「川瀬さん、そんな首飾りしてたっけ？」
触手めいた腕がちょんちょんと突くのは小さな青い滴石。
「えへへー。綺麗っしょ？ お昼に入った食事処で青鬼さんと話が弾んで…コギリさんて人がお酒を奢ったお礼にってくれたんだよ。
本人は旅の途中で寄った神社の出店で買った玩具みたいなものだって言ってたけども」
「あっ！川瀬さんお酒飲んでたの？！駄目じゃない」
「大丈夫ですよー。うちは呑んべぇの家系なんでー。
そういう杉浦さんも顔赤いですよ？蛸みたいっしょ」
十津那学園水泳部、去年の夏の合宿はミズハミシマでした。
半分旅行気分だったもんで皆貯めたお小遣いやバイト代とかありったけ持ってって楽しんだんだー。
その途中でもらった首飾りはちょっと面白い“モノ”だったようで…
「あら？珍しいですね。“呼び水の珠”なんて何処で？」
合宿のお世話で付き合ってくれていたふわふわした占い好きさんの魚人…アユさんがにゅっと首を傾げて尋ねた。
「これ、珍しいものなんですか？」
「はい。えぇと歴史に詳しいコルテさんなら色々説明してくれるんですけど…
昔昔の神様を奉る人達が沢山の水をぎゅっと小さな滴にして…えぇと水の精霊の力によってまた沢山の水に戻すとか何とか。
その滴石の中に“蒼”の文字があるでしょう？」
陽光に翳した石は青くゆらめき、その中に揺れる“蒼”の文字一つ。
「乙姫様が即位されてからは水の精霊も増えて安定してきたので“水球（みずたま）”も作り易くなったんですの。
それ以前の水の精霊を集めるのも苦労した時代で使われていたものと、何かの文献で読んだことがありますの」
「水球ー？」
「魚人や鱗人が水の球に浸かって移動したりしているのを見かけませんでしたか？」
「ああー！あの便利そうなのが水球なんだ！」
ミズハミシマではよく見受けられる光景。
陸の乾いた場所での行動に難儀する水棲種族が水の精霊に頼んで水の球を作ってもらい、それに入って移動するという。
扱いに慣れれば上手く水を操って空も水球越しに飛んでいけるんだって！
「川瀬さんは鳥人ですよね？ 水泳部に入ろうとか珍しくないですか？」
合宿最後の夕飯で隣になったアユさんが、透き紐魚の活き酢漬けをにゅるっと飲み込みながら尋ねた。
「あっそれよく言われるんですよー。 でもうち翼も無いも同然のちっこい飾りみたいなもんですし、
見た目もちょいと羽毛深いくらいの人間と大差ないもんなんで断然飛ぶよりも泳ぐ方に向いてましてー」
「合わせて胸も平坦だから速いのなんの！ 水面にダイブして獲物をとるカワセミみたいって言われてるーん」
「ちょっ杉浦さん酔ってるっしょ？胸さわさわしない、触手絡めない！」
「ミズハミシマにも漁をする鳥人さん達がいるにはいますけど… 川瀬さんはどこの国の出身なんですの？」
「うちは親も祖父ちゃんも日本生まれの日本育ちなんですよー。 曾祖父ちゃんだけは誰も知らないんですけども」
「え？日本生まれなんですの？」
川瀬 翠（かわせ みどり） 十津那学園海之前校高等部所属
祖父母両親とも人間。 本人が鳥人として生まれたのは血筋による先祖返りの様なものと言われている。
沖縄に住んでいた曾祖母は、第二次世界大戦中に鳥人である曾祖父と出会う。
何でも海辺で酷い怪我をして流れ着いたのを看病したとかどうとか。
短い間ではあったものの、気さくな曾祖母と姿こそ鳥人ではあったが真面目な曾祖父は親しくなった。
大戦中に曾祖父は行方不明になり、九州へ避難した曾祖母はそこで祖父を出産し、今に至る。
「今年の大ゲート祭はどこにいく？」そんな話題で持ちきりの五月。
久し振りに帰省したり、ゲート経由で行ったことのない国に旅行にと十人十色。
「今年はドニー・ドニーに旅行って予定なんだけど、川瀬さんも一緒にどう？」
「うちはオルニトに行こうかなってー。 ドニーって、あんましハメ外しすぎると駄目だよ？」
「あれ？海とかに泳ぎにいくとばかり思ってたけど…」
「うん。そんなに深い意味はないんだけど、大ゲート祭くらいじゃないと行けない国だし。
曾祖父ちゃんの故郷かも知れないし、一度は見て見たいって」
きらりと首飾りが光る。 それはまるで青空で、これから向かうオルニトの空をより一層青く高く想像させて…
「うーん…オルニトって変な神様がいる国だよね？ 大丈夫なの？」
大ゲート祭、オルニト出発前夜
見たことも会ったこともない自分と同じ鳥人の曾祖父
その鳥人の国であるオルニトで彼女を待ち受けるものとは…
- 前回？からつながってオルニトで何をするのか期待。人間に近い鳥人ってどんなんだろう -- (名無しさん) 2014-06-02 21:51:30
最終更新：2014年07月02日 03:38
