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【蠱惑のグルメ】

「飯にするか・・・」
樹木と赤煉瓦の壁が混然一体となったエリスタリアの表玄関エリューシンの路上で、俺はとうとう我慢の限界だとばかりに空腹を訴えはじめた腹の虫に対して白旗を上げることにした。
俺は東京で個人輸入の仕事をしている。
2000年代に入って異世界への一般の渡航が許可されるようになると日本ではちょっとしたどころではない異世界ブームが起きた。
とにかく異世界の品物ならなんても手に入れたいと言う層が現れ、それ相手の商売が大繁盛した。
美術品からまったく役に立たないガラクタまで、異世界の物であるならなんでも買い手がつくという今からして見れば異常な状況が数年続いた。
しかし、それから10年も経つとそういう層もそれなりに目が肥えてくる。
調子に乗ってガラクタを売りつけていたような人間は今ではまったく相手にされなくなり、当初からしっかりとした物を扱っていた人間が今でも生き残っている。
俺もどちらかと言えばそっち側だと自負しているし、だからこそはるばる世界の果てどころか世界の境界を越えてエリスタリアという国まで来ているわけだ。
しかし、今回はあまり調子が良くない、これという琴線に触れる品物には巡り合えず、とりあえず気分を変えるためにも飯にすることにした。

「しかし、どこで飯にするべきか・・・」
俺は改めて周囲を見渡す。
新都エリューシン、エリスタリアでもっとも新しくもっとも開放的なこの都市で、俺は何を食べるかで悩む。
ラ・ムールドニー・ドニーミズハミシマならこれまで何度か足を運んで土地勘もあり馴染みの店もあるが、このエリスタリアは今回が初めて訪れる国、正直誰かにガイドを頼むべきだったと後悔している。
港の近くならこの街に貿易でやってくる異世界の様々な国の人間相手の店が散見されたがこの辺りではそうもいかないようだ。
「港からここまで結構な距離歩いたが食べ物屋なんてほとんど無かったよなぁ・・・」
ミズハミシマから高速船で早朝に到着してから太陽が真上に来る今まで港から大通沿いに歩いてきたが、その間に食べ物屋らしき店はほとんど見かけることが無かった。
「うーーーん・・・港のほうまで引き返すか?いや・・・ん?あそこにあるのはもしかして・・・・」
港のほうに少し引き返してみようかと思案していると視界の中に料理屋っぽい看板と店構えが目に入る。
「とは言っても自信は無いなぁ・・・」
看板に書かれているのは恐らくエリスタリア文字だろう、とするとこの店はエリスタリア料理の店だろうか?
「エリスタリア料理はあまり評判がよくないって聞いたんだが・・・しかたない、ここにしよう!」
万が一食べ物屋で無ければ謝って出ればいいだけだ、俺は誰に言うでもなく自分に言い聞かせるように言ってその店に入った。

「いらっしゃいませ~」
俺が店に入るとすぐに明るい声で一人のエルフの少女が接客に出てきた。
「!?」
俺は思わずそのエルフの少女の姿に俺は度肝を抜かれる。
「お客さんおひとりですかぁ?」
「あ、あぁ・・・」
「では、こちらへどうぞ~」
そう言って俺を店の中へと案内するエルフの少女はほとんど裸に見えた、正確にはやたらと布面積の少ない意匠の服で、それはまるで裸エプロンのような姿だった。
「入る店を間違えたのか俺は・・・?」
飯屋だと思ったが、もしかしてここはそっち系の店なのか?
違うそうじゃない!俺は飯が食べたいだけなんだ!

「どうぞこちらに座ってお待ちください」
そう言って俺はやたらと豪勢な席に案内される。
「まいったな・・・完全に入る店を間違えたぞ・・・」
明らかに俺が想像していた飯屋のソレではない、この雰囲気はどちらかというと別のほうの食う系の店だ。
「店を間違えたと言って出よう・・・」
もしかしたら多少の金銭を席代ということで取られるかもしれないが、それは今後のための勉強代になったと覚悟して席を立とうとした時だ。
「お待たせいたしました!こちらが当店のお品書きになります」
そう言って、これまたやたらと生地が薄く体のラインが透けて見える服装のエルフの少女が、何やら色々書かれたプレートを持ってやってくる。
なんともこちらの考えていることを見透かしているようなタイミングだ。

「ありがとう」
ついついプレートを受け取ってしまい、しまったと心の中で呻き、さらに俺は致命的なことに思い当たる
「まいったな・・・読めん・・・」
異世界では耳で聞く内容はどういう理屈かはまったくわからないが、そのまま日本語に変換される
しかし、文字に関してはその対象外らしく今までにも何度もそれで苦労した経験が脳裏に蘇る。
「お客様、文字がお読みになれませんか?」
プレートを持ってきた給仕らしき少女がこちらの表情から察したのか尋ねてくる。
「ラ・ムール語とドニー語なら少しはわかるんだけどね・・・」
俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「それでしたら私がかわりにお読みいたしましょうか?」
「じゃあ、お願いするよ」
一瞬メニューが読めないからという理由で店を出ようかという考えが頭に浮かぶが、それさえ予想していたかのように給仕の少女がメニューの代読を申し入れてくる。
こうまでされたらもうお願いするしかないだろう。
まいったな・・・いつのまにか注文する流れになってしまった・・・

「こちらは五色葉のサラダで、こちらは赤蜜林檎の繭蒸しです」
給仕の少女はまるで唄うように美しい声でメニューを音読していく、それは大変素晴らしくそれだけでいくらかの料金を払ってもいいとさえ思えたほどだ
しかし、彼女が読み上げてくれたとは言っても、それだけだといまいちどういう料理かはわからない
「以上ですが、ご注文されるものはお決まりになりましたか?」
「いや・・・まいったな・・・正直なんとなくはわかるんだが具体的にどういう料理かわからなくてね・・・・」
「そうですか・・・」
自分の落ち度であるかのように彼女がシュンと肩を落とす。
「いやいや!君が悪いわけじゃないんだ・・・そうだ!君のオススメを注文することにしよう!」
そうだ、こういう時はそのお店のオススメを注文すればいいじゃないか!

「私のオススメですか?そうですね・・・」
彼女は精緻な工芸品のような指先でメニューを幾筋かなぞり「私のオススメは五色葉のサラダと虹彩糖芽のステーキですね」と答えた。
「よし!じゃあそれをお願いするよ」
正直自分では何が何やらメニューを見ても皆目見当がつかないのだから彼女のオススメを素直に頼むことにする。
「かしこまりました。それではしばらくお待ちください」
そう言って彼女は注文を厨房に伝えるために店の奥へと戻っていった。
「弱ったな・・・店を出るはずがいつのまにか注文をしてしまっていた・・・まるで魔法にかかったようだ・・・」
とりあえず従業員の服装はやたらと煽情的だが、当初思っていたような店ではなくここは飯屋で間違いは無いのだろう。
安堵すると急激に喉が渇いてきた。しまったな飲み物を注文し忘れたなと考えながら周囲に目を向けるとテーブルの上に置かれた水差しが目に入る。
「これは・・・サービスで置いてあるのか?中は・・・水・・・だよな?」
水差しの蓋を開けて中に入った液体の臭いを嗅ぐ、ほのかに柑橘系の香りがするがアルコール臭はしない。
「まぁ、無料じゃなくても後でお金を払えばいいか・・・」
俺はたとえこれが有料でも仕方ないと割り切り、水差しからコップに水を注ぎ入れるとそれを一気の飲み干す、口に含んだ限りはそれは紛れもなくほのかに甘みのある水で、渇いた喉を滑るように潤す

「遅いな・・・」
料理を注文してけっこう経ったと思うがいまだに料理は運ばれてこない。
「先にサラダくらい来てもいいと思うんだが・・・」
そう言いつつすきっ腹をごまかすために何杯目かの水を流し込む。
他に注文が殺到している、という風には思えない。
なぜなら店の中は自分以外に客がいないのではないかというほど静かだからだ。
「簡単な料理かと思ったんだけど、けっこう手間のかかる料理だったのかな?」
サラダとステーキ、普通に考えるとそんなに手間とは思えなかったが・・・
「ご注文の料理をお持ちいたしました」
先ほどの給仕の子がそう言って料理の皿を持って現れたのは、私がそれからさらに数杯水を胃袋に流し込んだ頃だった。
「こちらが五色葉のサラダで、こちらが虹彩糖芽のステーキになります」
そう言って彼女はテーブルに大皿を二つ置く、よくあるファミレスのサイズを想像していたのだが、これは想像していたより量がかなり多い、そして菜食が基本のエルフの国エリスタリアであるのだから当然どちらも野菜だ、うーーーん・・・野菜と野菜がダブってしまった・・・・

「まいったな・・・これなら片方だけで十分だったかもしれないぞ・・・」
思わず口に出てしまったが、野菜かぶりを嘆くのはステーキを食べてからでも遅くない、見た目こそ巨大なエリンギのようにしか見えないが食感はまるでステーキかもしれないじゃないか!
「それでは・・・・・あれ?」
ここで、ようやく俺はこの料理の皿が置かれたテーブルに、重要なものが足りないことに気がつく。
「あの・・・」
「はい?」
俺は料理をテーブルに置くと、なぜかそのまま軽い身のこなしで俺の横にピッタリと座った給仕のエルフさんに疑問をぶつけることにした。
「すみません・・・ナイフとフォークってありませんか?」
そう、このテーブルの上にはナイフとフォークが無いのだ、俺の知識が足りないだけでエリスタリアでは手掴みでの食事が当たり前なのかもしれないが、とりあえず聞くしかない。

「はい、ではサラダとステーキどちらからお召し上がりになりますか?」
「あ、えーっと・・・」
微妙にこちらの尋ねたこととズレているように思うが、俺はテーブルの上に並んだ二皿に交互に視線を向ける
「どっちもウマそうだな・・・・」
艶々とまるで宝石の山が乗っているような色とりどりのサラダと、空腹からかやたらと腹の虫を刺激する肉厚で温かな湯気を立ち昇らせているステーキ、どちらも捨てがたい。
「しかし、ここはサラダからだよな・・・」
俺はまずはステーキの前にワンクッション置くべきと判断してサラダを食べることにする。
「サラダで」
「わかりました」
彼女はそうにこやかな笑顔で言うと手にしたナイフとフォークを使ってサラダをパクリと自分の口に入れた。
「・・・・ん?」
俺は正直その流れが理解できず思わずサラダの皿とモグモグする彼女の間を何度も視線を往復させる。
彼女の手にはいつの間にか木製らしきナイフとフォークが握られている。
おかしい・・・これは俺が注文した料理で俺が食べる料理だよな・・・・
そんなことを考えていると目の前に彼女の顔があった。
「え?」
そのまま彼女と俺の唇が重なる、おいおいおい!やっぱりここはそういう店なのか!?

ぷっくりとした柔らかな唇が俺の唇に重なり、彼女は俺の口の中に舌を挿し込むと、そのまま俺の舌に彼女の舌を絡ませる。
「んんんんんんん!?」
俺はあまりのことに頭を後ろに下げようとするが、その行動を見越したように椅子の背凭れが壁となってその行動を阻む。
「プァッ・・・はい、これで大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのかを彼女に尋ねるどころか予想だにしない突然のキスに俺はすっかり気が動転してそれどころじゃない。
「突然失礼しました。大変驚かれたと思いますが、これでお客様が当店の料理を食べても問題なくおいしくお召し上がりになっていただけます」
ん?どういうことだ・・・・?
「当店の料理はエリスタリアの外から来られた方には刺激が強く、これまでお召し上がりになられた方の中には体の調子を崩される方もおりました。ですので、こうしてお客様に当店の料理が問題なく食べていただけるようにする必要があったのです」
つまり、さっきのディープキスは料理を食べるための準備ってことか・・・・?そんなバカな!?

「それではどうぞ、サラダをお召し上がりください」
なんとか口に水差しの水を含み、先ほどの感触を強引に消そうとする俺に彼女はそう言って自分の持っているものとは別のナイフとフォークを手渡す。
「それではどうぞって言われてもな・・・・」
正直さっきまでうるさかった腹の虫もすっかりどこへ行ったのかというような気持ちではあったが、ナイフとフォークを渡されて仕方なくサラダを口に入れてみる。
「・・・・・旨い!!」
なんだコレは!めちゃくちゃ旨い!サラダと言ってもドレッシングはかかっておらず、わずかに塩が振りかけられているだけのそれがめちゃくちゃ旨い!俺が空腹ということもあるだろうがそれにしたって異常な旨さだ!
あっという間に大皿に山盛りだったサラダが俺の胃袋に消える、正直もう一皿注文してもいいくらいだ。
「よし、それじゃ次はステーキを・・・」
サラダがこれだけ旨いのだ、こっちのステーキも同じかそれ以上でなければ嘘になる。
そう考えてステーキの皿を自分のところに引き寄せて気がつく、ステーキの一部がすでに切り取られていることに
まさか・・・・
「失礼します」
そう隣で発せられる彼女の声と、目の前に現れる彼女の顔と唇に触れる柔らかな感触
さすがに二度目であり、俺は納得はできかねたが先ほどのように慌てるようなことはなく彼女を受け入れる。
「それではどうぞ」
再びのキスを終え、彼女に促されるもそのままステーキにナイフを入れることはできなかった。
「ちょっといいかな?」
「はい?なんでしょ?」
「これってもしかして一皿ごとにそれをしないとダメ?」
そのまま料理を食べる気にはどうしてもなれず頭に浮かんだ疑問彼女に尋ねる
「わずらわしいようでしたら一度に済ませることもできます」
「そうか・・・じゃあそうしてほしかったな・・・」
やや先ほどのサラダを食べた時の興奮が冷めたことを自覚しながら、俺はステーキにナイフを入れる。

一見巨大なエリンギのようにしか見えないソレにナイフは驚くほど軽い触感で刃が通る
ナイフの刃が入ったところからは最高級のステーキでもこうはならないだろうという芳醇な香り漂う汁が溢れ、俺はそのまま切り取ったものを口へと運びいれる。
「・・・・・・」
言葉にならなかった。俺の知りえるあらゆる旨いということを表現する言葉ではまったく表現しきれないほどそれは旨かった。
俺はそのまま無言で巨大なアスパラを切り分け、ひたすら口に運ぶ機械となってその信じられないくらい旨いステーキをむさぼり食った。

「ふぅ・・・・」
ステーキの最後の一口を十分に味わい、その余韻を楽しんでから俺は満足の吐息を漏らす。
まさか山盛りの野菜のサラダとキノコのステーキだけでこんなにも満たされた気持ちになるなんて思ってもいなかった。
「満足されましたか?」
「あぁ、本当に素晴らしかったl
嘘いつわりない本心からの言葉だ、途中面食らうようなこともあったがここに入ることができたことを今は幸運に思っている。
椅子に身を委ねていると「これはサービスですから」と色とりどりの花弁が浮かぶ薄桃色の茶が運ばれてきた。
私はその茶を啜りながらゆったりと食後の余韻を楽しんだ。

「それじゃそろそろ支払を・・・」
いつまでもこうしていたいという思いを振り払い、俺はそう言って財布を取り出すとエリスタリアでも通用するラ・ムール貨幣を数える。
これだけ旨い料理なのだからやはりそれ相応の金額は当然だろうが、その相応の金額というのがまったく想像できない。
それでも今回の仕入れのためにそれなりの金額は換金してきたからなんとかなるだろう
などと考えていると、俺の手の上に白く細い指が添えられる。
「当店では料理のお代はお金ではいただいておりません」
彼女の言葉に俺は眉を顰める、食事の代金が金では支払えないというのなら一体何で支払えというんだ?
「ですので、料理のお代は・・・」
「お代は・・・?」
「貴方の種でいただきます」
そう言って俺に微笑んだ彼女の顔はゾッとするほど美しかった。

「どうもありがとうございましたぁ」
気がつくと俺は赤煉瓦の路上に立っていた。
いつあの店から出たのか、その記憶はない。
一瞬あの店に入ったことそのものが白昼夢だったのかと疑ったが、真上にあったはずの太陽はかなりの角度傾き、空腹を訴えていた腹の虫はずっかり満たされていることを考慮すれば、あれが夢や幻ではなかったと確信できた。
「夢・・・じゃないよな・・・?」
夢ではないと確信をもてたが、それでも今ではすべてが曖昧な輪郭で現実味がない。
それから日が暮れるまで掘り出し物を探すことも放り出してあの店を探したが結局見つけることは出来なかった。

それから何度かエリスタリアには仕事で出かけ、そのたびにあの店を探しているが見つけることは出来ていない。

そして俺は考えるのだ、俺はあの店を探してどうしたいのだろうかと・・・

あの素晴らしい料理をもう一度味わいたいのか、それとも・・・・


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最終更新:2013年08月27日 22:51