舞い踊るがいい!」
 キエム候のお決まりの開始の口上と会場の歓声の中、今宵の「饗宴」が、幕を開ける。


 死合は、あまりにも一方的な展開であった。
 ヴィルヘルミナがヴォーダンの豪斧をひと振りすれば、10や15の死徒が一斉に砕け散る。 ニャゴも負けず劣らず、前に出て手近な死徒を爪牙に隠した獅子牙で砕き、ヴィルヘルミナの討ち漏らしを手早く始末する。
「なんなんだ! なんなんだ! この私が選りすぐった精鋭が、なぜこうも容易く!」
 精鋭などと嘯くが、所詮は三流貴族が金と非合法手段で寄せ集めた烏合の衆。 超一流の貴族が心血を注ぎ作り上げた最高傑作(と死徒にとって一番苦手な存在の代行者)とは、量で圧倒することも適わないほど遥かに質が違う。
「むぅ~、なんだか物足りないです! ねぇねぇニャゴさん、アレ、殺っちゃっていいんですよね?」
 嬉々としてニャゴに尋ねるヴィルヘルミナが指差すのは、ネーヴィケリウスの玉座がてっぺんに据えてあるデッド・メガクロウラー。 幕が開いて15分足らず。 既に、498の有象無象は、豪斧の暴風と爪牙の旋風が奏でる輪舞曲の中で、活動不能レベルで破壊済みである。
「舐めるなよ小娘がぁぁぁぁ!」
 露骨に怒りを露にするネーヴィケリウスは、デッド・メガクロウラーに突撃指示を出す。 爆音を上げて動き出すデッド・メガクロウラーだが、単身での打倒経験済みの二人にとっては何ら脅威ですらない。
「ちょいちょい、ヴィルヘルミナ、耳を貸せ」
「はいどうぞ!」
「ちっげぇよ!」
 手招きして顔を寄せるよう指示するニャゴに、文字通り「耳を貸す」ため耳を引きちぎり手渡そうとするヴィルヘルミナ。 コントとしか思えない光景に、観衆からどっと笑いが起こる。
「にゃごにゃごにゃご・・・」
「ふむふむふむ・・・わっかりましたぁ!」
 デッド・メガクロウラーの猛攻をのらりくらりと避けつつ、どうにかこうにかディエルは「耳を貸す」の意味をヴィルヘルミナに理解させて、作戦を共有する。
「さぁ~て、いっくぞぉ~~!」
 豪斧を水平に持ち直したヴィルヘルミナは、肩車の要領でニャゴを担ぎ、膂力任せのぶん回しを始め、迫り来るデッド・メガクロウラーに突き進む。
「ふん、まさかそんなことで私の最高傑作が・・・何だとぉぉぉ!?」
 唸りを上げ旋回する豪斧がデッド・メガクロウラーの脚部を前方より次々と破壊し、巨躯は前のめりにくず折れる。
「よし、第二段階!」
「がってんだ!」
 猫人ならではのバランス感覚で、移動は止めながらもなおも旋回を続けるヴィルヘルミナの両腕と豪斧の柄を伝い、ニャゴは豪斧の刃の上に立つ。
「第三段階!」
「たーまやー!」
 ヴィルヘルミナは豪斧の向きをニャゴごと水平から垂直やや傾き気味に傾け、豪快に蓄えた遠心力を運動エネルギーに変える、いわゆるひとつのフルスイングの要領でニャゴを天高く打ち出す。
「やりましたぁ! これがパパのご本に書いてあった『ぎゃくてんさよならまんるいほぉむらん』ですね!」
「概ね合ってるが間違ってる気がしないでもないぞぉぉぉ!」
 天高く舞いながらもツッコむ事だけは忘れないニャゴの雄姿に、観客席はもはや爆笑の坩堝だ。

「は、はは・・・何をするかと思えば、唯の大道げ」
「・・・よっと。 はろー、ご機嫌如何かな、『未来王』殿」
 この状況でもまだ尚玉座にしがみ付くネーヴィケリウスの眼前に、ニャゴが降り立つ。
「いやぁちょっと、貴方とお話したいことがありましてね」
 ニャゴの目的は、デッド・メガクロウラーを行動不能にしつつ、この腐れ貴族と相対することにあった。
「さて・・・なぁアンタ、ドクロのおっさんから聞いたんだけどよ。 このデカブツでやりたい放題やってるんだってな?」
「だから何だと言うんだ! 金品で屍骸を集めることの何が悪い! 死んだも同然のヤツを回収して何が悪い! 貴様のようなナマモノに、スラヴィアの価値観など分からぬわ!」
「ああ、わかんねぇな」
 僅かに数日だが、縁あって「本物」のスラヴィア貴族と寝食を共にした身。 外様のニャゴでも、貴族崩れと貴族の「品格」の差というもの位は簡単に見分けは付く。
「テメェの価値観がオレにわかんねぇように、オレの価値観もテメェにゃわかんねぇ。 そうだな?」
「な、何を言い出すかと思えば! そんなことは当然ではないか! 何故この『未来王』がナマモノの理解など」
「奇遇だねぇ」
 ニャゴは左手の爪をネーヴィケリウスの喉元に突きつけつつ
「実はさ、オレも」
 右手で左目を覆う包帯を手繰り
「未来王《カー・マス・デバン》っていうんだ」
 出来た隙間から、左目で腐れ貴族を一瞥してやった。

 直後、これで最後とばかりに発生した爆砕音と共に、デッド・メガクロウラーの胴体部が両断粉砕され、
「ばっかやろぉぉぉ! オレまで殺る気かぁぁぁぁぁ!?」
「あわわわわぁ!? ごめんなさぁぁぁぁい!!」
 大甲虫の粉々に砕け散った甲殻と共に闘技場の宙を舞いながら、それでもなおツッコむニャゴのソウルフルな姿に、闘技場は過去最高の爆笑の渦に包まれたという。

 本来髑髏王が望んでいたものとは大分違う結末ではあるが、それでもヴィルヘルミナが歴史的勝利を以ってデビュー戦を終えた、という事実は変わらない。 大爆笑と興奮に包まれた「饗宴」から一夜明け、ネーヴィケリウス天に召されるという報が大事になる前に、ニャゴもといディエルは伯爵が手配してくれていた御車に朝一番に乗り込み、スラヴィアを離れることにした。 なお、今回の勝利に際し褒章が出るらしいのだが、それについては所詮自分は外様だからと謹んで辞退し、利権を全てヴィルヘルミナに移譲しておいた。 さすがにスラヴィア土産は持って帰れない。
「ふぅ・・・これでようやく、一息吐けるか。 さて、ここからどうやって村に帰ろうかねぇ」
「何はさておき、取り急ぎこの腐臭渦巻く地よりお出になるのが先決かと」
「随分な言い草じゃないか。 え? たかが神霊の分際でさ」
「・・・な!?」
 自分以外乗合が居ないはずの御車、しかもディエルとコロナの隣に、妖艶しかして絶大な神力を放つ女性が佇む。
「はじめましてかな、今代ラ・ムール王。 私の事は、名乗らずとも分かるわね?」
 喉が詰まる。 息が詰まる。 本物の神力とはこれほどか、ディエルは戦慄を禁じえない。
「肩肘張らないでおくれよ。 ほんの土産代わりにイイコトしてやろうと思って、ね」
 そう言った途端、ディエルの座席に穴が開き、
「またかよぉぉぉぉぉぉ!?」
 残響音と共に、叫びは徐々にか細くなっていった。

『さて、これでよかったのかね。 アレ、アンタの代理じゃないのかい?』
『試練だ』
『はっはっは! アンタ昔っからソレしか言わないわねぇ!』
 神の意向を余さず理解出来るヒトなど、居るはずもない。

  • 説明不足で誤解を与えてしまって申し訳ありません。コメントにて補足を -- (書いた人) 2011-08-21 23:03:10
  • 「生ある者を殺めたことに対するペナルティ」について:今作では名も無き鬼人がヴィルヘルミナの手で唐竹割りになっておりますが、これについてはお咎めなしとしています。本稿掲載時点でマーダー・ペナルティについて言及している2作品と異なり、ディエルと鬼人はスラヴィア領民ではなく、理由はどうあれ饗宴の時間に外出しており、その上で前哨戦とは言え饗宴を実力行使にて妨害しているため、競技者により円滑な進行を護るため実力を以って排除する、という名目があるためです。 -- (書いた人) 2011-08-21 23:10:02
  • なお、ディエルは事後認証ではありますが「競技参加者 ニャゴ=キング」として登録されたため、饗宴内の極当然な戦闘行為と看做され、こちらもお咎めなし。都合の良過ぎる話で申し訳ないのですが、そういうことでお願いします。 -- (書いた人) 2011-08-21 23:12:43
  • 読み進んで行くとキャラや場面が変わっていくので二作三作くらいを続けて読んだ様な濃さでした。夜から出ることはできなくても他国から来た者には大らかなスラヴィアの人達にえもいわれぬ温かさを感じました。ディルは一生試練に見舞われそうですね -- (ROM) 2013-03-10 12:27:49
  • 確かにこれ一本に二話入っているようなというか入っているボリューム。色々登場する賑やかさだけどパパギュリウスの一挙一動が微笑ましい面白かった -- (名無しさん) 2015-02-04 00:19:04
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最終更新:2012年05月03日 14:11