【先生とエルフ ~エリスタリアでお願いされる~】

「それでは参りましょうか先生。一度御一緒させてもらえれば道順は覚えますので」
「どうしても一緒に行かないといけませんか?」
「はい。何事も経験に勝るものなしです。予習しても実践なくしては実感なくはっきりと覚えることが出来ませんので」
「うーん、堅実だ」
「この地での私の保護者は先生なのですから、問題はないでしょうしこれくらいは保護者活動の範疇内でしょう?」
細い腕に反してぐっと手を離さなず引っ張る気の強さに負けて外に出た。
慌てて靴を履いて出たので玄関先で思わずこけそうになる。と、そこにお隣さんも出てくる。
「おっ、先生おはよーさんです」
「おはようございます。お二人で登校ですか?」
大学生寮は一室が大きく二人で入居するケースは少なくないが、隣人二人は二部屋を別料金を出して入居し仕事に使っているという変わり種だ。
「はい、おはようございます。しかし大学に行くには大きな荷物ですね?」
「いやぁ大学じゃなくてちょいと依頼で異世界に」
「メノー、早くしないとフェリーの時間に遅れるよ!」
「おぉっといけねー!じゃっそゆことでっ!」
どたばたと階段を走り降りていく二つのリュックを見て、二人の単位が大丈夫なのかと少し不安になった。
「先生、私達も参りましょう」
「あぁバスの時間だね」
大学生寮から出てくる二人はエルフの女生徒と人間の教師。傍から見るとどう思われるだろうか?
実際に手を引かれている身としては頭の中が渦潮の様にぐるぐるで前以外を見ることができないもので。
「学園からの特別措置だから仕方がないんだ仕方がないんだ…」
「先生、何を言ってるんですか?早くしないとバスが来てしまいます」


 その始まりは、大ゲート祭まで少し時を遡る
「今年の大ゲート祭を使っての異世界家庭訪問はエリスタリアですね」
異種族交流特区にある十津那学園は当然の様に異種族の生徒が多く、家庭訪問が一つの難題になっている。
特区であるポートアイランドより渡界フェリー直行便の出ている淡路ゲートから行けるミズハミシマ以外はどのゲートも外国にあり、
交通費用や日数の都合からおいそれと行けるものでは無かったのだが、どの地球のゲートからどの異世界のゲートにも通行可能になる大ゲート祭はまさに救いである。
年一回ではあるが、6月内を使って学園教師達は年度毎の生徒数や実家のある国々を考慮し立てられた異世界家庭訪問計画の元に方々へと赴くのである。
今年担任であるクラスと数学を担当する学年にエルフ種族の生徒が多いため、私はエリスタリア担当となったのである。
「しかし行くのは私と火乃先生とアレックス先生の三人ですか?少なくないですか?」
ブルーリボンを腕に巻きながら両隣を見やりながら訪ねる。
「はっはっは、大丈夫ですよ。今回家庭訪問に行く生徒は全員世界樹の生命房より産まれていますので、実際行くのはそこ一箇所ですので」
一見すると猫人であるがその実は龍人である学園でも古参に入る火乃竜也先生。ブルーリボンを御洒落に爬虫類尾に巻きつけている。
いつも咥えている煙管は煙草を詰めているわけでもないのに細い白煙が揺らめき出ている。
「内容を考えると一人で事足りるのです。が、とりあえず身の安全?下の危険?先生が無事学園に戻ってこれるようにと保険ということです」
黒光りする漆黒の甲殻、運動力を高め活動限界値も高度に調整されたという地球架橋型、蟻人と飛蝗人とのハイブリッド種であるというアレックス=ユルザム先生。
真面目な性格ながらもお茶目さを忘れない彼はラフな革ジャンGパン姿の首元にブルーリボンを蝶結ぶ。
「エリスタリアの居心地の良さに帰ってこなくなるというアレですか?何度かエリスタリアには旅行に行きましたが、よく聞くような勧誘や誘惑みたいなものはありませんでしたよ」
「と思って気を緩めた時が一番危ないんですよ」
「エリスタリアにいる以上は常に見分されていると思った方がよいです」

ゲートを越えてエリスタリア秋季領、大樹の中へ出ると温かな何かに包まれた気分になる。
「先生、油断してはいけません」
「アレックス先生、それはちょっと警戒し過ぎなのでは…」
「まぁまぁ。事が起こる前にさっさと世界樹へ向かいましょう」
ホビットとエルフの配るチラシと呼びかけを交わして樹の外へ。ゲートを出てすぐの荷獣停留所には樹馬や樹鳥が選り取り見取りと待機している。
幸せの国とも称されるエリスタリアは国内の移動手段がほぼ無料で何処にでも乗り放題である。
他にも公共施設や休憩所などでの飲食等も無料なのがほとんどであり、ツアーなどを抜け出してそのままエリスタリアから帰ってこなくなるのも納得である。

樹馬車を乗り継ぎ夏季領に聳え立つ世界樹へと到着する。
地球のどの国にもある超高層よりも遥かに巨大であるその樹はエリスタリアそのものとも言える神の御姿。
周囲に点在する通過門で検査確認を受け終わると、動く床と樹人の案内で種族を生み出すと言われる生命房へと向かう。
世界樹の中に無数にあるという神の力により生命が宿る実が吊り連なる房。その一つに案内される。
「そちらに留学している者達はこちらで産まれました」
「分かってはいましたが、こういう場合は親は世界樹ということになるのでしょうか」
「まぁそういうことになりますな」
「世界樹には神と繋がる端子などはないのです?」
家庭訪問は果たしたものの親との話は無理があるようで。 …しかし、神を親に持つということがどういう意識を彼らに与えるというのだろうか?

「これはこれはようこそおいで下さいました。世界樹は貴方方を歓迎すると仰っています」

背後に現れた気配に交じり僅かな悪寒が走る。
振り返るとそこには音もなく長い黒髪を揺らす優雅なエルフ女性がにこやかに立っていた。
「私、エルフ生命房の一つを受け持つイルミスと申します。日本の学園よりお越し頂いた先生方に一つお願いを聞いて頂きたく」
ゆっくりとお辞儀する彼女を前に何故か微動だにすることができず、その言葉をただ聞くことしかできない。
「これは御叮嚀にどうも。しかしそれ以上近寄られましては煙草の臭いが移ってしまいますのでお停まりを」
「いえいえ、その様な臭いなど樹の香で立ちどころに消えて ───

「寄るな、と言っている」

「龍族は何故こうも己が高位であると思い違いを、するのかしら」

イルミスと火乃先生の間で空気が張り詰める凍り付く。意味不明な緊張感にたじろぐ。
「私も何かしら邪悪めいた雰囲気を感じますが、火乃先生は何やら気を発している様子。近付くのは危険です」
アレックス先生も指抜き革手袋をぎちぎちと握り込み緊張を隠せないでいるようだ。
「イルミンスー…イルミス様、最終調整の完了報告をお持ちしました」
書類を持ち現れた樹人は房に渦巻く熱気か凍気かも分からぬ空気に一歩二歩後退する。
「まぁまぁこれは丁度良いところに。お願いというのは学園に新たな留学生を受け入れて頂きたく」
「エルフを、でしょうか?」
「はい。私達はこれまで多くのエルフを輩出してきましたが目的達成を急ぐあまり少々失敗を重ねてしまいました。
その経験から目的のための手段を構築することを重きとし、世界から学んだ積み重ねから架橋型を生み出すに至ったのです。
それらはあくまで交流が目的であり、そこから次なる交流へと繋がる地盤を作り上げるために尽力するのです」
確かに地球にやってきたエルフは軽微ではあるが多くの問題を起こしている。主に性方面の。
それらを対策したエルフがやってくるというのは確かに特区で教鞭を担う者としては興味深いこと。
「どうでしょうか?多くとは申しません。唯一人の留学を受け入れてくれるだけで構いませんので」
「生憎エルフ留学生用の寮室は空いておりません。残念ですな」
「ホームステイ、というのはどうでしょうか?」
「私達蟲人の架橋型などであればすぐにホームステイ等は可能ですが、エルフ種が生活適正監査も無しにいきなりホームステイというのは例がありませんが」
「地球での一般常識、観念はしっかりと誕生学習済みなのでそこは大丈夫かと」
「前例がないと言っている。聞き分けてくれませんかね」
よく見ると火乃先生の歯の隙間から小火がちらちらと漏れ揺らめいている。
火精霊が圧倒的に少ないエリスタリアで火を起こすのは難しいことであるが、体内器官で火を起こすことが可能な龍人には何ら難しいことではない。
しかしこれはどうにも不味い空気で収拾が付きそうにもない。 なので ───
「私が保護監査として受け持つというのはどうでしょうか?エリスタリアの研鑽で生み出したというエルフ種が日本に、という話であれば受け入れるべきでしょう」
「本当ですか?ありがとうございます。何の問題を起こさないように選りすぐりの一人を送り出しましょう」
「成程、しかし先生は教師寮に入居しています。単身用なので二人で生活は難しいかと思います」
「確かに単身用でした… 新たに部屋を借りるにしても日数と費用がどうにも気掛かりです」
「ほほほ。お金でしたらご心配なく。エリスタリアからの願いを聞き入れてもらうということですので全面的に支援させてもらいます」
そう言うと黒髪のエルフは袖内から黒い“あの”カードを取り出して見せる。
「過分という言葉を知らぬのかエルフの上は。一般常識とやらもどこまで分かっているのやら心配だ」
「火乃先生、ここは資金援助はいくらかしてもらうということで大学生寮に入ってもらうというのはどうでしょうか?あそこであれば二人暮らしもできます」
「あぁ流石のディルカカ神の造りし架橋型で御座います。素晴らしい案で御座います」
「下手に断って裏で動かれるのも厄介ですしな。それで手を打ちましょう。 大ゲート祭が終了次第イギリスゲートより日本へ向かうよう手続きしておきますわ」
「…イルミスさん、本当にその留学生は大丈夫なのですね?」
「ええ、ご心配なく。学力も日本で言うところの大学相当のものを修得していますので御期待を」
満面の笑みに安心と不安を一緒に受けたのである。


 そして大ゲート祭が終わり月が変わって数日
「連絡では今日の昼頃にポートライナーの駅に到着ということだが…」
正午一本目のライナーが出発しそれを見送ってしばらくしてすぐに二本目が到着する。
平日の昼とは言え多種多様な乗客が降りてくる。
「…あれかな?」
人混みの中からこちらに向かってするすると波を避けて歩いてくる黒髪を後ろで束ね下げるエルフの少女。
「エリスタリアからの留学生でしょうか?私は保護監査員を任されました平 直盛(たいら すぐもり)です。ようこそポートアイランドへ」

「ナマステー」

「大丈夫」あの女性の言葉が脳内で瓦解していく。 不安が膨らむだけの出会いであった。


学園教師とエルフの留学生のお話 その1でした

  • エリスタリアの思考がやっと時代に追いついたとかこれからスタートラインみたいな -- (名無しさん) 2017-09-24 01:25:30
  • エルフの性の危険種族の扱いが解かれる日がついにきたのか -- (名無しさん) 2017-09-24 16:34:00
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最終更新:2017年09月23日 20:27