【皇帝の第三十七子、ご先祖様と邂逅するのこと】

 シキョウの支払いは大師が持った。見慣れないお札はスラヴィアのお金かと思えば違っていて、限定通貨と言うそうである。
「通貨とは言いますが、この祭りの間、ゲートの周辺地域でのみ通用する金券です」と大師。「大ゲート祭りを通じ、あちこちの国を行き来する際に煩雑にならぬようにするための仕組みです。あらかじめ金を払い、綴りの券を買うのです」
「なるほどな」とシキョウが頷き、大師から一枚受け取って矯めつ眇めつした。
「額面が結構あるようだが、釣りはどうする?」
「出ません。大胆な消費を後押しする意図があります」
「どこの国でも買えるのか」
「ええ」
「じゃああれだ、安い国で買って物価の高い国で使えば儲かるな」
「その手の裁定取引には商人連合が目を光らせています。加えて、券を売買すれば罰されます」
「だよな」とシキョウは苦笑いした。「お、どうしたセイラン、食欲ないのか」
「え? あ、いえ、そんなことないです」
「そんなしゃちほこばんなくていいぞ。ひいひいおじい様なんだから気楽にしていい」
「ひいひいひいひいひいひいひいひいおじい様では」
「そうそう、ひいひいひい……まあ、とにかく、お前のご先祖様ってことだ」
 ご先祖様である。セイランは身じろぎしてすわりなおした。
 セイランが時を超えてこの地に降り立ってから、まだいくらも時間が立っていない。来た理由もまだ鮮明であり、セイランは過去の通関司の代表として、大ゲートを通って持ち出された亡骸と、持ち出した犯人を連れ戻すべくやってきたのである。
 その屍であったシキョウは、今、目の前で麺をすすっている。
 セイランもまた、麺に絡むひき肉をちょこちょこと箸でつついた。
 シキョウはなるほどセイランのご先祖様であり、そうと知れてからのシキョウは、すっかり孫を愛でる好々爺のように目を細めている。見た目で言えばセイランの兄、それも年の近いとしか見えない。まして、死んでいるようにはみえるはずもない。そのことがセイランを戸惑わせたが、何より面食らったのは、事態の唐突さである。
 ――早すぎます。
 セイランとしては、仮にも人探しであるのだから、難航すると思っていたのである。目撃証言を集めて足取りを追い、逃れようとするスイメイたちの先手を取り、祭りを駆け巡っての大追跡もやむを得ないと考えていたのである。数日を要するのではないかとセイランは見込んでいた。その間、祭りに入り浸ることになるだろう。もちろん、あくまで手がかりを探すためである。わき目も振らず、シキョウとスイメイを探し出し、びしっと指の一つもさして追い詰めてやろうと、セイランの夢想は走ったのである。
 ところがふたを開けてみれば、シキョウは早くも捕まっている。それも、ただのまぐれである。探索の計画を立てる暇さえなく、セイランとしては何かを取り上げられたような気持がぬぐえない。
 加えて――
「食ったら帰るぞ」とシキョウはのたまい、セイランが背筋を伸ばすとカラカラ笑った。
「そうじゃない。世話になってるところがあってな。スイメイもいるぞ。あとで遊びに来い」
「でも、私は連れ戻しに来たんです」
「らしいな。だが駄目だ」とこのご先祖様は胸を張るのである。「やり残したことがある」
 これである。なるほどシキョウは捕まえた。だが、帰ってくれる気は毛頭ないらしい。
 セイランが大師の助けを借りて、事情をとつとつと説明したところ、シキョウは神妙に聞いていた。大ゲートの存在には突っ込んだ質問をして長々とわき道にそれ、スイメイが屍を盗み出した経緯についても尋ね、セイランが詳しい事情は知らないと明かすとカラカラ笑って頭をなでまわし、セイランのような小娘が通関司だかなんだかの職務を全うしているのは立派だと褒め、小娘じゃないですとセイランがむくれると鹿爪らしく詫びる。セイランが皇帝の三十七子であると知ると目を丸くし、「そりゃお前の親父はずいぶん頑張ったな」とうめいて大師に咳払いされたかと思えば、大師にはなにやら法律の質問を吹っかけて目を大きくする。テンコウについても聞きたがり、白王とテンコウの間柄について話すと腹を抱えて涙をぬぐう。「テンコウのお知り合いなんですか」と尋ねれば「本人に聞け」とにやにやして麺をすすり「本犬だな、だははは」とまた爆笑する。口いっぱいに頬張った麺は少しもこぼれず、というのは口を開いていないからで、なのに声は聞こえて不思議である。
 よみがえると人は心で話せるようになるのかとセイランが一人得心していると、シキョウは「ああ、違う違う」とまたしても無言でしゃべる。「これはちょっとした小細工だ」
「投声術ですな」
「そうそう、大師と言ったか、詳しいな」
「恐れ入ります」
「俺の時代には見なかった顔だな。武仙か?」
「いいえ」
「師父は誰だ? 闘門の出だな?」
「金衛五科におりました」
「五科のどこだ?」
 大師はセイランをちらっと見やり、そこでセイランは逸れに逸れた会話の主導権を取り返すべく咳払いをするのである。
「一緒に帰りましょう」
「いやだ。お前はひいひい爺さんに命令するのか」
「命令じゃないです。お願いです」
「お、いいぞその調子だ。ごり押しもいいが相手を選ばないとな。それでお願いの件だが、ダメだ」
 にべもない。堂々巡りはこれで五周目である。
 ――手ごわいです。
 知り合いだったというラ・ムール国王の思い出話を披露し始めたシキョウに悟られないよう、セイランは小さくため息をついた。
 そもそもセイランの知るシキョウ像と言えば、おとぎ話の登場人物としてである。国中を股にかけた追跡の道中、シキョウは呆れるほどたくさんの面倒事に首を突っ込み、追いすがるスイメイと刃を合わせつつ、事態を解決に導いていく。知恵もまわれば腕も立ち、最期はなんだかんだとスイメイを振り切って逃げてしまう。ほとんど超人としか思えないスイメイでさえ、シキョウをつなぎとめることは難しいのである。
 ましてセイランごときに捕まるわけがない。追手であるはずのセイランを前にしてこうも余裕綽々なのは、いつでも逃げ出せるからに違いない。そんなことはセイランとて百も承知で、だからこそ理屈に訴えて、腰を上げてもらうよりほかないのである。
 あまりに細くて頼りない、しかしまだましな方の勝ち筋である。
 しかし――
「ひいひいおじい様」
「うむ」
「その、やり残したことってなんですか」
「んーむ、それはだな」とシキョウは言葉を濁した。「スイメイのことだ」
 スイメイ。シキョウの亡骸を盗んだという張本人であり、シキョウのたった一人の妻であり、セイランにしてみればひいひいひい……おばあ様である。死ぬこともかなわず生きてきたという妻は異国の地で夫をよみがえらせ、夫は夫で「あいつを何とかしてやらんうちは帰らん」とのたまうのである。「俺にしかできんことだ」
 なんとかする。その言葉の重みにセイランはたじろぐ。シキョウの横顔は見上げるほどに痛ましく、「なんとかお手伝いできませんか」というセイランの言葉は行場を失ってしぼんでしまう。
 事は明らかに、セイランの手に余りつつある。意気はくじかれ、目論見は外れ、金羅さまに仰せつかったというなけなしの大義名分ですら、後回しにしてよいおせっかいではないかと思われてくる。
 本当にこの人を連れて帰れるのだろうか。メイリンは適当なことを言ったのではないか。
 そんな疑念が兆したセイランは、ふとメイリンの姿を探した。視線の先を悟った大師が、メイリンはなおも揉めていると伝えた。対戦表に載っているか確認しなければならないのだという。手ごわい相手とがっぷり四つに組み合っているメイリンの姿を思い描いて、セイランは少し恥じ入った。疑われるようなことをしでかす人柄ではないはずである。
 対戦表と耳にして、シキョウが目を丸くした。
「そういえば、お前も出るようなことを言っていたな。本当か」
「みたいです」
「みたいってのもまたぼんやりした話だな。比武だぞ比武。大丈夫なのか?」
 大丈夫じゃないです、とセイランは思い、だが口にはしなかった。
「出ます。出て、ひいひいおじいさまを負かします」
「おー、言うな。負かしてなんとする?」
「負けたら、帰ってもらいます」
 シキョウの口が丸くなり、ついでくつくつと笑いだした。
 なぜ、シキョウはスラヴィアにいるか。それは大会に出るためである。これは神意によるもので、覆すのは難しい。だが大会は勝ち抜き戦でもあり、つまりは負ければ用無しになる道理である。メイリンはそう言っていた。
「それはそうだな」とシキョウはこともなげに言う。「負ければ暇になるだろうな」
「だから、ひいひいおじいさまを負かして、帰ってもらいます」
「帰らんぞ」
「ひいひいおじい様……」
「お前の言いぐさには穴がある」
 どういうことか。セイランはすわりなおした。理由は二つあるという。
「第一に、俺は負けんぞ。どういう奴が出場してるかは知らんが、必ず優勝する。それはもう、何を賭けてもいいぞ。それこそ優勝できなんだら帰っても構わんぐらいだ。まあ、優勝すれば大会終わりだから関係ないがな。スイメイは俺とともに出場だそうだ。つまり、不安材料はない」
 いかにもその通りである。セイランがシキョウを負かせる可能性など、針の先より小さいだろう。
「だが問題はそこではない」とシキョウは言った。
「別に負けたってここにおっても構わんだろう? そんなに急ぐ問題でもあるまい。大会が終わりになるまで待てばよいのだ。そうすれば勝手に手持無沙汰のほうからやってきてくれる。何人出場してるか知らんが、総当たりでなく勝ち抜きだろう。かかる時間なぞたかが知れてる。優勝賞品を奪い合うわけでもなし、すべての勝負が終わるまで待てばよいわけだ」
「で、でも、大会が終わったらまた逃げる――じゃなくて、よそに行かれるかも」
「それはない」
 力強くシキョウは言い切った。「それは考えんでよい。いいな」
「はい、わかりました」
「よし。だからだな、何が言いたいのかというと、別に俺の敗退を願う必要は薄いし、ましてや出場してまで俺を叩きのめそうとせんでもよいということだ。対戦相手を応援したりされると気分がよろしくないからな。出るのは別にかまわんし、むしろ大歓迎だ。他の出場者とどういう試合をするかは少し心配だがな。仮にも比武だ。怪我するかも知らんな」
「わが責任において、公主さまにはけがなどさせません」
「頼もしいな。俺もひいひい孫が怪我するところなんぞ見たくない。まあ、何が言いたいのかというとだな、セイラン。俺を連れ帰るために出場するのなら、その必要は別にないということだ」
 セイランは茫然となった。目論見は根底から崩れた。そうなのだ。連れ帰るのはよい。だが、大会に出ても益はない。もともと勝ち目などなく、仮に勝ったとして、シキョウには帰る意思などないのである。
 ひょっとして、口車に乗せられてしまったのではないか。出ても笑いものになるだけだったのではないか。
 セイランの心に無力感と恥辱の波がうちよせ、少しずつ削り取っていった。セイランは肉そばを置いて、上を見上げた。
 どん、と背中をはたかれて、セイランはむせた。のみならず前につんのめり、これは襟をぐいとつかまれて引き上げられなかったなら、無様に伸びていたことだろう。
「おお、すまんすまん。大丈夫か」
 見返すと、シキョウが気づかわしげに眉根を下げていた。
「この体はちょっと力が入りすぎることがあってな。折檻ではないぞ。元気を出せと言いたかったのだ。怪我はないか」
「びっくりしました」
「うむ、すまん。まあなんだ、セイラン、元気出せ。口車に乗せられて出んでもいい試合に出る羽目になったとでも思っているのだろうが、思い悩む必要はないぞ。俺などしょっちゅうスイメイを似たような目にあわせていたものだ。山賊退治に行かせたりとか」
「そうなんですか。ひどいことしますね」
「うむ。時間稼ぎのためだったからしょうがない。それにだな、スイメイは決してへこたれなかったぞ。あいつは小細工を仕掛けられるとそのまま踏み抜くような奴でな。それで俺を捕まえて説教するのだ。結構根に持ってぶちぶち文句も言う。それが面白くてな」
「面白がるのはどうなんですか」
「そうは言うがな、当時のあいつはしきりと俺をぶんなぐるし、へ理屈だって一歩も引かんのだ。高いところから言葉をポンポン投げてきて、しかもそれが全部正論と来ている。ちょっとはからかいたくなるのも仕方あるまい」
「それは――そうかもしれませんけど」
「だろ? で、すこしからかってやるとあいつはむくれるから、その間に逃げ出すのさ。次の一手を探してな」
 シキョウは胸を張った。
「セイラン。今の俺はな、あの時の俺と同じだ。逃げに逃げて、あいつをどうにかする打開策を考えておる。情けない話だが自覚はある。それでだな、最後には必ず何とかなる。あの時と同じように、スイメイと向き合うことができると信じている。
 これがどういうことかわかるか、セイラン? お前もいつか俺を捕まえ、連れ帰ることができるということだ。単に今でない、今すぐでないというだけのこと。だからそんなに思い悩まんでよい。大体、我儘を言っているのは俺の方だ。お前は俺を詰りこそすれ、恐れ入る必要など何一つない。すまんな、セイラン!」
 シキョウががばっと頭を下げた。セイランは目をしばたたき、こらえきれなくなって笑い出した。シキョウもまたにやりと笑い、セイランの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。くすぐったさにセイランは身をよじり、またくすくすと笑った。
「――では、出場はおやめになるということでよろしいですか、公主様」
 セイランとシキョウはそろって大師を見た。じっと控えていた大師は悠然と首をめぐらし、こんな明白なことはないとばかりに確信を放射していた。
「メイリン殿の目論見は通用しないことが明らかになった今、出る理由などありますまい」
「おいおい、そんなことは言っておらんぞ」
「危険すぎます。私は最初から反対でした。公主様が傷つく可能性は見過ごせないのです」
 そういわれると、セイランは黙るしかなかった。ゲートテロの時に、大師は無鉄砲な行動に出たセイランをかばい、けがを負った。その時、大師はセイランを叱る代わりに涙を流したのである。守れなかった自分を恥じてのことだった。そんな経緯があるから、セイランは逆らえないのである。
 もともと、出場ことには当然不安がある。ことは比武であり、セイランの武術の腕前といったらそこらの喧嘩自慢にも劣るに違いない。恥をかくだけで済めばよい。傷を負えば大事である。
 それでも、出てみたいという夢を描いてしまうこともまた事実である。各国の達人を向こうに回し、丁々発止のやり取りを繰り広げて飛び回るのだ。どうやってか、はわからない。あくまで夢想するだけである。
「そうは言うが、セイランは出たそうな顔をしているぞ」
 シキョウに見透かされて、セイランは慌てて顔を引き締めた。シキョウはカラカラ笑い、別に構わんではないかと鷹揚に手を振った。対する大師はかたくなに首を振った。
「いくらシキョウ様の仰せとは言え、こればかりは」
「なら、初めに俺と戦えばよかろう」
 シキョウはこともなげに言った。
「どこの馬の骨とも知れぬ奴らと戦わせるのは俺も好かん。だが俺相手なら問題あるまい。手加減はせんが、けがもさせんぞ」
「は、しかし」
「むろん、お前は負けるぞ、セイラン。だが、出場はできる。俺の相手もできるぞ。大比武に出場し、聞けば少しは歴史に名が残っているというこの俺を相手取って戦う。これはめったに体験できることではない。わくわくせんか? それとも、セイランは女の子だから、興味はないのか?」
「そんなこと、ないです。出られるなら――出たいです」
「公主様……」
「うむ。そうだろうと思った。俺もひいひい孫と手合わせと思うとわくわくする」
「あの、でも、私で相手になるんでしょうか。私、全然戦いとかわかんないです」
「だろうな。だからこそやりがいがあるというものだ。殺し合いだけが比武でないことを見せてやればよい。ひいひいひ孫と楽しく遊ぶ、そんな比武でもかまわんではないか」
「観客が納得しますまい。あるいは、モルテ様が」
「そこはそれ、我らでうまくやりましょうということだ。大師とやら、お前が手を貸してやれ」
「しかし……」
「できんとは言わさんぞ。他の輩ならともかく、この武人皇帝の目を欺けるとは思わんことだ。いいな」
「――御意に」
「よし」
 大師は恭しくお辞儀してぷいと顔を反らした。セイランは大師の表情をよまなかった。情けをかける時だと感じたためである。シキョウが手をぱあんと打ち鳴らした。
「よし。じゃあ出場するということでいいな。俺は対戦表に口を出して、一等最初に組み合うようにしておこう。それでは――」
「シキョウ!」
 びく、とシキョウが跳ねて、そばを取り落した。
 狐人の女が現れていた。音もなく、影も落とさず、女はいつの間にかそこにいた。シキョウがうめいた。
「スイメイ……」
 では、これがスイメイなのか。清水のように透き通り、凍り付く氷河のような圧倒的存在感は目を引き付けて離さない。この世のものとは思われぬ凄みさえたたえる美貌に、セイランは時を失った。
 スイメイは何も言わず、ただシキョウを見つめるばかりである。
「すまん、スイメイ、心配かけたな。ちょっと祭りが気になって出てきてしまった」
 シキョウのそんな言葉がスイメイの手前で滑り、間を漂うのがセイランには見えた気がした。シキョウは立ち上がり、ものも言わずにスイメイを抱きしめた。スイメイがぽきりと折れるのではないか――そんな恐れがセイランの心に降りた。
「よし」
 シキョウがぱっと笑んだ。凍てついたスイメイを溶かすような暖かさだった。
「そういうことだ、セイラン。では擂台で会おう。ま、擂台が用意してあるのか知らんがな。これはスイメイ、俺の妻だ。正式な紹介は後にさせてくれ。スイメイ、これはセイラン、俺たちの子孫だそうだぞ」
 セイランが頭を下げても、スイメイはちらりと目を留めて踵を返すばかりだった。セイランは身を小さくした。
「――対戦について、ですが」
 だからこそ、大師が声を張り上げたとき、セイランは大いに救われたような気がした。
「『三千器械』でいかがでしょうか」
 シキョウが手をあげた。スイメイを支え、あるいはスイメイに寄りそうようにして歩み去りながら、振り返りもせずに片手を上げた。それが答えだった。そうして、二人は人ごみに消えた。


 シキョウとスイメイが去った後、セイランたちは言葉もなくただ座した。セイランはスイメイの様子を反芻し、シキョウの言う「スイメイを何とかする」と言うことに思いをめぐらした。何か自分にできることはありはしないかと考えた。あんなに悲しげな人をほおっておくことなど、セイランの信条に反していた。
 ――連れて帰ります。
 もはや、その意味は変じていた。単に身柄を押さえるのでない。二人の間ににわだかまる何かを取り除く。それこそ、セイランの使命であった。金羅さまはこれを命じられたのだという思いが、心にすっと居場所を得た。
「大師」
「はい」
「私、頑張ります」
「お供いたします」
「にゃいん!」
 空を駆けて、テンコウが飛び込んできた。テンコウはセイランに頬ずりし、体当たりし、のしかかって体の中に押し込もうと躍起になった。未知の感触にセイランは目を剥き、くすぐったさに身をよじった。すっかりテンコウに包まれてしまったセイランは、ぽんと顔を突き出して息をついた。
「テンコウ、ちょっと、止めなさい」
「ふみえ」
「なんですか、これ。あの子に習ったんですか」
「らはうううう」
「はいはい、くすぐったいですよ。いいです、怒ってないですからね。話はあとで聞きます」
 セイランはテンコウを押しやり、脱ぎ捨てた。なおもまとわりつくテンコウをあしらい、セイランはよし、と体を伸ばした。
「大師、『三千器械』ってなんですか?」
「後ほどご説明します。ひとまず、メイリン殿のところへ戻りましょう」
「はい、大師」
 そうして、セイランたちはメイリンのもとへ戻っていった。
 以後、シキョウと顔を合わせるのは試合当日まで待つこととなる。





 但し書き
 文中における誤りは全て筆者に責任があります。
 独自設定についてはこちらからご覧ください。
 また、以下のSSの記述を参考としました。
 【続・その風斯く語りけり】

 四周年企画・スラヴィア大バトル大会における対戦カード シキョウ&スイメイ ○ ― ●  セイラン&テンコウ にいたる、セイラン側の前日譚として書きました。

  • 冒頭の金券システムからなるほど面白いとうなる。スイメイ登場でどうなる?!と思ったところをシキョウの器が包み込んで回避したところで気になる対戦方法…次回が楽しみ -- (名無しさん) 2015-06-16 01:48:57
  • シキョウとセイランのやりとりがほっこりして間もなく緊張感走る展開は息を飲んだ。シキョウの人生経験が前面に出た一作でした -- (名無しさん) 2015-06-17 00:42:18
  • 愛のPOWでスイメイをなんとかして下さいよシキョウさんんん。セイランはどうなってしまうんだ -- (名無しさん) 2015-06-19 22:59:13
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最終更新:2015年06月14日 22:45