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【モルテのふしぎなダンジョン】

 我々の住むこの世界と扉で結ばれた彼の異世界との関係は実は驚くほど古く、そして密な関係にある。
例えば神隠し。あるいは浦島太郎の竜宮城や中国の桃源郷に代表される世界中に散逸する理想郷伝説。
 これらは偶然発生する時空の歪み小ゲートに飲み込まれ異界に流れ着いた人間が語り遺した記録であり、また逆に伝承やおとぎ話に登場する妖精に亜人や怪物は小ゲートを越えてこちらの世界に現れた異界の者たちであると言われている。
 そうして有史以前から細々と存在していた両世界の交流は、愚神の悪戯かあるいは賢神の采配か、めくるめく冒険へと人を誘う神秘の11の門、大ゲートの開放により一気に加速した。
 その大きな時代のうねりの中で彼の地の人々に最も持て囃されたものがある。
 いわゆる娯楽。エンターテイメント。ただ生きるだけでは飽き足らぬ人類が生み出した至高にして低俗な愛すべき文化。
 いつの時代も老若男女を虜にしてきた最強のハッピードラッグ。
 これにいち早く飛びついた者たちこそ、永遠の生あるがゆえに果てなき倦怠にその身を浸し終わりの知れぬ暇を持て余すスラヴィアの貴族たちであった。
 不死のアンデッドスラヴィアン。そのハマりっぷりはそれこそ一般的な廃人ゲーマーの非ではなく、彼らは文字通り寝食を忘れてその素晴らしい暇つぶしに熱中した。
 誰よりも早いクリアを目指し、誰よりもレアなアイテムを求めて狩りに勤しみ、あるいは誰も知らぬ裏技を見つけることに生を傾け、あるいは難攻不落のキャラクターの隠しルートを暴き出すことに血道を上げた。
 連日のように夜会を開いては互いの情報を交換し時に己の築き上げた功績を自慢し時に好みのヒロインの属性を巡って手袋を投げつけあった。
 そしてある時、とある貴族がこう呟いたのだった。

「これさ、俺たちの力で実際に作れないかな?」

 暇と金と権力を持て余したバカほどろくでもないものはない。かくて多くの貴族(バカ)が諸手を挙げて賛同しプロジェクトは破竹の勢いで完成を見た。
そうして産声を上げて誕生した自分たちの血と汗と情熱の結晶、地下深く何処までも広がる栄光と破滅と危険と死とスリルと興奮をこれでもかと詰め込んだ宝箱(ミミック)を、彼らは崇拝する偉大なる死母神の名を授かってこう名付けたのだった。





モルテのふしぎなダンジョン―





 鋭く短い息吹とともに振り抜かれた肉厚の白刃、その容赦ない致命の一閃を受けて眼前の骸骨がゆっくりと崩れ落ちる。
地に伏したそれが絶命し今度こそ物言わぬ死体へと還ったことを確認して

「ふぅ…」

 私は鞘に剣を納めて安堵のため息をつく。と、頭上から明るいファンファーレと共にイラッとする場違いに明るいナレーションが鳴り響いた。

※勇者はレベルが上がった!力が2上がった!耐久が1上がった!敏捷が4上がった!魔力が2上がった!

 同時に玄室の主が絶命したことで仕掛けが作動し、室内に隠されていた宝箱が姿を現す。

「御用はお済ですか?ご主人様」
「えぇ鑑定をお願いします」
「かしこまりました」

 私が振り向いて声をかけると、部屋の隅っこ危険が及ばぬよう柱の陰に隠れていた同行者が姿を現した。
静々とこちらに歩み寄る色あせた金髪を靡かせる人形めいた無表情ながら整った顔立ちの女性。
歩みに合わせて頭頂で揺れる猫の耳の下、小作りな顔の両端でぴくぴくと動くエルフ耳。感情を読み取れぬ茫洋とした錆びた金褐色の右目と、アイシャドウのような竜鱗に縁どられた血のように赤く縦に裂けた瞳孔を持つ左の竜眼。その体を包むのはところどころ布地の裂けた退廃的なゴシックメイド服。
女性は宝箱の前にしゃがむとスカートの大胆なスリットのような裂け目から生気を感じぬ死人のような青白い太ももを覗かせながら宝箱の鍵穴を弄り始める。

「何が出るかな♪何が出るかな♪何が出るかなふふふふーん♪」
(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい……ッ!!!)

 ご機嫌な鼻歌を口ずさむ彼女の隣で心の中で一人ごちる。たまたま取材でスラヴィアを訪れた私がこの地下迷宮に放り込まれてもう一か月近くが経とうとしていた。

「モルテのふしぎなダンジョン」。酔狂なスラヴィア貴族たちによって作られたはた迷惑なリアルローグライクアトラクション。
 訪れた者は選ばれし勇者となってGMが用意したサポーターを伴ってダンジョンを探索し脱出を目指す。
ダンジョン内には凶悪な魔物がひしめき邪悪な罠が所々に仕掛けられており、プレイヤーはダンジョンに散らばるアイテムを拾い集め、己の知力体力時の運の限りを尽くしそれらを駆使して突破しなければならない。
 また敵を倒すごとに経験値が加算されそれが一定値を超えるとレベルアップ、このダンジョン内限定ではあるが身体強化魔法がエンチャントされ各種ステータスがアップする。これがこのダンジョンの主なルールだ。
もちろん途中で死んでもセーブポイントからやり直し、なーんて温い仕様は存在しない問答無用のデスゲームである。

「ご主人様、鑑定が終わりました。アイテム名:へそで茶を沸かすヤカン、ユニークアイテムでございますね」
「ぶはッ!? ガラクタじゃないですか―もうヤダー…」
「ユニークアイテムでございます。お疲れのようですから今日の探索はここで切り上げてに帰還いたしましょう」

 実際その提案は願ったり叶ったりであった。苦労の末に入手したアイテムまで外れとあって心の疲れと先ほどまでの死闘の疲れが相乗してどっと押し寄せてくる。
そんな私を尻目に彼女は先ほどまで潜んでいた柱の陰から小山のように大きなリュックサックを引きずり出すと、戦利品をぎゅうぎゅうと押し込んでひょいっと背負って歩き出した。女性の細腕に似合わぬまるで鬼族(オーガ)のような怪力ぶりだ。
 もうお分かりだろう。彼女は改造人間である。活きのいいエルフの女性の遺体をベースに彼女本来のマスターの放埓な趣味の赴くままに様々な種族の遺体を素材にパッチワークで組み上げられた万能支援型フレッシュゾンビゴーレムメイド。
 また私がこのダンジョンを攻略するにあたってGMから貸し与えられたサポーターである。

「どうかなさいましたかご主人様?」
「いや、なんでもないです。早く戻って休息を取りましょう」

 何処の世界も女性を待たせるのはマナー違反である。私は重い体を引きずって彼女の後を追いかけ玄室を後にするのだった。

 セーフポイントとは偉大なるGM様の海よりも深いご厚意によって用意された支援施設でございます。魔物避けの結界に護られ篝火の光とぬくもりに満たされたここは、正に楽園。この危険と死と冷たい闇に塗れた迷宮において唯一の安息の地。なればこそ、

「んッ、ご主人様……、こんな……アッ」

 共に死線を潜り抜けてきた若い二人がこのような関係になったのも自明の理でございましょう。

「ダメッ、です……。見ないで……」

 わたくしの声が弱弱しく震えます。こんなはしたない恰好誰にも見られたくないのに、それなのに。
セリフとは裏腹に誘うようにくねるわたくしの身体。
 ご主人様が見ている。見られている。その事実がその羞恥がわたくしの身の内に潜んでいた情欲の炎を激しく燃え上がらせ、この凍えた身体に久方ぶりの熱が巡ります。溢れ、零れ、弾ける悦楽。

「イヤッ!アァッ……!ンアァ――――ッ!」

ピ――――――ッ!

 どうやらお湯が沸いたようだ。ブリッジをしたまま器用に片手で腹の上に乗せたヤカンを摘み上げ、メイド背筋力に物を言わせて上体を戻して奥の厨房へ引っ込む変態を白い目で見送ってから、私は荷物の整理を再開した。
これまでの苦難の探索でマップはほぼ埋め終わり残すはラスボスの待ち構える最終フロアのみ。備えあれば憂いなしである。
 まずは消費アイテム。薬草毒消し各種回復アイテムに乾パン干し肉その他の携行食料は問題なし。続いて戦闘アイテムの整理に取り掛かる。
食べることで一時的に速度を爆発的に引き上げるエリスタリア狂気の品種改良が生んだドーピング植物「すばや草」が一つ。
 使い捨てのマジックアイテム類。魔力を当てた場所に一瞬で飛びつける「飛びつきのロッド/残機1」が一本。
 単体効果のスペルカード。地面から防御用の石壁を生やす「石壁のスペルカード」が4枚と、落雷を発生させる「雷霆のスペルカード」と使うと現在いるフロアのどこかに移動できる「転移のスペルカード」が1枚ずつ。
複数効果のスクロール。読めば一部屋を水浸しにする「大洪水のスクロール」に、

「明日は頼んだぞ」

 明日のボス戦の勝敗を握るであろう最後の切り札。広げた場所に絶対防御の結界を作り出す「聖域のスクロール」。

「あまり根をお詰めになりますと明日に障りますよ?」

 その声に合わせて振り向くと、いつの間にか先ほど奥に姿を消した彼女がティーカップ片手に瀟洒に佇んでいた。

「スラヴィアの名水と厳選された茶葉で淹れたお紅茶で御座います。どうぞ、ご賞味を」

 断る理由もないので差し出されたそれを素直に受け取る。

「へぇ、良いかお……り……?」

 その流れのまま口づけようとした寸での所で、中身の異様さに気付いて手が止まった。
赤い。もっと言うならドス赤い。紅茶と呼ぶよりは地獄の血の池と呼ぶ方が相応しい赤さである。

「えーっと、これは何が入ってるんですか?」
「?お紅茶にお紅茶以外の何を入れるのです?」
「DEATHヨネ―」 
「ご主人様、死んでも腐ってもわたくしはメイド。メイドのプライドに誓ってご主人様の健康に害をなすような真似は致しません」

 普段の彼女からは感じられない強く真摯な口調でキッパリと断言される。だがしかし、だ。

「本当に飲んでも大丈夫なんですよね?」
「勿の諭でございます。そのお紅茶を一口飲めばたちどころに疲労回復食欲増進精力増強、あとついでにMPも回復いたします。まぁ至れり尽くせり」

 そこまで言うなら一口くらい……、せっかく淹れてもらったんだし。
 私は彼女の言葉を信じて恐る恐る口をつけようとして、

「ただ時折他人の視界で物が見えたり、サイレンの音を聞く度に無性に海に還りたくなるのが玉に傷……」
「そぉい!!!」

 中身をカップごと思いきり床に叩き付けた!

「チッ」
「舌打ち!?何考えてんですか!?マジで何考えてんですか!?」
「ごぉしゅじんさまのぉ、にぃおいがするよぉぉぉー」

 危うくもう少しで人間から屍人の仲間入りをする羽目になる所だった。
 あの日から一事が万事この調子、いい加減そろそろ私はニューロンの堪忍袋が切れて発狂するかもしれない。と言うより発狂した方が楽になれるのではなかろうか?と思ったり思わなかったり。

「……もう寝ます」

 私は床に散らばったアイテムを荷袋に詰めなおすと部屋に設えられた簡素なベッドに横になって頭まで毛布を引っ被る。
 床は固く少々かび臭くとても上等だとは言えないが、精根尽き果てた今の自分にはまさしく極楽。

「お休みなさいませご主人様。どうぞ良い夢を」

 遠く優しげなメイドの声を聴きながら私の意識は深い眠りの底へと落ちて行くのだった。


「……以上がターゲットが現在保有している装備の全てで御座います。それでこの後は……はい、はい、では当初の予定通りに。はい、畏まりました。お任せくださいマスター」

 最後の定期連絡を終えて優雅にお辞儀をしてわたくしは通信球の魔力を落としました(スイッチを切った)。
彼の地チキュウと呼ばれる異界にはデンワと呼ばれる遠くの相手と会話を行うキカイと呼ばれるものがあるといいます。
 この通信球はそれをヒントに良質の双子水晶を用いて作られたものでございます。片割れの水晶の壁面に当てた声の振動を風精霊を介してもう片方の水晶に送り、遠く離れた相手との会話を可能とするマジックアイテムです。
 見つからないようにコッソリと通信球を胸の谷間に隠すとわたくしは部屋の奥へと視線を向けました。
 正確にはそこに設えられたベッドの上、毛布に包まって小さく寝息を立てる若者へと。

「申し訳ありませんご主人様…」

 深い夜の闇の中わたくしの懺悔を聴く者は、もちろん誰もいらっしゃいませんでした。


「グワーッハッハッハ!よくぞここまでたどり着いた勇者よ!」

 最終フロアの最奥、仰々しい扉の先に待ち構えていたのは正にラスボスと呼ぶに相応しい圧倒的な存在感を放つ一体の巨大な魔物。

 竜と猛禽と獣を組み合わせた異形の頭骨と様々な武器を携えた6本の腕に4つ足の下半身を持つキメラスケイルギガンテであった。
 ただの一声一声で広間を満たす空気がビリビリと震え微かな身じろぎでさえ広間を揺らす。
 まさしくこれまで戦ってきた中で一番の強敵。だが私は油断なく剣の切っ先を向け、心飲み込まれないよう精いっぱいの気迫を込めて眼前の相手を睨み返す。
 そんな私を見下ろしながら彼は何故か嬉しそうにゴルルル、と遠雷のように喉を鳴らした。

「結構結構!そうでなくては甲斐がない。よくぞここまで鍛え上げた異界の稀人よ。その勇気と信念に敬意を表し我は汝に一つ提案しよう。
大人しく我が軍門に下るがいい!さすれば永遠の命をくれてやろう!」
「お断りします」

 急に何を言い出すんだこいつは。兎か全裸の忍者に首をすっ飛ばされる並のスッパリさで断固拒絶する。

「そうかそうか……え?」

 私の答えがよっぽど意外だったのか残った片方の目を零れ落ちそうなほど大きく見開いてビックリ顔のフロアボス。

「だ、だって永遠の命だよ?不老不死だよ?」
「いりません」
「いやいやスラヴィアンには病気も試験も何にもないですよ?」
「結構です」
「……まいにちみんなでたのしくころしあい?」
「く!ど!い!!!」

 生憎と私の人生設計に人間を辞める予定は入っていない。今までも、そしてこれからもだ。

「ぐぬぅぅぅぅぅ、なんたる頑固者!こうなれば当初の予定通りに少々死ぬほど痛い目にあってもらおうではないか!
やれぇい!我が忠実な僕よ!」

 来るか。私は剣を構えなおすと気を尖らせて周囲を警戒する。しかし、

「畏まりましたマスター」

 伏兵は意外と近く、潜むどころか私の隣に立っていたのであった。
まるでステップでも踏むかのような優雅さでメイドが床に踵を打ち付ける。

※メイドは大部屋の罠を踏んだ!壁が崩れ去った!

 更にもう1ステップ、まるで最初からそこに仕掛けがあるのを知っていたかのような無駄のない動きで。

※メイドは召喚陣の罠を踏んだ!モンスターが召喚される!

「ちょっ…おまっ!え?え?」

 あっという間に目の前どころか大部屋と化した迷宮を埋め尽くすモンスターの大軍団が現れた。

「グワーッハッハッハ!驚いたか勇者よ!覚悟せよ!もはや汝の敗北は決定事項!敗因はただひとーつ!貴様は我を怒らせた!
さぁ聞いて驚け慄き叫べ、魂を凍てつかす戦慄と恐怖を味わうがいい!
入って楽しいワクワクドキドキアトラクションとは仮の姿!その実態は次世代型スラヴィアンエリートソルジャー育成道場!その名も…」

 一呼吸溜めてから、その場にいる全てのモンスター達が一糸乱れぬ統率さで声を合わせて吠える。
崇拝する闇の大死母神の名を冠するその偉大なる真名を。

「「「「「モルテの穴!」」」」」
「ある意味セクハラですよそれ」

 きっとこの日この瞬間のために密かに練習を積んで来たんだろーなー。とにもかくにも多勢に無勢が特盛なこの状況は拙すぎる。
 私は片手を荷袋の中に突っ込んで目当てのアイテム、例の最後の切り札を探す。
 おかしい。見つからない。そこでふと思い当たる節を見つけて、私は傍らに立つ裏切り者の方へと視線を向けた。

「申し訳ありませんご主人様。所詮この身はしがないメイドサーヴァント(奴隷)。
マスターの命令には逆らえぬのでございますヨヨヨ……」

 私の恨めしい視線からわざとらしいまでに顔を逸らして目元をメイド服の袖で隠して、これまたわざとらしい鳴き真似をする駄メイド。このメイド腐ってやがる!
 遂に私の中で今まで私を支えていた何かがへし折れ、今まで押さえていた何かがブツリと音を立てて千切れ飛んだ。

「ふ、フフッ……、フィヒヒ……ヒヒッ、クククククク……」

 私はがっくりと死刑台に据え付けられた罪人のように頭を垂れ体を震わせる。
ところで地球には仏の顔も三度まで、という言葉がある。よく誤解されがちだがこれは仏は3回まではどんな無礼も許すという意味ではない。
 正確には2回まではどんな無礼も許すが3回目にも同じ無礼を働こうものなら、王家伝来のインドカラテ・カラリヤパットEXで無礼者をニルヴァーナするという意味である。
そうブッダは意外と喧嘩っ早いのだ。悟りに目覚めてこれなら只人の場合はどうなのか?答えは言うまでもなかろう。
 さてさてそれでは始めよう。情けは捨てて、容赦を忘れて、慈悲は……。 
 私はゆっくりと顔を上げて、周りを埋め尽くす無礼者どもに向けて優しくとても優しく微笑んだ。

「ぉぉう…」

 真っ先に私の隣にいた駄メイドがドン引きして後ずさる。

※勇者は微笑んだ!毒蛇のような笑顔だ!モンスターは慄いている!

 笑顔とは本来凶暴なものである。私はマスクメロンのような笑顔をのままこれまで苦楽を共にしてきた愛剣の柄に手をかけ捻った。
 ガシャン!と小気味良い金属音と共に仕掛けが作動し肉厚の大剣は二つに分かれ鋭い双剣へと姿を変える。
 さぁ覚悟はいいな?イモータル(人でなし)。今宵、不屍人狩りの夜が始まる。

「か、かかれー!」

 恐怖に駆られたボスの命令で私に向かって魔物の群れが四方八方から襲い掛かる。
同時に私は荷袋の中からすばや草を取り出すと口に放り込み一息に噛み砕き飲み込んだ。

※勇者はすばや草を飲んだ!行動速度が上がった!

 神秘の植物の薬効によって反射が動体視力が思考速度が爆発的に増幅される。
 そのまま私は双剣を構え眼前の魔物の群れへと飛び込むと、携えた双剣を振り回しスケルトンの腰骨を砕きゾンビを一太刀の元に切り伏せミノタウロスの股下を潜り抜ける。

「ゴアアアアアア!」

 こちらめがけ唸りをあげて振り下ろされるゴーレムの巨拳。バックステップ回避。眼前をかすめ地面にめり込む拳。
 私はステップの反動をバネにして今度は前に加速、ゴーレムの腕を階段代わりに駆け上がり跳躍し空中へと躍り出る。
 目指すは広大な部屋の隅、背後を壁に護られた安全地帯だ。少なくともそこならば目の前の敵のみに集中できる!

「シャァッ!」

 無防備な空中の私に向かってガーゴイルが襲い掛かる。私は荷袋から取り出したアイテムの一つをそれに向かって投げつける。

「遅い!」

※ガーゴイルは転移のスペルカードが当たった!ガーゴイルは飛ばされた!
※いしのなかにいる※

 どこか遠い所で哀れなモンスターの悲鳴が聞こえた気がする。が、今は無視。
 私は目指すポイントに当たりを付けて杖を振るう。

※勇者は飛びつきの杖を振った!勇者はとびついた!

 杖の効果で私は予定通り狙っていたポイントへと空中を一っ跳び。偶然そこにいた気の毒なスライムをクッション代わりに踏んづけ無事に無傷で着地する。
 役目を果たし手の中で砕け散る杖に心の中でお礼を言う。君のお蔭でひとまずの窮地は脱した。そしてここからが本番だ。

「素晴らしい!ブラーボ!エクセレンッ!やはり我の目に狂いはなかった。あぁ殺してでもお前がほしい!」
「生理的に無理です!」

 感極まった様子の最低の告白に拒絶を叩き返す。対する向こうの次の返答は、

「ッてぇい!」

 スケルトンアーチャー部隊によるロングボウの一斉射撃だ。だがそんなもの予測の範囲内である。
 私は新たに荷袋から取り出したスペルカード3枚を勢いよく床に叩き付けた。

※冒険者は石壁のスペルカードを使った!石壁が召喚される!

 土精霊の力で瞬時に生成された3枚の石壁が飛来する無数の矢から盾となって私を守る。
 役目を終えて砕け散る石壁。それに合わせるように私は残った最後の一枚を自分の足元に叩き付け、そそり立つ石壁を足場に天井近くまで移動。さぁこれが最後の仕上げだ。

※勇者は大洪水のスクロールを使った!部屋が水浸しになった!
※ウィルオーウィスプの息の根を止めた!サラマンダーの息の根を止めた!

「ぬぅぅぅ限られたアイテムでここまで凌ぐとは敵ならがら見事よ。しかし、最早万策尽きたろう。
さぁこれが最後の通告だ。我が物となるがいい勇者よ!」

 私は返事の代わりに荷袋から最後のスペルカードを取り出した。

「ほぅ、あくまでも最後まで刃向うか。だが詰めを誤ったな。スペルカードは単体効果のマジックアイテム!
それ一枚で我らを倒せるわけがなかろうバカめ!冷たい墓の下で身の程を知るがいい!グワーハッハッハ!」

 勝利を確信し高笑いするボスとその手下たち。はてさて、

「言い残すことはそれだけですか?」

 迷宮に木霊す笑い声に隠れるようにちゃぷんと水の揺れる音がする。

「ハッ!?しまった!」

 そう先ほど私が使った大洪水のスクロールによって今この大広間全体は水浸し、私を除き今この場所にいる全員が水で濡れている。
 そして私の手に握られているのは「雷霆のスペルカード」!
 自分たちの末路を理解してモンスター軍団が蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出そうとする。だが最早全てが手遅れだ。
 情けは捨てた。容赦は忘れた。慈悲は……。

「慈悲はない」

※勇者は雷霆のスペルカードを使った!天からの稲妻が敵を焦がす!

 そしてまるで私の怒りに応えるように天から注ぐ稲妻がボスの身体を激しく打ち据え、水を伝って広間全体に拡散する。

「「「「「ギャ――――――ッ!!!」」」」」


 玄室の主が死亡したことで仕掛けが作動し隠されていた宝箱が姿を現す。
 辺りは死屍累々。部屋中にこんがりと黒こげになったモンスター達が転がり動くものはこの惨状を招いた私と、

「ふぅ……、いやはやお互いに九死に一生でございましたねご主人様」
「やっぱり生きてやがりましたかこんちくしょう」

 ちゃっかり私から盗んだ聖域のスクロールを全身に巻き付けた、まるでミイラ女のような風体の駄メイドのみであった。

「色々言いたいことは山ほどあるけど、早く鍵開けと鑑定お願いします。最期の」
「畏まりましたご主人様。最後のイントネーションがおかしいことには敢えてスルーなデキるメイドのわたくしでございます」

 いつも通りの何を考えてるのか分からない平坦なテンションで、気楽に鼻歌を歌いながら彼女は宝箱の鍵を弄り中のアイテムを検め始める。

「アイテム名:帰還のスクロール。おめでとうございますご主人様、コングラッチュレーションで御座ます」

 そうして恭しく差し出された巻物を私は受け取って心の底から湧き上がる衝動のままにガッツポーズをした。
長かった。本当に長かった。

 「これで……、地上に帰れる……」

 今までの苦労を思い返し涙で視界が滲む。そうか。悲しくなくても涙は零れるのか。
 私はそんな涙を拭うのも惜しむように万感の思いを込めて勢いよくスクロールを広げる。

※勇者は帰還のスクロールを使った!文字が滲んでいて読めなかった!

「……はㇸ?」
 次の瞬間無情に響いたシステムメッセージに頭の中が真っ白になった。ナンデ?オウチカエレナイ?ナンデ?

「そりゃまぁあれだけ部屋中水浸しにすればこうなるのも仕方ないでしょう。常識的に考て」

 まるで他人事のように、実際彼女にとっては他人事なのだがホホホホと口元を抑えて無感情に笑う暗黒駄メイド。

「どーのーくーちーでー!」

 酷い。この展開はあまりにも酷い。私は行き場のない怒りを込めて彼女の肩を掴んでがっくんがっくん揺さぶる。その時である。

「フゥーハハハ―!チキュウ人も中々やるではないか!だがしかしお前が倒した者は我らモルテの穴158傑の中で最も小物!
さぁ来るがよい勇者よ!今度こそ貴様に引導を渡してやろう!」

 頭上から振ってきた最早嫌というほど聞きなれたファンファーレとイラッとするシステムボイス。
 そして広間の一角の床が割れ更に地下へと続く階段が姿を現した。

「さてさてどうやらわたくし達の冒険はまだまだ続くようでございますね」
「ひ、ひひ……、うひひひひひひひ……」

 最早笑うしかない。今度こそ焦点の定まらぬ虚ろな瞳で腰から崩れ落ちる私の前で、
「それではご主人様、今後ともよろしく。でございます」
 スカートの裾を撮んでメイドは優雅に一礼した。


  • 自分が楽しむためには全力を尽くすモルテ!多分ヒマなんだろうなぁ(神の責務をおいといて -- (名無しさん) 2015-05-06 01:44:47
  • 本格的なのかお笑いランドなのかそれとも両方か。モル穴楽しそう -- (名無しさん) 2015-05-06 20:26:28
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最終更新:2015年05月06日 01:43