【ペンポプの樹】

勤め先の8月シフトを見ると、無駄に長いお盆休みがあった。

特段の用事も無いのにこんな長い休みをもらっても意味が無い。

上司に相談するも、たまには休めと言われたので大人しく休暇を取る事にした。

盆休み前の週に、下宿先の大家さんから連絡があった。

下宿の大規模改修工事を行なうので、1週間ほど部屋を空けてくれとの事だった。

急に言われても困ると言ったが、半年前に通知していたと言い返された。

結局、お盆は下宿から出てすごさねばならなくなった。

ムシャクシャしたので、異世界に行く事にした。

チケットは、とある理由で簡単に取れた。

だから今、ミズハミシマに来ている。

ゲートのある街にて、初心者でも乗れるという旅用の乗用竜を借りた。

ラクダっぽい外見をした、ちょっと可愛いヤツだ。

それで街道をひたすら西へ向かう。

別に宛てがあるわけではなく、何となく向かっただけだ。

丸一日でアハルビからレキサへ抜け、ニヒギハタへとたどり着く。

昼食はゲートの街で購入した弁当。

レキサという草原のど真ん中にある小さな集落で休憩してそれをいただく。

弁当の蓋を開けてみれば、おそらく日本人が企画したであろう幕の内弁当だった。

ご飯の上にチョコンとのった梅干しのような赤い実をくちに運ぶ。

梅干しだった。

そもそもこの世界に米はあるのだろうか。

そんな事を思いながら弁当を完食し、次の街を目指す。

陽も暮れかける頃にニヒギハタへとたどり着く。

泥塗りの建物が立ち並ぶ商店街の一角で、ウドンそっくりの麺類があったので夕食でいただく。

噛んでみると随分とジューシーな味わいがあったので驚いて麺を見てみると、全て細長い魚だった。

つまりこれは、魚介類のスープだったのだ。

単独で注文した時に、店員の鱗人が怪訝な表情を浮かべた理由をようやく理解できた。

慌てて主食にあたるメニューを注文しようとするも、メニューの全てが理解不能だった。

翻訳の加護の限界を感じつつ、名も知らぬ魚介スープを食べ続けた。

何とか宿を探しあてて一泊。

翌朝、宿の前の広場にて散歩や体操を楽しむ人たちを横目に、絵を描いている人を見かけた。

ホビットか何かなのだろう。何にせよ小人だ。

後ろにまわって絵を見ると、キャンバスにひょろ長い茶色の縦棒を一本描きこんでいるだけだった。

いったいそれは何の絵かと尋ねてみると、小人はうるさそうに「ペンポプの樹だ」と言った。

そんなものはこの広場には見当たらないと言うと、小人は随分とウザったらしい口調で言い返してきた。

曰く、ペンポプの樹というのは、風景画を描く時に最初にキャンバスに描くものだというのだ。

それでなんとなく、キャンバスにアタリをとっているのかと理解した。

予想通り、小人は次にペンポプの樹と直交するグランドラインをキャンバスに真横一文字に描いた。

それにしても、何故ペンポプの樹というのだろうか。

広場の屋台で買ったクレープとも何ともつかない不可思議な食べ物を買って即座にほおばりつつ、

小人の絵描きの絵をずっと眺めていた。

タヌキの人が屋台の店主なのだが、評判は上々のようだ。

昼の少し前に小人が呆れて話しかけてきた。お前のような暇人は生まれて初めて見た、と。

それはそうとペンポプの樹とは何かを尋ねてみると、小人は失笑しつつ言った。

それはかつて世界中で見られた、かのエリスタリア世界樹に匹敵する高さを誇る樹なのだという。

ゆえに世界中で乱伐されて、今ではエリスタリアと新天地の奥地にしか残っていないのだと。

世界樹があくまでも巨大で雄大なのに対し、ペンポプの樹はひたすら真っ直ぐ成長するのだという。

ゆえに絵の中で最初に引かれる縦棒を、ペンポプの樹に喩えているのだそうだ。

建材として優秀だから、新天地の奥地で伐採して船で世界中に輸送しているらしい。

その船が集う港町も、ペンポプというのだそうだ。

行ってみたいものだ。そう呟くと、アンタは暇そうだから行けばいいじゃないかと小人に小馬鹿にされた。

しかしそうもいかない。今回はたまたま長期のお盆休みなのだ。

これがあければ再び休みの無い仕事の日々が始まる。

夕食に例のうどん風魚介スープと、貝肉のステーキ、何かの穀物で作ったパンらしき食べ物をいただく。

若干粗末でかなり古風な宿に戻りもう一泊。

翌朝、ニヒギハタを発ち、来た道と逆をたどってゲートの街へと戻る。

陽が暮れる頃にゲートの街にたどり着く。

すると、見覚えのある地球人が呼び止めてきた。会社の上司だ。

「いやあ、待っていたんだよ」

吹き出る汗をべしょべしょのハンカチで拭き取りながら上司が紙を手渡してきた。

「タイミングがあわなくて申し訳なかったね。人事異動があったんだ」

紙を見ると、どうやら人事異動にてミズハミシマ支社への異動が決まったらしい。

「どうやら君は、こちら側とは相性がいいようだね。いや、安心したよ」

上司はそう言うと、ゲートの向こうへと姿を消していった。

ミズハミシマ支社だって?

あんな小さな旅行代理店がいったい何を言っているのだ。

まあ、仕事ができれば異世界だろうが何だろうが変わりは無い。

むしろ、フラフラと旅に出るには丁度いい環境かもしれないな。

それにしても。

自分の人生の、ペンポプの樹が見えない。





  • >自分の人生の、ペンポプの樹が見えない。   本当に一人で何かを成そうとしないうちは生えてこない樹とか…? 美味しそうな食事はじめ、色々な要素がクドくない程度で散りばめられているのは上手い -- (名無しさん) 2013-08-17 22:33:56
  • 気軽に異世界に旅行にいけて楽しめるって交流世界の理想の姿のひとつだなぁ -- (名無しさん) 2015-10-10 13:12:42
  • 淡々と進みながらもやってみたい異世界ぶらり旅がシンプルかつ分かりやすく描写されていていいですね。普通に交わされる会話とペンポプの樹の話には感心するばかり -- (名無しさん) 2017-01-15 18:23:12
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最終更新:2014年08月31日 02:11