アニー・デルタ・クリストファーの朝(
スラヴィア貴族なので夕方だが)は早い。
「おはようございます♡レシエお姉さま(チュッ)」
夕方、寝間着姿のアニーが「傀儡候女」レシエ・バーバルディアに似せた特注のぬいぐるみにおはようのキスをする。
それが終わると今度は油絵、ビスクドール、彫刻…そして最後に最近、コレクションの仲間に加わった望遠で撮った隠し撮り写真と朝の挨拶とキスをしていく。
「向こうのガンは気にくわないけれど、キャメラとフォトはとても素晴らしいものだわ…」
一時間ほどたっぷりかけて、朝の挨拶をし終えたアニーが、満足気に頷きながら独り言を漏らす。
トトトトン、トトトトン
「アニーお嬢様、お食事の準備が整いました」
ドア越しに執事の声が聞こえる。
「えー…今日の朝ご飯ってクラリッサおばさんなの?」
「何いってんだい!アニーお嬢様。好き嫌いがあっちゃ大きくなれないよ!」
露骨にげんなりした顔をするアニーに「パスタをお食べ!」と言わんばかりの大柄な
オークの中年女性が元気に答える。
「うー…朝から濃いのよ。おばさんの血は…」
嫌そうに言いながら、クラリッサの太い首に子供が母親に抱きつくように手を回し、血を頂く。
「よしよし、たんとお上がり」
アニーが死徒として目覚めた10余年前から、乳母として養育を任されていたクラリッサは手馴れた様子で抱きかかえ自分の可愛いお姫様に血を差し出す。
「ケップ…ご馳走様でした」
「あら!もういいのかい?
姫様に付き添って、あの怖い
ラ・ムール王の墓所まで行ってきたんだろ?もうちょっと飲んで力を付けとかにゃ!」
大きく身震いするような仕草をするクラリッサ。
「いいのよ。何かだるくなるだけの眩しい場所だったし…」
アニーはあの奇妙な場所で起こった事を思い出してまたげんなりする。
それは、サミュラの姿を借りた死神
モルテのアニーフルボッコ再教育ツアーの最後、あまりにも頑丈で再生力の高いアニーに業を煮やしたモルテが、アニーを消し炭にするために
スラヴィア貴族のようなアンデットが近づけば消滅してしまう金獅子王の最後の地に連れていった時のことである。
そこでやらされた金獅子王の墓標の周り100週や腕立て200回、スクワット300回、腹筋300回、あの憎きガンマンとの再戦、不思議な老人との出会いは少なからずアニーの心にトラウマを残している。
(姫様に「…何で何事も無く付いて来れるんだい?」って聞かれて、きっと生まれた時から飲んでいた乳母の血が良かったからですって答えた時、
姫様が「何言ってるのこの子?馬鹿なの?死ぬの?」みたいな物凄い顔をした事は黙っていよう)
「お嬢様、そろそろ港の視察に行きませんと」
執事のルートがアニーを急かす。
彼の頭はこの前、
新天地から来た地球の野蛮人に吹き飛ばされてしまい代わりに向こうから来たヤカーンという物が乗っている。
本人は気に入らないようだが、アニーはお湯もすぐ沸かせるし前の面白みのない
ゴブリンの頭蓋骨よりは可愛いと思っている。
「あ、あにーだ!」「あにーちゃんきた!」「あにー!あにー!」「こら、一応お嬢様とお付けしなさい」「そうよ、アレでも一応領主様なのよ?」「あにーさんやメシはまだかいの…」
夜でも元気に輸出入の作業をする領民や暇な子供達がアニーを見つけて集まってくる。
ビキッ!!
と音が聞こえそうな勢いでアニーの右の額に青筋が立つ。
「アンタ達!もっと領主様に対して敬意を持ちなさい!!」
アニーがアニーを見て集まってくる領民に対して抗議する。
それに対して
「何をおっしゃいますアニーお嬢様。これは、人徳高き素晴らしい領主であらせられるアニーお嬢様が領民に非常に愛されていることの表れですよ?」
やかんを乗せた執事が至極真面目な調子でいう。
「そ、そうかしら?」
「ええ、ここまで領民に愛される領主はスラヴィア広しと言えど、旦那様とお嬢様の他はそうはおられません」
「うふふふふ…いいわよ。愚民どもの愛に免じて無礼は許してあげるわ」
ルートのお世辞で先ほどの剣幕が嘘のように収まり、今は非常に気分が良さそうなアニーに一人の子供が近づく
「あにーちゃん、またアレ見せてー」
そう言いながらアニーのスカートを引っ張る
すると他の子も一緒になってスカートを引っ張りに来る。
「あー見せて見せてー」「みせてー」「みせろー」「あ、ぴんくだ」
「ちょっ!?コラ!!スカートを引っ張るな!あ…めくるなーー!!!!」
怒鳴りちらして群がる子供を追い払う。
「領主様、よろしければ子供たちのために領主様の『お力』を見せて頂けませんか?」
そう言って港の責任者が、アニーに丁寧に頭を垂れる。
「アニーお嬢様…ここは領民にお嬢様の『お力』を見せて好感度を上げ、より一層の忠誠心を持たせる絶好の機会ですよ?」
肩でぜーぜー息をしているアニーにルートが耳打ちすると、途端にアニーはうつむいて肩を震わせる。
「アニーお嬢様?」
「クックックックック…やってやろうじゃないの愚民ども!!よく目をかっぽじって私の偉大なる力を見ていなさい!!!」
アニーの哄笑と雄叫びが辺りに響いて、さっきまで寄ってきていた子供がサッと親の影に隠れる。
「……で、これって何?」
アニーの目の前に大きな木製コンテナが山と積まれている。
「
ミズハミシマ経由で届いた地球製の農業用化成肥料という物です。
いや、向こうはこういった産業用品の研究生産が進んでいまして、こちらの領地で農作物の栽培をされている貴族の方々にも生産量が上がったと非常に好評なので、
輸入量を増やしたのは良いのですが、かなり重量があり運送が間に合わず夜になってしまいまして…」
「これを馬車まで運ぶの?でもこれは…」
「あにーちゃんできないの?この前、トロルのおじいちゃん持ち上げてたじゃん…」
断ろうとしたアニーに子供の一人が目をうるうるさせて尋ねる。
「え?あの…」
「あー泣かした」「なかせたー」「わるいんだー」
子供がはやし立て始め、泣きそうだった子の目に大粒の涙が…
「皆さん!アニーお嬢様のカッコイイ所を見たいですか?」
ルートがよく通る大きな声で子供たちに聞く
「「「「うん!!」」」」
すると、子供たちは元気よく返事を返す。
「ではお嬢様にカッコイイ所を見せて頂けるようにお歌を歌いましょう」
そう言いながらルートはカチカチと手拍子を打ちだす。
「せーの!あ、アニーちゃんの♪ちょっとイイトコ見てみたい♪ あ、それ!リフト!!リフト!!リフト!!リフト!!…」
心得たもので、はやし歌が始まると子供達はすぐ手拍子と歌を歌ってアニーを煽る。
泣きそうな子と子供たちの散々のはやし声に煽られたアニーは
「ぐ・・・やってやるわよ!こんちくしょう!!」
と、言うが早いか背中の骨の大腕や肋骨の隠し腕などを全開にして山のようなコンテナに飛びかかる。
2時間ほどのち
領民がゆっくりと晩ご飯を終えて来てみると、アニーが最後のコンテナを大型馬車に載せた所で潰れていた。
「アニーちゃん死んでるね!」「うん。しんでるー」
子供に突っつかれてもピクリともしない。ただの屍のようだ。
「いやぁ、ルートさんいつも助かります」
「いえいえ、お嬢様も領民の役に立って死ねて本望でしょう」
港の責任者と執事の二人が和やかに会話している。
「…か、勝手に殺さないでよ!」
子供に啄かれながらよろよろと立ち上がる。
「領主様、お疲れ様です。
ささやかですが領主様の『お力』を見せて頂いた御礼として、若い娘を幾人か見繕いましたのでご賞味下さい…」
ボロボロのアニーに港の責任者が恭しく頭を垂れるとアニーが背中の大腕を使ってロケットダッシュで間合いを詰め
「ちょっ!早く言いなさいよ。もうお腹ペコペコなのよ!どこに居るの?どこ?」
詰め寄って彼の両肩を掴むとガクガクと振る。彼女の怪力で振り回してるせいで彼は口の端から泡を吹き出し始めた。
と、そこへ…
「お嬢様、すぐお戻り下さい!旦那様がお嬢様に会いにお見えになられました!!」
下半身の代わりにクランプをつけた伝令を担当するコウモリ骸骨が慌てた様子でアニーを呼びに来たのだ。
「え!?きゃー♡あのお忙しいお父様が私のために!?……あ、でもお腹が空いたのでここでちょっとだけ食事を頂いてからでも…」
「いけません!はしたない。それに旦那様はお忙しい身ですので、すぐに戻られた方がいいでしょう」
ルートがそういいいパチン!と指を鳴らすとコウモリは足のクランプでしっかりとアニーとルートを挟み込み屋敷に向かって飛び始めた。
「ああーーー!!私のお食事がぁー……」
情けない声が辺りに響くがコウモリと執事は知らん振りだ。
残された港の責任者は
「おや?行ってしまわれた。せっかく領主様のために好みのがっちりとした血の気の多い若い娘達を用意したのに…」
彼の後ろを見ると、生気に溢れたガチムチのトロール少女達が拳を鳴らして今か今かと並んでいる。
「あにーちゃんーーまたきてねー!」「あにーちゃんぱんつまるみえだよー!」「ばいばーい」「それが元気なアニーちゃんを見た最後でした…」
子供達が、アニーが去った夜空へ向かって叫んだ生温かい別れの言葉が虚しく響き渡った。
夜の国・スラヴィアの一日はまだまだ始まったばかりだ。
蛇足
色々あって時間かかちゃったけど、かなり微妙な出来になってしまった。
やっぱり戦闘がないと締まらないんだろうか?
- ここまで他人と触れ合い日常を謳歌しているとアニーがスラヴィアンだという事を忘れてしまいそうになりました。アニーがこの先もどんな人生を歩んでいくのか楽しみです -- (名無しさん) 2013-04-19 18:34:15
- シリアスな面も持っているから一気に反転するギャグが映えてる。子供にとっておねえさんポジというのもおいしい -- (名無しさん) 2014-09-21 15:27:32
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最終更新:2013年04月01日 22:30